中国の習近平国家主席は、対中貿易戦争を仕掛けてくるトランプ次期米大統領に対抗する構えを見せている。国内経済は苦境にあるが、習政権は強気の姿勢で中国式の「デカップリング(分断)」戦略を進めていこうとしているようだ。(時事通信解説委員 西村哲也)
「外部の衝撃」警戒
「関税戦、貿易戦、科学技術戦は歴史の潮流や経済の規律に反しており、勝者はあり得ない。中国は一貫して自分のことをきちんとやることに集中して注力する姿勢を堅持し、自らの主権、安全、発展の利益を断固として守る」。習主席は12月10日、北京を訪れた世界銀行、国際通貨基金(IMF)などの責任者との会見で米中関係に触れ、こう強調した。
習主席は「真の多国間主義」「平等で秩序のある世界多極化」「包括的で寛容な経済グローバル化」の重要性を強調。「デカップリングとチェーン切断」は他者を傷つけるだけでなく、自分のためにもならないと述べた。中国が自由貿易の守護者であるかのような主張だ。
また、中国共産党の指導部である政治局の会議(9日)と経済政策の基本方針を決める中央経済工作会議(11~12日)は「重点分野のリスクと外部の衝撃を防止、解消する」必要があるとの認識を示した。「リスク」は中国の指導者や当局者がよく使う言葉だが、最高レベルの会議で「外部の衝撃」が取り上げられるのは珍しい。
中央経済工作会議の公式発表によると、リスクを特に警戒すべき「重点分野」とは不動産と金融を指す。「外部の衝撃」が具体的に何なのかは言及がなかった。主にトランプ氏による貿易戦争を指すのだろう。会議で明言されたが、公式発表では伏せられたと思われる。
同工作会議では外部の衝撃に加え、「外部の圧力増大」「外部の挑戦」も指摘され、国内の団結が呼び掛けられた。危機感の高まりを感じさせる。
4本のレッドライン
一連の重要会議の開催前、習主席は11月16日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれたペルーの首都リマでバイデン米大統領と会談し、米中関係全体について論じた。中国外務省の発表によれば、習主席は「過去4年、中米関係は紆余(うよ)曲折があったものの、対話と協力も展開し、全体としては安定を実現した」と評価した上で、「台湾問題」「民主と人権」「道と制度」「発展の権利」が中国側の4本のレッドライン(越えてはならない一線)であり、「挑戦は許さない」と強く警告した。
バイデン大統領のこれまでの対中姿勢は評価しており、同大統領は近く退任するので、レッドライン列挙はトランプ氏に対する警告とみられる。
特に台湾問題については、米側に対し、「頼清徳(総統)と民進党当局の“台独”(台湾独立)の本性」をはっきり認識して、“台独”に明確に反対するよう要求したという。中国の指導者が外国要人との会談で台湾総統を名指しするのは異例。米側に強くくぎを刺す狙いがあるのだろう。
習主席は実際には頼総統の名前を口にしなかったという説もある。そうだとしても、公式発表に名前を入れたのは、やはり米台接近への懸念を強調するためと思われる。
「民主と人権」は「中国を非民主的とか人権侵害とか非難するな」、「道と制度」は「中国の特色ある社会主義の路線に文句を言うな」、「発展の権利」は「中国の経済発展を妨害するな」という意味と思われる。言い方も命令のようで、かなり挑戦的である。
危うい楽観論
中国側の言い分では、中国が一方的に外国からいじめられているように聞こえるが、実際には中国自身、外国に対する貿易制裁を乱発してきた。近年でも、東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を口実に日本の水産物輸入を禁止。コロナ禍の起源問題を巡って対立したオーストラリアに対しては、牛肉やワインなどの禁輸で報復した。
習主席は2020年、「国際産業チェーンの中国に対する依存関係を強め、外部の人為的供給遮断に対する強力な反撃・威嚇力を持つ」という戦略を打ち出し、それに基づいて、第14次5カ年計画(21~25年)に国内大循環主体論が盛り込まれた。さらに、その後、「極限思考を堅持し、大きな風浪、さらには驚くべき大波の重大な試練を受ける準備をする」「国内大循環の構築により、極端な状況下でも国民経済が正常に運営できるよう保証する」といった考えを明らかにしている。
つまり、中国に対する外国のデカップリングは許さないが、中国は外国に対するデカップリング能力を高めるというわけだ。
トランプ氏の再登場で、「極端な状況」が本当に出現する可能性が出てきた。習主席には先見の明があったと言えるだろう。
中国共産党機関紙・人民日報系の有力紙・環球時報の前編集長でオピニオンリーダーとして知られる胡錫進氏は12月15日、SNSを通じて発表した論評で「中米関係をワシントンの政治エリートが単独で設計したり定義したりすることはできない。中米関係の形成に関与する勢力はあまりに多く、利益はあまりに多元的だからだ」と指摘し、米国の対中デカップリング戦略はうまく行かないとの見方を示した。
ただ、対中強硬派がひしめくトランプ政権にそのような楽観論が当てはまるのか。また、高度経済成長期の中国ならまだしも、経済が失速して低迷が続く今の中国が超大国・米国とのデカップリング合戦に耐えられるのか。危うさがあることは否定できない。
対米以外では、王毅外相が17日の演説で、インドと日本を「地域大国」と位置付けた。習政権は日本を大国外交の対象から外していたので、「地域」の限定はあるものの、「大国」と形容するのは極めて異例。第2次トランプ政権の発足を控えて、米国以外の主要国の存在をより重視しているようだ。
ただ、言及の順番はインドが先。インドについては、モディ首相の名前を挙げて、その外交姿勢を評価したが、石破茂首相には触れなかった。また、中印間では国境係争地からの部隊移動など具体的行動が既にあるのに対し、中国の日本水産物禁輸は継続中。中国側の対日接近は今のところ、ほとんど「リップサービス」だけの段階にとどまっている。
(2024年12月19日)