「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の野崎幸助さん(77=当時)を殺害した罪に問われた元妻の須藤早貴被告(28)の判決公判が12日に行われ、和歌山地裁は須藤被告に「無罪」(求刑無期懲役)を言い渡した。
起訴状によると2018年5月、須藤被告は野崎さん宅で何らかの方法で野崎さんに致死量の覚醒剤を摂取させ死亡させたとしている。一方、須藤被告は裁判を通じて「私は殺していませんし、覚醒剤を摂取させたこともありません」と容疑を否認し、一貫して無罪を主張した。
最大の謎は、どのようにして野崎さんに致死量の覚醒剤を経口摂取させたかだ。直接証拠がない中、検察側は須藤被告のスマートフォンに残された検索履歴「完全犯罪」「覚醒剤 過剰摂取」などの状況証拠を積み重ね、有罪を証明しようとした。また28人の証人尋問を実施し、その中には覚醒剤の密売人も含まれていた。
和歌山地裁は判決理由の中で「被告が事件当日、野崎さんに覚醒剤を摂取させて殺害することは可能だったが、4月に被告が密売人から渡されたものが覚醒剤だったとは言い切れない」と疑問視。そのうえで「被告が野崎さんに覚醒剤を摂取させたとまでは推認できず、検索履歴とあわせても変わらない。事故の可能性がないとは言い切れず、被告が殺害したことについては合理的な疑いが残る」と結論付けた。
判決理由について弁護士の紀藤正樹氏は「被告が覚醒剤を入手したことが疑わしいと判断したこと」をポイントに挙げた。「覚醒剤を入手したことを証明できなかったから覚醒剤を摂取させたと推認はできないという結論付け。覚醒剤の入手過程がきちんと立証されてないんだと思う」と指摘。
続けて無罪判決について「(覚醒剤を)入手したのが被告人であることが疑わしいと言われたら、それはほとんど惨敗に近い。(立証の)入り口からダメと言われてるんだから」と厳しい言葉を並べた。
今後、検察は控訴すると思われる。経口摂取方法が争点となる場合は「無罪を覆すのは厳しい」とする一方で「覚醒剤を入手したのが被告以外にあり得ないということがそもそも弱かったということ。むしろそこを補充すれば立証にたどり着く可能性がある。当然、犯行状況をどこまで状況証拠によって説明できるかも重要。和歌山カレー事件とかもそれで立証しているわけだから。控訴するためには覚醒剤の入手経路をきちっと立証することがポイントになる」と述べた。
これまで刑事裁判では自白が重視されていたが、冤罪の温床になるという指摘があり自白偏重からの転換期でもある。その中で今回の判決は、状況証拠を積み上げての立件のハードルの高さを示す判例になったとの声もある。紀藤氏は「弁護側からすれば、捜査段階で黙秘し、調書を作らせないという戦術が成功したということだと思います」と述べた。