患者起点の発想が開発の発端‐harmo事業室 福士氏に聞く
服薬情報の管理と情報の共有性、そして持参率(携帯性)の高さなど、様々な可能性が期待される電子お薬手帳。この中でも、クラウドとICカードを用いたソニーの電子お薬手帳サービス「harmo(ハルモ)」は、薬局店頭の専用端末でカードをタッチするだけの簡便さに加えて、個人情報に配慮した独自の情報管理システムを特徴としており、患者はもちろん多くの医療従事者から高い評価を得ている。2011年に川崎市の一部で試験導入を開始以来、着実に採用実績を積み重ね、現在は全国10都市で試験サービスを展開する「harmo」。地域中核病院など医療機関への導入も進み、現在の利用者数は3.5万人を超える広がりを見せており、今後は患者の調剤履歴を起点とした“地域医療の情報連携”での可能性に、行政も含めて期待が集まる。ヘルスケアICTイノベーションに挑むソニーとして、電子お薬手帳「harmo」をどう位置づけ、どのような将来展望を描いているのか。まず第1回目は、harmoの創案者であり、開発の責任者である福士岳歩氏(harmo事業室)に、これまでの経緯を聞いてみた。
「harmo」は、電子マネーや交通機関で実績のある、ソニーが開発した非接触ICカード技術FeliCa(フェリカ)を用いたカード型の電子お薬手帳サービスで、個人を特定する情報はカードに、調剤データはクラウドに“分離”することで、個人情報に配慮した情報共有システムを実現する。遡れば、開発段階からの“患者起点”の発想と、薬局(薬剤師)と一体となって構築したことが、シンプルな利用法ながら極めて実用的な仕組みにつながったといえる。
同システム創案者である福士氏は、東京大学理学部情報科学科卒業、同大学院卒業後、ソニーの研究所配属となる。ソニー最後の異端児とも呼ばれ、数々の出願・登録特許を持つカリスマ所長の近藤哲二郎氏のもとで約8年間研究に従事するも、その研究所は製品に組み込むシステムやアルゴリズムを開発するための部署であり、福士氏は「研究自体は面白かったのですが、なかなか商品化されないというストレス感もあって、とにかく何か人々の役に立つものを世に出したいという願望が高まっていきました」と振り返る。
福士氏は研究所に在籍の2006年、発熱など原因不明の体調不良によって、お薬手帳のヘビーユーザーとなる。結局、複数の医療機関を回ることで、薬と共に手帳に貼るシールの多さに呆然となったそうで、自ら服薬情報のシールを管理する(当時は自分で手帳に貼る形式)煩雑さを身をもって体験した。
その後、体調が回復してからも、この状況を何とか変えられないだろうかと考え続けた。医師や薬剤師に自分の情報を正確に伝えたいが、紙のお薬手帳では管理する側も見る側も手間がかかる。それ以前に紙の手帳はかさばるため持ち運ばれない。まずは持ち運ばれて、使われるサイクルを作り出すことが重要だ。そう考えた時に頭に浮かんだのが、ソニーの持つ非接触ICカードFeliCa(フェリカ)の技術だった。「FeliCaを使えば紙の切符がICカードに代わったように、お薬手帳でも新しい文化を作り出すことができるのではないか」と福士氏は、08年秋に友人との飲み会の席でこれまでの経緯や自らの考えを発案したところ、ジェネリックが増え始めた時期でもあり、数人の医者仲間からも患者情報を収集管理する仕組みが、まさに望まれていることを知る。
そこで薬局も同様だろうと考え、お薬手帳の新たな形を模索するため、夕方からの業務時間外で具体的な検討を始めた福士氏は、ある時に薬局経営セミナーで異彩を放つ講演者に出会う。当時の川崎市宮前区薬剤師会の会長で、現在は保険薬局経営者連合会代表を務める山村真一氏であり、同氏からの数々の示唆がharmo完成へ大きな影響を与えた。
当初(08年)は、いくつか試作品を作って山村氏に提案する。例えば処方箋10枚分、お薬手帳60枚分のデータをカード内に入る形式を考えた。これに対し山村氏は「カードを落としたらデータがなくなるのでは、紙と同じでしょ」との回答。また個人情報保護法への配慮から、カード内に薬歴のみを入れて個人情報は持たない方式を提案した際は「患者情報が同じ画面にないと、患者を間違える可能性がある。これじゃ医療関係者は誰一人使わない」という厳しい意見が返ってくる。
こうしたことを何度も繰り返し、「もし完成して使えるものになったら、宮前区でやってみようか」との山村氏の一言が、本気で取り組む決意を後押しした。その後も薬局関係者を巻き込んで、実用性の高いシステム構築を続ける一方で、社内(ソニー)での展示会等の機会を利用して認知度向上にも努めたことで、発案から2年かけ、正式な新規事業テーマに採択される。
いよいよ宮前区での実験開始が迫った11年3月に東日本大震災が発生し、さらにはソニーの関連会社による個人情報流出事件が起こった。「目の前が真っ暗になりましたが、将来の震災の時にこそ、この仕組みが役に立つはず」。福士氏はこれらを教訓として捉え、個人情報に配慮した現在のクラウドシステムを発案。ピンチをチャンスに変えた。
個人情報の分離は予想以上の効果で、多くの薬局関係者が納得し、他業界や省庁からも注目を集めた(総務省の平成26年版情報通信白書にも掲載)。そして震災を機にお薬手帳が貴重な情報源として脚光を浴び、保険点数の基本項目に盛り込まれるなど、実験が非常にやりやすい環境になってきたことも後押しとなった。そして11年秋に山村氏の薬局に待望の1台目を設置したのに続き、宮前区医師会の理解も得られ、区内の20薬局で実証実験をスタート。現在は北海道から兵庫県までの10都市で展開中。
薬局・患者双方に高い実用性
福士氏は「harmoは患者側の視点が起点になっていますが、初期から薬局の先生方と一緒に開発を行ったことで、患者と薬局の双方にとって実用性が高いのが特徴だと思います。今後は利用できる薬局や医療機関の密度を上げ、より多くの方にharmoの価値を実感してもらいたいです」と、さらなる抱負を語る。
目次
- 【ソニー】お薬手帳サービス「harmo(ハルモ)」を通じヘルスケア領域の情報インフラ構築へ [1](2016年1月29日)
- 【ソニー】お薬手帳サービス「harmo(ハルモ)」を通じヘルスケア領域の情報インフラ構築へ [2](2016年2月26日)
- 【ソニー】お薬手帳サービス「harmo(ハルモ)」を通じヘルスケア領域の情報インフラ構築へ [3](2016年3月30日)
- 【ソニー】お薬手帳サービス「harmo(ハルモ)」を通じヘルスケア領域の情報インフラ構築へ [4](2016年4月15日)