『北京大学てなもんや留学記』(谷崎光著・文春文庫)より。 (中国の名門中の名門・北京大学での留学体験記の一部です。中国人学生たちの「賄賂」についての考えかた) 【学内だけではなく、学校周辺の小さな店に行くのも楽しい。こういう店には中国人学生に連れていってもらった。 北大(この文章での「北大」=「北京大学」です)西門近くの手羽焼き屋さんは週末の夜は真夜中までやっていて、炭火がぱちぱちとはぜ、そこに上からスパイスをふりかけると、パッと赤く燃えあがる。夏は校内の外れに屋台も並ぶ。試験が終わると飲んだくれるのは、どこの国の学生も変わらない。 官僚になる人も多いこの学校では、卒業後の切実な問題は「汚職にかかわるか否か」。 「どうするんだ、公務員試験受ける?」 「だけどなったら非貪不可(フエイタンブク・汚職しないわけにはいかない――「非〜不可」の構文が一発で記憶できるいい例文です)だしなぁ。危険だ」
奈良県で放火事件を起こした少年の供述調書や捜査資料を引用したことが問題視された書籍「僕はパパを殺すことに決めた」の波紋が思わぬところで広がっている。版元の講談社が重版をやめたことから品薄感が広がり、中古本の価格が急騰しているのだ。 2007年5月に発売された「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)は、06年6月に少年が自宅に放火、3人を死亡させた事件をめぐって、ジャーナリストの草薙厚子さんが背景を詳細に追ったものだ。少年の父親や少年本人への供述調書とみられる文章を50箇所以上にわたって引用、生々しい内容が話題になった。07年6月には、奈良家庭裁判所が講談社と草薙さんに対して、「少年審判の信頼を著しく損なう」として抗議文を送付したほか、法務省も7月12日、両者に謝罪と被害拡大を防止するよう勧告。10月14日には、少年の精神鑑定を担当した医師が刑法の秘密漏示容疑で逮捕されるという事態に発展した
掛け値なしの劇薬、まじめに読むほど気分が悪くなること必至。最悪なことに、こいつがフィクションでないことを意識して読まされる。ふつうの人は読んではいけません。 「赤ちゃんの値段」があるぐらいだから、「子どもの値段」もあるだろうという安易な発想から見つけたのだが、これがスゴい。ヒドい。「人をモノのように扱う」は比喩だというヌルい感覚は吹き飛ばされる。言葉そのままの意味で「モノ以下」。子どもにとっては地獄そのもの。本書をタネ本とした「闇の子供たち」の方が、フィクションである分、ある種の「安心感」をもって読めたが、これはそれを許さない。 「小さな穴」を求めるオトナにとって、子どもの性別は関係ない。従順で、好きに扱え(暴力を含む)、未発達であるがゆえに締まりが良い穴であれば、関係ないのだ。自由を奪われ、ろくな食事を与えられず、暴行・暴行・暴行。そして、ちょっと言い表せないような性行為を強要される。H
服役中に発見した大変な社会問題 2002年、衆議院議員が、秘書給与の流用を行い、有罪の判決を受けて服役した。それ自体は「またかよ」と言わねばならない事件だった。「いつ塀の中に落ちるか」と言われつつも決して逮捕されることなく、今や長老と呼ばれるようになった大物政治家がいることを考えれば、この議員は愚直であり「間抜けだったんだ」と片づけている人もいるかも知れない。 だが、今や元議員となった著者は、刑に服した獄中において、今現在の日本社会で進行しつつある大変な問題を発見し、俗世間へと帰還してきた。 障害者、なかんずく知的障害者によって引き起こされる犯罪である。 障害者は障害を持つが故に犯罪に走るというような単純なものではない。障害者は障害者であるが故に社会から疎外され、健全な心身の成長も、就業による社会参加をも阻まれ、その結果として犯罪の岸辺へと吹き寄せられていくのだ。 この問
「凶悪犯罪の増加」や「子供の犯罪の増加」、ひいては「日本の治安が低下している」という言説が全く根拠が無いということ、またそれによって生じた法制度改革などにより、日本はむしろますます受刑者数が増加する可能性があることなどを、犯罪学者と社会学者の二人が論じたもの。 議論は極めて論理的に組み立てられ、読んでいるだけで気持ちがよい。全四章からなり、第一章と第四章を犯罪学者の浜井が、残りの第二章と第三章を芹沢が論じるのだが、まず第一章では犯罪の増加という言説が全く統計的根拠が無いことが論じられる。主な論拠は、犯罪の検挙率とは、犯罪の検挙数を犯罪の認知数(警察が取り上げた件数)で割り込んだものだが、実際に生じている犯罪は認知件数以外にも存在し(暗数と呼ばれる)、昨今の検挙数の低下は全体的な犯罪数を云々するものではなく、単に警察の方針の変化により認知数が増加し、暗数が減ったためだとする。犯罪の総数や暗
浜井浩一氏、芹沢一也氏共著「犯罪不安社会 」が本日発売になりました。 この本は今世の中に流布している「治安悪化」をはじめとした、犯罪がらみの「常識」を根拠をもってほぼ全面否定。 さらに、マスコミや90年代の論者に対する実証的な批判でもあります。 このたびのエントリーでは、僭越ながら、編集後記のようなものを書かせていただければと思います。 ** 浜井先生の論考をはじめて読んだのは、二〇〇六年の冬、正月明けで世の中がまだ日常に戻りきっていない国会図書館の新館です。 以前、ある知り合いから、同じ問題意識に基づいていると思うからと勧められていた浜井浩一教授の論文を探して読んだのです。ちょうど芹沢一也先生の「ホラーハウス社会」の校了明けの週でした。 それは「日本の治安悪化神話はいかに作られたか――治安悪化の実態と背景要因(モラル・パニックを超えて)」(二〇〇四年)と「過剰収容の本当の意味」(二〇〇二
2006年12月18日16:04 カテゴリ書評/画評/品評 書評-犯罪不安社会 力作。 犯罪不安社会 浜井浩一 / 芹沢一也 日本が犯罪社会化していると感じている全ての人は、まず本書に目を通してほしい。 [追記2006.12.21:芹沢氏のblogを発見したので言及]本書「犯罪不安社会」は、世界で最も安全な先進国である日本において、いかに犯罪不安が広がったか。そしてその不安に社会はどのように反応したか、そしてその結果何がもたらされ、そしてもたらされようとしているかを、豊富な統計と冷静な筆致で説いた本である。 オビより 事実と相反する「神話」がなぜ「常識」と化したのか? 統計と思想の両面から迫る。 統計を主に担当するのは浜井浩一。犯罪白書を執筆した事もあるこの道のエキスパートである。そして心理を主に担当するのが芹沢一也。「狂気と犯罪」、「ホラーハウス社会」などの著作がある。 目次(http:
痛いニュース(ノ∀`) : 首切少年Aが弁護士になって悠々自適。ヨットサイトも運営。 - ライブドアブログ という記事を先週ぐらいにたまたま見かけました。1969年にあった少年による殺人事件、その少年がその後弁護士になったということに触れたノンフィクションの書籍「心にナイフをしのばせて」についての記事です。 書籍の紹介から引用します。 高1の少年が同級生の首を切り落とした驚愕の事件。被害者の母はさながら廃人のように生き、犯人は弁護士として社会復帰していた! 1969年春、横浜の高校で悲惨な事件が起きた。入学して間もない男子生徒が、同級生に首を切り落とされ、殺害されたのだ。「28年前の酒鬼薔薇事件」である。 10年に及ぶ取材の結果、著者は驚くべき事実を発掘する。殺された少年の母は、事件から1年半をほとんど布団の中で過ごし、事件を含めたすべての記憶を失っていた。そして犯人はいま、大きな事務所を
←俺が過去読んだアル中本で、もっとも描写がえぐかった「アル中地獄」。今見たら増補版になってたので、また買おうかな ここのところ「飲酒運転事故」に関係する報道が多いじゃないですか。朝のワイドショーとかでは、やれ何人轢いたとか、何時間経過したらアルコールが抜けるのか実験しましたとか、そんなのばっかりです。 いや、もちろん飲酒運転は大迷惑ですよ。とくに俺は酒に弱いですから、迷惑以前に、飲酒する心理そのものが理解できないところがあります。つきあいで酒を飲むことは多いんですけど、ビール一杯が限度で、あとはウーロン茶の人間ですから。基本的には俺、酒を「うまい」と感じたことが、これまでほとんどないんですよ。 ただギネスとかの黒ビールに関しては、俺の好きな麦茶みたいなテイストがあるので、一瞬、うまいと思わないでもありませんが。それで最近はもっぱら黒ビールばかりなんですけど、それでも酔ってくるとだんだん気持
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