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禅的哲学

禅的哲学は哲学であって禅ではない。禅的視座から哲学をしてみようという試みである。禅を真剣に極めんとする人には無用である。

逃げるは恥だが役に立つ

2016-12-29 09:41:16 | 日記

「逃げるは恥だが役に立つ」というのは、知ってる人は知っているでしょうが、今週で終わったTBSのテレビドラマのことです。主演の新垣結衣さんの可愛らしさと、共演の星野源さんのちょっとずれたような演技、それに脚本家や製作スタッフの遊び心がうまくかみ合って、とても面白い作品に出来上がっていました。ぼくが今年見たテレビドラマの中では、同じTBSの火曜ドラマ「重版出来」と並んで、他を圧倒して面白かったと評価しています。 

「逃げるは恥だが役に立つ」という題名なんですが、ハンガリーのことわざに「恥ずかしい逃げ方だったとしても生き抜くことが大切」というのがあって、そこからとったということです。そこで、ぼくは思うんだけれど、ある種の人々にとって現代は非常に生きにくい時代でもあると思うんだけれど、そういう時にこのことわざが使えるのではないかと思うんです。 

こんなことを思うのは、今朝の朝刊に「電通社長来月辞任」のニュースが一面にあったからです。新入社員高橋まつりさんの自殺について次のように発表しました。

 ≪ 電通は二十八日夜の会見で、高橋さんの過労自殺に関する外部専門家による調査結果を公表。「長時間労働に加え、仕事の責任感や職場での人間関係が強いストレスが自殺の原因となった可能性は否定できない」とした。上司による高橋さんへのパワハラも認め、「十分なサポートが足りなかったと深く反省している」との認識を示した。 ≫ 

電通に企業体質を改めてもらいたいということはもちろんですが、高橋さんが、「会社を辞めてしまおう。」という発想にどうして至らなかったのかということが残念でなりません。「自死すること」と「会社を辞めること」を天秤にかける、そんな余裕もないほど追い込まれていたのでしょう。そういう時に、この「逃げるは恥だが役に立つ」を思い出してもらいたいのです。

死ぬ前に彼女はお母さんに次のようなメールを送ったと聞きました。

「お母さん、自分を責めないで、お母さんは最高のお母さんだから」 

あえて、ぼくは死人に鞭を打ちたいと思います。そこまで、お母さんを気遣うことができるのに、なぜ逃げなかったのかと‥。ここで、自分を責めない母親がいるわけがないのに。あまりに悲しすぎます。

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「真珠湾」通告遅れは意図的?

2016-12-28 12:14:59 | 政治・社会

昨日(12/27)の東京新聞・夕刊に、太平洋戦争の開戦通告が遅れたのは、日本外務省が意図的に電報発信を遅らせたことが原因であるとする新証拠が発見された、との記事があった。

真珠湾攻撃が開始されたのは12月7日の午後1時19分、覚書がハル米国務長官に手渡されたのが一時間後の午後2時20分だった。

 

覚書は長文なので14部に分割されて送信された。1から13部までは12月6日の午前11時25分までに発信されていたが、結論となる14部は15時間後の12月7日の午前2時38分に送られた。

従来の説明では、1から13部までを先に暗号解読してタイプライターで清書しておけば、12月7日の朝に14部を追加すれば、開戦までに十分間に合ったはずが大使館の怠慢で12月7日の朝からすべての分の清書を始めたため間に合わなかったというものだ。つまり意図的に遅らせたわけではなく、すべて大使館員の責任であるというものであった。

しかし、当時の一等書記官である奥村勝蔵氏が、「夜半まで13通が出そろったが、後の訂正電信を待ちあぐんでいた」と1945年に証言している。当時のタイプライターは途中で訂正追加が出来ないので、訂正電報が届くまでは清書できなかったというのである。結局12月7日の朝から14通分の清書を始めたが、開戦には間に合わなかったというのである。

今回の新証拠というのは、その訂正電報らしきものが12月7日の午前0時20分と午前1時32分に発信されていることが、米海軍の傍受記録に残っていたというものである。そのとおりなら奥村氏の証言を裏付ける有力な根拠となる。

この新証拠の評価については、例によって歴史学者の立ち位置によって随分違うようだ。右寄りの人はどうしても大使館員に責任を押し付けたいらしい。

歴史家は歴史家で実証的な研究をしていただきたいのだが、この問題を大使館員の怠慢として矮小化したいという根性のさもしさが気に食わない。これが外務省の責任ではなく大使館員の責任なら、日本の罪は軽いあるいは日本は卑怯ではない、というふうに考えることができる、その思考回路がさもしいというのである。

日本が武士道精神に満ち溢れた正々堂々とした国であると思いたいのなら、開戦通告を届けたことを確認してから攻撃すればよかっただけのことではないのか?

まあ、そんな理性があったなら無謀な開戦には踏み切らなかっただろう。それに、戦争は殺し合いである。卑怯もへったくれもない。やるからにはなにがなんでも勝たねばならない。相手の不意を衝くのは当たり前のことである。開戦前に通告しなければならないという意識はそれほど強くなかったかまったくなかった、というのはぼくの下種の勘繰りだろうか?
思うに、不意討ちがいけないのではなく、戦争をすることがいけないのである。

真珠湾攻撃について日本は卑怯だったし、南京事件については日本は残虐だった、どちらも素直に謝ればよいのではないだろうか。

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禅的世界観

2016-12-27 11:56:28 | 哲学

以下は、玄侑宗久さんの「死んだらどうなるの?」という本の、池田晶子さんによる書評です。

≪禅僧が科学を使用して死後を説明するのを、私は初めて見た。びっくりした。はたして、本気だろうか。
   ( 中略 )
私はまずそれを疑った。『意識は脳が生み出す』とも、平気で言われている。大したもんである。どうせ嘘をつくのなら、ここまで徹底してつかなければならない。話というのは、どっかから始めなければ、始まらないからである。全くのところ、意識は脳が生み出したものなら、全宇宙が脳の産物であるわけで、それならやっぱり死後なんてものも脳による妄想である。今さら何が問題であろう。
 こういったことを説明し始めると収拾がつかなくなるから、だから禅というのは説明をしないのである。黙るのである。黙って、観るのである。宇宙を、存在を、生と死の謎を、問いと答えが同一である地点を、永遠に観ているのである。≫

ぼくは玄侑宗久さんの本を読んでいないのですが、この書評だけで判断する限り池田さんの言うことはごもっともという気がします。

臨済宗妙心寺のご開山は関山慧玄という人ですが、ある修行者に死について問われたところ、「わしのところには生死なぞない」(慧玄が会裏に生死無し)と答えたのだそうです。釈尊も死後のことは無記としていたのだから、妙心寺派の僧侶である玄侑宗久師がこのことを知らないはずがないので、おそらく方便として死後のことに言及しているのでしょう。今回の記事では、この本の内容はともかく、池田さんの批判を通して禅の世界観について述べてみようと思います。

池田さんは、科学的知見を使用していることをとがめています。ぼくたちは通常ことの正否を判断するのには科学的に考えるのが良いとされているのですが、禅的観点からするとそれは違うのです。禅的にみるということは究極的な素朴さで見るということです。究極的な素朴さで見るということは、感性でとらえることのできない超越的なものを排除するということです。

遠くの山を見た時、ぼくたちは太陽の光が山から反射されて、その光をぼくたちは見ていると考えるようになりました。本当にそうでしょうか? ぼくには見えているのは「光」ではなく、遠くの「あの山」なんです。見えているのは山であって光ではない、という気がするのです。

禅や哲学は科学を否定するわけではありません。科学をぼくたちの世界観の中で正しい位置に再配置しようということなのです。以前の記事「心はどうやって生まれるのか」でご紹介したマッハのことばを再掲します。

≪科学の目標というのは、感覚諸要素(現象)の関数的関係を《思考経済の原理》の方針に沿って簡潔に記述することなのだ≫

「遠くの山が見える」という現象を科学は、光や反射とか視神経というパラメーターで関数的に記述するのです。あくまでそれは記述にすぎない。科学により、ぼくたちは、「光が目に入る」から「あの山が見える。」と考えがちだけれど、それは逆で、本当は「あの山が見える」から「光が目に入る」と想定しているのです。
「光が目に入る」というのは想定であって事実ではない、あくまで仮説であり、もっと突っ込んで言えばフィクションなのです。まず第一義的には「遠くの山が見える」という事実がある。このことを忘れてはならんと思うのです。

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心はどこにあるのか

2016-12-26 17:40:22 | 哲学

「心はどこにあるのか?」と問われると、たいていの人は脳にあると考えているのではないでしょうか。でも、これは医学・生理学が普及してからのことで、昔の人は心臓にあると考えていたようです。私はラテン音楽が好きでよく聴くのですが、歌詞の中にやたら"コラソン"という言葉が出てきます。この単語は、心臓という意味と心という意味を兼ねているのです。だからラテン系の人々にとっては、今でも心は心臓にあるんですね。

心が心臓にあると考えられたのは、感情が高ぶった時に心臓の鼓動をより強く意識するというところにあるんだと思います。現在脳にあると考えられるようになったのは、科学的知見もさることながら我々の意識に占める視覚と聴覚の比重が大きいからではないでしょうか。もし膝の前面に目が、そして膝の外側に耳があったらどうでしょうか? 足を前に出すと、上の方に自分ののっぺらぼうな頭が見えるのです。たとえ脳がそのまま頭の中だとしても、意識の中心は両膝の中間あたりに感じるのではないかと想像します。

意識の中心は常に一定ではなく、その時の状況によって変わります。空手の試合において、相手に激しく突きと蹴りを繰り出す時、意識はこぶしの先とつま先に集中します。その時、手や足に意志があるかのように感じます。いくら「手よ動け」と念じても手は動かないはずです。手を動かすのは実は手自身なのです。

読書に没頭している時、考えているのは実は読んでいる本の字だったりします。あなたはぼくの書いたこの記事を読んでいるわけですが、ディスプレイの文字が語っているように感じませんか? そのように感じたらあなたはこのディスプレイ上で考えているわけです。

  「人は考えない。考えているのは本のページまたはディスプレイである。」

神秘的なことを言おうとしているのではありません。素朴に反省してみるとそう思わずにいられないのです。

禅の坊さんが木を見れば木が自分であるというようなことを言います。奇妙なもの言いでありますが、自分の心というものが空間上のどこか(例えば頭の中)を占めている、という考えを捨て去れば納得いくような気もするのです。

近所の猫が怒っていました。

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ゲシュタルト崩壊と空観、それから龍樹へ (その2)

2016-12-24 12:16:33 | 哲学

前回記事では、机や人間というような個物について、その普遍的な本質というものが存在しないということを述べたのですが、今回は個物以外の概念について考えてみたいと思います。

古代インドの哲学者龍樹は大乗仏教の祖とされている人ですが、『中論』という書物を表しています。その中に次のような一節があります。

  すでに去ったものは去らない。
  いまだ去らないものは去らない。
  現在去りつつあるものも去らない。

「すでに去ったもの」や「いまだ去らないもの」が去らない、というのはわかりますが、「現在去りつつあるもの」が去らないというのは、ちょっとその意味が分かりません。一体どうしたことでしょう。

龍樹のこのような奇妙なことばを理解するには、その背景を知る必要があります。中村元博士は「『中論』は論争の書である。」と言っています。そのころ説一切有部という有力な学派ががありました。その学派が概念がイデア的に実在するということを主張していたらしいのです。例えば、「走る」という動作についても、その「走る」というありかたの範型が形而上の領域に存在する。それも、人類が生まれる前から人類が滅びた後も実在する、というのです。それどころか、説一切有部の理論を拡大していくと、「走る馬」という概念ばかりか、「馬が走る」という命題さえもイデア的に実在する、というのです。

イデア的に実在するということは、それぞれの概念が個別に独立して存在するということでもあります。そうすると、「走る馬」と「走る」を組み合わせて、「走る馬は走る」という表現が可能であるばかりでなく、「走る馬は走らない」という表現も可能になるはずだ、というのが龍樹の主張です。龍樹は「走る馬は走らない」ということを主張したいわけではなく、説一切有部の主張することが正しければ、矛盾が生じるということを言いたいのです。無常を根本原理とする龍樹の立場では、永遠不変のイデアは認めることのできない概念です。

仏教は絶対的概念を認めません。すべては相対的で関係性の中から概念も生まれてくると考えるのです。だから、「走る」というありかたも、人間の生活様式やらいろいろの関係性から生じてくる、と考えられるのです。

では、「走る」のゲシュタルト崩壊を試みてみましょう。同じ字を続けてたくさん書き続けるとその字についてゲシュタルト崩壊すると言われています。ここではいろんな「走る」をもい浮かべてみましょう。「御坊哲が走る」、「トカゲが走る」、「稲妻が走る」、「ひかり号が走る」、「虫唾が走る」、「ダチョウが走る」、「妻が走る」、「キリンが走る」、「東京タワーが走る」、「日本が走る」、‥‥‥。
どうです、「走る」はゲシュタルト崩壊しましたか? 「走る」っていったいどういうことだっけ? というような感覚に陥りませんでしたか?

そうですか、崩壊しませんでしたか。ではもうちょっと理屈で攻めたいと思います。
もし、「走る」がイデア的にあるのならば、その普遍的な定義も存在する筈です。おそらくほとんどの人は、「両足を交互に前に出して速く進む」といったところでしょうか。
問題になるのは「速く」が厳密に定義できないことです。ここはオリンピックの競歩の定義を援用して、「両足を交互に前に出し進む、かつ前に出した足が着地する前に後ろの足は地面を離れていなくてはいけない。」としましょう。普通にこの定義の通りにすれば、だれの目にも走っているように見えるはずです。

では、この普通に走っている状態から、少しずつ歩幅を狭めていくことにします。そうすると、ある時点で「これはもう走っているとは言えないんじゃないか。」と言いたくなる時が来るはずです。例えば歩幅が1cmになったら、もう誰の目にも片足ずつ交互にその場飛びをしているようにしか見えないはずです。

問題は、「走っている」から「その場飛びしている」に変わるその境界が、だれでも一致するようには明確に引けないことです。「走る」の普遍的定義が困難なことが理解していただけたでしょうか。

仏教では、独自で存在できるという絶対的なものは認めないのです。なにごとも相対的であり関係性の中から生まれてくると考えます。というと、絶対的なものがなければ相対的ということも生まれないのではないかという人も時々いますが、それは西洋的な形式的な考え方に過ぎないと思います。絶対というのは一応矛盾のない概念としては存在しますが、現実には存在しない空疎で形式的な概念にすぎません。言うなれば絶対というのも関係性の中から生まれる相対的な概念なのです。

例えば、位置というものについて考えてみましょう。銀行は駅を出て、左に30メートルのセブンイレブンのある角をさらに左に曲がって、10メートル進んだところ、というふうに表現されます。これは銀行を駅からの相対関係で示しています。ロケーションを示すには、絶対表現というのもあってこちらの方は、緯度と経度でそれぞれ何度何分何秒で表現されます。でも、これは絶対と言っても、グリニッジ天文台と赤道を基準にした相対位置にすぎません。グリニッジ天文台と赤道が不動のものであれば、緯度と経度による表現は絶対的なものと言っても良いですが、地球は自転しながら公転もしているのだから、宇宙的な規模で見れば位置に関しては絶対的な基準はどこにもないのです。空間的位置に関する限り、絶対的基準がどこにもないにもかかわらず、私たちは相対的位置の中にいます。絶対はなくとも相対はあるわけです。

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