2008年に起こったリーマンショックは、世界経済に大きな打撃を与えました。
大手投資銀行のリーマン・ブラザーズがいきなり倒産し、金融市場は大混乱に陥ります。リーマンショックの原因となったのは、低所得者が住宅を購入するための借入であるサブプライム・ローンの焦げ付きにあります。本来、収入が少なく住宅ローンを組むことができない層にまで貸し出していたものですから、彼らが返済不能となった時、債権回収が不可能となり大損害を被ったのです。
日本人の感覚だと、サブプライム・ローンで損害を被るのは、低所得者にお金を貸し出していた一部の銀行だけのはずだと考えるでしょう。それが、どうして世界中を大パニックに陥らせたのか。
その背景には、証券化がありました。
欲望に焦点を当てると本質が見えてこない
2024年からNISA(少額投資非課税制度)が新しくなり、たくさんの人が投資を始めました。日本政府も、「貯蓄から投資へ」をキャッチフレーズにして、財産を増やすため、国民にNISAを活用することを呼びかけています。
以前から投資をしている人も、新NISAが始まってから投資を始めた人も、また、これから投資を始めようと思っている人も、国際金融研究家で著述家の中尾茂夫さんの著書『世界マネーの内幕』は、必ず読んでおかなければなりません。特にNISAを利用する人は、投資信託を買うことが主となるでしょうから、証券化がどういうことなのか、理解しておく必要があります。
さて、住宅ローンは、安定収入があり、毎月一定額をローンの返済に充てられる人だけが利用できるものであるというのが日本人の一般的なイメージだと思います。だから、返済が難しい人が住宅ローンを組むことはできず、低所得者が大金を借りるのは不可能だと考えます。
それなのに低所得者にまで貸し出すのは、米国の金融機関が高い利率で契約をし、暴利をむさぼろうとしていたからだと考えると循環論に陥ります。行動分析学では、人の内面に原因があるとする医学モデルでは個人攻撃の罠にはまるだけで何の解決にもならないとします。
「米国の金融機関が低所得者層に高い利率で貸し出すのはなぜ?」
「それは、欲望を抑えきれなくなったからだよ」
「欲望を抑えきれなくなるとどうなるの?」
「低所得者層に高い利率でお金を貸し出すんだよ」
まさに循環論に陥っています。サブプライム・ローンのどこに問題があったのかを知ろうとすると、米国の金融がどのような仕組みになっていたのかを理解しなければなりません。
不動産を担保とし不良債権化を防ぐ
銀行が、住宅を購入する目的で個人に貸し出す際、安定的に高い収入を得ている人には低い利率を適用します。これをプライム・ローンといいます。対して、収入が少なく返済不能になる危険がある人には、高い利率を適用して貸し出しを行います。これがサブプライム・ローンです。
銀行は、お金を貸し出した個人が購入した不動産に担保を設定し、もしも、債務者が返済不能になった時にはその不動産を売却して貸出金の返済に充てます。日本の銀行も、このようにして貸し出しているので、ここまでは理解できると思います。
貸出金を売却する
銀行は、債務者が毎月一定額を必ず返済してくれれば損をしませんが、サブプライム・ローンを組んだ債務者は、いつ返済不能になるかわかりません。プライム・ローンの場合でも、会社の倒産などで返済不能となることもあります。そして、担保を設定した不動産を売却しても、貸出金全額の回収ができるかはわかりません。
そこで、銀行は、貸出金をまとめて証券化し、A機関投資家に売却することを考えます。そうすることで、銀行は、返済不能により損をする危険性はなくなります。その危険は全てA機関投資家に移ったからです。
一方、A機関投資家も、銀行から買い取った貸出金に他の自動車ローンなどを組み合わせて証券を再組成し、個人投資家やその他の機関投資家に売却します。まじめに働く若者が家を持ち、幸せな家庭を築くことを支援できる証券だとか何とか宣伝して、「若者を応援!夢ある未来」なんて商品名の投資信託にすれば、買ってもらえるでしょう。
もちろん、A機関投資家も慈善事業ではないので、しっかり利益を出すこと、損失を回避することを考えて証券を再組成しているのは言うまでもありません。
破綻保険を購入して証券の損失を回避
「若者を応援!夢ある未来」証券を購入した機関投資家の中には、もしも、貸出金の回収が不能となった場合に備えて保険会社から破綻保険を購入していたところもありました。
自然災害などで債務者が被災すると不良債権化してしまいますから、慎重な機関投資家なら破綻保険に加入していてもおかしくないですね。
サブプライム・ローンを組んだ債務者が破綻
このような状況の中、サブプライム・ローンを組んだ多くの債務者が破綻し始めました。
債務者は担保が実行されたことで家を失い、破綻保険に加入していなかった個人投資家も「若者を応援!夢ある未来」証券が紙くずとなって大損します。最初に破綻したのが米国の投資銀行のリーマン・ブラザーズで、その後、連鎖的に次々と金融機関が破綻していきました。
その影響は、米国内だけでなく、ヨーロッパの金融市場にも打撃を与え、日本もその影響を受けています。
しかし、すべての金融機関が打撃を受けたわけではありません。住宅ローンを証券化して売却した銀行は損失を負いませんし、証券を再組成して売却したA機関投資家も損失なしです。また、A機関投資家から証券を購入した投資家のうち、破綻保険を買っていた投資家も損をしていません。
損をしなかった金融機関や投資家は、万が一に備えていたから損をしなかったと思われますが、実際はそうではないようです。
サブプライム・ローンが破綻することを知っていた
銀行が、プライム・ローンもサブプライム・ローンも証券化してA機関投資家に売却し、さらにA機関投資家は証券を再組成して他の投資家に売却しています。
この再組成された証券は、購入者からはどのような金融商品が組み込まれているのかわかりません。「若者を応援!夢ある未来」なんて商品名だけでは、サブプライム・ローンが組み込まれているかどうかなんて知りようがないですね。
一方、貸出金を売却した銀行は、A機関投資家が売っていた「若者を応援!夢ある未来」証券にサブプライム・ローンが組み込まれていることを知っています。当然、「若者を応援!夢ある未来」証券を販売しているA機関投資家もサブプライム・ローンを組み込んだ金融商品であることはわかっています。
しかし、それを知っていたからと言って、サブプライム・ローンが焦げ付く時期を予測することはできないはずです。
ところが、サブプライム・ローンは、ティーザー金利という初年度のみ低金利となる契約になっており、ティーザー金利期間が過ぎると高い利率が適用されるようになっています。このティーザー金利期間が過ぎる頃を見計らって、A金融機関は、先物取引やオプション取引といったデリバティブ(金融派生商品)、信用取引を利用し、「若者を応援!夢ある未来」証券の時価が下落する方に賭けていたのです。
自分が売った証券が暴落すると大儲けできるというのですから、詐欺のようなやり口です。
また、銀行も、本来、プライム・ローンで借り入れが可能な顧客に対して、「あなたの収入では、サブプライム・ローンしか利用できません」と言って高い金利を支払わせていたともいいます。そして、その他の機関投資家も、「若者を応援!夢ある未来」証券が暴落することを最初から知っていて破綻保険を購入していたようです。
ちなみに日本でも、ティーザー金利と似た仕組みのゆとりローンという住宅ローンがありました。ゆとりローンは、最初の数年間は、返済額を低く抑え、その後の期間の返済額を増やすといった住宅ローンです。当初は楽に返済できていたのに徐々に返済がきつくなり、やがて住宅ローンを返済できず破綻する人が出てきたことから社会問題化しました。
リーマンショックは、闇金が法外な利率でお金を貸し暴利をむさぼっていたのが破綻したというのとは異なります。金融工学が発展していた米国の金融市場では、サブプライム・ローンのリスク・ヘッジの手段がたくさん用意されており、それを多数の金融機関が利用していたけどもヘッジしきれなかったところからリーマンショックが発生したのでしょう。
今、この記事を読んでいるあなた。オルカン(オール・カントリー=全世界株式)なら安全だと思って、投資信託を買ってませんか?
もしかしたら、その投資信託にはサブプライム・ローンのような危険な商品が組み込まれているかもしれませんよ。そして、あなたは、その投資信託の中身をどうやって見抜くのですか。
『世界マネーの内幕』を読むと、2000年前後の不良債権処理問題、小泉総理の訪朝、イラク戦争、国際決済銀行の自己資本比率規制、イギリスとタックス・ヘイブンとの関係など、世界中で金融がつながり、我々日本社会に影響を与えていることがよくわかります。少々難しい用語も出てきますが、NISAをやっている人なら、当たり前に知っておかなければならない用語です。
資産形成に興味を持っている方は必読です。