(名古屋大学出版会・5880円) ◇経済人はなぜ満州事変を阻止できなかったのか 日本の真珠湾攻撃を知ったその日、南原繁は「人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ」と詠った。無謀な戦いであり、先に待っているのは敗北だけと思われるのに、戦いが始められてしまった衝撃を詠んだものだ。政治哲学者・南原が、歌のなかで、学識とともに挙げた言葉が「人間の常識」だった点に、目を奪われる。 いっぽう、産業革命期の日本資本主義の全体像と特質を描くことにかけて、右に出る者がいないと言われる本書の著者・石井寛治。1997年の著作『日本の産業革命』のなかで石井は、近現代史を帝国主義史として批判的に描くことを「自虐的」だとして排する史観の流行を批判し、こう述べていた。いわく、「世間の常識」を完全に無視するわけにはいかないが、研究者たるものは、常識=体制への批判精神を欠いてはならない、と。 人間の常識に敬意を