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JP2014118613A - 強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体及びその製造方法 - Google Patents

強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体及びその製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】1180MPa以上の引張最大強度と耐水素脆性に優れるホットスタンプ成形体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.12〜0.40%、Si: 0.005〜2.0%、Mn+Cr:1〜3%、Al:0.005〜1.0%、P:0.001〜0.030%、S:0.0001〜0.01%、B:0.0003〜0.010%、O:0.0001〜0.007%、N:0.001〜0.007%を含む鋼板の組織が焼き戻しマルテンサイトを面積率で50%以上含有し、その中の鉄系炭化物の成分および数密度について、Si又はAlを単独あるいは複合して合計で0.05%以上含有し、数密度が1×106個/mm2以上であることを特徴とする1180MPa以上の強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体とホットスタンプ成形体の製造方法。
【選択図】なし

Description

本発明は、強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体及びその製造方法に関するものである。
近年、自動車や建築などに用いる鋼板には高強度化が強く要求されている。例えば、引張最大強度900MPa以上の高強度冷延鋼板は、バンパーやインパクトビーム等の補強材として、その適用が急速に進んできている。しかし、高強度鋼板の適用に際しては、遅れ破壊の発生を防止するという課題を解決する必要がある。
遅れ破壊とは、使用状況下で高い応力が作用している鋼部材(例えば、PC鋼線、ボルト)が、突然破壊する現象である。この現象は、環境から侵入する水素と密接に関係することが知られている。
鋼部材の遅れ破壊に大きく影響を及ぼす因子として、鋼板強度が知られている。鋼板は、高強度であるほど、塑性変形が起こり難いので、高い応力が作用する環境で使用される可能性が高い。一方、高い応力が作用する部材に低強度鋼部材を用いると、塑性変形して破断に至るので、遅れ破壊は起きない。このことから高強度鋼板ほど遅れ破壊の発生の懸念が高い。
加えて、自動車用鋼板のように、鋼板を冷間で成形して部材として使用する鋼部材においては、車体に加わる応力に加え、成形後に発生する残留応力も遅れ破壊の原因となりうることが知られている。残留応力は、プレス、切断、及び、打ち抜きといった車体製造に必要な塑性加工で導入されることから、冷間加工で使用する鋼材は、残留応力が大きく、より厳しい環境下で使用されることになる。加えて、残留応力は、鋼板強度が高ければ高い程大きくなるため、高強度鋼板になるほど遅れ破壊発生の懸念が高い。
これら残留応力による遅れ破壊発生の可能性を低減した自動車部材として、ホットスタンプ技術とこれを用いた自動車用部材が存在する。この手法は、鋼板を一旦オーステナイト域に加熱し、この温度域で加工、冷却、焼き入れを行うため、熱間で加工された歪が回復する、あるいは、変態により緩和されることから、残留応力が小さくなるという利点を有している。同時に、焼き入れを行うことで、高強度化が達成されることから、1180MPaを上回る高強度の自動車部材の開発が達せされた。しかしながら、成形した自動車部材に冷間で打ち抜き加工を行うと、残留応力が発生することから、遅れ破壊を促進してしまうという課題を有していた。また、更なる高強度化は、遅れ破壊発生の懸念をもたらしており、1180MPa以上の高強度と耐遅れ破壊特性を両立する高強度部材の開発が望まれている。
これまで薄鋼板においては、板厚が薄いため水素が侵入しても短時間で放出されること、また、加工性の点で引張最大強度900MPa以上の鋼板の利用がほとんどなかったことなどから、遅れ破壊に対する問題は小さく扱われてきた。その結果、耐遅れ破壊特性を考慮した鋼材の開発は、条鋼や厚鋼板の分野で、数多く行われてきた。例えば、条鋼や、ボルト用の鋼においては、焼き戻しマルテンサイト活用を中心に開発が行われ、Cr、Mo、V等の焼き戻し軟化抵抗性を高める元素が、耐遅れ破壊特性の向上に有効であることが報告されている(例えば、非特許文献1、参照)。これは、水素のトラップサイトとして作用する合金炭化物を析出させて、遅れ破壊の形態を、粒界破壊から粒内破壊へ移行させる技術である。しかし、非特許文献1に記載の鋼は、Cが0.4%以上で、かつ、合金元素を多く含むので、溶接性が劣悪である。また、合金炭化物を析出させるのに、数時間以上の熱処理が必要であるので、非特許文献1の技術は、鋼の製造性に問題がある。また、ホットスタンプ部材へ適用を考えた場合、一度、成形した部材に熱処理を施さねばならず、その後の酸洗などの付加的な工程が必要となる。加えて、焼き戻しによる強度低下も大きいことから、1180MPa以上の自動車用高強度鋼板への適用には課題が多い。
特許文献1には、Ti、Mgを主体とする酸化物により、水素性欠陥の発生を防ぐことが記載されている。しかし、この技術は、対象が厚鋼板であり、大入熱溶接後の遅れ破壊については考慮しているが、ホットスタンプ時の成形性と耐遅れ破壊特性の両立に関しては、考慮していない。
薄鋼板の遅れ破壊に関して、例えば、非特許文献2は、残留オーステナイトの加工誘起変態に起因する遅れ破壊の助長について報告している。これは、薄鋼板の成形加工を考慮したもので、非特許文献2には、耐遅れ破壊特性を劣化させない残留オーステナイト量が記載されている。即ち、上記報告は、特定の組織を持つ高強度薄鋼板に関するものであり、根本的な耐遅れ破壊特性の向上対策とは言えない。
特許文献2には、水素トラップ能と成形性を考慮した薄鋼板として、耐つまとび性に優れたホウロウ容器用鋼板が記載されている。これは、製造時に鋼板中に侵入する水素を、鋼板内の酸化物でトラップして、ホウロウがけを行った後に発生する“つまとび”(表面欠陥)の発生を抑制するものである。しかし、特許文献2の技術では、鋼板内部に多量の酸化物が含まれることになる。酸化物が、鋼板内に高密度で分散していると、熱間での成形性が劣化するので、特許文献2の技術は、高い成形性が必要となる自動車用鋼板に適用することは難しい。さらに、特許文献2の技術は、高強度と耐遅れ破壊特性の両立を図るものではない。
この問題を解決するために酸化物を析出させた鋼板が、特許文献3で提案されている。このような鋼板においては、鋼板中に分散した酸化物が、鋼中に侵入した水素をトラップするトラップサイトとして働くので、応力集中部位や、遅れ破壊懸念部位への水素の拡散、集積が抑制される。しかし、このような効果を得るためには、鋼板中に、酸化物を高密度で分散させなければならず、製造条件を厳格に管理する必要がある。したがって、より安価に、高強度と耐遅れ破壊特性が両立する自動車部材やその製造方法の開発が強く求められている。
高強度化と自動車部材としての性能確保に着目した方法として、ホットスタンプ成形と、これにより製造された自動車部材が存在する。これは、鋼板を一旦オーステナイト単相域に加熱し、金型を用いた急冷を行うことで、鋼板をマルテンサイト単相組織とすることで、1180MPa以上の高強度の鋼板を簡便に得る方法である。
特に、ホットスタンプでの部材成形にあたっては、鋼板組織をマルテンサイト組織主体とする必要があるため、冷却速度の向上に着目した検討が多く行われてきた。例えば、特許文献4では、加熱から冷却開始までの時間の短時間化や、金型焼き入れ時の冷却速度増加を行うことで、高強度を達成する方法が示されている。しかしながら、焼き入れ性確保による高強度化の検討はされているものの、全く異なる発想である冷却速度低下による炭化物の析出促進と、これによる遅れ破壊特性の向上に関して考慮されたものではない。
高強度鋼板の延性の改善に着目した鋼板として、特許文献5記載の特許が存在する。これは、鋼板中へのSiおよびAlの添加量の合計を0.7質量%以上とすることで、残留オーステナイトを5%以上とし、優れた延性を確保した鋼板である。しかしながら、残留オーステナイトは、加工時にマルテンサイトへと変態することで高い延性を確保可能なものの、ホットスタンプ後の切断、トリム、および、打ち抜き加工を受けた場合、残留オーステナイトはマルテンサイトへと変態するため、伸び向上に活用できない。加えて、多量に添加したSiやAlは、セメンタイトの析出を遅延することから、マルテンサイトを焼き戻しマルテンサイトにしたとしても、その炭化物含有量は十分でなく、遅れ破壊特性向上効果は十分でないと推定される。また、SiやAlは、一般的にセメンタイトに固溶しないことから、単純な焼き戻しでは、析出したとしても十分な遅れ破壊特性向上の効果を得ることが出来ない。加えて、保持温度が350℃以上と高く、高強度化を考えた場合、多量の合金元素の添加を行わねばならず、溶接性との両立などに課題が大きい。
炭化物析出による靭性や延性の向上に着目したホットスタンプ部材として、特許文献6の鋼板が存在する。これは、鋼板成分をFe、C、Si、Crとし、Mn添加を行わない鋼板とすることで、オーステナイト単相域への加熱と金型を用いた焼き入れを行うことで、炭化物を多量に析出させ、優れた強度と靭性、あるいは、延性のバランスを達成した鋼板である。しかしながら、この鋼板は、Mn添加を行っておらず、焼き入れ性に劣ることから、炭化物の粒子径が100nm以上のものが多く、炭化物による遅れ破壊特性向上効果が見込みがたい。また、ホットスタンプ工程での冷却速度制御などの、積極的な炭化物の析出制御を行っていないことから、更なる高強度化と靭性の両立には課題があった。加えて、Mnの代わりに、CrやMoといった高価な元素を多量添加しているため経済性にも課題があった。
特開平11-293383号公報 特開平11-100638号公報 特開2007-211279号公報 特開2008-264836号公報 特開2011-184758号公報 特開2010-275612号公報
「遅れ破壊解明の新展開」(日本鉄鋼協会、1997年1月発行) CAMP-ISIJ、VOl.5、NO.6、1839-1842頁、山崎ら、1992年10月、日本鉄鋼協会発行
本発明は、強度と優れた耐遅れ破壊特性が両立する自動車部材の開発が強く求められている事情に鑑み、ホットスタンプ後に引張最大強度1180MPa以上の高強度を有するとともに、優れた耐水素脆化特性を有する部材と、その製造方法を提供することを課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意検討した。その結果、鋼板組織中に、Si又はAlを単独あるいは複合で0.1%以上含有する鉄系炭化物を析出させると、1180MPa以上の高強度と優れた耐遅れ破壊特性を両立させることができることが判明した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.12〜0.40%、Si: 0.005〜2.0%、Mn+Cr:1〜3%、Al:0.005〜10%、P:0.00.1〜0.030%、S:0.000.1〜0.0.1%、B:0.00.03〜0.0.10%、O:0.000.1〜0.007%、N:0.0001〜0.007%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなり、鋼板の組織が焼き戻しマルテンサイトを面積率で50%以上含有し、
その焼き戻しマルテンサイト中の鉄系炭化物の成分および数密度について、
Si又はAlを単独あるいは複合して合計で0.05%以上含有し、
数密度が1×106(個/mm2)以上
であることを特徴とする1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
(2)更に質量%で、Ti:0.005〜0.1%、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%を1種以上含む(1)に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
(3)更に質量%で、Ni:0.0.1〜2.0%、Cu:0.0.1〜2.0%、Mo:0.0.1〜0.5%、を1種以上含む(1)または(2)に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
(4)更に質量%で、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%、を1種以上含む(1)〜(3)のいずれかに記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
(5)2℃/s以上の加熱速度でAc3点以上の1000℃以下の加熱温度まで加熱後、成形前にAr3点以上Ar3+100℃以下の温度まで冷却を行い、その後成形を開始すると共にAr3〜400℃の温度域を100℃/s以上の冷却速度で冷却し、400〜100℃間を平均冷却速度50℃/s以下で冷却することを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のホットスタンプ成形体の製造方法。
(6)2℃/s以上の加熱速度でAc3点以上の1000℃以下の加熱温度まで加熱後、成形前にAr3点以上Ar3+100℃以下の温度まで冷却を行い、その後成形を開始すると共にAr3〜400℃の温度域を100℃/s以上の冷却速度で冷却し、400〜100℃間を平均冷却速度50℃/s以下で冷却し、その後、400〜100℃間に再加熱し、10秒以上保持することを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のホットスタンプ成形体の製造方法。
本発明によれば、ホットスタンプ後の強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体と、その製造方法を提供することができる。
本発明のホットスタンプ成形体は、成形体を構成する鋼板の組織中に、Si又はAlを単独あるいは複合で0.05%以上含有する鉄系炭化物が1×106(個/mm2)以上存在する焼き戻しマルテンサイトを面積率で50%以上含有することを特徴とする。
まず、本発明者らが着目した、鉄系炭化物の特徴について説明する。
V系、Ti系、Nb系、Mo系の合金炭化物を析出させるには、長時間、例えば1h以上の熱処理を必要とするので、オーステナイト域への焼鈍及び冷却といったホットスタンプ成形体製造のための短時間熱処理では、充分に析出させることはできず、付加的な熱処理が必要である。さらに、V系、Ti系、Nb系、Mo系の合金炭化物を析出させるには、合金元素の拡散が容易な600℃程度の高温で長時間の付加的熱処理を施さなければならず、鋼板の強度低下は避けられない。
これらのことを踏まえ、本発明者らは、低温で、かつ、短時間で析出する鉄系炭化物に着目した。鋼板は充分に多量のFe原子を含んでいるので、セメンタイトを始めとする鉄系炭化物を析出させるために、Fe原子を長距離にわたって拡散させる必要はない。それ故、鉄系炭化物は、400℃以下の低温でも、短時間で析出させることが可能である。
しかし、セメンタイトを始めとする鉄系炭化物は、水素トラップ能が小さく、耐水素脆化特性(耐遅れ破壊特性)の向上にはあまり寄与しない。この理由は、水素トラップのメカニズムと密接に関係する。即ち、水素は、析出物と母相との界面での弾性歪場にトラップされる。鉄系炭化物は、母相と整合して析出し難いので、水素トラップ能が小さいと推定される。加えて、鉄系炭化物は、Fe原子が多量に存在することから、Cの拡散により成長が律速される。この結果、通常の焼き戻しでは炭化物サイズが大きくなりすぎてしまい、弾性歪場による水素トラップの効果が得難い。
そこで、本発明者らは、鉄系炭化物を多量析出させるとともに、鉄系炭化物と母相との整合性を高めて、鉄系炭化物に水素トラップ能を付与することを検討した。その結果、詳細なメカニズムは不明であるが、鉄系炭化物に、Si又はAlを単独、あるいは、複合で含有させると、耐水素脆化特性(耐遅れ破壊特性)が大きく向上することが判明した。
鉄系炭化物に、SiやAlを含有させることで、鉄系炭化物と母相の界面での弾性歪が高まり、水素トラップ能が向上したと推定される。
しかし、従来から、SiやAlは、セメンタイトに殆ど固溶せず、セメンタイトの析出を大幅に遅延させることが知られており、Si又はAlを単独あるいは複合で含有する鉄系炭化物を析出させることは難しく、本知見は見出されていなかった。
本発明者らは、鋭意検討を重ね、ホットスタンプの成形工程において、Ar3点以上Ar3+100℃以下まで冷却した後に成形を開始し、Ar3〜400℃の温度域を100℃/s以上の冷却速度で冷却し、400〜100℃間を平均冷却速度50℃/s以下で冷却することで、加工により導入されたあるいは冷却中に形成したマルテンサイト中に多数含まれる転位を核生成サイトとして、Si又はAlを単独あるいは複合で含有する鉄系炭化物を短時間で析出させることが可能であることを見出した。この点が、本発明の基礎となる知見である。
この効果は、特に、Ar3点以上Ar3+50℃以下まで冷却した後に成形を開始した場合、炭化物析出が顕著であった。これは、より低温から成形を開始することにより、成形中にオーステナイト中の転位が蓄積されやすくなり、オーステナイトがマルテンサイト変態する際にその転位が引き継がれることで、マルテンサイト中に炭化物の核生成サイトとなる転位が増加したためであると考えられる。
また、効果を発揮するためには400℃〜100℃間では平均冷却速度50℃/s以下で冷却することが必要だが、350〜150℃間での滞留時間が4秒以上となる場合、炭化物析出が顕著であった。この温度域では、SiやAlの拡散が極めて難しいとともに、炭化物析出の駆動力が大きいため、マルテンサイトに含まれる転位などを核生成サイトとして、炭化物が析出したものと考えられる。炭化物の種類は、鉄系炭化物であれば、セメンタイト(θ)、ε、χのいずれでも良く、本発明の効果は発揮されるが、ε炭化物が析出している場合、耐遅れ破壊特性の向上効果が最も大きかったことから、出来るだけε炭化物を析出させることが望ましい。
なお、SiやAlは、セメンタイトなどの鉄系炭化物の析出を遅延させるとともに、セメンタイト中にほとんど含まれないことが知られているので、SiやAlを含有する鉄系炭化物による耐遅れ破壊特性の向上効果は、これまで見いだされていなかったと考えられる。加えて、ホットスタンプ成形体は、金型での焼き入れを利用した鋼板の高強度化を企図しており、これまで冷却速度の増加による高強度化の検討はなされているものの、強度低下を伴う可能性のある冷却速度低下による炭化物析出制御やこれを利用した耐遅れ破壊特性の改善手法は見出されていなかったものと推定される。
このように、本発明者らは、Si又はAlを単独あるいは複合して含有する鉄系炭化物を、鋼板組織中に、母相と整合性よく、極短時間で多量に析出させ、強度と耐遅れ破壊特性を両立する手法を確立した。
鉄系炭化物に含有されるSi又はAlの合計が0.05%未満であると、水素トラップ能が不充分となるので、上記含有量は0.05%以上とする。好ましくは0.1%以上である。
本発明鋼板において、充分な耐水素脆化特性を得るためには、焼き戻しマルテンサイト中の鉄系炭化物を1×106(個/mm2)以上含有する必要がある。鉄系炭化物の個数が1×106(個/mm2)未満であると、耐水素脆化特性(耐遅れ破壊特性)が不充分となるので、鉄系炭化物の個数は1×106(個/mm2)以上とする。好ましくは5×106(個/mm2)以上、より好ましくは1×107(個/mm2)である。
本発明鋼板に含まれる鉄系炭化物の密度や組成は、エネルギー分散型X線分光法(EDX)を併設した透過型電子顕微鏡(TEM)や、三次元アトムプローブ電解イオン顕微鏡(AP-FIM)で測定することができる。なお、本発明鋼板に含まれるSi又はSi及びAlを含有する鉄系炭化物は、数〜数十nmと、かなり小さい。このため、TEMで、薄膜を用いて組成分析を行うに当たり、鉄系炭化物のみならず、母相中のSi、Alも同時に測定してしまう場合がある。この場合、AP-FIMを用いて鉄系炭化物の組成分析を行うことが好ましい。AP-FIMは、鉄系炭化物を構成する原子1個1個を測定することができるので、極めて精度が高い。それ故、AP-FIMを用いることで、微細な析出物である鉄系炭化物の組成や鉄系炭化物の個数密度を精度よく測定することができる。
次に、本発明の成形体のミクロ組織の特徴について説明する。
なお、本来メカニズム上は、材料の特性は組織の体積率に伴い変化すると考えられるため、組織の分率は体積率で規定することが自然である。しかし、面積率は体積率に比べ測定が簡易であり、また材料の特性を決定する組織のパラメータとして十分信頼できるものであることから、本発明では面積率により組織の分率を規定する。
本発明の成形体のミクロ組織は、Si又はAlを単独あるいは複合で0.05%以上含有する鉄系炭化物が1×108(個/mm2)以上存在する焼き戻しマルテンサイトを面積率で50%以上含有することを特徴とする。
・焼き戻しマルテンサイト:50%以上
本発明において焼き戻しマルテンサイトは、強度と優れた耐遅れ破壊特性を具備するためには、最も重要なミクロ組織である。焼き戻しマルテンサイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径5nm以上の鉄系炭化物を含み、さらに、その炭化物が複数のバリアント、即ち、異なる方向に伸長した複数の鉄系炭化物群に属するものである。Ms点(マルテンサイト変態開始温度)以下の冷却時の冷却速度を低下させた場合や、一旦、マルテンサイト組織とした後、100〜600℃で焼き戻すことで、焼き戻しマルテンサイト組織を得ることが出来る。本発明では400℃〜100℃間の冷却制御にて析出を制御した。焼き戻しマルテンサイトの面積率が、50%未満では1180MPa以上の高強度を確保できず、ホットスタンプ成形体としての強度に劣る。このため、その下限は、50%である。一方、その面積率を100%としても、本発明の効果である高強度と優れた耐遅れ破壊特性は発揮される。
焼き戻しマルテンサイト以外の組織は特に限定するものではないが、フレッシュマルテンサイトあるいはベイナイトの存在を極力抑制することが、特性向上の観点からは好ましい。
・フレッシュマルテンサイト:30%未満
本発明において、フレッシュマルテンサイトとは、炭化物を含まないマルテンサイトと定義する。フレッシュマルテンサイトは、高強度であるものの耐遅れ破壊特性に劣る。このことから、面積率を30%未満に制限することが望ましい。
・ベイナイト:30%未満
ベイナイトは、内部に炭化物を含有することから、耐遅れ破壊特性に優れるものの、強度が低い。このことから、面積率を30%未満に制限することが望ましい。
・その他の組織:10%未満
本発明鋼板の鋼板組織は、この他の組織として、フェライト、パーライト、あるいは、残留オーステナイトが含有されることがある。これら組織は、マルテンサイトやベイナイトに比較し、かなり軟らかい。この結果、これら組織の面積率の合計が10%以上となる場合、1180MPa以上の強度確保が難しい。このことから、その面積率の合計の上限を10%未満とすることが好ましい。
鋼板組織を構成する焼き戻しマルテンサイト、フレッシュマルテンサイト、ベイナイト、フェライト、パーライト、オーステナイト組織の同定、存在位置の確認、及び、面積率の測定は、ナイタール試薬及び特開昭59-219473号公報に開示の試薬で、鋼板圧延方向断面又は圧延方向直角方向断面を腐食して、1000〜100000倍の走査型及び透過型電子顕微鏡で観察することで可能である。また、FESEM-EBSP法を用いた結晶方位解析や、マイクロビッカース硬度測定等の微小領域の硬度測定からも、組織の判別は可能である。
本発明では腐食液にナイタール試薬のみを用い、観察手段に電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)及びX線分析のみを用いる簡易な方法で面積率を測定する。面積率は、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、ナイタールエッチングし、板厚の1/4を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)で観察して測定する。5000倍の倍率で、各10視野測定し、その平均値を用いる。
FE-SEMによる観察で組織を同定する際は、次のような特徴を持つことをそれぞれの組織の定義とする。フェライトは塊状の結晶粒であって、内部に、ラス等の下部組織を含まない組織を意味する。パーライトは、フェライトとセメンタイトが交互に層状になっている組織である(パーライト中の層状のフェライトは上記の塊状のフェライトと区別し、塊状のフェライトの面積率には含まない)。ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトは、ラス状の結晶粒及び炭化物によりなる組織であるが、それぞれ以下のような違いを有している。
まず、ベイナイトは、上部ベイナイトと下部ベイナイトとして分別して観察される。上部ベイナイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、ラス間に炭化物を含むラスの集合体である。下部ベイナイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径5nm以上の鉄系炭化物を含み、さらに、その炭化物が、単一のバリアント、即ち、同一方向に伸張した鉄系炭化物群に属するものである。ここで、同一方向に伸長した鉄系炭化物群とは、鉄系炭化物群の伸長方向の差異が5°以内であるものを意味している。ベイナイトの面積率は上部ベイナイトと下部ベイナイトの面積率の合計で決定される。焼き戻しマルテンサイトは下部ベイナイト同様、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に鉄系炭化物を含む組織であるが、炭化物は2つ以上のバリアントを選ぶことから、鉄炭化物の伸張方向が二つ以上である組織として面積率を決定する。このようにフェライト、パーライト、焼き戻しマルテンサイト、ベイナイトはそれぞれFE-SEMにより特徴を確認し、同定することができる。
一方、フレッシュマルテンサイト及び残留オーステナイトは、ナイタールエッチングでは充分に腐食されないので、FE-SEMによる観察において、エッチングされる他の組織(焼き戻しマルテンサイト、ベイナイト、フェライト)とは区別が可能であるが、フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトの違いは判別できない。そこで、残留オーステナイトの面積率は、X線で測定する。フレッシュマルテンサイトの面積率は、FE-SEMで観察される腐食されていない領域の面積率と、X線で測定した残留オーステナイトの面積率との差分として求める。
次に、本発明鋼板の成分組成について説明する。なお、以下、%は質量%を意味する。
C:0.12〜0.40%
Cは、鋼板の強度を高めるために添加する元素である。Cが0.12%未満であると、1180MPa以上の引張最大強度を確保することができず、一方、0.40%を超えると、溶接性や加工性が不充分となるので、0.12〜0.40%とする。Cは、0.14〜0.37%が好ましく、より好ましくは0.15〜0.35%である。
Si:0.005〜2.0%
Siは、鉄系炭化物中に固溶させて、耐水素脆化特性(耐遅れ破壊特性)を向上させる極めて重要な元素である。耐水素脆化特性は、鉄系炭化物が、Siを0.005%以上含有することで、顕著に向上する。Siが0.005%未満下であると、鉄系炭化物中のSi量が減少し、Siを0.05%以上含有させることができず、耐遅れ破壊特性の向上効果が不充分となる。このことから、Si添加量は、0.005%以上にする必要がある。一方。2.0%を超える添加は、その効果が飽和するばかりか、Ac3点を増加させてしまいホットスタンプ成形時の加熱温度を増加させることから好ましくない。ここで、Siの添加量は鋼板の使用目的に応じて決定することが望ましい。すなわち、めっき用鋼板として使用する鋼板においては、Siを過剰に添加すると不めっきの原因となりめっき性が低下することから、Si添加量は0.5%以下とすることが望ましい。めっきなしで使用する鋼板においては、遅れ破壊性をより向上させるため、Si添加量を0.5%以上とすることが望ましい。
Mn+Cr:1〜3%
MnやCrは、ホットスタンプ時の冷却過程でのフェライト変態を遅延し、ホットスタンプ成形体を、マルテンサイトを主相とする組織とするため、合計で1%以上添加する必要がある。これら元素の添加量の合計が1%未満では、マルテンサイトを主相とすることが出来ず、1180MPa以上の強度確保が難しいので、下限を1%以上とする。特に、本発明の成形体は、従来手法と異なり、ホットスタンプ時の冷却速度を低下させている。このことから、MnやCrの添加量が低いと、フェライトやベイナイトなどの組織が形成するため、1180MPa以上の強度確保が難しい。そこで、MnおよびCrを合計で、1%以上添加する必要がある。一方、MnとCrの添加量の合計が3%を超えると、その効果が飽和するばかりでなく、Mnの偏析に起因する脆化が起こり、鋳造したスラブが割れるなどのトラブルが起こり易くなり、また、溶接性も劣化するので、上限を3%とする。あるいは、ホットスタンプ成形体用の鋼板の強度も過度に高まり、冷延時の板破断、切断時の刃の摩耗や欠損といったトラブルを招くので好ましくない。MnやCrは、単独で添加しても同様の効果が得られることから、単独で添加してもよい。
Al:0.005〜1.0%
Alは、鉄系炭化物中に固溶させて、耐水素脆化特性(耐遅れ破壊特性)を向上させる極めて重要な元素である。この効果は、Al添加量が0.005%以上となると顕著になるので、0.005%以上添加する必要がある。一方、1.0%以上の添加は、Ac3点を増加させホットスタンプ時の加熱温度を増加させるため好ましくない。このことから、添加の上限を1.0%とする。Alを含有する場合、Siを含有する場合と同様の効果が得られるが、Siのみを含有させることにより、上記効果が充分に得られる場合には、Alを含有していなくてもよい。ただし、Alは、脱酸材として作用するので、0.005%以上添加する。
P:0.001〜0.030%
Pは、鋼板の板厚中央部に偏析する元素であり、また、溶接部を脆化させる元素でもある。Pが0.030%を超えると、溶接部の脆化が顕著になるので、上限を0.030%とする。好ましい上限は0.020%である。下限は特に定めることなく本発明の効果が発揮されるが、Pを0.001%未満に低減することは、経済的に不利であるので、下限を0.001%とする。
S:0.0001〜0.01%
Sは、溶接性と、鋳造時及び熱延時の製造性に悪影響を及ぼす元素である。それ故、上限を0.01%とした。Sを0.0001%未満に低減することは、経済的に不利であるので、下限を0.0001%とした。
B:0.0003〜0.010%
Bは、ホットスタンプ時の焼き入れ性を高め、主相をマルテンサイトとすることに寄与する。この効果は、0.0003%以上で顕著となるため、0.0003%以上添加する必要がある。 一方、0.010%超の添加は、その効果が飽和するばかりでなく、鉄系の硼化物の析出を招き、Bの焼き入れ性の効果を失うことから好ましくない。望ましい範囲は、0.0003〜0.005%であり、更に望ましい範囲は、0.0003〜0.003%である。
O:0.0001〜0.007%
Oは、酸化物を形成し、介在物として存在することから、ホットスタンプ用鋼板の特性劣化をもたらす。例えば、鋼板表面近傍に存在する酸化物は、表面疵の原因となり、外観品位を劣化させる。あるいは、切断面に存在すると、端面に切欠き状の疵を形成し、成形体の特性劣化をもたらす。なお、ここで述べる酸化物とは鋼板中に介在物として存在する酸化物であり、ホットスタンプの際に形成するスケールとはことなる。スケールは酸洗やショットブラストにより除去可能であり、悪影響を及ぼさない。このことから、含有量は低く抑える必要がある。Oが0.007%を超えると、上記傾向が顕著となるので、上限を0.007%とした。好ましい上限は0.005%である。一方、Oを0.0001%未満に低減することは、過度のコスト高を招き、経済的に好ましくないので、下限を0.0001%とした。ただし、Oを0.0001%未満に低減しても、1180MPa以上の引張最大強度と優れた耐遅れ破壊特性を確保することは可能である。
N:0.0001〜0.007%
Nは、粗大な窒化物を形成し、曲げ性や穴拡げ性を劣化させる元素である。Nが0.007%を超えると、曲げ性や穴拡げ性が顕著に劣化するので、上限を0.007%とした。なお、Nは、溶接時のブローホールの発生原因になるので、少ない方が好ましい。Nの下限は、特に定める必要はないが、0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に増加するので、0.0001%が実質的な下限である。Nは、製造コストの観点から、0.0005%以上が好ましい。
本発明鋼板においては、さらに、必要に応じて、以下の元素を含有する。
Ti:0.005〜0.1%
Nb:0.005〜0.1%
V:0.005〜0.1%
Ti、Nb、Vは、ホットスタンプ時のオーステナイトの成長抑制による細粒強化により、強度上昇や靭性向上に寄与する元素であるので、添加してもよい。この効果は、0.005%以上の添加で顕著となることから、0.005%以上添加することが望ましい。0.1%超の添加は、Ti、NbまたはV炭化物形成により、マルテンサイトの強化に寄与するC量が低減し、強度低下が引き起こされることから好ましくない。好ましくは、0.005〜0.08%の範囲であり、更に好ましくは、0.005〜0.05%の範囲である。
加えて、Tiは、Nと結合し、TiNを形成することで、Bが窒化物となることを抑制する効果もある。
Ni:0.01〜2.0%
Cu:0.01〜2.0%
Mo:0.01〜0.5%
Ni、Cu、Moは、ホットスタンプ時の焼き入れ性を高め、主相をマルテンサイトとすることで高強度化に寄与する元素である。この効果は、Ni、Cu、Moの1種又は2種以上を、それぞれ、0.01%以上添加することで顕著になることから、0.01%以上添加する必要がある。各元素の量が、各元素の上限を超えると、溶接性、熱間加工性などが劣化する、あるいは、ホットスタンプ用鋼板の強度が高すぎてしまい、製造トラブルを招くので、Cr、Ni、及び、Cuの上限は2.0%とし、Moの上限は0.5%とする。
Ca:0.0005〜0.03%
REM:0.0005〜0.03%
本発明鋼板は、さらに、Ca、REMの1種又は2種以上を、合計で0.0003〜0.03%含有してもよい。
Ca、REMは、強度の向上や、材質の改善に寄与する元素である。Ca、REMの1種又は2種以上の合計が0.0003%未満であると、充分な添加効果が得られないので、合計の下限を0.0003%とする。Ca、REMの1種又は2種以上の合計が0.03%を超えると、鋳造性や熱間での加工性を劣化させるので、上限を0.03%とする。なお、REMとは、Rare Earth Metalの略であり、Ceをはじめとするランタノイド系列に属する元素やYを指す。
本発明によるホットプレス成形体は、表面にアルミめっき層、亜鉛めっき層や合金化した亜鉛めっき層を有する鋼板を含むものである。鋼板表面にめっき層を形成することにより、ホットスタンプ工程でのスケール形成の抑制や優れた耐食性を確保することができる。
次に、本発明によるホットスタンプ成形体を得るために必要なホットスタンプ時の熱履歴について説明する。
ホットスタンプを行う際の加熱温度は、Ac3〜1000℃の範囲とする。この温度域に加熱することで、プレス成形開始時の組織をオーステナイト単相組織とすることが可能であり、引き続いて行われる熱間加工冷却により組織を焼き戻しマルテンサイトを主相とする組織とすることができる。この際の加熱温度がAc3℃を下回ると、プレス成形開始時の組織がフェライトおよびオーステナイト組織となるとともに、冷却過程でこのフェライトが成長し、焼き戻しマルテンサイトの分率が低下して、ホットスタンプ成形体の強度が1180MPaを下回ってしまう。このことから、加熱温度は、Ac3℃以上にする。一方、1000℃超の温度域への加熱は、その効果が飽和するばかりでなく、オーステナイト粒径の過度な増大を招き、靭性を劣化させる懸念がある。望ましくは、Ac3〜950℃の温度範囲である。
また、Ac3〜1000℃の間の加熱温度までは、2℃/s以上の加熱速度で加熱する。2℃/s以上の速度で加熱することで、オーステナイト粒の粗大化を抑制でき、靭性の向上や耐遅れ破壊特性を改善する。このことから、2℃/s以上の加熱速度で加熱する必要がある。望ましくは、3℃/s以上であり、更に望ましくは、4℃/s以上である。また、加熱速度の増大は、生産性を高めるためにも有効である。
なお、Ac3[℃]は、下記式により計算する。
Ac3=910-203√C-30Mn-11Cr +44.7Si+400Al+700P-15.2Ni -20Cu+400Ti+104V+31.5Mo
式中のC、Mn、Cr、Si、Al、P、Ni、Cu、Ti、V、Moは、質量%での各成分の鋼中の含有量である。
その後、成形前にAr3℃以上Ar3+100℃以下の温度まで冷却を行う。これは、より低温から成形を開始することにより、オーステナイト中に転位を蓄積させ、その転位を引き継いだマルテンサイト中で、転位を核生成サイトとした炭化物を析出させやすくするために制御される工程である。Ar3+100℃以上から成形を開始すると、成形中にオーステナイト中で回復、再結晶が起こりやすくなるため、マルテンサイト中に十分に転位が引き継がれず、Si又はSi及びAlを0.05%以上含有する鉄系炭化物を1×106個/mm2以上形成させることができなくなる。この点から、冷却温度はAr3+50℃以下であることが望ましい。この冷却工程は本発明の独特な製法の一つである。
一般的にホットスタンプでは、強度確保のため、フェライト変態が開始する前に加工冷却を開始する必要性があるという思想から、加熱終了直後に加工が開始されることが多い。このことが加工前に積極的に冷却を行うことで、オーステナイト中、さらにはマルテンサイト中の転位を制御する本知見が見出されてこなかった理由であると考えられる。Ar3℃以下の温度まで冷却を行うと、フェライト変態が開始し、強度が極端に低下することから、冷却温度はAr3℃以上とする。
その後、成形を開始すると共に、Ar3〜400℃間を100℃/s以上の冷却速度で冷却する。Ar3〜400℃間の冷却速度を100℃/s以上とするのは、フェライト変態、ベイナイト変態、パーライト変態を回避し、組織をマルテンサイト主相とするためである。100℃/s未満では、フェライトやパーライトが形成してしまい、その合計面積率が10%を上回ってしまうため、1180MPa以上の強度確保が難しい。一方、冷却速度の上限は特に定めることはないが、冷却のための特殊な装置を設置したとしても、工業的には2000℃/s以下が普通であり、単純な水冷などを考えると、1000℃/s以下、さらに単純な金型冷却では500℃/s以下となる。
100℃/s以上で冷却する温度範囲をAr3〜400℃とするのは、この温度範囲でフェライトなどの強度低下を引き起こす組織が形成するためである。Ar3℃超では、フェライト変態をはじめとする変態が起こらないため、冷却速度を100℃/s以上とする必要がない。ただし、100℃/sを超える冷却速度で冷却したとしても、本発明の効果が失われるものではない。下限温度を400℃とするのは、この温度未満では、冷却速度を50℃/s以下とし、内部にSiやAlを含む炭化物を有する焼き戻しマルテンサイトやベイナイト組織を形成させるためである。400℃を下回る温度域への100℃/s以上の冷却速度での冷却は、SiやAlを含むマルテンサイトの形成を阻害し、耐遅れ破壊特性を劣化させるため好ましくない。
なお、本発明において、Ar3[℃]は次の式により計算する。
Ar3=901-325C+33Si-92(Mn+Ni/2+Cr/2+Cu/2+Mo/2)
式中のC、Si、Mn、Ni、Cr,Cu、Moは、質量%での各成分の鋼中の含有量である。
400〜100℃間の冷却速度は50℃/s以下とする。これは、冷却中に形成したマルテンサイト中にSiやAlを含有する炭化物を析出させ、耐遅れ破壊特性を向上させるためである。100℃未満では、炭化物の形成に長時間を要するため好ましくなく。400℃超では、フェライトやベイナイトといった組織が形成し易く、マルテンサイトを主相とすることが出来ないためである。
この間の冷却速度を50℃/s以下とするのは、冷却中に形成したマルテンサイト中にSi又はAlを単独あるいは複合で0.05%以上含有する鉄系炭化物を1×106個/mm2以上形成させるためである。50℃/s超では、炭化物の析出が十分でなく、耐遅れ破壊特性に劣る。このことから、冷却速度は50℃/s以下とする必要がある。この際の冷却は、連続冷却に限定するものでなく、この温度域での保持や加熱を行っても、平均冷却速度が50℃/s以下であれば、本発明の効果は発揮される。なお、この効果は加熱後にAr3〜Ar3+100℃の温度まで冷却する製法によってマルテンサイト中に転位を増加させたとき初めて発揮されるものである。
続いて、本発明のホットスタンプ成形体に適用される、ホットスタンプ前の鋼板の製造方法を説明する。以下の製造方法は、あくまでも本発明成形体に適用される鋼板の、一般的な好ましい製造方法の例である。本発明の効果を得るために重要な点は規定の成分の鋼板に規定のホットスタンプ処理を施すことであり、以下の鋼板製造方法は本発明の効果を得るための条件を限定するものではない。
本発明鋼板を製造するには、まず、上述した成分組成を有するスラブを鋳造する。熱間圧延に供するスラブとして、連続鋳造スラブや、薄スラブキャスターなどで製造したもの用いることができる。本発明鋼板の製造方法は、鋳造後、直ちに熱間圧延を行なう連続鋳造−直接圧延(CC-DR)のようなプロセスにも適合する。
スラブ加熱温度は過度に高いと、生産性に劣る、あるいは、製造コストが高くなることから、スラブ加熱温度の上限は、1300℃とすることが望ましい。
一方、1050℃未満の温度域でのスラブ加熱温度は、仕上げ圧延温度の低下を招くことから、仕上げ圧延時の仕上げ圧延時の強度も高くなりがちである。その結果、圧延が困難となったり、圧延後の鋼板の形状不良を招いたりするので、スラブ加熱温度は1050℃以上が望ましい。
仕上げ圧延温度は、850℃を下回ると圧延荷重が高くなり、圧延が困難となったり、圧延後の鋼板の形状不良を招いたりするので、仕上げ圧延温度は、850℃以上が望ましい。仕上げ圧延温度を過度に高くすると、その温度を確保するため、スラブ加熱温度を過度に高くしなければならないので、仕上げ圧延温度の上限は1000℃が好ましい。
巻き取り温度は700℃を超えると、鋼板表面に形成する酸化物の厚さを過度に増大させて、酸洗性を劣化させるので好ましくない。この後、冷間圧延を行う場合は、巻き取り温度が400℃未満であると、極端に熱延板強度が増大して、冷間圧延時の板破断や形状不良を誘発し易いため、巻き取り温度の下限を400℃以上とすることが望ましい。
なお、熱延時に粗圧延板同士を接合して連続的に仕上げ圧延を行ってもよい。また、粗圧延板を一旦巻き取っても構わない。
このようにして製造した熱延鋼板に酸洗を施す。酸洗は、鋼板表面の酸化物を除去するので、溶融アルミめっき、溶融亜鉛又は合金化溶融亜鉛めっき鋼板用の冷延鋼板の溶融めっき性向上のために重要である。また、酸洗は、一回でもよいし、複数回に分けて行ってもよい。
酸洗した熱延鋼板に、圧下率30〜80%で冷間圧延を施し、連続焼鈍ラインや連続溶融亜鉛めっきラインに供する。圧下率が30%未満であると、鋼板の形状を平坦に保つことが困難となるので、圧下率は30%以上が望ましい。圧下率が80%を超えると、圧延荷重が大きくなりすぎて、冷間圧延が困難となるので、80%以下が望ましい。圧延パスの回数、パス毎の圧下率に関しても、特に規定しなくても、本発明の効果は発現するので、圧延パスの回数、パス毎の圧下率は、規定する必要がない。
その後、冷延鋼板を、連続焼鈍ラインに通板しても良い。目的は、冷間圧延により高強度化した鋼板の軟化が目的であることから、鋼板が軟化する条件であればどのような条件でも良い。例えば、焼鈍温度が550〜850℃の範囲であれば、冷間圧延時に導入された転位が、回復、再結晶、あるいは、相変態により解放されるので、この温度域で焼鈍を行うことが望ましい。
同様の目的で、箱型炉による焼鈍を行っても、本発明のホットスタンプ用の鋼板を得ることが出来る。
焼鈍に引き続いて、溶融めっきを行っても良い。溶融めっきは、アルミ、亜鉛、あるいは、合金化溶融亜鉛めっきのいずれであっても、これによって得られるスケール形成の抑制や耐食性向上の効果は得られる。これらめっき層中に、Ni、Cu、Cr、Co、Al、Si、Znを含んだとしても、本発明の効果は得られる。本発明鋼板の製造方法において、高強度亜鉛めっき鋼板を製造する際、めっき密着性を向上させるために、焼鈍前の鋼板に、Ni、Cu、Co、Feから選ばれる1種又は2種以上よりなるめっきを施してもよい。
また、電気めっきを行ったとしても同様の効果を得ることが出来るが、ホットスタンプでのスケール形成抑制の効果を得るためには、めっき層の厚みが厚いことが望ましいため、厚いめっき層を形成可能な溶融めっきが望ましい。
(実施例1)
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
表1及に示すa〜y、A〜Iの成分組成のスラブを鋳造し、表2〜4に示す条件(スラブ加熱温度、熱間圧延完了温度、巻き取り温度)で、熱延鋼板を製造した。熱延鋼板としてホットスタンプに供する熱延鋼板の仕上げ板厚は、1.6mmとした。一方、冷間圧延に供する熱延鋼板の板厚は3.2mmとし、冷間圧延にて50%(3.2→1.6mm)の冷間圧延を行った。その後、連続焼鈍設備あるいは連続溶融めっき設備を通板し、冷延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板または溶融アルミめっき鋼板とした。連続焼鈍あるいは連続溶融めっきの条件は公知の一般的な条件とした。
Figure 2014118613
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Figure 2014118613
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その後に、表2〜4で示す条件にてホットスタンプを行い、引張特性、ミクロ組織、並びに、遅れ破壊特性を評価した。
引張特性は、JIS Z 2201に準拠した引張試験片を採取し、引張試験を、JIS Z 2241に準拠して行い、引張最大強度を測定した。引張最大強度が1180MPa以上のものを、本発明の鋼板とした。
ミクロ組織観察(面積率測定、炭化物種の同定、および、炭化物の個数密度調査)は、「発明を実施するための形態」で説明した手法に従って行った。鋼板組織を構成する焼き戻しマルテンサイト(TM)、フレッシュマルテンサイト(FM)、ベイナイト(B)、フェライト(F)、残留オーステナイト(γR)の面積率を表2に示す。ベイナイト面積率は上部ベイナイト、および、下部ベイナイトの面積率の合計である。なお、表2〜4の条件の中では、パーライト組織は観察されなかった。
鉄系炭化物の密度や組成は、エネルギー分散型X線分光法(EDX)を併設した透過型電子顕微鏡(TEM)により測定した。板厚の1/4を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を各10視野測定し、その平均値を用いた。
遅れ破壊特性の評価は、下記手法に従って実施した。得られた鋼板をシャー切断して、圧延方向に垂直な方向が長手方向となる、1.6mm×30mm×100mmの試験片を作製した。その後、バリ側が曲げの試験での外側になるように押曲げ法で曲げて、半径5Rの曲げ試験片を作製した。応力除荷後の曲げ試験片の開き量は、40mmとした。
曲げ試験片の表面に歪ゲージを貼り、曲げ試験片の二か所の平行部にあけた穴にボルトを通してボルトで締め付けて、曲げ試験片を弾性変形させ、歪量を読み取ることで、負荷応力を算出した。その後、曲げ試験片を、チオシアン酸アンモニウム水溶液に浸漬して、電流密度1.0mA/cm2で電解チャージを行い、鋼板中に水素を侵入させる遅れ破壊促進試験を行った。電解チャージ時間が100時間となっても割れが生じないものを良好(○)な耐遅れ破壊特性を有する鋼板と評価し、割れが生じたものを不良(×)と評価した。
本発明の条件を満たすものは、1180MPa以上の引張最大強度と優れた耐遅れ破壊特性が得られた。発明の条件を満たさないものは、強度が1180MPa未満となる、あるいは、遅れ破壊特性に劣った。
本発明によれば、高価な合金元素を多量に添加しなくても、鉄系炭化物の制御された析出によって、ホットスタンプ後の強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体を得ることができ、その製造方法においても、比較的短時間の熱処理を実施することで製造可能であるので、産業上の利用価値は大なるものである。

Claims (6)

  1. 質量%で、C:0.12〜0.40%、Si:0.005〜2.0%、Mn+Cr:1〜3%、Al:0.005〜1.0%、P:0.001〜0.030%、S:0.0001〜0.01%、B:0.0003〜0.010%、O:0.0001〜0.007%、N:0.0001〜0.007%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなり、鋼板の組織が焼き戻しマルテンサイトを面積率で50%以上含有し、
    その焼き戻しマルテンサイト中の鉄系炭化物の成分および数密度について、
    Si又はAlを単独あるいは複合して合計で0.05%以上含有し、
    数密度が1×106個/mm2以上
    であることを特徴とする1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
  2. 更に質量%で、Ti:0.005〜0.1%、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%を1種以上含む請求項1に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
  3. 更に質量%で、Ni:0.01〜2.0%、Cu:0.01〜2.0%、Mo:0.01〜0.5%を1種以上含む請求項1または2に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
  4. 更に質量%で、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%、を1種以上含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
  5. 2℃/s以上の加熱速度でAc3点以上の1000℃以下の加熱温度まで加熱後、成形前にAr3℃以上Ar3+100℃以下の温度まで冷却を行い、その後成形を開始すると共にAr3〜400℃の温度域を100℃/s以上の冷却速度で冷却し、400〜100℃間を平均冷却速度50℃/s以下で冷却することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体の製造方法。
    Ac3=910-203√C-30Mn-11Cr +44.7Si+400Al+700P-15.2Ni -20Cu+400Ti+104V+31.5Mo
    Ar3=901-325C+33Si-92(Mn+Ni/2+Cr/2+Cu/2+Mo/2)
    式中のC、Mn、Cr、Si、Al、P、Ni、Cu、Ti、V、Moは、質量%での各成分の鋼中の含有量
  6. 2℃/s以上の加熱速度でAc3点以上の1000℃以下の加熱温度まで加熱後、成形前にAr3点以上Ar3+100℃以下の温度まで冷却を行い、その後成形を開始すると共にAr3〜400℃の温度域を100℃/s以上の冷却速度で冷却し、400〜100℃間を平均冷却速度50℃/s以下で冷却し、その後、400〜100℃間に再加熱し、10秒以上保持することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体の製造方法。
    Ac3=910-203√C-30Mn-11Cr +44.7Si+400Al+700P-15.2Ni -20Cu+400Ti+104V+31.5Mo
    Ar3=901-325C+33Si-92(Mn+Ni/2+Cr/2+Cu/2+Mo/2)
    式中のC、Mn、Cr、Si、Al、P、Ni、Cu、Ti、V、Moは、質量%での各成分の鋼中の含有量
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