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ブックマーク / blog.liverarian.com (3)

  • ノラ博士の比ではないノラ司書の現実 - ぶらぶらライブラリアン

    ノラ博士の比ではないノラ司書の現実 高学歴ワーキングプアと比べたら、有資格ワーキングプアのほうがはるかに地獄と言いたい。もうそこは阿鼻叫喚の血の池地獄、無間地獄としか表現のしようがない。 司書の資格を持っていない人から見れば、図書館なんて極楽のように思っているかもしれない。知的で、優雅で、時間的なゆとりがあって、恋愛ごっこだって、戦争ごっこだって、、、おっと、これはフィクションの世界だ、まあ、楽そうな世界だと思っているだろう。現実はそんなものではない。公共図書館は利用者を幅広く受け入れる。組関係の人、つまり暴力団関係者だって、ホームレスだって、心に病を抱えた人だって、不平不満が心に渦巻く人だって、特に社会的弱者を受け入れる。利用者のすべてが、読書趣味として、知的で、穏やかな人ばかりとは限らない。カウンター担当の職員は気苦労が絶えない。図書は意外と重い。業者から入荷した資料を運ぶのはかなり

  • 学校図書館って、「玩具」だったのか -- ぶらぶらライブラリアン

    学校図書館って、「玩具」だったのか 最近、やっとわかってきた。人間の理解に限界があることを。 人間は自分の立場を超えて、相手の気持ちになることなんて、どんなに科学が進歩しても、社会が発展しても、不老不死が不可能なくらいに無理である。あくまでも、自分という殻の中に閉じこもりながらでしか、物事を考えられない。 学校図書館の話をしていると、「自由読書」の話題が出てくる。要するに、学校の勉強を離れて、読書をすることらしいのだけれども、学校図書館で行う読書は、質的には学校教育の一環であるから、勉強を離れて自由に読書をさせることは全くありえないことになる。反対意見を突き付けるのを避けて、一歩譲歩すれば、自由読書を主張する人は、「強いて勉める」勉強ではなく、気持を開放して、読書に親しむのであって、学校教育の一環で読書をさせるのであると言いたいのかもしれないが、どちらにしても、学校教育を否定しようとする

  • ぶらぶらライブラリアン

    萌え系図書館コミック 昨日、神保町の高岡書店で『スットコ図書館』を購入した。 コミック専門の高岡書店で見つかると思ったが、コミックが堆く積みあがった棚から探すのは至難の技で、結局、店員の人に探してもらった。探してもらう間、正直、『図書館司書・麻里』を買う時より、ドキドキした。何しろ、キャラクターが完璧萌え系なので、いい年をした男が買っているところを誰かに見られたら、実に恥ずかしい。心臓バクバクで、口も喉もカラカラに渇ききったところで、店員の人が見つけてくれた。著者は、結構有名な人だったらしく、店員の人は(あんた、当に、このマンガ家、知らないのお?)っていう口ぶりだった。 開いて中身を読み始めたら、意外と普通の話で、ちょっぴりエロいエピソードも無いわけではないが、帰りの電車の中で読んでいても、周りから怪訝な目で見られることもなかった。実に平和で、楽しい話だ。 図書館長の孫娘で岩瀬キョウ

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