プシュ。小気味いい音を鳴らして、冷えた液体を喉に流し込む。安くて手軽。気づくと、もう数本空けている。わかっちゃいるけどやめられない。
じきに、酒量が増えたことに気づく。酔い方もひどい。そういえば最近、お酒のことばかり考えているような……。こうなってしまったら危ない。自分の意思では止められないアルコール依存症。その底なし沼から生還を果たすには、何が必要なのか。
根岸康雄さんの新刊『だから、お酒をやめました。』には、お酒を飲むすべての人が知っておくべき「アルコール依存症のリアル」が描かれています。その実態とは?
前編記事『一流企業に勤める夫、私学に通う二人の娘…理想的な家庭が崩壊したきっかけとなった「全裸の写真」』より続く。
母親の焼身自殺
暮れも押し詰まった12月29日の朝の4時頃だった。家の電話がけたたましく鳴った。
こんな時間に……。涼子の脳裏に不吉なものが過る。
「ね、姉さん!家が燃えているんだよ‼」それは弟の声だ。
「家が燃えているってどういうこと⁉」
「母さんの家が燃えているんだよ‼」
母親は弟の家族と別に、同じ敷地に建つ家で一人暮らしをしている。その母親の家が火事だというのだ。涼子は朝一番の飛行機で実家に戻った。家は全焼、母親は焼死。
ショッキングな事実が後日、消防と警察から告げられる。母親の部屋には大量の灯油がまかれた痕跡があるというのだ。遺体には特別な外傷がない。母親は焼身自殺を図ったことが現場検証から判明したと署員は涼子に告げた。電話での会話で母親がかなりのうつ状態だったことは、涼子も気づいていた。だから一緒に暮らそうと勧めていたのだ。
妻の心中を察した夫からの言葉はなかった。娘たちに自殺のことは伝えなかった。
身体が動かなくなった。買い物に行くこともキッチンに立つこともできない。何もする気がなくなってしまった。まともな状態ではないと自覚した涼子は、大学病院の心療内科を受診し、うつ病と診断された。「更年期障害でしょう」という医師の見立てだったが、母親の自殺のことは医師に告げなかった。