2012年春夏連覇時の主将・水本弦氏が綴る、名将・西谷浩一監督の“すごみ” プロもアマも、本格的に野球のシーズンが始まる季節。そして、新たな人生を歩み出す季節――。高校野球の名門・大阪桐蔭高で、藤浪晋太郎(現マリナー…

2012年春夏連覇時の主将・水本弦氏が綴る、名将・西谷浩一監督の“すごみ”

 プロもアマも、本格的に野球のシーズンが始まる季節。そして、新たな人生を歩み出す季節――。高校野球の名門・大阪桐蔭高で、藤浪晋太郎(現マリナーズ・マイナー)らと甲子園春夏連覇を果たした当時の主将・水本弦氏が、名将・西谷浩一監督との思い出を振り返るとともに、野球を超えた学びと感謝を綴る。選手だけでなく、中学指導者や保護者からも信頼を集めた驚異的な“気配り”と深い哲学は、卒業後のビジネスや人生にも生きているという。

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 私が人生において大きな影響を受けた1人、大阪桐蔭高校の西谷浩一監督について綴ります。大阪桐蔭では3年生の時(2012年)に甲子園春夏連覇という貴重な経験ができました。もちろん、目標に掲げていた日本一達成は日々の練習が報われた喜びや充実感がありました。ただ、大阪桐蔭の野球部を選んで良かったと心から思える理由は、仲間と過ごした時間や指導者との出会いにあると断言できます。

 中でも、西谷先生には野球を超えて人として大切なことをたくさん学びました。選手が毎年入れ替わる高校野球で安定した成績を残し、2024年の選抜で甲子園の歴代勝利数の記録を更新。高校野球界に名を刻む名将となった今も、周りへの感謝や気配りを忘れない姿には驚かされます。

 指導を受けた選手の1人として、西谷先生のすごさを質問されることはよくあります。一言で表すと、「まめさ」です。西谷先生と挨拶した中学野球や大学野球の指導者と話をすると、誰もが「お忙しいはずなのに、お会いした翌日にお礼のメールが来ました」と口をそろえます。

 私が大阪桐蔭でプレーしていた頃も、西谷先生はわずかな空き時間でも携帯電話からメールを送っていました。その相手は野球の指導者や関係者だけではなく、卒業から何年も経った選手も含まれます。

能登半島地震の直後に連絡…野球用具の記事にも「頑張ってるな」

 私も定期的に西谷先生から連絡をいただきます。昨年の元日に私の地元・石川県で地震が起きた際は、「ご両親は大丈夫か?」とメールが届きました。地元の野々市市に野球用具を寄贈したニュースが流れた時も「記事読んだぞ。頑張っているな」とメッセージが来ました。大阪桐蔭が富山県で試合をした際に石川県を通過した際には、「お前のことを思い出して連絡してみた」と声をかけていただきました。

 私は大阪桐蔭を卒業して10年以上経っています。野球も引退しています。それでも、西谷先生は気にかけてくれます。私が主将をしていたから特別なわけではなく、他の選手に聞いても「連絡が来る」と話しています。自分たち卒業生にまで連絡するようなまめさや気配りが、西谷先生の周りに人が集まる理由だと思っています。

 大阪桐蔭は「上手い選手を集めているから勝って当たり前」「選手を集めすぎ」という批判を受けることが少なくありません。これは正確な指摘ではありません。選手だけでなく、中学の指導者や保護者といった大人も、西谷先生のもとで野球をさせたいと望んで大阪桐蔭に入学します。「選手を集める」のではなく、「選手が集まる」のです。あれだけの結果を出しても全く奢らず、まめな性格は変わりません。

高校卒業後もビジネスでも生きる、西谷監督の言葉

 大阪桐蔭で過ごした3年間は人生の中でも特に濃密でした。西谷先生との記憶も数多いです。その中で、高校を卒業してから度々思い出すシーンがあります。主将をしていた高校3年生のある日、西谷先生に提出する野球ノートに次のような内容を書きました。

「最近は練習時間が長く、無意味になっているメニューもあります。練習時間を短くした方が良いと感じています」

 次の日、私は西谷先生に呼ばれて怒られました。「意味がないと感じた練習に意味を持たせるのが、主将を任されたお前の仕事ではないのか」。主将には、練習の狙いや目的を明確にしてチームメートに伝える役割があります。しかし、私は「もっと早く寮に帰れるのにストレッチの時間が長すぎる」などと思っていました。西谷先生の言う通り、どんな練習にも意味を持たせることができますし、主将の発言としてふさわしくなかったと反省しました。

 そして、高校卒業後に振り返ると、すごく深い言葉だったと実感しました。誰に対しても平等に時間が与えられている中で、より良い結果を出すには、どんな練習をするのか日々考える必要があります。無駄だと思って取り組む練習や指導者にやらされる練習は、パフォーマンス向上につながらず、それこそ無駄な時間を費やしてしまいます。

 これは、野球に限らず他のスポーツにもビジネスにも通じます。選手に答えを示すよりも考えさせる西谷先生の指導の深さやありがたみは、大阪桐蔭を卒業してから、特に社会人になってからわかることも多いです。(水本弦 / Gen Mizumoto)