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澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

トランプは、アメリカの民主主義の健全さを示すリトマス試験紙となった。彼が、有罪の宣告を受け、さらに受刑者として収監されることが、アメリカの民主主義の成熟性の証しとなる。それが「トランプ有罪評決」の爽やかさの理由である。

(2024年6月1日)
 昨日の朝は、久々に爽快だった。言うまでもなく、「トランプ有罪」の報が飛び込んできたからである。この上なく耳に心地よい、市民による正義実現のニュース。法廷には、「ギルティ」の言葉が34回繰り返されて響いたという。12人の陪審員が、34件の業務文書偽造の各訴因について、全員一致で「有罪」と認定したのだ。

 伝えられるところでは、検察はこの公判で、犯罪の動機を「2016年大統領選に不利な影響が生じないための被告人(トランプ)の工作」と強調したという。単なる「ポルノ女優との不倫の〈口止め料隠し〉」ではなく、民主主義の根幹を揺るがす「公正な選挙を冒涜する犯罪」と構成してのことである。アメリカ合衆国大統領候補者が、大統領選挙に不利と見て自らのスキャンダルを隠蔽するために金を積み、そのカネの使途を隠すために文書を偽造したのだ。12名の市民は、厖大な証拠に基づいてこの大統領候補の犯罪の成立を認め、前大統領に「ギルティ」を宣告した。

 有罪の評決は、トランプにも意外だったのだろう。夕刊各紙に掲載された判決言い渡し直後のトランプの形相が凄まじい。血走った目が、衝撃の深さを物語っている。それでも彼は、型のとおり「恥ずべき不正な裁判だ」「民主党による政治的迫害だ」「バイデンが裏で糸を引いている」とコメントしている。いや、恥ずべきはトランプ自身ではないか。カネとウソと居丈高。みっともないこと、この上ない。共和党は、こんなのをまだ大統領候補にしておくのか。

 一方、バイデンは落ちついて、「法を超越する存在はないという米国の原則が再確認された」「他の裁判と同じように選ばれた12人の陪審が、5週間証拠を調べ、慎重に検討した後、全会一致で評決に至った」「トランプは弁護の機会を与えられたし、上訴の機会もある。それが米国の司法制度のあり方だ」と述べたという。余裕綽々、この点はそのとおりである。バイデンも決して立派な政治家とは言えないが、トランプとの比較の限りでは、月とスッポン、提灯に釣り鐘である。

 バイデンの言のとおり、いかなる権力者も服さざるを得ないのが、民主主義社会における「法」である。王も、皇帝も、大統領も、党も、主席も、総統も領袖も、金持ちも、人気者も、一人として例外はあり得ない。前大統領であり次期有力大統領候補であるトランプの「有罪」は、米国の民主主義いまだ地に落ちずという図柄である。これが、このニュースの心地よさの所以である。

 私は、アメリカ帝国主義こそ人類最大の害悪だと思い続けてきた。が、同時にアメリカ市民の民主主義の良き伝統には敬意を払ってきた。中国共産党は大嫌いだが、中国の風土と文物、人々には畏敬の思いを拭いがたい如くに、である。

 この度の「トランプ有罪」は、アメリカの市民社会に根差した民主主義の伝統の発露として敬意を評したい。さらに、トランプが起訴されているその余の3件のいずれにも、有罪の評決と厳しい科刑を期待したい。トランプとは、今やアメリカの民主主義の健全さ如何を示すリトマス試験紙である。彼が、受刑者として収監されることによって、アメリカの民主主義の成熟性を示すことになる。中国やロシアでは考えられない、権力を抑制してこその法の存在であり、民主主義なのだ。そのような目で、今後のトランプの刑事裁判に注目したい。

朝に「プーチンに逮捕状」と聞き、夕に「トランプの逮捕」を耳にする。

(2023年3月19日)
 昨日(3月18日)は奇妙な日だった。早朝のニュースで「プーチンに逮捕状」と聞き、深夜就寝前のニュースが「来週火曜日にトランプ逮捕」と言った。いずれも寝床でのラジオが語ったこと。東と西のゴロツキが法の名において断罪されようということなのだから、これが実現すればこの上ない慶事だが、さてどうなるか事態は混沌としたままである。

 トランプは18日、自ら立ち上げた独自のSNS「トゥルース・ソーシャル」に「共和党の最有力候補でありアメリカ合衆国の元大統領が来週の火曜日に逮捕される」などと投稿した。トランプ自らによる、トランプ逮捕予告の記事である。真偽のほどは不明だが、「検察からの違法な情報漏洩」があったことを根拠にしてのことだという。逮捕を免れようと、「抗議しろ、私たちの国を取り戻せ」と自身の支持者に呼びかけている。理性に欠けた狂信的支持層の反応が懸念される。とうてい、民主主義を標榜する社会のあり方でない。

 朝に「プーチンの戦争犯罪」を断罪し、夕べに「トランプの破廉恥と、民主主義への敵対姿勢」を確認した日となった。

 トランプの投稿は、逮捕の被疑事実や捜査の進展など詳しい経緯には触れていない。それでいて、「抗議しろ、私たちの国を取り戻せ」なのだ。いったい何をどう抗議せよというのか。おそらくは、そんなことはどうでもよいのだ。ともかくも、愚かな自分の支持者を煽動して抗議の声を上げさせさえすれば、逮捕の実行はなくなるだろうという傲り、あるいは願望が透けて見える。こんな人物が、アメリカの大統領だった。そして再選を狙う候補者なのだ。

 伝えられているところでは、最も可能性の高いトランプの逮捕理由は、2016年に不倫関係にあったとされるポルノ女優ストーミー・ダニエルズに「口止め料」を支払った問題で、以来今日まで、ニューヨークのマンハッタン地区検察官が捜査を続けてきた。この件について、米メディアは「捜査が大詰めを迎えている」と報じていたという。

 問題となっている元ポルノ女優は、かつてトランプと不倫関係にあったとされる。トランプはその関係が明らかになることで大統領選に影響が出ることを懸念し、弁護士を通じて13万ドル(約1700万円)を支払った疑いがかけられている。ニューヨーク州法では、選挙に影響を与える一定額以上の寄付が禁じられており、この口止め料が抵触する可能性が指摘されてきた。トランプを起訴するかどうかは、地区検察官が招集した大陪審が決める。

 起訴された場合は、トランプはいったん出頭して逮捕される手続きとなるという。米メディアによると、地区検察官はトランプに対し、大陪審の前で証言する機会を提示したが、トランプは拒んだ。ニューヨーク・タイムズはこうした経過を根拠に「起訴が近いことを示している」と報じた。

 トランプを巡っては、脱税疑惑もあり、20年大統領選の結果を覆そうとした疑惑や公文書を私邸に持ち出した疑惑など、複数の案件で捜査が進められている。さすがに「容疑者が大統領」ではシャレにもならない。こんな人物を大統領候補にしているのが、アメリカの一断面なのだ。

 思い出す。トランプの顧問弁護士だったマイケル・コーエンのことを。彼は、トランプの代理人として、2016年の米大統領選期間中にトランプとの不倫関係を公表しようとしていたポルノ女優と米男性誌「プレイボーイ(Playboy)」元モデルに口止め料を支払い、これで選挙資金法に違反したとして有罪となった。禁錮3年である。

 ポルノ女優のストーミー・ダニエルズと、米男性誌「プレイボーイ」元モデルのカレン・マクドゥーガル両名への不正口止め料の支払いの金額は計28万ドル(約3200万円)と供述していた。コーエンは、この金額はトランプと調整し、最終的にトランプの指示で支払ったもので、当然にトランプも違法を認識していたと述べている。しかし、いまだにトランプは「違法行為を指示したことはない」と否認し続けている。

 このコーエン弁護士。安倍晋三・昭恵の夫婦に乗せられながら、途中で切って捨てられて今は下獄している籠池夫妻に似ていなくもない。

 ここまで来れば、トランプも退くに退けない。司法当局と争わざるを得ない立場となった。当面は、大陪審の面々に圧力をかけ、徹底して脅すしかない。ということは、ニューヨークの一般市民を敵にまわすということでもある。結局は、偉大なアメリカの実現のために「法の支配」「民主主義」と果敢に闘う大統領候補になるということなのだ。プーチンとトランプ、なんとまあ、よく似ていることか。

岸田文雄の得意と失意。

(2023年1月16日)
 どうです、わたくし岸田文雄の働きぶり。我ながらホレボレというところ。ときどき自分の才能にニンマリですよ。あのアベさんもできなかった、大軍拡・大増税。事実上、易々とやっちゃった。

 憲法改正はね、自民党結党以来の党是ですよ。「党是」って、「悲願」とか「宿願」っていうこと。明文改憲には、だれも手を付けられなかった。岸信介、中曽根康弘、安倍晋三も、憲法の一字も変えていない。でも、私・岸田が、事実上憲法ぶっ壊しましたものね。大したもんでしょう。

 だから、アメリカ大統領も、私のことをベタ褒めですよ。日本時間での月月14日、バイデン大統領と会いました。皆さん、テレビ見たでしょう。ホワイトハウスの南正面玄関で、アメリカ大統領が私を出迎えたんですよ。「あなたは真のリーダーであり、真の友人だ」とまで言ってくれた。異例の厚遇って話題沸騰ですよ。本当に、私、歓迎されたんだ。多少は、舞い上がってもよいでしょう。もちろん、アメリカの旧式武器を買ってくれるマヌケなお客さんだからって、やっかむ人もいるけどね。

 「岸田は宏池会なんだから、ハト派のはずじゃなかったのか」って。そりゃ、何度も言われますよ。「ハトの卵からタカが生まれた」とか、「ウリの蔓にトリカブトが成った」なんて悪口も。ぜんぜん気にしちゃいませんよ。すべては結果次第でね。

 私は、ハトのフリをしていたわけじゃない。みんなが勝手にそう思い込んでいたというだけのこと。タカの本性丸出しの安倍さんじゃ、みんな警戒したでしょう。でも、「特技は人の言うことをよく聞くこと」なんていう私は警戒されない。なんだ、結局「アメリカと財界と右翼勢力の言うことにしか聞く耳もたなかったのか」なんて気が付いたときには、時既に遅しという次第。本当に、私は有能なんだ。

 何がコツかって? ひとつは、国会論議を避けること。そして、国民を煽ることだね。国民に恐怖を植え付けて、これに火を付けること。中国は恐い。ロシアも恐いぞ。北朝鮮はもっと恐い。恐い相手は、ある日突然何をしてくるか分からない。そのときに備えて、敵基地攻撃能力を備えておかなくてはならない。恐くて悪い敵国も、日本が敵基地攻撃能力を備えていると分かれば、報復を恐れておいそれと日本を攻撃しなくなる。平和が保たれる。これが抑止力。アメリカと一体になれば、もっともっと大きな抑止力ができる。

 抑止力って、戦争を防ぐためのチカラ。これあればこそ、恐くて悪い敵国も、軽々に日本への侵略をすることはない。もちろん、抑止力って軍備のこと。軍備を強くすればするほど、大きくすればするほど、抑止力も高まる。つまり、軍隊を増員し兵器を買い込んで、軍備を拡大し増大すればするほど、平和が来る。なんだか変だって? そんなことはない。平和とは、勝ち取るもの。勝ち取るためには闘わねばならない。闘いには武器が要る。軍備を拡大すればするほど、平和になるわけさ。

 その点、日米首脳に意見の齟齬はない。大統領は私の訪米を歓迎し、両首脳間のパートナーシップ、そして日米同盟はかつてなく強固であると言った。私も返答した。日米両国が近年で最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している中、我が国として、昨年12月に発表した新たな国家安全保障戦略等に基づき、反撃能力の保有を含む防衛力の抜本的強化及び防衛予算の相当な増額を行っていくってね。大統領は喜んでくれた。もう、これで、実際戦争になっても大丈夫さ。

 とは言え、いつまでも国会論議を避けているわけには行かない。もうすぐ、通常国会が始まる。気分は良くないね。予算はすんなり通らないのじゃないかな。なにより、ぶち上げた大軍拡には、大増税が必要だ。国民がすんなり受け容れるはずはない。これ以上の支持率低下はやっぱり恐い。

 それにしても、大軍拡はアメリカからは大歓迎だ。「あなたは真の友人」「あなたこそ真の指導者」と手放しだった。公費を使っての外遊はいい心持ち。お土産だって全部税金だものね。いつまでも外遊していたかった。どうして、同じ大軍拡が、国内では評判悪いのだろう。軍拡すればするほど平和が保障されるっていうのに…。

酒井啓子千葉大教授《「侵攻」をめぐる二重基準》の紹介

(2022年4月14日)
 今朝の毎日の第11面「激動の世界を読む」シリーズに、酒井啓子・千葉大教授の骨太の論説。ネットでは有料記事のようだが、読むに値する内容。こんな論説を読めるのだから、新聞というものは実に廉い。

https://mainichi.jp/articles/20220414/ddm/004/070/017000c

 《「侵攻」をめぐる二重基準》《ゆがめられる国際規範》という二つの大きな主見出しに、『難民対応でも違い』『「現状」とは何か』そして、『論理酷似する米露』という小見出しが付いている。

 キーワードの第1は、「二重基準」である。
 アフガニスタン戦争、イラク戦争など米国の軍事介入と、今回のロシアのウクライナ侵攻。同じ「大国による現状変更の軍事介入」でありながら、国際社会は「よい介入」と「絶対悪としての介入」と極端なダブルスタンダードの評価をした。
 そのことが難民対応の違いともなる。ウクライナ難民に対して、日本などはもろ手を挙げて受け入れを表明した。一方、シリアやイラク、イエメンなど、同じく外国の介入が原因で難民化し、受け入れを何十年も待ち続けている人々が、ウクライナ難民優先で放置される。

 キーワードの第2は、「現状変更」
 「武力による現状変更」というときの「現状」とは何か、という問題。欧米の言う「現状」がソ連崩壊後の国際秩序であるのに対して、ロシアにとっては、帝国期からソ連時代に至るロシア文明圏の維持が、あるべき「現状」なのだろう。
 何が「維持されるべき現状」なのかを決めるのは、戦争の勝利者である。勝利者のルールに阻まれて失地が回復できないなら、自らが勝利者となるしかないと考える力の論理が横行する。

 キーワードの第3は、「米露の論理酷似」
 20年間の「対テロ戦争」で多大な負担と損害を被って、米国は介入先から撤退した。だが、米国が多用した正当化の論理は、そのままロシアに引き継がれている。自派勢力に武器と義勇兵を投入し、それを正当化するために人道と正義をかざすなど、そうした軍事介入での手法が常とう化され、米国からロシアに継承されている。

 そして結論が《ゆがめられる国際規範》を正さねばならないということ。
 国際規範が大国によって徹底的にゆがめられ、恣意的に利用されてきたために、規範としての信頼性が失われている。今、国際規範が無力なのは、大国の武力による利益追求を正当化する口実でしかないと、矮小化されているからである。
 ロシアのウクライナ侵攻と、アメリカの「対テロ戦争」の反省は、私たちに、欺まんにまみれた国際規範を正し、その汎用性を高める努力の必要性を訴えている。

 要約すれば以上のとおりだが、若干の感想を付け加えたい。
 私は、ベトナム戦争以来、軍事超大国アメリカこそが不合理な世界秩序における不正義の元兇と考え続けてきた。湾岸戦争ではその立場で、「ピースナウ・市民平和訴訟」に取り組んだ。不正義なアメリカの戦争に加担してはならない、との基本姿勢である。その後のアフガン戦争、イラク戦争と、私の信念は強化された。

 酒井教授の言う、「二重基準」はそのとおりである。が、今批判を集中すべきはプーチンのロシアであって、アメリカではない。ウクライナやNATOの不手際でもない。

 プーチン・ロシアの手口は、アメリカの軍事介入にも、皇軍の侵略にも酷似していることを忘れない。徹底してプーチン・ロシアを批判し、その侵略批判の国際世論の高揚をもって、アメリカも旧日本軍も、あらゆる国の侵略と人権侵害を許さない平和をつくるよう努めたい。国内の動きにも、「そりゃ、まるでプーチンの論理や手口とおんなじだ」と批判できるようにしたいのだ。

 そして、少なくともウクライナ難民の受け入れの程度には、我が国の難民対策を改善しなければならない。「二重基準」の解消は、平和と人権を尊重する方向で行われなければならない 

沖縄のコロナ禍第6波は、安保法体系がもたらしたものである。

(2022年1月8日)
 我が国には日本国憲法を頂点とする法体系が構築されて「法の支配」が貫徹されている…はずである。しかし、現実には「安保法体系」というもう一つの法体系が我がもの顔に日本国憲法の法体系を侵蝕している。

 田中耕太郎長官時代の最高裁大法廷が、「統治行為論」という「法論理」で、「安保法体系」の「日本国憲法体系」からの独立性、ないしはアンタッチャブルな正確を容認してしまった。以来、「安保法体系」は、ひっそりと日陰に存在しているのではない。大手を振って堂々と自らを誇示しているのだ。

 「安保法体系」が突出するところ、日本国憲法が保障する平和主義だけでなく、人権尊重も影をひそめることになる。いつの間にか安保容認論に毒された世論の下においても、ときに安保法体系の反国民性が無視し得ないものとして映ることがある。いま、沖縄で猖獗を極めつつあるオミクロン株の蔓延はその典型である。

 沖縄県における感染状況が急激に悪化している。1月6日の新規感染者は981人、7日は1414人、そして本日(1月8日)が1759人と報告されている。メディアはようやく「地位協定という穴」「日本の主権侵害」として報道を始めたが、問題は以前からのものだ。

 「米軍基地が集中する沖縄県で新型コロナウイルスの感染が急拡大している。感染力の強い変異株「オミクロン株」が基地を経由して市中に広がった可能性が高く、5日の県内の新規感染者数は昨夏の緊急事態宣言中以来となる600人台となった。同じく基地がある山口県でも感染者が急増しており、日本の水際対策が米軍に適用できない日米地位協定の規定と米軍の甘い感染防止対策が、国内のオミクロン株流行を早めた形だ。

政府は新型コロナの封じ込め策として、海外からの入国者を制限するなどの水際対策を続けてきた。だが、海外から軍用機などで入ってくる米軍関係者は規制の対象外となる。協定は在日米軍と米軍関係者らの法的地位を定めた取り決めだが、米側に大きな権限が与えられ、日本の主権が事実上及ばないためだ。」(1月6日・毎日)

 NHKの集計によれば、昨日(7日)までの1週間における人口10万人当たり感染者数は、都道府県単位で沖縄県がダントツの239.23人、次いで岩国基地を要する山口県が46.91人となっている。

 この沖縄の感染者数に驚かざるを得ないが、琉球新報の本日(1月8日)の報道では、基地内の感染密度はこれよりはるか高い。「沖縄米軍のコロナ感染 世界最悪級に…10万人当たり1905人 本紙試算」との見出しで、「基地内の直近1週間の新規感染者数を人口10万人当たりに換算すると2千人に迫り、世界最悪レベルとなる」とされている。

 同紙は、「2021年12月26日までの1週間、新規感染者数が最も多い米国は人口10万人当たり358・2人。新規感染者数が米国に次いで多い英国は同901・3人となっている」とも報じており、最悪の基地内感染から、基地外に「滲み出している」ことがよく分かる。沖縄でも、岩国でも、オミクロン株のゲノム解析から、感染の拡がりが基地の中から外に出たことが「確認」されてもいるという。

 玉城知事は2日の会見で「県の危機意識が米軍に共有されていない。激しい怒りを覚える」と指摘。「日米両政府はこの問題を矮小化せず、日米地位協定の構造的な問題だという意識を持ってほしい」と強調した。ただ、政府の地位協定見直しの姿勢は消極的と伝えられている。

 地位協定は、1960年締結の「新安保条約」に基づいて、旧「行政協定」に替わるものとして締結された。その第9条1項と2項が以下のとおりである。(3?6項略)

1 この条の規定に従うことを条件として、合衆国は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族である者を日本国に入れることができる。
合衆国軍隊の構成員は、旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される。合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される。ただし、日本国の領域における永久的な居所又は住所を要求する権利を取得するものとみなされない。

 この条文を根拠に、基地内の軍人軍属には、出入国審査・住民登録の義務がない。出入国の際の必須手続であるCIQ(税関 (Customs)、出入国管理 (Immigration)、検疫 (Quarantine))の全てが免除される。だから、日本国法に基づく強制ができない。

 米兵は、オミクロンとともに米国から日本国内の基地に直行し、あるいは空港でのチェックをスルーして、フリーパスで基地に入ることができる。そして、基地のゲートから街の酒場へも繰り出すことができる。そう。日本憲法の法体系を凌駕する、安保法体系が健在だからこそなのだ。

「対テロ戦争20年」はいったい何だったのか。

(2021年9月11日)
 9・11の衝撃から、今日でちょうど20年。あの同時多発テロ事件とは何だったのか。そして、「対テロ戦争」とは。単純にまとめ切れないが、「平和新聞」(9月5日号)の特集記事に、9・11に引き続くアフガン戦争に限定してのことではあるが、宮田律(現代イスラム研究センター理事長)と、谷山博史(日本国際ホランティアセンター(JVC)顧問)という著名な二人が解説している。この意見に賛意を表しつつ、以下の示唆に富む解説を引用する。

 宮田律は、現地の混乱の温床を「貧困」とし、人々は貧困ゆえに戦っているととらえて、米英流の「対テロ戦争」では、事態を解決しえないことを説く。

 アフガニスタン南部のカンダハルを訪れた時、政府軍兵士の若者とタリバン兵の若者が仲良くしている場面に出くわしました。
 その若者たちは、その時の形勢や給料の多寡を見ながら、政府軍に入るかタリバンに入るかを決めているようでした。彼らは生活のために戦っていました。

 ペシャワル会の中村哲さんも言っていましたが、普通に仕事をして食べられるようになれば、若者たちは命まで懸けて戦う必要はなくなります。だから中村さんは、用水路を掘って農業ができるようにしようとしたのです。
 「テロとの戦い」は、そもそも武力でテロをなくするという発想自体が間違いでした。米国も途中から武力だけでは駄目だと気付いて復興支援にも力を入れるようになりましたが、空爆などで破壊を続けながらの復興支援では成果を上げることはできませんでした。
 支援の中身も、一方的にモノやカネをばら撒くだけで、中村さんのように住民の目線に立った支援ではありませんでした。

 米国はアフガニスタン政府にも莫大な復興資金を注ぎ込みましたか、その多くは旧政権の高官たちの懐に消え、アフガニスタンの人々の貧困を改善することができませんでした。それが、米国が失敗した最大の要因と思います。

 では米軍が撤退したアフガニスタンの混沌たる事態に、これからどう対処すべきか。谷山博史が、具体的なエピソードを挙げつつ、こう語っている。

 タリバンを「極悪非道な連中」と決めつけて対話の扉を閉ざすことは、かえってタリバン政権を強硬な路線に追いやることになりかねません。国際社会も、早くタリバンと交渉のチャンネルを作って、対話を始るべきです。
 それを仲介できる立場にいるのが、日本です。タリバンは、日本を他の欧米諸国とは違うと見ています。
 なぜなら、主要諸国の中で日本だけがアフガニスタン本土に軍隊を派遣せず、一人のタリバン兵もアフガニスタンの市民も殺していないからです。
 そういう日本が国際社会とタリバンとの対話をリードしていくことは、軍事一辺倒の安全保障とは違う道があるということを改めて確認する意味があると思います。

 まったくその通りだと思う。人々の生活の安定と平和とは緊密に結びついた課題となっている。テロの温床である貧困をなくすことが平和への第一歩であって、対テロ戦争と称して、武力での制圧を図ることは、貧困と貧困ゆえの戦闘員を再生産して、負のスパイラルに陥ることになる。アフガニスタンの20年は、その実証に費やされた。

 反射的に、9・11同時多発テロへの報復として米国が始めた戦争は、結局は世界中にテロを拡散し、人々の米国への憎悪を再生産した。米国はアフガニスタンを混乱させただけで、軍を完全撤退させた。「対テロ戦争」の手痛い失敗をさらけ出したのだ。武力でテロを制圧することはできない。テロに走らざるを得ない現地の土壌を改善する以外に方法はない。

 国民の経済的安定が平和主義の土台でもあるということ。日本国憲法に則っての表現をすれば、25条の実効化が9条遵守につながることになる。多大の犠牲を払って得たこの貴重な教訓である。国の内・外に活かしたい。

今日よりは違法と知るべし核兵器

(2021年1月22日)
現地時間の1月20日正午、アメリカ合衆国で政権が交代した。本日(1月22日)の各紙朝刊は、いずれもバイデン新大統領の就任演説と、新政権の特色を押し出した大統領令署名を報じている。

その、新大統領の大統領令署名は、

パリ協定(Paris Agreement)への復帰
世界保健機関(WHO)からの脱退撤回
連邦政府の施設でのマスク着用義務化
「キーストーンXLパイプライン」の建設許可の撤回
イスラム教徒が多数を占める国々からの入国禁止の解除
メキシコとの国境の壁建設の中止
市民権を持たない住民を米国勢調査から除外する計画を撤回等々の

トランプ政権からの政策転換を打ち出す狙いによるものばかり。どれもこれも、トランプ流を否定して、オバマ期に「復帰」以上のものはない。これまでの極端に異常な「アメリカファースト」の国から、もとの「グローバリズム」の普通のアメリカに戻ったのだ。

普通のアメリカとは、異常なトランプ流の野蛮なアメリカよりはずっとマシだが、所詮は「グローバリズム」謳歌の経済大国であり、膨張主義的軍事大国でもある。

本日(1月22日)は、核兵器禁止条約発効の歴史的な意義をもった日である。が、バイデン新政権が、この条約にいささかの関心も寄せている形跡は見えない。トランプに尻尾を振って笑い者となった安倍晋三と同様、菅義偉もおそらくは新しいご主人の鼻息を窺うことになる。核廃絶という国民の願いよりは、軍事的宗主国の意向を忖度しようというのだ。

本日の参院本会議の代表質問で、菅義偉は改めて日本政府として「核禁条約に署名する考えはない」ことを明言した。「多くの非核兵器国からも支持を得られていない。現実的に核軍縮を進める道筋を追求する」と強調した。それでいて、「現実的に核軍縮を進める道筋」の何たるかを示すことはない。これが、被爆国日本の首相の正体なのだ。

この核禁条約には長文の前文がある。核兵器禁止の理念を語って格調が高い。その中に、次の一節がある。

核兵器の使用の被害者(被爆者)が受け又はこれらの者に対してもたらされた容認し難い苦しみ及び害並びに核兵器の実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみに留意し,

「核兵器の使用の被害者(被爆者)が受けた容認し難い苦しみ」と言えば、広島・長崎の被爆者の被爆体験である。また、「核兵器の実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみ」の筆頭には、第五福竜丸23人の被曝者を上げねばならない。とりわけ、久保山愛吉さんを思い浮かべなければならない。

さらに、前文の最後には、「…被爆者が行っている努力を認識して,」との一文がある。この核禁条約の成立には、日本のヒバクシャたちの筆舌に尽くしがたい苦悩と、反核運動との寄与があった。

本日、共同通信の伝えるところでは、オーストリアのシャレンベルク外相は、今日発効の核兵器禁止条約について「被爆者の闘いがなければ制定できなかった」と指摘、今年末にも同国で開催する締約国会議に被爆者を招待すると述べた。共同通信の単独会見に答えたもの。

これが、世界の良識である。これと比較し、ヒバクシャの母国日本の、この条約に対する冷淡さはいったいどういうことなのか。

国連加盟国は193か国、そのうち2017年核禁条約採択時の賛成国は122か国、昨年の国連総会での同条約推進決議に賛同国は130か国に及ぶ。現在、同条約の署名国は86か国で、そのうち批准国は51か国である。周知のとおり、50番目となったホンジュラスの批准から90日後の本日、核兵器禁止条約が発効となった。

世界の核兵器国保有国は9か国とされている。この9か国だけでなく、核保有大国の「核の傘」の下にある国の条約に対する反発は厳しい。この条約に対する恐れの反映というべきであろう。日本もその例に漏れない。

しかし、本日からはこの条約がいう「あらゆる核兵器の使用から生ずる壊滅的で非人道的な結末を深く憂慮し,したがって,いかなる場合にも核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法として,核兵器を完全に廃絶することが必要である」という認識が国際的な理念となり法規範となる。核兵器よ、今日から汝は違法の存在であることを心得よ。

被爆国である日本が、この条約に敵対を続けることは許されない。まずは130か国の同条約推進決議賛同国が批准に至る前に、そして核保有国が世界の趨勢に遅れて、孤立する以前に、批准しなければならない。そのような政府を作らなければならない。

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核兵器の禁止に関する条約

この条約の締約国は,
国際連合憲章の目的及び原則の実現に貢献することを決意し,
あらゆる核兵器の使用から生ずる壊滅的で非人道的な結末を深く憂慮し,したがって,いかなる場合にも核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法として,核兵器を完全に廃絶することが必要であることを認識し,
事故,誤算又は設計による核兵器の爆発から生じるものを含め,核兵器が継続して存在することがもたらす危険に留意し,また,これらの危険が全ての人類の安全に関わること及び全ての国があらゆる核兵器の使用を防止するための責任を共有することを強調し,核兵器の壊滅的な結末は,十分に対応することができず,国境を越え,人類の生存,環境,社会経済開発,世界経済,食糧安全保障並びに現在及び将来の世代の健康に重大な影響を及ぼし,及び電離放射線の結果によるものを含め女子に対し均衡を失した影響を与えることを認識し,
核軍備の縮小が倫理上必要不可欠であること並びに国家安全保障上及び集団安全保障上の利益の双方に資する最上位の国際的な公益である核兵器のない世界を達成し及び維持することの緊急性を認め,
兵器の使用の被害者(被爆者)が受けた又はこれらの者に対してもたらされた容認し難い苦しみ及び害並びに核兵器の実験により影響を受けた者の容認し難い苦しみに留意し,
核兵器に関する活動が先住民にもたらす均衡を失した影響を認識し,
全ての国が,国際人道法及び国際人権法を含む適用可能な国際法を常に遵守する必要性を再確認し,
国際人道法の諸原則及び諸規則,特に武力紛争の当事者が戦闘の方法及び手段を選ぶ権利は無制限ではないという原則,区別の規則,無差別な攻撃の禁止,攻撃における均衡性及び予防措置に関する規則,その性質上過度の傷害又は無用の苦痛を与える武器の使用の禁止並びに自然環境の保護のための規則に立脚し,
あらゆる核兵器の使用は,武力紛争の際に適用される国際法の諸規則,特に国際人道法の諸原則及び諸規則に反することを考慮し,
あらゆる核兵器の使用は,人道の諸原則及び公共の良心にも反することを再確認し,
諸国が,国際連合憲章に従い,その国際関係において,武力による威嚇又は武力の行使を,いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも,また,国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎しまなければならないこと並びに国際の平和及び安全の確立及び維持が世界の人的及び経済的資源の軍備のための転用を最も少なくして促進されなければならないことを想起し,
また,1946年1月24日に採択された国際連合総会の最初の決議及び核兵器の廃絶を要請するその後の決議を想起し,
核軍備の縮小の進行が遅いこと,軍事及び安全保障上の概念,ドクトリン及び政策において核兵器への依存が継続していること並びに核兵器の生産,保守及び近代化のための計画に経済的及び人的資源が浪費されていることを憂慮し,
法的拘束力のある核兵器の禁止は,不可逆的な,検証可能なかつ透明性のある核兵器の廃棄を含め,核兵器のない世界を達成し及び維持するための重要な貢献となることを認識し,
また,その目的に向けて行動することを決意し,
厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備の縮小に向けての効果的な進展を図ることを決意し,
厳重かつ効果的な国際管理の下で全ての側面における核軍備の縮小をもたらす交渉を誠実に行い,終了する義務が存在することを再確認し,
また,核軍備の縮小及び不拡散に関する制度の基礎である核兵器の不拡散に関する条約の完全かつ効果的な実施が,国際の平和及び安全の促進において不可欠な役割を果たすことを再確認し,包括的核実験禁止条約及びその検証制度が核軍備の縮小及び不拡散に関する制度の中核的な要素として極めて重要であることを認識し,
関係地域の諸国の任意の取極に基づく国際的に認められた核兵器のない地域の設定は,世界的及び地域的な平和及び安全を促進し,核不拡散に関する制度を強化し,及び核軍備の縮小という目的の達成に資するとの確信を再確認し,
この条約のいかなる規定も,無差別に平和的目的のための原子力の研究,生産及び利用を発展させることについての締約国の奪い得ない権利に影響を及ぼすものと解してはならないことを強調し,
男女双方の平等,完全かつ効果的な参加が持続可能な平和及び安全の促進及び達成のための不可欠の要素であることを認識し,また,核軍備の縮小への女子の効果的な参加を支援し及び強化することを約束し,
また,全ての側面における平和及び軍備の縮小に関する教育並びに現在及び将来の世代に対する核兵器の危険及び結末についての意識を高めることの重要性を認識し,また,この条約の諸原則及び規範を普及させることを約束し,
核兵器の全面的な廃絶の要請に示された人道の諸原則の推進における公共の良心の役割を強調し,また,このために国際連合,国際赤十字・赤新月運動,その他国際的な及び地域的な機関,非政府機関,宗教指導者,議会の議員,学者並びに被爆者が行っている努力を認識して
次のとおり協定した。

第1条 禁止
1 締約国は,いかなる場合にも,次のことを行わないことを約束する。
(a) 核兵器その他の核爆発装置を開発し,実験し,生産し,製造し,その他の方法によって取得し,占有し,又は貯蔵すること。
(b) 核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいずれかの者に対して直接又は間接に移譲すること。
(c) 核兵器その他の核爆発装置又はその管理を直接又は間接に受領すること。
(d) 核兵器その他の核爆発装置を使用し,又はこれを使用するとの威嚇を行うこと。
(e) この条約によって締約国に対して禁止されている活動を行うことにつき,いずれかの者に対して,援助し,奨励し又は勧誘すること。
(f) この条約によって締約国に対して禁止されている活動を行うことにつき,いずれかの者に対して,援助を求め,又は援助を受けること。
(g) 自国の領域内又は自国の管轄若しくは管理の下にあるいずれかの場所において,核兵器その他の核爆発装置を配置し,設置し,又は展開することを認めること。

公権力は「正統」を強要してはならない。民主主義には「異論」こそが死活的に重要なのだ。

(2021年1月13日)
「異論排除に向かう社会ートランプ時代の負の遺産」(ティモシー・ジック著 田島泰彦監訳 日本評論社2020.09.30)という翻訳書を読んでいる。決して読みやすい本ではないが、紹介に値すると思う。

この本、原題は『THE FIRST AMENDMENT IN THE TRUMP ERA』、直訳すれば「トランプ時代における修正第1条」である。これを意訳した「異論排除に向かう社会ートランプ時代の負の遺産」という邦題の付け方はみごとである。

アメリカ合衆国憲法の修正第1条は、以下のとおり。

「連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。」

ここに記載されているのは、政教分離原則、言論(Speech)・出版(Press)・集会の自由、そして請願権である。この書では、言論(Speech)・出版(Press)の自由に焦点を当てて、トランプという人物による、候補者時代からのアメリカの「プレスの自由」に対する挑戦と、「組織プレスとの戦争」よる大きな負の遺産を描いた。興味を惹くのは、この書は、トランプの負の遺産を、「異論排除」という視点で、詳細に論じていることである。

「修正第1条」の核心的価値は「反正統性原理」であるという。これは、バーネット判決を引用して次のように定式化されている。

 「我々の憲法という星座において動かぬ恒星があるとすれば、その恒星とは、地位の高低にかかわらず、いかなる役人も政治、ナショナリズム、宗教やその他の理念に関する事柄に関して、何が正統なものであるべきかを命ずることはできないということである。」

つまり、公権力は何が正統かを決めることはできない。政治・宗教・愛国心等々について特定の立場を正統として強要してはならない。にもかかわらず、権力者は「正統」を強制しようとする衝動を払拭し得ない。とりわけトランプの時代には、国旗の焼却や国歌演奏時の敬礼、忠誠の誓いにかかわる論争を中心として、大統領が国民に正統を強制した。たとえば、次のように。

トランプ時代の修正一条への挑戦では、人々の異論が攻撃され、公式の正統性や服従が強要されてきた。かくして、アメリカ合衆国国旗を焼却した個人は投獄され、合衆国の市民権を失うべきだとトランプ大統領は提案した。これは、国旗の焼却を保護する修正一条のあからさまな侵害となる制裁だろう。
 トランプ大統領はまた、広く知られているようにナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の選手たちと熾烈な争いをしてきた。警察による虐待と考えているものに抗議するため、選手たちは国歌演奏のあいだ静かにひざまずいたからである。大統領はこうした異論者を不忠で愛国的でないと言った。確かに、国歌が演奏されるときすべてのアメリカ人は、できれば胸に手を添え気をつけの姿勢をとるべきだと、大統領は自ら考えていることを明らかにした。トランプ大統領はNFLチームのオーナーに対して、国歌演奏中うやうやしく起立しなかった選手を解雇ないし罰金を科すよう勧めた。
試合前のセレモニーのあいだどんな形の抗議をも認めてしまったという理由で、大統領はNFLを公然と非難した。かくして、トランプ大統領は、そのような抗議が続いている場合には反トラスト法上のNFLの免除が「調査される」べきだと提案してきた。この声明が出て間もなく、驚くべきことではないが、NFLはその抗議方針の変更を発表した。

 「正統」の対語が「異論」である。異論とは「既存の風習や習慣、伝統、制度、権威を批判する言論」のこと。民主主義にとって、異論こそが死活的に重要な存在とされる。修正1条がこの異論を保護していることはもちろんだが、本書は、異論に対して憲法上の保護があるだけでは不十分であるという。よく機能する民主主義は、異論を促進し、異論を尊重する文化をもっていなければならない。トランプの時代、欠けていたものはまさしく異論尊重の文化であった。トランプの異論の封じ込めは、法律や規制ではなく、主として社会的な攻撃として行われた。

本書における、愛国心や、国旗・国歌への忠誠などという正統の押しつけを排除するための異論の保障の徹底ぶりは、次のようにラジカルでさえある。

「国家は国旗の焼却を処罰することができない。もしアメリカが自由な言論を象徴し、自由な言論が異論を象徴するのであれば、国旗は異論を象徴する。国旗を焼却した者を処罰することは、この観点からはアメリカの意味と矛盾することになる」

「アメリカ」と「言論の自由」とはお互いを象徴する関係にあり、「言論の自由」とは「異論の尊重」にほかならない。つまり、「アメリカ=異論」と言ってよいのだ。国旗焼却者を処罰することは、正統に反する「異論」を排除することで、「アメリカ」の存在意義を否定することになるというのだ。

訳者もあとがきで述べているが、異論排除はトランプ政権だけの、あるいはアメリカだけの特殊な現象ではない。我が国においても、特定の国家観を正統とする価値観の強制や、その裏返しとしての異論排除が広範囲に横行している。しかも、我が国においては、正統への服従を求める社会的同調圧力は格段に強い。しかも、学術会議の任命拒否という、これまでにない露骨な権力的異論排除も顕在化している。とうてい、海の向こうの他人事ではない。

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「異論排除に向かう社会ートランプ時代の負の遺産」(日本評論社2020.09.30)
ティモシー・ジック著 田島泰彦監訳 森口千弘 望月穂貴 清水潤 城野一憲訳
定価:税込 2,640円(本体価格 2,400円)

アメリカはむちゃくちゃだ。中国はもっとひどい。なんという世界だ。

(2021年1月7日)
かつて、アメリカは、日本にとっての民主主義の師であった。そのアメリカが、今尋常ではない。民意が選挙を通じて議会と政府を作る、という民主主義の最低限の基本ルールが、この国では当たり前ではなくなった。

1月6日、バイデン勝利の大統領選結果を公式に集計する連邦議会の上下両院合同会議に、トランプの勝利を高唱する暴徒が乱入して、議事を妨害した。議事堂が大規模な侵入被害に遭うのは、米英戦争時に英国軍により建物が放火された1814年以来のこと。アメリカ合衆国の歴史の汚点というべきだろう。その汚点を作り出した、恥ずべき人物をドナルド・トランプという。彼が、暴徒を煽動したのだ。この汚名は、歴史に語り継がれることになるだろう。

バイデンは同日夕、テレビ演説で「これは米国の姿ではない。今、私たちの民主主義はかつてない攻撃にさらされている」と非難したという。だが、悲しいかな。「これが米国の姿なのだ。」

このトランプをツイッター社が叱った。同社は、投稿ルールに抵触したとして、トランプのアカウントを凍結したという。たいしたものだ、というべきか。恐るべき出来事というべきか。

一方中国では事情大いに異なる。中国電子商取引最大手アリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)が「姿を消した」と話題となっている。同人の政権批判に反応した当局が拘束したとの報道もある。

かつて中国は、世界の人民解放運動の先頭に立っていた。その輝ける中国が今輝いていない。尋常ではない。民意が選挙を通じて議会と政府を作る、という民主主義の最低限のルールが、この国では長く当たり前ではなくなっている。法の支配という考え方もない。剥き出しの権力が闊歩しているのだ。恐るべき野蛮というほかはない。

香港は一国二制度のはずだった。二制度とは、「野蛮と文明」を意味する。つまり、中国本土は野蛮でも、香港には文明の存在を許容するという約束。昨年来の一国二制度の崩壊とは、香港の文明が中国の野蛮に蹂躙されるということなのだ。

昨日(1月6日)朝の香港で、立法会の民主派の前議員や区議会議員など50人余が逮捕された。被疑事実は、香港国家安全維持法上の「政権転覆罪だという。これは、おどろおどろしい。

去年6月末に施行された「香港国家安全維持法」は、
(1) 国の分裂
(2) 政権の転覆
(3) テロ活動
(4) 外国勢力と結託して、国家の安全に危害を加える行為
の4つを取締りの対象としているという。今回は、初めて「政権の転覆」条項での取締りだという。

昨年7月、民主派が共倒れを防ぐために候補者絞り込みの予備選を実施した。これが政権の転覆を狙った犯罪だというのだ。さすがに野蛮国というしかない。戦前、治安維持法をふりかざした天皇制政府もひどかったが、中国当局も決して引けは取らない。

バイデン次期政権の国務長官に指名されているブリンケンは、ツイッターに投稿し「香港民主派の大がかりな逮捕は、普遍的な権利を主張する勇敢な人たちへの攻撃だ」と批判したという。そのうえで「バイデン・ハリス政権は香港の人たちを支持し、中国政府による民主主義の取締りに反対する」と書き込み、中国政府に強い姿勢で臨む立場を示したと報道されている。

米国内でも対中関係でも、アメリカのデモクラシーは蘇生するだろうか。中国の野蛮はどこまで続くことになるのだろうか。日本もひどいが、アメリカもひどい。中国はもっともっとひどい。

暗澹たる気持ちにならざるを得ないが、香港にも、中国国内にも、最も厳しい場で苛酷な弾圧にめげずに、自由や人権を求めて闘い続けている人たちがいる。その心意気を学ばねばならないと思う。

司法の独立を確立するために、最高裁裁判官人事の透明化を。

(2020年12月9日)
「トランプ氏、ペンシルベニア州で敗北確定 米最高裁が訴えを棄却」という記事が踊っている。今回の大統領選挙では天王山となった激戦州ペンシルベニア(選挙人数20人、全米5番目)での選挙争訟に決着が付けられたということだ。

悪あがきというほかはない、ここまでのトランプの醜態。大統領選挙の敗北を認めがたく、あきらめの悪い訴訟を濫発してきた。その数30件に及ぶというが、連戦連敗で疾っくに勝ち目のないことは明らかになっている。それでも、連邦最高裁に持ち込めば、自分が任命した保守派の判事が逆転の判決を書いてくれるのではないか…、という一縷の望みもここに来て断ちきられた。往生際の悪いトランプも、自らが選任した保守派の判事に引導を渡されたかたち。もうお終いなのだ。

アメリカは連邦制の合衆国、訴訟の審級制は分かりにくい。ペンシルベニア州の最高裁での判決を不服として、トランプ陣営が連邦最高裁に申し立てた上訴が、12月8日あっけなく棄却となった。上訴の申し立て手続が完了した直後の棄却決定だったとほうじられている。反対意見のない9裁判官全員一致の判断。そして、この決定は理由の説示もない三くだり半。トランプの悪あがきに対するトドメに、いかにもふさわしい。

この訴えは、「大統領選をめぐってペンシルベニア州の共和党議員らが、開票集計結果の認定差し止めを求めた」もの(CNN)だったようだ。所定の期日までに、各州が開票集計結果を認定する。認定されれば確定して、それ以後は争うことができなくなるという制度なのだという。そのデッドラインが12月8日。それまでに、差し止めの判決を得なければトランプの選挙の敗北が確定することになる。結局、トランプの訴訟戦術は失敗したことになる。

この訴訟で、トラプ陣営が差し止めの根拠としたものは、選挙の不正ではなく、「郵便投票は無効」という手続の定めを争うものだった。ペンシルベニア州の地裁から、同州の最高裁まで争い、さらに連邦最高裁にまで上訴したもの。

この訴訟とは別に、最初から連邦地裁に訴えた訴訟もあったようだ。トランプ陣営は、「バイデン側に詐欺があって私たちが勝っていた」「バイデンが8000万票も獲得するはずはない」などと訴えた。が、ペンシルベニアの連邦地裁は11月21日、不正を訴える陣営の主張を「法的根拠のない推測」と一蹴。「『フランケンシュタインの怪物』のように場当たり的に縫い合わされたもの」とまで非難したという。陣営は控訴したが、連邦高裁もトランプ政権で任命された判事らがわずか数日で棄却した。

さて、問題は連邦最高裁裁判官の人事にある。トランプ劣勢とみられていた大統領選の直前、たまたまリベラル派の最高裁判事ギンズバーグが死亡した。トランプは、その後任に保守派のバレットを押し込んだのだ。露骨にジコチュウ剥き出しの大統領選対策である。これで、全9人の判事のうち保守派6人とし、選挙後に法廷闘争に持ち込んだ際に有利な最高裁を作ったのだ。

このとき、営々と築かれてきた米国の司法の権威は、国民の信頼を失って大きく傷ついた。連邦最高裁は、公正でも中立でも政治勢力から独立してもいない。司法の姿勢は政治的な思惑で左右されることを、国民は知ってしまった。今回の選挙争訟で、仮にも連邦最高裁がトランプの意向を忖度するようなことをしていたら、司法の権威についた傷が致命傷となるところだった。連邦最高裁の威信は、大きく傷つきながらも、かろうじて最悪の事態は免れたと言えよう。

一方、香港である。裁判所に毅然としたところがない。香港の高等法院(高裁)は9日、無許可のデモを組織して扇動した罪に問われ一審で禁錮10月の実刑判決を受けた民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)の控訴にともなう保釈申請を却下した。その理由として、裁判官は「警察本部を包囲した行為は重大だ」と判断したという。これは信じがたい。犯罪行為の違法性の大小や、重大性は判決の量定において考えるべきこと。今問題となるのは、証拠隠滅と逃亡の恐れの有無ではないか。要するに、裁判所は中国の威光を恐れ、中国におもねって、周庭に判決確定前に制裁を科しているのだ。

米国の司法の独立は、露骨な裁判官の任命人事で揺れている。香港の場合は、裁判所全体が中国の意向に逆らえない。質もレベルも格段の差はあるが、両者とも司法の独立は不十分と言わざるを得ない。その両者の中間当たりに、日本の司法の基本性格があり、最高裁裁判官任命問題があろうか。現在の最高裁裁判官15名の全員が、嘘と誤魔化しで国政を私物化してきた安倍晋三の政権の任命によるものとなっている。それ自体で、最高裁の権威は薄弱となっている。最高裁裁判官任命手続、とりわけ推薦手続を、納得できる合理的なものとし透明化しなければならない。それこそ、法の支配、立憲主義、民主主義と人権擁護の第一歩である。

澤藤統一郎の憲法日記 © 2020. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.