◆『宮沢賢治 中島敦』池澤夏樹・著(河出書房新社/税抜き2900円)
2014年11月、池澤夏樹個人編集により刊行が開始された『日本文学全集』全30巻。当代人気作家による古典の新訳、石牟礼(いしむれ)道子を1巻立てするなど新機軸を打ち出した。今年第2期に突入、折り返し地点まで来た。
『宮沢賢治 中島敦』は、今でも広い読者を持ち、教科書採択率の高い作家の組み合わせ。それ自体目新しさはないが、帯に「東北、南洋、中国など、周縁から文学の核心に迫り、世界と人間の純粋な像を追求した」と、二人の共通性を示した時、なるほどと納得がいった。
「中心」が過剰になる時、山口昌男が言う「周縁」の重要性が明らかになる。ともに明治生まれの賢治と敦は、最初から「周縁」を自覚的に作品に取り込んで、独自の仕事を続けたことが、本書ではっきりわかる。
中島敦「環礁」は、パラオ諸島の濃密な自然描写の向こうに戦争の影がある。今日的作家として、二人は読まれるべきなのだ。
◆『無限の本棚』とみさわ昭仁・著(アスペクト/税抜き1480円)
「断捨離」ブームは続き、関連書は引きも切らない。ショールームのような空間で、持たないことを善とする人たち。しかし、すべての研究と文化は、集めることから始まったのである。
「ガタガタ言ってると集めるぞコノヤロウ!」と、胸のすく啖呵(たんか)を掲げるのが、とみさわ昭仁『無限の本棚』。本職はライターである著者は、東京・神保町で特殊古書店「マニタ書房」を営む。店内棚の分類が「愛国」「毛」「ご長寿」「水商売」等々というから、たしかに「特殊」だ。
本書は、切手、中古レコード、ドリフのグッズと、50年に及ぶ蒐集(しゆうしゆう)家人生とコレクションを振り返り、古本屋開業に至ったプロセスを語る。コレクターとは「他の誰も集めている者のいない、孤高の存在でありたいのだ」。ここで頷(うなず)いた方は、この本にハマるはず。
また著者は「日本一ブックオフに行く男」。その実践報告に費やした第五章が、ライターとしての実力を発揮し、読ませます。
◆『自由について』金子光晴・著(中公文庫/税抜き840円)
『自由について』は、1975年に没した詩人・金子光晴の随想を新編集で甦(よみがえ)らせたオリジナル文庫。「戦争に対しては、ビタ一文支払いたくないのが本心だった」と徹底して戦争非協力を貫いた。驚くべくは、召集令状の届いた息子を、松葉でいぶし、本を詰めたリュックサックを背負って走らせ、徴兵を免れるよう手だてを講じたこと。また、自分の町内の班では、防空演習をやめさせた。「日本人は国というものを信じすぎているんだよ」と金子は言う。まぶしいほどの反骨ぶりだ。
◆『ときめく化石図鑑』土屋香・文、土屋健・監修(山と溪谷社/税抜き1600円)
タイムマシンにでも乗らない限り、私たちは何億年もの過去を見ることはできない。しかし、化石は手で触れられる過去を、まざまざと現出する。土屋香・文、土屋健・監修の『ときめく化石図鑑』は、たしかにページをめくると「ときめく」世界が広がっている。アンモナイトは有名だが、その他、動物、昆虫、植物と、化石はじつに多種多様。恐竜の糞(ふん)の化石まである!「化石は過去と私たちとの架け橋なのです」と、著者が言う意味が、丁寧な編集から伝わってくる。カラー写真多数。
◆『いい子に育てると犯罪者になります』岡本茂樹・著(新潮新書/税抜き760円)
「いつも笑顔」で「我慢強い」「親の言うことをよく聞く」子どもに育てたい、と思う。しかし、『いい子に育てると犯罪者になります』と、ショッキングなタイトルは迷妄を打ち砕く。長年、刑務所での更生支援で受刑者と面接した岡本茂樹は、彼らの多くが「いい子」だったと知る。親の価値観の押しつけが、ストレスとなり、いずれ引き金となり爆発する。「いい子」とは、親にとって都合の「いい子」ではないか。酒井法子を例に取り、覚醒剤再犯者の陥る罠(わな)についても言及する。
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岡崎武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など
<サンデー毎日 2016年5月29日号より>