反体制派による攻勢で政権の座を追われたシリアのアサド前大統領は、首都ダマスカス中心部の高級住宅街に自宅を持ち、裕福な暮らしを送っていた。13日にこの邸宅を取材すると、内部は既に荒らされ、床には書類や本などが散乱していた。地下には非常時の脱出用とみられる長い通路や部屋もあり、内戦下の独裁者の生活ぶりが垣間見えた。 アサド氏は隣り合った二つの邸宅を所有し、家族や親族と一緒に住んでいた。反体制派が首都を制圧した8日、家族とロシアへ亡命したとされる。
(CNN) シリア首都ダマスカスのムジュタヒド病院にある遺体安置所。ひどく損傷、損壊した遺体は直視しがたい。崩壊したアサド政権の残虐さを示す明白な証拠だ。 だが、絶望に駆られた群衆は遺体との対面を待ちわびている。愛する人々の身に何が起こったのか、ついに答えが得られることを期待して。 「彼らはどこにいるの?」。女性の一人が訴えた。「私の母親は14年間消息が途絶えている。彼女はどこ? 私の兄弟、私の夫はどこ? 彼らはどこにいるの?」 政権崩壊の数日後、ダマスカスの軍病院では35人あまりの遺体が見つかった。彼らはアサド政権最終盤の犠牲者とみられている。一人の男性がぼろぼろの衣服を指さし、悪名高いサイドナヤ刑務所の被収容者だった可能性を示唆した。 蛍光灯に照らされた遺体安置所の内側では、遺体は番号によって特定するしかない。しかし十分な数の部屋がなく、屋外に仮設の待合所が設置されている。集まった遺族
ロシア国営タス通信は8日、シリアのアサド大統領が家族とともにロシアの首都モスクワに到着したと伝えました。 ロシア大統領府の情報筋の話として、政府がアサド大統領と家族の亡命を認めたとしています。 ロシア外務省は8日、シリアのアサド大統領が辞任することを決め、シリアを去ったことを明らかにしました。 ロシア外務省は8日、声明を出し、「アサド大統領は大統領職を辞すことを決め、平和的に政権を移譲するよう指示しシリアを去った」としてアサド大統領がシリアを離れたことを明らかにしました。 どこに向かったかなど詳細は明らかにしていません。 またロシアはアサド大統領が今回の決定を行うにあたり、関与はしていないとしています。 シリア国内にあるロシア軍の基地については「厳戒態勢にあり、安全に対する深刻な脅威はない」としています。シリアでは8日、反政府勢力が首都ダマスカスに進攻しアサド政権は崩壊に追い込まれるなか、
トルコ南東部で発生し、トルコとシリアに甚大な被害をもたらした地震では、多くの建物が倒壊した。その中には、耐震性能をうたう比較的新しいものも含まれた。真新しいマンションが崩れた様子に、トルコ国内では怒りの声が上がっている。BBCは、がれきと化した新しい建物3棟に注目し、その安全性について調べた。 マグニチュード(M)7.8と7.5の2つの地震が6日未明と同日午後にトルコ南東部で発生し、トルコ南部とシリア北部にまたがる広い地域で数千棟の様々な建物が倒壊。2万人以上が死亡した。
トルコ南部で6日未明に発生したマグニチュード7.8の地震やその後も続く大きな揺れにより、トルコとシリアではこれまでに ▽トルコ国内で2万665人、 ▽シリア側では少なくとも3553人が死亡し、 亡くなった人の数は両国であわせて2万4000人を超えています。 2011年に起きた東日本大震災による死者と行方不明者は、「震災関連死」も含めて10日までに合わせて2万2212人にのぼっていますが、今回の大地震の犠牲者は、これを上回る規模となっています。 震源に近く甚大な被害を受けたトルコ南部カフラマンマラシュには、被災者を支援する複数の拠点が設けられ、トルコ各地から集まったボランティアによる支援の輪が広がっています。 このうち、カフラマンマラシュの幹線道路沿いの公園に設けられた支援拠点には防災当局のほか、首都アンカラや、最大都市イスタンブールなど、トルコ各地からボランティアが駆けつけ、家を失った人た
ロシアによる侵攻を受けて、大勢のウクライナ人がポーランドをはじめとするEU諸国へ退避している。そしてEUはこの歴史的な人道危機に、国境を開放してウクライナ難民を温かく迎え入れている。 戦火を逃れてきた人々に無条件に助けの手を差し伸べる──感動的で心を打たれる絵だ。 だが、ここで少し考えてみてほしい。これまでシリアやアフガニスタンから、地中海を越えてアフリカから難民が押し寄せてきたとき、EUはかなりの抵抗を示してきたではないか。それが突然、まるで手のひらを返したように、ウクライナ難民は歓迎しているのだ。 米紙「ワシントン・ポスト」は、「突如として歓迎、ヨーロッパは避難してくるウクライナ人に門戸を開いた」と題した記事で、このEUの態度の急変を指摘している。 シリア難民を中心に約200万人が助けを求めてヨーロッパを目指した2015~2016年当時、それは「欧州の難民危機」と表現され、流入しようと
シリア・ラッカの広場で「シリア民主軍(SDF)」の旗を振るロジダ・フェラト司令官(2017年10月17日撮影)。(c)AFP/BULENT KILIC 【10月19日 AFP】シリアのラッカ(Raqa)奪還を祝う姿を捉えた写真が話題となったロジダ・フェラト(Rojda Felat)氏は、単なるイメージキャラクターではない。イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に対する決定的な勝利を手にした数千人規模の部隊を指揮した女性司令官だ。 ISが人々を「公開処刑」していた場所として知られていた環状交差点に、4か月に及ぶ戦闘でラッカを奪還したクルド人とアラブ人の合同部隊「シリア民主軍(SDF)」の黄色い旗を立てるフェラト司令官の写真は17日、世界中を駆け巡った。 フェラト司令官が所属するクルド民兵組織「クルド人民防衛部隊(YPG)」はSDFを構成する主力部隊だ。マルクス主義に触発され、男女平等の推進
クリエイティブ・コモンズ・ジャパンは18日、シリアにおけるCreative Commons(CC)プロジェクトのリーダーであり、オープンソース開発者としても知られていたバッセル・ハルタビル氏がシリア政府により処刑された事を明らかにした(CCのプレスリリース)。 バッセル氏は内戦以前からシリアでCCの現地リーダーを務めたほか、FirefoxやWikipediaへのコントリビュートを行っていたことも知られている。氏は内戦が深刻化した2012年にスパイ活動の疑いでシリア政府に逮捕され、弁護士無しの軍法会議で死刑判決となった。MITメディアラボやCCを初めとする団体が氏の解放を求めたものの実らず(当時のハフィントンポスト記事)、今年8月になり2015年にすでに処刑されていたことが明らかになった。 同氏の訃報を受け、CCでは「バッセル・ハルタビル記念基金」が設立された事を報じている。同基金への寄付は
シリーズ「クルド人の風景」では、日本で報道が少ないクルド地域について、毎月専門家がやさしく解説していきます。(協力:クルド問題研究会) オスマン帝国の末期とその後の中東では、「民族」が大きなテーマとなった。新たな国が名乗りをあげていくなかで、その潮流に乗り遅れたのがクルドだ。理由は多々あげられる。帝国の辺境にあって民族主義が遅れてやってきたこと、アラブ、トルコ、ペルシャという中東の三大民族がせめぎ合う狭間にクルディスタンが存在する不運、クルド同士で繰り返す覇権争いの愚。 さらに、いったん引かれた国境を変えることは安定した秩序を乱すから、国際社会がこれを応援することはない。ましてやクルドを内包する国が自国の領土をクルドに差しだすはずがない。ところが、1世紀にわたってクルディスタンの内部に縦横に引かれていた堅固な国境が、揺らぎはじめた。 クルドとクルドを内包する主要国(トルコ、イラク、イラン、
シリアの国情は長い期間にわたって荒れ狂っている。 ことの発端は2011年。2010年に起こったアラブの春を端緒として過激化した反政府運動と、それに対抗するアサド大統領に率いられた政府軍によって内戦が勃発。ジリジリと進まない市街戦、非人道的で歯止めのかからない拷問、市民へのレイプ被害など無数の事態により状況は泥沼化していく。国連難民高等弁務官事務所によるとシリアからの難民は500万人を超えたという。外務省のデータによると2012年のシリア人口は2240万人だから、尋常な数ではない。 いったい、シリアで何が起こっているのか。そもそもなぜこのような戦争が起きてしまったのか。そこで暮らす人々は何を考えているのか。本書はそうした疑問に答えるべく、政府軍、反体制側といった立場を問わず、シリアの人々に対して寄り添うようにして行われた取材をまとめた渾身のルポタージュである。ジャーナリストだけ数えても94人
シリア・タルビセで、支援物資を積んだ赤十字国際委員会、シリア・アラブ赤新月社、国連の輸送車を眺めるシリア人の子どもたち(2016年7月26日撮影、資料写真)。(c)AFP/MAHMOUD TAHA 【8月15日 AFP】今冬は欧米の多くの国でサイロから穀物があふれるほどの豊作が期待できそうだ。その一方で、紛争下にある国々ではかつてない規模で飢餓が「兵器」として利用されており、数千万人が食物のない状況に置かれる恐れが出ている。 国連(UN)の食糧農業機関(FAO)および世界食糧計画(WFP)は先日、紛争下にある17か国で5000万人を超える人たちが「深刻な食料不安」にあると警告するリストを発表。このリストのトップに挙げられた2か国が長引く紛争に苦しむイエメンとシリアだ。 イエメンでは現在、人口の半数以上に当たる1400万人が、食糧の危機もしくは緊急事態に直面しているとみられる。シリアでも、内
武装組織「アルヌスラ戦線」のアブムハンマド・ジャウラニ指導者とされる人物。同組織の報道部門が公開(2016年7月28日公開)。(c)AFP/Al-Manara Al-Baydaa 【7月29日 AFP】国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)のシリア支部として活動してきた武装組織「アルヌスラ戦線(Al-Nusra Front)」は28日、アルカイダからの離脱を発表した。 同組織のアブムハンマド・ジャウラニ(Abu Mohamad al-Jolani)最高指導者が、中東衛星テレビ局アルジャジーラ(Al-Jazeera)が放送した動画の中で発表した。同指導者が公に姿を現したのはこれが初めて。 ジャウラニ指導者は、組織の名称を、アラビア語で「シリア征服戦線」を意味する「ジャブハト・ファタハ・アルシャム(Jabhat Fateh al-Sham)」に改め、戦闘員らをシリアの他の主流武装組織に合流
ギリシャ・イドメニで、マケドニアとの国境の前に集まる難民たち(2016年4月6日撮影)。(c)AFP/Bulent Kilic 【6月9日 AFP】ギリシャとマケドニアの国境で何か月間も足止めされている難民たちを見ていて衝撃的なのは、彼らが正気を失い始めていることだ。 私はこの難民危機を何年にもわたって取材している。内戦が続くシリアを逃れた難民、トルコとの国境で有刺鉄線を越えようとする難民、危険な旅の末に欧州の入り口であるギリシャのレスボス(Lesbos)島にたどり着いた難民など、取材した場所もさまざまだ。そして今、マケドニアとの国境に近いギリシャの村イドメニ(Idomeni)で、彼らを見つめている。
シリアの戦争をめぐって、連日、正気の沙汰とは思えないようなニュースや凄惨な写真があふれ出ている。そして、シリアの数多くの古代遺跡や建築物、世界遺産を破壊する砲撃や爆撃を目の当たりにしている。シリアの都市の画像をひとまとめにし、自分自身に加え、かつてこれらの美しい都市に住んでいた人や訪れたことのある人、これからきっと訪ねたいと思っている人に、私たちが平穏に暮らしていた頃のシリアを思い出してほしいと私は思った。そして、文化に富んだシリアの歴史の中にあるすばらしい記録や体験を共有したいと思った。 シリアは、古代の真珠として、また文明発祥の地(紀元前9000年)として知られる国で、青銅器時代(紀元前3000~2000年)があった。文字が発明され、古代都市ウガリットの繁栄によって最古の手書き文字と人類初の楽譜が誕生した国だ。
◆自衛隊が直面することになる事態 日本の防衛政策に大きな転換点をもたらすことになる安保法制。自衛隊はこれまでの枠組みを超えて、より積極的に海外に出ていくことになり、同盟国の要請で戦闘に参加することも可能となった。これを「平和貢献」とするか、「戦争参加」ととらえるか、さまざまな議論はあってしかるべきだ。だが、自衛隊が派遣される先で、将来、隊員がどのような状況に直面することになるのか、その準備ができているのかについて、冷静な分析や想定がどれほどなされているだろうか。 武装組織イスラム国(IS)のいるシリアやイラクの戦闘地域に自衛隊がただちに派遣されることはないかもしれない。しかし、同盟国の作戦に組み込まれるかたちで、その周辺国や中東近辺の海域に部隊が送られる状況は、さほど遠くない時期にやってくる。ISは今年発刊された機関誌で、「日本を攻撃対象とする」と宣言した。IS本体でなくとも、自衛隊が活
パリの同時多発テロを受け、シリア難民の受け入れ拒否の動きが広がっている米国。 オバマ大統領が、「テロ攻撃に対し、恐怖に陥るのは良くない」と述べましたが、 全米50州のうち、31州の知事が受け入れ反対を表明しています。 その中で、昨日バージニア州ロアノーク市のバウアーズ市長は、 戦時中にアメリカで行われた日系人強制収容を引き合いに出した上で、 「今のISISの脅威は、ちょうど当時の『敵』のように現実的で深刻であるように思える」 と、シリア難民の受け入れには反対であるとする声明を出しています。 このバウアーズ市長の声明はアメリカで大きく取り上げられており、 「アメリカ史の汚点」である日系人強制収容を引き合いに出したことに対して、 アメリカ人からは強い非難や怒りの声が続出していました。 海外「アメリカの歴史の汚点」 日系人強制収容の歴史に米国人悲痛 翻訳元■■ ■ 面白いこじつけだな。 だって「
ロシアのシリアでの空爆が続いている。ロシアが過激派組織「イスラム国」(IS)ではなく、アサド政権に敵対する反体制派への攻撃に重点を置いていることも鮮明になっており、米欧との対立が激化している。当のロシアはあくまでもテロとの戦いを強調しているが、チェチェン系過激派の根絶やしを狙ったプーチン大統領の“影の戦争”が浮かび上がってきた。 チェチェン人2500人がIS合流 ロシアが9月30日に空爆を開始して以来、連日のように作戦が展開されているが、標的のほとんどはアサド政権に敵対する北部や西部ホムス県の反体制派組織だ。空爆3日目の2日、やっとISの首都のあるラッカ周辺のキャンプなどを攻撃したが、西側専門家によると、ISなどの過激派を狙うのは20回のうち1回程度の割合だという。 一連の作戦を見る限り、ロシアの当面の目標は、アサド政権に敵対する反体制派勢力をたたき、政権の延命を図ることにあるのは明らかだ
欧州を目指す難民問題が、連日メディアで取り上げられているが、そのほとんどはシリア難民の話だ。大量のシリア難民の陰に隠れてしまった、他の地域から来た「忘れられた」難民の問題を、海外の一部メディアが報じている。 ◆シリア以外の国からも難民は流入 英ガーディアン紙によれば、9月初めまでに地中海を渡ってヨーロッパにたどり着いた難民38万人の約半数は、シリア人だとされている。国連の発表では、難民のうち75%は戦争や人道上の危機を理由に母国を離れた人々で、イラン、アフガニスタン、パキスタンなど中東、アジアの国々や、エリトリア、ナイジェリア、ソマリア、スーダンなどのアフリカからの難民が含まれる。 ロサンゼルス・タイムズ紙(LAT)によれば、アルバニア、コソボなどのヨーロッパの非常に貧しい国からも、豊かな国を目指す経済難民が多く出ている。 ◆難民となる背景と過酷な旅路 ガーディアン紙は、シリア以外からの難
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