はてなキーワード: 支援部隊とは
はてブでパレスチナ人としてイスラエルに復讐する Fursan al-Aqsa: The Knights of the Al-Aqsa Mosque が話題になっていたので、特定の国や軍隊が敵になっているゲームを上げていくよ!!
https://store.steampowered.com/app/1714420/Fursan_alAqsa_The_Knights_of_the_AlAqsa_Mosque/
はてブのみんなもコメントでいっちょがみするだけじゃなくてやろう!!Fursan al-Aqsa: The Knights of the Al-Aqsa Mosque!!
(筆者はstalker2終わって暇だったらかっても良いかなと思っている)
さて、ここから特定の国家や軍隊が敵になっているFPSゲーム集だ!「そんなのいっぱいあるでしょ」と思ったそこのキミ!その通り、たくさんあります。
なので、Call of Duty とかBattle Fieldみたいな有名作品は扱いません。書いてもおもんないんで。
あとWW2モノのような歴史上の戦争を題材にしたものも取り上げません。ウルフェンシュタインみたいなここまでいくとSFだろ、みたいな作品も取り上げません。
===閑話===
ちなみに、現代戦モノのCall of DutyやBattle Field等、アメリカ製FPSはキャンペーンモード(ストーリーモード)でよくロシア・中国あたりが敵になりますが、
大抵の作品では、一応は「黒幕の影響や政治態勢の変換があって、国家が悪い方向に向かったすえに敵対している…」という配慮?がなされています。
「今のロシアや中国と戦争しているわけではない」という理屈づけがされているわけですね。
その配慮に意味があるかは別として、Fursan al-Aqsaは今のイスラエルと戦う話だと思いますので、ちょっと味付けが違うのは事実かと思います。
===閑話休題===
以上です。疲れた。
やっぱ非西側諸国のFPSやシューターってあんまりないんだよね。
特定の国が敵になっているわけではないので挙げませんでしたが、番外編でロシア産FPSといえばEscape From Tarkov が有名ですね。
西側諸国のPMCが怪しいことしてるので、ロシア国内の秘密の傭兵集団BEARが対抗します、というストーリーになっています。
このBEARの設定ってまんまワグネルです。ゲーム的にはどっちが良いも悪いもないんだけどね。
ちなみにEscape From Tarkovは滅茶苦茶stalkerシリーズの影響を受けていて、両作品に携わったスタッフもいたはずです。
https://anond.hatelabo.jp/20240619014605
本文)
キャンセルカルチャーの問題点は、「悪い・正しくない」と思う倫理が内発的なものではないことなんだろう。
どこかで知った聞きかじりの「教養」に発するものだから、キャンセルすることでなんとなく自分が「正しい側」にいることに内心満足してしまう。「正しい側」にいるというのは安全地帯なので、いくらでも無知な人を罵倒し、笑い飛ばせる。その教養は実際のところ、★のたくさんついたブコメかもしれない、その程度に知った教養でも安全地帯に入った感覚を得られる。
つまり、「いーけないんだいけないんだー、センセにいってやろ」のアレと大差ない。
その程度の教養と正義感で、MVを取り下げ、ミュージシャンを謝罪に追い込む社会なわけだね。
かつて、なだいなだが、ケシカラニズムといって、理性的な正義と感情的な正義を区別し、自分のことでもないくせに感情的な共感によって主語がでかくなるのが感情的な正義の特徴だとした。そのことで人々がプロパガンダに流されやすくなる、という趣旨のことをどこかで書いていたのを思い出す。
もうひとつ思い出したのは、2年くらい前、
のなかで、人権とかマルクス主義とか、外付けされた倫理は歯止めが効かず暴発する、ということを内田樹がいっていたこと。
コロンブスとナポレオンが他所に乗り込んでそこにいた猿を使役したり自分の文化を教え込んだりする描写になんとも思わんのかお前はw
というのがあるね。
正直、なんとも思わないね、というのが俺の感想だし、植民地主義への反省なんていっても、外付けの反省どまり。
俺の中では、このMVはたわいもなくみえている。そんな他愛のないものを批判したくなるほど自分のなかで植民地主義批判は内面化されていないわ。
そんなことをいうと、すぐにいろいろな知識を開陳して説教したくなるサヨクがぼうふらのようにわいてくるんだが。
むしろMVのなかで、不快に思ったのはそこではなくて、ナポレオンなどの人物たちが「Monkey Attack」というビデオを鑑賞するシーン。負傷していまにも死にゆくハチマキをした類人猿の兵士を抱きかかえる類人猿の兵士、その場面にビデオ鑑賞していた皆が涙する、という場面だが、このシーンは、旧日本軍の兵士を連想させられ、ビデオ鑑賞で感動ポルノを消費するという行動にはイラっとさせられた。
類人猿をベートーヴェンが指導したり、人力車にひかせたりというのには何とも思わなかったのに、このシーンだけは嫌な気分にさせられた。
そう、まさに「つまり解釈の余地があるんです。」という感じなんだな。モンキーアタックビデオへの不快感はあるものの、袋叩きにしてやり込めるほどのものではない。他愛もないMVだよ。
rna氏は、ネット上では一斉に右向け右で「文明的なコロンブスたちが野蛮な猿人たちに文明を伝え、教化し、啓蒙している」という構図が大勢を占めているようだが、そうは解釈できないと述べている。
Mrs. GREEN APPLE「コロンブス」MV 問題、マジわけわかんねぇ (追記あり) - rna fragments
もっとも俺も若い頃、20年くらい前までは、人権の歴史を教科書通りに学んで、それを教養として広めていけば、外付けされた倫理は共感を呼んで広まっていく、みたいに素朴に思っていた時期があった。
https://lady-joker.hatenadiary.jp/entry/2024/06/16/011301
みたいなことを素で思っていたというか、それこそ20年前のはてな草創期の「何とかidさんの日記」にはそういうのがあふれていた時代、、はてなにははてサと言われる人たちが多かったのだろう、そういう人ともつながった。
しかし、いつしか違和感を覚えるようになった。特に、歴史修正主義というドイツで使われた文脈の言葉を安易に日本の南京虐殺否定の文脈で使うことが一般的になり始めたころ、はてサという存在が疎ましくなっていった。
俺の違和感の正体は、結局のところ、歴史の文脈のなかで生まれた言葉には、その歴史に紐づいた反省があり、過去への抗いがあるはずなのに、いつしか「教養」として普遍化するなかで、その歴史の固有性が失われ、あたかもハンディな批判ツールになり下がることだった。
村上春樹が2009年、イスラエルの文学賞を受賞したとき、はてサは一斉に授賞式に出席しようとする村上を引き留めようとし、攻撃した。出席することは共犯を意味するとまで言った人もいた。そのとき、村上氏は自身への批判を受け、それらの情景を正論原理主義といった。パレスチナの人たちとの現実の接点をもたずに、パレスチナだ、ガザだ、人権だと漠然と騒いでいる、ごく普通のひとたち(私たち)の”寄り添い”は本当に軽いものだ。共犯という言葉も軽い。イスラエルに赴いて「高くて頑丈な壁と、それにぶつかって割れる卵の側では、私は常に卵の側に立つ」と現場で話をした村上春樹の言葉のほうがよっぽど覚悟が必要だ。それでも村上春樹を攻撃する様子をみて、俺はだんだん嫌気がさして、ブログからフェイドアウトしていった。
(追記2)なお歴史修正主義に関して、以下のブコメが目に留まった。
tick2tack ???/ 外付けの倫理の話なのに2行目で教養の話になってるのはなに。/ (歴史)修正主義という言葉は50年以上前からドイツ関係なく使われてる。
すまんが、ズレてるぞお前さん。こういうのってさ、ちょっとでもファクトチェックしてもらう手間を惜しまなければわかることなんだよ。ドイツで生まれた修正主義はその後、ソ連や中国などの共産主義社会で使われていった。イデオロギー的な対立が強い国では、ある視点や政策に「修正主義者」というレッテルを貼ることで、それを委縮させることを狙ったわけだ。
つまり信奉するイデオロギーから逸脱した奴を侮辱して叩く、こん棒として便利に使われるようになっていった、というのがお前さんのいう「50年以上前からドイツ関係なく使われてる」の実態だからな。それが90年代後半、新しい教科書問題以降、日本で使われ始め、00年代半ばには定着した、というのが俺の理解。完全にこん棒化した、っていうのが歴史修正主義の使われ方の変遷だ。「相手に対する敵意と侮蔑」そして「俺たちが正しい」以外なにも読み取れない用語になり果ててるわけ。そりゃwikipedia書き換え合戦になるわな。だから俺はこの用語が嫌いなんだよな。
(/追記2)
お前、そんなこともわからないのか、そんなことも知らないのか、といって得意げに歴史や知識を開陳する態度。
てめえだって大して現実味のないことに対して義憤を抱いてるにすぎないくせに、この尊大な態度。
サヨクに対する嫌悪感は、ここに尽きる。キャンセルカルチャーは、無力なサヨクが得意げに知識開陳して自己満足する場になってるんだよ。
言葉の軽さはどこからくるのか。ヒントになるのは、前述の内田樹の文章。
永井:それで言うと、私は本当に「人権」というものを外付けしたタイプだと思います。大学1、2年の頃、大学で平和学の授業を取ってたりしたのですが、そのときに、何が幸福なのか、他人が何を考えているのかなんてわからないと思ったんです。そして陳腐ですが、みんな正義も正しさも違うよねともやはり思いました。
じゃあ何を拠り所にしたらいいのだろうと考えた結果、「そうかそうか、人権というものがあるのか、みんな賛同してるし普遍性高いじゃん」となりました。普遍性が高いなら、「人権が著しく侵害されているのであれば、これは問題だ!」と堂々とみんなに言うことができる。そうして私は良くも悪くも人権というか権利しか見ない人になっていったわけですが、それは本当に「外付け」だったと思います。
「これは問題だ!」と深く自分のこととして考えもせずに簡単にいえてしまう、ここにこそ問題がある。
そういう義憤の正体って何だろう。
最近、朝日新聞の人生相談に回答した野沢直子に対して、それを朝日新聞記者のコメントともに、冷笑と受け取って批判している記事があった。
[B! 報道] 読者を小馬鹿にする記者の態度にビックリ…野沢直子(61)の「悩み相談」騒動に見る“朝日新聞の冷笑主義” | 文春オンライン
https://digital.asahi.com/articles/ASS5K30WGS5KUCVL02MM.html?ptoken=01J0FYBDAZQF5YH5MPNMCJH3QA
「不正義や理不尽な行動を伝える新聞報道を見るたび、怒りに燃えて困っています」とかいう50代の男性の相談。
私個人は、野沢直子の回答の感覚に近い(あ、俺はトランプ支持者じゃないけれどね)。現地に行ってみろと。行けば当事者意識を持てるから。
これは冷笑でもなんでもない。正直、野沢直子の回答を冷笑と捉える文春の批判のほうが今の時代の病を表現していると思った。
新聞で得た世界の出来事をいかに正義の言葉で嘆いても、その切実さは現場の人の感覚とは何も通じ合っていないかもしれない。
かつて、北アフリカのスーダンで、ダルフール紛争と呼ばれる、政府系の集団による虐殺が国際問題となったことがある。
日本のブロガーも反応し、かつてFinalvent氏がこの知名度の低いこの問題を何度も取り上げ、意識を高めようとするべく、記事をお書きになられていた。
最初は、自分の啓発もかねて弁当氏の言説に注目していたのだが、しかし、その後、私自身が北アフリカ地域に仕事上関与するようになってから、スーダン人とも仕事をしたし数多く知り合いになった。自分なりに関心をもって現地で情報を集めてみると、国際的に展開されているセーブ・ダルフール・キャンペーンは次第に異なる運動に映じるようになっていった。
それは当時のバシール大統領の断罪をはじめ、現地武装性組織の悪業を過剰に喧伝する国際NGO特にアメリカのNGOのキャンペーンのやり方に対する違和感だった。紛争の実態はもう終わっているにも関わらず紛争が継続しているかのような言説が多く、過剰かつ単純な演出によって集められた資金は、NGOの広告費に回っているという話まで聞いた。
正しい、とみんなに思い込まされていることでも、プロパガンダが功を奏しているだけかもしれないということだ。
弁当氏がその後、一貫してスーダンに注目していたかどうかは知らないが、やがて同氏の記事の傾向が変わり、国際問題にはほとんど言及されなくなっていった。
今、現在、スーダンの置かれている状況はというと、2023年に始まった国軍と準軍事組織「迅速支援部隊(RSF)」による内戦により、ダルフール紛争の比ではない、深刻な国内避難民が発生している。2023年末時点で国内避難民が905万2822人。これはスーダン人口の2割に相当。2003年の世界最悪レベルの人道危機と言われたダルフール紛争のときですら国内避難民は100~200万人というオーダーだったので、それをはるかにしのぐ難民が発生している今の状況がいかに危機的かがわかる。
しかし、俺は思う。当時、弁当氏のスーダン記事を読み、義憤を抱いた人の何割くらいが、現在進行形の危機を憂いているだろうかと。エジプトとトルコはスーダン国軍支援、アラブ首長国連邦はRSF支援、このように中東の中堅国らは、自分たちに好意的な顧客を武装させながらも、和平を口にする、いわば代理戦争の様相を呈している。
ただ、一方で、外付けの教養には意味がない、とは思わない。しかし、植民地主義の歴史を知るとか、外付けの倫理をいかに理解しているかという意味ではない。
普遍的な価値として、人権を外付け実装してきた日本人である自分自身がいかに受容してきたのか、それを踏まえて自分の生きる社会をどうしたいのかを知ること。
そのルールや規範の成り立ちといった背景をもう少し知る必要があると思っている。
表現の自由ひとつとってもそう。表現の自由って大切じゃないか?と少しでも思ったら、それを所与の普遍的価値だから、と思考停止しないでよくよく考えてもらいたい。
なぜアメリカの判事は歴史的な判決のなかで、空気が濁っているほうが社会は健全だといったのか。なぜフランスでは神を冒涜することが権利なのか。
なぜドイツではホロコーストの否定は表現の自由に当たらないのか。日本は公共の福祉の解釈としてそれらをどのように受容したのか。表現の自由が失われると何が恐ろしいのか、それはそれぞれの社会の文脈がある。少なくとも自分の社会ではそれは何なのか、それを知ること、それこそが教養というものだと思っているし、理性的な共感というものだと思う。
少なくとも俺が思うに、日本社会においては、冒頭のケシカラニズムが政府にとって都合よく操れる心情だろう。
表現の自由が失われることによって立ち現れる社会では、こういう感情的正義がますます膨れ上がるだろう。
表現の自由が失われることによって立ち現れる社会は、「これが正義だ!」とみせられるとすぐに無教養な人々を煽り立てることでき、簡単なプロパガンダで誘導することのできる、政府にとって都合の良い社会ということになろうかね。
MV叩いて知識開陳してマウントとってるサヨクもそれで満足ですかね。まあそういう奴はそういう時代がくれば、アカ狩りで共産党員と不倫していたことをネタに糾弾しているかもしれないし、体制寄りになってるかもしれないけどね。本格的な右派政党が台頭したらそいつらを味方につけるだろう。不謹慎厨の本質は正義の中身を大して気にしてないことだ。日本中が沖縄を踏みつけにしても気にしないが、よその国の自分とさして関わりのない先住民のことは気に掛けるふりができる。
世界中、世の中でいろいろと深刻で理不尽なことが起きているなか、そういう諸々には無関心で当事者意識もないくせに、「教養ある人」が突然ポリコレし始め、他愛もないMVの植民地主義的な傾向にかみついて、そうだそうだとみんなして一斉に同調した結果、MVの発表取り下げに至る、という構図は学級会のつるし上げそのものだ。
サヨクは知識マウントできて満足だし、日ごろのストレス発散になったことだろう。
朝日新聞に人生相談をした「不正義や理不尽な行動を伝える新聞報道を見るたび、怒りに燃えて困っています」という50代の男性も、MVをぼこぼこに叩いて満足するくちかもしれない。新聞を読んで中途半端なポリコレ意識をもてあましている、という輩に対する処方箋としては、野沢直子の回答はこれ以上ない的を射たものだと思った。
それ1つとっても恐ろしいことだ(アフガン人口3804万人なので一気に失業率を0.8%以上上げる(追記:労働人口が2021年で10,657,912人らしい。ざっくり3%UP?))
実際には30万人いなかったとしても、相当な人数はいただろうに、大半が無職になる
タリバンも全員を吸収しきれるとは思えない
仮に吸収したら、彼らの給料は麻薬から出ることになるので、それも世界にとっては脅威である(現実に麻薬での支払いを目指したら、たぶん作りすぎて麻薬が値崩れする)
(2020年で全体の失業率11.7%の数字が出てきた。ちなみにイランが10.82%)
女性の地位向上において、世界大戦で女性が働きに出た影響が大きかったことを考えれば
アフガンの女性の地位を向上させるにも戦場は無理でも仕事に出てもらうことが近道なのだが
若年男性すら職にありつけていない状況では非常に厳しいだろう
そして女性の地位が向上しないと出生率が下がらず若年人口が増え続ける地獄のループ
ここで中国がアフガンの雇用対策に有効な手立てを打てば(一帯一路関係の土木事業など)
追記:自分は2行目で「実際には30万人いなかったとしても、相当な人数はいただろうに」と断っているのだが……流石に半数の15万人はいた、よね?まさか実質は特殊部隊の1万人だけ?(https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-58219196)タリバン側は6万で支援部隊加えれば20万(かも)とかの数字もみた(https://www.jiji.com/jc/article?k=2021081600710&g=int)。ただ給料未払いはキツイですね。
croissant2003 たぶんここ数日での聞きかじりの知識で書いてるんだろうなぁ。
もう少し前から追っているつもりだが否定はできない。すまんな。ちなみにアフガンとソ連が戦争していた頃まで遡ると物心ついていなかった。
追記2:アフガン政府軍5万人ってマ?さすがにその人数でガニ大統領が抗戦を選択するとは想像できなかった。実際に動いた人数で給料を受け取った人数とはズレがあるとかかもしれんが、その給料も未払いだったりするんじゃ何も言えんなぁ。
Wafer 内乱終結後の敗北側兵士の復員方法は古今ろくなものがなくて、南宋の残兵が元寇の主力に再構成されたり、朝鮮戦争に参戦した中国人民軍の兵士は元国民党軍だったとかさんざんですな
イラン・イラク戦争でイランが革命前からの軍隊をすり潰したり、その戦争で軍隊が膨れ上がったイラクがクウェート侵攻に走ったり、もっとアフガンに近い時代・地域の例もありますね。
公共事業の雇用もほしいけど、そもそも国民全体の基礎教育が要るっぽいなとここ数日での聞きかじりの知識で思いました。
追記3:アフガン政府軍の実数は、最盛期に20万人、最近は7.5万人~9万人だったという記事をみつけた。https://grandfleet.info/us-related/where-did-the-300000-afghan-troops-claimed-by-president-biden-disappear/
アフガン政府軍に比べると南ベトナムの共和国軍は実態があったしフエ陥落までは健闘したっぽい。サイゴン陥落に例えるのは南ベトナムに失礼?
かれこれ、艦これを4年近く続けている。
ランキングに載るための周回なんてやってられないと思ってるし、遠征だって1日13回やらないことだってザラにある。
嫁艦と呼べるほど好きな艦娘もいないので、指輪も使わずじまい。
そんなこんなしていたので、最初の内はイベントでは甲勲章を取っていたが、
今回のイベントもキツいと言われたE-4とE-7は難易度乙でクリアしたが、それ以外は甲でクリア出来た。
久々に楽しめたイベントだった。
一つ楽しめなかった部分と言えば。
勿論フォロワーやフォローしている人にも艦これをプレイしている人がいるわけだが、
その中でイベントの際にしか艦これにログインしなくなっている人が何人か存在している。
普段は艦これの事を喋らず、イベントの新艦目当てで参加するわけだが、
その人達は、漏れなく、イベントに対するヘイト・ツイートをしまくるのだ。
曰く、PTがクソ。
曰く、ギミックがクソ。
この辺はまだ分かる。私だってめんどくさいと思ったことがなんどあった事か。
だが次第に。
曰く、勝てないからクソ。
そして攻略をやめて、「今回のイベントもクソだった」という評価をする。
これが前回もあった。前々回も。
なぜこの人達は、イベントの前に準備しないで攻略できると思っているのか。
だがこの人達は、過去に何度もイベントだけは参加してきた人達だ。
艦娘が足りなくなることは前回のイベントでわかっていた。ならば使ってない艦娘のレベルを上げて使えるようにしてやればいい。
勝てないなら装備や編成を見直さなければならないだろう。
資源が足りないなら、最低限遠征を回さなければ。連合艦隊や基地航空、支援部隊など、イベントは消耗が激しくなるし、堀を考えると、余計に資源の確保が必要になる。
私もめんどくさいと先に述べた、輸送作戦や対PTだって、大発を装備できる艦娘を増やすなり、装備改修で命中を上げることだってできるのだ。
分かりきっていることなのに、彼らはやらない。
そして次のイベントを待つ。なにもしないで。
漠然と次のイベントもクソなんだろうなと思いながら、なにもしないで待つのだ。
はたしてクリックしているだけで自分の目的が達成されるものを、ゲームと呼べるのだろうか。
パンチボタンを押しているだけでベガを倒してしまうスト2を、彼らは神ゲーと評するのだろうか。
だが、彼らの、努力をせず、うまくいかないからゲームそのものを酷評するスタンスは、
そんなゲームを真面目にやっている私たちを、どこか馬鹿にしているようにしか感じられない。
だが、その前に。
クソゲーと叫んでいいのは、万全の準備をした上で、無駄な時間と労力を払い、もしかしたら課金したかもしれない、艦これを楽しもうとした我々だけなのだ。
そんな事を感じた、夏イベントでした。
本稿はTVアニメ『マイ・リトル・ポニー 〜トモダチは魔法〜』の二次創作作品「How Applejack Won the war」についての解説である。
~How Applejack Won the War~ 完成版 ‐ ニコニコ動画:GINZA
すでに動画up主による訳詞がついているため、これだけ観ても楽しめる。
しかし元動画作者の Sherclop Pones の特徴として「偏執的なまでに韻を踏む」の他に「やたらダブルミーニングを込めたがる」というのもあり、翻訳動画だけではカバーしきれない、あるいは観ててわかりにくいところが多々存在する。
以下ではそうしたスキマを解説していきたい。訳はだいたいオリジナルであるが、ところどころでリンク先動画主のGED氏の訳を大いに参考にさせてもらった。この場を借りて謝意を表したい。
一日目
開戦だ
さあ、ジョニーよ銃をとれ*
訓練所で射撃練習だ
三段目(Come on Johnny get your gun)の元ネタは当然反戦小説『ジョニーは戦場へ行った』(さらにその元ネタとなった軍歌『オーヴァー・ゼア』)。
四段目の「訓練所」は fruit camp 、新兵訓練所である Boot camp (昔流行ったアレ)とかけてある。
行進しよう
集結ポイントへ
お嬢様みたいにさ
エージェント・オレンジ? まあ、待ちなって
三段目: i’m speaking fancy too. は第二シーズン六話「恐怖のキューティー・マーク」より。フランス語のキューティーマークが発現したアップルブルームに対してアップルジャックが言ったセリフ。日本語版放送時には「妹がザマス言葉になっちゃった!」と訳された。なぜこのセリフが引用されたかといえば、前段の歌詞 Rendez-vous が「集結地点」を表すフランス語だから。
四段目: Agent Orange? エージェント・オレンジはベトナム戦争時に、森林ゲリラに悩まされたアメリカ軍が木々を根こそぎ除去するためにばら撒いた悪名高き除草剤。含有されていた有害物質が後々までベトナムの人びとに深刻な影響を与えた。
二日目
仕事は多い
ラリティもがんばってる
地面を均して、納屋を建てる
五段目: Raze the field, raise this barn. - 第三シーズン八話「Apple Family Reunion」の劇中歌より。原曲の raise(建物を建てる)と、 raze(破壊する)をかけている。
ここまでは
楽勝だ
市民に死傷者は出たけれど
撃ちてしやまぬ
戦友の手を取りド-シ-ドと踊ろう
五段目: do-si-do とはスクウェアダンスやポルカの基本ステップ。元はフランス語。
新兵たちよ
良心の呵責などいらぬ
家族と結べ、戦債を売れ
条約を結べ、戦歌を歌え
一段目: Draft horse そのまま訳せば「徴募(Draft)された馬」だが、同時にアメリカのばん馬にあたるゴツいお馬さん(Draft horse)にもかかっている。
三段目: alpha, bravo, charley-horse アルファ、ブラボー、チャーリーは、軍隊で使用されるコールサイン。それに charley-horse すなわち「こむら返り」をかけている。
四段目、五段目: Family bonding, selling bonds, Signing treaties, singing songs 日本語訳動画うぷ主のGED氏は「一家団結、戦時公債、条約締結、軍歌斉唱」と訳している。名訳である。
上昇!
投下!
支援部隊がすぐ駆けつけるはずさ
五段目: 『マイ・リトル・ポニー』のオープニングにおいて、主人公のトワイライトは毎回気球に乗って登場する。
三日目
沖に出よう
静かな海でたったひとり
自分の罪に思い巡らす
寝てるなよ
終わってないよ
戦いのときだ、総員甲板へ
やつらの戦艦を沈めて
ジューシーに焼きあげろ
五段目: Burn them to a Honeycrisp ハニークリスプはりんごの品種。パリッとしたジューシーな食感が特徴。
降伏だと?
まだ殺りたんねえな
あのチキンどもを追い立てろ
やつらにくれてやる厩舎などない
捕虜は取るな、皆殺しだ!!
四日目
戦争に勝った
紅く甘美な勝利だね
三段目: Loyal to my apple corp 作曲者である Sherclop Pones の人気シリーズ動画「Friendship is Witchcraft」でアップルジャックとレインボーダッシュのエレメントが入れ替わってしまい、アップルジャックが「忠誠」のエレメントになってしまったことがあった。
戦の馬たちよ
誇りを高く持て
ドアに飾った勲章が
私の勝利を語ってくれる!
三段目: Freedom isn't Everfree: 『マイ・リトル・ポニー』本編に出てくる Everfree forest という地名が、アメリカの右翼が好きなフレーズ Freedom isn’t free. 「自由はタダじゃない」にかかっている。