今回はバジョット氏著の「イギリス国制論」の上巻を要約します。バジョットは19世紀のジャーナリストでビクトリア女王治世の大英帝国と呼ばれた時代のイギリスの政治システムを題材に、立憲君主制・議院内閣制の在り方を論じるという内容になっています。上巻は内閣・君主・貴族院・庶民院に関する著者の論を取り扱います。
「イギリス国制論(上)」
■ジャンル:政治
■読破難易度:低(非常に平易な言葉で記述がされており、解説も豊富に記述されています。前知識不要で読むことが出来る内容となっています。)
■対象者:・議院内閣制・立憲君主制について理解を深めたい方
・19世紀のイギリス情勢について興味関心のある方
・政治・法の概念について体系的に学びたい方
≪参考文献≫
■代議制統治論
■職業としての政治
■完訳統治二論
■近代世界システムⅣ
■要約≪近代世界システムⅣ前編≫ - 雑感 (hatenablog.com)
【要約】
■内閣
・イギリスは中世以来厳格に立法・行政・司法の三権が分立、相互不可侵の原則を守ってきたとされます。主権を行使するには三権全ての合意が必要として抑制と淘汰・吟味作用をかけるという合議を重視したシステムが議会制民主主義です。君主制・貴族制・民主制の3つの性質をブレンドした状態がイギリスの三権の状態とされます。イギリス国制には国民の崇敬の念を掻き立てる尊厳的部分と実際に統治をおこなう実効的部分の2つの性質を持ち合わせているとされます。国の政治は忠誠心や尊厳を勝ち取り、それをもって人々を動かしていくという性質を持ちます。実行・結果が大事だという論は立ちますが、その力の行使の正当性を決めるのは受け手であり、それ故に政治機構には尊厳が求められるのです。
・イギリスは立法権と行政権が内閣によりほぼ密接に結合した状態での統治をしているのが特徴であり、優位性であるとされます。貴族院と呼ばれる上院は少数の名目的なかつてのローマ帝国の元老院議員のようなお飾り要素があり、実態は国民選出による庶民院(下院)にあり、下院優越の法則により統治されるという仕組みが機能を強めています。三権分立・相互不可侵は政治システムの前提でありますが、それでも立法と行政の綿密な連携が効果的に政治を機能させるためのエッセンスになると著者は主張します。政治的知性・基礎教育を充実させることと効果的な議論が出来るように要点を掻い摘むこと、演説のスピーチを政治家が磨くことなどのたゆまない努力により、建設的な議会制民主主義は機能するとされます。
■君主
・政治の実効的部分を庶民院が担う中で、君主(国家元首)は政治の尊厳的部分を担います。特にイギリスにおいては血筋に由来する尊厳により人を魅了し、イギリス国教会がその尊厳を補完・促進するという形式を長らく採用しています。君主制はその統治の源泉のわかりやすさが特徴であり、想像力を必要としないという点も長らく政治のシステムとして有力視されてきました。
・議院内閣制において君主は道徳的指導者の役割を中心として、外交や政策・法令承認などの一部の政治的な役割を担う限定的な役割に専念してもらうという形式が主流となります。具体的には君主は内閣が決める政治的な判断に対しての奨励・警告に範囲を限定し、実態的な責任・抑制力を持たないという具合です。政治的な力の範囲を限定するのは国王が抑制力を強めると議院内閣制は崩壊し、専制政治になるリスクがあるからです。また、君主がアドバイザリーとしてバリューを発揮できているケースはイギリス王朝においては少なく、せいぜいビクトリア女王くらいだろうというのが著者の評論です。
■貴族院
・政治の実効的部分を庶民院が担う場面において、貴族院は君主同様、政治の尊厳的部分を担い、かつじっくり論証するべき政治的テーマの対処や庶民院の政治原案を吟味・修正・補完する役割が中心であったとされます。貴族院は旧ローマ帝国の元老院のような家系による名誉や尊厳の影響力を尊重した中でもたらされた政治的な仕組とされます。貴族院は存在することそのものが革命因子がないということの象徴であり、逆に革命を阻止したり、国民の意向を抑止・受けとめ出来る訳でもないともされます。完璧な下院(庶民院)が存在するのであれば上院(貴族院)は不要であるというのが本来の議院内閣制の本質であると著者は表現します。
・一方で、貴族院は生活や人生の課題意識や逼迫度が低い議員で構成されてしまう宿命にあるので、白熱した議論等の類にはマッチしないともされます。義務感の不足・政治的無関心などはこの時代においても貴族院の大きな問題として指摘されています。当代におけるイギリスの貴族院の構成員の大半は地主であり、同質的な視点からしか政治的意思決定・審議が出来ないことによる実効性の不確かさが一番の問題であると著者は痛烈に批判します。また、貴族院議員の生まれながらにある程度の生活と名誉が保証されているという出生故に、政治的な実務能力・知性のダウンサイドリスクは低いものの、卓越した問題解決能力・リーダーシップを開発する機会、必要性がないことによる凡庸さからは避けて通れないとも指摘をしています。
■庶民院
・庶民院は議院内閣制において下院とも評され、下院優越の法則が働く政治の実効的な役割を強く持つ院です。庶民院の役割は首相選出機能・国民の意思を表明する機能・教育機能・国王への報告機能・立法機能・財政機能の6つとされます。
・議会で特定のテーマについて議論・お披露目するプロセスそのものを通じて、議員と国民へ当該テーマについて思考を深めるきっかけをもたらします。思想と言論の自由により、様々な視点がもちこまれ、総合的に意思決定をするというプロセスを経る自由主義国家が政治的に強いと認識されるに至るのはこの頃からとされます。国民への課税・財政のマネジメントという特有の視点を持ってしか起案のインセンティブの働かない財務大臣・金融庁長官のような立ち位置に政治の要職を置く、独立性を保つというのが政治のセオリーとされます。外交や国防に関しても国の競争力にダイレクトにヒットするので重要ポストとして閣僚を任用されてきました。
・議院内閣制および庶民院(下院)の優れた点はいつでも議会を解散できるという緊張感のある状態と政治的な意思決定をある程度効果的に処理するために政党政治という思想の系統をわけて、どの思想にベットするかという形の選挙をとることで淘汰・選別をもたらす点にあるとされます。
・尚、本書記述の時代は自由主義と資本主義が発展拡大している過渡期であり、制限選挙から普通選挙に移行していくべきかどうかが政治的にホットなテーマでした。選挙制度の論点は対象に女性を含むかどうかと特権階級の影響力をどの程度織り込むかということにあったとされます。階級意識と階級間の生産性や能力の差が著しいという時代の中での妥当解がこの時代は採用されており、資本主義経済は地主などの中産階級の経済的・政治的な影響力を拡大させるという作用をもたらしたとされます。
【所感】
・時代背景故に、アメリカの大統領制・フランスの帝政との比較、J.S.ミルの政治観への言及、普通選挙制度・制限選挙の論点や資本主義経済拡大局面に伴う中産階級台頭の影響力などに関しての言及もあり、歴史書物としても非常に面白く読むことが出来ました。
・日本も議院内閣制を取り扱うということで本書の政治に関するエッセンスは日本人の自分にも役に立つだろうという軽い気持ちで読み始めましたが、近現代の古典勉強としての知的好奇心を刺激される面白さは勿論、ヨーロッパの政治システムの歴史についても理解が深まり非常に面白く読むことが出来ました。
以上となります!