軽井沢風越学園では毎朝45分間、つまり1コマつかってホームごとに朝の集いをします。
わたしたちは学園の中で複数のコミュニティをつくり、そこで経験できることの価値を信じています。ラーニンググループ、興味関心でつながるマイプロジェクトの仲間の他にも、風越学園には異年齢構成(年少〜年長、1年〜4年、5年〜9年)の「ホーム」があります。異年齢で過ごすことを通して、自分の視線とは違う世界を見る、憧れる、ケアし合う、真似をすることを試してみながら、新しい世界をともにつくります。
安心してあそびや学びに没頭するには、自分の存在が大切にされていると感じられる場が必要です。ホームは「聴きあう」ことと「多様さを認めあう」ことを大切にします。わたしたちは学園の中で複数のコミュニティをつくり、そこで経験できることの価値を信じています。
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しかしホームをつくっていくのが意外と難しい。学級のように空間的にも時間的に統制を効かせる、というアプローチが難しいからです。
kazakoshi.ed.jp
その中でも難しいのが、「朝のサークルタイム」をつくること。
どのホームもチャレンジしていますがうまくいったりいかなかったり。
つくりかたに正解はないし、いろんな形があっていい。
でもその手前での小さな工夫で躓いていることもあり、ぼくのこれまでの経験で参考になりそうなことを言葉にしてみます。これは風越に限らず、公立校でそのような場づくりをするときにも少しは参考になるんじゃないかな。
1、サークルタイムの価値
さまざまな教室を参観させていただく中で、サークルになって話し合ったり、対話したりしている場面をよく見るようになりました。アドラー心理学に基づくクラス会議、イエナプランのサークル対話、てつがく対話など、サークルになるという場のつくり方が一定の認知を得てきたようです。朝の会や帰りの会をサークルで行っている、という話もちらほら聞こえてきますし、ぼく自身も公立の現場にいるころ、サークルという場をとても大切にしていましたし、今も、子ども大人に限らず実践の場を持つときには大切にしている場のひとつです。
ダン ロスステイン、ルース サンタナが本の中で、
「ミクロ民主主義」
という概念を提示していましたが、教室や学校で、小さな民主主義を実現していくことが未来につながっていくとぼくは考えています。言い換えれば、「教室の中に参画の仕組みと文化があるか」。その小さな出発点がサークルタイム(仮称)です。
例えば 、そろそろ12月も近いしクリスマスパーティーをしたいなあと思った子がいたとします。
その時に、声を上げて実現へ向かう仕組みがあるか、つまりは「〜たい」ということが実現できる文化と仕組みがあるかということです。
「先生、パーティーしようよー!」ではなく。
「最近自分のものがなくなって困ってるんだよー」「友達と揉めていてなかなか解決できなくて」という声も同様です。それらの声をコミュニティに言葉としておけるか、その小さな民主的な場をサークルタイムとしたいと思います。
決してただ丸くなって集まる場ではないということです。
例えばこんな感じです。
サークルタイムで、
「何か相談したいことある?」と今日のファシリテーター役の子が問いかけます。ある子が「12月が近いしクリスマスパーティーがしたいんだけど」と切り出しました。
「もう少し詳しく聞いていい?」
「うん、12月、みんなでクリスマスパーティーがしたいんだよね。卒業も近いし、今何人かで練習しているダンスも披露したいし」
「じゃあプロジェクトチームに入りたい人を募集して企画してもらおう。やりたい人−」
「はーい!」
「12人もいる!まーいいか。ではお願いします!」
ぐらいの軽やかさでまずはok。
やるかやらないかを話し合うなどコンセンサスを得ようとするより、やりたい人が言い出しっぺになり、必要な人に相談しながら企画して進めていく。この試行錯誤が大事だなとぼくは考えて実践していました。
そのうち、プロジェクトチームからサークルタイムで提案があるはずです。
プロジェクトチームの人は時間確保のために、担任と交渉したり、どんなことをしたいかアンケートをとったりとステークホルダーと必要な相談をしながら進めていく。必要な人に助言を求める。
何か問題が起きたとき、企画したいこと、やってみたいこと、改善したいこと等、「〜たい」という欲求が生まれたとき、すぐに提案して動き出すことができる、そんな仕組みや文化が教室の中にあるか。
まずやってみること(試行)が大事にされているか。それがサークルタイムの価値だと考えています。これは困りごとや悩みも同様です。
教師を介さずに動き出せる仕組みと文化、教師に許可を得るということなく動き出せる仕組みと文化、簡単に言えば、「自由を使ってみること(試行錯誤してみること)が大事にされているか」です。
言い換えると、生成的アイデアで組織が創られていく、自己組織化していく、ということでしょうか。 正解や目的、目標に向かっていくのではなく、弁証法的に意味を形成していくわけですね。
2、でも難しい!
とはいえ丸くなって話せばオールOKというわけではない。
サークルタイムはそう簡単にステキな場所になりません。沈黙が続いたり、がちゃがちゃしたり、なんだか重い時間になったり。丸くなることが目的化すると、その中での経験がマイナスにもなりかねません。
例えばこんなことはないでしょうか?
①プレッシャーがかかる
まず30人近くが丸くなって座ると、当然ですがサークルがでかい。正面の人ははるか先です。自分以外の29人の顔が見える。それは良さでもあるのですが、この中で発言するなんて実はプレッシャーがかかります。全員の反応が見えるわけですから。他者を意識しすぎた結果、言いたいことがいえないということが容易に起こります。
②参加度が下がりやすい
どうしても沈黙しやすくなるし、基本的に「1人が話し手で29人は聴き手」という状況になるので、「だまってきく」ことがメインになります。よっぽどそこで取り扱われているテーマに関心がないかぎり、ずっと聞きっぱなしになって参加度はグッと下がります。その内に隣とつつきあったり、意識がサークルの外にふわーっと飛び立っていったり。そうなるのは必然です。
③一斉講義と変わらない状況
というわけで、初期の頃は学習者同士のやりとりになりにくく、先生を介したコミュニケーションになりがちです。
先生→子どもA→先生→子どもB・・・というように。
なかなか対話が生まれず、焦って先生の発話が増える。先生がつながないとコミュニケーションにならない。これでは一斉講義と何ら変わらない状況です。そもそもなんでサークルなんだっけ?という問いが生まれてきます。
ここにいる大人の役割はなんだ?ということになります。
④声の大きさで決まる
進行を工夫しないと、聞き手が多数になりやすい構造なので、話し手にパワーがある場合、グッとそっちに引っ張られる可能性があります。
いつもあの子の意見で決まる。いつもあの子の反対で止まる、みたいになってしまうと残念。
⑤発表モードになってしまう
みんなの前で話す=ですます調での発表モードというのは、学校教育では身体化されていることが多いです。
「〜だと思います。その理由は〜」
のような話型表と言われるものが教室に貼られていることもあります。
○○さんに反対です。その訳は〜
○○さんにつけたします。〜
のような。
ぼくはこれを「発表モード」と読んでいましたが、話型の不自然さから対話を阻害しているのではないかと思います。
これは不思議なもので、小学校に限らず幼稚園や保育園でも起きがちです。
サークルタイムで必要なことは自由に話せるカフェのような雰囲気です。
数人でおしゃべりするような「おしゃべりモード」(仮)で自然に話せるようになるのがまず大切だなと思います(そしてこれが結構難しい)。
学校の中でもっとインフォーマルな「普通の話し方」を大事にしたい。子ども同士でいる時間のほとんどを学校で過ごします。そこでどのようなコミュニケーションが行われているのか、あるいはその機会がほとんどないのか、ぼくらはもっと真剣に考える必要があります。話し方は関係性と密接なつながりがある。そのことにもっと自覚的でありたいです。
石井英真さんが著書の中で、
「〜話し合い活動も書き言葉的な「発表」をメインに遂行されてきた、書き言葉優勢の教室のコミュニケーションに対し、即興性や相互に触発し合う偶発性を特徴とする話し言葉の意味を復権する」ことを「ことばの革命」と呼び、これからの授業で重要になると言っていますが、同意です。
もちろん話し方だけの問題ではありませんが、サークルを大切にするコミュニティは対話を大切にしようとするコミュニティのはず。子どもたちがサークルで「どのように話しているか」にもっと注意を払いたいです。それは大人と子どもの対等性にもつながる観点です。
話型が、対話や学び、関係の深まりを阻害していることは十分に考えられるわけです。
と、サークルタイムを例えば学級のようなコミュニティの真ん中におこうとすると、そう簡単にはうまくいかない問題にぶつかります。他にも合意形成に時間がかかりすぎて決まらない、そもそも話し合いたいというテーマではない(学級会とかでありがち)など様々な難しさがあり、そう簡単にはステキな感じにはならないのです。
ぼくも5年近く実践して、たくさん失敗して、子どもと相談してようやくわかってきたことです。
3、サークルタイム具体的にどうやる?
導入で必要なこと
「サークルタイムを実践したい!」と思ったときに最初に大切なことってなんでしょう。それは、「この場は楽しい」という経験を積み重ねていくことだとぼくは考えています(ぼくはけっこう構成的に場を作る派です。もっともっと自然につくれる人もいるはず)。例えばまずは「きくことの楽しさ」を実感する。
毎日読み聞かせをたっぷりすること。その中で対話を促すこと(「対話型読み聞かせ」で調べてみて下さい)。
ペアで対話する経験、いろんな組み合わせでコミュニケーションを取る経験、小グループで対話する経験を積み重ねること(以下の本を参照)。
オープン・クエスチョンのように「やりかた」として練習していく道もありますし、マーキーの本に書かれているように、非構成的に経験していく道もあります。そのあたりは好みと価値観とやりやすさで。
ともあれ「きくことの価値」を実感できると感じが変わってきます。これは大人でも難しいのですが・・・・・
サークルタイムはそれだけで完結するわけではありません。
授業の中で例えばブッククラブをするとか、てつがく対話をするとか、協同学習がベースになっているとか、そんな日々の経験とも地続きです。サークルタイムだけで、素晴らしく対話的になる、ということは残念ながらありません。地続きの経験の総体、つまりはどんな価値観で日々の学びが営まれているか、なのです。
サークルタイムの例
進行のプログラムはいろいろ考えられます。
サンプル数1で恐縮ですが、ぼくはこんなプログラムで実践していました。
最初はファシリテーター役はぼくが行っていました。場が安定してきたら子どもに譲渡していきます(並行して、子どもたちとはファシリテーターのお稽古を授業の中で行い、一人一人がファシリテーターを目指します)
①サークルになる。
「毎日隣の人を変えて座ろうね」と提案していました。その理由は以下に。
ちゃんとまとめたいんだけど。
iwasen.hatenablog.com
②チェックイン
ファシリテーターはこう切り出します。
「おはようー。向こう三軒両隣と健康観察してしてください」
子どもたち、両隣とその先の何人かと「おはよー元気?」「ちょっと寝不足なんだよねー」「なにやってたの?」みたいにやりとりして体調を知り合います。
「みんなで共有しておいた方がいいことがあったら教えてー」
「○○が風邪気味で頭痛いんだってー。熱はないらしい」「じゃあみんなで気をくばっておこうねー」とやりとりします。
ぼくが勤めていた学校には「朝必ず健康観察を行うこと」というルールがありました。それをチェックインがわりにコミュニケーションのきっかけにしていました。
その後は、
「昨日どんな1日だった?近くの人とどうぞー」
と気楽なおしゃべりでチェックイン。時には「みんなに共有したい話ある?」と共有しても楽しいです。
例えばこんな感じ。
そこで月曜朝は決まって「おはよー!」とあいさつをした後、
「土日どんな風に過ごしていた?」
というテーマで、2,3人で対話する。
まずは少人数でたっぷりチェックイン。全員の前で話すのはプレッシャーもかかる。数人ならたくさんの人が話せる。
いろいろあった人もなかった人も、ワイワイと楽しそう。
「野球大会だったんだけどさあ・・負けちゃった−」
「雨降ってたからずっと家にいたよー」
「父の日の準備始めた?」
漏れ聞こえてくる声をききながら、元気かな−、つかれてないかなーと子どもたちひとり一人の様子を見る。
3分くらい話した後、数人の人が全体にシェアする。
「だれかみんなに話してくれる?」
「じゃあ、おれが」と、Kくん。
「土曜は朝は10時頃起きて、お母さんに怒られながらパンを食べたんだよね」
起きるのおっそー!
子どもたちからつぶやきがもれる。
(日頃から「幸せなら態度で示そうよ」なんて呟いてる。坂本九。ウナウナと頷いたり、小さな声で反応したりすると話し手は「ああ聞いてくれているんだなあうれしいなあ」って伝わるよ、と。)
「昼ご飯は食べなくて−、で。部屋の片付けしろって母さんに怒られたから、いやいややって〜」 あはは
「夜ご飯食べて、1日終わった−。」
わはははは!なんにもしてないじゃん!
さまざなつぶやきがもれる。
「日曜はなにしたっけなー、午前中部屋の片付けして」どんだけ汚いんだ!
「午後は部屋の片付けしてるっていいながらゲームして、夜ご飯食べて終わった−。
雨降っちゃうと野球がないから急にやることなくなるんだよねえ〜 」
ああ、わかるー。
外のスポーツをやっている子達から共感の声。
つまりは、たわいもないこんなことを、みんなで笑ったり、うなずいたりしながら、クラスの波長をゆっくり合わせていくチェッックインの時間です。
③ホワイトボードの議題
教室にはサークルタイム用のホワイトボードを常設していました。3等分して自由に書き込めるようにしてあります。
それはこんな構成です。
・いいねありがとう
・連絡・報告
・相談したい、提案したい、いいクラスにしたい
「いいねありがとう」。
子どもたちは、思い立った時にどんどん書き込んでおきます。ここに書かれていることの共有で1日のサークルがスタートするのです。
「いいねありがとうからいくねー。『○○が昨日チームつくるときに、一緒にやろうよと声かけてくれた』と田中っち。田中っち詳しく教えてー」
「昨日さー〜」
と、グッドニュースの共有からスタート。これは健康観察や昨日どうだった?のおしゃべりで代替してもいいかもしれません。ぼくはわりとこの時間が好きで毎日やっていました。たくさん書かれているときはさーっと読み上げるだけでもok。時間にしたら2、3分です。この時間もチェックインの要素が強いですね。書いていて、今ならこの時間取らないなーとも思ったり。
「連絡報告」。
特に話し合うわけではなく、お知らせしたいことを書いておきます。
例えば、「○○は明日締め切りです」とか「出し物の準備進んでますか?いよいよ来週クリスマスパーティーです」などなど。
「相談したい、提案したい、いいクラスにしたい」。
ここがメインです。
ここにはさまざまな「〜たい」が書かれます。
「クリスマスパーティーをしたい」
「ハムスター買いたい」
「ちょっと隣のクラスの○○と揉めていて・・」
「プロジェクトの時間もう2時間延長してほしい」
「掃除で困ってる」
などなど。これをひとつずつ扱っていきます。
基本的な流れは、
1、そのお題について書いた人に詳しくきく。
2、プロジェクトチームで動けそうなことはその場で募って決定。
3、みんなで相談した方が良いことは以下の手順で。
・詳しく状況を知るために質問する(発散)
・それはホワイトボードに書いていって可視化する。
・質問が終わって状況がわかったら、一番困っていること、解決したいことを決める(収束)
・解決策をブレスト(2、3人の小グループで出し合う)
・全体で共有
・相談を出した人が解決策を上位3つを選ぶ(活用)。
・1位のものから1週間試してみる。うまくいったらそれでok。いかなかったら2位の解決策を試す。
・結果を後のサークルで報告。
大きくはこんな感じです。
ここメインで、一番詳しく書かなくちゃいけないんだけど、またいつかの機会に。
課題解決、お困りごと解決のミーティングのファシリテーションですね。
ぼくはホワイトボード・ミーチングを実践していたので、<発散ー収束ー活用>の進行の枠組みは基本的にその流れをもとにやっていました。
経験すればするほどいい感じになる。リアルな課題であればあるほど次に生きる。そんな時間です。
子どもたち自身もホワイトボード・ミーティングのファシリレータートレーニングをしていたので、やがてこんな「相談したい」があらわれます。
「登校班(近所で異年齢で登校する制度)で揉め事が起きているのでファシリテーター募集」。
みんなで話し合うのではなく、ファシリテーターを募集してその人に入ってもらい、小さな単位で問題解決するようになっていくわけです。
つまりやがては日常の中にとけてゆくことになります。
進める上でのポイントは、時間を決めておくということ。
例えば朝のサークルタイムが20分だとすると、チェックインと「いいねありがとう」で4分、連絡報告1分、③相談したい、提案したい、いいクラスにしたい15分のように。③をやっているうちに時間が来てしまいますが、時間が来たら「では続きはまた明日ー」とサクッと中断。無理なく続けられるのが大事だし、時間感覚も大事。
どうしても長くなりそうなテーマ、コミュニティにとって重要なテーマは別途時間をとってたっぷりやるといいですね。
(ちなみに軽井沢風越学園では毎日45分とります。結構いろいろできそう。)
さて、サークルタイムがが意味ある時間になるかどうかは、そのコミュニティの成熟度と入れ子ですし、なによりかかわる大人の本気が試されます。本当に「子どもといっしょにつくる」に腹を決められているか。子どもの参画を本当に望んでいるか。サークルタイムをコミュニティの真ん中に据えようとしているか。
子どもはよく見てますよ(ああ苦い思い出がたくさん・・・)。
さらには先生がファシリテーターであるかどうか。
とくに「相談したい、提案したい、いいクラスにしたい」では、ファシリテーションが大事大事。冗長にすすめると、かなりざんねんなことになる・・・・
まずが大人がファシリテーターのモデルとなって姿で示す。それをモデルに、徐々にて渡していく。この足場かけのプロセスが大事です。
ずっと大人が握るのも、子どもに丸投げも残念。そしてさらに大事なのが,大人だけがファシリテーターを目指すのではなく、一人一人がファシリテーターになれるよう学びの機会をデザインするということ。ここにかかっています。一人ひとりが場をつくる当事者になっていくことを目指すのです。これは特定のできそうなあの子ではなく、全員,です。
サークルの感じはこの本から伝わるかな。
とここまで書いて力尽きました。
サークルタイムを運営する上で大切なこと、をまとめたいのですが、またの機会に。少なくともこの2つは共有しておきたいです。
言いたくないことは言わなくていい。
iwasen.hatenablog.com
共同修正
iwasen.hatenablog.com
と、ここまでは、あくまでかたち。
もっともっと、子どもと共につくることもできるし、非構成的につくれると思う。
型には功罪があるし、ぼくはつい構成的にアプローチしちゃう悪い癖がある。
いずれにせよ、子どもを中心において、子どもがこの時間からなにを経験しているのかを振り返りつつ、いっしょに修正し続けるのがいい。
帰りはサークルタイムをしていたり、振り返りジャーナルを書いたりしていました。
帰りのサークルのことはちらっとけんじが書いてくれていた。
https://iwasen.hatenablog.com/entry/2015/10/20/191606
そして何より大事なことは、一人ひとりの人と信頼関係をつくること。
せんせいにとっては「学級というまとまり」にみえるかもしれないけれど、子どもからはやはり「先生」は気になる人。
それぞれが、この場をつくっている大人に大切にされている、信頼されている、自分のことが好きだ、と思っているかどうか。
そのためには、サークルの場以前に勝負が決まっているんですよね。
朝始まる前の時間のおしゃべり、休み時間のおしゃべり、全員と毎日フラットな関係でコミュニケーションを積み重ねているか。シンプルにいい関係をつくれているか。
これに尽きると思います。
これなくして「サークルでなんとかしよう」は、基本的に筋が悪いわけです。
ではでは。