甑島の豆腐屋(と言いながらコミュニティーハブ)
山下賢太さん。手に持っているのは甑島で育てた「島米」 東シナ海の小さな島「甑島(こしきしま)」。薩摩川内市(さつませんだいし)に属するこの島に、豆腐屋「山下商店」がある。鹿児島市内から川内港まで車で1時間程の距離。川内港から甑島の里港まで高速船で50分。代表の山下賢太さんが港まで迎えに来てくれた。
京都造形芸術大学で環境デザインを学び、京都から5年前に帰ってきた山下さん。現在は、安心で安全なお米を育てるだけでなく、豊かな自然環境を守るための減農薬栽培に取り組んだ「島米」の生産、レモングラス・ミント類の栽培、豆腐屋とお土産物屋の経営、商品の企画・開発、島の観光ガイド事業、「island Hostel 藤や」という島宿の運営、古民家の再生、さらには豆腐屋の店内でカフェも営業……と、何でも行っている。
里港からすぐの里集落 「甑島は今、どんどん人口が減っている。ヒトとモノと場を甑島の物差しで測り直し、甑島らしさを再構築して小さな経済を作り出さないといけないと思っています」
店舗前にて山下商店のスタッフ一同。少数精鋭で何でもこなしている 甑島には高校がないため、本土にある鹿児島市内の高校に進学。そして京都の大学へ。
港の風景。以前はきびなご漁も行っていたという山下さん その後島へ戻り、まずは田んぼと畑を耕すことから始めた。
農業をやるのも初めて。米や芋を売るのも初めて。祖父に一から教わりながらスタートをきった。
農業中の山下さん。島米は、甑島の太陽と風の恵みを受けて育った掛け干し米(天日干し)です 「子どものとき、ボウルを持って豆腐を買いに行くのが僕の仕事でした。湯気がぶわっと立ち込めていて、その中で作業をしているおばあちゃんの背中。小さいときの記憶を思い返していたときに、そういえば、そんな風景を作り出していた豆腐屋さんがなくなってしまったなと気がつきました。それで豆腐屋を復活させようと思いました」
できあがった豆腐をゆっくりと切っていく山下さん 「島では、カフェのような場所が新しく生まれにくい。では豆腐屋というみんなの懐かしいイメージから、新しいコミュニティースペースを創ろうと思いました」
築100年を超える古民家をリノベーションした工房兼店舗 朝一番の出来立てとうふを食べる工房体験の「朝とうふ」がおすすめ 取材中、何人ものお客さんが豆腐を買いに来てはおしゃべりして帰っていった。
「小さいときからずっと、地域に見守られてきた。そのお返しをしたい」
里港にて。見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた ただの豆腐屋とあなどることなかれ。甑島を訪れることがあったなら、まず山下商店に寄ってください。
写真提供=山下賢太(※最後の図版以外)