従って、本発明の目的は、左右輪の前後力差に起因するヨーモーメントによる車両の偏向を抑制する「操舵角制御」や「操舵トルク制御」を実行する車両の操舵制御装置において、左右輪の前後力差の変動に起因する運転者の違和感を抑制することができるものを提供することにある。
本発明に係る車両の第1の操舵制御装置は、運転者による操舵操作部材の操作とは独立に操舵輪の舵角を調整可能な機構(例えば、上記VGRS等)を備えた車両に適用される。即ち、例えば、操舵操作部材の操作量に対する操舵輪の舵角の比率を調整することで操舵輪の舵角を補正する機構を備えた車両に適用される。換言すれば、上記第1の操舵制御装置では、上記「操舵角制御」が実行される。
上記第1の操舵制御装置は、車輪の前後力を推定する推定手段と、前記推定された車輪の前後力に基づいて左右輪の前後力差を演算する演算手段と、前記前後力差に起因して前記車両に発生するヨーモーメント(上記前後力差起因ヨーモーメント)を低減するための、前記操舵輪の舵角に相当する値の補正目標値を前記前後力差に基づいて決定する決定手段と、前記操舵輪の舵角相当値が前記補正目標値分だけ補正されるように前記操舵輪の舵角を補正する補正手段とを備える。
ここにおいて、「操舵輪の舵角に相当する値」とは、例えば、操舵輪の舵角そのもの、上記VGRSにおけるステアリングギヤ比可変用の電動モータの回転角度等である。また、上記第1の操舵制御装置は、一般には、運転者による操舵操作部材の操作に基づいて前記操舵輪の舵角に相当する値の基準目標値を決定する手段を備えていて、前記補正手段は、前記操舵輪の舵角相当値が前記基準目標値と前記補正目標値とに基づく最終目標値に一致するように前記操舵輪の舵角を決定(補正)するように構成される。
上記第1の操舵制御装置の特徴は、前記補正目標値が減少する場合、前記補正目標値の減少勾配を制限する制限手段を備えたことにある。ここにおいて、前記制限手段は、例えば、前記補正目標値の減少勾配が予め定められた制限値を超える場合、前記補正目標値の(時間に対する)減少勾配を同制限値に制限するように構成される。
これによれば、左右輪の前後力差に基づいて決定される操舵輪の舵角に相当する値の補正目標値が左右輪の前後力差の変動に起因して変動する場合であっても、同補正目標値の減少勾配が制限されるから、補正目標値の変動が抑制され得る。従って、補正目標値に基づいて決定される操舵輪の舵角の変動も抑制され得る。この結果、上記「操舵角制御」によりカウンタステア操作が自動的に実行される場合において、操舵輪の舵角の変動に起因する運転者の違和感が抑制され得る。
加えて、補正目標値の増加勾配は制限されないから、前後力差起因ヨーモーメントの発生開始直後において増大し得る補正目標値の増大は制限されない。従って、例えば、補正目標値にローパスフィルタ処理を施すことにより補正目標値の変動が抑制される場合と異なり、カウンタステア操作において重要である初期段階におけるカウンタステア操作の応答性を損なうことがない。従って、前後力差起因ヨーモーメントの発生に伴う車両の偏向を効果的に抑制しつつ、上記操舵輪の舵角の変動に起因する運転者の違和感を抑制することができる。
上記第1の操舵制御装置においては、前記車両の車輪のスリップが過大であるときに同車輪の前後力を調整して同スリップを抑制するスリップ抑制制御を実行する実行手段を備え、前記補正手段は、前記車両が左右の路面の摩擦係数が異なる路面(上記μスプリット路面)を走行中において前記スリップ抑制制御が実行されている場合(上記μスプリット制御中)に前記操舵輪の舵角を補正するように構成されることが好適である。
ここにおいて、スリップ抑制制御とは、例えば、車輪の減速方向のトルクを調整することで減速方向のスリップを抑制するABS制御や、車輪の減速方向或いは加速方向のトルクを調整することで加速方向のスリップを抑制するTCS制御等である。
背景技術の欄で述べたように、上記μスプリット制御中では、左右輪の前後力の増減周期が異なること等に起因して、左右輪の前後力差が変動し易い。従って、上記構成によれば、上記操舵輪の舵角の変動に起因する運転者の違和感を効果的に抑制することができる。
本発明に係る車両の第2の操舵制御装置は、運転者による操舵操作部材の操作力(操舵トルク)を調整可能な機構(例えば、上記EPS等)を備えた車両に適用される。換言すれば、上記第2の操舵制御装置では、上記「操舵トルク制御」が実行される。
上記第2の操舵制御装置は、上記第1の操舵制御装置のものと同じ前記推定手段及び前記演算手段と、前記前後力差に起因して前記車両に発生するヨーモーメント(上記前後力差起因ヨーモーメント)を低減する方向の前記操舵操作部材の操作を促すための、前記操作力に相当する値の補正目標値を前記前後力差に基づいて決定する決定手段と、前記操舵操作部材の操作力相当値が前記補正目標値分だけ補正されるように前記操舵操作部材の操作力を補正する補正手段とを備える。
ここにおいて、「操作力に相当する値」とは、例えば、運転者による操舵トルクそのもの、上記EPSにおける操舵トルク可変用の電動モータの駆動トルク等である。また、上記第2の操舵制御装置は、一般には、運転者による操舵操作部材の操作力(操舵トルク)に基づいて前記操作力に相当する値の基準目標値を決定する手段を備えていて、前記補正手段は、前記操作力相当値が前記基準目標値と前記補正目標値とに基づく最終目標値に一致するように前記操作力を決定(補正)するように構成される。
上記第2の操舵制御装置の特徴は、上記第1の操舵制御装置と同様、前記補正目標値が減少する場合、前記補正目標値の(時間に対する)減少勾配を制限する制限手段を備えたことにある。これによれば、上記第1の操舵制御装置と同様、補正目標値の変動が抑制され得る。従って、補正目標値に基づいて決定される操作力(操舵トルク)の変動も抑制され得る。この結果、上記「操舵トルク制御」により運転者のステアリングホイール操作によるカウンタステア操作が促される場合において、操作力(操舵トルク)の変動に起因する運転者の違和感が抑制され得る。
加えて、上記第1の操舵制御装置と同様、補正目標値の増加勾配は制限されないから、カウンタステア操作において重要である初期段階における応答性を損なうことがない。従って、上記第2の操舵制御装置によっても、前後力差起因ヨーモーメントの発生に伴う車両の偏向を効果的に抑制しつつ、上記操舵輪の舵角の変動に起因する運転者の違和感を抑制することができる。
上記第2の操舵制御装置においても、前記補正手段は、前記車両が左右の路面の摩擦係数が異なる路面(上記μスプリット路面)を走行中において前記スリップ抑制制御が実行されている場合(上記μスプリット制御中)に前記操舵輪の舵角を補正するように構成されることが好適である。これにより、上記操舵輪の舵角の変動に起因する運転者の違和感を効果的に抑制することができる。
上記第1、第2の操舵制御装置においては、前記制限手段は、前記車両の車体速度が大きいほど前記減少勾配を制限する程度をより大きくするように構成されることが好適である。この場合、例えば、前記制限手段が、前記補正目標値の減少勾配が予め定められた制限値を超える場合に前記補正目標値の減少勾配(正の値)を同制限値(正の値)に制限するように構成される場合、車体速度が大きいほど前記制限値(正の値)がより小さい値に設定される。
車両の走行安定性の観点からみると、車体速度が大きいほど、操舵輪の舵角の変動、或いは操作力(操舵トルク)の変動を抑制する要求の程度が大きい。上記構成は係る知見に基づくものである。これにより、車体速度に応じて操舵輪の舵角の変動、或いは操作力(操舵トルク)の変動を抑制する程度が適切に決定され得る。
以下、本発明による車両の操舵制御装置の各実施形態について図面を参照しつつ説明する。
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係る操舵制御装置を含む車両の運動制御装置10を搭載した車両の概略構成を示している。この運動制御装置10は、操舵制御機構20と、ハイドロリックユニット30とを含んでいる。
操舵制御機構20では、運転者に操作されるステアリングホイール21が、アッパステアリングシャフト22、ステアリングギヤ比可変機構(VGRS)23、ロアステアリングシャフト24を介してラック・アンド・ピニオン機構25のピニオン25aに接続されている。これにより、ステアリングホイール21の回転がピニオン25aの回転として伝達されるようになっている。
ピニオン25aは、ラック・アンド・ピニオン機構25のラック25bと歯合していて、ピニオン25aの回転運動はラック25bの車体左右方向の並進運動に変換される。ラック25bの並進運動は、ラック25bと一体の車体左右方向に延在するラックバー26を介して左右一対のタイロッド27L,27Rに伝達されるようになっている。以上より、ステアリングホイール21が回転すると、操舵輪FL,FR(左右前輪)が転舵されるようになっている。
VGRS23は、ギヤ機構部23aと、モータ23bとから構成されていて、モータ23bの(絶対)回転角度を制御することで、アッパステアリングシャフト22に対してロアステアリングシャフト24を相対的に回転駆動可能となっている。これにより、モータ23bの回転角度を制御することで、操舵輪FL,FRの舵角に対するステアリングホイール21の回転角度の比率(ステアリングギヤ比)が変更可能に構成されている。
VGRS23は、例えば、アッパステアリングシャフト22に接続されたサンギヤと、ロアステアリングシャフト24に接続されたキャリアと、モータ23bに接続されたリングギヤと、を備えた遊星ギヤ機構等、周知の機構の一つにて構成されている。従って、VGRS23の構成についての詳細な説明は省略する。
ハイドロリックユニット30は、複数の電磁弁、液圧ポンプ、モータ等を備えた周知の構成を有している。ハイドロリックユニット30は、非制御時では、運転者によるブレーキペダルBPの操作に応じたブレーキ液圧を各車輪のホイールシリンダW**にそれぞれ供給し、制御時では、ブレーキペダルBPの操作とは独立してホイールシリンダW**内のブレーキ液圧を車輪毎に調整できるようになっている。
なお、各種記号等の末尾に付された「**」は、同各種記号等が何れの車輪に関するものであるかを示すために同各種記号等の末尾に付される「fl」,「fr」等の包括表記であって、例えば、ホイールシリンダW**は、左前輪ホイールシリンダWfl, 右前輪ホイールシリンダWfr, 左後輪ホイールシリンダWrl, 右後輪ホイールシリンダWrrを示している。
再び、図1を参照すると、この運動制御装置10は、車輪速度Vw**を検出する車輪速度センサ41**と、ステアリングホイール21の(中立位置からの)回転角度δfを検出するステアリングホイール回転角度センサ42と、ホイールシリンダ圧力Pw**を検出するホイールシリンダ圧力センサ43**と、電子制御装置(ECU)50とを備えている。
電子制御装置50は、互いにバスで接続された、CPU51、図示しないROM、RAM、バックアップRAM、及びインターフェース等からなるマイクロコンピュータである。電子制御装置50は、ハイドロリックユニット30、及び前記センサ41〜43と電気的に接続されている。CPU51は、前記センサ41〜43からの信号の供給を受けるとともに、ハイドロリックユニット30(内の電磁弁、モータ等)、及びモータ23bに駆動信号を送出するようになっている。
以上のように構成された本発明の第1実施形態に係る運動制御装置10(以下、「本装置」と称呼する。)は、周知のアンチスキッド制御(ABS制御)、及びトラクション制御(TCS制御)(前記スリップ抑制制御に対応)を車輪毎に実行するようになっている。
ABS制御では、ホイールシリンダ圧力W**を減圧・保持・増圧して車輪**の制動トルクを調整することで減速方向のスリップが抑制される。TCS制御では、ホイールシリンダ圧力W**を増圧・保持・減圧して車輪**の制動トルクを調整し、或いは図示しないエンジンの出力調整により車輪**の駆動トルクを調整することで加速方向のスリップが抑制される。
加えて、本装置は、VGRS23のモータ23bの(絶対)回転角度(前記「操舵輪の舵角相当値」に対応)を制御することで、車体速度に応じて上記ステアリングギヤ比を変更する後述する車速感応ステアリングギヤ比制御、並びに、左右輪の前後力差に起因する車両の偏向を抑制するために操舵輪FL,FRの舵角を補正する後述するカウンタステア制御を実行可能となっている。以下、ステアリングギヤ比制御、及びカウンタステア制御を、「操舵角制御」と総称する。
なお、本例では、モータ23bの回転角度は、同回転角度がその中立位置(モータ23bの回転角度=0)から操舵輪FL,FRの舵角が左方向に増大する方向に偏移している場合に正の値を採り、同回転角度がその中立位置から操舵輪FL,FRの舵角が右方向に増大する方向に偏移している場合に負の値を採るものとする。
(実際の作動)
次に、本装置による操舵角制御実行時における実際の作動について、本装置が操舵角制御を行う際の機能ブロック図である図2、並びに、電子制御装置50のCPU51が実行するルーチン(プログラム)をフローチャートにより示した図3、図4を参照しながら説明する。
CPU51は、図3に示したモータ23bの(絶対)回転角度を制御するルーチンを所定時間(プログラム実行周期Δt)の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ300から処理を開始し、ステップ305に進んで、通常ステア用回転角度目標値NSt(基準目標値)を、車体速度Vso、ステアリングホイール21の回転角度δf、及び、Vso,δfを引数とするテーブルMapNStとに基づいて求める。このステップ305は、通常ステア用回転角度目標値決定部A1に相当する。
通常ステア用回転角度目標値NStとは、車速感応ステアリングギヤ比制御を行うためのモータ23bの回転角度の目標値である。これにより、図5に示すように、ステアリングギヤ比Rgの目標値は、車体速度Vsoが増大するほどより大きい値に設定される。車体速度Vsoは、車輪速度Vw**に基づいて周知の手法の一つに従って計算される。
次いで、CPU51はステップ310に進み、μスプリット制御中であるかを周知の手法の一つに従って判定する。μスプリット制御中とは、車両が左右の路面の摩擦係数が異なる路面(μスプリット路面)を走行中において、ABS制御、或いはTCS制御が実行される場合に相当する。μスプリット制御中では、左右輪の前後力(路面とタイヤとの間で発生する加減速方向の摩擦力。制駆動力。)に差が生じる。以下、この差を、「左右輪の前後力差」と称呼する。この左右輪の前後力差に起因して車両を偏向させるヨーモーメント(前後力差起因ヨーモーメント)が発生する。
ステップ310にて「No」と判定する場合、CPU51はステップ315に進み、カウンタステア用回転角度補正目標値CStを「0」に設定する。カウンタステア用回転角度補正目標値CStとは、前記前後力差起因ヨーモーメントを低減するために操舵輪FL,FRの舵角を補正する(即ち、カウンタステア操作を行う)ためのモータ23bの回転角度の補正目標値である。
以下、ステップ310にて「Yes」と判定される場合について説明する。この場合、CPU51はステップ320に進んで、周知の手法の一つに従って車輪**の前後力FX**を計算する。このステップ320は、前後力計算部A2に相当するとともに前記「推定手段」に相当する。
前後力FX**は、例えば、ホイールシリンダ圧力Pw**から得られる車輪**についての制動トルク、図示しないエンジンの駆動トルクから得られる車輪**の駆動トルク、車輪速度Vw**の微分値である車輪**の角加速度、及び車輪**の回転運動方程式等から計算することができる。本例では、前後力FX**は、車両を減速させる方向の場合に正の値を採るものとする。なお、上記制動トルクは、ABS制御、或いはTCS制御中におけるホイールシリンダ圧力の制御目標値や、ハイドロリックユニット30の作動状態(電磁弁の作動状態)から求めることもできる。
続いて、CPU51はステップ325に進み、左右輪の前後力差ΔFXを、ステップ325内に記載の式に従って求める。このステップ325は、前後力差計算部A3に相当するとともに前記「演算手段」に相当する。これにより、左右輪の前後力差ΔFXは、前後力差起因ヨーモーメントが車体上方から見て時計回り方向の場合に正の値を採る。
次に、CPU51はステップ330に進んで、上記求めた左右輪の前後力差ΔFXと、図6にグラフにより示したテーブルとに基づいてカウンタステア用回転角度補正目標値CStを求める。このステップ330は、カウンタステア用回転角度補正目標値決定部A4に相当するとともに前記「決定手段」に相当する。
これにより、カウンタステア用回転角度補正目標値CStは、左右輪の前後力差ΔFXの絶対値が大きいほど絶対値がより大きい値に設定される。また、カウンタステア用回転角度補正目標値CStは、左右輪の前後力差ΔFXが正の値の場合(即ち、前後力差起因ヨーモーメントが車体上方から見て時計回り方向の場合)に正の値(即ち、操舵輪FL,FRの舵角が左旋回方向に増大する値)に設定される。
このように、カウンタステア用回転角度補正目標値CSt(前記「操舵輪の舵角相当値の補正目標値」)は、μスプリット制御非実行中は「0」に設定され、μスプリット制御実行中は、左右輪の前後力差ΔFXに基づいて決定される。
次に、CPU51はステップ335を経由して、図4に示したカウンタステア用回転角度補正目標値CStの減少勾配の制限処理を行うルーチンを実行する。即ち、この図4のルーチンは、図3のルーチンと同期してプログラム実行周期Δt毎に実行される。この図4に示したルーチンは、減少勾配制限処理部A5に相当するとともに前記「制限手段」に相当する。
即ち、CPU51はステップ400からステップ405に進むと、車体速度Vsoと、ステップ405内にグラフにより示したテーブルとに基づいて制限値A(>0)を求める。制限値Aとは、後述するように、カウンタステア用回転角度補正目標値CStの減少勾配を制限するために使用される値である。これにより、制限値Aは、車体速度Vsoが大きいほどより小さい値に設定される。
続いて、CPU51はステップ410に進み、先のステップ315、或いはステップ330にて求めたカウンタステア用回転角度補正目標値CSt(の今回値)の絶対値から制限処理後補正目標値CSthの前回値CSthbの絶対値を減じて得られる値が、値「−A」以上であるか否かを判定する。制限処理後補正目標値CSthとは、カウンタステア用回転角度補正目標値CStに対して減少勾配制限処理を施した後に得られる値である。ここにおいて、値CSthbとしては、前回の本ルーチン実行時において後述するステップ425にて更新されている値が使用される。
ステップ410にて「Yes」と判定される場合、CPU51はステップ415に進んで、制限処理後補正目標値CSth(の今回値)を、上記カウンタステア用回転角度補正目標値CSt(の今回値)と等しい値に設定する。一方、ステップ410にて「No」と判定される場合、CPU51はステップ420に進んで、制限処理後補正目標値CSth(の今回値)を、その時点での値から値「A・SGN(CSth)」を減じて得られる値に設定する。
ここで、SGN(CSth)は、CSth≧0のとき「1」を採り、CSth<0のとき「−1」を採る関数である。これにより、制限処理後補正目標値CSthの(時間に対する)減少勾配(>0)が値Kdwn=「A/Δt」を超える場合、制限処理後補正目標値CSthの減少勾配が値Kdwnに制限される。
続いて、CPU51はステップ425に進んで、制限処理後補正目標値CSthの前回値CSthbを、先のステップ415、或いはステップ420にて求めた制限処理後補正目標値CSth(の今回値)に更新した後、ステップ495を経由して図3のステップ340に進む。
CPU51はステップ340に進むと、VGRS23のモータ23bの回転角度の最終目標値Stを、ステップ305にて求めた通常ステア用回転角度目標値NStと先のステップ415、或いはステップ420にて更新した制限処理後補正目標値CSth(の今回値)の和(=NSt+CSth)に設定する。
そして、CPU51はステップ345に進み、モータ23bの回転角度が最終目標値Stに一致するようにモータ23b(の駆動回路)に駆動指示を行った後、ステップ395に進んで本ルーチンを一旦終了する。このステップ340、345が駆動指示部A6に相当するとともに前記「補正手段」に相当する。
これにより、操舵輪FL,FRの舵角が、ステアリングホイール21の現時点での回転角度δfと図5に示した関係(ステアリングギヤ比Rg)とから決定される舵角(通常ステア用舵角)に対して、制限処理後補正目標値CSthに相当する舵角(カウンタステア用舵角)の分だけ補正された舵角に制御される。
以上、説明したように、本発明の第1実施形態に係る操舵制御装置によれば、μスプリット制御中において、左右輪の前後力差ΔFXに応じて決定される上記カウンタステア用舵角分だけ、運転者によるステアリングホイール操作によることなくカウンタステア操作が自動的に実行され、上記前後力差起因ヨーモーメントによる車両の偏向が抑制され得る。
加えて、上記第1実施形態では、上記カウンタステア用舵角を決定するに際し、カウンタステア用回転角度補正目標値CStそのものに代えて、減少勾配が上記値Kdwn(=A/Δt)に制限された制限処理後補正目標値CSthが使用される。
図7は、時刻t1にてμスプリット制御(具体的には、ABS制御)が開始される場合における、高μ側車輪(右側車輪)、及び低μ側車輪(左側車輪)のそれぞれの前後力(制動力)、並びに、カウンタステア用回転角度補正目標値CStそのもの、及び制限処理後補正目標値CSthの変化の一例を示したタイムチャートである。
図7に示したように、μスプリット制御が開始された時刻t1以降、カウンタステア用回転角度補正目標値CStそのもの(破線を参照)は大きく変動する。従って、上記カウンタステア用舵角を決定するに際し、カウンタステア用回転角度補正目標値CStそのものを使用すると、操舵輪FL,FRの舵角も大きく変動する。この変動は、運転者の違和感に繋がる。
これに対し、上記第1実施形態では、上記カウンタステア用舵角を決定するに際し、制限処理後補正目標値CSth(実線を参照)が使用される。制限処理後補正目標値CSthは、その減少勾配が上記値Kdwnに制限されることでその変動が抑制されている。これにより、上記カウンタステア用舵角分だけカウンタステア操作が自動的に実行される場合において、操舵輪FL,FRの舵角の変動も抑制され、この結果、操舵輪FL,FRの舵角の変動に起因する運転者の違和感が抑制され得る。
特に、μスプリット制御が終了して、カウンタステア用回転角度補正目標値CStが「0」以外(ステップ330)から「0」(ステップ315)にステップ的に変更された場合であっても、制限処理後補正目標値CSthは、その減少勾配が上記値Kdwnに制限されながら「0」に向けて近づいていく。従って、上記カウンタステア用舵角が「0」以外から「0」にステップ的に変更されることに伴う運転者の違和感が確実に抑制され得る。
また、制限処理後補正目標値CSthの増加勾配は制限されないから、前後力差起因ヨーモーメントの発生開始直後(即ち、μスプリット制御開始直後。図7では、時刻t1の直後。)において増大する制限処理後補正目標値CSthの増大は制限されない。ここで、左右輪の前後力差に起因する車両の偏向を抑制するためには、μスプリット制御開始直後においてカウンタステア操作を応答良く、的確に行うことが重要である。
即ち、上記第1実施形態では、カウンタステア操作において重要であるμスプリット制御開始直後の段階におけるカウンタステア操作の応答性を損なうことがない。この点において、上記第1実施形態は、例えば、上記カウンタステア用舵角の決定に際してカウンタステア用回転角度補正目標値CStにローパスフィルタ処理を施した値が使用される場合と比較して、優れている。
加えて、上記第1実施形態では、車体速度Vsoが大きいほど、上記値Kdwn(=A/Δt)がより小さい値に設定される(ステップ405を参照)。換言すれば、車体速度Vsoが大きいほど、制限処理後補正目標値CSthの減少勾配を制限する程度がより大きくされる。
ここで、車両の走行安定性の観点からみると、車体速度が大きいほど、操舵輪の舵角の変動を抑制する要求の程度が大きい。従って、上記第1実施形態では、車体速度Vsoに応じて操舵輪の舵角の変動を抑制する程度が適切に決定され得る。
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る操舵制御装置について説明する。第2実施形態は、運転者によるステアリングホイール21の操舵トルク(操作力)を調整して運転者のステアリングホイール操作によるカウンタステア操作を促す制御(上記「操舵トルク制御」)を行う点においてのみ、運転者のステアリングホイール操作によることなく操舵輪の舵角を直接調整してカウンタステア操作を自動的に行う制御(上記「操舵角制御」を行う上記第1実施形態と異なる。
以下、係る相違点についてのみ説明する。なお、第2実施形態において、第1実施形態における部材、ステップ等と同じものについては第1実施形態における符号と同じ符号が付されている。
図8に示すように、第2実施形態では、操舵制御機構20において、ステアリングホイール21がステアリングシャフト28を介してピニオン25aと一体的に接続されている。これにより、上記第1実施形態と異なり、ステアリングギヤ比は一定となっている。
また、第2実施形態では、上述したVGRS23に代えて電動パワーステアリング機構(EPS)29が備えられている。EPS29は、ステアリングシャフト28に一体的に配置されたギヤを含むギヤ列からなる減速機構29aと、モータ29bとから構成されている。
これにより、電子制御装置50によりモータ29bのトルク(駆動トルク。前記「操作力に相当する値」に対応)を制御することで、運転者によるステアリングホイール21の操舵トルクを調整可能に構成されている。即ち、上記「操舵トルク制御」が実行されるようになっている。
より具体的には、第2実施形態では、車体速度に応じてモータ29bのトルクを変更して運転者の操舵トルクを調整(軽減)する後述する車速感応パワーステアリング制御、並びに、上記前後力差起因ヨーモーメントによる車両の偏向を抑制するためにモータ29bのトルク(従って、操舵トルク)を補正して運転者のステアリングホイール操作によるカウンタステア操作を促す制御を実行可能となっている。
なお、第2実施形態では、モータ29bのトルクは、運転者の反時計回り方向へのステアリングホイール操作(左旋回に対応する操作)を促す(軽減する)方向において正の値を採り、運転者の時計回り方向へのステアリングホイール操作(右旋回に対応する操作)を促す(軽減する)方向において負の値を採るものとする。
加えて、第2実施形態では、上記ステアリングホイール回転角度センサ42に代えて、運転者によるステアリングホイール21の操舵トルクTsを検出する操舵トルクセンサ44が備えられている。
以下、第2実施形態の実際の作動について、第2実施形態が操舵トルク制御を行う際の機能ブロック図である図9、並びに、第2実施形態のCPU51が実行する上記第1実施形態の図3のルーチンに対応する図10にフローチャートにより示したルーチンを参照しながら説明する。なお、第2実施形態のCPU51は、第1実施形態の図4のルーチンをそのまま実行する。
図9において、図2における通常ステア用回転角度目標値決定部A1を通常ステア用トルク目標値決定部A1’に置き換えた点、図2におけるカウンタステア用回転角度補正目標値決定部A4をカウンタステア用トルク補正目標値決定部A4’に置き換えた点、並びに、図2における駆動指示部A6を駆動指示部A6’に置き換えた点が、主として図2と異なる。
即ち、上記第1実施形態では、NStは、通常ステア用回転角度目標値(即ち、車速感応ステアリングギヤ比制御を行うためのモータ23bの回転角度の目標値)を表していたが、第2実施形態では、NStは、通常ステア用トルク目標値、即ち、車速感応パワーステアリング制御を行うためのモータ29bのトルクの目標値を表す。
また、上記第1実施形態では、CStは、カウンタステア用回転角度補正目標値(即ち、カウンタステア操作を自動的に行うためのモータ23bの回転角度の補正目標値)を表していたが、第2実施形態では、CStは、カウンタステア用トルク補正目標値、即ち、運転者のステアリングホイール操作によるカウンタステア操作を促すためのモータ29bのトルクの補正目標値を表す。
なお、第2実施形態では、カウンタステア用トルク補正目標値CStは、図6に示したテーブルと同様のテーブルに基づいて、左右輪の前後力差ΔFXの絶対値が大きいほど絶対値がより大きい値に設定される。また、カウンタステア用トルク補正目標値CStは、左右輪の前後力差ΔFXが正の値の場合(即ち、前後力差起因ヨーモーメントが車体上方から見て時計回り方向の場合)に正の値(即ち、運転者の反時計回り方向へのステアリングホイール操作(左旋回に対応する操作)を促す(軽減する)方向の値)に設定される。
加えて、第2実施形態では、減少勾配制限処理部A5(即ち、図4のルーチン)にて計算される制限処理後補正目標値CSthは、カウンタステア用トルク補正目標値CStに対して第1実施形態と同じ減少勾配制限処理を施した後に得られる値である。
図10に示したモータ29bの(駆動)トルクの制御を行うルーチンは、図3のステップ305、345をそれぞれ、ステップ1005、1010に置き換えた点においてのみ、図3に示したルーチンと異なる。
ステップ1005では、上記通常ステア用トルク目標値NStが、車体速度Vso、運転者によるステアリングホイール21の操舵トルクTs、及び、Vso,Tsを引数とする図11に示したテーブルMapNStとに基づいて求められる。
これにより、通常ステア用トルク目標値NStは、その符号が運転者のステアリングホイール操作を軽減する方向のものに設定され、且つ、図11に示すように、その絶対値が、車体速度Vsoが小さいほど又は操舵トルクTsが大きいほど、より大きい値に設定される。
ステップ1010では、モータ29bのトルクが、図10のステップ340にて決定される最終目標値St(即ち、ステップ1005にて求めた通常ステア用トルク目標値NStと図4のステップ415、或いはステップ420にて更新した制限処理後補正目標値CSth(の今回値)の和(=NSt+CSth))に一致するように、モータ29b(の駆動回路)に駆動指示が行われる。
これにより、モータ29bのトルク(アシストトルク)が、現時点での操舵トルクTs及び車体速度Vsoと図11に示した関係とから決定されるトルク(通常ステア用トルク)に対して、制限処理後補正目標値CSthに相当するトルク(カウンタステア用トルク)の分だけ補正された値に制御される。
以上、説明したように、本発明の第2実施形態に係る操舵制御装置によれば、μスプリット制御中において、左右輪の前後力差ΔFXに応じて決定される上記カウンタステア用トルク分だけ、モータ29bのトルクが、カウンタステア操作に対応する方向のステアリングホイール操作を促す方向に補正され、これにより、運転者のステアリングホイール操作によるカウンタステア操作が促される。この結果、運転者のステアリングホイール操作によるカウンタステア操作が適切に実行され易くなり、上記前後力差起因ヨーモーメントによる車両の偏向が抑制され得る。
加えて、上記第2実施形態では、上記カウンタステア用トルクを決定するに際し、カウンタステア用トルク補正目標値CStそのものに代えて、減少勾配が上記値Kdwn(=A/Δt)に制限された制限処理後補正目標値CSthが使用される。
これにより、上記カウンタステア用トルク分だけモータ29bのトルクが補正される場合において、運転者によるステアリングホイール21の操舵トルクの変動が抑制され、この結果、操舵トルクの変動に起因する運転者の違和感が抑制され得る。
本発明は上記第1、第2実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記第1、第2実施形態においては、車輪の制動トルクはブレーキ液圧に基づいて制御されているが、制動トルク制御用のモータのトルクを利用して車輪の制動トルクを制御してもよい。この場合、前後力FX**の計算(ステップ320を参照)において必要となる制動トルクは、前記制動トルク制御用のモータのトルク目標値、トルク実際値等に基づいて取得され得る。
また、上記第1、第2実施形態においては、ステップ330にて決定される補正目標値CStの絶対値に制限を設けてもよい。これにより、運転者の積極的なステアリングホイール操作によるカウンタステア操作のオーバーライドの余地を残すことができる。
また、上記第1、第2実施形態においては、μスプリット制御の開始からの経過時間が長くなるほど、上記値Kdwn(=A/Δt)がより大きい値に設定されてもよい。換言すれば、μスプリット制御の開始からの経過時間が長くなるほど、制限処理後補正目標値CSthの減少勾配を制限する程度がより小さくされてもよい。これにより、μスプリット制御の開始からの経過時間が長くなるほど、運転者の積極的なステアリングホイール操作によるカウンタステア操作のオーバーライドの余地を大きくすることができる。
また、上記第1、第2実施形態においては、左右輪の前後力差ΔFXとして、右側前後輪FR,RRの前後力FXfr,FXrrの和から左側前後輪FL,RLの前後力FXfl,FXrlの和を減じて得られる値が使用されているが、左右輪の前後力差ΔFXとして、右側前輪FRの前後力FXfrから左側前輪FLの前後力FXflを減じて得られる値が使用されてもよい。
また、上記第1、第2実施形態においては、操舵制御機構20において、ステアリングホイール21と操舵輪FL,FRとが機械的に接続されているが、ステアリングホイール21と操舵輪FL,FRとが機械的に接続されていない所謂ステア・バイ・ワイヤ方式の操舵制御機構(即ち、ステアリングホイール21の回転角度、或いは操舵トルクを示す電気信号に基づいて操舵制御を行う機構)を備えた車両に対しても、本発明は適用可能である。この場合、操舵操作部材として、ステアリングホイール21に代えて棒状部材(所謂、ジョイスティック)が使用されてもよい。
また、上記第1、第2実施形態においては、減少勾配制限処理部(A5)が補正目標値決定部(A4,A4’)の後に配置されているが、補正目標値CStは前後力差ΔFXに基づいて計算されるから、減少勾配制限処理部(A5)は、前後力差計算部(A3)と補正目標値決定部(A4,A4’)の間に配置してもよい。
加えて、上記第1実施形態においては、電動パワーステアリング機構(EPS)が備えられていないが、EPSが設けられても良い。
10…車両の運動制御装置、20…操舵制御機構、21…ステアリングホイール、23…VGRS、23b…モータ、29…EPS、29b…モータ、30…ハイドロリックユニット、41**…車輪速度センサ、42…ステアリングホイール回転角度センサ、43**…ホイールシリンダ圧力センサ、44…操舵トルクセンサ、50…電子制御装置、51…CPU