Legal Update
第35回 2024年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
法務部シリーズ一覧全35件
- 第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第2回 2022年4月・5月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第3回 2022年6月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第4回 2022年7月以降も注目 企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
- 第5回 2022年6月公表の「骨太方針」、開示に関する金融庁報告書、および7月のCGSガイドライン再改訂に関する対応のポイント
- 第6回 2022年3月〜6月の医薬品・医療に関する法律・指針等に関する日本・中国の最新動向と対応のポイント
- 第7回 2022年5月〜6月の人事労務・データ・セキュリティ・危機管理に関する企業法務の最新動向・対応のポイント
- 第8回 2022年9月に押さえておくべき企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
- 第9回 2022年10月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第10回 2022年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第11回 2022年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第12回 2023年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第13回 2023年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第14回 4月施行の改正法ほか2023年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第15回 2023年4月施行の改正法を中心とした企業法務の最新動向
- 第16回 6月施行の改正法ほか2023年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第17回 2023年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第18回 2023年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第19回 2023年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第20回 2023年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第21回 2023年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第22回 2023年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第23回 2023年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第24回 2024年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第25回 2024年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第26回 2024年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第27回 4月施行の改正法ほか2024年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第28回 2024年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第29回 2024年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第30回 2024年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第31回 2024年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第32回 2024年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第33回 2024年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第34回 2024年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第35回 2024年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
目次
2024年10月23日、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会推進法)が施行されました。日本政府のGX推進の施策の1つに位置付けられるこの新法では、低炭素水素等に関する定義・基本方針・国/自治体/事業者の責務、低炭素水素等供給等事業に関する計画の認定制度、認定供給等事業計画に係る支援措置等を定めています。
同年8月23日、内閣官房において「GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループ」の開催が決定されました。わが国のGX推進戦略における、成長志向型カーボンプライシング構想の具体化、2026年度より本格稼働する排出量取引制度の具体案の検討が行われます。
同年9月18日、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が成立しました。カスタマー・ハラスメントの防止を定めた全国初の条例となります。都内の事業者は、本条例の内容や本条例に基づいて今後作成される指針を踏まえ、カスハラに対応する体制の整備等を進めていくことが求められます。
同年9月26日、消費者庁は、「No.1表示に関する実態調査報告書」を公表しました。広告等に「顧客満足度No.1」などと表示する、いわゆる「No.1表示等」に関する実態調査の結果、および景品表示法上の考え方がまとめられています。
同年9月27日、金融庁から、インサイダー取引規制府令の改正が公表されました。本改正では、上場会社等の業務執行決定機関による株式報酬としての株式発行・自己株式処分・新株予約権発行に係る決定がインサイダー取引規制上の「重要事実」から除外される基準として、①希薄化率が1%未満と見込まれること、または②株式の価額(時価)の総額が1億円未満と見込まれることの規定が行われています。
同年9月17日、金融庁から、公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)(案)」に対するパブリックコメントの結果が公表されました。本ガイドラインは、発行者以外の者による株券等の公開買付けに係る開示書類の審査を行う関東財務局に対して、審査にあたっての留意事項を示すとともに、法令上記載が求められる開示事項等について考え方を示すことを目的としたものです。
同年10月17日、金融庁および経済産業省は、「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項―内外機関投資家からの資金供給の拡大とスタートアップエコシステムの発展に向けて―」を公表しました。同年7月から8月にわたってパブリックコメントを経て、本公表に至りました。
その他近時の金融分野におけるアップデートとして、金融庁から、同年9月17日公表の金融・資産運用特区実現パッケージ」における地域限定の規制の特例措置に関する内閣府令案、9月26日公表の「顧客本位の業務運営に関する原則」(改訂案)に対するパブリックコメントの結果、9月30日公表の無登録業者等による金融商品取引業や暗号資産交換業等に関する広告の掲載等に関する監督指針等の改正、を取り上げます。
編集代表:所 悠人弁護士(三浦法律事務所)
本稿で扱う内容一覧
日付 | 内容 |
---|---|
2024年8月23日 | 内閣官房「GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループ」の開催 |
2024年9月17日 | 金融庁「公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)(案)」の公表 |
2024年9月17日 | 金融庁「金融・資産運用特区実現パッケージ」における地域限定の規制の特例措置に関する内閣府令案の公表 |
2024年9月18日 | 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の成立 |
2024年9月26日 | 金融庁「顧客本位の業務運営に関する原則」(改訂案)に対するパブリックコメントの結果の公表 |
2024年9月26日 | 消費者庁「No.1表示に関する実態調査報告書」の公表 |
2024年9月27日 | インサイダー取引規制に関する取引規制府令の改正 |
2024年9月30日 | 金融庁「金融商品取引法等に関する留意事項について(金融商品取引法等ガイドライン)」「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」「事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)」の一部改正(案)の公表 |
2024年10月17日 | 金融庁・経済産業省「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項― 内外機関投資家からの資金供給の拡大とスタートアップエコシステムの発展に向けて ―」の公表 |
2024年10月23日 | 脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律(水素社会推進法)の施行 |
脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律(水素社会推進法)の施行
執筆:坂尾 佑平弁護士
2024年10月23日、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会推進法)が施行されました。
また、同日、「低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する基本的な方針」(令和6年経済産業省・国土交通省告示5号)、「水素等サプライチェーン構築支援事業費補助金(低炭素水素等サプライチェーン構築支援事業)交付要綱」(経済産業省20241017財資20号)が公表されました。
同法は、2050年のカーボンニュートラルに向けてGX(グリーントランスフォーメーション)を推進するという日本政府の施策の1つとして位置付けられるものであり、低炭素水素等に関する定義・基本方針・国/自治体/事業者の責務、低炭素水素等供給等事業に関する計画の認定制度、認定供給等事業計画に係る支援措置(関連法における許可や認定に関する特例、助成金・補助金の交付)等を定めています。
助成金制度としては、供給事業に対する価格差支援制度、および低炭素水素等の運搬貯蔵等のための拠点整備支援制度が存在します。
価格差支援制度に関しては、資源エネルギー庁が「価格差に着目した支援の認定申請に関するQ&A」(2024年10月23日時点版)を公表しました。
関連する事業者は同法や基本方針等の内容を踏まえ、GXに関するビジネス戦略を練り上げることが望まれます。
GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループの開催
執筆:所 悠人弁護士
2024年8月23日、内閣官房GX実行会議内のワーキンググループとして、「GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループ」(以下「本WG」といいます)の開催が決定されました。
本WGが設置された趣旨は以下のとおりです。
- 我が国においては、2050年カーボンニュートラルの実現と経済成長の両立(GX)を実現するための施策として、成長志向型カーボンプライシング構想の具体化を進行中。
- 2023年度に策定されたGX推進戦略では、現在GXリーグにおいて試行的に実施している温室効果ガスの排出量取引制度について、公平性・実効性をより高め2026年度より本格稼働させることとしており、制度の具体案について検討を行う必要がある。
排出量取引制度の具体案検討の視点としては、以下の事項が挙げられています。
- 制度対象者の定め方
・試行段階において、業種別の排出量に占める参画企業の割合に差が生じていることを踏まえ、一定規模以上の排出量の企業を制度対象とするべきではないか検討。
- 目標設定のあり方
・政府が策定した指針と整合するような目標設定を企業に求めることを想定。目標設定において考慮すべき要素の検討。
- 目標達成に向けた規律強化
・試行段階においては、目標達成をできない場合は理由等の対外公表を要求しているが(クレジットの購入を義務付けないComply or Explain型)、実効性をさらに高める観点からどのような措置を講じるべきか検討。
- 取引のあり方
・価格発見機能が発揮されるために必要な流動性を確保しつつも、取引秩序形成の観点から取引ルールを検討。
- その他、投資の予見性確保のための措置
本WGについては2024年12月頃の論点整理のとりまとめが予定されており、すでに複数回会議が開催されていることから、急ピッチで議論が進むと考えられ、今後の動向に注視する必要があります。
東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の成立
執筆:岩崎 啓太弁護士、菅原 裕人弁護士
2024年9月18日、東京都議会において、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の議案が提出され、同年10月4日、原案のまま可決されました(以下「本条例」といいます)。本条例は、カスタマー・ハラスメント(以下「カスハラ」といいます)の防止を定めた全国初の条例となり、2025年4月1日に施行されます。
なお、本条例の関連資料は以下のとおりです。
本条例においては、まず、「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」として、主体/場所を問わず、一切のカスハラを禁止する旨が明示されています(本条例4条)。
ここでいう「カスタマー・ハラスメント」とは、顧客等(①)から就業者(②)に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為(③)であって、就業環境を害するものと定義されており(本条例2条5号)、上記①~③の用語の内容は以下のとおりです。
① 顧客等 | 顧客(就業者から商品またはサービスの提供を受ける者)または就業者の業務に密接に関係する者 | 本条例 2条3号 |
② 就業者 | 都内で業務に従事する者(事業者の事業に関連し、都の区域外でその業務に従事する者を含む) | 本条例 2条2号 |
③ 著しい迷惑行為 | 暴行、脅迫その他の違法な行為または正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為 | 本条例 2条4号 |
本条例を踏まえ、東京都は、今後、(a)カスタマー・ハラスメントの内容に関する事項、(b)顧客等、就業者および事業者の責務に関する事項、(c)都の施策に関する事項、(d)事業者の取組に関する事項、(e)上記(a)~(d)のほか、カスタマー・ハラスメントを防止するために必要な事項を定めた指針を作成することとなります(本条例11条1項・2項)。
また、都内の事業者は、顧客等からのカスハラを防止するための措置として、上記指針に基づき以下の措置を講じる努力義務が課されています(本条例14条)。
(2)カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮
(3)カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成
(4)その他の措置
本条例の違反に対して罰則は設けられていませんが、都内の事業者は、本条例の内容や本条例に基づき作成される指針を踏まえ、カスハラに対応する体制の整備等を進めていくことが求められます。なお、本条例における事業者には、都内の非営利目的の活動を行う法人その他の団体、事業を行う個人も含まれますので、その点にも注意が必要です。
「No.1表示に関する実態調査報告書」の公表
執筆:榮村 将太弁護士
2024年9月26日、消費者庁は、広告等に「顧客満足度No.1」などと表示する、いわゆる「No.1表示等」に関する実態調査を行い、その調査結果および景品表示法上の考え方をまとめた「No.1表示に関する実態調査報告書」(以下「本報告書」といいます)を公表しました。
いわゆるNo.1表示は、合理的な根拠に基づかず、事実と異なる場合には、実際のものまたは競争事業者のものよりも著しく優良または有利であると一般消費者に誤認されるものとして、景品表示法における不当表示として問題となります(本報告書2頁)。
本報告書は、No.1表示の中でも、近時「顧客満足度」や「コスパが良いと思う」など第三者の主観的評価を指標としたNo.1表示(主観的評価によるNo.1表示)について景品表示法違反が問われる事例が増えてきたことから、主観的評価によるNo.1表示がなされている広告のサンプリング調査および一般消費者の意識を調査し、その調査結果を公表しています。
本報告書では、「顧客満足度No.1」や「利用したいサービスNo.1」などの主観的評価によるNo.1表示について一般消費者に対するアンケート調査の結果が記載されています。たとえば、「顧客満足度No.1」を訴求する表示については、この表示を見た55.5%の消費者が「同種の他社商品と比べ優れていると思う」と感じ、56.8%の消費者が「実際の利用者による評価だと思う」と感じるとの結果が公表されており、事業者が主観的評価によるNo.1表示をする際の参考になります(本報告書9頁~10頁)。
そして、本報告書は、主観的評価によるNo.1表示をする際における、回答者(調査対象者)の主観的評価の調査方法についても言及しています。当該調査が合理的な根拠に基づいたといえるための条件として、以下の①から④までの項目を挙げています(本報告書17頁)。
- 比較する商品等が適切に選定されていること
- 調査対象者が適切に選定されていること
- 調査が公平な方法で実施されていること
- 表示内容と調査結果が適切に対応していること
上記①から④についての具体的な考え方も記載されています。
上記①について挙げると、No.1表示の裏付けとなる調査が合理的な根拠に基づいたといえるためには、少なくとも比較対象となるべき同種または類似の商品等を適切に選定したうえで、これらと比較した場合の順位を調査する必要があるとされています。たとえば、「『◯◯サービス満足度No.1』等と表示する場合において、◯◯に属する同種商品等のうち市場における主要なものの一部又は全部を比較対象に含めずに、調査を行っている場合」には比較する商品等が適切に選定されておらず、合理的な根拠に基づいたものとはいえないと判断されるおそれがあります。
とりわけ第三者の主観的評価を指標としたNo.1表示は、「売上高」などといった表示とは異なり、その調査方法等により大きく調査結果が異なり得る性質のものであるにもかかわらず、当該No.1表示を見た一般消費者は、適切に調査をされた結果であると誤認し、誤った商品選択をしやすいという性質があります。
No.1表示を行おうとしている事業者は、調査会社などの第三者の調査手法が合理的なものでなかった場合であっても、表示内容の責任を負うのは当該事業者であるということを十分に認識したうえで、本報告書で示された考え方を遵守し、慎重に表示内容を検討すべきであるといえます。
インサイダー取引規制に関する取引規制府令の改正
執筆:新岡 美波弁護士、大草 康平弁護士
2024年9月27日、金融庁は、インサイダー取引規制に関する取引規制府令の改正に関して、「『有価証券の取引等の規制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)』に対するパブリックコメントの結果等について」を公表しました。
これは、上場会社等の業務執行決定機関による株式報酬としての株式発行・自己株式処分・新株予約権発行(以下「株式発行等」といいます)に係る決定が、インサイダー取引規制上の「重要事実」から除外される基準(いわゆる軽微基準)について規定する改正(以下「本改正」といいます)と、本改正に関するパブリックコメント結果を公表するものです。
現行法上、軽微基準は、株式報酬としての株式発行等であるか否かにかかわらず、払込金額の総額が1億円未満であると見込まれることとされています。この基準を満たせない場合に、株式報酬の具体的な検討がなされていると、株式発行等に係る決定に該当し、その公表までは自己株式取得や自己株式処分ができない等、コーポレートアクションに制限が生じる等の支障が生じていました。
そのため、金融庁は、2023年12月8日、「インサイダー取引規制に関するQ&A応用編(問6~問8)」を公表し、そのうちの問7により、上記の支障は一定程度解消されていました。
本改正は、軽微基準について、次の①②のいずれかに該当することに改正するものです(有価証券の取引等の規制に関する内閣府令49条1項1号ハが追加されます)。本改正により、株式報酬制度の検討がコーポレートアクション上の制約となることはよりいっそう少なくなることが見込まれます。
- 希薄化率が1%未満と見込まれること
- 株式の価額(時価)の総額が1億円未満と見込まれること
本改正は、コーポレートガバナンスの観点から、中長期の業績向上に向けたインセンティブとしての機能を期待されて導入が進んでいる株式報酬制度の実務対応に影響のある重要な改正であり、今後インセンティブ報酬としての株式報酬の使い勝手が向上すると考えられるため、企業における実務担当者の方は一読されることが望まれます。
本改正に係る内閣府令(令和6年内閣府令83号)は、同日に公布されており、「インサイダー取引規制に関するQ&A【応用編】(問7)」の改訂(改訂後のQ&A)と併せて、2025年4月1日から施行・適用されます。
なお、本改正に関するより詳細な解説については、弊所のNote記事「ポイント解説・金商法#23:株式報酬等に係るインサイダー取引規制の軽微基準の追加」をご参照ください。
公開買付開示ガイドラインの公表
執筆:豊島 諒弁護士、大草 康平弁護士
2024年9月17日、金融庁から、「公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)(案)」(以下「本ガイドライン」といいます)に対するパブリックコメントの結果が公表されました。
本ガイドラインは、2024年10月1日から適用されています。パブリックコメントを踏まえた本ガイドラインの変更点は一部のみであり、基本的には原案の内容が維持されています。
同年6月28日に公表された本ガイドラインの原案の内容については、以下の関連記事において解説していますので、ご参照ください。
パブリックコメントを踏まえた変更点
本ガイドラインにおいて、パブリックコメントを踏まえた原案からの変更点は、以下の箇所となります(下線筆者)。
ガイドラインBⅠ.第1-3-3④
対象者が過去の同種案件のプレミアム率を踏まえて公開買付価格の公正性・合理性を検討した場合には、当該過去の同種案件の範囲及び内容が明らかになるように、当該過去の同種案件の選出方法(同種案件として選出された取引の類型、採用した過去案件の対象期間及び件数を含む。)及び当該プレミアム率(複数の同種案件における平均値や中央値を参照した場合には、当該具体的な値)が記載されているか審査する。
この場合において、公開買付価格のプレミアム率が過去の同種案件のプレミアム率のうちの全部又は一部を下回るにもかかわらず、対象者において当該公開買付価格に公正性・合理性があると認めた場合には、当該判断に至った理由(過去の同種案件のプレミアム率を下回ることへの評価を含む。)が具体的に記載されているか審査する。
対象者が過去の同種案件のプレミアム率を踏まえて公開買付価格の公正性・合理性を検討した場合には、当該過去の同種案件の範囲及び内容が明らかになるように、当該過去の同種案件の選出方法(同種案件として選出された取引の類型、採用した過去案件の対象期間及び件数を含む。)及び当該プレミアム率(複数の同種案件における平均値や中央値を参照した場合には、当該具体的な値)が記載されているか審査する。
この場合において、公開買付価格のプレミアム率が過去の同種案件のプレミアム率を大幅に下回る場合に、対象者において当該公開買付価格に公正性・合理性があると認めたときには、当該判断に至った理由(過去の同種案件のプレミアム率を下回ることへの評価を含む。)が具体的に記載されているか審査する。
パブリックコメントの内容と金融庁の見解
6-1で説明の変更点に関して、パブリックコメントで寄せられたコメントおよびそれに対する金融庁の見解は、以下のとおりです(下線筆者)。
「公開買付価格のプレミアム率が過去の同種案件のプレミアム率のうちの全部又は一部を下回るにもかかわらず」という記載は、「にもかかわらず」という記載によって、「過去の同種案件のプレミアム率との関係で、いずれのプレミアムよりも高いものでない限り、応募推奨に至ることは適切ではない」という前提があるように読める。
この部分は、「この場合において、公開買付価格のプレミアム率が過去の同種案件のプレミアム率のうちの全部又は一部を下回っている場合で、対象者において当該公開買付価格に公正性・合理性があると認めた場合」という趣旨に過ぎず、「過去の同種案件のプレミアム率のうちの全部又は一部を下回っている場合」について応募推奨をすることが、金融庁がネガティブに考えているわけではないということを確認したい。
公開買付価格のプレミアム率が過去の同種案件のプレミアム率のうちの全部又は一部を下回る場合に応募推奨に至ることが適切ではないという前提はございません。
対象者が過去の同種案件のプレミアム率を踏まえて公開買付価格の公正性・合理性を検討した場合に、当該過去の同種案件との比較について対象者にて十分な説明がなされる必要があるところ、比較対象である過去の同種案件のプレミアム率の水準を公開買付価格のプレミアム率が大幅に下回っている場合には、対象者にてより一層丁寧な説明がなされることが適切と考えられます。当該趣旨を明確にするため文言を修正しています。
今後
上記のように、公開買付価格が過去の同種案件のプレミアム率を下回る場合のほかにも、いわゆる “PBR1倍割れ” といったプレミアム率の低い公開買付価格については、対象者において当該公開買付価格に公正性・合理性があると認めた判断根拠について、個別具体的な事業内容・財務状況を踏まえた十分な説明が必要である旨が示唆される 1 等、特に慎重な検討が求められます。
このように、本ガイドラインの適用により、関東財務局における公開買付届出書の事前審査について、これまで実務上の運用ルールとされていたコメント方針や審査要領が詳細に明確化されたため、実務担当者は本ガイドラインに沿った検討が必須となります。
本ガイドラインの内容については、弊所のNote記事「ポイント解説・金商法 #21:公開買付開示ガイドライン【前編】」「ポイント解説・金商法 #22:公開買付開示ガイドライン【後編】」にも詳細をまとめていますので、併せてご参照ください。
「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項―内外機関投資家からの資金供給の拡大とスタートアップエコシステムの発展に向けて―」の公表
執筆:所 悠人弁護士
金融庁および経済産業省が共同で開催する「ベンチャーキャピタルに関する有識者会議」(以下「本有識者会議」といいます)は、2024年4月から計3回の議論を行い、7月に「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項(案)」を公表しました。
本有識者会議は、同年7月よりパブリックコメント(以下「本パブリックコメント」といいます。結果については、リンク先を参照)の手続を経たうえで、10月17日、「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項―内外機関投資家からの資金供給の拡大とスタートアップエコシステムの発展に向けて―」(以下「本VC推奨・期待事項」といいます)を公表しました。
以下では、本パブリックコメントのうち着目すべき点を解説します。
- 受託者責任・ガバナンス
- GPのLPに対する受託者責任の認識・LPへの説明責任
- 持続可能な経営体制(キーパーソン等)の構築
・やむを得ない事情がある場合やファンド運営に支障や利益相反が生じるおそれがない場合を除き、キーパーソンがファンド運営に専念する体制を整備することが推奨されます。また、短期間でのキーパーソンの離反は基本的に起きてはならない事象であるとの認識を持ち、万が一キーパーソンが離反する場合には、新規投資の停止やLPの出資コミットメントの再検討が可能とされることが推奨されています。
・キーパーソンの取扱いについてはGP・ファンドごとの特色が強く、キーパーソンが重要な場合も、逆にキーパーソン個人に依存しない体制を重視している場合も双方存在すると考えられます。本パブリックコメントNo.6では、キーパーソンの離反により必ずしも新規投資が停止することを意図するものではないとされており、キーパーソンを重視しない建付けも決して否定されるものではないと考えられます。
- コンプライアンス管理体制の確保(責任者の明確化、規程整備)
・本パブリックコメントNo.7において、投資先企業の秘匿情報等も含めた非公開情報の取扱いに関する規程整備が推奨されると指摘されています。
・また、同じく本パブリックコメントNo.7において、投資先企業との関係においても、ハラスメント防止を含めVCとしてコンプライアンス管理の体制整備を行うことが、本③に含まれる旨が言及されています。
- LPの権利の透明性確保
・特定のLPに対して、他のLPに重大な悪影響を及ぼし得る個別権利の付保を行う場合、他のLPにも情報提供が行われる等の透明性が確保されることが推奨されます。また、特定のLPに個別権利の付与を行う場合には、ファンド規模やLPの属性に応じ、LPは自身よりも出資コミットメント額が同等以下のLPに付与されている権利を求めることができるようにすることが推奨されています。
・LPに付与される個別権利は、コミットメントのタイミング等により負担したリスクに応じる側面もあり、どの程度の平等性を確保するかは難しい問題であるように思われます。本パブリックコメントNo.10および11においても、機会の提供を推奨するものであり、結果の平等を求めるものではないことが明記されています。
- 利益相反管理等
- 利益相反管理体制の整備(LPへの諮問等)
- GPによる適切な出資コミットメント等
・GPは、投資先ごとの投資額に対するリターンよりも、LPの出資コミットメント額に対するリターンを最大化することが重要であることを意識することが推奨されています。
・文面からは投資倍率が重視されており、内部収益率(IRR)を重視する実務とそぐわないようにも読めますが、本パブリックコメントNo.13において投資倍率のみならずIRR等も当然に考慮されると明記されており、現在の実務が否定されるものではないと考えられます。
- 情報提供
- 保有資産の公正価値評価(ファンド規模等に応じた評価体制・評価フローの構築)
- 四半期ごとのファンド財務情報等の提供
- 投資先の企業価値向上
- スタートアップの成長に資する投資契約
- 投資先の経営支援(人材紹介、ノウハウ提供等)
- 投資後の継続的な資本政策支援等(フォローオン投資、ファンド期間の延長、M&A含む最適なエグジット手法・時期の検討)
- 投資先の上場後の対応(クロスオーバー投資)
- その他
- ESG・ダイバーシティ
【期待される事項】
なお、本パブリックコメントを踏まえた本VC推奨・期待事項に関する詳細な解説については、弊所Note記事「イノベーション法務Vol.3:『ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項―内外機関投資家からの資金供給の拡大とスタートアップエコシステムの発展に向けて―』の公表」もご覧いただけますと幸いです。
その他近時の金融分野におけるアップデート
執筆:藤﨑 大輔弁護士、所 悠人弁護士
「金融・資産運用特区実現パッケージ」における地域限定の規制の特例措置に関する内閣府令案の公表
2024年9月17日、金融庁から、「金融庁関係国家戦略特別区域法第二十六条に規定する政令等規制事業に係る内閣府令の特例に関する措置を定める内閣府令(案)」等が公表されました。
同年6月に公表された「金融・資産運用特区実現パッケージ」において取り組むこととされた地域限定の規制の特例措置のうち、以下の2つの特例を創設するものです。
(1)銀行によるGX関連事業に対する出資規制の緩和
銀行法における「一定の銀行業高度化等会社」(銀行法施行規則17条の4の3)の枠組みを活用し、国家戦略特別区域内に本店が所在する銀行が、認可ではなく届出によりGX関連業務を行う会社の5%超50%以下の議決権保有(出資)が可能となる特例が創設されます。
(2)プロ向けのベンチャー・ファンドへ出資可能な投資家に関する規制の緩和
プロ向けファンドの販売・運用を届出のみで可能とする特例(適格機関投資家等特例業務)に関して、その対象となる投資家の範囲は、非上場株式等に80%超の出資を行うベンチャー・ファンドにおいては特例として拡大がされており、一定の要件を満たすエンジェル投資家も含まれます。
他方、そのようなエンジェル投資家の出資額は、ファンドの出資総額の2分の1未満に制限されていますが、本規制緩和は、国家戦略特別区域内に主たる営業所・事務所を有する者が、当該区域内の営業所・事務所で適格機関投資家等特例業務を行う場合は、国家戦略特別区域対象投資家(M&A・IPO等の実務経験のある者等)について、当該2分の1未満の出資額制限から除外する旨の特例を創設するものです。
「顧客本位の業務運営に関する原則」(改訂案)に対するパブリックコメントの結果の公表
2024年9月26日、金融庁から、「顧客本位の業務運営に関する原則」(改訂案)に対するパブリックコメントの結果が公表されました。
「顧客本位の業務運営に関する原則」(改訂案)の概要は、以下の関連記事をご参照ください。
「コメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方」No.1~3によると、改訂後の原則に基づく報告様式は、2025年1月を目途に公表され、提出期限が2025年6月末予定(同年9月末公表予定)のものから適用される予定です。
改訂後の原則に基づく「金融事業者リスト」への掲載を希望する場合には、報告時点(2025年6月まで)で取組方針・取組状況を公表していることが要件になるとされていますので、「金融事業者リスト」への掲載を希望する金融事業者は対応を実施する必要があります。
無登録業者等による金融商品取引業や暗号資産交換業等に関する広告の掲載等に関する監督指針等の改正
2024年9月30日、金融庁から、「金融商品取引法等に関する留意事項について(金融商品取引法等ガイドライン)」、「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」および「事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)」の一部改正(案)が公表されました。
本改正により、金融商品取引業や暗号資産交換業等の登録を受けていない者等による広告の掲載等が違法とされ得る場合について、以下のとおり明確化が図られています。
① 無登録業者等が、無償で有価証券の価値等に関する助言等を提供するといった、一見してそれ自体では金融商品取引業を行う旨の表示または金融商品取引契約の締結についての勧誘(以下「金融商品取引業を行う旨の表示等」といいます)に該当しないかのような広告その他の表示(以下「広告等」といいます)を行う場合であっても、当該広告等を入口として、その閲覧者を誘導した先のウェブサイトやSNS等において金融商品取引業に該当する行為(例えば、有価証券の売買の媒介、有償での有価証券の価値等に関する助言、外国為替証拠金取引など)の提供がなされる旨が表示され、または当該行為に係る契約の締結についての勧誘が行われている場合には、これらの一連の広告等および表示または勧誘は、金商法31条の3の2第1号または第2号に規定する金融商品取引業を行う旨の表示等に該当し得ることに留意する。
② 無登録業者等が、一見してそれ自体では金融商品取引業に該当しないかのような広告等を入口として、その閲覧者を誘導した先のウェブサイトやSNS等において金融商品取引業に該当する行為を行う場合には、これらの一連の行為は、無登録で行う金融商品取引業に該当し得ることにも留意する。
上記②については、暗号資産交換業および電子決済手段等取引業についても、同様の改正が行われています。
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パブリックコメントNo.12~15に対する金融庁の考え方 ↩︎
シリーズ一覧全35件
- 第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第2回 2022年4月・5月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第3回 2022年6月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第4回 2022年7月以降も注目 企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
- 第5回 2022年6月公表の「骨太方針」、開示に関する金融庁報告書、および7月のCGSガイドライン再改訂に関する対応のポイント
- 第6回 2022年3月〜6月の医薬品・医療に関する法律・指針等に関する日本・中国の最新動向と対応のポイント
- 第7回 2022年5月〜6月の人事労務・データ・セキュリティ・危機管理に関する企業法務の最新動向・対応のポイント
- 第8回 2022年9月に押さえておくべき企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
- 第9回 2022年10月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第10回 2022年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第11回 2022年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第12回 2023年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第13回 2023年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第14回 4月施行の改正法ほか2023年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第15回 2023年4月施行の改正法を中心とした企業法務の最新動向
- 第16回 6月施行の改正法ほか2023年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第17回 2023年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第18回 2023年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第19回 2023年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第20回 2023年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第21回 2023年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第22回 2023年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第23回 2023年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第24回 2024年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第25回 2024年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第26回 2024年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第27回 4月施行の改正法ほか2024年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第28回 2024年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第29回 2024年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第30回 2024年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第31回 2024年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第32回 2024年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第33回 2024年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第34回 2024年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第35回 2024年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向