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JP2016056435A - 硬質摺動部材の製造方法、および硬質摺動部材 - Google Patents

硬質摺動部材の製造方法、および硬質摺動部材 Download PDF

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悟史 廣田
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Abstract

【課題】ta‐Cを含む硬質カーボン膜が基材から剥離することを抑制することが可能な硬質摺動部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】基材21の表面を表面処理する表面処理工程と、炭素を含むターゲットを用いてアークイオンプレーティングを行うことによってカーボン膜23を基材21の表面に形成するカーボン膜形成工程とを含む。カーボン膜形成工程では、炭化水素ガスを導入しながらアークイオンプレーティングを行うことにより前記カーボン膜の形成を開始し、その後当該炭化水素ガスの導入量を減らして当該アークイオンプレーティングを続行して中間層24を形成し、表面にはta‐Cからなる表層25を形成する。
【選択図】図1

Description

本発明は、硬質摺動部材の製造方法、および硬質摺動部材に関する。
従来より、ピストンやシリンダなどのエンジン部品などの硬質摺動部材の硬度を向上させるために、その基材の表面に、硬質のカーボン膜を形成する技術が知られている。
例えば、特許文献1には、硬質摺動部材の基材の表面に硬質のカーボン膜として基材よりも硬度が高いダイヤモンドライクカーボン(DLC)からなる膜が化学気相成長法(CVD)などによって形成される技術が開示されている。このDLC膜は、基材の硬度よりも著しく高い硬度を有し、内部応力も高いため、当該DLC膜を基材表面に直接形成した場合にその硬度差、すなわち内部応力差が大きくなり、両者の密着性を低下させるという問題がある。そこで、特許文献1では、DLC膜と基材との間にこれらの中間の硬度を有するタングステンカーバイド(WC)からなる中間層を介在させることにより、DLC膜の密着性を向上させることが開示されている。
特開2014‐122415号公報
近年、硬質のカーボン膜として、DLC膜よりもさらに高い硬度を有するta‐C膜を用いることが求められている。ta‐C膜は、炭素原子のsp3結合を主体とする構造を有しており、sp2結合を主体とするDLC膜と比較して非常に硬度が高い。
そして、このta‐C膜は、イオンめっき、すなわち、アークイオンプレーティング(Arc Ion Plating、以下、AIPという)によって成膜すれば、他の成膜方法(例えば、スパッタリング)などによる成膜と比較して、硬度が非常に高くなることが知られている。AIPは、アーク放電によって、ターゲット材料の一部が溶融、気化して、ワーク表面に付着させる成膜方法である。
しかし、AIPによって形成されたta‐C膜は、硬度が非常に高いので、特許文献1のようなWCからなる中間層をta‐C膜と基材との間に介在させても密着性の向上が難しい。
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、ta‐Cを含む硬質カーボン膜が基材から剥離することを抑制することが可能な硬質摺動部材及びその製造方法を提供することを目的とする。
本発明者は、上記の課題を解決するために、鋭意研究を重ねた結果、ta‐Cを含む硬質のカーボン膜をチャンバ内においてAIPで形成する場合に、当該チャンバ内に炭化水素ガスを導入すれば、炭化水素ガスに含まれる水素原子(H)が炭素原子間(C‐C間)の結合の間に入り、C‐H‐C結合となることで、ta‐C本来のsp3結合ではなくなり、その結果、生成される膜の硬度が低下し、カーボン膜と基材表面との硬度差(すなわち、応力差)を小さくして密着性が良くなることができることを見出した。
そこで、本発明者は、炭化水素ガスの供給量を減らしながらAIPによってカーボン膜を形成することによって、形成されるカーボン膜の硬度を基材表面では低く、基材から離れるにしたがって当該硬度を高くなるように、カーボン膜の内部応力および硬度をコントロールし、これにより、ta‐Cを含むカーボン膜の硬度を確保しながらも基材表面に密着性良く形成する方法に想到した。
本発明は、このようにしてなされたものであり、基材と、その表面に形成されて当該基材の硬度よりも高い硬度を有するカーボン膜と、を備えた硬質摺動部材の製造方法を提供する。この方法は、前記基材の表面を表面処理する表面処理工程と、炭素を含むターゲットを用いてチャンバ内でAIPを行うことによって前記カーボン膜を前記基材の表面に形成するカーボン膜形成工程と、を含み、前記カーボン膜形成工程では、前記チャンバ内に炭化水素ガスを導入しながらAIPを行うことにより前記カーボン膜の形成を開始し、その後、当該炭化水素ガスの導入量を減らしてAIPを続行し、少なくとも表面においてta‐Cを形成することを特徴とする。
この方法によれば、AIPによって、ta‐Cを含む硬質のカーボン膜が形成されるとともに、当該AIPの初期の段階では炭化水素ガスの導入によってカーボン膜中の炭素に水素を結合させることによってカーボン膜の硬度を下げて当該カーボン膜と基材との硬度差を小さくすることが可能である。このように硬度差が小さくなると、ta‐Cを含む硬質カーボン膜が基材から剥離することを抑制することが可能になる。そして、カーボン膜の形成中に炭化水素ガスを減らすことにより、最終的には少なくとも表面に硬質のta‐Cを含むカーボン膜を得ることが可能である。その結果、表面にta‐Cを含む硬質カーボン膜を形成しながらも、このカーボン膜が基材から剥離することを抑制することが可能である。
前記カーボン膜形成工程は、前記チャンバ内への前記炭化水素ガスの導入量が時間の経過とともに徐々に減るように当該炭化水素ガスを前記チャンバ内に導入しながら前記炭素を含む前記ターゲットを用いてAIPを行う工程を含むのが好ましい。
このように前記炭化水素ガスの導入量を徐々に減少させることは、カーボン膜の形成が進むに従ってその硬度を徐々に上げることを可能にし、これにより、カーボン膜の剥離をさらに抑制することが可能になる。
前記カーボン膜形成工程は、前記炭化水素ガスの導入を停止した後も、前記炭素を含む前記ターゲットを用いてAIPを続行することにより、ta‐Cを含む表層を形成する工程を含むのが好ましい。
この方法によれば、所望の厚さのta‐Cを含む硬質の表層を形成することが可能である。
前記炭化水素ガスは、アセチレン(C)であるのが好ましい。炭化水素ガスとしてアセチレンを用いれば、入手しやすく、取扱いが容易である。しかも、水素成分は皮膜を脆化させ脆くなることから極力少ない方がよく、また成膜レートの観点ではカーボンが多い方が良いので、これらの条件に最も合ったアセチレン選ぶのが好ましい。
または、前記炭化水素ガスは、メタン(CH)であってもよい。この場合も、入手しやすく、取扱いが容易である。
前記表面処理工程は、前記基材の上に、AIPによって下地層を形成する工程を含むのが好ましい。
この方法によれば、下地層およびカーボン膜をAIPプロセスによって連続的に形成することが可能になり、より密着性が向上する。
前記下地層を形成する工程が終わる直前から前記炭化水素ガスを導入しながら前記カーボン形成工程を開始するのが好ましい。
このように、前記下地層を生成する工程が終わる直前から炭化水素ガスを導入しながらカーボン形成工程を開始することによって、下地層とカーボン膜との境界部分における内部応力差がより小さく(いいかえれば、より均一化)されることにより、下地層とカーボン膜との密着性がより向上する。
前記表面処理工程は、前記下地層の上に、当該下地層よりも硬度が高く、前記カーボン膜よりも硬度が低い介在層をAIPによって形成する介在層形成工程をさらに含むのが好ましい。
前記下地層の介在は、カーボン膜と下地層との間の応力をさらに緩和することを可能にする。しかも、下地層、介在層およびカーボン膜をAIPプロセスによって連続的に形成することが可能になり、密着性が向上する。
前記表面処理工程は、前記基材の表面をメタルボンバードによって処理する工程である、のが好ましい。
かかる特徴によれば、メタルボンバードによって基材自体の表面を改質することにより、カーボン膜との密着性を向上させることが可能である。しかも、メタルボンバードによって処理された基材表面は、下地層のように基材から剥離するおそれが低い。
また、本発明は、基材と、その表面に形成されて当該基材の硬度よりも高い硬度を有するカーボン膜と、を備えた硬質摺動部材であって、上記の製造方法によって製造された硬質摺動部材を提供する。
この硬質摺動部材では、AIPの初期の段階で炭化水素ガスを導入して形成されるカーボン膜中の炭素に水素が結合することにより、当該カーボン膜のうち基材に近い部分の硬度が下げられているので、当該部分と基材との硬度差を小さくすることが可能である。そして、カーボン膜の水素含有量は、基材から離れるにしたがって少なく、基材から最も離れた部分は硬質のta‐Cを含むようになる。その結果、ta‐Cを含む硬質カーボン膜を形成しながら、このカーボン膜が基材から剥離することを抑制することが可能である。
以上説明したように、本発明の硬質摺動部材の製造方法および硬質摺動部材によれば、ta‐Cを含む硬質カーボン膜が基材から剥離することを抑制することができる。
本発明の硬質摺動部材の製造方法によって製造された硬質摺動部材の実施形態を示す拡大断面図である。 本発明の硬質摺動部材の製造方法で用いられる成膜装置の基本構成を示す平面図である。 本発明の硬質摺動部材の製造方法の手順を示すフローチャートである。 本発明の実施形態に係る硬質摺動部材の硬度試験の結果を示す図である。 本発明の比較例に係る硬質摺動部材の硬度試験の結果を示す図である。 本発明の他の比較例に係る硬質摺動部材の硬度試験の結果を示す図である。 本発明の他の実施形態に係る硬質摺動部材の製造方法によって製造された下地層とカーボン膜との間に介在層を有する硬質摺動部材の拡大断面図である。
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態についてさらに詳細に説明する。
図1は、この実施形態により製造される硬質摺動部材20(例えばピストンやシリンダなどのエンジン部品または切削工具など)を示す。この硬質摺動部材20の製造方法は、具体的には、基材21を表面処理(例えば、下地層22の形成など)した後に、基材21よりも硬度の高いカーボン膜23をAIPによって形成する。
この製造方法は、チャンバ内、例えば図2に示す成膜装置1のチャンバ2内に炭化水素ガスを導入しながら当該チャンバ2内においてAIPによってカーボン膜23を形成するとともに、当該AIP中に前記炭化水素ガスの導入量を減らすことによって、形成されるカーボン膜23の硬度を基材21表面では低く、基材21から離れるにしたがって当該硬度を高くするように、カーボン膜23の硬度(すなわち内部応力)をコントロールすることを含む。この方法によって、ta‐Cを含むカーボン膜23の硬度を確保しながらも当該カーボン膜23の基材21の表面に対する密着性を向上させることが可能になる。
具体的に、この実施形態に係る硬質摺動部材20の製造方法は、基材21の表面に当該基材21よりも硬度の高いカーボン膜23を形成する方法であって、
基材21の表面を表面処理する表面処理工程と、
炭素(C)を含むターゲット12を用いてAIPを行うことによってカーボン膜23を基材21の表面に形成するカーボン膜形成工程と、
を含む。
そして、カーボン膜形成工程では、基材21が収納された成膜装置1のチャンバ2の内部に炭化水素ガスを導入しながらAIPを行うことによりカーボン膜23の形成を開始し、その後、当該炭化水素ガスの導入量を減らしてAIPを続行し、少なくともカーボン膜23の表面においてta‐Cを形成する。具体的には、ta‐Cを形成するときには、ta-Cを構成する炭素原子のsp3結合に水素を極力含有しない(理想的には水素を含有しない)ようにするために、チャンバ2内部の炭化水素ガスの導入量を極力減らして(理想的には導入量を0にして)、ta-Cの形成を行うようにする。
この製造方法では、チャンバ2内でのAIPによって、ta‐Cを含む硬質のカーボン膜23が形成されるとともに、AIPの初期の段階では前記チャンバ2内に炭化水素ガスを導入して形成されるカーボン膜23中の炭素に水素を結合させることによって硬度を下げて(すなわち、内部応力を下げて)当該カーボン膜23と基材21との硬度差を小さくすることが可能である。このように硬度差が小さくなることは、ta‐Cを含む硬質カーボン膜23が基材21から剥離することを抑制することを可能にする。そして、カーボン膜23の形成の進行に伴って前記炭化水素ガスの導入量を減らすことにより、最終的には少なくとも表面に硬質のta‐Cを含むカーボン膜23を得ることが可能である。その結果、ta‐Cを含む硬質カーボン膜23を形成しながらも、このカーボン膜23が基材21から剥離することを抑制することが可能である。
一方、比較例として、ta‐C膜と基材との間に介在する中間層として、従来の中間層に用いられる炭化タングステンよりも硬度が高いDLC膜をCVDによって形成することが考えられる。しかし、ta‐C膜と基材のとの間に介在する中間層としてCVDによって形成されたDLC膜(以下、CVD−DLC膜という)を用いた場合でも、ta‐C膜の密着性を改善することが難しいと考えられる。なぜならば、一般的にCVD−DLC膜とAIPによって形成されたta‐C膜とは、皮膜構造が大きく異なり、その皮膜の緻密さ(いいかえれば、密度)の観点で大きく異なっているからである。そのため、たとえ基材とta‐C膜との間に応力を緩和するための中間層としてCVD−DLC膜を用いたとしても、CVD−DLC膜とta‐Cとの間で硬度差(いいかえれば内部応力の差)が依然残っている状態である。このため、CVD−DLC膜を中間層として用いても、ta‐C膜が基材から剥離する問題を解消できない。
これに対し、本実施形態のように、図2に示されるように基材21が収納された成膜装置1のチャンバ2内部に炭化水素ガスを導入しながらAIPを行うことによりカーボン膜23の形成を開始し、その後当該炭化水素ガスの導入量を減らし、少なくとも表面には水素を含有しないta‐Cを形成すれば、ta‐Cを含む硬質のカーボン膜23を形成しながらも、このカーボン膜23のうち基材21の表面付近の部分の硬度と当該基材21の硬度との差を小さくして当該カーボン膜23が当該基材21から剥離することを抑制することが可能である。
上記のカーボン膜形成工程においてチャンバ2内部に導入される炭化水素ガスは、炭素と水素を含む組成を有するガスであれば種々のガスを用いることが可能であるが、例えば、入手容易性や取扱い容易性の観点からアセチレン(C)やメタン(CH)などが用いられる。炭化水素ガスを選ぶ場合、水素成分は皮膜を脆化させ脆くなることから極力少ない方がよく、また成膜レートの観点ではカーボンが多い方が良いので、これらの条件に最も合ったアセチレン選ぶのが好ましい。なお、炭化水素ガスは、ケイ素(Si)など炭素や水素以外の原子を含んだガスでもよく、例えば、トリメチルシラン(C10Si)などでもよい。
炭化水素ガスの導入量は、AIPの開始時では導入量が最も多く、AIP終了時には導入量を0にしてta‐Cの形成ができるように、変化すればよく、開始時から終了時までの導入量の減少の具体的態様は種々設定することが可能である。例えば、炭化水素ガスの導入量は、AIP開始時から炭化水素ガスを徐々に減らしていき終了時で0になるように減らしてもよいし、終了時よりも前に0になるように設定されてもよい。
具体的には、炭化水素ガスの導入量は、AIP開始時からある時間まで炭化水素ガスを徐々に減らして0にしていき、その時間を経過した後は終了時まで炭化水素ガスの導入量を0になるように設定されることが可能である。
そのような場合のカーボン膜形成工程は、
(a)炭化水素ガスをチャンバ2内部への導入量が時間の経過とともに徐々に減るようにチャンバ2内部に導入しながら炭素を含むターゲット12を用いてAIPを行うことにより、中間層24を表面処理された基材21の表面(具体的には下地層22の上)に形成する工程と、
(b)炭化水素ガスの導入を停止した後に、炭素を含むターゲット12を用いてAIPを続行することにより、ta‐Cを含む表層25を形成する工程とを含む。
上記の(a)のように、炭化水素ガスの導入量を徐々に減少させることは、カーボン膜23の形成が進むに従ってその硬度を徐々に上げることを可能にし、これにより、カーボン膜23の剥離をさらに抑制することを可能にする。
また、上記の(b)のように、カーボン膜形成工程が、チャンバ2内部への炭化水素ガスの導入を停止した後も、炭素を含むターゲット12を用いてAIPを続行してta‐Cを含む表層25を形成する工程を含むことにより、所望の厚さのta‐Cを含む硬質の表層25を形成することが可能である。
しかも、中間層24および表層25は、いずれも炭素を含むターゲット12を用いてAIPを行うことによって形成されるので、CVDなど他の成膜方法で中間層を成膜する場合と比較して、中間層24と表層25との皮膜構造が近くなり、皮膜の緻密さや密度が近くなる。そのため、中間層24と表層25との間の硬度差および内部応力の差は小さくなる。その結果、表層25が中間層24から剥離するおそれが低い。
上記の表面処理工程は、基材21の上に、AIPによって下地層22を形成する工程を含む。これにより、下地層22およびカーボン膜23をAIPプロセスによって連続的に形成することが可能になり、より密着性が向上する。下地層形成工程では、具体的には、クロムなどを含む金属材料をターゲットとしてAIPによって金属皮膜からなる下地層22を形成する。ターゲットして用いられる金属材料は、クロム、チタン、ニッケル、シリコン、タングステンなどの金属を含んでいる。AIPを行ったときに、アーク放電によって、ターゲットとなる金属材料の一部が溶融、気化して、基材21の表面に付着してクロムなどの金属の皮膜からなる下地層22が形成される。また、AIPを行う際に成膜装置のチャンバ内部に窒素ガスを導入すれば、クロムなどの金属の窒化物の皮膜からなる下地層22が形成される。また、タングステンおよび炭素のターゲットを用いてAIPを行うことにより、炭化タングステン(WC)の下地層22を形成してもよい。
本発明におけるAIPは、アーク放電によって、ターゲット材料の一部が溶融、気化して、基材の表面に付着させる成膜方法である。なお、AIPによる成膜プロセスの具体的な説明については後述する。
図1に示されるように、上記の製造方法で製造された硬質摺動部材20は、基材21と、その表面にAIPによって順次連続的に形成された下地層22およびカーボン膜23(具体的には、中間層24および表層25)と、を含む。
前記基材21は、例えば、ピストンやシリンダなどのエンジン部品の製造に用いられるアルミニウム合金、または切削工具の製造に用いられる炭化タングステンなどの材料によって製造されている。
前記下地層22は、前記基材21の表面処理のために当該基材21の表面を覆う層である。下地層22は、基材21とカーボン膜23との間に介在することにより両者間の内部応力の差を小さくすることを可能にし、当該基材21とカーボン膜23との親和性を向上させる。下地層22は、上記のようにクロムなどの金属材料をターゲットに用いたAIPによって形成されている。下地層22は、クロムなどの金属またはその金属の窒化物などを含む層であり、例えば、純粋のクロムからなる層であり、1000Hv程度の硬度を有する。
カーボン膜23は、中間層24および表層25を有している。中間層24および表層25は、炭素を含む材料をターゲットに用いたAIPによって連続的に形成される。
表層25は、硬質摺動部材20の最外層を構成し、硬質摺動部材20の表面の硬度を向上させる層である。表層25は、炭素原子(C)のsp3結合で構成されたta‐Cからなる硬質の膜であり、8000Hv程度の硬度を有する。
中間層24は、表層25と下地層22との間における硬度差を小さくする層である。中間層24は、AIPの開始とともにチャンバ2に導入される炭化水素ガスに含まれる水素原子(H)が炭素原子間(C−C間)の結合の間に入り、C−H−C結合となる構造を含む軟質のDLCからなる膜である。中間層24は、ta‐Cからなる表層25の硬度よりも低く、かつ、下地層22の硬度よりも高い硬度(平均的には、5000Hv程度の硬度)を有する。
中間層24は、炭化水素ガスの導入量を徐々に減らしながらのAIPによって生成されるので、下地層22から離れるにしたがって水素含有量が徐々に減っている構造を有する。そのため、中間層24のうち、下地層22に近い部分では低い硬度を有し、表層25に近い部分は高い硬度を有する。
上記のように構成された硬質摺動部材20のうち、AIPの初期の段階で炭化水素ガスを導入して形成されるカーボン膜23の中間層24は、炭素に水素を結合させることによって下げられた硬度を有する(すなわち、当該中間層24での内部応力が下げられている)。そのため、ta‐Cからなる表層25と基材21との硬度差を小さくすることが可能である。その結果、ta‐Cを含む硬質のカーボン膜23が基材21から剥離することを抑制することが可能になる。そして、カーボン膜23の中間層24では、基材21から離れるにしたがってカーボン膜23中の水素含有量が減少している。さらに、カーボン膜23の基材21から最も離れた部分(すなわち、表層25)は硬質のta‐Cを含む。その結果、ta‐Cを含む硬質カーボン膜23を形成しながら、このカーボン膜23が基材21から剥離することを抑制することが可能である。
つぎに、図2を参照しながら、上記の硬質摺動部材20を製造するためのAIPによる具体的な成膜プロセスについて説明する。
上記の硬質摺動部材20は、例えば、図2に示される前記成膜装置1を用いて製造される。
この成膜装置1は、硬質摺動部材20の基材21をワークWとして、当該ワークWの表面にAIPによって下地層22およびカーボン膜23を連続的に形成する装置である。
すなわち、図2に示される成膜装置1は、真空チャンバ2と、ワークWが載置される回転テーブル3と、複数(図2では2個)の第1アーク蒸発源4と、複数(図2では2個)の第2アーク蒸発源5とを備えている。
真空チャンバ2は、前記回転テーブル3および当該回転テーブル3に載置されたワークWを収容する空間部2aを有する。空間部2aは、成膜プロセスの間は、図示されない真空ポンプによって真空またはそれに近い状態に維持される。また、真空チャンバ2には、成膜プロセスに必要なガスを空間部2a内部に導入するための導入部6と、成膜プロセス後のガスを空間部2aから外部へ排出する排出部7とが設けられている。
前記回転テーブル3は、成膜プロセスの間は、前記空間部2a内において複数のワークWが載置された状態で中心軸O周りに回転する。なお、回転テーブル3は、各ワークWがそれぞれ自転できるように各ワークWが個別に載置される回転台をさらに備えてもよい。
第1アーク蒸発源4は、クロムなどの金属からなる下地層22を形成するために、ワークWに対してAIPを行うための蒸発源である。第1アーク蒸発源4は、例えば、カソード放電型のAIP蒸発源である。第1アーク蒸発源4には、アーク電源8の陰極が接続されている。なお、アーク電源8の陽極は、例えば、真空チャンバ2に接続されるが、他のものに接続されてもよい。この第1アーク蒸発源4には、下地層22を形成するための材料となるクロム(Cr)のターゲット12が取り付けられている。
第2アーク蒸発源5は、カーボン膜23、すなわち、軟質のDLCからなる中間層24およびta‐Cからなる表層25を形成するために、ワークWに対してAIPを行うための蒸発源である。第2アーク蒸発源5は、例えば、第1アーク蒸発源4と同様に、カソード放電型のAIP蒸発源である。アーク電源9の陰極は、第2アーク蒸発源5に接続され、アーク電源9の陽極は、例えば、真空チャンバ2に接続されている。この第2アーク蒸発源5には、中間層24および表層25を形成するための材料となる炭素(C)を含む材料のターゲット13が取り付けられている。
上記のように構成された成膜装置1を用いた硬質摺動部材20の製造は、例えば、図3のフローチャートに示される順にしたがって行われる。具体的には、次のとおりである。
まず、硬質摺動部材20の基材21となるワークW(例えば、鏡面加工された炭化タングステン性の超硬試験片)が回転テーブル3に載置され、基材21の表面処理工程が行われる。
表面処理工程としては、まず、基材21のボンバード処理が行われる。真空チャンバ2の空間部2a内部の空気が図示されない真空ポンプによってチャンバ外部へ排出され、5×10−3Pa程度の真空度にする。ヒータ11は、400℃で空間部2a内部の空気を加熱した状態で30分保持される。
ついで、真空チャンバ2の空間部2a内部に導入部6からアルゴンなどの不活性ガスが1.33Paの圧力で供給され、電子源(図示せず)からの熱電子により、アルゴンのプラズマが生成される。この状態で、回転テーブル3は、その上にワークWが載置された状態で回転する。ついで、ワークWに回転テーブル3を介してバイアス電源10によってバイアス電圧−300Vを印加し、アルゴンプラズマ中のアルゴンイオンをワークWに衝突させることによって、ワークW表面を薄く削り取るボンバード処理を行う。このボンバード処理によって、ワークWの表面の異物が除去されるとともに、ワークWの表面に微小な凹凸を生成して、当該ワークWの表面の活性化により密着力を向上させることが可能である。
ボンバード処理を行った後、まず、第1アーク蒸発源4を用いたAIPによって、ワークW(すなわち、基材21)の表面にクロム(Cr)からなる下地層22が形成される(図3のフローチャートのステップS1参照)。具体的には、真空チャンバ2の空間部2a内部に導入部6からアルゴンなどの不活性ガスがチャンバ2内部の圧力がおおよそ1.0Paの圧力になるように供給される(流量1000ml/minで注入)。それとともに、第1アーク蒸発源4には、アーク電源8から高電流が印加され、ワークWに−40Vのバイアス電圧が与えられる。このとき、第1アーク蒸発源4のクロムのターゲット12と陽極との間でアーク放電が生じる。このアーク放電によって、ターゲット12の一部が溶融、気化し、多くの割合で金属イオン化して、ワークWに付着する。このとき、ワークWの表面に純粋のクロムからなる下地層22が形成される。下地膜22の形成は、5分間行われ、膜厚が0.05μmの下地膜22が得られる。ここで、下地層22としては、純粋のクロムの他にも、アルゴンの代りに窒素を入れることで生成される窒化クロム(CrN)を用いてのよい。また、クロムイオンを、例えば−1000VのワークWへのバイアス電圧で引き込むメタルボンバードとして用いてもよい。
ついで、第2アーク蒸発源5を用いたAIPによって、ワークWの下地層22の上に中間層24および表層25からなるカーボン膜23が形成される。
具体的には、クロムからなる下地層22の成膜の終了前、具体的には、下地層22の成膜工程の後半から、クロムのターゲット12がアーク放電している間に、アセチレン(C)からなる炭化水素ガスを130ml/minの流量(導入量)でアルゴンに加えてチャンバ2内部に注入するとともに、炭素(C)のターゲット13をアーク放電して、AIPによってカーボン膜23の中間層24の形成を開始する。
このように、下地層22を生成する工程が終わる直前から炭化水素ガスを導入しながらカーボン形成工程を開始することによって、下地層22とカーボン膜23との境界部分における硬度差がより小さく(いいかえれば、より均一化)されることにより、下地層22とカーボン膜23との密着性がより向上する。
そして、炭化水素ガスの導入量を130ml/minから20ml/minへ5分間かけて漸減させながら、炭素(C)のターゲット13をアーク放電して、カーボン膜23の中間層24として、軟質のDLCからなる中間層24を形成していく(図3のステップS2)。このように、炭化水素ガスの導入量を減らしていくことにより、形成される中間層24の硬度および内部応力を向上することが可能である。さらに炭化水素ガスの導入量を減らすのに応じてワークWに与えられる負のバイアス電圧を徐々に低下させる(すなわち、マイナス側に漸増させる)ことにより、形成される中間層24の硬度および内部応力の向上を手助けする(すなわち補助または援助する)ことが可能である。
ついで、炭化水素ガスの導入を停止した状態で、炭素(C)のターゲット13をアーク放電して、ta‐Cからなる表層25をAIPによって形成する(図3のステップS3)。なお、表層25の形成初期には、炭化水素ガスの導入量を20ml/minの状態から0ml/minへ漸減するように調整すれば、中間層24と表層25との境界部分における硬度差はより小さくされる。
上記のように、下地層22およびカーボン膜23(中間層24および表層25)をAIPによって順次形成することによって、図1に示される下地層22およびカーボン膜23を有する硬質摺動部材20を製造することが可能である。
上記のように本実施形態の製造方法で製造された硬質摺動部材20は、下地層22の上に形成されたカーボン膜23は、軟質のDLCからなる中間層24と、ta‐Cからなる表層25とを有している。しかも、中間層24は、炭化水素ガスの導入量を減らしながらAIPによって形成されるので、下地層22から離れるにしたがって水素含有量が徐々に減っている構造を有する。そのため、中間層24は、下地層22に近い部分では硬度が低く、表層25に近い部分では硬度が高くなる。これにより、下地層22と中間層24との間の硬度差を小さくするととともに、中間層24と表層25との硬度差を小さくすることが可能になる。これにより、ta‐Cを含む硬質カーボン膜23が基材21から剥離することを抑制することが可能である。
そのため、本実施形態の製造方法で製造された硬質摺動部材20は、図4に示されるように、その表面に円錐状の圧子を押し当てて圧痕を調べるロックウェル圧痕試験を行った場合には、表面B1には圧子による圧痕A1は形成されたが、カーボン膜23の剥離部分は発見されなかった。
なお、比較例として、上記のクロムからなる下地層の上にta‐Cからなる表層をAIPによって直接形成することにより硬質摺動部材を製造した場合について、その部材に対して上記の同様のロックウェル圧痕試験を行った。その試験結果では、図5に示されるように表面B2に形成された圧痕A2の周囲には、表層の剥離部分C2が発見された。
また、他の比較例として、上記のクロムからなる下地層の上にta‐Cからなる表層をAIPによって直接形成する際に、表層を形成する初期にワークへのバイアス電圧を−20Vから−50Vへ変化させることにより硬質摺動部材を製造した場合について、上記と同様にロックウェル圧痕試験を行った。その試験結果でも、図6に示されるように表面B3に形成された圧痕A3の周囲には、表層の剥離部分C3が発見された。
よって、これら図5〜6に示される比較例と異なって、本実施形態のように製造された硬質摺動部材は、同じロックウェル圧痕試験を行っても、図4に示されるように、ta‐Cを含む硬質カーボン膜23の剥離が生じないので、カーボン膜23の密着性が向上していることがわかる。
上記のように本発明の硬質摺動部材の製造方法について実施形態をあげて説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、以下の変形例を本発明に含まれる。
すなわち、上記実施形態では、下地層22の上にカーボン膜23が直接形成されているが、本発明はこれに限定されるものではなく、下地層22とカーボン膜23との間に介在層26を形成してもよい。例えば、本発明の変形例として、図7に示されるように、表面処理工程は、下地層22の上に、当該下地層22よりも硬度が高く、カーボン膜23(具体的には中間層24)よりも硬度が低い介在層26をAIPによって形成する介在層形成工程をさらに含んでもよい。この場合、下地層22とカーボン膜23のそれぞれの硬度の間の硬度を有する介在層26を下地層22の上にAIPによって形成するので、カーボン膜23(具体的には中間層24)と下地層22との間の硬度差および応力差をさらに小さくすることが可能になる。しかも、下地層22、介在層26およびカーボン膜23をAIPプロセスによって連続的に形成することが可能になり、密着性が向上する。
また、上記実施形態では、表面処理工程として、基材21の表面に下地層22が形成されているが、本発明はこれに限定されるものではなく、下地層22の形成の代わりに他の表面処理を行ってもよい。例えば、表面処理工程として、基材21の表面をメタルボンバードによって処理する工程を行ってもよい。メタルボンバードは、例えば、クロムからなるターゲット12から放出されるクロムイオンを基材21の表面に衝突させることによって行えばよい。この場合、メタルボンバードによって基材21自体の表面を改質することにより、カーボン膜23との密着性を向上させることが可能である。しかも、メタルボンバードによって処理された基材21表面は、下地層22のように基材21から剥離する恐れが低い。
1 成膜装置
2 チャンバ
4 第1アーク蒸発源
5 第2アーク蒸発源
12、13 ターゲット
21 基材
22 下地層
23 カーボン膜
24 中間層
25 表層
26 介在層
W ワーク

Claims (10)

  1. 基材と、その表面に形成されて当該基材の硬度よりも高い硬度を有するカーボン膜と、を備えた硬質摺動部材を製造するための方法であって、
    前記基材の表面を表面処理する表面処理工程と、
    炭素を含むターゲットを用いてチャンバ内でアークイオンプレーティングを行うことによって前記カーボン膜を前記基材の表面に形成するカーボン膜形成工程と、
    を含み、
    前記カーボン膜形成工程では、前記チャンバ内に炭化水素ガスを導入しながら前記アークイオンプレーティングを行うことにより前記カーボン膜の形成を開始し、その後、前記チャンバ内への当該炭化水素ガスの導入量を減らして当該アークイオンプレーティングを続行し、少なくとも表面にはta‐Cを形成する、
    硬質摺動部材の製造方法。
  2. 前記カーボン膜形成工程は、
    前記チャンバ内への前記炭化水素ガスの導入量が時間の経過とともに徐々に減るように当該炭化水素ガスを導入しながら前記炭素を含む前記ターゲットを用いてアークイオンプレーティングを行う工程を含む、
    請求項1に記載の硬質摺動部材の製造方法。
  3. 前記カーボン膜形成工程は、前記炭化水素ガスの導入を停止した後も、前記炭素を含む前記ターゲットを用いてアークイオンプレーティングを続行することにより、ta‐Cを含む表層を形成する工程を含む
    請求項1または2に記載の硬質摺動部材の製造方法。
  4. 前記炭化水素ガスは、アセチレンである、
    請求項1から3のいずれかに記載の硬質摺動部材の製造方法。
  5. 前記炭化水素ガスは、メタンである、
    請求項1から3のいずれかに記載の硬質摺動部材の製造方法。
  6. 前記表面処理工程は、前記基材の上に、アークイオンプレーティングによって下地層を形成する工程を含む、
    請求項1から5のいずれかに記載の硬質摺動部材の製造方法。
  7. 前記下地層を形成する工程が終わる直前から前記炭化水素ガスを導入しながら前記カーボン形成工程を開始する、
    請求項6に記載の硬質摺動部材の製造方法。
  8. 前記表面処理工程は、前記下地層の上に、当該下地層よりも硬度が高く、前記カーボン膜よりも硬度が低い介在層をアークイオンプレーティングによって形成する介在層形成工程をさらに含む、
    請求項6に記載の硬質摺動部材の製造方法。
  9. 前記表面処理工程は、前記基材の表面をメタルボンバードによって処理する工程である、
    請求項1から5のいずれかに記載の硬質摺動部材の製造方法。
  10. 基材と、その表面に形成されて当該基材の硬度よりも高い硬度を有するカーボン膜と、を備えた硬質摺動部材であって、請求項1〜9のいずれかに記載の製造方法によって製造された硬質摺動部材。
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