元国税局職員の芸人による「過去に行った税務調査〜美容院編〜」
元 国税局職員 さんきゅう倉田です。
噂で聞いたことがあっても、実際に税務調査がどのように行われるかは、ご存知ない方がほとんどだと思います。今回は、ぼくが実際に行った過去の税務調査についてお話したいと思います。
税務調査先選び
まず、数多の法人の中から、調査先を選定します。今回選んだのは美容院。確定申告書を見ると、おととしに300万円の機械設備を購入、詳細の不明な100万円の貸付金がありました。
美容院にある高価な機械設備として考えられるのは、パーマをかける機械や髪を洗うための電動のイスでしょうか。ただ、それにしても高額です。1台300万円もするのでしょうか。或いは、同じものを3台購入して、それをまとめて計上しているのか。疑問は深まるばかりです。
更に、100万円の貸付金。誰にお金を貸しているのでしょう。美容院を経営していて、業務上で金銭を貸すことがあるでしょうか。
この二つの疑問点は、きっと、増差所得への端緒となる。そう考えて、調査に出向きました。
税務調査のはじまり
店舗は、神奈川県内の私鉄の駅から徒歩1分。ビルの1階にありました。代表取締役は、50代の容姿端麗な女性。しかし、独特の物悲しさというか、悲壮感を放っていました。
話を聞くと、15年ほど前に、独立開業をして、初めての税務調査。現在は、顧問税理士もおらず、今回の調査におけるリスクやコストを不安に感じているとのことでした。
調査のはじめは、資料などは開かず、代表取締役の話を聞きます。家族については、毎回必ず聞きます。家族構成や関係性から、架空経費の計上の端緒を掴むことができるからです。
女性には、配偶者はおらず、高校生の令嬢がひとりとのこと。従業員もいないので、経営、美容師としての仕事、経理、全てをひとりで行っていました。
帳簿書類のチェック
30分ほど話を聞いて、用意していただいた帳簿書類を確認しました。
まず、許可を得て預金通帳に目を通します。カネの動きを知るためです。美容院という業種のため、カネの出し入れはシンプルでした。売上帳やレジロールと突合しても不審な点はなく、売上除外の可能性も低いように思えます。念のため、簿外の預金口座の存在を懸念して、近隣の銀行に代表取締役名義の口座がないか、照会をかけました。のちほど分かることですが、こちらは杞憂となります。
税務調査における不正の基本は、売上を除外するか、架空の経費を計上すること。
経費を確認します。接待交際費もほとんどなく、個人的な支出と疑われるものはありません。従業員もいませんので、賃料、水道光熱費に加え、美容院で使われる消耗品が中心でした。
二つの疑問点の確認
こうなると、いよいよ、確定申告書で把握していた、機械設備について、詰めていきます。
ぼくは、まず、店舗内を案内してもらいました。レジ、シャンプー台、パーマの機械、オーディオなどを見せてもらい、その流れで購入日と金額を尋ねます。100万円を超える高額なものや、調査対象となる過去5年に購入したものはありませんでした。
ますます、300万円の機械設備は不正な支出なのではないかという考えが、ぼくの心に広がります。疑問を女性にぶつけてみました。
ぼく「おととし、300万円の機械設備を購入されていますよね?どちらにありますか?」
女性「あれは、ここにはなくて…」
ぼく「どういうことですか?」
女性「その…別れた夫が…」
言いにくそうな女性。それは、不正な事柄であるからではなく、惨めさや失望からくるもののようでした。ぼくは、女性が話し出すのを待ちました。
女性「別れた夫が、医療機器の販売をしていまして…よく分からない機械なんですが…頼まれて嫌とは言えず…」
ぼくは、貸付金についても、追及しました。
女性「それも…別れた夫に貸しました…」
医療機器は、自宅で未開封のまま保管、元夫とは連絡がつかず貸付金も回収不能とのことでした。
おわりに
ぎりぎりの売上で、店をひとりで切り盛りし、シングルマザーとして娘も育てる。そんな女性の姿に、ぼくは、胸を、髪をカットするときに邪魔な髪を留めておくピンで、締め付けられたような気分になりました。これ以上、この女性を苦しめることはできない。そう考えて、美容院をあとにしたのを今でも鮮明に、或いは、なんとなく覚えています。
今回の税務調査では、これ以外に誤りや不正はありませんでしたので、医療機器の減価償却費と残存価額、貸付金を代表取締役の認定賞与(役員給与)として、しっかりと追徴課税しました。
心と行動は別なんですね…不安に思った方は、ぜひ、税理士を。
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