はてなキーワード: スバとは
そのまま
そのままの意味、夜職に入ろうと思ってはいけないし、ホストなどの夜遊びもしちゃいけない。
ホストに来る客で良く居るのが、「お金払えなくなったらガルバではたらこ♪慣れたらキャバ、セクキャバ、最後は風俗♪」みたいなバカ
まずブスデブバカはガルバで働けない、体入ですら弾かれる。ブスは特にだらしないから勤怠が悪いが常識。
風俗なら最低限、クレカの限度額なら稼げるかもしれないが、そもそもガルバから……と言ってる、立派な貞操観念がある時点で無理。
そういうブスバカデブは大体常識的な金銭感覚を持っているため、低賃金のおじさん宜しく同伴店外アフター乞食で要求が多すぎて嫌われる。
でそういうブスバカデブは大体相手の立場になって物事考えられないため、ガルバもキャバもセクキャバも働けない。
夜の業界で働けない上に、遊んでも夜の業界の人に迷惑をかける。
そういうブスバカデブもマンコを広げれば簡単に金を稼げるが、滅茶苦茶頑張って50万までが限度。コスパが悪すぎる。
200万300万稼ぐホス狂風俗嬢は馬鹿にされがちだが、一般職で100万稼げる程度のコミュニケーション能力と忍耐、
藪蛇になる可能性があるので、まず現状の管理者やその口座から管理費用を捕捉する。
特に問題なのが産業(農業、用水など)に面している場合で、この場合は管理コストが大きくかかる。
道はケースバイケースなので一旦置いとく。
ここで重要なのは絶対に官公庁に問い合わせてはダメということ。自前で調べれみて分からなければいったん保留しろ。
鉄塔だの基地局だの、何らかの利用がされていてお金が振り込まれている可能性がある。
その場合手続きが必要な場合がほとんどなので根掘り葉掘り確認しよう。
これは常に行うべき。いつでも手放せられるようにしておこう。
山は大きい。大きいということは密度が低い。ということはエリア辺りの所有者も少ない。すると対応する人間も希少となる。
そのエリアで広く活用されていれば相談できる人が民間にも官公庁にもいるが、そうでなければ全員で調べ物から開始することになる。
ここまでは大丈夫だと思うんだよ
でも、自分が設計したルールではなく、以前からあるルールや日常的な些細なルールを四角四面に守る人か?と改めて意識すると、
ナチュラルにルールを破る・・・というか、はぐれアリのように自然と隊列から外れてしまうのが自分の生来の気質で、
これを訓練によって克服したのではなく、漠然と良き人になろうみたいな雑な目標と、出来るだけはぐれない方が社会的に得をするという雑な学習で制御しているので、
改めて意識すると、なんか・・・こう・・・うっすらと不安がね?(濁す)
宿題も授業も学校も面倒だったり必要性を感じないとサボったり、他人の事業資金でやりたい放題やったりする人の言う、
してないんじゃないかな
生物学や医学の専門家でも「肉体の客観的な属性だけで性別を一意に断定する」ことはできないのだが、
断定できる前提でそうした言葉を使うのは乱暴では?と感じている。
・外性器
精巣・卵巣の有無と外性器の形が一致しないケースがある(仮性半陰陽など)。
・遺伝子
XY型を持つが膣を持ち胸が膨らむケースもある(アンドロゲン不応症など)。
このような場合、自分の性別に疑問を持たないまま一生を終えるケースもあるという。
・ホルモン
薬物などを一切使わずともテストステロンの値が外れ値になる人がいる。
・精巣・卵巣の有無
真性半陰陽のように、精巣と卵巣どちらも持っている人も存在する。
様々な要因で機能しなかったり失われたりするので、判断材料に適さない。
これらのようなケースでは、どんな性として生きるのかは、さまざまな要素を総合した上で、家族や本人の意向を踏まえて個別判断するようだ。
「肉体の客観的な属性だけで性別を一意に断定する」のは乱暴で、肉体的にその属性を持たないシスジェンダーも無視してしまう。
また、上記のようなことを考慮しないまま、揶揄や中傷の意味で「生物学的」「生得的」「身体的」と使っている人も多いように見える。
ので、妥当な共存ラインを探りたいだけなのであれば、あまり使わない方がいいと考えている。
13:09
書こうと思ったけどやめた件について言及ついてたので早めに追記しておく。
量的な話:
1%しかいないケースには個別に対応したり診断書を求めたりすればいい、同意です。だってトランスジェンダーも1%しかいないので。
トランスジェンダーに関しては例外処理なく肉体属性で一律排除せよ、医師の診断書があっても戸籍や手術が自分の定義と一致しなければ移行先の性別とは認めない、と言う人もいるんですよ。
大事なのはその人がどういう状態かつ何を目的に何を求めてて、それにどう対応するかの、いわゆる合理的配慮と考えています(そのラインをどこに引くはもちろんケースバイケース)
これこそ安倍晋三が日本に残した最も邪悪なレガシーだと思うのよね。盗っ人というと強盗が思い浮かぶがそれはこの話には関係ない。
どれだけ悪事を働こうがそのために人が死のうがひたすら白を切り続けてポストにしがみつく。それが成功してしまったがために後の政治家たちにもそうした振る舞いが伝播していく。羞恥心とか、品格とかいったものがまるでない、下劣というか、人間性の部分で愚かというか、そうした人間が増えていく……のかねえ。
世の中これからどうなっていくのかね。まあ自分のやれることやるしかないよね。
で、やれることって何かっていうと、まあ、人にやさしくしましょうってことになるのかね。ごく身近で簡単なところで言えば。簡単っつってもケースバイケースだったりもするけれども。
少し前バズった漫画に、主人公のお姉ちゃんが統合失調気味なのか、妄想に取りつかれて自作の陰謀論唱えるようになっちゃって、主人公がどうにかしようとあれこれ画策した結果、陰謀論を一緒に広めて大衆を扇動していくっていうあらすじの話あったじゃないですか。
うろ覚えだけどなんとなく記憶に残ってるのは、居場所のない人、孤独な人、蔑ろにされてきた人、そうした人達の心の隙間を陰謀論は埋めることができるって主人公がモノローグで語ってたところで、まあ陰謀論に限らず昔から、人の性として当然だが、ひどい扱い受ければ心が歪むし、心が歪めばひどいこともするよな。狂うよな。おかしいこともするよな。陰謀論がどうのこのという話がしたいというよりかは心の隙間とかそっちの話がしたいわけで。もっと根っこのほうの、ありふれた負の部分というか。
で、そういった人たちを救うだとか、何らかの慈善団体に入って活動するだとか、それはすごく立派なことだが、こういう言い方すると活動してる人達に対するある種の差別みたいな感じになっちゃって良くないんだけど、そうした積極的なことをするパワーだとか勇気だとか覚悟だとかいったもののない人にとって何ができるかっつったらだからつまり、心の隙間をほんのちょっとでも埋めてやるってことだわな。
無理にやることはないけれども、家族とか、職場の人間とか、学校の人間とか、コンビニ店員とか、顔を合わせる人、目のあった人、袖振りあった人なんかに対して、大事にするっていうと仰々しいが、あいさつしたり、ちょっとしたことで礼を言ったり、ちょっとした用事なんか手伝ったり付き合ったり、心に余裕があればな、無理にとは言わんし、しんどいときは無理なものは無理だし、相手とか状況にもよっちゃ難しいが、できればやれることはやったほうがいいわな。余裕なんかねえよなんて人もいっぱいいるだろうが、まあ余裕があったり、気が向いたりすればな。
適当に書いてたら長くなったな。まあいいか。自分の周りの顔合わせた人間を尊重するとか存在に敬意を払うっていうと仰々しいが、なんとなくでもやさしくしてあげれば、その影響ってものは微々たるものだろうけども、多少なり心の隙間を埋めてやれるのは確かなんじゃなかろうか。それで人を変えるだとか変えてやろうだとか気張らんでも。
サステナビリティって言葉が最近よく使われるが、いい世の中を、世の中っていうと大きすぎるイメージだが、手の届くところから、いい関係をサステインしていきたいわな。小さい世界でも狭い世界でもそれも一種の世界平和というか。
そもそもの話なんだけど、生成AI推進派の絵師がAI絵師に絵を提供するから、結局、根本的にはなんの解決にもならないのでは?
確かに、ウォーターマークだのglazeだのを使うことで、AI学習に使われたくない人のデータは省かれるようになるだろう。
しかし、別の絵師が「◯◯さんの作風に似せた絵です」って絵を描いてだな、それをLoRAに使われたら何の意味もないのでは?
そんで、Xに残された絵師は、その絵を有料で公開して小銭稼ぎできるようになるわけだ。つまり、LoRA作りたいなら金を払えってことができる。作風や絵柄が著作権侵害になるかはケースバイケースらしいが、似てるってだけで訴えるのは実際難しいと思う。
生成AI本体?の学習データは、そもそも最新のものではなく、旧型のものがあれば十分。そこにLoRAがあれば、結局、AI絵師にとっては何も変わらん。
だから、著作権なんだよね。イラストレーターは「絵柄を似せることは著作権侵害に該当する」と司法に認めさせなきゃいけないわけだ。クッソむずくね?
(もちろん、学習データに使われるのを著作権侵害にするって方向でもいいけど、流石に絵柄の方が楽だと思う)。
そして、また、そもそもの話なんだけど、法改正で学習データに使うのも著作権侵害になりました〜ってなっても、生成AI推進派が訴えないから、やっぱ、絵柄の方で勝負するしかないよな。
うーん、でも絵柄ってなぁ…
https://bsky.app/profile/masashi-nakano.bsky.social/post/3lai2zylyng2c
作業に取られていた時間を機械にやらせて、人間はより創造的な業務に専念するという理屈は、AI絵師がよく使います。
手を動かすのは単純作業で、人間はイメージ、コンセプトを機械に指示し、生成物を添削修正するのが創造的である、というのが趣旨です。
これは情動のない管理業務の理屈であって、人が手を動かしてこそ意味のある世界で通じないことは皆さんご承知の通りですが、AI絵師にはこれが通じません。
出始めからこれまで言われてるのは「AIで良い所はちゃっちゃと終わらせられるようになれば、好きな事やより本質的な部分に時間を使えるようになる」だろ
実現できるかはさておき、極論「AIに他の全てを任せられるようになれば、描きたい絵だけを描いていられるようになる」てなもんだぞ
特に「生成物を添削修正するのが創造的である」なんて誰が言ってんの?ってレベルで見た事ねえわw『というのが趣旨です。』じゃねえよw
AIで作業の0-70%をさせて人間が71~100の添削修正を担当するとしてもそれが創造的とは限らんし
AIで作業の31-70%を処理する前に人間が0-30を担当するのが非創造的とも限らん