作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。
【あの食トレンドを深掘り!Vol.53】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。
ここ1~2年、「グリークヨーグルト」と呼ばれる濃厚なヨーグルトの専門店が、各地に次々と登場し人気を集めている。日本農業新聞の5月14日配信記事「[トレンド情報局]“硬め”ヨーグルトがブーム 脱脂粉乳使わず高タンパク 牛乳消費増に期待」によれば、今年3月に六本木で開業した「レムズ グリークヨーグルト」では、生産が追いつかないほどの人気。市販品も人気が上昇しており、先陣を切って2011年に発売された森永乳業の「ギリシャヨーグルト パルテノ」シリーズのプレーンタイプは、今年4月の販売実績が前年同月比で2桁超えになり、2018年に発売された国分グループ本社の「クリエイト ギリシャヨーグルト」は、今年4月は前年同月の1.5倍売れている、と好調が伝えられる。
森永乳業の商品名から分かるように、今人気になっているグリークヨーグルトは、つい最近まで「ギリシャヨーグルト」と呼ばれていた。2010年代半ばには「水切りヨーグルト」と呼ばれ、手作りする人たちも多かった。作り方は簡単。市販の一般的なプレーンヨーグルトを、キッチンペーパーやさらし布などで包み、ザルに入れるなどして自然に水切りさせておくと、下に黄色い液体のホエー(乳清)が落ちて水分量が減り、濃厚なヨーグルトが出来上がる。硬さは調整でき、1~6時間ぐらいの間で好みの硬さになったら完成。もちろん、市販品や専門店のヨーグルトは、製法を工夫するなどして質を高めている。
呼び名が変わり流行が拡大しているのは、今回のブームが韓国から飛び火した要素が大きいからだ。韓国では、グリークヨーグルトの名前で呼ばれている。ヨーグルト好きのウェブコミュニティ『みんなのヨーグルトアカデミー』で、3月5日に配信された「最近よく聞く『グリークヨーグルト』ってなに? 東京で楽しめるおすすめの専門店2選」(一般社団法人ヨグネット代表 向井智香)によると、日本の商品は脱脂粉乳を原料にした無脂肪タイプが多いが、韓国商品は牛乳を原料にしたものが多い。日本製は水分が多めでクリーミー、しっとりしたタイプが多いが、韓国製はかなり時間をかけて水分をしっかり切っているので、スプーンですくうとネチネチするほどだという。
たくさんある韓国の専門店の中から2022年5月、東京・茗荷谷に初上陸したのが「milky greek(ミルキー・グリーク)」。抹茶味、ロータスビスケットを練り込んだものなどさまざまなフレーバー入りが楽しめる。5月には原宿に「Bowls #(ボウルズ)」が韓国から上陸。コロナ前の、韓国かき氷ブームを思い起こさせる展開になってきた。
最近、韓国から上陸するブームは多いが、それは若い世代にとってSNS経由で入ってくる韓国の流行が、ぜひ採り入れたい選択肢の一つとして定着しているからだろう。振り返れば20世紀後半は、地方の若者がテレビや雑誌などで入手できる東京の情報に飛びついていた。1990年のティラミスブームは、ニューヨークから東京に入り、『Hanako』が発信源となって全国に飛び火した。今は、コロナがあっという間に世界中でパンデミックに発展したことからもわかるように、国内外のネットワークが広範囲にわたる。既存のメディアより早く、SNS経由で流行も採り入れやすい。韓流ファンが多いこともあり、韓国で流行れば日本でも流行る、という若者文化が本当に多くなった。
ちなみに、グリークヨーグルトは、もともとの流行発信源の欧米ではすでに定着している。この呼び名は、紀元前のギリシャの遊牧民たちの間で、羊乳やヤギ乳から作った濃厚なヨーグルトを食べていたことが由来のようだ。欧米の流行については、『ヨーグルトの歴史』(ジューン・ハーシュ著、富原まさ江訳、原書房)に説明がある。2005年にニューヨークでトルコ系クルド人のハムディ・ウルカヤがチョバーニ社を設立し、グリークヨーグルトブームの火付け役になった。ウルカヤが「低脂肪でタンパク質豊富なヨーグルトを求める消費者の声を敏感に察知した」という説明を読めば、日本でのブームの要因もわかろうというもの。水切りヨーグルトと呼ばれた10年前は、糖質制限ダイエットブームが盛り上がり始め、高タンパク食品への注目が高まった頃。その後、プロテインブームも起こったので、グリークヨーグルトは、うってつけの健康食品というわけだ。
また、水分を減らしたグリークヨーグルトが持つ「濃厚」さは、近年の流行食で使われるキーワードの一つ。「濃厚な」「濃い味」=「おいしい」というトレンドも後押ししている。
濃厚ブームは、バブル期のイタリア料理ブーム以降、ズッキーニやパプリカといったヨーロッパ発の味が濃い野菜が流行したことなどをきっかけに、どんどん海外の料理が人気になって定着していったことや、ここ10年ですっかり肉食化した人々の好みの変化も影響しているように思われる。
蒸し暑い季節が続く日本では、さっぱり、軽い、ジューシーな味わいが好まれる、と私は長らく思っていたが、このように最近は勝手が違う。1984年に日本へ上陸したハーゲンダッツの濃厚さに衝撃を受けた私は、1919年誕生のカルピスだの、ヨーグルトプリンとも呼べそうな1950年生まれのハネーヨーグルト(明治)だのに郷愁を感じてしまう。だいぶ時代遅れだなあ、と思わされる今回の流行である。
作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。
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