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スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

音楽番組「メロディー・フェスティヴァーレン」で手話通訳者まで裸に!

2016-03-13 08:15:02 | スウェーデン・その他の社会
ヨーロッパの音楽祭典「ユーロヴィジョン・ソングコンテスト (Euro Vision Song Contest)」スウェーデン代表を決める大会「メロディー・フェスティヴァーレン (Melodifestivalen)」の決勝が昨日、土曜日に開催され、公共テレビSVTで生放送された。スウェーデン国内のこの大会では、これまで4回の予選と1回の敗者復活戦を経て、12人(およびグループ)の歌手が決勝に進出。

この大会はもともと、日本で言えば(番組の性格は異なるものの)紅白歌合戦のように話題性の強い番組であり、かつては若者だけでなく中高年の視聴者もある程度は意識した内容になっていたが、今年は近年に増して若い歌手が多くて、企画・制作している公共テレビSVTはもはや若者だけにターゲットを絞ったのではないかと思わせる内容だった。(私が好みというわけではないけれど)中高年向けの、もうちょっとベタベタなダンスバンド・ミュージックがあっても良かったと思う。

ともあれ、この大会における近年の注目の的は、手話通訳。ただ、曲の歌詞を淡々と通訳するのではなく、曲の臨場感やテンポ、メッセージ性や喜怒哀楽を表情や体全体を用いて表現し、耳の聞こえない人にも番組を楽しんでもらう、という手話通訳なのである。昨年は、Youtubeにアップされた手話通訳の映像が世界的に話題を呼び、日本でもメディアなどで紹介されたりした。

今年の大会でも決勝大会で手話通訳が行われ、公共テレビSVTのサブチャンネルや、オンラインチャンネルで放送されていた。私は途中から手話付きと手話なしの両方をパソコンとタブレットで見ていた。2010年にこの大会で手話通訳が試験的に実施されて以来、毎年のように登場していたベテランの男性通訳者は今年は登場せず、残念だった。しかし一方では、最後の出場曲の手話通訳の中で、通訳の人が裸になるという演出があって、思わず圧倒されてしまった。さすが、歌詞だけでなく、曲のイメージやステージの雰囲気までも表現しようとする手話通訳とあって、歌手の若い男の子二人がステージで上半身裸になったのに合わせて、通訳者までシャツを脱いだのだ!

この曲のタイトルは「Bada nakna」、つまり「裸で泳ごう」。歌詞を聞いてみると分かるが、「ストックホルム中心部にあるセルゲル広場の噴水で泳ごう」と歌っているのである(この噴水は日本で言うと道頓堀のようなもので、スポーツイベントで大勝利した時などに、若者が飛び込んで泳いだりする)。だから、最後のサビの部分で歌手がパンツ一枚になったのである。




ノリノリで、2分20秒のところで裸になる手話通訳者。この日のために鍛えてきたのか、わりと筋肉ムキムキです。



【過去の記事】
2015-03-19: これは凄い! 音楽番組「メロディー・フェスティヴァーレン」の手話通訳
2012-03-20: 初めて見た! ロック・ポップス音楽の手話通訳

今年は登場しなかったベテラン通訳者の昨年の映像。


今年の担当だった手話通訳者も頑張っていたけれど、この人ほどのレベルに達するにはもう少し時間が掛かりそう・・・


<追記>
すっかり忘れていましたが、今年の優勝曲はこちら。



この曲がスウェーデン代表となり、ヨーロッパ大会である「ユーロヴィジョン・ソングコンテスト (Euro Vision Song Contest)」に挑む。昨年はスウェーデンがヨーロッパ大会で優勝したため、スウェーデンが今年の開催国。5月14日にストックホルムにて本大会が開催される。

スウェーデン版新幹線の予定経路と駅が発表される(その2)

2016-02-19 23:01:52 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き。

【 新幹線の必要性 】

スウェーデンに新幹線(高速鉄道)を建設することについて、私自身は否定的に感じていた時期もあった。巨額の資金を投じて新しい路線を作るくらいなら、現在すでにある線路を改修したり増強したりすることで、頻繁に起こる列車の遅延を減らすことを優先すべきではないかと考えていたからだ。

しかし、その後、様々な討論や賛否両論に耳を傾けながら分かってきたことがある。新幹線を建設する主な目的は、当然ながら都市間の所要時間を短縮して鉄道の利便性を高めることで、航空機や車から乗客を鉄道にシフトさせることである。これは気候変動対策のためにも必要なことである。ただ、それだけが目的ではない。在来線の負担を軽減することも重要な目的であるのだ。

環境への意識の高まりや、鉄道の利便性が向上したことなどによって、過去20年にスウェーデン国内の鉄道利用客は2倍近くに増加している。一方、鉄道インフラのキャパシティーはこの旅客需要の伸びに全く追いついていない。また、鉄道による貨物輸送は現在でもスウェーデンの林業や鉄鋼などの重工業を支える重要な柱であるため、在来線には貨物列車も走っている。その結果、限られた線路の上を旅客列車と貨物列車がひしめき合って、キャパシティ一杯に鉄道インフラを利用しているのが現状なのである。そのため、線路上で少しでもトラブルが発生すると数多くの列車が影響を受ける結果となる。それに、インフラを現在のようにそのキャパシティーの限界まで活用していれば、メンテナンスももっと増やさなければならないはずなのだが、それがおろそかになっているため、信号トラブルや架線切断、切り替えポイントの故障といったトラブルが多発している。

だから、スウェーデンの鉄道のキャパシティを引き上げることはいずれにしろ、必要なことであり、それならいっそのこと新しい路線を敷設することで、在来線の過密度を減少させ、通勤列車・ローカル列車や貨物列車が在来線をもっと自由に使えるようにしたい。それと同時に、新路線は高速列車の運行も可能な高規格にすることで、鉄道の利便性を高め、利用者をさらに増やそう、というのが、このプロジェクトの意義なのである。

【 総費用 】

しかし、いくら一石二鳥のプロジェクトだからといって、際限なく費用をつぎ込めるというわけではない。実際のところ、総工費については不確かな点が多いようだ。8年ほど前に行われた最初の試算では、総建設費が1250億クローナ(1.8兆円)になるという結果になった。しかし、その後の試算で1700億クローナに上方修正され、昨年末にはさらに2560億クローナ(3.8兆円)へと引き上げられた。また、プロジェクトを管理する交通庁の報告書によると最大3200億クローナかかる可能性もあると指摘されている。しかも、これらの数字は新線の建設費用だけであり、新駅や車両庫の建設や在来線との接続線の敷設や在来線の改良などにかかる費用は含まれていないのである。

費用の大部分は国が国債の発行などによって賄い、今後数十年にわたって返済していく予定だ。しかし、新幹線の新設によって地元経済が潤うことになる沿線の自治体にも、総費用の最大10%を限度として分担が求められている。沿線自治体では住民の増加や商業活動の活性化が期待されているため、自治体は住宅公社を通じて新たな住宅やオフィス施設の建設などを計画しており、完成後の売却収入・家賃収入などを新幹線プロジェクトの分担金の支払いに充てると考えられる。しかし、プロジェクトの総費用がどんどん膨張してしまうと、自治体の負担もそれに比例して増加していくであろう。自治体側も青天井に負担できるわけではないため、すでに自治体連合会は「費用負担のあり方は非現実的であり、スウェーデン政府がより多くの財政的責任を追うべきだ」と批判している。

一方、スウェーデン政府の負担が増えすぎてしまうと、毎年の国債返済が交通庁の予算を今後数十年にわたって圧迫し、今ですら問題の多い在来線のメンテナンスがさらにおろそかになるのではないか、という懸念もある。スウェーデン政府としては、環境・道路関係の税を建設費に充てる案なども考えているようだ。

巨大プロジェクトの一つのファイランス方法としては、Public-private partnership(パブリック・プライベート・パートナーシップ(指定管理者制度))もある。これは、株式会社などの営利企業からも出資を募り、建設後は施設の運営・管理をその企業に代行させるやり方である。建設費が巨額になるのであれば、この方法を活用することで国庫負担を軽減すべきだという声は産業界などから上がっている。しかし、同様のPPP制度が活用された過去のプロジェクトであるストックホルム・アーランダ国際空港地下駅の建設(および既存在来線との接続路線の敷設、そしてアーランダ・エクスプレスの運行)プロジェクトがあまり良い評価を得ていない。運営を代行している管理企業が多額の使用料を要求して大きな利益を得ている結果、利用者の便益が損なわれているとの見方が強い。また、現在建設が続いているストックホルムのカロリンスカ大学病院もこのPPP制度が使われているが、その費用負担のあり方に批判が相次いでいる。むしろ記録的な低金利の今なら、国が国債発行で費用を賄うほうがまだマシだと考えられる。

【 どの技術を用いるか 】

新幹線のルートの決定と平行して、技術の選定や入札手続きの準備なども進められている。スウェーデンの新幹線計画に参入しようとしているのは、日本や中国、韓国、ドイツ、フランスなどだ。インフラ担当大臣であるアンナ・ヨーハンソンは昨年、日本と韓国に視察に行っているし、スウェーデン議会の交通委員会も2つのグループに分かれて、日本と中国をそれぞれ訪れている。

どの国も新幹線計画への参入に躍起になっているが、中国の攻勢は激しいようだ。自国に視察に来たスウェーデン議会・交通委員会のメンバーに対して、「中国の技術を使えば工期は短く、建設費も大幅に安く済む」ということを強調したらしい。セメントによる基礎や支柱などの大部分を、現場で型に流し込んで作るのではなく、あらかじめ規格化し、工場で大量生産し、それを現場に運んで鉄道を建設する工法である上、路線の大部分を高架で建設するため、土地の取得などの費用や手続きが軽減されることがその理由であるようだ。議会・交通委員会の視察団に同行した民間コンサルが、中国でひどく感銘を受けたらしく、そのことをスウェーデンに帰国後にメディアに話したので話題になった。新聞にもオピニオン記事を書いて、中国の凄さをやたらと強調していた(中国へ行った経験はあまりない人で、お膳立てされて見せられたものをそのまま信じてしまった話しぶりだった)。すぐさまスウェーデンの大学研究者に「ちょっと落ち着け」という感じでたしなめられていた(笑)。その研究者が言うには「スウェーデンのこれまでの経験から考えると、地盤がしっかりしており、地価も安いため、高架よりも接地型の線路を建設したほうが経費が抑えられる。中国のやり方がスウェーデンで必ずしも安上がりだとは限らないし、建設労働者の賃金も中国とは異なる」と指摘している。

高架で建設するという点では、日本も同じだろう。スウェーデンにおいてはどのような工法が適しているのか、私にはよく分からないが、技術力や安全性という面で日本にも健闘してもらいたいと思う。

スウェーデン版新幹線の予定経路と駅が発表される(その1)

2016-02-10 17:22:58 | スウェーデン・その他の社会
スウェーデンの高速鉄道計画がさらに一歩前進した。今月初めに予定経路と予定駅が正式に発表されたのである。

高速鉄道(新幹線)構想といえば、スウェーデン国鉄SJが特急列車X2000を導入した1990年代から浮上し、その利点やコストが次第に議論されるようになっていった。首都のストックホルムから第2の街ヨーテボリ第3の街マルメを結ぶ路線であり、特にこの新線が敷設されるであろう沿線の自治体が大きな関心を寄せてきた。中でもストックホルムとヨーテボリ、およびストックホルムとマルメの中間に位置するヨンショーピン(Jönköping)市はこれまで在来線の幹線から外れた場所に位置し、ローカル線に乗り換えなければ鉄道による到達が不可能であったが、この新線が敷設されるとヨーテボリ行き路線とマルメ行き路線の分岐点となる可能性が高いため、このプロジェクトの実現を積極的にスウェーデン政府に働きかけてきた。また、スウェーデンの高速鉄道をそのままデンマークに接続し、さらにはドイツに到達させるという「ヨーロッパ・コリドー」構想を打ち上げ、そのためのロビー団体を作ったりもしていた。

2月1日に発表されたスウェーデン版新幹線の予定経路と駅
出典: Sverigeförhandlingen

ヨンショーピン(Jönköping)は、私が修士課程を履修したヨンショーピン大学がある街だが、修士号を取得した後、私はしばらくリサーチ・アシスタントとして経済学部で働いていた。その時の仕事の一つがまさに高速鉄道計画に関するもので、例えば、この新幹線ができた時の旅客数をモデルを使って推計するというものだった。ただ、どの自治体に駅を作るのかなどは全く決まっていない時期であったため、大学から言われたとおりに私が推計をしたところ、私が推計モデルの中で駅設置を仮定しなかった自治体から不満の声が上がり、推計をやり直すということもあった(笑)。

このスウェーデン高速鉄道計画には当然ながら多額の投資費用と長い工期が予想されるため、スウェーデンが経済危機に見舞われた1990年代はおろか、2000年代に入ってからもスウェーデン政府は及び腰であった。特に穏健党(保守党)は長い間、このプロジェクトに否定的であったものの、政権を握っていた2014年に態度を変え、連立政権を組んでいた他の3党とともに計画の実現を決定したのだった。その後、社会民主党と環境党が政権を奪ったものの、その計画作業はそのまま継続され、そして今回、その予定経路と予定駅が正式に発表されたのだった。

【 計画の概要と予定経路 】

スウェーデンの在来線の現在の最高速度は時速200kmであるが、その在来線とは別に新たな鉄道を敷設して、最高時速320km程度の高速列車を走らせるというのがこのプロジェクトである。これにより、現在では3時間かかるストックホルム-ヨーテボリ間が2時間で、また現在は4時間半かかるストックホルム-マルメ間が2時間半で結ばれる予定だ。また、大都市間の高速輸送(日本で言う「のぞみ」号)だけでなく、近隣の街を結んで通勤客も利用できるように時速250km程度の高速ローカル列車(「こだま」号のようなもの)も走らせる計画である。例えば、ストックホルム-ニューショーピン(Nyköping)-スカヴスタ空港(Skavsta)-ノルショーピン(Norrköping)-リンショーピン(Linköping)を結ぶ列車や、ヨーテボリ-ランドヴェッテル空港(Landvetter)-ボロース(Borås)を結ぶ列車がそれである。

着工は早くとも2017年であり、ストックホルムからリンショーピン(Linköping)までのÖstlänken(オストレンケン)と呼ばれる区間が2028年までに完成、そして残りの区間が2035年までに完成する計画である。

さて新線の敷設経路であるが、ストックホルムからヨンショーピンを経てヨーテボリに至る路線については大まかな経路がすでに決まっていた。一方、ヨンショーピンから分岐してマルメに至る路線については、どこを通し、どこに駅を作るかが大きな議論となってきた。



最短経路にするならば(2)の候補が望ましい。しかし、人口14万人弱のヘルシンボリ(Helsingborg)にも停車させようとすると(1)の経路になる。一方、スモーランド地方の中核都市であるヴェクショー(Växjö:人口8.5万人)に停車させようとすると(3)の経路となり、少し大回りになる。

ヴェクショー(Växjö)といえば、地方大学(リンネ大学)のある、この地域では比較的大きな街であるものの、鉄道の幹線から外れた場所にあるため、ストックホルムから特急列車で向かおうとすると途中でローカル列車に乗り換えなければならず、不便である。だから、この街にとって現在構想されている新幹線を自分たちの街に通すことは切実な願いであった。

しかし、今回の正式な経路発表では(2)の最短経路が採用されたため、ヴェクショーの願いが叶うことはなかった。

3つの候補のどれを選ぶか、行政の担当者は苦渋の決断を迫られたであろう。高速鉄道の利用者を増やし、建設プロジェクトから得られる便益を高めるためには、なるべく人口の多い場所に線路を敷設したほうが良い。しかし、だからといって距離が長くなってしまうと、そもそも時間短縮のために建設する高速鉄道のメリットが薄れてしまう

実際のところ、2都市間を鉄道で移動するのに要する時間とその2都市間における鉄道の旅客シェアは綺麗な反比例の関係になっている。だから、所要時間が長くなるとその分、鉄道を選ぶ人が減り、逆に飛行機を使う人が増える結果となる。


出典:Lundberg (2011) Konkurrens och samverkan mellan tåg och flyg

上のグラフは、2都市間の鉄道による所要時間とその2都市間の鉄道の旅客シェア(飛行機と鉄道の合計に占める鉄道のシェア。車・バスは含まれていない)の関係である。日本の新幹線沿線の都市も登場するので簡単に説明すると、
・東京-広島:所要時間 4時間弱、鉄道旅客シェア 54%
・東京-岡山:所要時間 3時間強、鉄道旅客シェア 61%
・東京-大阪:所要時間 2時間半、鉄道旅客シェア 88%

となっている。

スウェーデンの場合は、現時点で
・ストックホルム-ヨーテボリ:所要時間 3時間強、鉄道旅客シェア 65%
・ストックホルム-マルメ:所要時間 4時間半、鉄道旅客シェア 39%

であることが分かる。


スウェーデン版新幹線の建設によって、それぞれの所要時間が期待通りに短縮できれば、航空機から乗客を奪うことができ、その結果、
・ストックホルム-ヨーテボリ:所要時間2時間、鉄道旅客シェア90%
・ストックホルム-マルメ:所要時間2時間半、鉄道旅客シェア75%

にまで鉄道旅客シェアを伸ばせるかもしれない。上のグラフは、あくまで各国の様々なケースの平均であり、実際の鉄道旅客シェアは、一日に何便走っているのかといった利便性や、航空機と比べた場合の快適さ遅延の頻度などに左右されるわけだが、予測できる乗客数増加の一つの目安にはなるであろう。

一方、期待した時間短縮が本当に実現できるのかどうか、気になる点もある。例えば、この高速鉄道(新幹線)のために在来線とは別に新たな線路を敷設するわけだが、その新線の起点はストックホルム中央駅ではない。その南西50kmのところにあるヤーナ(Järna)という集落を起点とするのである。そのため、ストックホルム中央駅を出発した新幹線は、まず在来線を通ってヤーナに行き、そこから新線へ乗り入れるということになる。そのため、最高時速320kmを出せるのはそれ以降ということになる。

(ヘルシンボリを経る(1)の案が不採用になったのは距離が長くなるという理由だけでなく、ヘルシンボリからルンドまでの区間がすでに過密であるために在来線を使わなければならず、スピードが出せないから、という理由もあるかもしれない)

【 おまけ 】

新幹線の経路と停車駅を決める過程では、ヴェクショー市以外にも様々な自治体が「うちの自治体にもぜひ駅を!」と働きかけを行っていた。だから、もしそれらの希望を全て受け入れて新幹線の経路を作っていたらどうなっていたか?というジョークの画像がFacebookなどで出回っていた。ここまで来ると、在来線よりも所要時間が長くなってしまいそうである(笑)


次回は、この高速鉄道計画の費用や必要性、メリット・デメリットなどについて書きたい。
(つづく・・・)

毎年恒例、イェーヴレの藁ヤギ

2015-12-28 00:17:37 | スウェーデン・その他の社会
毎年、年末になるとスウェーデンで話題になるイェーヴレ市のヤギだが、今年も11月29日に完成を祝う記念式典が市の広場で開かれた。

高さ13メートル、長さ7メートルのこの巨大なヤギは、全身が藁で出来ているため、一たび火がつくと瞬く間に燃えてしまう。11月末(正確に言うと最初のアドヴェント)に藁でこのヤギを建てて、それを新年まで飾って新しい年を迎えよう、という伝統が始まったのは1966年のことだが、この最初の年でさえ、新年を待たずに誰かが火をつけて炎上している。

その後は様々な工夫がなされ、燃えにくくするための防火剤をヤギの全体に吹きかけるようにもなったが、防火剤をかけてしまうと空気中の水分を藁が吸収しやすくなり、あまり見栄えが良くなくなってしまう。そんな理由から近年は防火剤を吹きかけるのをやめてしまった。

近年の結果を見てみると、2012年には早くも12月13日のルシア祭の早朝に炎上しているし、2013年にはクリスマスの数日前に燃えている。昨年2014年は厳重な警備の甲斐もあってか、無事に年を越すことができた。藁でできたこのヤギが果たして新年まで立ち続けるのかどうかは、ネット上のギャンブルサイトの賭けの対象にもなっているほどだ。1966年以来、火を付けられなかった年は14回しかない。

今年はいつまで持ちこたえるのか? クリスマス以前に火が付けられてしまうのか、それとも、年越し前か、それとも、新年を無事に迎えることができるのかどうか? 今年も人々が大きな関心で見守ってきた。地元の人にとっても、スウェーデンの他の地域に住む人々にとっても、これはスリリングな、一種のお祭りのようである。しかし、残念ながら今年のヤギは12月27日の早朝、炎上してしまった。


TV4のニュース映像より

犯人は警備員に現場近くですぐに逮捕されたが、かなり酔っ払っていたという。地元に住む25歳の若者で、犯行を認めている。警備員によると、どうやら共犯者が一人いたようであり、警察が行方を追っている。

放火直後を捉えた映像がある(下のリンク)。犯人はヤギの足元に火を付けた直後に走って逃げるが、火の勢いが強かったためか、彼の体にも火が燃え移っている(警察によると、医者に診てもらうほどではなかったらしい)。この映像を見ればわかるように、警察のパトカーが間もなくして現場に到着しているが、この火の早さでは、警察や消防がいくら早く現場に到着しようが、もう何もする術がない。近年、防火剤の散布をやめてからは、代わりにウェブカメラや警備員を配置することでいたずらを防ごうと努力しているらしいが、一たび火を付けられれば、もうおしまいだ。

通行人の映像(初回に広告が流れるかもしれない)

それにしても、私はむしろこんなに燃えやすいものがこれまで1ヶ月も立ち続けてきたことのほうが、むしろ驚くべきことだと思うのだけど。

【過去の関連記事】
2013-12-22: イェーヴレ市の藁ヤギ、今年も灰に
2011-12-05: イェーヴレ市のヤギ人形、今年は早くも・・・
2008-12-27: 今年は生き残るか?-イェヴレ市のヤギ
2006-12-31: イェヴレ市のヤギ人形

難民受け入れ状況について(その3)

2015-12-07 11:29:35 | スウェーデン・その他の社会
前回2回にわたり、スウェーデンにおける難民受け入れ態勢について説明してきたが、すでに書いたように現在の切迫した問題は、庇護申請をした難民に提供する住居が足りないことである。これに関連した出来事について、付け加えておきたい。(原稿は10月末に書き上げていましたが、掲載が遅くなりました)

前回の記事:
2015-11-24 難民受け入れ状況について(その1)
2015-12-01 難民受け入れ状況について(その2)

庇護申請中の難民に対する住居は、移民庁がその提供に責任を負っている。移民庁は主に、難民を収容できそうな施設を持っている業者と契約を結んで、住居の確保を行っているが、それでも十分な住居が確保できない現在のような状況下では、スウェーデン各地の自治体にも難民の住居として使えそうな施設がないかどうかを相談し、できる限りの数の確保に努めてきた。

移民庁からのそのような要請を受けて、廃校になった学校施設、スポーツ・福祉施設などを見つけて、それを住居として利用できるように改装し、移民庁に提供する自治体も多数ある。もともと住居では無かった施設であることが多いため、キッチンやトイレ、洗濯機、シャワー室の整備などの投資費用が発生し、それらは移民庁が負担する。

しかし、そうやってお金を掛けて、それなりに人の住める施設が完成し、さあ、これから難民の割り当てを始めよう、という時になって、誰かが放火し、施設を全焼させる、という事件が今年の特に秋以降にスウェーデンで何件か発生している。また、同じように放火の被害を受けた建物には、自治体がその建物を難民の収容に使うことを決定した直後に放火されたものもあるし、あるいは、既に人が住み始めている状況で放火されたものもある。


全焼した難民向け住居(日刊紙 Dagens Nyheter 2015-10-28より)

幸いにも死者が出たケースはないが、一方で、犯人の逮捕に至ったケースは1件しかない。夜間の犯行がほとんどであるため、犯人の特定が難しく、はっきりした動機は分からない。しかし、同様の事件が短期間の多発したことやその特徴の共通性から、難民の受け入れに反対する人々の犯行が疑われている。


今年に入ってから10月末までに発生した、難民向け住居に対する放火事件(日刊紙Dagens Nyheterより)
このうち半数は、後述するように10月17日以降に起きている

スウェーデンでも少なからずの人々が難民の受け入れに反対していることは事実であるが、その不満は議員や自治体に向けるべきものではあっても、罪のない難民に向けるべきものではない。政治家が自分たちの声に耳を貸さないから実力行使にでた、などという言い訳も、放火・殺人未遂という立派な犯罪行為を正当化する理由にはならない。スウェーデンのメディアも、相次いだこのような放火を「テロ行為」の一つだと呼んでいる。難民や一般市民の心に恐怖を植え付けることで、自らの政治的目的を達成しようとする非民主的な行為だからである。

※ ※ ※ ※ ※

Facebookの極右系のグループページや、極右政党であるスウェーデン民主党と繋がりのあるヘイトサイトには、そのような犯行を褒め称えるコメントが相次いでいた。また、スウェーデン民主党の地方支部の中には、その地域で自治体が難民の住居として使おうと考えている施設をリストアップし、その住所と地図をホームページに掲載しているところもあった。彼らの言い分は、自治体がその建物を難民の受け入れに使おうと考えているという事実を、その地域の住民がきちんと知り、不満がある人が自治体に抗議できるようにするためだ、というものだ。つまり、地元の民主主義に必要である情報の公開性に寄与している、という言い訳である。もちろん、そのようなリストの公開にはたくさんの批判が寄せられた。

放火事件はスウェーデン民主党が党として関与しているわけではないため、彼らにその直接的な責任を問うことはできない。しかし、難民の住居に今後使われるかもしれない施設のリストを掲載することが、さらなる放火事件を生み出す可能性があり、しかも、それを指摘する声が実際に多数寄せられている時に、それでも敢えてリスト掲載を続けるのであれば、その後、放火事件が起きた時に責任が彼らに全くないとは言えない、と私は思う。

スウェーデン民主党の党首や幹部は、(少なくとも10月末の段階で)このような放火事件を非難する声明を発表していない。移民庁は放火事件の多発を受けて、今後は難民住居として使おうと考えている施設の情報を公開しないことに決めた。警察も難民向け住居の警備に力を注いではいるようだが、それでも不安を感じる難民は自ら交代で夜通しの見回りをしている。報道を見てみると、ドイツでも似たような放火事件や嫌がらせがこの秋に多発したようだ。

戦禍で家を追われた多数の難民が到達するという事態に、スウェーデンがかつて直面したのは1992年のことである。既に書いたように、ボスニアで勃発した紛争のために主にイスラム系のボスニア難民8~9万人がスウェーデンに逃れ、庇護申請を行った。この時も、彼らに提供する住居が不足したため、広場に張ったテントが彼らの住居として使われたこともあった。だから、現在の状況と当時の状況はよく似ているわけだが、難民の住居に対する放火事件の多発、という点に関しても、当時と今の状況はよく似ている。(「平均3日に1度のペースで放火事件が発生した」という情報を目にしたが、これは1992年全体で平均した数字なのか、スウェーデンに多数のボスニア難民が到達した夏以降の期間で平均した数字なのかがはっきり分からない)

また、新民主党というポピュリスト政党が支持率を大きく伸ばしたり、ネオナチのグループが難民に対するヘイトを撒き散らして、人々を扇動しようとしていた点も、今とよく似ている。

今年10月17日スウェーデン民主党の国会議員であり党の中核をなしているKent Ekeroth(ケント・エーケロート)が地方の町の広場で演説を行ったが、その演説が非常に醜いものだった(今さら驚くべきことではないが)。「スウェーデンはもう終わりだ」という言葉とともに、難民に対する不安と不信感をくりかえし煽り、挙句の果てに「皆の者よ、外に出て、(自分たちの主張を)見せつけてやろう!」「スウェーデン人は長い導火線を持っている(私の解釈:忍耐強いということ?)と言われるが、その導火線が燃え尽きた時、爆発が起こる。彼らに、今その時が到来し、今、爆発するのだということを見せてやろう!」と叫ぶような演説だった。この演説の映像は極右系のサイトなどを通じて広く拡散したようだ。

この男のいう「彼ら」というのが誰のことなのか、スウェーデンの政治家なのか、それとも難民なのかがよく分からないし、その「彼ら」にどのような形で「見せてやろう!」と言っているのかが分からないが、彼の言葉を「実力行使への容認」と勘違いした支持者がいてもおかしくはないだろう。彼がこの演説をした直後から2週間の間に、難民向け住居、もしくはこれから難民の住居となる建物への放火事件が多発した。


スウェーデン民主党の路上集会(地方紙 Trelleborgs Allehanda 2015-10-19より)

スウェーデン民主党は今年の夏にも、スウェーデン国内で物乞いをするロマ人に対する憎しみを煽るヘイト広告を、ストックホルムの地下鉄駅に掲載して問題になった。そして、その直後にもロマ人に対する暴力行為や彼らの寝泊まりするテントやキャビンへの放火事件が多発した。立場の弱い者への憎しみを煽ることを通じて自分の党への支持率を伸ばそうとする行為は、卑怯と呼ぶしかない。

過去の記事:
2015-08-07 公共の場における不快な「ヘイト」広告 (その1)
2015-08-17 公共の場における不快な「ヘイト」広告 (その2)

1990年代前半にも、ネオナチ政党が難民への憎しみを煽るヘイトスピーチを繰り返していたが、そのような風潮の中で「実力行使が容認される」と勘違いした男が現れ、外国出身者を次々と銃撃する事件が起きた。ヘイトのレトリックは犯罪行為への引き金を引くと行っても過言ではない。

難民の住居の話に戻るが、住居が不足する中で、それでも難民に住居を提供しなくてはと、あらゆる施設を総ざらいして、せっせと使えそうな施設を整えて移民庁に提供している行政職員や民間の人々がいる一方で、夜陰に紛れて火をかけ、サボタージュすることに力を注いでいる人がいるのは非常に悲しいことだ。そのネガティブなエネルギーをもっと建設的なことに使えないのかとつくづく思う。

難民受け入れ状況について(その2)

2015-12-01 19:19:15 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き

11月の後半に入ってからも、スウェーデンに辿り着いた難民に提供する仮宿舎の数が大幅に不足。スウェーデンの南端にある国境の町マルメでは移民庁のレセプション見本市会場(メッセ)を宿舎として開放したものの、それでも足りず、日によっては屋外で夜を越さねばらならない人が発生する可能性があったが、幸いにも近隣にあるイスラム教のモスクキリスト教の教会が難民を収容してくれた。


教会に寝泊まりする難民(Dagens Nyheter 2015-11-25より)

前回も触れたように、EUの他の加盟国が今回の難民問題に対してスウェーデンやドイツなどと同じくらいの積極さで取り組みを行っていれば、状況はもっと異なっていたであろうし、スウェーデン政府やドイツ政府にとっても、それが逼迫する窮状を打開するための鍵であった。しかし、EUが共同で取り組むはずの難民政策は名ばかりだった。そのため、自国の難民受け入れ態勢のキャパシティーが限界に達したと判断したスウェーデン政府は、ドイツ政府と同じく独自の対策を導入せざるを得なくなった。

スウェーデン政府が11月11日に、同じシェンゲン条約締結国であるドイツやデンマークからの入国に際してもパスポート検査を行うことを発表したことは、前回のこのブログ記事で書いた。しかし、それ以外にも様々な決定が10月以降、スウェーデン政府から発表されている。それらを簡単にまとめておきたい。


【 10月23日の与野党合意 】

まずは、10月23日に発表された与野党合意。これは20項目からなり、例えば
・スウェーデンだけでは対応しきれないので、スウェーデンに庇護申請した難民の一部を他のEU加盟国に引き受けてもらうこと
そして、
・スウェーデンが難民認定しない国からの庇護申請者への審査・却下決定を早くすることで、審査プロセス全体を迅速化する。
難民認定された人々の受け入れと彼らへの住居提供を各自治体に義務付ける
・難民受け入れの経費として各自治体に特別予算を配分する(総額100億クローナ)。
・新規住居建設の審査の簡略化
といった難民受け入れ態勢に関わる事項、それから、
・庇護申請者には決定を待っている段階から既にスウェーデン語教育を行う。
職業訓練の強化
・家事労働サービスや家の改修サービスなど未熟練労働者でも比較的就きやすい産業に対する補助制度を、庭仕事、引越しサービス、ITサービスなどにも拡張する。
・教員養成を母国で受けた難民が、同じ言葉を話す難民(子供)に対して教えることができるようにする。
といった雇用・社会統合に関わる事項が続く。

また、難民として認定された人にはこれまで無期限の居住許可(永住権)が付与されてきたが、これをどうするかという議論はこれまでも政党間で続いてきた。無期限の居住許可(永住権)を付与することのメリットスウェーデン語やスウェーデンでの就労に必要なスキルを学ぶインセンティブを高め、社会統合を容易にするという点が挙げられる(数年で送り返されると分かっていれば、誰がわざわざスウェーデン語を学ぼうとするだろうか、という考えである)。また、子持ち家族の場合、子供の成長にとって何がベストかを考えると、既にスウェーデン語で教育を受け始めたスウェーデンでそのまま教育を続けられるようにしたほうが良い、という主張もある。これに対し、期限付きの居住許可を付与し、一定期間後に就労状況などを考慮しながら延長するかどうかを決定する方法を主張している人たちもいるが、彼らの意見も「そのほうが就労インセンティブになり、社会統合を容易にする」というものである。(後者の主張には、スウェーデンでの難民待遇の質を落とすことで、スウェーデンへの庇護申請者の数を減らしたい、という意図もある)

10月23日の与野党合意では、これまで平行線を辿ってきたこれらの主張の間に、一つの妥協が見られ
・今後3年間に限り、難民認定者には期限付き居住許可を付与する。しかし、子持ちの家族、18歳未満の子供、割り当て難民は例外とし、今後も無期限の居住許可を付与する
ことが合意に盛り込まれた。例外規定が適用されるのは、難民認定者の半分ほどになる見込みだ。
(注:割り当て難民とはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が認定し、スウェーデンなど先進国の一部に受け入れを割り当てている難民を指す)

この与野党合意には、国政政党の中でもっとも左に位置する左党ともっとも右に位置するスウェーデン民主党を除く6党(議会の議員数の約8割)が加わっており、スウェーデンのメディアは、困難な状況を前に党派性に固執せず、建設的な合意が交わされたことを大きく評価していた。(世界恐慌中の1933年に経済政策に関して与野党が交わした合意や、1990年代初頭のバブル崩壊に伴う経済危機に際して与野党が発表した危機対応と並ぶほどの合意だと評価する声もあった)


合意内容を発表する6党の議員(Dagens Nyheter 2015-10-24より)

たしかに、この合意が発表された一週間前には、2014年12月に結ばれた「12月合意」が崩壊しており、難民問題という大きな課題を前にし、野党がスウェーデン民主党(極右政党)の力を借りて与党の政策や予算案を阻止したり、場合によっては内閣総辞職もあるかもしれないなど、政治の不安定性が懸念されていた。しかし、それからわずか1週間のうちにこのような与野党をまたぐ合意が形成されたことはスウェーデンの強みであり、政治的リーダーシップの証ではないかと思う。と同時に、直面している難民問題がそれだけ危急の問題であることを意味している。

過去の記事:
2014-12-28:「12月合意」により、スウェーデン議会の再選挙が回避される (その1)
2014-12-29:「12月合意」により、スウェーデン議会の再選挙が回避される (その2)


【 11月5日の欧州委員会に対する要請 】

前回触れたように、スウェーデン政府は11月5日、EUの行政府である欧州委員会に対して、スウェーデンが既に受け入れてきた難民の一部も、EUの他の加盟国が分担して受け入れるように要請した。難民受け入れの分担についてEUが決定したクオータ(割り当て)制度のもとで、ギリシャやイタリアだけでなくスウェーデンも難民を送り出す側に加えてほしいということである。これは、10月23日の与野党合意にも盛り込まれていた一項目である。


【 11月11日のパスポート検査の実施発表 】

これも既に触れたように、11月11日、スウェーデン政府は国境でのパスポート検査を実施することを発表し、その翌日から実行した。また、この数日後にはドイツやデンマークからスウェーデンに向かうフェリーの乗船時にもパスポート検査が行われるようになり、海路からスウェーデンへ入る難民の数が減ることになった。


【 11月24日に発表された追加措置 】

欧州委員会や他のEU加盟国の対応に期待をかけ、実際に働きかけていたスウェーデン政府だったが、彼らの動きが非常に遅いため、スウェーデンとして難民圧力を緩和するための、さらなる措置を発表することになった。措置の焦点は、10月23日の与野党合意の時にも焦点となった、難民認定者に付与する居住許可の有効期限についてである。新たな措置では
すべての難民認定者に対して有期限(1年もしくは3年)の居住許可を付与する
とされた。また、1ヶ月前の与党合意では、子持ちの家族、18歳未満の子供、割り当て難民は例外とする規定があったが、それを改め、割り当て難民のみを例外とすることにした(子持ち家族の場合、この措置が発表された24日15時以前に庇護申請の登録がなされていれば、例外に加えられ、無期限の居住許可が付与される)。

居住許可の期限が過ぎたあとはどうなるかというと、延長の申請ができ、その時点で一定水準以上の収入があれば無期限の居住許可を得ることができる。それ以外は、審査の後で再び期限付きの居住許可を付与されるという。

また、
・難民認定を受けた後に家族をスウェーデンに呼び寄せることを大きく制限し、呼び寄せられるのは基本的に自分の配偶者と子に限る
こととされた。

さらに、フェリーだけでなく、バスや鉄道といった陸路の公共交通の乗車時にも、パスポートなどの身分証明証の提示を義務付けることが、この発表に盛り込まれていた。

(以上に書いたのは、新たな措置の概要にすぎない。実際には難民認定のカテゴリーごとにもっと細かく規定されている。たとえば、どのような難民に対して、1年期限または3年期限の居住許可が付与されるのか、などである。また、先ほど触れたように配偶者・子をスウェーデンに呼び寄せることができるのは、3年期限の居住許可を付与された難民だけである。ただ、詳しく書く時間がないので割愛する)

いずれにしろ、11月24日のこれらの追加措置によって、スウェーデンの難民認定と待遇国際条約やEU法が規定する最低限の水準に下げられることになった。難民が庇護申請を行う権利は国際条約で認められているが、その権利を事実上、奪ってしまうことになるため、スウェーデン政府には厳しい批判も寄せられた。その批判に対する一つの釈明としてスウェーデン政府は「スウェーデンが自身の難民受け入れ政策を劇的に変化させたという事実が、他のEU加盟国に対して警鐘を鳴らして、彼らの消極的な態度を変化させてくれることを期待している」と答えている。しかし、残念ながらこれまで何度も書いてきたように、今回の難民問題に際してEUはまったく機能を失っており、その願いがかなえられる可能性はゼロだろう。私は、非常に残念なことだと思う。しかし同時に、スウェーデンとして、危急な状況に何らかの手を打たなければならず、このような追加措置は仕方のないこととも思う。


追加措置を発表する首相(社会民主党)と副首相(環境党)(Svenska Dagbladetより)

以上のような10月後半からの一連の政策転換により、11月のスウェーデンへの庇護申請者の数は10月の数を下回ったようだ。2015年に入ってからスウェーデンに庇護申請をした難民の数は、11月26日の時点で合計14万6000人だ。移民庁は今年一年間の申請者の数を14~19万人と予測しているが、この様子だとメインシナリオとされる16万人前後になりそうだ。


【 国の財政と経済への影響 】

難民の受入れにかかる費用の大部分は、これまではスウェーデンの政府開発援助(ODA)の予算枠から拠出されてきた。OECDの規定では、それぞれの難民の受入れにかかる費用のうち最初の一年間にかかる部分を政府開発援助(ODA)として計上することが許されているからである。しかし、本来は途上国での貧困支援や発展支援に使われるはずの予算の少なからぬ部分がスウェーデン国内における難民受け入れに充てられる現状に対しては、ODAの行政を取りまとめるSIDA(国際開発協力庁)やNGOなどから批判の声が上がっていた。

スウェーデンのODAの支出額は世界的に見ても高く、GNI(国民総所得)の1%に上るが、今年はODA予算全体の22%がスウェーデンにおける難民の受け入れに充てられる見通しである。スウェーデン財務省としては、来年はさらにこの割合を増やし、ODA予算のおよそ半分を難民受け入れに充てようと考えていたが、さすがにそれでは途上国における様々な貧困・発展支援に影響が出るという反発が激しく、先日、財務省と外務省は協議の結果、最大でも30%までを限度とする決定を行った。

そのため、少なくとも今年から今後数年間にかけては、難民受け入れ経費の一部を国債の新規発行によって賄うことになる。移民庁によると移民庁の経費総額は今年が260億クローナ、来年2016年が580億クローナになる見込みだ(すでに触れたように難民受け入れに関連する経費の一部はODA予算から拠出される)。一方、国債を管理する債務庁によると、国債発行額は今年が450億クローナ、2016年は330億クローナになると見られている。

大きな数字だと感じる人もいるかもしれないが、国債の発行額に関しては、国の借金の増大を懸念すべきような水準では全くない。スウェーデンのGDPは年間約4兆クローナだから、450億クローナはGDPの1.1%に相当する。一方、スウェーデンの経済成長率(GDP変化率)は年率2~4%だから、国債残高の対GDP比はむしろ減っていく。スウェーデンの中央政府の国債発行残高は対GDP比で35%であり、国際的に見てもかなり低い水準にある。だから、私は対GDP比をさらに減らす必要はなく、30%台の水準を保つように努力すれば良いと考えている(つまり、経済成長率と同じ%だけ債務を増やす余裕はあるということ)。

(また、近年の国債発行額を見てみると、昨年2014年が1170億クローナ、2013年が1310億クローナであった。だから、今年と来年は難民受け入れの費用を借金で賄わなければならないとはいえ、借金の額自体は過去2年を大きく下回ることが分かる。)


スウェーデン中央政府の債務残高の対GDP比(← 青い線)
(灰色の線は政府が所有する金融資産などを加えた場合)

難民の受け入れはスウェーデン社会にとって大きなチャレンジである。しかし一方では、経済的な効果もすでに現れている。先日発表されたGDP速報によると、2015年第3四半期(7-9月)のGDP(国内総生産)前年同四半期と比べて3.9%の増加だったという。難民の受け入れがさらに増えた10月以降の第4四半期がどうなるか気になるところだが、おそらく2015年全体の経済成長率(年率)は3.5%を少し上回るくらいの水準になりそうだ。これはかなり高い水準だ。

ただ、難民受け入れが短期的には経済にプラスの効果をもたらすことは、別に驚くことではない。受け入れにともなって、住居や家具、運輸、通訳の確保など、関連する産業に対する公共支出が増えており、雇用も増加している。また、難民認定者や庇護申請中の人々には一定額の生活費が国から支払われるが、その大部分が消費に回っている。それらが景気を後押ししているのである。もし、この公共支出や再配分の増大が増税によって賄われることになれば、それは景気に冷やす要因になるが、すでに触れたようにスウェーデンの財政は安定しており、難民受け入れにかかる経費増大を増税で賄う必要性は今のところない。

もちろん、中長期的な経済への影響がどうなるかは、難民認定された人たちがどれだけ早い段階で労働市場に吸収され、彼らが税金を収めるようになり、生活保護・住宅手当などの国の出費が減っていくかに左右されることになる。

難民受け入れ状況について(その1)

2015-11-24 15:00:33 | スウェーデン・その他の社会
前回の更新から長い時間が経ってしまいました。とても忙しく、更新のための時間がなかなか取れません。

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9月以降のスウェーデンの難民受け入れ状況についてまとめておきたい。8月から9月初めにかけての一連の出来事が契機となり、ヨーロッパにはシリアやイラクなどからたくさんの難民が殺到することになったが、ドイツに続いて、スウェーデンもたくさんの難民が庇護申請を行っている。申請数は9月以前の段階でも例年以上の数を記録していたが、9月以降になりその増加が顕著となった。

1984年から今年までの庇護申請者の数
<グラフの出典> Dagens Nyheter 2015-11-10

9月以前の段階では、今年全体の庇護申請者の数は8万人ほどになると予想されていたが、申請者のその後の急増のため、10月の段階で予想が14~19万人へと大幅に上方修正された(メインシナリオは16万人)。

ちなみに、今年のような大きな難民の波にスウェーデンが直面するのは、決して初めてのことではない。ユーゴスラビアが崩壊しボスニアで大きな内戦が勃発した1992年には、ボスニア難民(多くがイスラム教徒)をはじめとする9万人近くがスウェーデンに逃れ、難民申請を行った。私は、スウェーデンの受け入れ態勢のキャパシティーを考える上で重要な参考になるのは、1990年代前半の受け入れ数だと考えていたが、今年は既に10月の段階で1992年の記録を上回った

今年に入ってからの月ごとの庇護申請者の数。(水色:シリア、赤色:アフガニスタン、黒色:イラク、灰色:その他)
<グラフの出典> Dagens Nyheter 2015-11-10

シリアからだけではなく、10月以降はアフガニスタンからの難民が増えているが、これはドイツがアフガニスタンからの難民受け入れの条件を厳しくすると発表したことが一因であると考えられる。

スウェーデンにたどり着き、庇護申請を行った難民の人々には、審査を待つ期間、そして難民として認定された後、スウェーデン政府が住居と生活費を保障する。しかし、その住居の数が不足するようになった

そのため、10月9日、スウェーデン政府は国中のあらゆる施設を総ざらいして、住居として使えそうな施設をリストアップする作業を始めた。この結果、15000~20000人分に相当する住居を確保できることが分かった。また、短期的な解決策として、広場にテントを張って一時的な住居として提供することもありうると発表し、実際にその準備に取り掛かった。テントを一時的な住居として提供するというアイデアは、実際のところ、1992年に大量のボスニア人難民の波にスウェーデンが直面した際にも実行されている。スウェーデンの寒い冬を凌ぐことも考慮されたテントであるため二重になっており、電気暖房も完備したテントで、高さは2メートル、一つのテントの広さは25平米だ。10月21日に最初のテントがスウェーデン南部のルンド市郊外に設置され、間もなく使用が開始される。

テントを訪れる内務大臣 (Dagens Nyheter 2015-10-22より)

ただ、不足しているのは住居だけではなく、例えば、庇護申請の審査を行う移民庁の職員が不足しており、申請から審査までの待ち時間が2年を超えるのが現状だ。また今後は、スウェーデン語を教える教員や、増える児童に対応するための教員・保育士、それから、ソーシャルワーカーも不足することが予想されるため、各自治体はこれから大量の新規雇用を実施していくことになる。

このような状況から、10月21日、スウェーデンのロヴェーン首相は「難民受け入れ態勢のキャパシティーが限界に近づいた」と発表した。また、11月5日にはヨハンソン法務大臣が「庇護申請者への住居の提供をこれ以上、保障できない」と記者会見で発表した。そして「今、ドイツに滞在中で屋根の下で寝泊まりする環境にあるのであれば、そのままドイツにいたほうが良い」とアドバイスをした。これは何も難民をドイツに押し付けたいから言っているのではなく、スウェーデンが置かれた切実な状況を鑑みて発せられた言葉だった。実際に、この頃から移民庁の事務所やレセプションにまでマットレスを広げて、難民を寝泊まりさせる状況になっていた

さらに、11月11日、スウェーデン政府は国境でのパスポート検査を実施することを発表し、その翌日から実行した。スウェーデンはシェンゲン協定締約国であるため、隣国のデンマークやドイツ(海路)などとの行き来には入国検査がないのであるが、その制度を一時的に放棄するということである。ただし、これが実際にスウェーデンへの難民の数を減らすかどうかは不明である。というのも、スウェーデン入国時にパスポートを持っているか否かに関わらず、また、正当なビザを持っているか否かに関わらず、難民として庇護申請をしたい人はスウェーデン国境まで何とかしてたどり着けば、今後も今までと同じようにその場で申請を行えるからである。

むしろ、この国境での検査の導入によって影響を受けるのは、スウェーデンを素通りしてノルウェーやフィンランドで庇護申請をしたいと考えていた難民である。そもそも、スウェーデン移民庁が警察にパスポート検査の一時的な導入を要請した理由は2つあり、一つはこのような、スウェーデンに不法に入国して素通りしようとする人々の入国を防いで、入国管理の秩序を取り戻すことだった。また、これに関連して、スウェーデンの行政に保護された未成年者の難民が、姿をくらます事態が多発しており、移民庁や警察としても何らかの対処を行う必要があった(彼らの多くは本当はノルウェーやフィンランドへ行きたく、そのために保護後に姿を消していると考えられる)。

パスポート検査導入のもう一つの理由は、スウェーデンがこれまで直面してきた難民圧力を緩和することであった。しかし、その目的が適うかどうかは先ほど触れたとおり疑問である。難民がスウェーデン国境において警察官にパスポートの提示を求められ、その際にパスポートがない、もしくはスウェーデン滞在のための正当なビザを持っていない、ということが明らかになれば、与えられる選択肢は二つに限られる。一つはスウェーデンで庇護申請をすること。もう一つは、スウェーデン入国以前にいた国(デンマーク・ドイツ)に戻ることである。だから、本当はノルウェーやフィンランドに行きたかった人が、仕方なくスウェーデンで庇護申請を行い、その結果、スウェーデンでの庇護申請者の数がさらに増えることになるかもしれない。これまでのところ、週あたりの申請数は若干、減少しているようだが、それでも高水準である。


【 EUの動き 】

このように、スウェーデンは大きなジレンマに直面してきた。難民が庇護申請を行う権利を守りつつ、同時に、スウェーデンとして対応可能な数に留める、というジレンマである。このまま庇護申請する難民が増え続ければ、受け入れ態勢の質そのものを落とさざるを得なくなる。

スウェーデン政府にとって、このジレンマを解決する重要な鍵はEUだった。他国がこの難民問題にもっと積極的であれば、スウェーデンへの圧力は緩和されるからである。実際のところ、9月22日にはEU加盟国の法務大臣による閣僚会議で、ギリシャとイタリアが抱えている難民のうち12万人を加盟国で分担して受け入れることを決定した(イギリス・デンマーク・アイルランドを除く)。それ以前に、4万人の分担受け入れがすでに決定していたから、合わせて16万人の難民をそれぞれのEU加盟国が経済力やこれまでの難民受け入れ数を考慮しながら、公平に分担しよう、ということである。この決定は、各加盟国に対して拘束力を持つものであった。

しかし、11月14日までの時点で受け入れ意志を表明したのは14カ国にとどまり、その人数も合わせてわずか3216人、実際に引き渡しが行われた数になると、たったの147人というお粗末な状況である。スウェーデンは、この割り当て(クオータ)制に基いてすでに受け入れを開始しているが、既に説明してきたように、もうキャパシティーが一杯なのである。

だから、11月5日スウェーデン政府はEUの行政府である欧州委員会に対して、スウェーデンが既に受け入れてきた難民の一部も、EUの他の加盟国が分担して受け入れるように要請した。つまり、難民受け入れの分担に関するEUのクオータ制の中で、ギリシャやイタリアだけでなくスウェーデンも難民を送り出す側に加えてほしいということである。これに対しEUの機関の一つである欧州理事会のトゥスク議長は、スウェーデンに理解を示している。

このように、EU加盟国やその他の国がもっと積極的になれば、スウェーデンが置かれた状況は大きく改善するであろう。しかし、ドイツやスウェーデンをはじめとする一部の国だけがせっせと仕事をしているというのが現状である。

(続く)

スウェーデンではサムスン社以外のテレビでテスト不正の疑い

2015-10-02 22:00:52 | スウェーデン・その他の社会
イギリスのガーディアン紙は、ディーゼル車だけでなく、テレビでもフォルクスワーゲンのようなインチキが行われている疑いがあることを10月1日に伝えた。

Samsung TVs appear less energy efficient in real life than in tests

具体的には、互いに無関係の複数の検査機関がサムスンのテレビを検査した所、検査の時だけ通常の使用時よりもエネルギー消費量が少なくなることが確認されたという。そのため、そのテレビには製品テストを感知し、テストの時にだけ画面を暗くするなどの省エネモードが自動的に起動するようなプログラムがインストールされている疑いが持たれている。

これに対し、サムスン側は完全に否定しており、テスト時だけでなく実際の使用においても様々な種類の映像に応じて画面の明るさを調節し、エネルギー消費を抑えるようなシステムになっているからインチキはしておらず、フォルクスワーゲン車のインチキとは「比べ物にならない」と答えているらしい。

しかし、サムスン社のテレビを検査したComplianTVという試験機関は、現実的な使用環境を用いた1年前のテストで、エネルギー消費が減少しないことを発見した、と答えている。

ただ、仮にサムスンが製品テストを誤魔化すプログラムを本当にインストールしていたとしても、その行為自体は現行のEU制度のもとでは違法では無いらしい。そのため、EUの行政機関である欧州委員会は、疑いのあるケースをすべて調査するとともに、省エネ法制を厳しくすることで、そのような行為をテレビにかぎらず他の製品でも違法化していくことを約束しているという。

サムスン社の見解

※ ※ ※ ※ ※


テレビのメーカーが製品テストの時にインチキをしているのではないかという疑いは、複数のEU加盟国の監督機関から欧州委員会のもとに報告されたというが、上記のガーディアン紙の記事は、その一つがスウェーデンエネルギー庁だったと報じている。スウェーデン・エネルギー庁は「(問題が疑われる)テレビに、EUで標準化された検査用映像を映したところ、画面の明るさが直ちに変化し、エネルギー消費が減少した」と、今年1月に欧州委員会に報告したという。しかし、報告書ではメーカー名は明記されておらず、報告の目的はむしろそのようなインチキ行為が製品テストでまかり通る可能性があるのに罰することができない現状の見直しを求めることだったようだ。

私はこの記事を読んだ時、スウェーデン・エネルギー庁が疑いを持ったテレビもサムスン製かと思っていたが、スウェーデンの今日の報道を見てみると、そうではないらしい。「サムスンではなく、別のメーカーのテレビだった」とエネルギー庁の職員が答えているからである。

エネルギー庁によると、昨年秋に複数のメーカーの製品を検査したところ、ある1社の生産するテレビにおいて異常が見つかり、今年の1月に欧州委員会に先述の通り報告したという。しかも、疑いが持たれたのはそのメーカーの2モデルであり、両方ともスウェーデンで一般的に流通しているという。ただ、このメーカーはサムスンではないという。

しかし、ガーディアン紙の記事でも書かれていたように、製品テストの時だけエネルギー消費を抑えるような行為そのものは現行制度のもとでは違法ではないため、エネルギー庁はそのメーカーがどこかを明かすことはできないらしい。(だから、ガーディアン紙がサムスン社の製品を記事で名指ししているのは、EUもしくは検査機関の内部筋によるリークなのではないだろうか?)

つまり、不正の疑いのあるメーカーはサムスン社以外にもあるということなのである。

スウェーデンの報道1
スウェーデンの報道2

スウェーデンの食品庁が「コメの摂取制限」を勧告したことについて

2015-09-30 02:06:31 | スウェーデン・その他の社会
火曜日、スウェーデンにおいて食品の安全性を監督する役割を担う食品庁は、一般市民に向けた食物摂取に関する勧告のうち、コメの摂取についての勧告を変更した。変更内容は

6歳未満の子どもにはライスクッキーを食べさせないこと。
6歳以上の子どもを含む全ての子どもは、コメやコメからできた食品(牛乳粥、ビーフン・春雨、朝食シリアルなど)を食べる回数を一週間にせいぜい4回までに留めること
・大人でも、これらの食品を毎日食べている人は、摂取量を減らし、週にせいぜい6回までにするよう努めること。
・コメを食べる場合は、玄米ばかりを食べないようにすること。

というものである。これに加え、既に数年前には

ライスドリンクは6歳未満の子どもに飲ませないようにすること。

という勧告も出されていた。

これらの勧告の理由は、コメには他の食品よりもはるかに高い濃度の無機ヒ素が含まれているからだという。

コメといえば、日本ほどでないにしろ、スウェーデンでもジャガイモやパスタ、スパゲティーの代わりに鍋で茹でて食べることがある。外食でも、寿司をはじめ、タイ料理やインド料理を食べるときに主食として出てくる。こちらで食されるコメの種類にはいくつかあり、ジャスミン米(タイ産・中国産)や、バスマティ米(インド産)、牛乳粥に使う短粒種(見かけは日本米に似ているが産地の多くはイタリア・スペインなどの南欧)などがある。

また、朝食シリアルの一部にはポン菓子(爆弾あられ)の状態でコメが入っていることがあるし、上記の勧告で名指しされているライスクッキーは、子供用のお菓子としても人気がある(発泡スチロールのような食感のやつ)。また、コメでできたスパゲティーやパンは、小麦グルテンに対してアレルギーを持つ人に代替食品として好まれているし、ラクトースや大豆のアレルギーで牛乳や豆乳が飲めない人のためにコメからできたドリンクもある(アレルギーでない人にも低コレステロールの健康食品として売られている)。


ライスクッキー



ライスドリンク(詳細はこちら



今回の勧告は、これらのコメ製食品の摂取量を制限したほうが良い、ということなのである。スウェーデン人は平均、週に3回ほどコメやコメ製品を食べているという。スウェーデン以上にコメを食べている日本人は、この勧告に対してどう反応すればよいのだろうか?

このニュースを火曜日のお昼頃にラジオで聞いた私は、とっさに「これはきっとスウェーデンに輸入されているコメの産地が特定の地域に集中しており、その地域で栽培されるコメのヒ素含有量がとりわけ高い、ということなのだろう」と考えた。しかし、いくらニュースを聞いても、新聞社のサイトを読んでも、どの産地のコメに気をつけるべきかが書かれていない。

そこで、食品庁がこの日に発表したオリジナルのレポートを夜になってから読んでみることにした。詳細は以下のとおりだった。


【 食品庁によるコメ製品の調査 】

ヒ素は自然界の土壌にもともと存在するし、鉱山での操業活動の結果としても排出される。ヒ素は、有機ヒ素無機ヒ素という形で食物中に存在しうる。このうち、無機ヒ素は人体に対して高い毒性を持ち、ガンの原因となりうる。そのため、スウェーデンの食品庁およびEUの食品安全当局(Efsa)は、人体によるヒ素摂取量をなるべく抑えるように努めている。

今回、食品庁はスウェーデンの市場で流通している63製品のコメを買い求め、無機ヒ素の含有量を測定した。この63製品の中にはジャスミン米、バスマティ米、その他の長粒種、粥・リゾット用の短粒種などが含まれるほか、精米だけでなく、玄米も含まれている(玄米は健康食品として販売されている)。産地は、インド、タイ、パキスタン、カンボジア、エジプト、ギリシャなど(驚いたことに中国産はサンプルの中にない)。また、産地の表示がない製品や、アジアとかEUなどとしか表示されていないものもある。

結果は、次のグラフの通り。つまり、63のサンプルの最小値が製品1kgあたり30マイクログラム(30 µg/kg)、最大値が177 µg/kg、平均値が80 µg/kg(中央値は72)だった。


コメに含まれる無機ヒ素の量(製品ごとに検査)

"Del 1 Kartläggning - Oorganisk arsenik i ris och risprodukter på den svenska marknaden"より

さて、この値が高いか低いかの判断だが、一つの目安としてEUが来年2016年1月から導入するコメ製品中の無機ヒ素含有量の上限値(maximum limit)を挙げてみる。その上限値とは、

・コメでできたクッキーやビスケット:300 µg/kg
・玄米、パーボイルド米:250 µg/kg
・精米:200 µg/kg
・乳児や子供向け食品の材料として使われるコメ:100 µg/kg

だ。だから、今回調査されたすべてのサンプルは、玄米や精米に対して設定された上限値を満たしてはいるものの、子供向け食品原料に対しての上限値(100 µg/kg)を上回っているサンプルは11あることが分かる。

種類別に見てみると、ジャスミン米、バスマティ米の無機ヒ素含有量が低い一方、玄米は高くなる傾向にあり、差は統計的に有意であるという。


産地別に見てみると、産地間で統計的に有意な違いは見られなかったという。玄米を除いて比較しても、違いは確認できなかったという。(下図の黄土色の棒は、玄米であることを示している)


また、有機栽培とそれ以外のコメにも違いは見られなかった。


食品庁は、コメだけではなく、コメから作られた食品についても同様の検査を行っている。その結果は次のグラフ。


ご覧のとおり、ライスクッキーは他の食品に比べて、全体的に高い濃度の無機ヒ素を含むことが分かる。製造の過程で凝縮するのだろうか? 2016年1月にこの種類の製品に対して導入される上限値 300 µg/kg(上記参照)を上回っている製品も一つある。今回の勧告で、とりわけライスクッキーが名指しされているのも、これが一つの理由である。

食品庁はさらに、それ以外の一般的な食材についても無機ヒ素の含有量を調べている。大まかにまとめると
・魚: 10~21 µg/kg
・その他の穀類、およびその製品:4~15µg/kg
・砂糖類: 2~12 µg/kg
・果物: 7 µg/kg以下
・野菜: 3 µg/kg以下

であり、コメが非常に際立っていることが分かる。


【 健康リスクの評価 】

さて、健康への影響についてだが、先ほど挙げたEUの上限値はあくまで製品の製造・販売メーカーに課せられた基準であり、健康リスクとは直接の関係がない。健康リスクの観点からすると、無機ヒ素の摂取量は可能な限りなるべく減らしたほうがよい、というALARA(As low as reasonably archivable)の考え方をEUは採用しており、生産者に課す上限値は今後、定期的に更新され、厳しくなっていくものと考えられる。(余談だが、ここでの上限値はICRP111の「参照値」によく似ている)

ところで、摂取量はなるべくなら減らしたほうが良い、とは言っても、自然界にはもともとヒ素が存在し、ほとんどの食品の中にこれが含まれている以上、ゼロにすることは不可能である。では、どの水準で折り合いを付けるべきか? スウェーデンの食品庁が自らのリスク計算に基いて選んだ「許容水準」は、「1日あたり、体重1kgあたりの無機ヒ素摂取量:0.150 µg」という水準だという。

では、一般的なスウェーデン人の無機ヒ素摂取量は、この「許容水準」とくらべてどうなのだろうか? 食品庁は5年ほど前に実施したスウェーデン人の食生活調査の結果を用いて、以下の様な推計を行っている。


コメやコメ製品を消費する人が、食品全体から摂取する無機ヒ素の量

"Del 2 Riskvärdering - Oorganisk arsenik i ris och risprodukter på den svenska marknaden"より

「95パーセンタイル値」とは、摂取量の低い人から順に並べて全体人数の95%の位置にいる人の摂取量ということ。つまり、全体の人数が100人なら摂取量が95番目に少ない人(上から5番目に多い人)の値であるし、全体が1000人なら950番目に少ない人(上から50番目に多い人)の値である。「全体の中で摂取量がかなり多い人の値」と解釈すれば良いであろう。( N はそれぞれのサンプルサイズ)

まず、成人を見てみると、性別を問わず、摂取量が平均的な人も相当多い人も「許容水準」である「1日あたり、体重1kgあたりの無機ヒ素摂取量:0.150 µg」を下回っている。一方、11・12歳児を見てみると、平均的な人はOKだが、摂取量の多い子どもは「許容水準」を上回っている8・9歳児も同様で、摂取量が多い子どもは「許容水準」を上回っている。最後に、4歳児を見てみると、摂取量が平均的な子どもですら「許容水準」を上回っていることが分かる。4歳児の摂取量そのものは多くないが、体重がまだ少ないために、体重1kgあたりの摂取量が大きくなってしまうのであろう。今回の勧告で、特に幼児のコメ摂取制限が強調されたのは、この推計が根拠となっていることが分かる。


【 日本のコメはどうか? 】

さて、私の最初の疑問に戻りたい。果たして、コメの無機ヒ素含有量が高いという問題は、スウェーデンをはじめヨーロッパが輸入しているコメに限った話なのだろうか?

食品庁が今回、調査したコメ63製品のうち、精米に限ってみると、無機ヒ素含有量は最小値が30 µg/kg最大値が約148 µg/kg中央値は60~70 µg/kgくらいか)だった。(始めから3つ目のグラフで、黄土色で示された玄米を除いたサンプルが精米である。それを参照してほしい)

では、日本米の精米はどうだろうか?

農林水産省のHP(← ロゴのフォントが嫌い・・・)によると、日本の精米に含まれる無機ヒ素は、最小値が20 µg/kg最大値が260 µg/kg平均値・中央値が120 µg/kgなので、スウェーデンの食品庁が今回調査したサンプルよりも全体的にずっと高い値であることが分かる。
(注: 1mg = 1000µg


また、どう考えてもスウェーデン人よりも日本人のほうがコメの摂取量ははるかに多い。だから、無機ヒ素による健康リスクはスウェーデンよりも日本のほうがずっと高いことが想像できる。

<追記>
「日本人の無機ヒ素摂取量とその健康リスク」という論文によると、日本人の長期平均的な無機ヒ素摂取量は1日あたり19 µg/日(中央値)とある。この値を、先ほど示したスウェーデン人の平均的な摂取量と比べてみると、はるかに高いことが分かる。

では、日本人もコメを控えるべきなのか? 私自身はどう判断していいのかわからない。コメをはじめとする農産物・海産物を通じたヒ素の摂取によって、実際に健康被害が生じているのといった研究結果が日本であるのかどうか知らないし、スウェーデンの食品庁のリスク評価や許容水準の決定の仕方が妥当なのかどうかもよく分からない。(日本人の摂取量から考えると、スウェーデン食品庁はかなりconservativeな値を選んでいるようにも思える)

一方、このページによると、畝山智香子 著『「安全な食べもの」ってなんだろう?』という本には「毎日ヒジキ(無機ヒ素を含む)を1g食べる発がんリスクは27mSvの被曝と同じ。3食ご飯だと+20mSv」と書かれているというから、日本人が日常的に晒されているヒ素の健康リスクは、1kgあたり100ベクレル程度のレベルで騒がれていた食品中の放射性物質の健康リスクよりもはるかに高いことが分かる。一方で、同じく農林水産省のHPによると

食品安全委員会は、日本人が食品を通じて摂取するヒ素に関して、「日本において、食品を通じて摂取したヒ素による明らかな健康影響は認められておらず、ヒ素について食品からの摂取の現状に問題があるとは考えていない」、また、「特定の食品に偏らずバランスの良い食生活を心がけることが重要」としています。

だそうである。

Twitterで、ある方の「それぞれの社会・生活・価値観や感じ方などとの関係で、どう折り合っていくか考えるしかないんだな、と思った。」というコメントを読んだが、私もそのとおりだと思う。私自身は、今回の勧告を受けて、無機ヒ素のことを少し意識するようにはなるかもしれないが、自分の生活スタイルを変えて、コメを食べる量を心掛けて減らすようなことまではしないだろう。


今回のスウェーデン食品庁のレポートには、コメの炊き方を工夫すれば無機ヒ素が半分から4分の1になることが示されている。ただ、その工夫というのは「通常よりも3~4倍の水で米を炊き、余った湯を最後に煮捨てる」という方法なので、日本人にはあまり参考にならないかもしれない。

多めの水で米を炊き、途中で余った水を自動的に処分してくれ、最終的に炊き上がったご飯の炊き加減はこれまでと変わらない、というような炊飯器を、日本の炊飯器メーカーで開発してくれる所があれば、もしかしたら将来にヒット製品になるかもしれない。

実験では米を洗うことの効果も調べているが、この洗い方というのが、スウェーデンで米を炊くときに一般的にされる洗い方、つまり、水を入れてちょっとかき回す、という程度なのだ。スプーンで10秒間かき回して水を捨て、洗う前と後でヒ素の量を比較しているが、この程度の洗い方では有意な変化は無かったという。日本的に米を研いだ場合にどうなるのかを知りたかった。

難民受け入れに対する世論が変化

2015-09-17 02:47:38 | スウェーデン・その他の社会
ここ数ヶ月間、ほぼ毎日のようにニュースで見聞きしてきた難民の悲劇。北アフリカやトルコからヨーロッパに渡ろうとする難民が地中海で遭難したニュースや、周辺国での難民キャンプの惨状を伝えるニュース、そして、ギリシャやイタリアに何とか辿り着いたもののそこで立ち往生してしまった難民のニュース、さらに、フランスのカレー海峡で足止めにされた難民・・・。

もう、日常茶飯事のニュースとなり、聞き流してしまう人も多くなってしまったかもしれない。今年に入ってからは、普段はヨーテボリを拠点にスウェーデン近海をパトロールしているスウェーデン沿岸警備隊の巡視船ポセイドン号が、EUによる地中海での難民救難作戦に参加したこともあって、現地からの様々な報道やドキュメンタリーがスウェーデンのテレビで放送されたものの、それがFacebookなどで大きく話題になったり、シェアされたりすることはなかった。

しかし、9月2日(水)にメディアで報道された、クルド人難民の男の子が溺死したというニュースは、その衝撃的な写真とともに瞬く間に世界に広まった。あの日のFacebookやTwitterにおける私のTLの「異常さ」はよく覚えている。普段は難民に関するニュースをシェアすることがないスウェーデン人の友人が、関連する新聞記事や著名人の訴えをシェアしたり、それらに「いいね」していたからだ。

それ以前も、難民の惨状を伝える報道はスウェーデンのメディアでも毎日のようにあったし、難民問題に熱心な人はFacebookでそのような話題をシェアしてはいたけれど、大部分の人達は大きな関心を示すことなく読み流してしまっていたように思う。選挙キャンペーンが続いていた昨年8月、当時のラインフェルト首相はスウェーデンがシリアからの難民を積極的に受け入れることを発表し、スウェーデンの人々に「心を開いて難民を受け入れてほしい」と請願した。しかし、選挙では難民受け入れの大幅な制限を掲げる極右政党のスウェーデン民主党が躍進し、その後も継続的に支持を伸ばしてきたという事実に対し、大きな不安がスウェーデン社会を包むようになっていた。

だから、今年の4月と7月にスウェーデン移民庁が、今年予想される難民申請者の数を相次いで下方修正させた時には、そのニュースにむしろホッとした人が多かったのではないかと思う。(下方修正の理由として、スウェーデンにおける難民申請手続きの待ち時間が長く、難民にとって魅力的な国では無くなったことが挙げられていた。逆にドイツは、シリア難民に対する手続きを大幅にスピードアップさせたため、むしろドイツに多く集中していると報じられた。)

しかし、9月2日のあの衝撃的な写真を境に、スウェーデンに住む人々の意識が大きく変わった。大勢の人々が戦乱で家を失い、街を焼かれ、帰る場所がなく庇護を求めている。スウェーデンとして、彼らを難民として受け入れるのは当然のことではないか、という思いを改めて強くした人が多かったように思う。またその頃、ドイツ南部のミュンヘンにハンガリーやオーストリアから列車で到着する難民の人々を、地元のドイツ人が大歓迎する動画がニュースやFacebookなどで広まっていた。だから、ドイツに負けていられない、と感じた人も少なくなかっただろう。

9月6日(日)にまずストックホルムで、人道的な難民受け入れ政策への支持を表明する「Refugees Welcome」という大きな集会が開催された。この日は雨だったにもかかわらず15000人もの人々が集会に参加した。

9月8日(火)にはヨーテボリでも、同様の「Refugees Welcome」集会が開かれた。この時はヨーテボリ大学も大学として集会を支持し、趣旨に賛同する学生や職員に参加を呼びかけるメールを送っていた。火曜日の夕方、職場から帰宅途中の人なども含め10000人が、ヨータ広場に集まった。


ヨーテボリ大学経済学部の元同僚のKatarina Renström撮影。彼女の許可を得て掲載

このほか、ウプサラマルメなどでも同様の集会が開かれ、大勢の人々を集めた。


【 スウェーデンに到達した難民の人々 】

その後、セルビア・ハンガリー国境でのハンガリー警察の横暴や、それでもハンガリーを無事通過してドイツに到達した難民の人々の一部がデンマークに流れ、デンマークでの警察の対応が悪いことなどがメディアで報道されたが、そのうち、スウェーデンにもその波が押し寄せてきた。

(ただし、忘れてはならないが、シリア人などの難民がこの時初めてスウェーデンに到達したわけではない。今年に入ってからスウェーデンで難民申請をした人の数は、今回の出来事の前の段階ですでに5万人に達しており、その多くがシリア人である。)

デンマークで立ち往生しながらも、何とかスウェーデン行きの列車に乗り、オーレスンド海峡を越えてマルメにやって来た人もいれば、北ドイツのザスニッツ港からフェリーでスウェーデンのトレレボリ港を目指した人もいるし、同じく北ドイツのキール港からスウェーデンのヨーテボリ港に到達する難民もいる。

彼らのうち、一部は入国地でスウェーデン移民庁に難民申請をするが、少なからずの人々はストックホルムなど別の街に行こうとする。おそらくその街に親族がいるのか、もしくは、スウェーデンを通過して、ノルウェーやフィンランドで難民申請をするつもりなのだろう(イラク難民であれば、スウェーデンよりもフィンランドのほうが受け入れられやすい、という話を新聞で読んだことがある)。

だから、スウェーデン南部のマルメからストックホルムに向かう列車には、たくさんの難民が乗車していた。私の研究室の同僚であるアンドレーも、講義するためにたまたまルンド大学へ行っていたが、帰りの特急列車のなかには、難民と思しき人たちを何人か見かけたという。その同僚が教えてくれたが、終着駅であるストックホルム中央駅の一つ前の停車駅であるソーデルテリエ・シード(Södertälje syd)駅で何人かの警察官が乗ってきたという。列車はその後、ストックホルムに向けて発車したが、車内では警察官が、難民の人々を歓迎する内容のアナウンスを4ヶ国語で喋ったうえで、車内を歩きまわって彼らに声をかけて回っていたという。どうやら、アラビア語などのできる警察官、あるいは通訳も一緒だったようだ。

この車内アナウンスの内容をもっと知りたかったが、彼からこの話を聞いた直後にFacebookでこんな書き込みが回ってきた。まさに、この話である。


涙が出てきた。今、電車に乗っているのだけれど、警察官が4ヶ国語で車内アナウンスしている。「この列車に乗っている、庇護を求める全ての難民をスウェーデンに温かく歓迎します。スウェーデンでの生活を気に入ってもらえることを願っています。ストックホルム中央駅では警察官が皆さんの到着を待っていますが、安心して話しかけてください。」このアナウンスの後、警察官は列車内を回ってすべての難民に温かい明るい声で話しかけていた。難民の隣に腰掛け、一人ひとりに時間を掛けて、心から歓迎の言葉を伝えている。警察官は笑みを浮かべ、いかにも気分が良さそうだ。私の車両にいる、スウェーデンへ入国したばかりの難民は落ち着いていて元気そうだ。その上、外では太陽が照っている。


ハンガリーでは警察に暴力を振るわれ、また、デンマークでも警察の悪対応を経験した難民の人も多い。そんな彼らが、この車内アナウンスがどのように感じたのだろうか。

ストックホルム中央駅では、難民申請を受け付ける移民庁の職員や警察官のほか、スウェーデン赤十字のボランティアが待ち構えている。


写真の出典: Dagens Nyheter


昨日、ストックホルム中央駅で筆者が撮影した写真。スウェーデン弁護士協会も職員を置いて、難民からの相談に対応していた


スウェーデン国鉄SJも、マルメ発ストックホルム行きの臨時列車を運行して、難民の人々の移動をサポートしている。また、通常は車内検札の時に乗客に身分証明書の提示を求めているが、それを撤廃すること、さらに、車内で切符を買おうにもお金が足りない人がいた場合に列車から無理に下ろすことはしないことを決定している(ただし、これはあくまで社内の車掌向け内部通達なので、切符を持たなくても列車に乗って良い、と公に発表しているわけではない。一方、上記した難民向けの臨時列車は無料で乗れる)。

先週一週間だけで、スウェーデンで難民申請をした人の数は5200人に上るという。

(一方、デンマークは難民申請先として不評であるようだ。デンマーク政府は難民申請者を減らすために、これまで中東や、難民が多く滞在しているトルコなどの新聞にわざわざ新聞広告を出して、デンマークでの難民審査は厳しいことや生活支援のための給付が減額されることなどを強調してきたことがその理由の一つだという。)


【 急激な世論の変化 】

スウェーデンの世論は、この2週間で大きく変化した。
赤十字をはじめとする民間団体の募金には、短期間でかなりの額の寄付が集まったというし、企業によっては、社内旅行や社内イベントをやめて、寄付するところも出てきた。

世論の変化を具体的に物語っている世論調査結果もすでに存在する。

偶然にも、スウェーデン公共テレビ(SVT)は、クルド人難民の男の子の溺死のニュースが世界を駆け巡る直前の9月1-2日に、ある調査機関を通じて世論調査をしていた。質問は「難民とその家族に対する難民ビザ発給に関して、スウェーデンの難民受け入れ政策を今後どうしていくべきだとあなたは考えますか?」

このことを知った大手日刊紙SvDは、事件前後におけるスウェーデン世論の変化を知る絶好の機会だと考え、ニュースが話題になった後の9月4-6日に、同じ調査機関を通じて同じ質問を用いた世論調査を行ったのである(ただし、ランダムで選ばれた調査対象は一つ目の調査と同じ人ではない)。

結果は次のようであった。

黒:「受け入れ数を減らすべき」
灰色:「受け入れ数を今の水準に維持すべき」
青:「受け入れ数を増やすべき」
右端:「分からない」

このように、「受け入れ数を減らすべき」「分からない」が減少し、「受け入れ数を今の水準に維持すべき」「受け入れ数を増やすべき」が増加していることが分かる。この変化は統計的に有意であるという。

上の結果は、スウェーデン人全体の結果であるが、支持政党ごとの結果も見ることができる。

まず、左派政党(社会民主党・環境党・左党)の支持者に絞った場合の結果は次の通り。


次に、右派政党(穏健党・中央党・自由党・キリスト教民主党)の支持者に絞った場合は次の通り。

もともと左派政党の支持者のほうが、「受け入れ数を増やすべき」を選ぶ人が多かったわけだが、右派政党の支持者でもその選択肢を選ぶ割合が大きく伸びている上、「現状維持」を選ぶ人も増えていることが分かる。

最後に、極右のスウェーデン民主党の支持者の場合は次の通り。

まあ、これは予想通り、という感じがするが、それでも「減らすべき」ではなく「現状維持」が増えている点は注目すべきであろう。

では、今回の出来事をきっかけにスウェーデン民主党への支持率が減少するだろうか? 残念ながら、私はそこまで楽観視はしていない。今回の出来事で心を動かされた人のほとんどは、スウェーデン民主党を支持しない人たちである。この党の支持者の多くは、世の中で何が起ころうが、難民の惨状がいくら伝えられようが、今後もおそらくスウェーデン民主党を支持し続けるだろう。だから、支持の上昇スピードが若干遅くなることはあっても、減ることは難しいのではないかと思う。

(ちなみに、今週月曜日、民放TV4は調査機関NOVUSを通じて実施した政党支持率調査の結果を発表した。それによるとスウェーデン民主党がさらに支持率を1.4%ポイント伸ばし20.8%に達したという。しかし、この上昇は統計的には非有意である。また、調査期間は8月24日から9月13日であるので、今回の出来事が世論に与えた変化を判断する材料としては使えない。)


【 政治の変化 】
世論だけでなく、政治でも変化があった。

受け入れた難民に対して、スウェーデンは国として住居を提供しなければならない。しかし、増え続ける難民申請者に対して、提供できる住居の数が足りていないことがこれまで問題となってきた。住居は、スウェーデン移民庁と契約を結んだ自治体が用意し、提供するという形をとることが多いが、自治体によって受け入れ数(対人口比)が大きく異なり、中には難民をほとんど受け入れていない自治体もある。

これまで、難民の受け入れは各自治体の自主性に任せられてきた(ただし、費用の金銭的な負担は国が一定の基準に基づいて行う)が、人口に応じた受け入れを国が義務付けるようにすべきではないか、という議論がスウェーデンで続いてきた。

現在の社会民主党・環境党による連立政権、および閣外協力の左党はこれまで賛意を示してきたが、今回、これまで反対してきた自由党が、急に意見を変え、賛成側に回った。そのため、議会で賛成派が多数となり、実施される見込みが強くなった。

また、連立政権および左党は、野党側(スウェーデン民主党を除く)との協議を持ち、難民の受け入れと彼らの社会統合いう大きな課題に対して、国としてどう取り組むかを与野党の垣根を超えて議論した。スウェーデンではまもなく来年の予算案が議会に提出されるが、移民庁の予算強化や、難民を受け入れる自治体への財政支援、難民への語学教育予算の強化、難民の子どもの学力支援などが盛り込まれることが決まっている。

社会統合という面では、受け入れた難民をなるべく早く職に就けることで、経済的に自活してもらうとともに、スウェーデン社会の一員になるのを円滑にすることも大きな課題である。公共テレビSVTの調査によると、2014年にスウェーデンに受け入れられたシリア難民のうち、37%は大学教育保持者であり、この割合は、スウェーデンの失業者全体における大学教育保持者の割合よりも高いという。しかも、彼らの中には医者や歯科医など、スウェーデンで不足している技能を持つ人もいる。もちろん、スウェーデンとシリアでは、資格・技能の水準にも差があるため、すぐにスウェーデンで働けるわけではなく、母国での資格・技能をスウェーデンでの資格・技能に変換する手続きが必要となる。現在の問題は、その審査と手続きに時間がかかり過ぎることであり、その改善も大きな課題である。と同時に、この部分での取り組みを強化すれば、なるべくたくさんの難民の人々を、一日でも早くスウェーデン社会の中で活用することができる。現政権はこの問題に対しても積極的に取り組むことを発表している。

ちなみに、このように難民の受け入れと彼らの社会統合に予算をつぎ込むことについて、他の社会保障や社会福祉の予算が削られて、スウェーデン人がそのしわ寄せを被るという人もいる。特に、極右政党は、難民にではなく、スウェーデンの高齢者のために予算を使うべき、というような宣伝をしているが、これは正しくない難民の受け入れやそれに関連する予算の多くは、途上国に対する経済援助(ODA)予算から拠出されている。ODA予算は毎年、だいたい決まった額が計上されており、難民関連の予算はここから出されているので、社会福祉など他の予算領域を圧迫しているわけではない。一方、難民関連の予算が増えれば、途上国で貧困支援などを行っているNGOなどに対するため、これはこれで批判を受けてはいる。したがって、極右政党が、難民への予算か高齢者のための予算か、といった二者択一で世論を煽りたいのであれば、彼らはODA予算そのものを標的にすべきであろう。

※ ※ ※ ※ ※


長々と書いてしまったが、スウェーデンを始め、西欧の世論が大きく変化したのはとても良いことだと思う。難民の受け入れに様々な形で支援をしたいと感じているスウェーデン市民が増えたことは素晴らしい。この熱意が一時的なものではなく、これからもずっと継続していくことを願っている。

実際のところ、難民の受け入れは簡単なことではない。様々な苦難を乗り越えてきた人たちは精神的にも大きな問題を抱えている人もいるだろうし、彼らがスウェーデン社会の中で社会の一員として暮らしていくためには、中長期の支援が必要となる。

直接的・間接的に彼らの支援をする方法は、やる気と時間さえあればいろいろあるように思う。私自身も教育の面で自分にやれることをいくつか考えている。

それから、ネトウヨのサイトがスウェーデンを槍玉に挙げて「難民が社会を乗っ取る」と煽ったり、「イスラム教徒がもうじき大多数になる」などと事実にもない情報を撒き散らしているらしい。また、そこまであからさまなプロパガンダでなくとも、事実を捻じ曲げたり、自身の無知や偏った情報だけを頼りに情報発信しているサイトも有るらしい。私自身はそういうサイトは時間の無駄なので見ることはないが、一方で、そういうサイトを信じている日本人も少なからずいるようである。だから、日本語によって正しい情報を発信することも、自分にできることの一つだと考えている。ただし、ネトウヨサイトを相手にするのは本当にくだらないと思うので、そんなに時間を割く気にはなれないけれど。

公共の場における不快な「ヘイト」広告 (その2)

2015-08-17 11:33:34 | スウェーデン・その他の社会
スウェーデン民主党がストックホルム地下鉄の駅の一つに掲載した大掛かりな広告に対して、40を超える訴えが市民から行政オンブズマン庁に寄せられた。この行政オンブズマン庁Justitiekanslern: JK: 英訳Chancellor of Justice)とは、行政機関による行政執行が法に反している可能性がある場合に市民から訴えを受け付ける機関であるほか、言論の自由・出版の自由に関する訴えを起こす機関でもある。市民から訴えが寄せられるとこの機関はまず事前調査を行い、法律に反している可能性が高いと判断されると、正式な告発を行う。

しかし、今回の件では行政オンブズマン庁(JK)訴えを退け、その事前調査を行わないことを決めた。JKによるとその理由は、広告内容が「言論の自由」の例外規定(ヘイトスピーチetc)に該当しないことが、事前調査をする以前に明らかだと判断されるためだという。つまり、「特定の民族グループに対する誹謗中傷(ヘイトスピーチ)」の疑いで告発するためには、広告の内容が特定の民族グループを標的にしている必要がある。しかし、広告が槍玉に挙げている「路上で物乞いする人々」は、特定の民族グループとはいえず、これだけでは告発はできないということらしい。

また、広告の中で表明された主張内容が正しいか偽りかということは、JKは「特定の民族グループに対する誹謗中傷(ヘイトスピーチ)」の判断において考慮しないと説明している。その上で「侮辱したり蔑んだりする発言のすべてが法の禁止するヘイトスピーチに該当するかといえば、そうではない。言論の自由という原則のもとでは、そのような発言に対しては、公の自由な議論の場において反対意見と戦わせることで対応すべきである」と述べている。

私は法律の専門家ではないので、法律の解釈については詳しくは知らない。ただ、少し腑に落ちないのは、広告では確かに「路上で物乞いする人々」としか書かれていないが、現在、スウェーデンの路上で物乞いをしている人々の大多数は、ルーマニアやブルガリア出身のロマ人であり、実際、スウェーデン社会(スウェーデン民主党も含め)が大きな関心を寄せているのもこの人々であるわけであるから、はっきりと明言しているわけではないにしろ、広告がロマの人々を扱っているのは明白だと思う。それにもかかわらず、なぜJKとして訴えを起こすことができないのだろうか・・・?

他方、欧州評議会の専属スタッフでロマ人問題の専門家は、この広告はロマ人に対してネガティブでステレオタイプ的なイメージを与えようとしているものだから、特定の民族に対する誹謗中傷に該当する、とコメントしている。

今回、広告の掲載を許可したSL(ストックホルム県公共交通)も、まさに行政オンブズマン庁(JK)が「特定の民族グループに対する誹謗中傷(ヘイトスピーチ)」だと判断するか否かを分析した上で、許可を下している。実はスウェーデン民主党は1年前に「Dags att stoppa det organiserade tiggeriet」(組織的な物乞いを今こそストップさせよう)というスローガンを掲げた政治広告をストックホルム地下鉄で掲載している。この時も大きな話題を呼び、JKにはヘイトスピーチの疑いを調査するよう、多数の訴えが寄せられた。しかし、その時も訴えが却下されたのである。SLはこの前例をもちろん知っており、その上で、今回の広告にもOKを出したのである。

SLの考え方は、つまるところ「法律に反しない限りOK」というものだが、私の前回の記事にも書いたように公共交通というサービスの性格上、より厳しい基準を設けて判断すべきだと思う。

一方、スウェーデン南部のスコーネ県公共交通(Skånetrafiken)は異なる判断を下している。スウェーデン民主党は、スコーネ県の公共バスでも同様の広告キャンペーンを展開できないか打診していたのであるが、スコーネ県公共交通は不掲載の決定を先週月曜日に下した。その理由として、「公共交通は、オープンでウェルカムな雰囲気を利用者や職員が感じるべき場である。したがって、このような広告キャンペーンは私たちのバスには適さないものだと判断した。」また、「スコーネ県公共交通が県と結んでいる契約によると、例えば、レイシストや公序良俗に反すると判断されかねない広告に対してはNOと言える権利がある」、としている。

しかし、スウェーデン民主党はスコーネ県公共交通(Skånetrafiken)のこの決定に不服であるため、決定が地方自治体法に違反しているという疑いで行政裁判所に訴えを起こしている。

※ ※ ※ ※ ※


前回の記事で、私は人々の感情に「憎しみ」を植えつけるようなプロパガンダが、ロマ人に対する暴力行為を助長する可能性を懸念したが、残念なことにスウェーデン民主党のキャンペーンが始まってから、ロマ人を狙った暴力事件が何件も報告されている。

中でも大きな注目を集めたのはヨーテボリでの事件だ。ヨーテボリ中心部から少し離れたところにテントを張ったり、キャビンを置いたりして寝泊まりしていたロマ人に対し、ある夜、なたを持った30代の男性が襲いかかり、テントを切り裂いたり、中で寝泊まりしていた人を殴打したりした上で、テントやキャビンに火をかけるという事件が起きた。幸い死者は出なかったが、無業な犯罪である。

スウェーデン民主党の広告キャンペーンがこのような暴力行為を擁護しているわけではないので、このような事件の直接的な責任をスウェーデン民主党に問うことはできない。しかし、異質なものに対する排斥の風潮が世の中に蔓延してくると、人々の中には法に反する暴力行為であっても社会が正当化してくれる、と勘違いする困った人が現れてくるものである。例えば1990年代初頭のスウェーデンでも移民・難民に対する風当たりが強くなり、新民主党というポピュリスト政党がスウェーデン議会で議席を獲得したり、ネオナチが若者の一部に広まったことがあった。そんな時、自分が移民に危害を加えても、それは人々の望むことであり、社会が正当化してくれる、と勘違いした人間が現れ、2年にわたって十数人(皆、外国バックグランドを持つスウェーデン居住者)に危害を加えた事件があった(いわゆる、レーザー男(Lasermannen)事件である)。また、スウェーデン南部のマルメでも、数年前にそれによく似た事件があった。広告キャンペーンを使ってウソを流すことで、このような犯罪行為を助長しかねないというリスクに対して、スウェーデン民主党がどう思っているのだろうか。

スウェーデンの路上で見かける物乞いの人々について

2015-05-08 09:52:06 | スウェーデン・その他の社会
中東や北アフリカの国々からヨーロッパへ渡航する難民の数が増え続けていることが、ヨーロッパをはじめ世界の国々の大きな課題となっている。中東からは特に内戦の続くシリアからの難民がここ数年、大きく増えている。

スウェーデンはシリアからの戦争難民を積極的に受け入れており、受け入れ数を見るとドイツには及ばないものの、ドイツよりも遥かに人口の少ない国であるため、人口比で見た場合にはヨーロッパの中で一番多くのシリア難民をスウェーデンは受け入れている。そのため、スウェーデンの難民受け入れ政策に対して、世界各国で大きな関心が持たれている。シリア難民の積極的な受け入れの是非についてはスウェーデン国内でもいろいろと議論されてきたし、昨年9月の総選挙のキャンペーンでも何度も話題にのぼった。

一方、私が先日、日本に滞在した時に日本人の学生の方からこんな声も耳にしたが、これは大きな誤解である。

「この間、ストックホルムを訪ねたが、街頭には物乞いが溢れていた。スウェーデンの難民政策はどうなのか、と疑問を持った」

「ホストファミリーと話をしたら、日々路上で物乞いをするだけで働こうとしない人々はおかしいと思う、と話してくれた。難民受け入れ政策に対する反発がスウェーデン国内でも高まっていると感じた」


これらの声を聞いて、「あぁ、やっぱり誤解されているんだな」と感じた。

普段、「移民政策」として一緒くたにされがちなので、誤解される方がいらっしゃるのは無理もないことである。しかし、物乞いの問題EU政治の一つの結果であるので、スウェーデンの難民受け入れ政策とは分けて考える必要がある

スウェーデンが第二次世界大戦前後から現在にかけて紛争地域からの難民を寛大に受け入れてきたことは事実だが、そのことと現在、スウェーデンの街々の路上で物乞いの人々が目立っていることとは直接的な関係がない。したがって、街頭で目にする風景やそれに対するスウェーデン人の感想を根拠に、難民受け入れ政策について論じるのはナンセンスである。

(このようにおっしゃっておられた学生の方を批判するのがこの記事の目的ではありません。同じような誤解をしている方は他にもたくさんおられると思います。その誤解を解くことが目的です。念のため。)




【 路上の物乞いは誰か? 】

近年、ストックホルムやヨーテボリのような都市部だけでなく地方の街でも、路上の物乞いをよく目にするようになった。しかし彼らは、難民としてスウェーデンに受け入れられた人々や難民申請中の人々ではない。そのほとんどが、ルーマニア出身のロマの人々である(ブルガリア出身のロマ人も一部含まれる)。
Wikipediaより:ロマ人の説明

彼らは本国ルーマニアの社会で何世代にも渡って差別を受けており、非常に惨めな生活を送っている。問題は構造的で、ルーマニア社会からすれば「彼らは能力がなく怠け者」と差別し、教育や雇用の機会を彼らから奪っている。だから、ロマの人々は少しでも現金を得るために、路上で物乞いをしたり、ゴミをあさって少しでも生活の足しにしようと努力する。それを見たルーマニアの他の人々は「やっぱり、彼らは怠け者で働かない」と差別の拡大再生産を続けていく。

そんな彼らに大きな転機が訪れたのは、2007年のルーマニア(およびブルガリア)のEU加盟である。EU域内の労働力移動の自由という原則のもと、ルーマニアと他のEU加盟国との間を自由に行き来することが可能になったのである。教育に乏しく、勤労経験を欠いた彼らが他国に行っても、雇用にありつけるわけではない。しかし、同じ物乞いをするにしても、国全体の平均的な所得が低いうえに、ロマの人々を常に差別しているルーマニアで物乞いするより、所得水準がより高く、差別の少ない国へ行って物乞いをしたほうが、手にできる現金も多くなる。そんな期待から、EUの他の国々へ物乞いによる出稼ぎに行く人が増えていった。

スウェーデンの路上では、確か2012年頃からよく見かけるようになったと思う。5年のタイムラグは何だろうか? おそらく、2007年にルーマニアがEUに加盟した直後は、他のEUの国々の情報が少なかったため、出稼ぎに行こうと思う人は少なく、すぐには増えなかったのだろう。もしくは、ルーマニアに近い国々に最初は出て行ったのだろう。しかし、時間とともに、出稼ぎをした経験者が少しずつ増えていくと、その経験談をもとに自分も出稼ぎに出ようと考える人が増えていき、そして、5年ほど経って北欧にもその波が到達したと考えられる。また、他のEU加盟国では、物乞いをする行為や(以下で触れるように)3ヶ月以上の滞在者に対する取り締まりを強化する国も増えているため、現状では取り締まりがあまりないスウェーデンへ来る人が近年になって増えているのであろう。

だから、スウェーデンの路上に物乞いの人々が増えているのは、スウェーデンの難民受け入れ政策ではなく、EUの東方拡大の結果なのである。物乞いに対しては、スウェーデンでも、もうウンザリだと感じている人も少なからずいるし、他方では、彼らが置かれた状況を少しでも改善すべく、支援に取り組んでいる教会団体やNPOがある。

ルーマニアが既にEUに加盟している以上、ルーマニア人のEU域内移動だけを禁止することはできない。そもそも、加盟交渉の段階でこの国が抱える構造的な差別問題について、その解決に向けた道筋をしっかり付けた上で加盟を認めるべきだった。まさか現在のような状況になろうとは、当時、予測できていたのであろうか?


【 物乞いをするロマの人々の実態 】

ちなみに、EUに加盟しているからといって、他の加盟国に無制限に滞在できるわけではない。3ヶ月の間は無条件で滞在することが認められている。しかし、その後は「経済的にアクティブ(economically active)である」場合にのみ、滞在の権利が認められる。

では「経済的にアクティブである」とは、
・企業を経営している。
・被雇用者として働いている。
・求職活動を続けている
(スウェーデンで雇用を得ることが実際に可能だと判断される場合に限る)。
以上の条件の一つを満たしていることである。この場合、3ヶ月以降も滞在が許されるし、生活保護の受給も可能である。また、自営業や被雇用者の場合は社会保険料を通じた各種の社会保険給付や、各種社会サービスを受けることができる。

また、経済的にアクティブではなくとも、学生や年金生活者の場合には、自活に必要なお金があり、本国で医療保険にきちんと加入していれば、3ヶ月以降も滞在が可能である。

そして、それ以外のケースでは3ヶ月を過ぎたら国外へ退去しなければならない。だから、3ヶ月ごとにEU加盟国を転々とする物乞いの人びともいる。ただ、シェンゲン協定加盟国の場合、入国時のパスポート・コントロールはなく、そのためいつ入国したかは分からないから、実際のところ警察が滞在期間を取り締まるのは難しく、3ヶ月以上の滞在者もいる。(それでも、国内の外国人登録などによって取り締まりを強化しようとしている国もある)

(余談だが、スペインなど南欧の国々で物乞いをした後に、スウェーデンへ来たルーマニア系ロマ人のインタビューを新聞で読んだことがあるが、「スウェーデンは街ゆく人々が比較的親切だ」と答えていた。これは分からなくもない気がする。それに南欧に比べたら、経済状況も良いから人に物を恵もうとする気持ちもより起きやすいだろう。)

スウェーデンの極右政党の支持者の中には「彼らはスウェーデンの福祉制度の恩恵にあずかろうとしてスウェーデンにやって来て、我々の税金を奪っていく」などと煽った発言をする者がいるが、この大部分は間違いである。彼らのような3ヶ月以内の滞在者には、生活保護や各種の社会保険給付などの適用外である(法に反して3ヶ月以上滞在していても同じ)。また、各自治体にはホームレスの人々を救済するための仮宿などの施設を持っているが、彼らは対象外である。ただ、緊急の場合はこの限りではない。急病人には医療処置を施すし、外気温があまりに下がれば、自治体も見かねて施設を開放して彼らを受け入れる(ただ、ストックホルム市の場合、その条件が零下7度なので、それはあまりに厳しすぎるのではないか、などの議論を耳にしたことがある)。また、ルーマニアに戻ろうにもお金がなく戻れない人々のために、自治体がルーマニアまでのバスのチケットを買い与えることもある。ただ、これらの支援は、県や自治体の予算全体からすれば僅かなものにすぎない。(一方、教会団体やNPOなどで彼らの支援を行っているところはいくつかある)

また、スウェーデンでたまに聞かれる話として、「彼らはマフィアなどの犯罪組織が集団でスウェーデンに送り込んでおり、彼らが物乞いで集めたお金はその犯罪組織の収入源になっている」というものがあるが、この説の大部分は正しくない。マフィアが収入を得るために彼らをスウェーデンに連れてきて、物乞いに仕立てて、街頭に座らせているわけではない。彼らは収入を得るために、家族を本国に残して自主的にやって来ている。この場合、親族ぐるみ・村ぐるみで協力しあって、本国に残した子どもの世話をしたり、自分の物乞いの経験談を共有しあったりするケースが多いようだ。そういう意味では「組織的」とは言えるかもしれない。一方、既にスウェーデンにやって来ているロマ人たちに目をつけて、ルーマニアのマフィアが脅迫や暴力などで彼らから「場所料」を徴収しているケースはあるようだ。これは、ヨーテボリなどで何度か報道されたことがある。つまり、人通りの多い場所は、場所の取り合いになる。たくさんの人が一度に物乞いをしても良い収入は期待できない。そこで、マフィアがそれを取り仕切って、人通りの量に応じた「場所料」を強制的に徴収しているということだ。

<追記: マフィアが立場の弱い人や身障者を人身売買を通じて買って、乞食に仕立てて、彼らの収入を横取りしているケースも若干はあると報告されている。ただ、物乞いの大部分がそのようなケースだというわけではないようだ。>

さらに、物乞いをしている彼らが携帯電話を持っていることもあることが指摘されている。これは私も目にしたことがある。そして、そのために「物乞いは見せかけで、彼らは本当はそんなに貧しくはないはず」という疑う人もいるようだが、彼らの支援をおこなっているNPOや彼らと接点のある行政担当者の話によると、物乞いをするロマの人たちにとって携帯電話はお互いに連絡をとりあったり、本国に残した家族と連絡をとったりするために、半ば欠かせないものになっており、食料や他の必需品の経費を切り詰めてでも、毎月の少ない収入(せいぜい2000クローナほどと言われる)を使って携帯電話を購入する人も珍しくないとのことである。


【 難民としてスウェーデンに来た人は物乞いやホームレスにはならないのか? 】

これまで、路上で目立つようになった物乞いの人々スウェーデンの難民受け入れ政策とは関係ない、ということを何度も強調してきたが、では、スウェーデンに難民として受け入れられた人は、もしくは難民としての庇護を申請中の人は物乞いをしていないのだろうか?

その可能性はかなり低い、というのが答えだ。難民申請中の人や難民として認定された人には国が一時的な住居を提供するし、日々の生活を支えるために経済的支援を行う義務が国や自治体にある。もちろん、その水準はそれほど高いものではないし、急増している難民申請者の数に住居の供給が追いつかず、限られた住居に何人もが住まわされていたり、住居の質が低いことなどが問題になっていることは確かだが、それでも最低限の生活保障は与えられているし、ホームレスとなったり物乞いをせざるを得ないというケースは聞かない。

(難民支援をもっぱら民間団体ばかりに頼っている日本では、この点が誤解されているかもしれない、というコメントを先日、友人から頂いた。)

そもそも、スウェーデンの難民受け入れの歴史は長いのに対し、物乞いがスウェーデンの路上で顕著となったのはごく近年のことである。それ以前のホームレスといえば、スウェーデン人で(薬物使用など)何らかの理由で自治体による支援を拒んだ人がほとんどだったし、物乞いといえばバルト三国などから一時的に来ている人がちらほら見られた程度だった。


いずれにしろ、路上で物乞いをする人がますます増えており、それをどのように問題解決するかは大きな課題であり、「路上での物乞い行為を禁止すべきか」といった議論も続いている。また、ロマの人々が、他国に行ってでも物乞いをしようとする背景には、本国ルーマニアの悲惨な差別社会があり、その解決を図ることが根本的には必要である。ただ、スウェーデン政府も在ストックホルムのルーマニア大使やルーマニア本国の社会担当大臣などを呼んで、協議を持ったりしてきたが、話し合いはこれまで平行線をたどっている。

これは凄い! 音楽番組「メロディー・フェスティヴァーレン」の手話通訳

2015-03-19 08:18:20 | スウェーデン・その他の社会
毎年、テレビで高い視聴率を獲得するスウェーデンの音楽祭典「メロディー・フェスティヴァーレン (Melodifestivalen)」。予選が4回、敗者復活戦が1回、そして、ストックホルムで開催される最後の決勝大会。この祭典は、ヨーロッパの音楽コンテストである「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」のスウェーデン国内予選も兼ねているため、優勝者は5月に開催されるヨーロッパ大会(今年は前回の優勝国オーストリアが会場)にも参加する。最近では2013年にスウェーデンの歌手ロレーンLoreenがヨーロッパ大会で優勝したことが記憶に新しい。

そのスウェーデン国内大会「メロディー・フェスティヴァーレン」の決勝が先週末に行われ、男性歌手のモンス・セルメローヴ (Måns Zelmerlöw)が優勝。ヨーロッパ大会である「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」にスウェーデン代表として出場することが決まった。しかし、今年は優勝者の彼だけでなく、決勝大会の手話通訳にも大きな注目が集まった。

そう、音楽番組の手話通訳である。とはいえ、曲の歌詞を淡々と通訳するのではない。曲の臨場感やテンポ、メッセージ性や喜怒哀楽を表情や体全体を用いて表現し、耳の聞こえない人にも番組を楽しんでもらう、という手話通訳なのである。だから、もはや単なる通訳ではなく、「アーティスト」もしくは「ダンサー」と呼んでも良いくらいである。



今年の優勝曲の手話通訳動画



この「メロディー・フェスティヴァーレン」の手話通訳のライブ映像は、実はこのブログでも2年前に取り上げたが、その時はまだ公共テレビSVTのウェブ上での放送だけだった。しかし、今年の決勝大会では、公共放送SVTのチャンネルの一つである「SVT24」でも放送された。その結果、より多くの人の目に止まることとなり、手話を必要としない人たちもこの芸術を楽んだのである。

【過去の記事】
2012-03-20: 初めて見た! ロック・ポップス音楽の手話通訳

ただ、音楽番組の手話通訳がスウェーデンで始まったのは、実は比較的最近のことである。しかも、偶然性の強いものだった。

「メロディー・フェスティヴァーレン」の2010年大会の予選(正確にはそれまでの予選で次点に選ばれた歌手のための敗者復活戦)がオーレブロー (Örebro)という街で開催された時のことだった。オーレブロー市は「ヨーロッパにおける手話言語の首都」を自称し、手話の普及に力を入れてきた自治体だったため、「メロディー・フェスティヴァーレン」の予選がこの街で開催されることが決まった時も、街独自のことを何かしよう、ということで、その予選大会を手話で同時通訳してライブ放送することになった。そして、その街に在住する男女二人の手話通訳がライブ放送を担当したのである。実は彼らは、歌詞を通訳するだけでなく、曲の雰囲気を体全体でアーティスティックに表現する手話通訳を、実験的に試していたパイオニアであり、本番でもそんな手話通訳をやってみたのであった。

この時は、大きくブレークすることはなかったが、公共放送SVTの担当者の目に止まり、その年の決勝大会でも手話の同時通訳をすることになった。しかし、人々の注目はほとんどなく、会場でも撮影の場所を確保してもらえなかったために、たまたま閉鎖されていたトイレを急遽、スタジオにして、ウェブ放送を発信したのだそうだ。(しかも、トイレが閉鎖されていた理由は、伝染性胃腸炎の人がそのトイレを使ったため、菌の拡散が心配されていたからだったという・・・)

その後、地道な努力が続けられ、2012年の「メロディー・フェスティヴァーレン」の決勝大会では、会場であるグローベン (Globen)に手話通訳ライブのための独自のスタジオを確保してもらえるようになった。しかもこの時の放送で、大きくブレークすることになった。あるロックバンドの曲を手話通訳した男性通訳者の体を張った通訳がすごい!と話題になり、Youtubeの画像がツイッターやフェイスブックで瞬く間に広まったのである(私もその時、フェイスブックで知った)。

その年に私が作成したメドレー(上記の【過去の記事】に添付)。話題になったのは1曲目、優勝曲は3曲目。私が個人的に気に入っているのは、3:40から始まる曲で幸せそうに手話通訳しているこの人の表情。5:55のところの演技も面白い。



耳の聞こえない人には、その曲がロックなのかバラードなのか、楽しい曲なのか悲しい曲なのかが分かりにくい。だから、音が伝えるメッセージを体を使って伝える。ただ、あまりに独創性を発揮しすぎると、手話そのものが伝わらなくなるから、そのバランスが重要だという。一般の人々にも手話に関心を持ってもらう良い機会となった、とこの手話通訳の男性はメディアの取材に答えている。

既にツイッターなどでは、「ヨーロッパ大会には、この手話通訳者をスウェーデン代表として送ったら良いと思う」というコメントまであるという。

Lars Vilks(ラーシュ・ヴィルクス)を狙ったデンマークでの銃撃事件

2015-02-16 00:09:39 | スウェーデン・その他の社会
週末の土曜日、デンマークの首都コペンハーゲンで起きた銃撃事件で標的となった一人は、スウェーデン人の芸術家Lars Vilks(ラーシュ・ヴィルクス)だった。彼については、このブログの3つ前の記事でたまたま触れたばかりだった。

2015-01-14:風刺画雑誌『Charlie Hebdo』に対する襲撃事件


私は、彼の「風刺」には全く共感しない。「言論の自由」を盾にしながらイスラムに対する蔑視表現を「芸術」と呼び、「言論の自由」の限界を試すという名目でイスラム教徒をネチネチと攻撃することに、何の意義も見いだせない。しかし、テロや暴力はそれ以上に絶対に許してはならない

彼にも私にも表現の自由がある。誰にも禁止はできない。しかし、そこで表現されるものに、好きだ、とか、嫌い、と言うことはできるし、表現の中身や、その背景にあるモラルに対して批判することも可能だ。「言論の自由」に反対することと、言論の中身に反対することを混同してはならないと思う。

「風刺」には「風刺」で対抗、というのも一つの手かもしれない。彼が視野狭窄に陥りながら、真顔でイスラム教をネチネチと差別し、冒涜しているサマを皮肉って描き、「ちょっと冷静になって自分の姿を鏡で見てみろよ」というメッセージを含意した風刺である。

2007-09-07:ムハンマド論争、今度はスウェーデンで・・・(1)
2007-09-09:ムハンマド論争、今度はスウェーデンで・・・(2)
2007-09-17:風刺画の作者殺害に懸賞金