独立系のシステム開発会社「富士ソフト」の買収を巡り、投資ファンドが仁義なき戦いを繰り広げている。富士ソフトの同意を得て米ファンドのKKRがTOB(株式公開買い付け)を実施しようとしたところ、同じく米ファンドのベインキャピタルがKKRを上回る買い付け価格で参戦。これに対し、KKRはベインの提示価格に「1円」を上乗せした額で2回目のTOBを始めるなど、買収合戦は「泥仕合」の様相を呈している。(時事通信経済部 小林優哉)
発端は「物言う株主」
富士ソフトは1970年設立のシステム開発会社。2023年12月期の連結売上高は2988億円に上り、連結の従業員数は今年9月末時点で1万8000人を超える。好立地の駅前ビルなど不動産を多数保有することでも知られる。
これに目をつけたのが「物言う株主」として知られるシンガポールの投資ファンド、3Dインベストメント・パートナーズだ。富士ソフトに対して不動産の売却を求めたほか、23年には非公開化による資本効率の改善を提案。富士ソフトは特別委員会を設置し、対応を協議してきた。
今年8月8日、富士ソフトはKKRがTOBを通じて富士ソフト株式を非公開化すると発表。複数の提案の中から、KKRを選んだ理由について、「非公開化を含む中長期的な企業価値向上を推進する最適なパートナー候補だ」と説明した。
買い付け価格は1株当たり8800円、買収総額は約5600億円に上り、この日の富士ソフト株は前日比1500円高の8890円まで急騰した。
ベイン乱入、創業者が支持
KKR主導で買収が進むかに見えたが、ベインが9月3日、富士ソフトに対して法的拘束力のあるTOB案を近く提示すると発表。法的拘束力はないものの、KKRより高値の提案をしてきたとし、「買収者を公正に選定するプロセスを能動的に行っていない」と富士ソフトを批判した。
これを受け、KKRは9月5日からTOBを開始した。当初は「9月中旬」としていた実施時期を、電撃的に前倒しした。
さらに、KKRはTOBを2段階方式に変更した。ベインの提案を見極めたいという株主に配慮し、1回目で目標に到達しなくても応募株式を全て買い取った上で、2回目を実施。応募が少なかったり、有効な案をベインが提示しなかったりした場合でも株主が8800円で売却できるようにした。
対するベインは10月11日、1株9450円で10月下旬にTOBを開始すると発表。富士ソフト株はその後、9710円まで跳ね上がった。
富士ソフト創業者で大株主の野沢宏氏は、一般株主に宛てた書簡の中で「アクティビストによる資本の論理で非公開化に誘導するような進め方には、強い違和感がある」として3DやKKRを批判。その上で、ベインを友好的な買収者を意味する「ホワイトナイト(白馬の騎士)」と評価した。
決め手は1円差?
KKRの1回目のTOBには、事前に応募を確約していた筆頭株主の3Dなどが応じ、KKRは富士ソフト株式(新株予約権を含む)の35%を取得した。
ベインのTOBは富士ソフト経営陣の賛同が前提となる。KKRより高値であるベインの提案を拒否すれば、株主の利益を損なうことにもつながりかねず、「真摯(しんし)に検討する」としてきた富士ソフトがどのような判断を下すのかに注目が集まっていた。
こうした中、KKRは11月15日、2回目のTOB開始を目前に、買い付け価格を1株9451円に引き上げると発表。ベイン提案を1円上回る価格になったことなどを踏まえ、富士ソフトは正式にベインへの「反対」を表明。KKRは20日に2回目のTOBを始めたが、ベインは結局TOBの延期を繰り返し、行動を起こせていない。
市場は買収合戦「過熱」期待
富士ソフトを巡る買収合戦は、水面下で手続きを進めることの多い投資ファンドが表舞台で争う異例の展開をたどった。ある国内ファンド幹部は「両ファンドとも、本来の企業価値より上ぶれた価格を提示しているのではないか」と指摘。ベインの後出しのTOB提案については、「資金調達などを含めて法的に拘束力がある限り『真摯(しんし)な提案』として検討されるべきだ」と一定の理解を示した。
富士ソフトの株価は12月に入り、9500円前後で推移している。松井証券の窪田朋一郎シニアマーケットアナリストは「DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れもあり、業績面での期待がある」と、富士ソフト株の魅力を分析。TOB価格を上回っているのは、「また買収合戦が過熱するのではという思惑が市場に残っているからでは」と話した。
富士ソフトの反対表明以来、ベインは沈黙を守っている。KKRのTOBが終了する12月19日まで、目が離せない。