コマツ、建機のIT化から見える自動運転の未来
自動運転が作る未来(18):コマツ会長に聞く(上)
ドライバーの座席がない巨大な無人ダンプトラック、熟練オペレーターでも難しいセンチメートル単位の精度で平らに整地するICT(情報通信技術)ブルドーザー、設計図面を3次元データで読み込み、図面通りの精密な傾斜を機械制御で作り上げるICT油圧ショベル―――。自動運転が産み出す次世代の高効率・高精度な建機を世界に先駆けて実用化し、「自動運転が作る建設現場」を現実世界に持ち込んだのが建機大手のコマツである。
そのコマツが自動運転時代を見据えて取り組んでいるのが、建設現場を可視化するIoT(モノのインターネット)オープンプラットフォーム。2017年7月にはNTTドコモ、SAPジャパンなどのIT(情報技術)ベンダーと手を組み、プラットフォームを共同構築する構想を明らかにした。プラットフォーム上の各種アプリの販売対象は、建機のユーザーである中小の建設事業者。もちろん、コマツユーザーだけではない。競合する建機メーカーのユーザーにも使ってもらえるオープンなプラットフォームに仕立てる考えだ。
コマツの野路國夫会長は、「AI(人工知能)とIoTを使いこなせない企業は衰退する。自動運転とシェアリングエコノミーをフル活用し、作業全体を効率化するプラットフォームが新たに求められている。明日の競争相手は既存業界の中にはいない。先を読んで動かなければ、建機メーカーはプラットフォーマーの下請けになりかねない」と危機感をにじませる。
世界に先駆けて自動運転の実装を進め、自動運転が作る産業構造の変化を目の当たりしてきたコマツの野路國夫会長に、自動運転が作る未来の産業構造を聞いた。前後編の2回に分けて紹介する。(聞き手は日経BP総研 クリーンテック研究所 林哲史)
――コマツが無人ダンプトラックを発表したのは2008年。そもそもなぜ無人化を目指したのか。
野路 ダンプトラックを運転してくれるドライバーが不足していたからだ。鉱山の掘削作業で生じた土を運ぶダンプトラックは4000メートルの高地を走り回っている。30分かけて1000メートルを下って土を乗せ、1時間かけて上ってくる。空気も悪いし、労働条件は劣悪だ。鉱山での建機ユーザーはどこも、運転手の成り手がいなくて困っていた。そこでダンプトラックの無人化に取り組んだ。
――自動運転では、AIを用いた自動運転ソフト、周辺認識や自車位置測定のためのセンサーと画像処理ソフト、周辺の状況把握のための高精細地図など、さまざまな技術を組み合わせなければならないが、それらの技術開発はどうしたのか。
野路 すべて海外から調達し、自前で組み上げた。今なら、自動運転を実現するためにどんな技術が必要になるのかはよく知られている。ただし、我々が開発を始めた十数年前は何も分かっていなかった。だから、ネットで世界中の研究論文を検索するなどして、ゼロから調べた。そうする中でDARPA(米国防総省の国防高等研究計画局)が無人戦車や無人飛行機を研究していたことや、その研究者がスピンアウトしてベンチャーを作っていたことを知った。そうしたベンチャー企業や海外の大学、研究機関に相談し、技術を供与してもらって無人運転システムを作った。
例えば無人運転では詳細な地図と高精度の自車位置測定が必要になる。鉱山では日々、ブルドーザーが新しい道路を作っているので、地図は刻々と変わる。だから、GPS(全地球測位システム)を搭載した車を走らせたり、パトロールカーに地図作製用のセンサーを取り付けたりして、自前で地図を作り、日々アップデートする。自車位置測定では5つ以上の衛星を使い、プラスマイナス50mmの精度を実現した。
――大型ダンプトラックの無人運行では、現場の作業員の安全確保が重要になる。どのようにしてユーザーに納得してもらったのか。
野路 大事なのは、一緒に作業する有人車両のオペレーターを安心させることだ。これは、オーストラリアの鉱山現場で同国のお客さんと仕事を進める中でわかった。鉱山の現場では、ドライバーを乗せた一般車両と大型の無人ダンプトラックがすれ違う。500トン以上の自重を持つ巨大ダンプトラックが無人でこっちに向かってくるわけだから、ドライバーはとても怖い。そこで、その不安を取り除くために、有人車両との距離に応じて無人ダンプの速度を減速する機能や、無人ダンプトラックの走行を停止できる赤いボタンを取り付けた。緊急時にはこのボタンを押すことで無人ダンプトラックを停止させられる。
このように、有人車両のオペレーターが「私が無人ダンプトラックの運行を管理・制御している」という実感を持つことができれば、安心して無人車両と一緒に作業できるようになる。ほかにも、車両に周辺物を検知するミリ波センサーなどを取り付け、石が落下してきたら、その事象を検知して自動停止できる仕組みも作った。今は1500km離れた集中制御室からリアルタイムで監視・制御する仕組みも整えた。
無人化・自動化を商品化すると、作業員の安全性確保という重い責任が付いて回る。ただし、自動化することで大きなメリットがあることは事実。無人ダンプトラックは休まずに稼働させられるので1台当たりの生産性は高く、お客さんが得られる利益は大きい。だから、何とかして安全性を高めようといろいろな安全装置を開発した。最初からすべてわかっていたわけではない。やっていく中で積み重ねて安全性を高めてきた。安全面の仕組みは今も進化している。
――自動運転による無人化は顧客価値の向上に大きく貢献したのか。
野路 無人化だけでは不十分だ。工法が変わらないなら、ただの人手不足対策にしかならない。イノベーションを起こすには、仕事のやり方が変わるような変革が必要だ。
そこで一般建機の自動化では、人ができないことに取り組んだ。具体的には熟練オペレーターを上回る精度での作業を自動制御で実現すること。ICTブルドーザーに自動制御の機構を組み込んで、熟練オペレーターでもプラスマイナス50mmだった整地の精度をプラスマイナス15mmにした。同様にICT油圧ショベルでは、熟練オペレーターでも実現が難しい綺麗な傾斜を仕上げられるようにした。これらのICT建機には、現状の地形データと施工図面データを3次元データで入力する。だから、地形データを3次元データとして測量する技術も開発した。
ICT建機は有人車両であり、無人化していない。整地や仕上げ掘削は機械に実行させるが、他はオペレーターが操作する。自動車の自動運転開発も同じではないだろうか。まっすぐ走る、ブレーキをかける、追い越しをする、駐車する――。こうした自動車が実行することを一つずつ高い精度で自動運転できるようにして、成果を積み上げていくことになるだろう。
――自動運転車の普及による産業面での変化としてはどんなものが予想されるか。
野路 自動車の世界について言えば、自動車修理サービスは大きく変わるだろう。ポイントは二つある。第一は専門性が高まることだ。クルマが自動運転対応になれば、そのためのメンテナンスは極めて専門的になっていくはず。これまでクルマが装備していなかったセンサーや運転ソフトがクルマに搭載されるようになるから、それぞれ専門のメンテナンスが求められる。今ある街中の自動車修理工場では対応できなくなる可能性が高い。
第二は稼働率が高まること。米ウーバー・テクノロジーズのような配車プラットフォームを活用したオンデマンド配車サービスが一般的になれば、自動車の稼働率が高まる。当然、クルマは酷使されることになるのでクルマを修理する頻度も高まる。稼働率が高いので、修理期間をできるだけ短くしたいというニーズも強まるだろう。
(後編に続く)