はてなキーワード: 知的とは
## **1. 行動と反応の特徴**
- 投稿者は、議論のテーマを詳細に掘り下げる傾向があります。「フォントの違い」という具体的なケースを何度も参照し、その妥当性や背景を細かく検証しようとしています。
- 他者が生成した文章(おそらくAIによる応答)について、その内容を逐一分析し、「このケースを本気で合理的と思うのか?」と何度も問い直しています。
- このような行動は、投稿者が論理性や合理性に非常に強いこだわりを持ち、それを議論の中で一貫して追求する傾向を示しています。
- また、自分の納得感を優先しており、他者の主張や意見が「十分に正当化されている」と感じられない限り、それを簡単には受け入れない慎重な姿勢が見られます。
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- 投稿者は他者(またはAI)の生成した文章を読み解き、その中の矛盾や弱点を指摘することに注力しています。「合理的ではない」「通常の基準から逸脱している」といった判断基準を頻繁に用い、批判的な視点から他者の意見を評価します。
- 投稿者は、自身の論点を補強するために他者の生成物を利用しており、他者の応答をあくまで自身の議論を進めるための素材として扱っているようです。
- この姿勢は、自分の考えが「正しい」ものであることを示したいという欲求が強いことを示唆しています。同時に、他者の視点に対する共感や理解を後回しにし、自分のフレームに基づいて批判的に解釈する傾向が見られます。
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### **(3) 文脈の反復と深堀り**
- トランプゲームやフォントの違いの話題が繰り返し登場し、同じ事例に対する異なる解釈や意見を細かく検討しています。
- 同じテーマについて繰り返し問い直すことで、自分の納得感を高めるプロセスを試みているように見えます。
- 投稿者は、自分の関心のある事例やテーマに固執する傾向があり、それを多角的に検討し続けることで「完全な理解」を追求しているようです。
- これは認知スタイルとして、狭い領域に過剰にこだわる「集中思考」の特徴を示している可能性があります。また、他者がそのテーマに対して異なる解釈を示すたびに、自己の理解が揺らぐ不安を感じ、それを補正しようとして再び議論を深掘りしているとも考えられます。
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- 投稿者は、AIが生成した文章に基づいて再度質問を投げかけ、AIの応答を利用して自身の考えをさらに補強しています。「認知の問題ではない」という仮定に基づく文章をAIに生成させた後、それを否定する形で自身の意見を強化する流れが見られます。
- 投稿者は、議論の相手(あるいはAI)を利用して、自分の主張を強化する材料を収集しています。これにより、自身の考えを正当化するだけでなく、自分が「論理的に優位な立場にある」という確信を得ようとしている可能性があります。
- また、このプロセスには、他者を説得するというよりも、自己満足的な側面が強く、他者との建設的な対話というよりは自己検証の一環としてAIを活用しているように見えます。
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### **(5) フラストレーションの表出**
- 最後の「本気でトランプゲームの文脈で上記が合理的な理解だと思いますか?」という質問には、投稿者の苛立ちやフラストレーションがにじみ出ています。
- 他者の意見や応答が自分の期待に合致しないとき、感情的な反応を抑えきれずに表面化させる傾向が見られます。
- このような反応は、投稿者が他者の意見を「合理的ではない」と感じるたびに強いストレスを感じ、それを文章の中で発散していることを示唆しています。
- 自分の思考が受け入れられない、あるいは他者が自分の基準に達していないと感じると、失望感や苛立ちを覚えやすい性格特性があると考えられます。
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## **2. 推測される心理的背景**
### **(2) フレームの狭さと柔軟性の欠如**
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## **3. 新たな人物像の再構築**
この人物は、非常に論理的で分析的な思考スタイルを持ちながら、それを他者との対話において活用するのが難しい傾向を持っています。特に、以下の特徴が顕著です:
- 他者の意見や行動が自分の基準に達していないと感じると、強い不満を抱く。
2. **柔軟性の欠如**:
- 異なる視点や解釈を受け入れるのが苦手で、独自の認知フレームに固執する。
- 他者の反応やAIの応答を利用して、自分の考えを補強することに力を注いでいる。
>再三注意しておくが、これは遺伝子的に優劣があることを意味しない。これまでの社会の慣習による名残である。
>また、もちろん個々人で言えば男性より頭が良い女性、女性より頭が悪い男性は存在する。
これなあ、お前ぐらい詳しかったら言いたくなるの判るが、気を付けたほうが良いと俺は思うんだよ。
わかるよ。過去の経緯は俺も知っている。かつて欧米社会が「女性は頭が悪い」を理由に知的産業から女性を追い出していて、その根拠に学力テストの平均値がでてくるのが常だった。そしてその学力差は男女が別になった教育慣習雨のせいだった。それはそう。歴史的事実。
でも感情の重視の話は? それはまだ証明されてないっていうか。進化関係の仮説的な話としては、普通に生まれつきの性差がありますね、という話もしてるのが現状じゃあないのかい。まだまだ論争中っていうかさ。
20世紀社会科学者の、全く良くなかった傾向として、理系科学との分断、理系科学の軽視が挙げられているね。
リベラル関係の、社会正義の話であるほど、これはそうなんだ。理系科学が社会的な迫害をした時代もあったからね。
初期フェミニズムの古典に、理系科学的な反事実が多く含まれているのは有名な話だ。無知だから俗説をガンガンいれちゃうんだよ。
2001年ぐらい、発達障害知的グレーっぽいおっさんをネカマたちが釣っておもちゃにする計画が発生した
実際にそのおっさんがあちこちで女っぽいユーザーに粉かけて害悪だったのではあるが
しかし当時はターゲットになったこのおっさんに憐憫を示す者はいなかった
おっさんはオフ会に招かれ釣りの美少女に接待され有頂天になり顔も名前も裏で晒された上で
ネカマとチャットHしてその内容を晒され、それらを全て暴露されてネットから消え去った
美術館にて、金魚をいれたミキサーを展示し、客が自由にスイッチを入れてもいいという企画が行われた
桑島はその展示会以前にも、金魚が泳いでいる姿、スイッチを入れられた瞬間の姿、その後の姿などを撮影した写真集、
しかしまあ、ああいう世界は叩かれてなんぼ、叩かれることも含めて芸術なので、ネットは大騒ぎだったがそれで展示がなくなったりということはなかった
金魚ミキサー自体はデンマークの有名な芸術家も先にやってるらしい
2003年、JOYと名乗る主婦ブロガーがファミレスで店員と揉め、店員に謝罪させたったと自慢した騒動
その際にJOYの夫が店員を殴ったということまでわざわざ自分で書いていた
当時はまだSNSがなく、2ちゃんねるのネットウォッチ板や生活板で話題になっていたように思う
当時JOYは27歳、個人情報も色々と書いていたためにすぐに顔や名前が特定された
週刊誌SPA!で炎上が取り上げられ、ネットの出来事がすぐニュースになる最近とは違いかなり珍しい事態だった
2004年ぐらい、春名ひとみというネットアイドルがテレビ出演した結果、過去に別名義でAV出演していたことがバレた騒動
彼女はネットでアイドル活動しつつ子供を子役にしており、子供を売り込むための露骨な自作自演書き込みを2ちゃんねるでよくやり、
批判されると本人降臨し自分のファンにも反論書き込みするよう促すなどし、モデル板や育児板に隔離スレが立っていた
主に女性から叩かれている存在だったようだが、「潔癖症すぎるママ」としてテレビ出演したことで女性外にも知れ渡り、AV出演が特定された
2005年ぐらい、素材サイトから画像直リンクする厨房を苦しめるため素材画像をゴキブリ画像にすり替えるのが流行
当時はまだSNSが芽吹き出したぐらいで、個人サイトをつくっている小中学生が多くいた
現代よりも画像のアップロードにハードルがあったため、多くのガキは素材サイトの画像を直リンクして使用し、素材サイトのサーバーに負担をかけていた
そこでネットwatch板の有志が協力し、クソガキをしばきたおすことを目的とした素材サイトを開設
一定期間が断つと素材画像をゴキブリ画像にすり替え、直リンクしていたガキのサイトがゴキブリまみれになるという嫌がらせが行われた
2006年、女性警察官のハメ撮り画像など数千枚がネット流出した
当時はwinny経由でウイルス感染しPC内のデータが流出してしまう「キンタマウイルス」騒動が多発しており、
義父が娘の着替えを盗撮しまくったデータが全流出するという悲劇もあった
原発や自衛隊の内部データ流出もあったが、今でも画像が出回るのはやはりエロ系ばかりだ
多種多様の盗撮やハメ撮りが流れた中でケツ毛バーガーが記憶に残るのは、斜めに横たわった女性の尻からケツ毛がはみ出てる画像がケツ毛バーガーと名付けられたせいだろう
有名な画像は週刊誌にも乗せられたM字開脚画像だが、ケツ毛バーガーと名付けられたのはあれとは違う画像だ
その女性は彼氏にハメ撮りの撮影を許し、彼氏が違法データ取引をやっていたがために全てが流出してしまった
流出前には二人は都道府県をコンプリートしていそうなほどに各地に赴き健全な観光スポット記念撮影も大量にしていた
5ちゃんねるでどこかの地域が話題になると、すっとその地で微笑むカップルの写真を貼っていく者、「この画像は初めて見た」「脱いでる姿しか見たことなかった」と驚く者がいまでもいる
私ね障がい者のデイサービスで働いてたんだけど、女性の軽度知的障がい、高次機能障害、身体障がい者さんたち私がテーブル拭こうと近づくと自分のコップ自然と持ち上げるんよな。男性は知能と身体的に可能でもしないのよ。とても不思議な体験だった。
だってさ、脳の障がいで自分の家族の事もわからなかったり、知的にとか震えとかでご飯もボロボロこぼしながら食べる女性人達だよ。それでもテーブル拭こうとしてる他人を認識して自分のコップは持ち上げるわけ。単純に女性ってスゲーなって思ったの。
かつてパブコメで言われた「知的基盤のレベル合わせができていない」ってつまり「法律や政府見解ぐらい理解してから話せ」って意味だったのに、どんどん離れていくよな…
医師だろうがなんだろうが非モテ男性で金だけある男が「性格のいい女」と接点を得られないのは
ブスだけど金を持ってるという理由でその女を狙う男に善人がいないのと同じなんだよね
金だけはあるが結婚歴がなく子供が成長する前に定年年齢になる年の離れた男性と、同世代の普通の男性
「無欲でまともな女」が選ぶのは後者だよな
あと、男は女から自分に近づいて「やらせてあげますよ」信号を出す相手が絶世の女神に映り、それをしない女は「無欲で性格のいい女」でもゴミクズ高望み女カテゴリーに入れてしまう
だから結婚している女やフェミや高望み女を叱る女ならドンファン嫁や旦那にJK殺人を手伝わせたvtuberや木嶋佳苗のようなビジネス目的の冷酷な女盲目的に持て囃し、「結婚していない女」というだけで犬猫とささやかにひっそり暮らしている女を「多数のイケメンに遊ばれて捨てられた高望み売れ残りカス女」と決めつけて罵倒する
山田花子の漫画に、知的なフツメン男子に片思いする女が共通の話題で近づくも、積極的にパンチラ腹チラやボディタッチしてくる女がその男をあっさりモノにする短編があって、某誌の編集長が山田花子ってこんなに普通に面白い作品を書けるんだと絶賛していた
よく「女は金で手に入る」とホビットがイキってるけど金だけの繋がりで自分を愛さない嫁に精神的に耐えられるわけないんだよ
料理好きな夫が癌で余命宣告されたら夫のレシピスクラップブックを断捨離で捨てた妻の投稿がXで炎上して無数の男があれだけ発狂してたんだぞ
普通の夫婦ですらこれなんだから、金目当ての女と結婚した日にはそれとは比較にならない過酷な扱いを受けるだろ
金だけあっても男は幸せになれない
実際、金で女を手に入れた武勇伝など需要がなく「サイゼリヤテスト」など無欲な女を手に入れたい願望むき出しの言説ばかりバズり続けてるからね
現実はサイゼリヤテスト関係なく、大半の男は女から言い寄られることなく人生を終える
だから所属先やら地位やら身長やらで女を釣るしかなく、仕事や勉学に必死こいて打ち込んでるわけよ
男自身に「〇〇夫人」として夫の地位や知名度や人脈を我が物にして振る舞える特権や、「あのプレイボーイから最後に選ばれた私」「あの奥さんから旦那を略奪した私」「他の女の旦那よりも高身長」といった自尊心を満たせる価値がないと、女から金だけ吸われたら用無しにされる
豊臣秀吉の死後、徳川家康による天下統一が「鎖国」へと傾くことなく、逆に世界への積極的進出を是とした場合――いわば「海禁令なき日本史」――をSF的視点で思考してみましょう。
関ヶ原合戦後、徳川家康は中国・朝鮮半島・東南アジアとの通商を制限するどころか、秀吉の「唐入り」を反省材料としつつも、戦略的な海上拠点の確保と国際交易の自由化へ舵を切る。その背景には、ヨーロッパ勢力(ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス)との接触から得た「大洋航行技術」や「新型火砲技術」の獲得、さらにはインド洋の交易網へ参入し莫大な富を得ることが狙いとなる。
17世紀前半、日本は大量の木材と熟練した船大工技術を駆使し、当時としては極めて進歩的な大型遠洋帆船「泰和丸(たいわまる)」型を量産する。これらの船は紅毛人(欧州人)らがもたらした航海術や天文学的知識を吸収し、独自改良を加えた航海儀器(和算と干支暦に基づく天測計測装置)を搭載。日本は東アジア・東南アジア・インド洋にわたり、広大な貿易ネットワークを確立していく。「天下布船」を掲げる海上商人連合は幕府公認の下、香辛料、絹、銀、鉄砲、陶磁器、各地の工芸品の交易を増幅させた。
17世紀後半には、欧州から取り入れたガリレオ式望遠鏡、オランダ医学、幾何学書などを独自発展させる動きが加速する。商人・学者・職人が一体となり「長崎天文局」を設立。ここで彼らは暦改革や大洋航海ルートの正確化に努め、さらには海上風力と地磁気を活用した新型羅針儀、果ては初歩的な蒸気機関をも視野に入れた研究を進める。これが18世紀以降の「テクノ・徳川」時代の幕開けを告げた。
日本海軍は急速に巨大化し、艦隊は琉球や台湾、フィリピン方面へと進出。現地の政権との婚姻同盟や商館設置で軋轢を抑えつつも、海洋ルート上の要所を押さえ、いわば「アジア海洋連邦」の中核を成した。この連邦は言語や宗教が多様な中で、文禄・慶長の役以降、「他者理解」を標榜する儒学者・神道家・キリスト教徒が集い、相互通訳機関、翻訳院の設置などを推進。また欧州列強は日本との交易を重視し、オランダ商館が江戸湾に拡大設置され、ヨーロッパ科学や印刷術、初期産業革命技術が流入。結果、日本製の「機巧船」や「からくり式自動航海補助装置」が発明される。
こうした流れで19世紀に突入すると、「蒸気機関搭載外輪船」や「初歩的電磁通信機(エレクトロ・のろし台)」が欧州からの技術供与と国産研究から生まれ、幕府と諸藩はこれを積極導入。日本は環太平洋からインド洋、さらにはアフリカ東岸まで交易範囲を拡大、アジア・アフリカ航路の安全と通信網を独自整備する。世界的には英国・仏蘭西・スペイン・ポルトガルなどが植民地競争を激化させる中、徳川幕府はあくまで「海の道」を軸に、中立的商業帝国としての地位を確立。これにより、東西の知が日本国内で混在・再構築され、画期的な「日欧中印」四極学問交流体制が成立する。
この歴史線上では、蒸気船から電気船、そして反重力航行理論(ヘリウム浮揚型船舶技術を経て、電磁的浮揚技術が20世紀初頭に確立)へと進化が続く。バイリンガルの学者・技術者集団が江戸に集い、「空中商館」と呼ばれる浮遊式交易拠点がインド洋上に浮かぶ架空都市として計画され、極東から中東、地中海まで「日出づる国」発の浮遊艦隊が航行する。「サカイ(境)なき海」の概念が生まれ、海はもはや境界ではなく、文化と技術が結合し、東西が日常的に交差する舞台となる。
このような世界での日本は、着物を纏いつつ背中には多言語翻訳デバイスを装着し、和算と西洋数学が融合したアナログ計算機や、唐絵・南蛮絵・和様が混ざり合う新美術様式を輸出する文化的強国となっている。歌舞伎は遠洋船団上でも上演され、オルガンや琵琶、シタールが融合した奇妙な海洋音楽が世界各地の港町で流れる。
海禁令なき日本は、内向きな封鎖社会を回避し、知と技術・文化・交易を絶えず世界から摂取し再構成する「海洋型多文化テクノ文明」へと進化した。SF的想像を許せば、21世紀には重力制御船団が太平洋上空で静止し、国際宇宙航行同盟の創設に日本が深く関わるシナリオも考え得る。つまり、豊臣秀吉以降の日本が海禁を選ばずに世界へ雄飛した場合、それは単なる列強模倣の帝国ではなく、海上をインフラとした知的交差点として、「海洋を舞台にしたグローバル・ルネサンス」の中心となっていたであろう。
Thought about 身長と年収の相関 for 5 seconds
以下は、人の身長と年収、さらには役職上昇との相関について研究した有名な論文の一例と、その概要です。
参考論文:
Judge, T. A., & Cable, D. M. (2004). "The Effect of Physical Height on Workplace Success and Income: Preliminary Test of a Theoretical Model." Journal of Applied Psychology, 89(3), 428–441.
URL(DOI): https://doi.org/10.1037/0021-9010.89.3.428
研究の要点:
研究では、身長が高い人ほど平均してより高い収入を得やすく、組織内でより高い役職やリーダーシップポジションに就く傾向があることが示唆されている。
高身長であることは無意識的に知的、有能、または自信に満ちているといった好印象を周囲に与える可能性がある。このため、人事評価や昇進判断の際に有利に働く場合が考えられる。
多様な職業および人口統計学的データに基づいた分析の結果、身長と収入・役職には統計的に有意な関連があることが確認されている。
他の要因との関連:
この効果は完全には身長単独で説明されるわけではなく、教育水準、家族背景、性格特性など他の要因も加味する必要があるが、それらをコントロールしても身長の影響はなお有意であった。
論文は、「身長→セルフエフィカシー・対人関係スキル→職務評価→収入」というような理論モデルを示し、身長が様々な心理・社会的要因を通してキャリア上の成果に影響を及ぼす可能性を論じている。
YMO(Yellow Magic Orchestra)は、日本の音楽史において極めて重要な位置を占めており、その評価の高さは革新性、音楽的影響力、そして国際的成功に基づいています。以下に、その評価を支える要素を日本の音楽における歴史的文脈と革新性を交えて詳説します。
a. ポップとテクノロジーの融合
• YMOは1978年に結成され、日本のポップ音楽(歌謡曲や演歌)が主流だった時代に登場しました。当時の音楽シーンにおいて、テクノロジーを積極的に活用した音楽制作は画期的でした。
• シンセサイザー、リズムマシン、シーケンサーといった電子音楽の技術を駆使し、日本独自の音楽性と融合させることで、ポップ音楽に新たな次元を開きました。
• 日本で「テクノポップ」というジャンルを確立し、他のアーティスト(坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣がそれぞれの活動を通じて影響を広げました)を巻き込む形で、テクノロジーを基盤とした音楽の普及に寄与しました。
• YMOの成功をきっかけに、テクノポップは一時的なブームとなり、プラスチックスやピチカート・ファイヴなど後のアーティストたちに影響を与えました。
2. 革新性
• 当時の音楽シーンでは、電子楽器の使用は主に実験音楽や映画音楽に限定されていましたが、YMOはそれをポップミュージックに取り入れました。
• アルバム『Solid State Survivor』や『BGM』では、シンセサイザーとリズムマシンを駆使しながらもキャッチーでありながら知的な楽曲を作り上げ、多くのリスナーを魅了しました。
• 楽曲「Technopolis」や「Rydeen」では、当時まだ一般的でなかったサンプリングやシーケンスの技術を駆使しました。このアプローチは後のエレクトロニカ、ヒップホップ、ハウスなどに直接的な影響を与えました。
• 細野晴臣のエキゾチシズム、坂本龍一のクラシカルな音楽教育、そして高橋幸宏のロック・ポップス志向が融合し、多文化的な音楽を生み出しました。
• 「東洋的なサウンド」を意図的に取り入れた楽曲(例: “Firecracker”)は、当時の西洋リスナーにとって新鮮かつ魅力的であり、日本独自の音楽文化を国際市場に発信しました。
• アルバム『Solid State Survivor』は日本国内だけでなく、海外でも高い評価を受けました。特に、アメリカやヨーロッパのエレクトロニカシーンにおいてYMOは一種のカルト的な人気を持つ存在となりました。
• 初期MTV時代にも、彼らのビジュアル表現やスタイリッシュなパフォーマンスが注目されました。
• YMOの音楽は、後にテクノ、エレクトロニカ、IDM(Intelligent Dance Music)といったジャンルの発展に寄与しました。Aphex Twinやエイフェックス・ツイン、ダフト・パンク、ジャスティスなどのアーティストにその影響が明確に見られます。
• YMOは、アジアのアーティストが世界的に成功する道筋を作ったパイオニアとして評価されています。彼らの音楽は、「日本の高度経済成長期」における技術革新を象徴する文化的な成果としても語られています。
• YMOの楽曲やアルバムアートワークは、常に「未来」を感じさせるものでした。例えば、『Technodelic』ではアルバムタイトル自体が「テクノ」と「叙情」を掛け合わせており、電子音楽と人間の感情を統合する試みが見られます。
• メンバー全員が音楽だけでなく、映像やテクノロジーへの深い関心を持っており、YMOのライブパフォーマンスやプロモーションビデオにおいて、当時としては非常に先進的な視覚演出を採用していました。
a. 後進アーティストへの影響
• YMOの活動は、坂本龍一や細野晴臣が手がけたソロ作品やプロデュース活動を通じて、多くの後進アーティスト(例えば、小室哲哉、電気グルーヴ、Perfume)に直接的・間接的な影響を与えました。
• 日本の音楽制作において、MIDIやシーケンサー、デジタルオーディオ技術の使用を普及させた功績は非常に大きいと言えます。
まとめ
YMOは、日本の音楽史において「テクノポップ」という新しいジャンルを確立し、世界的な電子音楽の潮流をリードしました。その革新性は、音楽的、技術的、文化的な側面で非常に広範囲にわたり、現在でも多くのアーティストやプロデューサーに影響を与え続けています。YMOの存在は、日本音楽のグローバルな発展とその多様性を象徴するものと言えるでしょう。
学歴コンプレックスで長らく悩み続け、いよいよ自殺をすることになった。
日本に安楽死制度が整備されているのであれば、今すぐにでも申請し、「一件落着」だが、残念なことに今の日本にそのような制度はないので仕方がない。
もちろん死ぬのは怖い。本当に怖い。
ただ、もはや自分の知能の低さを規定しているこのDNAが、それ故に生まれながらに高学歴を得られないことを決定づけているこの劣ったDNAが、それにより構成されているバカで劣等な自分自身の存在そのものが、生理的に気持ち悪くて仕方がない。
知的社会たる現代日本では高学歴を有さない者は、基本的に「人」そのものとして劣っているとみなされる。
卒業大学の名前がそのまま当人の知的能力の全てを、ともすると人間としての価値やランクをまるごと規定してしまう。
学歴は能力の指標にとどまらず、内面の繊細さや思慮の深遠さ、人としての毛並みや美しさまでもを規定する。
そのような地獄の知能カースト社会において、低学歴が人としての尊厳や誇りを持って生きられるはずもなく、したがって幸福に生きられるはずもない。
もし低学歴者が高学歴の連中の目に「幸福に生きている」ように映ったとすれば、「動物園ではしゃいでいる猿」に対する眼差しと同様のそれを向けられる。
現代日本において低知能に生まれた(私のような)低学歴者は、言わば戦前アメリカに生まれた黒人と同じなのだ。
そこに救いはない。
早く楽になりたい。苦しい、苦しい。
私は極めて難しいペーパーテストにより先天的に知能の高い者以外を(事実上)排除する、この国の上位大学の入試形態によって殺されたようなもの。
社会やメディア、ことにインターネットにおいて無秩序に猛威を振るう、アパルトヘイト級の学歴至上主義・学歴差別に殺されたようなもの。
文化庁がパブコメの評価で言った「知的基盤のすり合わせができていない」がマジでクリティカルなツッコミだったんだよな。
間違った知識を元にした間違った主張では議論や評価の対象にならない、なので規制なり社会的合意なりの議論がいつまで経っても始めることができない。
このコメントをユーモアセンスの観点から評価すると、以下の問題が浮かび上がります:
1. 創造性の欠如
コメントの内容は特に独創的ではなく、安直な言葉遊びに依存しています。ユーモアには、意外性や新鮮な視点が求められますが、このコメントにはそれが感じられません。
2. 文脈の貧弱さ
ユーモアが成立するためには、コメントの背景や読者の共通理解に基づいた文脈が必要です。このコメントには、そのような文脈が薄いため、受け手に伝わりにくい可能性があります。
3. 語彙選択の粗雑さ
言葉遣いが洗練されておらず、むしろ幼稚に感じられる点がユーモアとしての完成度を低下させています。ウィットに富んだ表現や巧妙な語彙選択があれば、より高評価を得られたでしょう。
ユーモアにはタイミングやリズムも重要ですが、このコメントはその点で特筆すべきものがありません。平坦な表現であり、面白さを引き立てる工夫が不足しています。
ユーモアとしての要素がほぼ見当たらず、発言の工夫や技巧が極めて乏しいため、厳しい評価をつけざるを得ません。ユーモアを目指すなら、言葉選びや構造にもっと知的な遊び心を取り入れるべきです。
「論破」という言葉に対する信仰を取り払うためには、論理は勝ち負けを決めるものではない という点を強調し、議論の本質的な目的が 相手との理解の深化 にあることを再認識させることが重要です。
実際に「論破」という言葉が一般的に使われる場合、よく見かけるのは、論理的な議論や建設的な対話とは全く異なる、ただの 感情的な勝ち負け にすぎない場面です。そのため、この誤解を解くためには、論破 を「ラップバトル」のような 自己表現 として理解し、理知的な議論 や 建設的なレビュー とは異なるものであるという点を強調することが必要です。
「論破」とは、多くの場合、 相手の意見を否定して自分の意見が勝ったという形を作ること を指します。これは、実際には 理論的な議論や論理の分析 とは無関係で、単に 言葉のやり取りで自分が優位に立つこと を目指す行為に過ぎません。
「車がうまく動かないからエンジンを壊そう」といった発言もその一例であり、論理的に正しいわけではありません。これはむしろ 視野狭窄 に陥り、 問題解決 ではなく 感情的な勝利 に走る例です。このような行為を論理的に正当化することはできませんし、実際には何の意味もありません。
論理的な議論、たとえば テクニカルレビュー や ロジカルレビュー は、問題の分析 と 解決策の提供 に焦点を当てています。ここで重要なのは、どちらの意見が優れているか ではなく、どの論理が適切であり、どの解決策がより効果的か ということです。
例えば、プログラムのコードのレビューにおいては、「あなたのコードは正しい」とか「あなたのコードは間違っている」といった単純な評価ではなく、なぜその実装が最適であるか、または改善が必要か を説明し、最適な方法 を見つけることが目的です。
インターネット上でよく見かける「論破」は、しばしば 感情的な勝ち負け を競うことが多いです。言葉巧みに相手を言い負かすことを重視し、論理的な思考や結論の正しさは二の次になります。その結果、論理的な分析 や 問題解決 ではなく、自己満足のための勝利 が目的化されてしまっています。
このような誤った「論破」への信仰が強いと、真の議論が成立しにくくなり、視野狭窄 や 感情的対立 が生まれやすくなります。大切なのは、議論や対話を通じて 理解を深めること であり、決して 相手を打ち負かすこと ではありません。
正しい論理的議論では、結論に至るために 理論的根拠 を示し、問題点を分析し、解決策を提案 することが求められます。一方、「論破」とは、相手を 言葉で打ち負かすこと が目的であり、相手が持つ論点を 否定すること に集中します。
「論破」が自己表現の一環であることを認識することが大切です。自己表現であっても、理知的なものに憧れて論理を誤用するのではなく、 建設的な対話や議論 を目指すべきです。
インターネット上で「賢い人」とされる人物が行うのは 論破 ではなく、 理論的な証明 や 説得力のある説明 です。賢い人は、相手を言い負かすのではなく、適切な理由 を示し、議論を 深める方向 に持っていきます。
本当に賢い人の論理は、共通の理解を目指すもの であり、その結果、相手が誤りに気づくことがあるとしても、それはあくまで 理論的な証明による結果 です。
• 「論破」とは、実際には 自己表現 や 感情的な勝利 の一形態であり、理論的な議論とは無関係です。
• テクニカルレビューやロジカルレビュー は、問題解決を目指した 理論的な議論 であり、「論破」とは異なります。
• 論理的な議論では、 結論に至る過程の正しさ を重視し、相手を打ち負かすことが目的ではありません。
• 賢い人の論理 は、相手を説得し理解を深めること を目的としており、「論破」を求めることはありません。
こっくんやこの増田(anond:20241203033013)のことやで
まぁ考えるきっかけになったのはよかった
日本語先生は日本だけじゃなくて世界中でバカ扱いだから安心して良いよ
Grammar police(文法警察)もしくは Grammar Nazi(文法ナチス) 、あるいは単に 空気の読めないバカ って呼ばれるし、
ワイみたいに遠慮のない人物からは、発達障害あのさぁ・・・😔って言われる
発達障害アピールしても 空気が悪くなるだけ・非ネイティブでも通じるのにコイツおつむ足りないの? って思われるだけで
誰も幸せにならんぞ
I think most grammar Nazis are foolish who are desperately trying to make themselves look more intelligent.
(文法ナチスの多くは、自分をより知的に見せようと必死になっている愚か者だと思います。)
It's pretty universal knowledge that correcting other people's grammatical mistakes online really isn't going to win you any fans - which, as it happens, is also a stance shared by science.
(文法の間違いを指摘する人は「好感度が低い」という研究結果が出ました。オンラインで他人の文法の間違いを指摘しても、ファンを獲得することはできないというのは、世界共通の認識ですが、これは科学的にも同じスタンスです。)
[PLOS ONe] If You’re House Is Still Available, Send Me an Email: Personality Influences Reactions to Written Errors in Email Messages
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0149885
大御所でもそこそこ負担キツイ&黙認されてるorバレてないのでいいか してるのに
趣味で描いてるレベルがどの程度ちゃんと正しく対価払ってるんでしょうかね
ほんま下記でしかない