「エ~イ・オゥ(AO)、エ~イ・オゥ、タナカ!」――リーズの試合では、この田中碧を称えるチャントが今季の定番のひとつとなっている。 他のクラブのファンもよく拝借する『テキーラ』のメロディに乗せた応援歌。当人が川崎フロンターレで育成時代をとも…

「エ~イ・オゥ(AO)、エ~イ・オゥ、タナカ!」――リーズの試合では、この田中碧を称えるチャントが今季の定番のひとつとなっている。

 他のクラブのファンもよく拝借する『テキーラ』のメロディに乗せた応援歌。当人が川崎フロンターレで育成時代をともにした三笘薫も、同曲の替え歌でブライトンのファンから声援と信頼を寄せられる。そして、リーズにおける田中の重要性も、ブライトンにおける三笘のそれと同じ。つまり、必要不可欠な存在だ。



前節のワトフォード戦で大勝に貢献した田中碧(リーズ)photo by REX/AFLO

 プレミアリーグではなく、ひとつ下のチャンピオンシップが活躍の舞台ではある。だが、クラブの格ではリーズのほうが上だろう。イングランド北西部の都市を本拠地とする古豪は、国内のトップリーグでは2度、ふたつのカップ選手権でも1度ずつ、「王者」と呼ばれた過去を持つ。1975年にはヨーロピアンカップ(現チャンピオンズリーグ)でファイナリストにもなっている。

"ビッグクラブ"としての顔は、所属リーグの上下を問わず健在だ。最後にプレミアを戦った2022-23シーズン、リーズの総売り上げは欧州30傑にランクインしていた。同シーズン終了後からは、米国NFLの強豪サンフランシスコ・フォーティナイナーズの経営母体がクラブを所有。チャンピオンシップでの今季前半戦は、その4年前からユニフォームのスポンサーとしてクラブ史上最高額の契約を結んでいたアディダス社との契約延長も実現した。

 プレミアから落ちているシーズンには、「俺たちのほうが○○よりもデカい」とするリーズ・ファンの意見が、しばしばメディアで紹介される。彼らのサポートぶりからすれば、単なる負け惜しみではないとも思える。今季も、最大で約3万7800人収容の本拠地エランド・ロードは、本稿執筆時点で平均約3万6200人の入り。95.5%の観客動員率は24チーム中4位だが、トップ3はいずれも収容人数が1万人以上少ないスタジアムをホームとするチームだ。

 そんなリーズというクラブのキーマンとして、田中がいる。昨夏の移籍市場最終日にフォルトゥナ・デュッセルドルフから獲得された時点では、バックアッパー程度の期待値のファンも多かったに違いない。2ボランチの担い手には、キャプテンでCBも兼ねるイーサン・アンパドゥと、イリア・グルエフというレギュラー格がいた。

【「期待していたとおり」と指揮官】

 就任2年目のダニエル・ファルケ監督も、こう言っている。

「ドイツ2部からの移籍で、イギリスではほぼ無名だった選手。移籍金(5億6000万円弱)も、大して高くはなかったから、"それなりでしかない"と思われていただろう」

 ただし、ファルケは祖国の2部リーグにいた田中に目をつけていたドイツ人監督。昨季開幕前から獲得を望んでいた指揮官は、「私が期待していたとおりのパフォーマンスを見せてくれている」と前置きして話し始めた。

 さる2月11日、リーズがリーグ戦での無敗を14試合連続に伸ばした第32節ワトフォード戦(4-0)で、「田中の影響力は期待以上か?」と尋ねた際の回答だった。アンパドゥとグルエフの故障も手伝い、デビュー5戦目からほぼ不動のスタメンとなっている日本代表MFは、この日のリーグ戦先発24試合目も、冷静かつ効果的な81分間で期待に応えていた。

「獲得に動いた理由をピッチ上で証明してくれている。イングランドのフィジカルやインテンシティへの適応が済みさえすれば、巨大なインパクトを示してくれるという確信があった。ハードワークが実り、その確信どおりの姿が今、目の前にある」

 ファルケの言う「今の姿」は、リーグ首位に立つリーズの強さそのものだ。32試合を消化して2位シェフィールド・ユナイテッドとの差が2ポイントしかない点は、毎年のようにチャンピオンシップが「激戦区」と言われる所以でもある。しかし、「47」となっている得失点差は2位の2倍以上。リーグ最多の66得点をあげているリーズにあって、田中は最もボールとチームを前へと動かし得る"6番役"だと言える。

 スタッツサイト「FBref.com」のデータを参照すれば、田中は、ボールを最低10ヤード(約9メートル)前方に届けたパスの本数で、リーグ内8位の「182」を記録している。チームメイトで4位のジョー・ロドンは、短いフィードがあるCB。そしてロドンを含む上位7名は、いずれも田中より長い時間をピッチ上で過ごしてもいる。

 ワトフォード戦で2ボランチを組んだ相棒はグルエフ。前方へのパスが1試合平均「5.47」のブルガリア代表を、田中は「7.55」で上回る。終盤に交代したジョー・ロスウェルは、ボーンマスからレンタル移籍中のベテランMFだが、同パス本数は、同じリーグ戦29試合出場の田中より51本少ない。

【得点にも大きく寄与】

 中盤の底で、「激しさ」よりも「賢さ」で守る日本人ボランチは、リーグ戦でチーム最多となる34回のインターセプトに成功してもいる。ポゼッション志向のファルケ体制下で、リーグ最多のボールタッチ数を記録しているリーズだが、特に一番乗りで「10000タッチ」台に達しているピッチの中盤において、田中という新戦力が攻守両面で試合の主導権をチームにもたらしていると理解できる。

 ワトフォード戦では、珍しく敵にポゼッションを譲る格好となった。だが、試合自体は3点差とした前半からリーズのペース。田中は、スペースを見つけて上がった左インサイドで、チーム最初のシュートチャンスに至るビルドアップに絡んでいる。自軍ボックス内でのパスカットは、2点目を奪うカウンターのきっかけとなった。

 後半に入っても、自陣内からいったん前線の左サイドに届けたボールを、自らも上がって受け取り、巧みなキープからボックス内に走り込む味方へとスルーパス。勝利を動かぬものとした4点目に大きく寄与した。いずれの場面でも、スタンドのアウェー陣営は、すでに「クラブ史上最大級のバーゲン」と認識されている新戦力の働きを、チャントを歌って認めていた。

 チームとしては、カウンターでも完勝を実現できる懐の深さを示し、2部王者としてのプレミア復帰に信憑性を強めることになった。もっとも、試合後に「もっとボールを支配して試合のコントロールを強めたかった」と語った指揮官は、田中へのさらなる期待にも触れている。

「得点面での貢献をより高めてほしい。最近の試合を見てもわかるように、ゴールやアシストをこなす能力は備えている(年明け後のリーグ戦8試合で2ゴール1アシスト)。今日も、あと少しだけ丁寧にシュートを打てていれば、得点できたかもしれない。

 ウチでは、ドイツでやっていた頃よりやや深い位置でプレーしてもらっていることは事実だが、得点に絡めるエリアに顔を出す頻度は増えてきている。彼には、より多くのチャンスを作り出したり、自分でチャンスをものにしたりする自由を与えているし、それを奨励してもいるからね」

 ファルケが言及したのは、ベンチに下がる10分ほど前のシュートシーン。エリア外からダイレクトで放った右足ミドルは、ポストの外側へと飛んだ。直後に両手で頭を抱えた仕草から、好機を逃した本人の悔しさと反省も見て取れた。そのゴールの裏に陣取っていたリーズ・サポーターたちはというと、すぐさま「エ~イ・オゥ」と歌い出していた。

 プレミアへの即返り咲きが叶わなかった昨季、リーグでは3位に終わり、プレーオフ決勝ではサウサンプトンに零封負けを喫した。このチームでは、セントラルMF陣のゴールによる昇格争いへの貢献がゼロだった。新ボランチが、得点面での直接的な貢献度を高めることもできれば、リーズが第1目標の昇格を達成し、田中がファン投票によるチーム年間最優秀選手賞に輝くことは、まず間違いない。イングランド伝統のビッグクラブはもちろん、その中心選手と化している日本代表MFも、プレミアの舞台が相応しい。