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ブックマーク / www.yado.co.jp (4)

  • 天念寺の修正鬼会(大分県豊後高田市)・写真満載九州観光

    ◆◆◆◆◆ 天念寺の修正鬼会 ◆◆◆◆◆ 修正鬼会(しゅじょうおにえ)は六郷満山に千年以上前から伝わる独自の宗教行事で、現在では天念寺と成仏寺、岩戸寺(国東市)の3寺でのみ行われています。 西満山に属している天念寺では毎年行われ、東満山の成仏寺と岩戸寺では隔年交代で行われます。 この鬼会行事は五穀豊穣 国家安泰、無病息災、万民快楽を祈願する宗教行事で、養老年間元正(げんしょう)天皇の頃(西暦720年頃)に 京都で行われたのが最初であるといわれています。ここ国東の六郷満山ができたのも同じ時代なので、鬼会行事も1200~1300年前から伝わる行事であると考えられています。 天念寺の修正鬼会(しゅじょうおにえ)は ◆15時10分頃に盛装(せいそう)した僧侶が天念寺の講堂に集まって来て昼の 勤行(ごんぎょう)が行われることから始まります。 ◆18時10分頃に川中不動の周辺の松明に火が灯ります。夕暮

  • 塞神社(壱岐市郷ノ浦町)・写真満載九州観光

    郷ノ浦の「ふれ愛通り」の港側入口近くに塞神社はあり、この地区の氏神様です。 小さな神社ですが日書紀にも登場する猿田彦のである猿女君(さるめのきみ)が奉られている由緒ある神社なのです。 現地の「塞神社由来」によると、「神代の昔、天岩戸の裸踊りで知られる女神天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、後に異形の男神猿田毘(さるたび)古神と結ばれ、猿女君(さるめのきみ)として以来一対の神となった。 元来猿田彦が庚神様(こうしんさま)となり、防塞の神(疫神の防障、道路主護)として信仰されたが、この地の神はいつ頃より祀られたか定かではない。 明治末期までは壱岐島に上陸した男達は男根を女神に見せないと怪我をするといって、この塞(さい)神社で一物の御照覧を願った。」と書いてあります。 また、この神社に祭られているのは女神ということで良縁、安産、夫婦和合、性の病、子供の守護に霊験あらたかと言われていますが、

  • 猿岩(壱岐市郷ノ浦町)・写真満載九州観光

    壱岐の温泉地である湯湾の西に突き出した黒崎半島の突端にある海蝕崖の玄武岩で高さ約50mの猿岩は、ちょうど猿が左を向いた形で頭と背中の部分に芝生が生えている姿をしています。 ここは郷ノ浦港から約11Kの距離にあり、そう広くない道を車で約20分行くと駐車場があり、周辺はちょっとした公園になっています。その駐車場脇から見ると猿に見えるのです。 自然の造形はおもしろいですね。しかし、少し回って横から見るとただの岩山なのですがね・・・・・ ここは壱岐一番の観光スポットとなっており駐車場脇には郷ノ浦町のアンテナショップ「お猿のかご屋」があります。 猿岩の駐車場から歩いて1分の位置に東洋一の砲台跡(黒崎砲台跡)があります。 対馬海峡を航行する敵の艦船を攻撃するために太平洋戦争のときに造られました。口径41cmのカノン砲二門の要塞砲で普通は地下にもぐり海からは見えないようになっていたそうです。 1tの弾

  • 岩戸寺の修正鬼会(大分県国東市)・写真満載九州観光

    ◆◆◆◆◆ 岩戸寺の修正鬼会(しゅじょうおにえ) ◆◆◆◆◆ 岩戸寺の修正鬼会は成仏寺と交互に行われ、西暦の奇数年に岩戸寺で鬼会が行われます。この修正鬼会(しゅじょうおにえ)は1000年以上前から続く火祭りで国重要無形民俗文化財となっています。 ここに登場する鬼は、鬼に姿を変えた御祖先様で、鬼に出会うことは、祖先に出会うことを意味しているようです。 鬼は災払鬼(さいばらおに)と鎮鬼(しずめおに)の二匹がいます。同じような面を付けていますが黒い角があるのが災払鬼(さいばらおに)です。 動画案内(概略 約5分) 動画案内(詳細 約15分) YouTube (ユーチューブ) 平成23年2月5日 16時30分頃に現地に着きましたが、講堂で昼の勤行を終えた僧侶が岩戸寺の堂に入ってゆくところでした。15時頃から昼の勤行が行われるようです。 鬼会の前半の見所は18時30分から始まる「垢離(こうり)とり

    mereco
    mereco 2011/01/12
    修正鬼会
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