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シリア戦線の「敗者」、イランはどのような事態対処を行うか

執筆者:青木健太 2024年12月30日
タグ: イラン シリア
エリア: 中東
イランは、トルコこそが水面下のHTS支援などで優位な状況を作り上げたと見ているだろう[テヘランで演説を行うハメネイ最高指導者=2024年12月11日](C)AFP=時事/HO /KHAMENEI.IR
イランは2011年以降、アサド政権維持のために300億~500億ドルを費やしたとの試算がある。それはシリアがイスラエルに対する「抵抗の枢軸」、つまり非国家主体のネットワークの戦略的要衝だったからにほかならない。イランはシリア「陥落」にどう対処するか。「トルコという勝者」「イスラエル・米国」、そして「前方抑止が寸断された安全保障」の3つの角度から考える。

 2024年12月8日、シリアでアサド政権が崩壊した。シャーム解放機構(HTS)が11月27日に北部の要衝アレッポへの攻勢を開始してから、12日間での首都陥落という急展開だった。

 これによって、1970年にクーデタで実権を掌握したハーフィズ・アサド時代から、息子バッシャール・アサド前大統領まで2代に亘り、50年以上続いてきたアサド政権支配に終止符が打たれた。

 政権批判した者らを「政治犯」として拘束・弾圧したといわれてきたサイドナヤ刑務所では、ジャーナリストらによって劣悪な環境が白日の下に晒され、「10万人以上」ともいわれる行方不明者らの遺体の存在が徐々に暴かれるなど、強権支配の内実に胸の痛む思いである。

 今般のシリア政権崩壊は広範な地域・国際的影響を与えると考えられるが、なかでも大きな影響を受けるのがイランである。イランは長らくアサド政権を支えてきており、特に、「アラブの春」がシリアに波及した2011年以降、関与を強めてきた。その意味では、イランは今次の動きでの敗者の筆頭格ともいえる。シリア政権崩壊はイランに一体どのような影響を与えるのだろうか?

イランにとっての戦略的要衝シリア

 そもそも、イランにとってシリアは様々な点で重要な意味を有しており、主に以下4点からそれを説明したい。

 第1に、イラン・シリア両国は歴史的に良好な関係にあった点である。1979年2月に革命が成立したイランは、1980~88年に隣国イラクとの戦争(イラン・イラク戦争)を経験したが、孤立無援ともいえるこの戦争の中で、当時シリアとイラクの関係は良好ではなかったことなどから、アラブ諸国の中で唯一シリアはイラン支持にまわった。

 第2に、テロ対策面で、シリアはイランにとって重要な安全保障上の意味を持った。2011年以降、民衆からの抗議運動でシリア国内が混乱する中、「イスラム国」(IS)は混乱に乗じて実効支配領域をイラク・シリア領内で拡大し大きな脅威となった。イラン政府の各種声明では、ISは「タクフィール主義者のテロリスト」と呼ばれる。タクフィール主義とは、特定の人物・集団を不信仰者であると判断することを指す。イランにとってみれば、シーア派信徒であるというだけで不信仰者とみなされ標的にされるということであり、IS掃討はイランにとって国家安全保障上の重要課題となった。

 第3に、シリアは「抵抗の枢軸」の一角として、パレスチナのハマスや、レバノンのヒズボラへの兵站供給路となった経緯がある。「抵抗の枢軸」とは、イラン・イスラム革命防衛隊が周辺地域での活動展開を進める過程で育成した非国家主体ネットワークを指し、主に、パレスチナ、レバノン、シリア、イラク、イエメンで活動を展開している。アラブ側で「シーア派の三日月」ともいわれたこのネットワークは、イランが抑圧者とみなすイスラエルへの前方抑止(forward deterrence)の機能を担っている。イランとしては、この「抵抗の枢軸」を維持することが外交・安全保障上重要である。

 第4に、イラン・シリア間での宗教的紐帯も見逃せない。ダマスカス近郊にある、預言者ムハンマドの孫娘の廟であるサイイダ・ザイナブ廟は、シーア派信徒が参詣する聖廟として知られる。2011年以降、革命防衛隊が各地から民兵を動員する過程では、アフガニスタンやパキスタンからの参戦もみられたが、このサイイダ・ザイナブ廟を始めとするシーア派聖廟を守り、殉教すれば「シーア派聖廟の守護者」としての称号が付与されることは戦闘員らにとっての大きな魅力だった。

 以上のように、イランは複数の理由からシリアを戦略的に重視し、徹底的にアサド政権死守の方策を講じてきた。

シリア政権崩壊過程での「国際的側面」とイランの対応

 このようにイランにとって戦略的要衝のシリアだが、2024年11月27日のアレッポ攻撃開始から、12月8日のダマスカス制圧までの過程において、イランはどう対応したのだろうか。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
青木健太(あおきけんた) 公益財団法人中東調査会研究主幹。1979年東京生まれ。上智大学卒業、英ブラッドフォード大学平和学部修士課程修了。アフガニスタン政府地方復興開発省アドバイザー、在アフガニスタン日本国大使館二等書記官、外務省国際情報統括官組織専門分析員、お茶の水女子大学講師などを経て、2019年より中東調査会研究員、2023年4月より現職。専門は、現代アフガニスタン、およびイランの政治・安全保障。著作に『タリバン台頭──混迷のアフガニスタン現代史』(岩波書店、2022年)、『アフガニスタンの素顔──「文明の十字路」の肖像』(光文社、2023年)、「イラン「抵抗の枢軸」の具体的様態──革命防衛隊と「抵抗の枢軸」諸派との関係性を中心に」(『中東研究』550号、2024年5月)他。
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