本発明者らは、まず上記特許文献3とは異なる組成の酸化物を鋼材中に分散させることによってHAZ靭性の向上を達成できないかについて検討を重ねた。その結果、REMおよび/またはCaと、Zrを鋼材に複合添加し、鋼材中にREMおよび/またはCaと、Zrとを単独酸化物もしくは複合酸化物として含有するように調整すれば、HAZ靭性を高めることができること、またこうした成分系に更にTiを複合添加することによって、Tiを単独酸化物または複合酸化物として含有するように調整すれば、HAZ靭性が一層向上することを見出した。更に、上記酸化物によるHAZ靭性の向上を阻害させることなく、脆性破壊亀裂が発生するのを防止するには、鋼材の金属組織をフェライト主体とすると共に、フェライト粒の形態を適切に制御すればよいことを見出し、本発明を完成した。以下、上記本発明について詳述する。
まず、本発明の鋼材は、REMおよび/またはCaと、Zrとを単独酸化物もしくは複合酸化物として含有するものである。この様な酸化物が含まれるようにすれば、溶接時に熱影響を受けて1400℃レベルの高温になっても上記酸化物は固溶消失しないため、溶接時のHAZにおいてオーステナイト粒の粗大化を防止することができ、その結果として、REMやCa、Zrを夫々単独添加して酸化物を形成する場合よりもHAZの靭性をより改善することができる。
しかも上記単独酸化物あるいは複合酸化物を組み合わせて鋼材中に含有させれば、鋼材中に含まれる酸化物の絶対量を増大させることができ、鋼材(母材)の靭性劣化の原因となるREMの硫化物やCaの硫化物、或いはZr炭化物の生成を防止でき、結果として母材の靭性劣化を抑えつつHAZの靭性を向上させることができる。
本発明の鋼材は、(a)REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有するか、あるいは(b)REMおよび/またはCaと、Zrを含む複合酸化物を含有するか、(c)REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有すると共に、REMおよび/またはCaと、Zrを含む複合酸化物を含有するものであればよい。REMおよび/またはCaと、Zrを含む複合酸化物とは、例えばREMとZrを含む複合酸化物、CaとZrを含む複合酸化物、REMとCaとZrを含む複合酸化物などが挙げられる。
本発明の鋼材は、上述した酸化物の他に、更にTiの酸化物を含有することが好ましい。Tiの酸化物を含有することで、鋼材中に分散する酸化物量を更に増大させることができるため、HAZ靭性を一層向上させることができる。
上記Tiの酸化物は、鋼材中に単独酸化物(Ti2O3やTi3O5,TiO2)として含有されていてもよいし、例えば上記複合酸化物(即ち、REMとZrを含む複合酸化物、CaとZrを含む複合酸化物、REMとCaとZrを含む複合酸化物)に包含されて複合酸化物として含有されていてもよい。
上記鋼材は、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定し、単独酸化物として質量換算したときに、REMの酸化物および/またはCaOの合計が5%以上で、且つZrO2が5%以上を満足することが好ましい。その理由は、HAZの靭性向上に寄与する酸化物量を確保するためである。REMの酸化物および/またはCaOの合計は10質量%以上であることが好ましく、より好ましくは15質量%以上、更に好ましくは20質量%以上である。一方、ZrO2は10質量%以上であることが好ましく、より好ましくは15質量%以上、更に好ましくは20質量%以上である。
上記鋼材がTiの酸化物を含有する場合は、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定し、単独酸化物として質量換算したときに、Tiの酸化物が0.3%以上を満足することが好ましい。より好ましくは1質量%以上、更に好ましくは3質量%以上、特に好ましくは5質量%以上、最も好ましくは10質量%以上である。なお、Tiの単独酸化物は、鋼材中でTi2O3やTi3O5,TiO2として存在するが、鋼材に含まれる全てのTiの酸化物をTi2O3として換算した値が、上記範囲を満足していればよい。
本発明の鋼材は、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定し、単独酸化物として質量換算したときに、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2およびTiの酸化物(Ti2O3換算)の合計が55%以上であることが好ましい。合計が55質量%未満では、HAZの靭性向上に寄与する酸化物量が不足し、HAZの靭性を充分に改善できない。より好ましくは60質量%以上、更に好ましくは65質量%以上である。
なお、酸化物の残りの成分組成は特に限定されないが、単独酸化物として換算したときに、例えばSiO2やAl2O3、MnOであればよい。SiO2やAl2O3、MnO以外の「その他」の成分は5質量%未満であることが好ましい。
鋼材に含まれる酸化物の組成は、鋼材の断面を例えばEPMA(Electron Probe X−ray Micro Analyzer;電子線マイクロプローブX線分析計)で観察し、観察視野内に認められる介在物を定量分析すれば測定できる。EPMAの観察は、例えば加速電圧を20kV,試料電流を0.01μA,観察視野面積を1〜5cm2とし、介在物の中央部での組成を特性X線の波長分散分光により定量分析する。分析対象とする介在物の大きさは、最大径が0.2μm以上のものとし、分析個数は少なくとも100個とする。
分析対象元素は、Al,Mn,Si,Ti,Zr,Ca,REM(例えば、LaとCe)およびOとし、既知物質を用いて各元素のX線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、分析対象とする介在物から得られたX線強度と前記検量線から分析対象とする介在物に含まれる元素濃度を定量し、酸素含量が5%以上の介在物を酸化物とする。但し、一つの介在物から複数の元素が観測された場合には、それらの元素の存在を示すX線強度の比から各元素の単独酸化物に換算して酸化物の組成を算出する。本発明の鋼材では、こうして個々の酸化物について得られた定量結果を平均したものを酸化物の平均組成とする。
上述したように、本発明の鋼材においては、HAZ靭性を向上させるためにREMおよび/またはCaと、Zrを鋼材に複合添加し、鋼材にREMおよび/またはCaと、Zrとを単独酸化物もしくは複合酸化物として含有するように調整するが、鋼材に含有させる酸化物の組成を調整しても脆性破壊発生特性を改善することはできない。
そこで本発明者らは、所定の酸化物を含有させて向上させたHAZ靭性を劣化させることなく、脆性破壊発生特性を改善するために検討したところ、厚みt(mm)の鋼材について、圧延方向に平行で且つ鋼材表面に対して垂直な面の金属組織を観察したときに、(1)フェライト面積率が75%以上で、(2)t/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径が20.0μm以下で、(3)t/2位置におけるフェライト粒の平均アスペクト比が1.6以下であれば、鋼材の脆性破壊発生特性を改善することができ、上記HAZ靭性も劣化させないことが明らかになった。以下、このように規定した理由について詳述する。
本発明に係る鋼材の金属組織は、鋼材の強度を確保するためにフェライトを主体とする。フェライト主体とは、鋼材に占めるフェライト分率が75体積%以上であることを意味し、鋼材断面の金属組織を観察したときに、フェライトの面積率が75%以上であればよい。フェライトの面積率は、好ましくは80%以上であり、より好ましくは85%以上である。
上記金属組織の残部は、第二相として、パーライトやベイナイト、マルテンサイト等が生成していればよく、その種類は特に限定されない。第二相の面積率は25%未満であればよく、好ましくは20%未満、より好ましくは15%未満である。
上記鋼材の金属組織は、フェライトを主体とする他、CTOD特性を改善するには、フェライト粒の円相当径とアスペクト比の両方を適切に調整することが重要である。即ち、本発明者らが、種々実験を繰返した結果、t/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径が20.0μm以下で、t/2位置におけるフェライト粒の平均アスペクト比が1.6以下である必要がある。
このことは後述する実施例から明らかであり、図1は、鋼材のt/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径と平均アスペクト比とCTOD特性の関係を示している。図1中、X軸はt/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径、Y軸はCTOD特性(δc-40℃)を示しており、○はt/2位置におけるフェライト粒の平均アスペクト比が1.6以下、●はt/2位置におけるフェライト粒の平均アスペクト比が1.6を超えるときの結果を夫々示している。
この図1から明らかなように、t/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径が小さくなるほど、CTOD特性が改善される傾向(δc-40℃の数値が大きくなる傾向)を示すことが分かる。このときt/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径が20.0μm以下で、且つ平均アスペクト比が1.6以下であれば、δc-40℃が0.20mm以上となり、CTOD特性を確実に改善できる。
この理由については次のように考えられる。即ち、脆性破壊では、結晶粒と結晶粒の境界(結晶粒界)が亀裂伝播の抵抗となるため、結晶粒界が密に存在していれば、脆性破壊自体が発生し難くなるし、微小な脆性破壊が発生したとしても亀裂が進展する方向に結晶粒界が密に存在していれば、亀裂の伝播も防止できる。ところがフェライト粒は圧延工程において圧延方向に伸びるため、フェライト粒のアスペクト比は大きくなる。そのため圧延方向にはフェライト粒の長径が揃い、板厚方向には短径が揃い易い。従って板厚方向には結晶粒界が密に存在することになるが、圧延方向における結晶粒界は疎になるため、結晶粒界の密度にバラツキが生じ易く、脆性破壊が発生し易くなる。また、脆性破壊が一旦発生すると、粒界に沿って圧延方向に亀裂が伝播し易くなる。これに対し、フェライト粒の平均円相当径を小さくし、且つ平均アスペクト比を小さくすれば、結晶粒界の密度のバラツキは殆ど無くなるため、脆性破壊は発生し難く、たとえ発生したとしても結晶粒界が抵抗となり亀裂の伝播を防止することができる。
本発明では、フェライト粒の平均円相当径を20.0μm以下とし、フェライト粒の平均アスペクト比を1.6以下とするが、平均円相当径と平均アスペクト比を制御する位置は、鋼材の厚みをtとしたときt/2位置とする。脆性破壊は板厚の中央付近で発生することが一般的に知られているため、t/2位置における組織を適切に制御することによって脆性破壊の発生を抑制できる。
板厚が厚くなるほど鋼材のt/2位置における温度やt/2位置に導入される歪みと、鋼材の表面近傍(例えば、t/4位置)における温度や導入される歪みに差が大きくなるため、t/2位置における温度を管理し、t/2位置における組織を適切に制御することによって、脆性破壊亀裂特性を改善できる。
上記t/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径は、17.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは16μm以下である。フェライト粒の平均円相当径の下限は特に規定されず、小さいほど好ましいが、小さくするには限界があるため、通常は7μm程度以上(特に10μm以上)である。なお、円相当径とは、フェライト粒を同一面積の円に換算したときの円の直径を意味する。
一方、上記t/2位置におけるフェライト粒の平均アスペクト比は、1.5以下であることが好ましく、より好ましくは1.4以下である。なお、フェライト粒のアスペクト比とは、フェライト粒の圧延方向における粒径(Dl)と板厚方向における粒径(Dt)の比(Dl/Dt)を意味する。
上記フェライト粒の平均円相当径と平均アスペクト比は、例えば次に示す手順で算出できる。まず、鋼材のおもて面と裏面を含むと共に、圧延方向に平行で且つ鋼材表面(鋼材のおもて面)に対して垂直な面が露出するようにサンプルを切り出し、この露出面を研磨して鏡面仕上げする。
露出面の研磨方法は特に限定されず、例えば、#150〜#1000までの湿式エメリー研磨紙を用いて研磨するか、それと同等の機能を有する研磨方法を用いて研磨すればよい。また、鏡面仕上げを行なう際には、ダイヤモンドスラリーなどの研磨剤を用いればよい。
鏡面仕上げしたサンプルは3%ナイタール溶液を用いて腐食し、フェライト組織の結晶粒界を現出させた後、倍率を100倍または400倍として写真撮影し、画像解析装置に取り込む。いずれの倍率においても領域が1mm×1mm以上に相当するように画像を取り込む。
次に、画像解析装置において、粒界に囲まれたフェライト粒の領域(面積)を同等の面積を有する円に換算し、換算された円の直径をフェライト粒の円相当径と定義して円相当径を測定する。これを全ての観察視野について測定し、結果を平均することで平均円相当径を算出する。
一方、フェライト粒のアスペクト比については、上記粒界に囲まれたフェライト粒について、圧延方向の粒径Dlと板厚方向の粒径Dtを測定し、DlとDtの比(Dl/Dt)をアスペクト比として算出する。これを全ての観察視野について行い、結果を平均することで平均アスペクト比を算出する。
次に、本発明の鋼材(母材)における成分組成について説明する。本発明の鋼材は、REM:0.001〜0.1%および/またはCa:0.0003〜0.02%と、Zr:0.001〜0.05%を含有するところに特徴がある。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
REM、CaおよびZrは、鋼材中にREMの単独酸化物やCaの単独酸化物(CaO)、Zrの単独酸化物(ZrO2)、或いはREMおよび/またはCaと、Zrとの複合酸化物を形成してHAZの靭性向上に寄与する元素である。本発明の鋼材では、REMとCaは夫々単独で用いても併用してもよい。
REMを含有させる場合は、0.001%以上とすべきであり、好ましくは0.006%以上、より好ましくは0.010%以上である。しかし過剰に添加すると、REMの硫化物が生成して母材靭性が劣化するため、0.1%以下に抑えるべきである。好ましくは0.09%以下であり、より好ましくは0.08%以下とする。なお、本発明において、REMとは、ランタノイド元素(LaからLnまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味であり、これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有させるのがよい。
Caを含有させる場合は、0.0003%以上とすべきであり、好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0008%以上である。しかし過剰に添加すると、粗大なCaの硫化物が生成して母材靭性が劣化するため、0.02%以下に抑えるべきである。好ましくは0.015%以下であり、より好ましくは0.01%以下とする。
Zrは、0.001%以上含有させるべきであり、好ましくは0.003%以上、より好ましくは0.005%以上である。しかし過剰に添加すると、粗大なZrの炭化物が生成して母材の靭性が劣化するため、0.05%以下に抑えるべきである。好ましくは0.04%以下であり、より好ましくは0.03%以下とする。
本発明の鋼材は、REMおよび/またはCaと、Zrを含むほか、基本元素として、C:0.03〜0.12%、Si:0.5%以下(0%を含まない)、Mn:1.4〜1.8%、およびN:0.003〜0.01%を含むものである。このような範囲を定めた理由は以下の通りである。
Cは、鋼材(母材)の強度を確保するために欠くことのできない元素であり、こうした効果を発揮させるには、0.03%以上含有させる必要がある。好ましくは0.04%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。しかし0.2%を超えると、溶接時にHAZに島状マルテンサイトを多く生成してHAZ靭性の劣化を招くばかりでなく、溶接性にも悪影響を及ぼす。従ってCは0.12%以下、好ましくは0.11%以下、より好ましくは0.10%以下に抑える必要がある。
Siは、脱酸作用を有すると共に鋼材(母材)の強度向上に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、0.02%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.1%以上含有させるのがよい。しかし0.5%を超えると、鋼材(母材)の溶接性や母材靭性が劣化するため、0.5%以下に抑える必要がある。好ましくは0.45%以下であり、より好ましくは0.4%以下に抑えるのがよい。なお、HAZの更なる高靭性が求められる場合、Siは0.3%以下に抑えるのがよい。より好ましくは0.05%以下であり、更に好ましくは0.01%以下である。但し、このようにSi含有量を抑えるとHAZの靭性は向上するが、強度は低下する傾向にある。
Mnは、鋼材(母材)の強度向上に寄与する元素であり、こうした効果を有効に発揮させるには、1.4%以上含有させる必要がある。好ましくは1.45%以上、より好ましくは1.50%以上である。しかし、1.8%を超えて過剰に含有させるとHAZ靭性が劣化するので、Mn量は1.8%以下とする。好ましくは1.75%以下であり、より好ましくは1.70%以下である。
Nは、窒化物(例えば、ZrNやTiNなど)を析出する元素であり、該窒化物は溶接時にHAZに生成するオーステナイト粒の粗大化を防止してフェライト変態を促進するため、HAZ靭性を向上させるのに寄与する。こうした効果を有効に発揮させるため、0.003%以上含有させる。好ましくは0.004%以上である。Nは多いほどオーステナイト粒の微細化が促進されるため、HAZの靭性向上に有効に作用する。しかし0.01%を超えると、固溶N量が増大して母材靭性が劣化する。従ってNは0.01%以下に抑える必要があり、好ましくは0.009%以下、より好ましくは0.008%以下とする。
本発明の鋼材は、上記元素を含むほか、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.015%以下(0%を含まない)およびAl:0.01%以下(0%を含まない)を満たすものである。このような範囲を定めた理由は以下の通りである。
Pは、偏析し易い元素であり、特に鋼材中の結晶粒界に偏析して靭性を劣化させる。従ってPは0.02%以下に抑制する必要があり、好ましくは0.018%以下、より好ましくは0.015%以下とする。
Sは、Mnと結合して硫化物(MnS)を生成し、母材靭性や板厚方向の延性を劣化させる有害な元素である。またSは、LaやCeと結合してLaSやCeSを生成し、REM酸化物の生成を阻害する。従ってSは0.015%以下に抑えるべきであり、好ましくは0.012%以下、より好ましくは0.008%以下、特に0.006%以下とする。
Alは、脱酸力の強い元素であり、過剰に添加すると酸化物を還元して所望の酸化物を生成し難くなる。従ってAlは0.01%以下に抑える必要があり、好ましくは0.0090%以下、より好ましくは0.0080%以下とする。
本発明で規定する含有元素は上記の通りであって、残部は鉄および不可避的不純物であり、該不可避的不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、MgやAs,Seなど)の混入が許容され得る。また、更にTiを積極的に含有させることも可能である。
Ti:0.08%以下(0%を含まない)
Tiは、鋼材中にTiの酸化物を生成してHAZ靭性の向上に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、Tiは0.005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.007%以上、更に好ましくは0.01%以上とする。しかし過剰に添加すると、酸化物が多量に生成し過ぎて鋼材(母材)の靭性を劣化させるため、0.08%以下に抑えるべきである。好ましくは0.07%以下であり、より好ましくは0.06%以下とする。
本発明の鋼材には、強度を高めるために、Cu:2%以下(0%を含まない)、Ni:3.5%以下(0%を含まない)、Cr:3%以下(0%を含まない)、Mo:1%以下(0%を含まない)、Nb:0.25%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびB:0.005%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上の元素を含有させることも有効である。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
Cuは、鋼材を固溶強化させる元素であり、こうした効果を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.1%以上であり、更に好ましくは0.2%以上である。特に0.6%以上含有させると、固溶強化のほか、時効析出強化も発揮し、大幅な強度向上が可能となる。しかし2%を超えて含有させると、鋼材(母材)の靭性が低下するため、Cuは2%以下に抑えるのがよい。好ましくは1.8%以下であり、より好ましくは1.6%以下とする。
Niは、鋼材の強度を高めると共に、鋼材の靭性を向上させるのに有効に作用する元素であり、こうした作用を発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.1%以上であり、更に好ましくは0.2%以上とする。Niは多いほど好ましいが、高価な元素であるため経済的観点から3.5%以下に抑えることが好ましい。より好ましくは3.3%以下であり、更に好ましくは3%以下とする。
Crを添加して強度を高めるには、0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.02%以上、更に好ましくは0.03%以上である。しかし3%を超えると溶接性が劣化するため、Crは3%以下に抑えることが好ましい。より好ましくは1.5%以下であり、更に好ましくは1%以下である。
Moを添加して強度を高めるには、0.01%以上含有させるのが望ましい。より好ましくは0.02%以上であり、更に好ましくは0.03%以上含有させるのがよい。但し、1%を超えると溶接性を悪化させるため、Moは1%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.9%以下であり、更に好ましくは0.8%以下に抑えることが推奨される。
Nbを添加して強度を高めるには、0.005%以上含有させるのが好ましい。より好ましくは0.01%以上であり、更に好ましくは0.03%以上である。しかし0.25%を超えると炭化物(NbC)が析出して母材靭性が劣化するので、Nbは0.25%以下に抑えるのが好ましい。より好ましくは0.23%以下であり、更に好ましくは0.20%以下とする。
Vを添加して強度を高めるには、0.005%以上含有させるのが望ましい。より好ましくは0.01%以上、更に好ましくは0.03%以上含有させるのがよい。しかし0.1%を超えると、溶接性が悪化すると共に母材靭性が劣化するため、Vは0.1%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.08%以下、更に好ましくは0.06%以下に抑えるのがよい。
Bは、鋼材の強度を高めると共に、溶接時に加熱されたHAZが冷却される過程で鋼中のNと結合してBNを析出し、オーステナイト粒内からのフェライト変態を促進させる。こうした効果を有効に発揮させるには、0.0003%以上含有させるのが好ましい。より好ましくは0.0005%以上であり、更に好ましくは0.0008%以上である。しかし0.005%を超えると、鋼材(母材)の靭性が劣化するため、Bは0.005%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.004%以下であり、更に好ましくは0.003%以下とするのがよい。
次に、本発明の鋼材を製造するに当たり、好適に採用できる製法について説明する。鋼材中に、REMおよび/またはCaと、Zrとを単独酸化物もしくは複合酸化物として適量含有させるには、後記の実施例から明らかなように、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを添加する直前の溶存酸素量を適切に制御する。即ち、溶存酸素量を適切に制御した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加することが有効である。この方法で製造すれば、REMやCa、Zrの添加量をある程度多くしても上記酸化物を確実に形成させることができ、結果としてREMの硫化物やCaの硫化物、或いはZrの炭化物の生成を防止することができるからである。
このとき上記元素を複合添加する前の溶存酸素量は、0.0020%以上に調整するのがよい。溶存酸素量が0.0020%未満では、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加しても、酸素量不足になるため、HAZの靭性向上に寄与する酸化物量を確保することができず、しかも酸化物を形成できなかったREMやCaが硫化物を形成したり、Zrが炭化物を形成して母材靭性を劣化するからである。溶存酸素量は、0.0025%以上に調整することが好ましく、より好ましくは0.0030%以上である。しかし溶存酸素量が0.010%を超えていると、溶鋼中の酸素量が多すぎるため、溶鋼中の酸素と上記元素の反応が激しくなり溶製作業上好ましくない。従って溶存酸素量は0.010%以下に抑えるべきであり、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.007%以下とする。
上記REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加した後は、合金元素を添加して鋼材の成分を調整すればよい。
なお、上記溶存酸素量を調整した溶鋼へ上記元素を添加するに当たっては、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加すればよく、例えばREMとCaを複合添加する場合には、(a)溶存酸素量を調整した溶鋼へREMとCaとZrを添加した後、合金元素を添加して鋼材の成分を調整してもよいし、(b)溶存酸素量を調整した溶鋼へREM(あるいはCa)とZrを添加した後、Ca(あるいはREM)以外の合金元素を添加して鋼材の成分を調整し、次いでCa(あるいはREM)を添加してもよい。
上記溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加する手順は特に限定されず、例えば(a)REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を添加した後に、Zrを添加してもよいし、(b)Zrを添加した後に、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を添加してもよいし、(c)REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを同時に複合添加してもよい。REMとCaを複合添加する場合には、(d)REM(あるいはCa)を添加した後に、Zrを添加し、次いでCa(あるいはREM)を添加してもよいし、(e)REMとCaとZrを同時に複合添加してもよい。
本発明の鋼材がTiを含む場合は、溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加した後に、(a)鋼材の成分調整する際に併せてTiを添加してもよいし、(b)鋼材の成分調整した後に、Tiを添加してもよい。好ましくは溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、TiとZrを添加するのが好ましい。
上記Tiを含む場合は、溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とZrを添加するに先立って、Tiを添加することが推奨される。溶存酸素量を調整した溶鋼へ、Tiを添加すれば、まずTi2O3が形成されるが、Ti2O3は溶鋼との界面エネルギーが小さいため、形成されたTi2O3のサイズは微細になる。次いでREMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加することによってREMの酸化物やCaO、ZrO2が、上記Ti2O3を生成核として成長するため、結果的に粒子の個数が増大し、溶接時のHAZにおけるオーステナイト粒の粗大化抑制効果が大きくなる。
ところで、転炉や電気炉で一次精錬された溶鋼中の溶存酸素量は、通常0.010%を超えている。そこで本発明の製法では、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加する前、或いはTiを添加する前に、溶鋼中の溶存酸素量を上記範囲に調整する必要がある。溶存酸素量を調整する方法としては、例えばRH式脱ガス精錬装置を用いて真空C脱酸する方法や、SiやMn,Ti,Alなどの脱酸元素を添加する方法などが挙げられ、勿論これらの方法を適宜組み合わせて溶存酸素量を調整しても良い。また、RH式脱ガス精錬装置の代わりに、取鍋加熱式精錬装置や簡易式溶鋼処理設備などを用いて溶存酸素量を調整しても良い。この場合、真空C脱酸による溶存酸素量の調整はできないため、溶存酸素量の調整にはSi等の脱酸元素を添加する方法を採用すれば良い。Si等の脱酸元素を添加する方法を採用するときは、転炉から取鍋へ出鋼する際に脱酸元素を添加しても構わない。
溶鋼へ添加するREMやCa,Zr,Tiの形態は特に限定されず、例えば、REMとして、純Laや純Ce,純Yなど、或いは純Ca,純Zr,純Ti、更にはFe−Si−La合金,Fe−Si−Ce合金などのREM合金,Fe−Si−Ca合金,Fe−Ca合金,Ni−Ca合金などのCa合金,Fe−Si−La−Ce合金などのREM−Ca合金などを添加すればよい。また、溶鋼へミッシュメタルを添加してもよい。ミッシュメタルとは、セリウム族希土類元素の混合物であり、具体的には、Ceを40〜50%程度,Laを20〜40%程度含有している。但し、ミッシュメタルには不純物としてCaを含むことが多いので、ミッシュメタルがCaを含む場合は本発明で規定する範囲を満足する必要がある。
一方、鋼材の金属組織をフェライト主体とすると共に、t/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径を20.0μm以下とし、t/2位置におけるフェライト粒の平均アスペクト比を1.6以下にするには、鋳造して得られたスラブを1000〜1200℃に加熱した後、粗圧延し、次いでオーステナイト未再結晶温度域で仕上げ圧延すればよい。以下、順を追って説明する。
スラブを加熱する温度は1000〜1200℃とするのが好ましい。粗圧延およびそれに続く冷却後(自然放冷あるいは強制水冷)に得られるフェライト組織を微細化するために、オーステナイトを逆変態させるためである。即ち、通常は、900℃程度に加熱することでフェライトからオーステナイトに逆変態させるが、圧延終了後のフェライト組織を微細化するには、オーステナイト組織を圧延して再結晶させるのが有効である。従ってオーステナイトの再結晶温度の下限は鋼材の化学成分組成にもよるが、通常850〜900℃であるため、この下限温度以上でオーステナイト組織を圧延して再結晶させるために、加熱温度は1000℃以上とするのがよい。好ましくは1050℃以上とする。なお、上記加熱温度は、プロセスコンピュータを用いて鋼材の板厚方向における平均温度(計算値)を算出し、この平均温度で管理するのがよい。
しかし1200℃を超えて加熱すると、初期のオーステナイト組織が粗大化し過ぎるため、こうしたオーステナイト組織を圧延して再結晶させてもオーステナイト組織を充分に微細化することが困難となる。また、高温での加熱はエネルギー的にも不経済である。従って加熱温度は1200℃以下とするのがよい。より好ましくは1100℃以下とする。
加熱したスラブは、オーステナイトの再結晶温度域で累積圧下率を40%以上として粗圧延すればよい。オーステナイトの再結晶温度域で累積圧下率を40%以上として粗圧延することで、オーステナイト組織を再結晶させることができ、圧延終了後のフェライト組織を微細化できるからである。即ち、オーステナイトの再結晶温度域での累積圧下率が40%未満であっても後述するオーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率を大きくすることで、フェライト粒を微細化できる。しかしオーステナイト未再結晶温度域で圧延を開始する時点でフェライト粒が既に粗大化していると、該オーステナイト未再結晶温度域で適切に圧延しても、最終的に得られる金属組織は、粗大なフェライト粒と微細なフェライト粒が混在した混粒状態となりやすいからである。このように金属組織が混粒状態になるとCTOD特性が安定し難くなる傾向がある。従ってオーステナイトの再結晶温度域においてオーステナイト組織を充分に微細化するには、オーステナイト再結晶温度域での累積圧下率を40%以上とすることが推奨される。好ましくは45%以上、より好ましくは50%以上である。
上記累積圧下率はできるだけ大きくするのが好ましく、累積圧下率の増加に伴ってフェライト粒の円相当径は約25〜30μm程度にまで微細化できる。しかしオーステナイトの再結晶温度域における累積圧下率を、70%を超えて大きくしてもその効果はほぼ飽和するため、該累積圧下率は70%程度以下とすればよい。
上記粗圧延を行なう温度域は、オーステナイトの再結晶温度域とするが、この温度域は、鋼材の化学成分組成によって多少変化する。しかしオーステナイトの再結晶温度の下限は通常850〜900℃程度であるため、900℃以上の温度域における累積圧下率を上記範囲に調整すればよい。但し、圧延温度域を高くし過ぎると、圧延後の再結晶に引き続き、オーステナイト粒の成長が早くなるため、有効に微細化できないことがある。従って圧延開始温度は1000℃以下とするのがよい。
上記累積圧下率は、鋼材のt/2位置における温度(計算値)が1000℃のときの厚みをt0、鋼材のt/2位置における温度(計算値)が900℃のときの厚みをt1としたとき、下記(a)式で算出できる。
累積圧下率(%)=[(t0−t1)/t0]×100 …(a)
但し、粗圧延開始温度が1000℃を下回る場合には、粗圧延開始時における鋼材厚みをt0とし、粗圧延開始温度が1000℃を超える場合には、鋼材のt/2位置における温度が1000℃での鋼材厚みをt0として上記累積圧下率を算出する。一方、粗圧延終了温度が900℃に達しない場合(900℃を超える場合)には、粗圧延終了時における鋼材厚みをt1とし、粗圧延終了温度が900℃より下回る場合には、900℃での鋼材厚みをt1として上記累積圧下率を算出する。
粗圧延するときの温度は、プロセスコンピュータを用いてt/2位置における温度を計算して算出した温度を基準とするのがよい。t/2位置における金属組織を適切に制御するためである。なお、t/2位置の温度(計算値)に比べて鋼板表面の温度(実測値)は、鋼材の厚みが150mmの場合には約50〜70℃低くなり、鋼材の厚みが100mmの場合には約40〜50℃低くなる。従って上記粗圧延を行なう温度は、こうした温度差を考慮して、鋼板表面の温度(実測値)を基準として用いて温度管理しても構わない。
オーステナイトの再結晶温度域で累積圧下率を40%以上として粗圧延した後は、オーステナイト未再結晶温度域まで冷却し、当該オーステナイト未再結晶温度域で真ひずみを0.5以上として仕上げ圧延することが推奨される。オーステナイト未再結晶温度域で仕上げ圧延することで、フェライト粒を一層微細化できるからである。即ち、オーステナイト再結晶温度域で圧延して得られる金属組織は、平均粒径が約25〜30μmのオーステナイト組織であるため、この鋼材をそのまま空冷するか、或いは強制冷却しても得られるフェライト粒の平均円相当粒径はせいぜい25μm程度にしかならない。そのためCTOD特性は充分に改善できない。これに対し、オーステナイト未再結晶温度域で仕上げ圧延してやれば、フェライト粒にひずみが導入されるため、フェライト粒を一段と微細化できる。
この仕上げ圧延では、真ひずみ量を0.5以上として圧延するのがよい。真ひずみ量が0.5未満では、フェライト粒の微細化が不充分になることがあり、CTOD特性を充分に改善できないことがある。真ひずみ量は多くするほど好ましく、多くすればフェライト粒を小さくできる。
なお、上記オーステナイト未再結晶温度域とは、鋼材を圧延してもオーステナイト組織が再結晶しない温度域である。この温度域は鋼材の化学成分組成によって多少変化するが、本発明では、鋼材のt/2位置における温度が850℃以下の領域で導入する真ひずみ量を0.5以上として仕上げ圧延する。但し、仕上げ圧延の温度域が低くなり過ぎると、フェライト粒の扁平率(即ち、アスペクト比)が著しく大きくなり易いため、CTOD特性が劣化する傾向がある。従って仕上げ圧延終了温度は、「Ar3変態点+10℃」以上とするのがよい。Ar3変態点の温度は、鋼材に含まれる化学成分の含有量に基づいて下記(b)式で算出できる。但し、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示している。
Ar3変態点(℃)=868−369×[C]+24.6×[Si]−68.1×[Mn]−36.1×[Ni]−20.7×[Cu]−24.8×[Cr]+190×[V] …(b)
上記真ひずみ量は、鋼材のt/2位置における温度(計算値)が850℃のときの厚みをt2、鋼材のt/2位置における温度(計算値)が仕上げ圧延終了温度での厚みをt3としたとき、下記(c)式で算出できる。
真ひずみ=ln(t2/t3) …(c)
但し、仕上げ圧延開始温度が850℃を下回る場合には、仕上げ圧延開始時における鋼材厚みをt2とし、仕上げ圧延開始温度が850℃を超える場合には、鋼材のt/2位置における温度が850℃での鋼材厚みをt2として上記真ひずみを算出する。一方、仕上げ圧延終了温度が「Ar3変態点+10℃」に達しない場合(「Ar3変態点+10℃」を超える場合)には、仕上げ圧延終了時における鋼材厚みをt3とし、仕上げ圧延終了温度が「Ar3変態点+10℃」より下回る場合には、「Ar3変態点+10℃」での鋼材厚みをt3として上記真ひずみを算出する。
上記仕上げ圧延するときの温度は、プロセスコンピュータを用いてt/2位置における温度を夫々計算して算出した温度を基準とする。
仕上げ圧延するときの温度は、鋼材の厚みをt(mm)としたとき、プロセスコンピュータを用いてt/2位置における温度を計算して算出した温度を基準とするのがよい。t/2位置における金属組織を適切に制御するためである。なお、鋼材の厚みが40〜80mm程度の場合には、鋼板内部の温度(t/2位置における温度)と鋼板の表面温度との温度差はせいぜい10〜40℃程度であるため、こうした温度差を考慮して、鋼板の表面温度(実測値)を基準として管理しても差し支えない(例えば、「850℃−温度差」、「Ar3変態点+10℃−温度差」)。
仕上げ圧延終了後は、常法に従って冷却すればよい。冷却方法は特に限定されず、空冷してもよいし、強制冷却してもよい。このときの冷却速度も特に限定されないが、4℃/秒以下程度であれば、フェライト粒の大きさに影響を及ぼさないことを本発明者らは確認している。
こうして得られる本発明の鋼材は、例えば橋梁や高層建造物、船舶などの構造物の材料として使用でき、小〜中入熱溶接はもとより大入熱溶接(例えば、40kJ/mm以上)においても、溶接熱影響部の靭性劣化を防ぐことができると共に、脆性破壊亀裂特性にも優れたものとなる。
本発明の鋼材の板厚は特に限定されないが、最終製品厚が40mm以上(特に50mm以上)であっても本発明の鋼材は、溶接熱影響部の靭性劣化を防止でき、脆性破壊亀裂特性にも優れたものとなる。板厚の上限は例えば80mm程度である。
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
実施例1
溶銑を240トン転炉で一次精錬した後、該転炉から取鍋へ出鋼し、成分調整および温度調整しながら二次精錬を行った。
取鍋では、下記表1に示す脱酸方法で、下記表1に示す溶存酸素量に調整した。その後、下記表1に示す順序で元素を添加した。表1において、LaはFe−La合金の形態で、CeはFe−Ce合金の形態で、REMはLaを50%程度とCeを25%程度含有するミッシュメタルの形態で、CaはNi−Ca合金、またはCa−Si合金、またはFe−Ca圧粉体の形態で、ZrはZr単体で、TiはFe−Ti合金の形態で、夫々添加した。なお、表1におけるNo.16の溶存酸素量「−」は、定量限界未満であることを示す。
次いで必要に応じて残りの合金元素を添加して最終的に下記表2に示す組成(残部は鉄および不可避不純物)に調整した。なお、二次精錬にはRH式脱ガス精錬装置等を用いて脱Hや脱Sなどを行なった。表2において、「−」は元素を添加していないことを示しており、「未満」は元素を添加していないが不可避的に含まれていたため、検出されたが定量限界未満の範囲であったことを意味している。
成分調整した溶鋼を、連続鋳造機でスラブに鋳造し、得られたスラブを下記表3に示す温度に加熱した後、粗圧延した。表3に示した加熱温度は、圧延ライン上に設置された放射型温度計を用いて測定した実測値(表面温度)である。また、表3には、鋼材のt/2位置における温度(計算値)が1000℃のときの鋼材厚み(mm)と900℃のときの鋼材厚み(mm)を夫々示すと共に、1000〜900℃の範囲での累積圧下率を上記(a)式を用いて算出し、結果を表3に示す。
粗圧延後、仕上げ圧延して表3に示す板厚(製品厚)の熱間圧延鋼板を製作した。表3に仕上げ圧延終了温度(℃)を示す。また、表2と上記(b)式から算出したAr3変態点温度と「Ar3変態点温度+10℃」の値を併せて示す。
上記t/2位置における温度(計算値)は、下記(1)〜(6)の要領で求めたものである。
(1)プロセスコンピュータを用い、加熱開始から加熱終了までの雰囲気温度、在炉時間に基づき、鋼材の表面から裏面までの板厚方向の任意の位置の加熱温度を算出する。
(2)上記算出した加熱温度を用い、圧延中の圧延パススケジュールやパス間の冷却方法(水冷あるいは空冷)のデータに基づいて、板厚方向の任意の位置の圧延温度を差分法など計算に適した方法を用いて算出しつつ、圧延する。
(3)鋼板表面温度は、圧延ライン上に設置された放射型温度計を用いて実測する(ただし、プロセスコンピュータ上においても計算する)。
(4)粗圧延開始時、粗圧延終了時および仕上圧延開始時にそれぞれ実測した鋼板表面温度を、プロセスコンピュータ上の計算温度と照合する。
(5)粗圧延開始時、粗圧延終了時および仕上圧延開始時の計算温度と上記実測温度の差が±30℃以上の場合は、実測表面温度と計算表面温度が一致する様に再計算し、プロセスコンピュータ上の計算温度とする。
(6)上記計算温度の補正を行って、t/2位置における仕上圧延終了温度を求める。
得られた鋼板を用いて、EPMAによる介在物組成の調査、HAZ靭性の評価、金属組織の観察、および脆性破壊亀裂発生特性の評価を、それぞれ下記の要領で実施した。
〈介在物組成の調査〉
各鋼板のt/4位置における横断面からサンプルを切り出した。切り出されたサンプル表面を島津製作所製「EPMA−8705(装置名)」を用いて600倍で観察し、最大径が0.2μm以上の析出物について成分組成を定量分析した。観察条件は、加速電圧を20kV,試料電流を0.01μA,観察視野面積を1〜5cm2,分析個数を100個とし、特性X線の波長分散分光により析出物中央部での成分組成を定量分析した。分析対象元素は、Al,Mn,Si,Ti,Zr,Ca,La,CeおよびOとし、既知物質を用いて各元素の電子線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、次いで、前記析出物から得られた電子線強度と前記検量線からその析出物の元素濃度を定量した。
得られた定量結果のうち酸素含量が5%以上の析出物を酸化物とし、平均したものを酸化物の平均組成とした。全酸化物の平均組成を下記表4に示した。なお、Tiの酸化物およびREMの酸化物は、金属元素をMで表すと、鋼材中にM2O3やM3O5,MO2の形態で存在するが、これらの酸化物をM2O3に換算して酸化物の組成を算出した。また、一つの介在物から複数の元素が観測された場合には、それらの元素の存在を示すX線強度の比から各元素の単独酸化物に換算して酸化物の組成を算出した。なお、表4中の「その他」とは、分析対象としていない元素の酸化物(例えば、MgOなど)の総量である。
上記サンプル表面をEPMAで観察した結果、観察された酸化物は、REMおよび/またはCaと、Zrとを含む複合酸化物、或いは更にTiを含む複合酸化物が大半であったが、単独酸化物としてREMの酸化物、CaO、ZrO2、Ti2O3も生成していた。
〈HAZ靭性の評価〉
次に、溶接時に熱影響を受けるHAZの靭性を評価するために、大入熱溶接(入熱量40〜60kJ/mmに相当)を模擬して溶接再現試験を行なった。溶接再現試験は、上記鋼材全体が1400℃になる様に加熱し、この温度で40〜60秒間保持した後、冷却して行った。冷却速度は、800℃から500℃への冷却時間(Tc)が400秒となるように調整した。下記表5に、溶接再現試験における熱サイクル条件を示す。
冷却後の鋼材について、板厚方向の裏面から7mm位置を中心とした部位から、JISZ2242(2006)で規定されているVノッチシャルピー試験片を3本採取した。次に、該試験片を用いて−40℃でシャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギー(vE-40)を測定し、上記3本の試験片の平均値を求めた。vE-40が100J以上のものをHAZ靭性に優れると評価した。測定結果を下記表5に示す。
〈金属組織の観察(円相当径とアスペクト比の測定手順)〉
鋼板のおもて面と裏面を含むと共に、圧延方向に平行で且つ鋼材表面(鋼材のおもて面)に対して垂直な面が露出するようにサンプルを切り出し、この露出面を研磨して鏡面仕上げした。露出面の研磨には#150〜#1000までの湿式エメリー研磨紙を用いて研磨した後、研磨剤としてダイヤモンドスラリーを用いて鏡面仕上げした。
鏡面仕上げしたサンプルは3%ナイタール溶液を用いて腐食し、フェライト組織の結晶粒界を現出させた後、倍率400倍で撮影し、6cm×8cmの写真とした(即ち、400倍では150μm×200μmに相当する)。写真の6cmの辺は板厚方向に対応し、8cmの辺は圧延方向に対応している。これをいずれの倍率においても領域が1mm×1mm以上に相当するように画像解析装置に取り込んだ。
次に、画像解析装置において、粒界に囲まれたフェライト粒の領域(面積)を同等の面積を有する円に換算し、換算された円の直径をフェライト粒の円相当径と定義して円相当径を測定した。これを全ての観察視野について測定し、結果を平均することで平均円相当径を算出した。
一方、フェライト粒のアスペクト比については、上記粒界に囲まれたフェライト粒について、圧延方向の粒径Dlと板厚方向の粒径Dtを測定し、DlとDtの比(Dl/Dt)をアスペクト比として算出した。これを全ての観察視野について行い、結果を平均することで平均アスペクト比を算出した。
なお、フェライト粒の円相当径とアスペクト比の測定位置は、鋼材の厚みをt(mm)としたとき、t/2位置とした。また、観察視野数は35枚とした。
フェライト粒の平均円相当径とアスペクト比を算出する際に、金属組織に占めるフェライト面積率も併せて測定した。結果を下記表5に併せて示す。
〈脆性破壊亀裂発生特性の評価〉
脆性破壊発生特性は、社団法人日本溶接協会(WES)発行のWES1108(1995年2月1日制定)で規定される「亀裂先端開口変位試験(CTOD試験)」に基づいて亀裂先端開口変位試験を行い、不安定破壊開始時の開口変位(δc)を測定し、この結果に基づいて評価した。なお、亀裂先端開口変位試験を行う際には、WES1109(1995年4月1日制定)で規定される「溶接熱影響部CTOD試験方法に関する指針」も参酌した。
試験片は、WES1108(1995年2月1日制定)のP.6の図6に示されている「標準三点曲げ試験片」を用いた。試験温度は−40℃とし、δc-40℃(mm)を測定した。本発明では、δc-40℃が0.20mm以上の場合を合格とする。CTOD試験の結果を下記表5に示す。
表1〜5から次のように考察できる。No.1〜14は、鋼材に酸化物としてREMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有しているため、溶接熱影響部の靭性が良好な鋼材が得られている。また、金属組織も適切に制御されているため、脆性破壊が発生するのを防止できている。
一方、No.15〜22は、鋼材に酸化物としてREMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2の何れか一方を含有していないため、溶接熱影響部の靭性が劣っている。No.23は、Mn、PおよびAlが過剰であり、溶存酸素量も少ないため、酸化物の生成量が少なく、HAZ靭性に劣っている。
実施例2
上記実施例1のNo.8の例において、連続鋳造機で得られたスラブを熱間圧延するときの条件を下記表6に示す条件に適宜変えて、板厚(製品厚)が65mmの鋼板を製作した。
得られた鋼板を用いて、上記実施例1と同様に、金属組織の観察と脆性破壊亀裂発生特性の評価を行った。結果を下記表6に示す。鋼材のt/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径と平均アスペクト比とCTOD特性の関係を図1に示す。
表6と図1から次のように考察できる。No.31,34,35,37,39,40,42〜45は、金属組織が適切に制御されているため、脆性破壊が発生するのを防止できている。一方、No.32,33,36,38,41は、t/2位置におけるフェライト粒の平均円相当径か平均アスペクト比が本発明で規定する要件を満たしていないため、脆性破壊が発生するのを防止できていない。