ちょっと意表をつかれる書名だが、これまでの辞書が常に要求されてきた「規範性」「権威性」の拠ってきたるところを究明、その本質を明らかにするという内容である。辞書史に関心のある人ならば、「政治」と聞いてまず連想するのは、近代辞書の成立がナショナリズムと密接に結びついていた事実であろう。本書はまず、日本近代の国語辞書成立にあたって、欧米に比肩する「文明国」辞書をつくるという愛国的な編纂動機が存在したことを丹念に立証する。 このことは大槻文彦の『言海』編纂(高田宏『ことばの海へ』など)によって知られているが、ここではさらに近代的方式による自国語の整備(語彙を網羅し、語釈を歴史的に記述する)をもって文明国の標準ないし条件であるとする観念が、幕末から明治初期にかけての洋学系の知識人から発したこと、およびその淵源が先進国の辞書観念、たとえばジェームズ・マリーらの『オクスフォード英語辞典』やグリム兄弟の『