[go: up one dir, main page]
More Web Proxy on the site http://driver.im/

タグ

philosophyに関するhatayasanのブックマーク (50)

  • 恐れを感じていなければ、成長はない

    Four Reasons Why Fear is a Creative’s Friend | LifeDev 「成功」と「達成」に向かうことが常に高揚感や充実感にあふれた感情を与えてくれるものだったら、きっと栓がぬけたお風呂の水のようにそちらに向かって抗しきれずに吸い込まれてゆくでしょうに。 でも実際には、そこに到達する前、特に達成する直前には自己不信と不安感の闇が広がっているものです。そしてこの直前の闇をおそれるあまりに、よけいな行動で自分をごまかしていることがなんと多いことか。 しかしすべての感覚や感情にはそれが与えられた意味があります。痛みが危険を教えてくれると同じように、未知に対する恐怖、未確定な状態に対する不安感にも、自分がおかれた状況を客観視できるようになるための積極的な意味があるということが LifeDev の記事で紹介されていました。 ともすれば私たちは恐怖を感じたくないあ

    恐れを感じていなければ、成長はない
    hatayasan
    hatayasan 2009/03/06
    「「恐れ」が、自分の作品に存在する「完成版との間のギャップ」を明らかにしてくれる」
  • 「信じる力」が足を前に踏み出させる - 狐の王国

    この世の中、断言できる事などごくわずかだ。偉大な哲学者であるヴィトゲンシュタインは、それでもたった7つではあるが、断言して見せた。逆にこうも言う。 他方、書に表された思想が真理であることは侵しがたく決定的であると思われる。それゆえ私は、問題はその質において最終的に解決されたと考えている。そしてもしこの点において私が誤ってるのでなければ、書の価値の第二の側面は、これらの問題の解決によって、いかにわずかなことしか為されなかったかを示してる点にある。 ヴィトゲンシュタイン著 野矢茂樹訳「論理哲学論考」(岩波文庫版) P11 「いかにわずかなことしか為されなかったか」。ヴィトゲンシュタインほどの哲学者をもってしても、たったこれだけしか語り得なかったということに、始めて書に触れた20代の俺は愕然とした。 それからしばらくたって、俺はいかに「断言する」かを考えるようになった。どうせ明晰に語り得

    「信じる力」が足を前に踏み出させる - 狐の王国
  • ネットにて本気で他者とぶつかりたい人はキルケゴールを読んだ方がいい - Vomit Comet

    自分が書いた一連の「ネットやブログでそこまで気にならなくてもいい」という趣旨の記事、 ネット上で誰かと「理解しあおう」としても無駄な理由 http://d.hatena.ne.jp/amourix/20080307/1204868889 気で議論したい場合ってそれほど多くない http://d.hatena.ne.jp/amourix/20080309/1205076809 に違和感をおぼえた人は、当然のことながら、数多くいると思う。そのような気持ちにも、共感はできる。で、そういう人は、いまこそ実存主義哲学の大家・キルケゴールの文章を読むべきだと思いますよ。 というか、雑記帳さんの「インターネットについて - 哲学的考察」という記事は、長いけれど、もっと周知されるべき。 http://d.hatena.ne.jp/ced/20080128/1201490309 かつて新聞というメディア

    ネットにて本気で他者とぶつかりたい人はキルケゴールを読んだ方がいい - Vomit Comet
  • 加藤秀一『〈個〉からはじめる生命論』 - kanjinaiのブログ

    〈個〉からはじめる生命論 (NHKブックス) 作者: 加藤秀一出版社/メーカー: NHK出版発売日: 2007/09/27メディア: 単行(ソフトカバー)購入: 8人 クリック: 97回この商品を含むブログ (44件) を見る 2007年10月28日熊日々新聞掲載 もしあなたに、生まれつき重い障害があったとしたら、あなたは「こんなことなら生まれないほうがよかった」と思うだろうか。世の中には、実際にそのように考えて、出産に立ち会った医師を裁判で訴える人たちがいる。彼らの言い分は、次のようなものだ。 もし医師が、妊娠中の親に、胎児に障害があることをきちんと伝えていたとしたら、親はきっと中絶することを選んだことだろう。すると、自分は中絶されてしまうから、この世に生まれることはなかったはずだ。障害をもって、こうやって苦しむこともなかったはずだ。障害をもって生まれることは、自分にとって苦痛であり

    加藤秀一『〈個〉からはじめる生命論』 - kanjinaiのブログ
    hatayasan
    hatayasan 2008/01/19
    「「生命」という言葉で思考を埋め尽くすことではなく、私の前で現に生きている具体的な人間を、単なる生命ではない「誰か」として捉え直し、その「誰か」の存在を守ることを倫理の核心とみなすような倫理学を発想」
  • 私の幸福論 - Hilの日記

    hatayasan
    hatayasan 2007/12/13
    「不幸感を感じないという幸福な状態を現実的に生きることによって実現し、訪れる瞬間の祝福としての幸福感に生きる力をもらう。」
  • レジデント初期研修用資料: 「見える」を容易にする技術

    レジデント初期研修用資料 引っ越し前の旧blogです。新しいアドレスは http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/ になります たぶん「状況を作り出す技術」と「状況に適応する技術」とがあって、 ニュースに乗っかる新技術というのは、たいていの場合後者のほう。 状況を作り出す技術というのは、地味だったり、 あるいは技術的にはそんなにすごいことをしているわけではないけれど、 その技術が出現したあと、ユーザーの心理とか、振る舞いなんかが大きく変わる。 それが出現したとき、「そんなのいらない」とか「現場をバカにするな」みたいな意見が ベテランから提出される技術というのは、たぶん技術全体を大きく動かす。 血液検査のこと 検査データの報告書にHigh とかLow の文字が添えられるようになったのは、 大体10年ぐらい前のこと。 それまでの報告書というのは、GOT とかLDH とか、

    hatayasan
    hatayasan 2007/11/29
    「脳は対象を「見て」しまうと、それを言語化して、それ以上考えることをやめてしまう。/「現場をバカにする技術」こそが、パラダイムシフトを生む」
  • 私達は一人一人「中国語の部屋」に生きている - 赤の女王とお茶を

    中国語の部屋」というのは哲学者ジョン・サールが提起した思考実験。「意識」を議論する時によく出てきます。 ごく簡単に説明すると、 ある箱に、中国語を全く知らない人が入っている。 外の(中国語を解する)誰かがその箱の中に中国語の会話や質問の書いたカードを差し入れる。 中の人はカードに書いていることは全く分からないが、箱の中には例えば 「$¢£%#」と書いてきたら「☆★○◇▼」と返せ のような「受け答えマニュアル」が用意されていて、何か分からないがとにかくその通りに書いて外に返す。 すると、中の人は意味も内容も全く理解していないに関わらず、外の人は「箱」と完全な対話をしていることになる。 またこの話は人工知能の文脈で語られることも多いようです。完璧なデータベースを備えた人工知能との「会話」は当の「会話」なのか?といった感じでしょうか。 では、私達人間はこの「箱」から当に解放されているのでし

    私達は一人一人「中国語の部屋」に生きている - 赤の女王とお茶を
    hatayasan
    hatayasan 2007/11/19
    「「感情を共有できる」という感覚」向こうもそのように感じているかもしれないし、機械的に返しているだけなのかもしれない。
  • 哲学で博士号取る予定の俺が、どんな質問にも哲学的に答える:ハムスター速報 2ろぐ

    1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/25(水) 17:09:20.28 ID:Ecteuiyz0 アカポスとか就職とか、俺がになる質問以外。 2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/25(水) 17:09:49.38 ID:sR2Rucw20 世界中の童貞はどうしたら救われるのか・・・? >>2 セクロスしても救われるとは限らない、ってのが問題だよな。 信仰からの回答が一番手っ取り早い。信仰を持て、正当化しろ、価値観をひっくり返せ ニーチェは読むな、これに尽きる。 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/25(水) 17:10:02.67 ID:W7cwMSVl0 悪の起源 >>4 悪ってのは、関係性の中に成立する。 つまり、善が存在するためには悪がなければならない。 フーコーが権力装置概

  • Blog - Mikula Beutl - SEO Consulting

    This guide is the safest way to do a domain switch, you get all you need to change a blocked domain. What is a user flow and a user journey? There’s a macro view of a customer experience that we can analyze and partially control.

    Blog - Mikula Beutl - SEO Consulting
    hatayasan
    hatayasan 2007/10/02
    不自由であるがゆえに意思は宿る。
  • http://twitter.com/medtoolz/statuses/247577572

    hatayasan
    hatayasan 2007/09/05
    冒険志向か、安全志向か。立場による「信頼性」のとらえ方の違い。
  • http://twitter.com/medtoolz/statuses/247565642

    hatayasan
    hatayasan 2007/09/05
    「扱いにくさや信頼性の低さ、壊れやすさ、再現性の低さというのは、最高性能を求める立場にとっては魅力として映る」
  • サバイバルのための人体実験を公開すること - My Life Between Silicon Valley and Japan

    ネットイナゴ問題については、はてなブックマーク開発者id:naoyaのダイアリーを基点に皆さんと一緒に考えていくことになります。僕もときどき参加します。 さて、僕が何かを書くと「ポジティブだ」という意見を述べる人がいる。誰が何をどう読みどう思おうと自由だが、そんな低レベルなところで思考停止してもらいたくないなぁと正直には思っている。 「ウェブ進化論」の中で、 大きな環境変化が起きたときに、真っ先に自分が変化しなければ淘汰される というのが「シリコンバレーの掟」だと書いた。また「ウェブ人間論」の中で、自分の生き方について、 「社会変化とは否応もなく巨大であるゆえ、変化は不可避との前提で、個はいかにサバイバルするか」を最優先に考える と書いた。第三者的な立場で世の中を分析してある世界が全体としてこうなっていますよ、こうすべきですよ、ということを書く人は僕以外にもたくさんいるので、そこはもうやる

    サバイバルのための人体実験を公開すること - My Life Between Silicon Valley and Japan
    hatayasan
    hatayasan 2007/06/19
    「あんまり誰もやっていないことかもしれないけれど、きっとこういうことが勝負どころなんだろうな、と確信したことを逐一、行動に移して、それを公開しているだけ」
  • http://www.tozan.org/column/20060315.html

    hatayasan
    hatayasan 2007/05/02
    「山とは「制覇」するものでもなければ、「征服」するものでもない。山の神に感謝を捧げて、「登らせてもらう」ものなんだ」
  • ロールズの正義論 - 雑記帳

    ロールズの正義論に関する簡単なまとめ。学生時代に書いたものだから、内容が間違ってるかもしれないけどとりあえずエントリを作成。底は法哲学 (有斐閣アルマ)のp10-21およびp116-176。 ロールズの正義論はそれまでの正義論議と一線を画していた。1970年代初頭まで、社会科学における価値の議論は、倫理的概念の分析や価値判断の正当化の構造の追及といったメタ倫理学と、価値相対主義の台頭により、そもそも社会科学が実質的な価値判断を行なえるのかという疑問があった。社会科学が真偽を問えるのはあくまで経験的なものと論理的なものに限られており、正義のような社会的価値を社会科学の学問の下で語ることはできない、というのが当時の趨勢だった。 ロールズの正義論は、社会契約説を元に、自由で平等な道徳的人格が自分たちの社会の基構造を規定する根ルールを合意の上で選択する、という建設的ビジョンを、さまざまな理論

  • ルサンチマン - Wikipedia

    この記事には複数の問題があります。 改善やノートページでの議論にご協力ください。 出典がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。(2013年1月) 独自研究が含まれているおそれがあります。(2013年1月) 出典検索?: "ルサンチマン" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL ルサンチマン(仏: ressentiment、 (フランス語発音: [rəsɑ̃timɑ̃]) )は、弱者が敵わない強者に対して内面に抱く、「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった感情。そこから、弱い自分は「善」であり、強者は「悪」だという「価値の転倒」のこと[1]。 「ル」をフランス語の定冠詞 le と誤解して「ル・サンチマン」と表記されることがあるが、誤りである(le sentime

    hatayasan
    hatayasan 2007/01/19
    「主に、弱い者が強い者に対して強い憎しみを抱いていることをいう」
  • あることを批判をしたりする人はその人(そのもの)を妬んでということがあるような気がします。例えば昔ミ - あることを批判をし... - Yahoo!知恵袋

    あることを批判をしたりする人はその人(そのもの)を妬んでということがあるような気がします。例えば昔ミ あることを批判をしたりする人はその人(そのもの)を妬んでということがあるような気がします。例えば昔ミスコンを否定した人は、お世辞にもきれいだとは言えない人が多かった。官僚の住宅は都心にあっても安すぎるというのも、結局その人も都心に安く住みたいだけ。自分がその立場になったら、会社の福利厚生だとぬかすでしょう。そう考えるとあまり批判できないという気がしました。韓国朝鮮を非難する人は妬んでないとは思いますが・・・

    あることを批判をしたりする人はその人(そのもの)を妬んでということがあるような気がします。例えば昔ミ - あることを批判をし... - Yahoo!知恵袋
    hatayasan
    hatayasan 2007/01/19
    ルサンチマンとは、恨み妬みの持ち主がいかにも正論として対象を批判すること。
  • z0racのブックマーク / 2006年12月8日 - はてなブックマーク

    はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました 以下のエントリの通り、今年末を目処にはてなグループを終了予定である旨をお知らせしておりました。 2019年末を目処に、はてなグループの提供を終了する予定です - はてなグループ日記 このたび、正式に終了日を決定いたしましたので、以下の通りご確認ください。 終了日: 2020年1月31日(金) エクスポート希望申請期限:2020年1月31日(金) 終了日以降は、はてなグループの閲覧および投稿は行えません。日記のエクスポートが必要な方は以下の記事にしたがって手続きをしてください。 はてなグループに投稿された日記データのエクスポートについて - はてなグループ日記 ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 2020-06-25 追記 はてなグループ日記のエクスポートデータは2020年2月28

    hatayasan
    hatayasan 2006/12/08
    「考えても仕方がない部分を定義するのが宗教。ただ考えるだけが哲学。」これは深い。
  • http://blog.livedoor.jp/licca1966/archives/50339412.html

    hatayasan
    hatayasan 2006/10/02
    「怖いから、準備を怠らない。危険だから、慎重に行う。とにかく謙虚に。」これができなくなったら山はきっぱり止めるべきでしょう。
  • インテリジェント・デザイン - Wikipedia

    『宇宙・自然界にみられる精巧さや複雑さは機械的・非人称的な自然的要因だけではすべての説明はできず、そこには「デザイン」すなわち構想、意図、意志、目的といったものが働いていることを科学として認めよう』という理論・運動である。 創造論とインテリジェント・デザインは似ているがやや異なっている。創造論は、クリスチャン(やムスリムなど)が聖書(やクルアーンなど)を信じ「聖書は神ヤハウェの言葉であり、聖書の記述は全て正しい。創世記に書かれている天地創造や生命の創造に関する記述も正しい。よって宇宙も地球も地球上の生命もすべて神ヤハウェによって創造された」と信じて自然を眺める考え方である。それに対してインテリジェント・デザインは、まず自然の領域を積極的に観察することから出発し、生命の中に精妙さ、高度さがあることを認め、驚嘆し、そこから「こんなに精妙なことは自然に起きるはずがない。だとすると、地球上の生命は

    hatayasan
    hatayasan 2006/08/21
    「宇宙、世界や生命、人間が「創造主なる神」によって創造されたとする創造科学から興った論説。宗教色を抑えるために、宇宙や生命をデザインし創造した存在を「偉大なる知性」と記述することが特徴」
  • http://anotherorphan.com/2006/08/post_347.html

    hatayasan
    hatayasan 2006/08/02
    「他者から「愛される」ことにおいてのみ、自分の存在が安心できる。だけど、いざすべての他者がいなくなったときに、誰が一体あなたの存在を受け入れるのか。自らの存在を受け入れるのは、結局自分自身でしかない」