というシカゴ連銀論文をMostly Economicsが紹介している。原題は「The Evolving Core of Usable Macroeconomics for Policymakers」で、著者は同銀の Jonas D. M. Fisher、Bart Hobijn、Alessandro Villa。
以下はその要旨。
We provide a brief primer on how the core of usable macroeconomic theory for monetary policymakers has evolved over the past 50 years. Today’s policy discussions center on the New Keynesian (NK) synthesis, which builds on the Neoclassical growth model and the AS-AD framework. It incorporates nominal and real rigidities, financial and labor market frictions, the importance of expectations, and inspired terms used by policymakers such as “anchored inflation expectations” and “forward guidance.” While essential for communication during the Great Recession and Covid-19 pandemic, these events also revealed the NK model’s limitations. Newer models incorporating heterogeneous agents potentially offer richer policy insights but add complexity and the challenge of distilling their main policy implications going forward.
(拙訳)
我々は、金融政策当局者にとって使えるマクロ経済理論の中核が過去50年間にどのように発展してきたかについて、簡単な手引きを提供する。今日の政策論議は、新古典派成長モデルとAS-ADの枠組みを基礎とするニューケインジアン(NK)総合を中核としている。それは名目と実質の硬直性、金融市場と労働市場の摩擦、予想の重要性を織り込んでおり、それを受けて「アンカーされたインフレ予想」や「フォワードガイダンス」といった言葉を政策当局者が用いるようになった。大不況やコロナ禍におけるコミュニケーションでは基本的なものとなったが、それらの事象はNKモデルの限界も明らかにした。不均一主体を織り込んだより新しいモデルは、政策へのより豊かな洞察を提供する可能性があるが、複雑性と、主要な政策的含意を引き出す難しさを増す可能性もある。
以下はFOMCで使われる用語の推移と、関連するトピックならびに研究を示した論文の図。

1980年代半ばまではマネタリズムが主たるパラダイムであり、それは固定された垂直に近い総供給(AS)曲線に沿って総需要(AD)曲線がシフトするという考え方に基づいていたが、キッドランド=プレスコット(1977)(KP)は、AS曲線は固定されておらず、中央銀行の信認に左右されると論じた。KPは、裁量よりもルールに基づく政策が良いことを示し、インフレ目標の採用(1989年のニュージーランと2012年のFRB)につながった。また、信認も1970年代後半から1980年代初めにかけての高インフレ期に繰り返し言及されるようになり、グリーンスパンが議長に就任した後、ならびに合理的期待が経済の主流の一部になるにつれ、その傾向はさらに顕著になった。
インフレ予想は、KPの議論の中核であったものの、ニューケインジアンモデルが生み出された1990年代初めまであまり言及されることがなかった。ニューケインジアンモデルは、合理的期待を初めてDSGEに組み込んだRBCモデル(キッドランド=プレスコット、1982)が、名目硬直性のモデル、就中カルボ(1983)などの粘着的な価格のモデルと組み合わさって生み出された。
ニューケインジアンモデルの中核は、AS曲線、政策ルール、AD曲線に相当する3本の方程式から構成されている。AS曲線に相当するのはニューケインジアンフィリップス曲線(NKPC)、政策ルールはテイラールール(1993)であり、AD曲線相当は消費のオイラー方程式から傾きと位置が決定される。
Gertler, Gali and Clarida(1999)はNK研究の初期のサーベイで、3方程式モデルを詳細に論じている。 Woodford(2003)はNKモデルの参考書の決定版である。
Erceg, Henderson and Levin(2000)の拡張(資本と賃金の粘着性の追加)を経て、Christiano, Eichenbaum and Evans(2005)が拡張したNKモデルは、FRBを含む各国中銀の標準モデルとなり、シナリオ分析などに使われるようになった。FOMCの会議資料に取り入れられた代替シナリオ(Alternative Scenarios)などのシナリオ分析は、リスク管理への言及の高まりに対応したものだが、この分野においては理論が実務に遅れを取っており、Evans et al.(2015)などの研究はあるものの、いまだ初期段階にある。
NKモデルが導入された1990年代半ば以降の幾つかの出来事で、NKモデルの3つの方程式の限界も明らかになった。
テイラールールは、中銀が名目金利をゼロより下にできないことを織り込んでいなかったが、日本のデフレはゼロ金利下限(Zero Lower Bound、ZLB)の問題を浮き彫りにし、クルーグマン(1998)は流動性の罠に陥る危険性を明らかにした。
エガートソン=ウッドフォード(2003)は、フォワードガイダンスを一つの解決策として提示した。2008年の金融危機時にFOMCはそれを採用し、1994年以降に公表されるようになったFOMCの会議後の声明は、そのためのコミュニケーションツールとして有用であった。
ただ、フォワードガイダンスの定量分析には問題があり、ベースラインのNKモデルにおける消費のオイラー方程式上は家計がかなりフォワードルッキングであるため、フォワードガイダンスの政策効果も強力なものとなった。そこからKaplan, Moll and Violante(2018)のHANKモデルなど、借り入れ制約により一部の家計の消費や貯蓄が金利にあまり反応せず、手持ちの流動性資産の量に依存するモデルが開発された。
フォワードガイダンス以外のZLBへの対策としては、量的緩和(QE)があった。世界金融危機後、FRBを始めとする中銀はQEを実施した。しかしこれにも理論上の問題があり、ベースラインのNKモデルでは、政策ルールとフォワードガイダンス以外では長期金利に中銀が影響を及ぼせないはずであった。そのため、Gertler and Karadi(2013)のような、そうした直接的なリンクが壊れており、QEが伝統的な金融政策を超えた影響を及ぼせるモデルが開発された。
2020年以降の関心は、低インフレと流動性の罠から、コロナ禍後のインフレの急上昇と急低下の説明に移った。研究者は、需給間の新たな相互作用の追究や、非線形性のミクロ的基礎付けによるNKPCの再検討(Harding, Lindé and Trabandt, 2023)を行っている。こうした研究はまだ揺籃期にあるが、金融政策当局者にとって使えるマクロ経済理論の中核の発展の次の段階の重要な一部になると思われる。