空港の出発ロビーや展望デッキから滑走路を見ていると、搭乗ゲート(正しくはスポット)に進入してくる飛行機を、派手なシャモジみたいなものを持って誘導しているヒトを見かける。英語では誘導することをMarshalling(マーシャリング)といい、誘導する人をMarshaller(マーシャラー)と呼ぶ。
でも羽田や成田空港では、ほとんど見ることがないマーシャラー。これらの空港ではどうやって飛行機を誘導しているのか? 手旗信号のような動作の意味、そもそもマーシャリングとはどんな業務なのかを、日本航空(以下、JAL)の協力のもと羽田空港で取材した。
マニア的にミソなところは、羽田でも2人のマーシャラーが誘導するときがある! という点をお見逃しなく!
電車同様に飛行機にもある停止目標!
ピッタリつけると作業がはかどる!?
通勤・通学での駅を思い起こしてほしい。電車のドアは乗車目標のワクにピッタリと停車する。それは先頭車で運転する乗務員が停止目標と呼ばれる看板(もしくは線)にピッタリと停車するからだ。ただ極まれに、停車したと思ったら「停止位置修正します」のアナウンスとともにバックするなんてときも。
一方飛行機はどうだろう? 「4列乗車」や「次発」「次々発」なんてワクは書いてないが、乗車目標や停止目標が定められている。以前にお届けした「マニア向け専門誌にも載らない空港用特殊車両をほぼ見てきた!」で紹介したように、搭乗ゲートは自走式で、前後左右と高さが調整できる。また飛行機の脇に付く作業車両は、自分で位置あわせをすればいいので、テキトーに止めてもイイはずだ。
でも停止目標があるのにワケがある。それは到着機から素早く旅客と手荷物を下ろし、清掃・給油・整備などをして、再び旅客と手荷物を積んで出発するために、あらかじめ色々なものが所定の位置でスタンバイしているからだ。
たとえば搭乗ゲート。停止目標にピッタリ駐機できれば、動かす範囲は最低限なので、旅客はごく短時間で飛行機から降りられる。駐機中に接続するケーブルやホース類も、最小限の移動で済むので、いち早く貨物を降ろしたり、清掃や整備などに着手できるのだ。
しかも停止目標は、777や767、737というように機種ごとに定められているのだ。
コクピットから見えない停止線に
ピタリと誘導するマーシャラー
飛行機の停止目標は、コクピットの後方下の地上に書かれている。電車と違い翼の幅があり、地上高数mのコクピットにいるパイロットは停止目標を目視できない。
そこでパイロットの目となり機体を誘導するのがマーシャラーだ。でもただ誘導するというわけじゃない。軽自動車と大型トラックでは、ハンドルを切るタイミングや運転感覚が違うのと同じで、飛行機も機種ごとにハンドルのキレが違う。
そのためマーシャラーは、機種のクセを考慮して、ハンドルを切るタイミングなどを変えているのだ。つまりゲートに入ってくる飛行機は、ハンドルこそパイロットが握っているが、操作は完全にマーシャラー任せとなる。
今回空港内をアテンドしてくださった日本航空 広報部の中山 義和氏は、元747ジャンボの航空機関士で、機長と副操縦士の背中を長年見てきた。そんな同氏は「パイロットとマーシャラーは深い信頼関係にないと、ピタリと目標に止められない」という。
とくにゲート手前で右左折する際、新米パイロットはオーバーシュート(大きくカーブを曲がってしまうこと)が怖くて、マーシャラーの旋回開始の合図が待てずに小回りしてしまうことがあるという。しかしベテラン機長になればなるほど、自分のタイミングではなく、完全にマーシャラーのタイミングに合わせているのがよく分かるというのだ。
逆に言うとマーシャラーには、ハンドルの切れ具合や車幅ならぬ翼幅の感覚、ブレーキの効き具合(雨天や旅客数)なども考慮した誘導が必要になる。
停止の精度はベテランになると停止目標の30cm以内だという。目標は幅およそ30cmの黄色い線なので、線の中心に、前の車輪の車軸が来れば誤差0cmとなる。飛行機の大きさから考えると、どれほどの精度かがわかるだろう。
ベテランマーシャラーの山本 侑矢氏によれば、ゲートや飛行機ごと、気象状況などでサインを出すタイミングが違うので、マーシャリング業務は慣れていたとしても気が抜けないという。
「近々でもっとも緊張したのは、数週前に安倍総理が海外渡航から戻ってきた政府専用機を誘導したときです。747ジャンボなので、目の前まで巨大な機体を誘導しなければならない点、いつもの旅客用のゲートとは違う場所に誘導する点、政府専用機という点で、肩に数倍も重圧を感じました」という。
→次のページに続く (パイロットとの意思疎通は国際共通語の手信号)