はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました 以下のエントリの通り、今年末を目処にはてなグループを終了予定である旨をお知らせしておりました。 2019年末を目処に、はてなグループの提供を終了する予定です - はてなグループ日記 このたび、正式に終了日を決定いたしましたので、以下の通りご確認ください。 終了日: 2020年1月31日(金) エクスポート希望申請期限:2020年1月31日(金) 終了日以降は、はてなグループの閲覧および投稿は行えません。日記のエクスポートが必要な方は以下の記事にしたがって手続きをしてください。 はてなグループに投稿された日記データのエクスポートについて - はてなグループ日記 ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 2020-06-25 追記 はてなグループ日記のエクスポートデータは2020年2月28
大正から昭和にかけて、女学生の間の連絡の手段として手紙はもっともありふれて、そして重要な手段であった。女学生たちは少しでも愛らしい手紙を書くために、高畠華宵や竹久夢二の便箋や封筒をこぞって買い求め、センスのある手紙を書くための文例集も発売されていた。らんぷの本から出ている「女學生手帖」には当時の文例集からその内容が紹介されている。当時の女学生たちはこのようなお手紙例文集を手本にしながら、様々な想いを手紙に託していたのだろう。「思い切って」 お姉さま! あたしのお姉様!? お許し下さい。 せめて心の中でのみこうお呼びしますことを。ほんとうにこの頃のあたしはどうしたのでしょう。お室に居るときは尚更、学校に行って居る時だった、ただの一分間もお姉様が忘れられないのです。 あたしは幸福です。お姉様とお机を並べる事が出来たのですもの。でも同じその一つの事がたとえられない悲しみとなって居ますの。
ちゆのごあいさつ はじめまして。私は、仮想世界に生きる“電子の妖精”ちゆといいます。実体を持った女性よりも空想の美少女が好きだ!という二次元コンプレックスな方のために生まれた新しい形のネットアイドルです。どうかよろしくお願いします。(バーチャルネットアイドル・ちゆ12歳) なんでも評点さんによると、昨年末、中国の少年が「僕はドラゴンなんだ。僕は、世界を救うことを宿命付けられているんだ」と言って家出したそうです。 日本では、80年代にソッチ系の女の子が大量発生したことがありました。 当時のオカルト雑誌「ムー」の、ペンフレンド募集コーナーを見ると……。 「前生アトランティスの戦士だった方、石の塔の戦いを覚えている方、最終戦士の方、エリア・ジェイ・マイナ・ライジャ・カルラの名を知っている方などと」 「前世名が神夢、在月、星音という3人の男性を捜しています。早く目覚めて連絡を!!」 「九燿、霊能者
結局カテゴライズなんて恣意的なもんで、便利な枠さえあれば何でもあてはめてそれなりに納得できるんだから、なんて話をしながらともだちと「オシャレ」の対立項は「美学」だよー!と笑いながら作った表がこれ。 そんで、なにやらオタクとサブカルが仲悪い(と思っているひとがいる)みたいだ*1、って話になって「オタクってサブカルのいちジャンルじゃないの?」って思っていたぼくらはたいへん困ったのであった。出た結論。オタクとかいう造語を使うからワケがわからなくなるんで、全部「気持ち悪い奴」って呼べばいいんじゃないかな!DQNなんて「ちんぽ」でいいじゃないか!たいした根拠もなく印象だけでカテゴライズするってのは、どんなに気取ったって結局そういうことだと思うよー!得意技は槍だよー! なんてことを書いてから、上の図に書いてあるオタクとDQNって分け方が人権意識に欠けてる気がしたので「被害者意識」「加害者意識」って分け
1月31日に新宿ロフトプラスワン行われたエロマンガ is Dead (or Alive)special issue 2007に行ってきました。以下それのレポです。出演者は以下の面々。 第一部 東浩紀 小谷真理 第二部 山本夜羽音 しばたたかひろ 司会 伊藤剛 主賓 永山薫 他サプライズゲスト 到着まで 11頃新宿着。フンパツして800円の中華のランチを食べて所持金が二千円を切る。 喫茶店とか行く金がないので、その後ジュンク堂新宿店に五時間くらい潜伏して網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティを読んだりフロイトの「不気味なもの」を読んだりして過ごす。ただ読みできる状態になってた甘詰留太の二代目はこすぷれーやー 1 (ジェッツコミックス)をよむのに夢中になっててたら七時過ぎてたのにビビッて、あわててジュンク堂を出る。 ロフトプラスワン見つからず 歌舞伎町の歓楽街にある交番にいた偉そ
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というわけで、母校の学園祭もとい芸術祭に行ってきた。ひさしぶりに先輩が田舎から出てくるからだ。行ってから知ったのだけれども、昨日、ここにPerfumeが来ていたらしい。ということはオタクと美大生のレーゾンデートルをかけたコンフリクトがあったに違いないのだが、小平は鷹の台駅から歩いてはるばる徒歩20分のど田舎、ふと振り返れば厳戒態勢の朝鮮学校がすぐそばにあるシュールなこの場所にやってきたオタたちの心情はいかばかりか。小平の雄大な田畑を背負ってオタ芸は炸裂したのだろうか、とか思ったのだけれども、聞けば今年の漫研入部者は20人以上に及ぶと聞き、さらに現在漫研サークルの総人数は60名を数えるそうだ。おのれら何しに学校に来とるんじゃ、と自分を棚においてわめきたくなったが、それにしても少子化の昨今、サークルの最下層カースト、キモい人の集団、サークルボックスで授業をサボって少年があんあことやこんなことを
平成3年ごろのモンドミュージック特集です part2 http://www.youtube.com/watch?v=N3W-7IaqHnk
さて、まずはコメントなどへのお返事。 1980年代当時に言われていた『ロリコン』と、今言われてる『萌え』ってのは同じものか違うものか、と問われますと、私見では「違うもの」です。 ただ、現在の定義において『萌え』はその範囲が広くなりすぎ、当時の『ロリコン』をもまた内包してしまっている、という意味での「違うもの」なのではないかと。 私個人の考えではありますが、「萌え」というのは「愛でる感情の発露」の包括的形容で、接頭語としての萌え(萌え属性、萌え戦車、など)、接尾語としての萌え(メイド萌え、猫耳萌え、など)、等々広範囲に使われる場合にはまた別の性格を帯びるもの、ではないかと思ってまして、それに比べると当時の「ロリコン」は「二次元美少女萌え」、「キャラ萌え」、「幼女萌え」からあまり大きく逸脱していなかったのではないかと。>id:elenさん。 今回の記事の前後関係ですが、1970〜80年代の関連
http://ex11.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1162365087/ 1 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2006/11/01(水) 16:11:27.40 0 RKBラジオ@福岡でひきこもり人生相談やってる その中の内容の一つに 「息子が通販で漫画やCDを買っている(金はもちろん親持ち)」 「たまにタイトルと出版社を書いた紙を渡されて買いに走らされる」 「でもその漫画を読み終えるとすぐに「パソコンに入れる」などと言ってバラバラにしてしまう」 回答者 「漫画をバラバラにするというのは尋常じゃありません。 「パソコンに入れる」というのは現実世界とインターネットの世界が曖昧になっている傾向。 恐らくストレスと将来に対する不安から精神的恐慌状態に陥っています。 正直、領域外の事なのでカウンセラーに専門的な指導をしてもらうのをオススメします」
現存スレでほとんど動きがないのだが、あまりに面白い為、自分用にコピペでとっとく。 コピペに失敗したので改行がめちゃくちゃになってしまったが… たった2日間しか存在しなかった「萌え絵根絶委員会」会長の奮闘記。 この手の議論は同人板関連でよく見るけど、内容的にはどちらかというとVIP。 同人ノウハウでやるというのはスレ主がとんでもない電波かと思われたが、次第に会長の情熱と人のよさとそのボケっぷりにほだされてしまいましたとさ。 住人もキャラたってるのが多くて、進行自体がまるで漫画のようだった。 だから、会長にはぜひ戻ってきて欲しいとやはり思いました。 <萌え絵描きとそのファンは死んだ方がいい> 「萌え絵根絶委員会」1日目 1:スペースNo.な-74:2006/07/18(火)01:30:02 好みの画風を、とやかくは言いたくなかった。 だが萌え絵描きの奴らは、自分たち以外の方向性の表現をことごと
訃報 コミックマーケット準備会代表・有限会社コミケット取締役社長 米澤嘉博 儀 肺癌のため10月1日午前4時40分 逝去いたしました(享年53) ここに生前のご交誼を深謝し 謹んでご通知申し上げます 通夜および告別式は、米澤家、コミックマーケット準備会及び(有)コミケット合同葬を持って下記のとおり執り行ないます 1.通 夜 10月6日(金) 午後6時より7時半まで 1.葬儀・告別式 10月7日(土) 午後1時半より3時まで 1.場 所 麻布山善福寺 東京都港区元麻布1−6−21 電話03−3451−7402 (地下鉄大江戸線・南北線「麻布十番」駅1番出口より徒歩5分) 2006年10月1日 〒155−0032 東京都世田谷区代沢5−8−11 ニューハイム福島102 03−3412−0191 コミックマーケット準備会 有限会社 コミケット 葬儀委員長 安田かほる 筆谷芳行 市川孝一 喪
コミックマーケット70終了後の反省会に出ていた方等は、 夏のコミックマーケット70当日、 米沢がギックリ腰で体調が芳しくなかったことはご存じだったかと思います。 しかしながら、米沢は、ギックリ腰だけではなく、体調不良につき、 7月から入院しておりました。 第3回拡大準備集会もコミックマーケット70当日も病院を抜けて参加する状況でした。 現在も、米沢は入院加療中ですが、病状は予断を許さない状況にあり、 コミックマーケット代表を続けるのは不可能です。 冬のコミックマーケット71への参加も極めて難しいと思います。 米沢からは、代表の退任と、今後のコミックマーケットについて、 基本の部分についてはこれまでと変わらない形で続けてほしいという話がありました。 また、それにあたって、我々、 安田かほる・筆谷芳行・市川孝一の3人が共同代表としてコミケットを運営してほしい旨の話があり、 我々もそれを了承しま
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