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@EWFに関するmallionのブックマーク (7)

  • clan-tula.co.uk

  • ツバメはココナッツを運ぶ: フロネラ

    来た! PDF版が! 楽しみにしてたので嬉しいです。 早速落としてざっと眺めて見ましたが面白そうな情報がいろいろありそうです。 目次は以下 Introduction A History of Fronela Lands of the West Loskalm Janube City States Charg and Golaros The Hsunchen Lands Cults of Fronela All Thanks to the Martyr Index A History of Fronela 曙から920年までの歴史が書いてあります。 Charg and Golaros 3期で大封鎖に包まれて全く情報のないチャーグの説明が! どんな所なんでしょうか。 Cults of Fronela ようやくフレストル派が出てきました。Cult of Glorantha Vol.2でフレストル

  • ヘンドレイキの地への旅2 - illuminate33の日記

    セン・センレネンSen Senrenen ヘンドレイキ人の古来の故郷がセン・センレネンです。この地から「自由人」ヘンドリックが出ました。この地は起伏の激しい岩山や峡谷の国であります。住んでいるのは大部分牧人や、彼らの家畜である牛や羊です。セン・センレネンのヘンドレイキ人は獰猛な盗賊や魔術師であり、ヘンドレイキ人の王たちの保護なしに外国人がこの国に入るのはまれであるため、我々はこの地には行きませんでした。しかし、ヘンドレイキ人はこの国について話すのに積極的でした。 ヘンドレイキ人はこの地をオーランスにとって神聖な国としております。彼らはオーランスが若い頃この地をしばしば旅したのだと言っています。この地にはヘンドレイキの王たちの神聖な墓所を含む、無数のヘンドレイキ人の神々や英雄達の聖地があります。それぞれの聖地が年の特定の日に犠牲を捧げ、儀式をおこなう場所になっています。ヘンドレイキ人は家畜や

    ヘンドレイキの地への旅2 - illuminate33の日記
  • ヘンドレイキの地への旅1 - illuminate33の日記

    ヘンドレイキの地への旅 下記はHistory of the Heortling Peoplesの62ページから65ページに載っている記事の翻訳です。翻訳の間違いの責任はzebにあります。 下記の記事は、925年ごろ第二期の神知者(スロントス大公国)のスパイがヘンドレイキの国を訪れたときの貴重な記録です。当時すでにジストル戦争は終結し、神知者の同地での大きな拠点であったロクシルの都は917年、「鋼の陥落の戦いSteelfall Battle」で(古の伝統主義者団とEWFの手で)陥落していました。神知者側の意図としては、この情報の少ない閉鎖的な地域に間諜を送り込み、情報収集することを意図していたようです。 もっとも偉大にして強力なる閣下、大公爵にしてイレリン海の主、光輝の都の君主にして青銅艦隊の提督たるサルノルケル様。 「三王の教団」に所属するジャドノールのヘレメルが、つつましき挨拶とともに、

    ヘンドレイキの地への旅1 - illuminate33の日記
  • ドラゴンの宗教の大要2 - illuminate33の日記

    ・インゴルフを理解する インゴルフは「長き山岳のドラゴン」の流派の一員であった。この流派はオブデュランの伝統を受け継ぐ真の神秘主義的な結社だった。メンバーは瞑想にふけり、理論上はドラゴンの特徴を得ることができるが、瞑想と儀式的な脱皮の上でのみドラゴンの特徴を使うことができるのだということをわきまえていた。インゴルフは成功し、またドラゴンの特徴を決して用いることはなかった。彼は「偉大なるドラゴン」の位に生きている間に達した。インゴルフは生き方を変えた時、すでに「真のドラゴン」への変容の過程にあったのであるが、究極的には、失敗したのである。 インゴルフの失敗は、彼の持っていた最後の人間性のかけらによるものであった。それは彼のアランゴルフの中の「内なるオーランス」であり、他の人々が生きている上での苦難に心を寄せた。彼は自分の生徒であり、弟子であるオルネフレーン公子を助けたいと思う気持ちに動揺した

    ドラゴンの宗教の大要2 - illuminate33の日記
    mallion
    mallion 2008/11/29
    インゴルフ:『彼にとってひどく無念なことに、結局全ての自分のドラゴンの力を顕在化してしまった。』『「輪」には九人の構成員がいた。(元々の十二人からなる「支配の輪」の数からの減少であることに注意。)』
  • ドラゴンの宗教の大要1 - illuminate33の日記

    以下はEWFの宗教に対するグレッグの説明です。翻訳の間違いの責任はzebにあります。 ・竜の神秘主義 「舞踏と狩猟団」は一連の儀式と活動を持ち込んだ。「大いなるドラゴン」の秘密と洞察力(またの名を「知りえざる秘密」)に定命の存在が緩慢ながら達することを可能にする儀式であった。また秘密に達した後生き延びる術をも教えたのである。賛同者の得る祝福は、悩めるドラゴン・パスの住人にとって非常に魅力的であった。 伝統的な指導者たちや、実のところ大部分の一般人は、「舞踏と狩猟団」の踊り手たちを「無責任で利己的、社会になんら貢献せず、生み出す以上に奪う者たち」として非難した。それにもかかわらず、運動は大きくなり発展して、儀式の方式にいくつもの分派を同時に生み出していった。 「舞踏と狩猟団」は、「不惑の一団Untroubled Bands」、もしくは部外者から「傲慢なる者たちArrogantines」として

    ドラゴンの宗教の大要1 - illuminate33の日記
    mallion
    mallion 2008/11/29
    『「真のドラゴン」や、それより高次のドラゴンになることのできた者は誰もいなかった。』『指導者たちは「力を得る門」と化したのであり、形の上では神教的なドラゴンの英雄となり、信仰されて魔術を与えていた』
  • デロヴァンの戦い - illuminate33の日記

    デロヴァンの戦い ワームの友邦帝国と中部海洋帝国はいくつか境界を接しており、関係は友好的なものではありませんでした。 争いが総力戦となることはありませんでしたが、双方の代理を介しての冷戦は続いていました。直接激突した出来事も何度かありました。 もっとも有名なのが「刀鳴りの都」の攻防戦ですが、これは古の伝統主義者団とワームの友邦帝国が一時的に手を組んで、神知者の帝国の外辺の要塞都市を十年にわたり攻囲したものです。(注1) また、以下に述べるデロヴァンの戦いは、竜の友たちの強大な力がさしもの神知者たちすら怯ませた出来事として有名です。History of the Heortling Peoplesに記述があります。 また、同書には、グレッグ・スタフォードの「炎の戦争Fire War」の断片があります。これは不可解な断片ですが、カラドラランドへの中部海洋帝国の進駐について示唆を与えています。 た

    デロヴァンの戦い - illuminate33の日記
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