元国税局職員の芸人による「実質経営者vs名義貸しの経営者では税金を納めるのはどっち?」
元国税局職員さんきゅう倉田です。好きな飲食店は「クラブ・バー」です。
Aさんは飲食店を営んでいました。でも、確定申告は怠っていました。すると、税務署から連絡が来て調査を受けることになり、所得税と消費税の確定申告をしました。期限後申告になりますが、税務署にばれてしまっては仕方がありません。調査担当者に言われたとおりの内容で申告します。
でも、よくよく考えたら、この申告の内容がおかしい気がしてきました。自分の所得はもっと少ないはずだ。Aさんは「更正の請求」をすることにしました。
更正の請求は、自分の行った申告の内容に誤りがあり、かつ、本来の所得がもっと低い場合に行うものです。ではなぜそんな状況となってしまったのでしょうか? それはAさんが他人の飲食店に「名義貸しをしていた」ことが原因だったのです。
名義貸しをしたお店の税金は誰が払うのか
Aさんは、スナックで働いていて、ホステスさんの割り当てやボトル、水、氷、グラスのセッティングを行っていました。店では「チーフ」と呼ばれ、その上にはママがおり、下には数名のホステスがいました。
Aさんは事業の売上を毎日集計した上、集計金額を記載したメモ、売上伝票、領収書、現金をビニール袋に入れて、ママに渡していました。ママは、売上を私用の財布と分けることなく保管していました。
今回、このスナックの売上にかかる所得がAさんに帰属するとして税務調査を受け、期限後申告をさせられていたのです。なぜこんなことになってしまったかというと、ママから事業の名義を3年間だけAさんにしてほしいと依頼され、引き受けていたからです。
つまりAさんは、店舗の飲食店営業許可を取得し、税務署に開業届を提出しただけの、いわゆる「名義貸し」をしていました。Aさんは原則、店舗の鍵を開けて開店準備を行い、営業終了時まで勤務する従業員だったのです。
そこでAさんは、このスナックの所得は本来ママのもので自分でのものではない、と更正の請求をしましたが、税務署はこれを認めませんでした。そこで、不服を申し立てることにしました。
スナックの所得がママに帰属する根拠はいくつかあります。
たとえば求人情報誌でのホステス募集広告の掲載依頼、ホステスの面接、採用、時給の決定などはママが行っていました。また、客に対するホステスの割当てや客との価格交渉を行い、出勤しないときは、Aさんに電話でホステスの接客に関する指示を行っているなど、Aさんを指揮監督していました。
そして、店に関わるお金は、ママが現金、預金通帳、売掛台帳を自宅で管理していました。ホステスの給与もママが支払っていましたし、給与を全額用意できなかった月は、ホステスに支払延期を依頼するなど、利益を自由に使用する立場にもありました。
一方で、Aさんは事業の収支状況を把握していませんでしたし、調査があるまで売掛金が入金される預金口座の存在すら知りませんでした。売掛金の回収も把握しておらず、お金のことは何も分かっていなかったのです。
実質的には「従業員」だった店の税金を支払うハメに…
税務署の調査担当者は、電話で税務調査の事前通知を行い、店舗に赴いて、調査を開始しましたが(「無予告調査」というものもありますが、税務調査はこのように、事前の通知のもと行われます)、もともとお店にも、Aさんの手元にも帳簿書類はなかったので、後日、経理担当者とママの自宅で確認しすることとなりました。
ママは、多額の借金があり、スナックを継続できなくなったことから、Aさんに依頼して経営者になってもらい、自分は従業員の立場で資金管理や従業員の労務管理を行ったと、税務署に主張しました。そのため、Aさんの税務申告にスナックの所得分が追加されてしまったのです。
しかし、そもそもママが従業員であれば、自己の生活費とスナックのお金を混同させないはずです。実際、ママは売上金を自己の財布で管理し、生活費との境目はありませんでした。このような管理方法は、決して褒められたものではありませんが、個人事業者や社長ひとりの法人では散見されます。ママも経営者として、売上などを「自分のお金」として認識していたことが伺えます。
収益を享受する者に対して納税義務は発生する
所得税法では、収益は、これを享受する者に帰属する旨を規定し、いわゆる実質所得者課税の原則を定めています。これは、名義などの法形式ではなく、実質的な判断で収益の帰属先を決定するものです。
通達では、事業から生ずる収益を享受する者が誰であるかは、その事業を経営していると認められる者が誰であるかにより判定すると定めています。
事業を経営している者が誰かという点は、事業許可の名義のみならず、資産や資金の調達・管理、利益の管理・処分状況、従業員の雇用事業の運営に関する諸事情を総合的に勘案して判定すべきである、としています。
今回の場合、スナックの飲食店営業許可、契約の多くはAさんとなっていますが、これらは、ママの依頼に応じて行ったこと。事業に出資もしておらず、労働の対価として給与を受けていたにすぎませんので、Aさんはただの従業員であったと認められます。
よって、Aさんの期限後申告に記載された所得は過大で、更正の請求を認めなかった税務署の処分は適切ではなかったとされました。最終的には、Aさんの主張が認められたわけです。
税務調査において、実質主義というのは、調査1年目でも教えられる基本的な考え方です。当初はAさんの主張を無視して、その利益相反であるママの主張を採用して、更正の請求を認めなかったのは、残念でなりません。ただし、はじめから確定申告を怠っていたAさんに非があるのは、火を見るより明らかなのでした。
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