AI時代の法務DX
第1回 法務パーソンのAI活用初めてガイド 基礎からプロンプト例まで
法務部目次
生成AI 1 を法務の業務効率化に活用したくても、うまく使いこなせないまま気づいたら使わなくなっている人は、意外と多いのではないでしょうか。しかし、こんなに便利なものを使わないのはもったいないと私は感じています。なぜAI活用が挫折するのか、挫折をどう乗り越えればいいか。ChatGPTなどのAIツールの基礎知識から選び方、法務の仕事で使える具体的なプロンプトの例まで、AI初心者向けに解説します。
なお、最近は、「ノーコード業務自動化AIツール」や「AIエージェント」といった新しいテクノロジーも登場していますが、AIの特性やプロンプトを理解しておくことは、そういう応用編を理解する上でも必須ですので、一緒に基礎固めをしましょう。
AIは法務人材を代替するのか?
2015年12月に「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」という、10〜20年後に向けた試算が発表されました 2。そして、7年後の2022年12月にChatGPTが登場しました。さて、皆さんの体感として、「自分の仕事がAIやロボットに代替されそうだな」という印象はありますか?
おそらく、「あんまりそんな気がしない」という方がほとんどではないかな…と思います。2024年10月現在、法務業界では、法務部も法律事務所も「採用」「人材難」が頻繁に話題に出ています 3。生成AIが登場したから法務パーソンや弁護士の採用をしなくてもよくなった、なんて話は、聞いたことがありません。
他方で、ChatGPTなどの生成AIチャットツールを文章作成に利用されている方や、AIを搭載した契約書レビュー・作成ツールを利用されている方からすると、「こんなに便利なものを使わずに仕事する時代には戻りたくない」という感想を持たれているのではないかと思います(私もそんな一人です)。
このように、「AIが登場しても人手不足は解消されていない」と皆が思っており、他方で、「AIはとても便利である」と一部の人が思っています。この現状を、一体どう捉えればよいのでしょうか? 法務に携わる私たちは何をどの順番で進めればいいのでしょう?そもそも、何が取り組むべき課題なのでしょうか?
本連載の問題意識は、この「AIがやってきたのだけれど、どう考えればいいのか?」という大きなクエッションマークです。正直なところ、私自身よくわかっていません。連載の中で少しずつ、法務のDXやマネジメントの観点から、取り組むべき問いを明らかにしていこうと思います。
法務でのAI活用場面
まず、AIを法務の業務で活用するイメージを持っていただくために、いくつかの具体例を紹介したいと思います。ほかにもたくさん便利な使い方がありますので、ご関心のある方は是非以下の資料もご覧ください。
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関連資料
- 毎日使える法務の生成AI活用術〜契約書業務、リサーチ、法的文書の活用事例をもとに〜 (1)はじめに
(2)プロンプト(AI会話)の基礎
(3)契約書作成・レビュー
(4)リサーチ・法的文書作成
(5)まとめ
(6)法務プロンプト集
(7)質疑応答一覧
契約作成・レビュー
これはわかりやすいユースケースですね。契約作成・レビュー支援ツールを活用されている方も多いのではないでしょうか。
契約作成については、ツール付属の契約雛型や自社の契約雛型をベースに作成する、取引先から提示された契約書はAIレビューツールを活用して第一次チェックをする、といった使い方が通常だと思います。特に、AIレビューツールは、定型・大量・高頻度の契約レビューといった、ルールベース・繰り返しの性質が強い契約業務になくてはならない強力な助っ人になりました。また、生成AIの登場で、AIレビューツールは以前よりも柔軟に様々な契約類型に対応できるようになりつつあります。
他方で、「うちの会社では使ってない」という方もいらっしゃるでしょう。おそらく、契約作成やレビューについて、非定型・少量・低頻度のどれかの要素が強い会社なのだと思います。
現状、契約作成については、まだAIによるブレイクスルーは起こっていません。ただ、契約雛型を修正するという場面であったり、長い契約書の内容を要約して理解するといった場面では、AIが契約条項の叩き台を作ってくれたり、わかりやすい要約を作ってくれたりします。取りかかるのが面倒な契約業務ほど、「とりあえずAI」が便利な時代になりました。もちろん、翻訳も便利です。
ちなみに、参考ですが、AIレビューツールにおいては、ルールベースのプログラミングと、それぞれの持ち味のあるAIを上手に組み合わせることで、それぞれの弱点を補完しています。具体的には以下の表のとおりです。
契約書レビュー処理の3つのアプローチとそれぞれの特徴
(※バッターのたとえはあくまでもイメージです)
仕組み | 得意 | 不得意 | 野球のバッターに たとえると? |
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---|---|---|---|---|
1. ルールベースのプログラミング | 決まった条件(ルール)に則って(ベースとして)しっかり確認する | 特定の条文や文言が正しく入っているかをチェックする
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決まっていないことへの対応は苦手
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コンタクト重視の打者
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2. 機械学習 | たくさんのデータから特定の目的に応じたパターンを見つけ、安定した分類や予測を行う | 曖昧な表現や文脈を理解する
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生成AIに比べると柔軟性は低い
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データ分析を活かす現代的打者
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3.生成AI | 学習したパターンを基に、文脈に応じて適切な単語を予測・選択しながら、自然な文章を作る | 契約の改訂案や提案文を書く
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型を守れないときがある
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長打力のある4番打者
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どのようなAIツールであっても、人が後からチェックする必要はありますが、その手間は着実に減ってきています。契約作成・レビューは、今後のリーガルテックの進歩がとても楽しみな領域です。
リーガルリサーチ
リーガルリサーチについては、判例法の国では、生成AIの登場以前から法律・判例のデータベースが充実していたので、検索機能にAIを活用する事例がありました。英米法の国では、契約作成においても、日本法以上にリーガルリサーチの必要性が高く、また判例も膨大なため、迅速で精度の高い検索が必要であることも、その背景としてあります。
制定法の国である日本では、これまですべての判例が公開されていたわけではなく、データベースも限定的なものでした。しかし今後、民事裁判手続のIT化の進展とともに、訴訟記録データの検索ニーズが増えてくるのではないでしょうか。そこに生成AIが活用されることで、これまでできなかったような、ダイナミックな判例分析が可能になるかもしれません。
日本法の領域においては、基本書、体系書、コンメンタール、実務書、法律・判例雑誌といった書籍が海外に比べてとても充実しています。アメリカ人の弁護士が、日本人の弁護士の執務室が本だらけなのを見て驚く、という様子を私は何度も見ています。近年では、この豊かな出版文化にオンラインでアクセスして、便利に検索できるようになっています。AIが検索機能に搭載されることで、解きたい問題に対して適時適切に必要な文献にアクセスできる状況にもなりつつあります。
もし、リーガルリサーチに関するツールをここ数年試していないという方がいらっしゃれば、デモを見たりトライアルをしたりして、どれだけ進歩したかをご覧になることをおすすめします。蔵書もとても充実しています。
資料確認
法務の仕事には、「契約書というお皿の上に乗っているものはすべて理解が必要」という面があります。実際には、すべてを深く理解することは難しいですが、言葉の意味を自分なりに理解するというレベルでの理解は最低限必要になります。とはいえ、特に社内で法務業務を行う場合、法律事務所のように専門領域に特化して相談が来るわけではなく、種々雑多な相談が来ることも日常茶飯事であり、事業や取引先が多様だったりすると、毎日わからない単語に触れることになります。
このため、資料確認の際にAIを活用して、「これって、私の理解だとだいたいこんな感じの内容だと思うんだけど、合ってるかな?私はこの程度の知識なのだけれど、加えてどういう知識を得るとこの内容をもっとよく理解できるかな?」などと、資料を確認しながらAIに理解や知識を補完してもらう、という使い方が便利です。
もちろん、AIの回答が100%正しいわけではなく、また、AIにも得意領域と不得意領域があるので、ひとまず「ざっくり理解」するために活用する、という大前提はお忘れなく。
事業や取引の理解
上記の資料確認同様、法務は、自分の専門領域ではない内容について一定の理解が常に求められ、新しいことの学習がいつも必要になる仕事です。そして、相談者からは、社内の法務であれ顧問弁護士であれ、事業や取引の内容を当然わかっているという前提で話がされることが多いものです。自分が経験を積んで、相手からも信頼されている状況であれば、初歩的な質問をしても「この人、大丈夫かな?」と思われずに済みますが、そうでない場合、初歩的な質問をすることがためらわれる場面も多いと思います。
そういうときには、AI検索エンジン(4で後述)の活用がとても便利です。
これまでのキーワード検索は、少なくともキーワードを明示できるレベルで自分が理解していることが求められていました。しかし、AI検索エンジンであれば、もっとぼんやりした理解の状態でも文章で検索ができるため、「あーそうそう、自分はこういうキーワードを知りたかったんだ」とわかります。
また、キーワード検索の場合、キーワードの解説が出てくるだけです。しかし、実際に欲しいのは、全体像や概要を理解するための情報だったりします。AI検索エンジンであれば、自分が入れたぼんやりした検索内容を、具体的な検索キーワードに分解した上で、検索結果を、文脈がわかるような形で要約して提示してくれます。
よくわからない事業や取引であっても、3分もあれば、なんとなく人にしゃべって説明できるくらいまで全体像や概要が理解できるので、自分用の簡単なWikipediaを作るような感覚で使えて大変便利です。
AI活用が挫折しがちな理由
このようにAIを便利に使っている人がいる一方で、使ってみようとしたけれどうまく使いこなせなかった、という経験のある人もいるでしょう。私は、AI活用には「4つの挫折の谷」と「2つの救いの橋」があると考えています。以下、「AIの基本知識をAIに教えてもらう」という場面を設定したうえで、AI活用が挫折しがちな4つの理由を説明します。
回答が長くて読むのが疲れる
まず、ChatGPT(モデル:4o)にこの質問をそのまま聞いてみましょう。
AI(人工知能)、機械学習、ディープラーニング、生成AIの4つの用語の関係性について説明してください。
すると、800字以上の長さの丁寧な回答が来ます。Xでいうと6ポスト分の長さ(1ポスト=140字)。ありがた迷惑です。多くの人が「長くて読むのが疲れる」が理由でAI活用を挫折します(AI挫折の谷その1:読み疲れの谷)。
回答がよくわからない
そこで、「つまり、一言で言うと?」 と聞いてみると、
「一言で言うと、AIは広義の概念で、機械学習はその一部、ディープラーニングはさらにその中核技術であり、生成AIはディープラーニングを活用して新しいコンテンツを創り出す技術です。」
と回答が来ました。わかったようなわからないような感じですね。多くの人が「正しそうだしわかりやすくしてくれている感じなんだけど、正直よくわかんない回答が来る」が理由でAI活用を挫折します(AI挫折の谷その2:もどかしさの谷)。
プロンプトの書き方がわからない
AIを「やればできる子」だと信じて、もう少し質問を工夫してみましょう。質問①の最後に 「最短かつ正確に回答してください」 という指示を加えます。そうすると、
「AI(人工知能)は、人間の知能を模倣する技術全般を指し、その中に機械学習が含まれます。機械学習は、データからパターンを学び、予測や分類を行う技術です。さらに、機械学習の一部としてディープラーニングがあり、これは大量のデータを使って多層のニューラルネットワークを訓練する手法です。生成AIは、ディープラーニングを利用して新しいデータ(画像、テキストなど)を生成するAIの一形態です。要約すると、AI>機械学習>ディープラーニング>生成AIという階層構造です。」
という回答が来ました!ようやく、「なーんだ、包含関係なのね」ということがわかりました。
このように、ユーザーが、自分がわかるような形でAIに回答を出させるためには、AIを良い感じにナビゲートしてあげる必要があります。これを、プロンプト(prompt)と呼びます。promptとは、英語で、鼓舞する、促す、励ます、という意味合いです。これまでのコンピュータはprogram(計画する)であり、プログラムは命令でした。プログラムとプロンプトでは、世界観がかなり違いますね。仕様をきっちり固めるアプローチから、大枠を示してとりあえずやってみながら改善するアプローチになりました。
このため、残念ながら、「AIはすごく賢くて、面倒なプログラムは不要だと聞いていたのに、実際にはプロンプトが必要で、ヒントを出したりナビゲートしないといけなくて大変。AIさん、どんなヒントがほしいか教えてよ!(イライラ)」という“AI疲れ”が発生します。AIさんの気持ちがわからない、とか、プロンプトのテクニックが難しい、とかが理由で、多くの人がAI活用を挫折します(AI挫折の谷その3:プロンプトの谷)。なんだか、「今年の新入社員とのコミュニケーションが難しい」みたいな話だと思いませんか?
どのAIを使えばいいかわからない
ここまで、ついてこられていますでしょうか?「なーんだ、AI活用にはこんなに挫折の谷があったのか」と知っていただいて気が楽になったところで、「AIと一口に言っても実はいろいろあるよ」というお話を簡単にします。これが、読者のあなたにとって、どのAIを使えばいいかわからない!というAI挫折の谷その4:AI迷子の谷になるか、はたまた、このAIに出会えてよかった!というAI救いの橋その1:AI出会いの橋になるかは、相性の合うAIと巡り会えるかどうかにかかっています。ということで、いろんなAIがある中で、それぞれの特徴を理解してみましょう。
ChatGPT、Claude、Gemini、Copilot、Perplexity、Midjourneyについてそれぞれ説明してください。
この質問をこのまま、私が個人的に一番使っているAIであるClaude(モデル:3.5 Sonnet)に聞いてみると、やはり300字以上の長い回答が来ます。そこで、先ほどの 「最短かつ正確に答えて」 をプロンプトとして追加して簡潔な回答をもらい、その上で、「表にまとめて」 と指示した結果が以下のものです。
サービス名 | 提供元 | 主な特徴 |
---|---|---|
ChatGPT | OpenAI | 対話型言語モデル、汎用的なテキスト生成 |
Claude | Anthropic | 対話AIアシスタント、倫理的配慮と分析能力 |
Gemini | 大規模言語モデル、マルチモーダル処理 | |
GitHub Copilot | GitHub/OpenAI | コード生成AI、プログラミング支援 |
Microsoft Copilot | Microsoft | 統合AIアシスタント、MS製品との連携 |
Perplexity | Perplexity AI | AI活用検索エンジン、最新情報提供と情報源引用 |
Midjourney | Midjourney | テキストから画像生成、芸術的な画像生成 |
つまり、用途別にAIツールがあるということですね。しかも、ChatGPT、Claude、GeminiなどのAIチャットは、それぞれ、「性格」や「クセ」がだいぶ違います。個人的な感覚でいうと、ChatGPTが一番素直で実直だが気は利かない、Claudeは対話上手で理解が早いけど気難しい、Geminiは文章がとても読みやすいけれど得手不得手の差が大きい、という違いです。もちろん、これは、皆さんそれぞれが違う感想を持たれるかもしれません。
ツール(道具)選びは、「何がしたいのか」という目的が重要です。適材適所を意識してツールを選びましょう。代表的なツールの特徴と違い、特に、得意・不得意については、今後、具体的なケースを踏まえた活用場面の違いをお見せする中でご理解いただけるようにします。
まずは無料のAI検索エンジンから始めてみる
初心者にAI検索エンジンがおすすめな理由
では、相性の合うAIと巡り会うためにはどうすればよいのでしょうか?
先ほどのAI挫折の谷その1〜3を踏まえると、「回答を読むのが疲れない」「よくわかる回答が来る」「AIさんをナビゲートする工夫(=プロンプト)が不要」と三拍子揃うならば、「AI便利じゃん!」という実感を持てそうですよね。そこでおすすめなのが、AI検索エンジンです。具体的には、「AIがユーザーの代わりにネットを検索して結果をまとめてくれる」という、パーソナルアシスタントのようなことをしてくれるAIです。これがAI活用の第一歩です。
このようなAI検索エンジンとしては、Perplexity、Genspark、Feloなどがあります。どれが自分に合うかは、是非比較してみてください。比較動画や記事などもありますが、自分で試してみるのが一番です。
Perplexity、Genspark、Feloの特徴を比較して教えて。最短で正確に。
この質問に対するPerplexityの回答はこちらです。要約をまとめて、出典も明らかになっているので便利さを感じられると思います。AI検索エンジンを利用したことがない方は、「AIが自分の代わりに検索してくれる、まとめてくれる」という体験を通じて、AIの便利さを体感されるのがおすすめです。
AI検索エンジンと従前の検索エンジンの違い
他方で、最初から比較記事を見たいという場合は、従前のGoogleやYahoo!などの、該当記事のスニペット(Webページ要約文)が表示される形の検索エンジンのほうが便利と感じられるでしょう(なお、Google、Yahoo!のいずれの検索エンジンにも生成AIによる回答表示は導入されていますが、ひとまず説明は割愛します)。
検索という作業をする場面においては、大まかに分けると、
- 自分が既に知っている情報を確認したい場合や、こういうWebページを見たいという具体的なイメージがある場合 →従前の検索エンジンのほうが便利
- 自分があまり知らない情報を調べたい場合や、どういうWebページがあるかわからない、または、そもそもWebページもないかもしれないという場合 →AI検索エンジンのほうが便利
といった違いがあります。
たとえば、普段の生活で「どのレストランにしようかな」みたいな場合には、グルメアプリや地図アプリを活用したほうが便利でしょう(場面①)。他方で、「今度、両親と一緒に1泊2日の旅行に行こうと思っているのだけれど、父親がちょっと足が悪いから近場の温泉で、かつ、上り下りがあまりないところがいいなあ。旅行プラン作って。」みたいな場合には、AI検索エンジンが便利でしょう(場面②)。
AI検索エンジンを使って「探索→要約」を繰り返していると、徐々に、自分の気持ち(=AIにやってほしいこと)を、断片的なキーワードではなく、文章で表現する練習ができるようになるので、ChatGPT、Claude、GeminiなどのAIチャットの使い方も理解しやすくなってきます。
AI検索エンジンが、読者の皆様にとって、このAIに出会えてよかった!というAI救いの橋その1:AI出会いの橋になることを願っています。
法務向けプロンプト作成のコツと具体例
AI検索エンジンに慣れてきて、「だいぶ、AIさんとのやりとりも慣れてきたぞ」と感じてきたら、次は、本格的に、「AIを仕事に活用する」にシフトしていきましょう。そこで出てくるのがプロンプト(prompt)です。「AIは賢いんだから、いろいろと察して、ポンと押したらすぐに答えを出してくれたらいいのに!」と、どうしても、AIが自動販売機であるかのように期待してしまいますが、実際には、AIの力を発揮させるためのナビゲーション=プロンプトが必要です。
Promptは、鼓舞する、促す、励ます、という意味でしたね。なんだか、最近、管理職のマネジメントに求められている話のように思えてきませんか…?はい、そのとおりです。AI挫折の谷その3:プロンプトの谷を越える鍵は、マネジメントスキルです。これまで、人に対して何かを教えたりお願いしたりしてきた経験は、AIへのプロンプトにも転用可能です。また、逆に、AIへのプロンプトを練習することで、部下とのコミュニケーションがスムーズに行くようになった、言語化が上手になった、という声も聞きます。
ここで、「たしかにマネジメントだね!」と思える方は、プロンプトに求められるものがすっと理解できると思いますが、他方で、「マネジメントかー、苦手…」という方は、おそらく、相手の気持ちを想像しようと頑張りすぎている面があるのではないでしょうか?
AIの力を発揮させるための上手なプロンプトを作るには、教え方について理解することが不可欠です。以下は、教え方がうまい人とヘタな人の違いが整理された表です。いろんな方がシェアして何度もバズっている表なので、見たことのある方もいるかもしれません。
(青田努さんの2019年1月31日のXポストより)
上記の表から読み取っていただきたいのは、教え方や伝え方が上手な人は、「相手との情報非対称性や理解方法・レベル・スピードのギャップがあることを大前提にしている」、「自分の情報を相手がキャッチしやすいように調整してボールを投げている」ということです。人と人同士のギャップ(カルチャーギャップ、ジェネレーションギャップ)と同様またはそれ以上に、人とAIとの間には様々なギャップがあります。
いったん、AIの「気持ち」を想像するのはやめて、情報伝達におけるギャップを埋めてみよう、という方針でプロンプトを考えてみましょう。そうすると、以下のようなプロンプトのコツが導き出せます。
前提の確認
AIはあなたが何者であり、どんな背景・理由で質問をしているのか、この課題があなたにとってなぜ重要であり、解決するとどのようなメリットがあるのか、などをまったく知りません。ちゃんと自己紹介しましょう。その上で、AIに対して、どのような役割や観点で回答してほしいのかということも指示しましょう。
私は法務担当で、事業部から来た相談を検討したところ、このままのスキームでは法的には難しいことがわかりました。角が立たないように検討結果を伝えたいのですが、どういう点に留意したらよいでしょうか。
範囲提示
プロンプトとしていろんな情報を入れた場合、AIは通常の人よりも大量の情報を一度に「理解」することが可能ですが、言ってしまえば「当て勘が良いからだいたいわかっている感じで返せる」ような状態なので、やはり、自分が入力する情報が、何に関する情報なのかということを明示したほうが、認識にズレが少なくて済みます。
添付ファイルは施行規則の改正に関するパブコメの意見と回答一覧です。回答の中で解釈を示していると思われる部分を幅広にピックアップしてみて。
構成の工夫
AIは人間の書いた文章を大量に学習しているため、たとえば、「冒頭に書かれた情報が最も重要である」といった形で、情報の重み付けをして取捨選択します。このため、入力する情報も、大→中→小の構造を意識したり、新聞記事のように見出し→概要→詳細といった構造を意識したり、小見出しをつけたりしたほうが、AIが構造に基づいて情報を読み取りやすくなります。
イマイチ例
今、法務の仕事が忙しくて手が回ってないのだけれど、法改正の情報が知りたい。あと、どうすればいいのかという対策を知りたい。他社事例もわかると嬉しい。セミナーとかあるのかな?
OK例
法務部で、今後の法改正対応のステップとロードマップを作成したいという目的で、2025年度中に施行される法改正の一覧と解説セミナー(他社事例つき)を調べてほしい。
なお、実際には、OK例のように整理するのが面倒なことも多いので、イマイチ例の入力をした上で、AIに 「新聞記事みたいに構造化して整理して」 や 「目的と手段の構造で整理して」 などとプロンプトを入れて整理させてから、自分で少し手直しする、といったやり方も便利です。
アレンジメント
AIごとに学習データセットが異なるため、理解の得意な領域が異なったり、アナロジー(類推)の得手不得手があったりします。ユーザー側がAIに対してわかりやすいたとえ話をするのは難しいので、AIに 「あなたが得意な分野でたとえ話をしてみて」 や 「高校生にもわかるようにサッカーのたとえでこの概念を説明してみて」 などのリクエストをして、AIにたとえ話を作ってもらうとよいでしょう。
(自社の概要と強み・機会の分析をAI検索エンジンで行った上で)
この内容を、◯◯業界から転職してきた法務部の中途入社の部員にもわかるように整理してみて。◯◯業界との異同を明確にした上で、なるべく、その部員が既に知っていそうな内容を踏まえたたとえ話も活用して。
情報量の調整
AIごとに、一度に扱える情報量(トークン数)が異なり、本1冊分から8冊分まで幅広いです。ただ、長文になればなるほど読み飛ばしや読み間違いが発生しやすいのは、人もAIも同じです。どのような構造や精度で、どのような観点に着目して回答(要約)を出力してほしいのかに応じて、インプットする情報量を適宜分割するなどの工夫が必要な場合があります。
添付ファイルは、施行規則の改正のパブコメの意見と回答一覧のうち、前半部分です。この内容の分析と整理が終わった後に後半部分を読んでもらいます。そして、後半部分の分析と整理が終わった後に、全体を統合して分析・整理してもらいます。この流れでよいですか。
スピードの調整
AIも人間のように、理解スピードが追いつかないということがあるのかというと、実は、類似の現象はあります。多くのAIモデルは、問われたらすぐに答えを返すという設定になっています。つまり、問いを吟味しません。このため、問いを吟味するというステップをAIに行わせずに思考を進めさせると、「どうにも芯を食ってないなあ」という感じの考察をして、同じところをぐるぐる回り始めてしまうことがあります。最初に問題の吟味や、主要な用語の定義について、ユーザーとAIで理解を合わせて、思考のステップについても理解を合わせて、一つひとつ進めることで、スピードを調整することができます。
(施行規則の改正のパブコメの意見と回答一覧の分析・整理が終わった後で)
一般論としては理解できるのだけれど、今回のパブコメに意見をした人たちがどういう点を懸念しているのかという大事なところがよくわからないから深堀りしてみて。もし、深堀りするポイントや方法がわからないのであれば、深堀りに入る前に、どういうところが難しいと感じているかを教えて。
語彙の選択
代表的なAIは、学習データの関係で、日本語よりも英語のほうが語彙の理解が深くて豊かです。言葉に紐づいているイメージも豊富です。このため、文章の読解・生成だけでなく、画像や動画生成においても、プロンプトを日本語よりも英語で作成したほうが、回答の精度は一般的に高いです。また、デジタルデータになっていない(例:Webページもない)ような領域の語彙は学習していないことが多いため、法務業務との関係でいえば、日本法の専門用語で理解されない語彙は多数あります。
添付ファイルを読み取って、あなたの理解を教えて。ポイントを5点に絞って。その上で、内容や単語が理解できなかった部分を明確化して。
上記のプロンプトでAIの理解レベルがわかるので、内容や単語についてAI検索エンジンで調べ、その出力結果を上記のチャットAIに入力して知識を補完する、といった方法があります。
ケア
上記のスピードの調整にも関係しますが、AIは、通常は問題自体の吟味を行いません。推論機能が強化されたモデルでは、問題の吟味をゆっくり行うことが可能ですが、その吟味の方法も、人間が行う推論プロセスとは異なり、パターンの組み合わせを行っているだけではないかという指摘があります。
このあたりは、まだ研究中の領域ですし、私も理解が十分ではないのでこの程度にとどめますが、いずれにせよ、問題自体の共通認識を合意し、その上で、思考のステップについても合意してAIに検討を進めさせ、途中で何度かAIに 「ここまでのやりとりであなたが重要だと思った点と理由は?不明点はある?」 などと聞いてAIの理解を確認するのはナビゲーションとして有用です。
以上のプロンプトのコツが、AIとのやりとりが楽になった!というAI救いの橋その2:AI理解の橋になるよう、ご自身でもいろいろ試してみてください。今後の連載でも、具体的なケースを想定して、良いプロンプト、悪いプロンプトをさらに解説する予定です。
初心者のためのFAQ
ここまで、AI活用にあたって直面する4つの挫折の谷と、2つの救いの橋について説明してきました。以下では、初めてAIを使おうとする人が疑問を持ちやすい点について答えていきます。
正誤確認にかかる時間を考えると、AIを使わず自分でやったほうが早いのではないでしょうか?
そのとおりだと思います。私自身、AIを使わずに自分でやってしまう仕事も多いです。また、自分でやってからAIを補足的に使う場合もあります。逆に、AIを使ってみたけれど「これは、自分でやったほうが早かったな」と思って一から自分でやり直す場合もあります。
とはいえ、「自分でやったほうが早かった」と思っている場合でも、実は、AIが叩き台を作ってくれたおかげで自分のインスピレーションの呼び水になっていたり、先延ばしを予防できたり、仕事が終わらないかもしれないという不安を軽減してくれたり、といった効果があります。
AI活用の難しさは、新人と働く場合の難しさとよく似ています。お互いのことを知るオンボーディングの時間がどうしても必要です。OJTの中で徐々に上達していけばよいという姿勢で、長い目でAIと付き合っていくのが大切だと思います。これまでご自分で使えるようになってきたITツールについて思い返していただくと、最初から完璧に使いこなせていたものはなく、徐々に手に馴染んできたというのが実際ではないでしょうか。
有料プランを契約したほうがいいのでしょうか?
最初は無料プランから使ってみる、それで頻繁に使っていて利用制限が来るようであれば、有料プランを契約してみる、といった段階的なアプローチをおすすめしています。ひとまず片っ端から有料でサブスクして結局使いこなせずにAIに苦手意識を抱いてしまう、という失敗パターンを避けるためです。
有料プランでないと使えない高度なモデルや、ファイルのアップロード機能などはありますが、ひとまず、無料プランでご自身で使ってみる、使う中で自分が何がしたいのかを発見する、という、「やってみる→できる→わかる」の流れで手を使って考えるのがおすすめです。
アカウント作成時に入力するメールアドレスは会社アドレスを使っていいですか?
業務に使用される場合には会社アドレスでのアカウント作成になると思いますが、各社のセキュリティ規程やAI利用ポリシーに照らしてご対応ください。自社がAIツールのテスト利用にも乗り出せておらず、ひとまず、自分で個人アドレスで登録してAIの使い方を知るという用途であれば、個人アドレスを利用した上で、AIチャットには業務情報は入力せずにプライベート利用にとどめる、といった工夫が必要でしょう。
情報漏えいが心配です。会社名や製品名などの固有名詞を匿名化すれば、業務情報を入力しても安全ですか?
これはよく聞かれる質問ですが、「心配」の内容をもう少し具体的に考えてみることをおすすめします。デジタル庁の「テキスト生成AI利活用におけるリスクへの対策ガイドブック(α版)」にあるように、「機密性の議論は、個人情報を含めた要機密情報を扱う場合のセキュリティ要件の一つでしかなく、テキスト生成AI固有のリスクではない。(中略)規約や契約の精査と、情報システムとして十分なセキュリティ対策が施されている必要があるかを確認する必要がある」という大原則は、通常のITツール利用と特に違いはありません。
AI導入が進んでおり社内ガイドラインがある場合にはそれに従って活用いただくことになると思いますが、まだそこまで進んでおらず、たとえば個人アカウントで利用したいという場合には、そもそも業務情報の入力が社内規程に抵触する可能性があるのではないでしょうか。
また、社内でスモールスタートしたいという場合には、たとえば、固有名詞の匿名化以外に、自社や他社が特定されない程度に抽象化・一般化した情報を活用する方法であったり、AIにダミーデータを作らせてそれを活用する方法など、ご自身の「心配」がこれなら晴れる、というレベルの対策をとって進めることをおすすめします。誰かに「それ大丈夫?」と聞かれたときに「かくかくしかじかなので心配ありませんよ」と説明できるか、ということが大切です(「誰それさんが大丈夫と言っていたので大丈夫です」では、やはり、説明した側もされた側も「心配」は残ってしまいます)。
AI活用は難しくない
冒頭で、「AIがやってきたのだけれど、どう考えればいいのか?」という疑問に対する答えはわからないと書きました。とはいえ、わからないながらも、読者の方にお伝えできることが3つあります。
まず、法的思考のフレームワークは、AI時代においても、きわめて有用であるということです。ChatGPTの登場以降、ほぼ毎日生成AIとの対話をしている私としては、法的思考フレームワークは、AI時代においてこそ、よりいっそう有用ではないか、という実感もあります。AI時代のように応用レイヤーの変化が激しいときは、土台となる基礎に立ち返ることが重要です。思考フレームワークについては本連載の次回以降で解説します。
次に、AI時代は「百見は一触に如かず」の時代であるということです。インターネットの登場、スマートフォンの登場を思い出していただければ、「使ったことないのにネットやスマホのことを語ってもね…」というのがおわかりいただけるはずです。AIも同じです。とにかく、無償版ですぐに使えるものから使ってみましょう。頭ではなく手で考えましょう。世界中が「よーいドン!」で使い始めている状況ですから、「こうやって使うのが正解!」というものはありません。ネットもスマホも、皆、自己流で使っているのと同じです。
最後に、AI時代の変化をゆっくり楽しもうということです。私は15年間弁護士として、法務には、法律事務所、インハウス、役員・法務責任者といろんな形で関わっていますが、本当に楽しい仕事だと思っています。法務の学びに終わりはありません。世の中のこと、事業のこと、人のこと、あらゆることが法務に関係します。契約書をお皿だと考えたときに、お皿に載るものすべてを完全に理解することは、どんなベテラン法務パーソンにも無理だろうと思います。しかし、AIは、わからないことを、家庭教師のように、いつでも自分の好きなタイミングで噛み砕いて教えてくれます。「法務」の仕事を広く捉えて、新しい学びを自分のペースで楽しみましょう。ゆっくりで大丈夫です。
この連載は、「AI時代の法務DX」をテーマに、全3回で考察をお届けします。読者の方からのご質問にも答えたいと考えていますので、疑問に思っていることやDXに関する悩みがあれば、編集部窓口まで是非お知らせください。
宛先:bl-info@bengo4.com
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