当局は90年4月につけた1ドル160円の防衛に失敗しました。この壁が破られると、次は85年のプラザ合意の世界に戻ります。当時は1ドル240円台から87年の120円まで一気に円高が進んだので、途中の「160円台」は瞬間的に通過しただけで、取引量は限られています。従って、160円の壁が崩れると次は一気に200円台まで円が売られるリスクがあります。160円の防波堤が決壊すると、日本はもちろん、世界にも大きな災害をもたらします。政府にその覚悟があるのでしょうか。(『 マンさんの経済あらかると マンさんの経済あらかると 』斎藤満)
※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2024年7月6日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
1ドル200円まで行く?
当局は90年4月につけた1ドル160円の防衛に失敗しました。160円の壁が崩れると次は一気に200円台まで円が売られるリスクがあります。
1ドル100円前後とみられる購買力平価の均衡値に対して円の価値が半分になり、日本の国民生活の水準は急降下し、途上国並みに落ち込みます。賃金物価の好循環は吹き飛び、国民の実質所得が減少を続け、貧困化が進みます。一部の輸出企業が潤っても日本経済は取り返しのつかない困難に陥ります。
そればかりか、円安ドル高は中国や途上国の通貨政策にも跳ね返り、通貨防衛の引き締めを余儀なくされ、新興国経済にも大打撃を与えます。
160円の防波堤が決壊すると、日本はもちろん、世界にも大きな災害をもたらします。政府にその覚悟があるのでしょうか。
仕組まれた円安
昨年秋に岸田総理は米国のブラック・ロックをはじめ、いくつかの海外投資家と会合を持っています。日本の潤沢な資金を取り込みたい海外勢と、資産所得倍増を掲げる岸田政権の利害が一致し、これが今日の「新NISA」拡充につながりました。今年になって新NISA経由で約15兆円もの円資金が海外に流出し、これが米株高と円安の一因になっています。
かつて米国は日本に「年次改革要望書」を突きつけ、小泉政権では米国の要求に沿って郵政民営化を実現しました。米国は日本の潤沢なマネーを活用すべく、民営化した郵貯、簡保マネーを取り込もうとしました。そして今日では新NISAを通じて、日本の個人マネーを米国市場に導こうとし、岸田政権に働きかけました。米国から日本政府にお金が動いたとの見方もあります。
米国の狙い通り、今年になって15兆円もの個人マネーが、米国のエヌビディアなど米国株の購入に動き、米国株高、円安ドル高をもたらしました。
新NISAで米国株を買った人にとっては、米国株高(エヌビディア株は足元の調整下げがあっても年初来150%近い上昇となっています)に加えて、円安で為替差益も獲得、大きな潜在利益(評価益)となっていますが、株を持たない多くの日本人は円安で実質所得の減少を余儀なくされています。
足元を見られた日本
為替市場では1ドル160円を超えてから、当局による為替介入を警戒するようになっていますが。同時に、次のドル売り介入があれば、そこが絶好のドルの買い場との見方が多く聞かれます。
円売り介入ならいくらでも売るべき「円」があるのですが、ドル売り介入となると、日本が保有するドル資金の限界があります。以前、「ミスター円」と言われた榊原元財務官が、日本の為替介入規模は、外貨準備の1割程度が限界、との見方を示しました。今日の日本の外貨準備高は200兆円弱なので、為替介入に使える資金は20兆円が限界となります。
日本はすでに先の大型連休時に10兆円弱のドル売りをしているので、あと使える資金は10兆円程度となります。その10兆円を使ってしまえば、日本は為替市場で戦う武器弾薬を使い果たしてしまい、敵に立ち向かう際の武器を持たないことになります。
為替市場の「鬼」たちはその状況をむしろ待っている面があり、介入があればそのあと一気にドル買い円売りを仕掛けてくる可能性があります。