図1はこの発明にかかる剥離装置の一実施形態を示す斜視図である。各図における方向を統一的に示すために、図1右下に示すようにXYZ直交座標軸を設定する。ここでXY平面が水平面、Z軸が鉛直軸を表す。より詳しくは、(+Z)方向が鉛直上向き方向を表している。
この剥離装置1は、主面同士が互いに密着した状態で搬入される2枚の板状体を剥離させるための装置である。例えばガラス基板や半導体基板等の基板の表面に所定のパターンを形成するパターン形成プロセスの一部において用いられる。より具体的には、このパターン形成プロセスでは、被転写体である基板に転写すべきパターンを一時的に担持する担持体としてのブランケット表面にパターン形成材料を均一に塗布し(塗布工程)、パターン形状に応じて表面加工された版をブランケット上の塗布層に押し当てることによって塗布層をパターニングし(パターニング工程)、こうしてパターンが形成されたブランケットを基板に密着させることで(転写工程)、パターンをブランケットから基板に最終転写する。
このとき、パターニング工程において密着された版とブランケットとの間、または転写工程において密着された基板とブランケットとの間を離間させる目的のために、本装置を好適に適用することが可能である。もちろんこれらの両方に用いられてもよく、これ以外の用途で用いられても構わない。例えば担持体に担持された薄膜を基板に転写する際の剥離プロセスにも適用することができる。
この剥離装置1は、上部ユニット10、中央ユニット30および下部ユニット50がそれぞれ筐体に据え付けられた構造を有している。図1では装置の内部構造を示すために筐体の図示を省略している。また、これらの各ユニットの他に、この剥離装置1は後述する制御ユニット70(図3)を備えている。
上部ユニット10では、筐体に固定される支持ベース101の上面に1対の支柱102,103がY方向に所定の間隔で並べて立設されており、これらの支柱の上部に梁部材104が架設されている。支柱102,103の(+X)側側面には鉛直方向(Z方向)に延びるガイドレール102a,103aがそれぞれ取り付けられている。ガイドレール102a,103aにはそれぞれスライダ111,112が鉛直方向に摺動自在に取り付けられており、これらのスライダ111,112はY方向に延設されるアーム支持プレート113の両端部にそれぞれ取り付けられている。
アーム支持プレート113の両端部には(+X)方向に延びる1対のアーム114,115が取り付けられており、これらのアームに種々の処理ブロックを装着することができる。この実施形態では(+Y)側の1つのアーム115に処理ブロックとしての上部吸着ブロック120が装着されている。上部吸着ブロック120については後で説明する。
アーム支持プレート113の(−X)側側面にはプレート昇降機構116が設けられ、その上方の梁部材104に取り付けられたモータ105の回転軸と接続されている。モータ105の回転軸が回転すると、その回転運動がプレート昇降機構116に設けられた例えばボールねじ機構などの変換機構によって上下運動に変換され、これによりアーム支持プレート113がガイドレール102a,103aに沿ってZ方向に移動する。これに伴って、アーム115に取り付けられた上部吸着ブロック120もZ方向に移動する。
次に中央ユニット30の構成を説明する。中央ユニット30では、筐体に固定される支持ベース301の上面略中央部にステージ310が設置されている。詳しくは後述するが、塗布層を介して版とブランケットとが密着してなる積層体、またはパターンを介して基板とブランケットとが密着してなる積層体が外部からこの剥離装置1に搬入されると、該積層体はステージ310の上面に載置される。ステージ310はその上に載置される積層体よりも大きな平面サイズを有している。
支持ベース301上においてステージ310の(+Y)側には、ステージ310の上面に載置された積層体の端部を下方へ屈曲させることで剥離を開始させる初期剥離ブロック320が取り付けられている。初期剥離ブロック320については後に詳述する。
下部ユニット50では、筐体に固定される支持ベース501が中央ユニット30の支持ベース301の下方にY方向に延設されており、その上面にガイドレール510が取り付けられている。ガイドレール510にはスライダ511が摺動自在に取り付けられており、スライダ511は押圧ローラブロック520を支持している。したがって押圧ローラブロック520はY方向に移動自在となっている。
押圧ローラブロック520は、中央ユニット30のステージ310の上方でX方向に延設されたローラ521と、ステージ310の下方にX方向に延設された横架部およびその両端からステージ310の上面より上方まで突き出した立設部を有し該立設部でローラ521の両端を回転自在に保持するローラ保持部522と、図1では隠れているがローラ保持部522をZ方向に移動させてローラ521の高さを変化させる昇降機構523(図3)とを備えている。
下部ユニット50はさらにモータ502を備えており、モータ502の回転運動は図示しない変換機構によってY方向の直線運動に変換され、押圧ローラブロック520を駆動する。すなわち、押圧ローラブロック520は、モータ502の回転によって、ガイドレール510に沿ってY方向に移動する。
図2はこの剥離装置の主要部を示す図である。より詳しくは、図2(a)はステージ310の周辺構成の配置を示す斜視図であり、図2(b)はそのY−Z切断面を見た部分断面図である。図において破線矢印は各構成要素の可動方向を示している。
ステージ310には複数の溝が刻設されている。具体的には、最も内側に、ステージ310の中央部分を囲むように矩形環状の環状溝313が設けられている。そして、環状溝313の外側(±X)側、(±Y)側の周囲に隣接して、概略矩形形状をした真空吸着溝314が設けられている。なお真空吸着溝314は環状でなくてもよく、例えば矩形の四辺のうち一部が独立したものであってもよい。
これらの各溝には、実行される処理に応じて適宜陽圧、負圧および大気圧のいずれかが個別に供給される。これにより、ステージ310に載置される物体の吸着および吸着の解除、さらに該物体の浮上が実現される。後述するように、この実施形態では主として、環状溝313が大気圧に解放された大気解放溝として機能する一方、真空吸着溝314には負圧が供給される。
図2(b)からわかるように、ステージ310の上面は略水平の平面である水平面部311と、これに接続し所定の傾き角θを有する平面である傾斜面部312とで構成されている。水平面部311と傾斜面部312とが接する稜線部Eは、X方向に平行な直線状となっている。図では傾きが強調されているが、傾き角θとしては数度程度であり、例えば2度とすることができる。真空吸着溝314は水平面部311のうち稜線部Eの近傍に設けられている。
ステージ310の水平面部311の上方には、ステージ310下方から延びるローラ保持部522により回転自在に保持されたローラ521がX方向に延設配置されている。ローラ521は図示しない昇降機構によりZ方向に移動可能であり、これによりステージ310に対して接近、離間移動する。また、モータ502(図1)の回転によってローラ521は押圧ローラブロック520と一体的にY方向へ移動する。ローラ521は駆動源を有しておらず自由回転する。
ステージ310の稜線部Eの上方には、上部吸着ブロック120(図1)の吸着機構が設けられる。該吸着機構は、X方向に延設されるヘッド部121と、該ヘッド部121にそれぞれ装着されてX方向に並べられた複数の吸着パッド122とを有している。吸着パッド122は例えばゴムなどの弾性材料により形成され、それぞれに負圧が供給されることで、物体を吸着することができる。ヘッド部121は上部吸着ブロック120の昇降機構123(図1)により昇降移動が可能となっており、これにより、各吸着パッド122が一体的に、ステージ310に対して接近、離間移動する。なお、図示を省略しているが、上部吸着ブロック120はさらに、ヘッド部121をY方向に移動させることで各吸着パッド122のY方向位置を調整するための位置調整機構を有している。
ステージ310の傾斜面部312の上方には、初期剥離ブロック320の押圧部材321が配置されている。より具体的には、初期剥離ブロック320は、傾斜面部312の上方でX方向に延設された押圧部材321を有しており、押圧部材321は支持アーム322により支持されている。押圧部材321は、1枚の板状体により略直方体形状に形成され、長手方向に垂直な断面において、その一方短辺に向けて幅が小さくなるテーパーが設けられるとともにその頂部に平坦な頂面が形成される。このような形状の押圧部材321がX方向を長手方向として、また頂面を下向きにして支持アーム322に支持される。押圧部材321はX方向の両端部がそれぞれステージ310の端部よりも外側まで延びており、したがってステージ310に載置される積層体のX方向端部よりも外側まで延設されている。
支持アーム322は、筺体に固定されたベースプレート325に立設された1対のガイドレール326,327に摺動自在に取り付けられた1対のスライダ323,324により支持されている。さらに、初期剥離ブロック320は例えばモータやシリンダ等の適宜の駆動源を有する駆動部328を備えており、駆動部328の駆動力は必要に応じ例えばボールねじ機構などの変換機構によりZ方向の直線運動に変換されて支持アーム322に伝達される。したがって、駆動部328が作動すると支持アーム322がZ方向に昇降移動し、これと一体的に押圧部材321が昇降してステージ310に対して接近、離間移動する。なお、図示を省略しているが、初期剥離ブロック320はさらに、ベースプレート325上でガイドレール326,327をY方向に移動させることで押圧部材321のY方向位置を調整するための位置調整機構を有している。
図3はこの剥離装置の電気的構成を示すブロック図である。装置各部は制御ユニット70により制御される。制御ユニット70は、装置全体の動作を司るCPU701と、各部に設けられたモータ類を制御するモータ制御部702と、各部に設けられたバルブ類を制御するバルブ制御部703と、各部に供給する負圧を発生する負圧供給部704と、ユーザからの操作入力を受け付けたり装置の状態をユーザに報知するためのユーザインタフェース(UI)部705とを備えている。なお、工場用力など外部から供給される負圧を利用可能である場合には制御ユニット70が負圧供給部を備えていなくてもよい。
モータ制御部702は、上部ユニット10に設けられたモータ105、上部吸着ユニット120に設けられた昇降機構123、中央ユニット30の初期剥離ブロック320に設けられた駆動部328、下部ユニット50に設けられたモータ502および昇降機構523などを制御する。バルブ制御部703は、負圧供給部704から吸着パッド122につながる配管経路上に設けられて吸着パッド122に所定の負圧を供給するためのバルブ群V10、負圧供給部704からステージ310に設けられた真空吸着溝につながる配管経路上に設けられて真空吸着溝314に所定の負圧を供給するためのバルブ群V30などを制御する。
図4はステージとこれに載置される積層体との位置関係を示す図である。より具体的には、図4(a)はステージ310に載置される積層体の位置を示す平面図であり、図4(b)はステージ310に積層体が載置された状態を表す部分側面図である。ここでは、最終的にパターンが転写されるべき基板SBと、該基板SBに転写すべきパターンを一時的に担持するブランケットBLとが重ね合わされてなる積層体がステージ310に載置される場合を例として説明するが、ブランケットBLをパターニングする版とブランケットBLとの積層体の場合でも同様に考えることができる。この場合、以下の説明において「基板」を「版」に読み替えればよい。
パターンを介して基板SBとブランケットBLとが密着してなる積層体においては、ブランケットBLが基板SBより大きな平面サイズを有している。このため、基板SBではその全面がブランケットBLに対向しているのに対して、ブランケットBLはその中央部分が基板SBと対向しているが、周縁部は基板SBと対向しない余白部分となっている。基板SBの表面領域のうち周縁部を除く中央部分に、パターンが有効に転写されてデバイスとして機能する有効領域ARが設定される。したがって、この剥離装置1の目的は、ブランケットBLから基板SBの有効領域ARに転写されたパターンを損傷させることなく、基板SBからブランケットBLを剥離させることである。
図4(a)に示すように、基板SBの有効領域ARの全体がステージ310の水平面部311に位置するように、積層体はステージ310に載置される。このときに環状溝313が有効領域ARを完全に取り囲むように、予め環状溝313の配置が決定されている。一方、ステージ310の水平面部311に環状溝313を取り囲むように設けられた真空吸着溝314は、ブランケットBLがステージ310に載置されたときブランケットBLによって塞がれる位置に設けられている。
基板SBの(+Y)側端部は、ステージ310の稜線部Eより僅かに(+Y)側へ突出した位置に配置される。一方、ブランケットBLの(+Y)側端部は、ステージ310の稜線部Eから大きくせり出して傾斜面部312の上方にまで広がる。このため、この部分ではブランケットBLの下面はステージ310に当接しておらず、ブランケットBLと傾斜面部312との間には隙間が空いている。
吸着パッド122は、基板SBの(+Y)側端部の直上で、かつステージ310に設けられた真空吸着溝314よりも(+Y)側の位置となるように、そのY方向位置が予め調整されている。一方、押圧部材321は、傾斜面部312に突出したブランケットBL端部の上方に位置している。このように基板SBとブランケットBLとの積層体がステージ310に載置された状態でCPU701の制御指令に応じて各部が動作することで、基板SBとブランケットBLとの剥離が行われる。
図5は剥離処理を示すフローチャートである。また、図6および図7は処理中の各段階における各部の位置関係を示す図であり、処理の進行状況を模式的に表したものである。この剥離処理は、CPU701が予め記憶された処理プログラムを実行して各部を制御することによりなされる。
オペレータまたは外部の搬送ロボット等によって積層体が搬入されステージ310上の上記位置に配置されると(ステップS101)、ステージ310の真空吸着溝314に負圧が供給されて、積層体がステージ310により吸着保持される(ステップS102)。続いて、装置各部が剥離を実行するための初期位置に配置される(ステップS103)。図6(a)は各部の初期位置を示している。同図に示すように、ヘッド部121が降下されて各吸着パッド122の下面が基板SBの端部上面に当接するが、この時点では吸着パッド122には負圧が供給されておらず単に機械的に基板SBの上面に押し当てられているだけである。また、押圧部材321はブランケットBLの端部付近で、かつその上面からは上方に離間した位置に配置される。さらに、ローラ521は、基板SBの有効領域ARよりも(+Y)側で、かつ真空吸着溝314の位置よりも(−Y)側の位置で、基板SBの上面に当接される。
次に、この状態で押圧部材321を降下させ(ステップS104)、押圧部材321の下端(頂面)をブランケットBLに当接させつつさらに降下させる。このとき、図6(b)に示すように、ブランケットBLの(+Y)側端部が押圧部材321の頂面によって下方へ押し遣られて下向きに屈曲する。稜線部Eよりも(−Y)側、つまり図において左側では、ブランケットBLの下面はステージ310の水平面部311に吸着保持されているためブランケットBLの変形が規制される。したがって、ブランケットBLの屈曲が発生する箇所は、稜線部Eよりも(+Y)側、つまり図において右側に限定される。特に稜線部Eの近傍に応力が集中するため、この部分で屈曲が起きやすくなっている。
X方向に延設された押圧部材321は、X方向において一様にブランケットBLを押圧する。つまり、X方向位置によらず押圧力が一定である。このため、ブランケットBLの曲がり方はX方向において一様となる。すなわち、ブランケットBLはX方向に平行な軸を有する柱面状に屈曲する。また、ステージ310の稜線部EもX方向となっているのでその傾向はより顕著である。
一方、基板SBはブランケットBLよりも剛性の高い材料により形成されており、変形はブランケットBLよりも限定的である。つまり、基板SBの(+Y)側端部はブランケットBLの下方への屈曲に追従せず、自身の剛性により元の水平姿勢に戻ろうとする。このため、下向きに屈曲するブランケットBLと水平姿勢を維持しようとする基板SBとの間に隙間が生じ、部分的な剥離が開始される。つまり、押圧部材321がブランケットBLを押圧することが、基板SBとの分離のきっかけとなっている。基板SBがブランケットBLとともに下方へ屈曲するのを防止するために、ブランケットBLは適度の柔軟性を備えるとともに基板SBはより高剛性である必要がある。また、吸着パッド122は、押圧部材321によるブランケットBLの押圧に伴う基板SBの変形に追従できる、つまり基板SBが一時的に撓んだ場合でも当接状態が解除されないだけの伸縮性を備えている必要がある。
ここではブランケットBLと基板SBとが密着した未剥離の領域を密着領域、既に剥離して両者に隙間ができている領域を剥離領域と称し、さらに密着領域と剥離領域との境界がなす線を剥離境界線と称し符号PLにより表す。ブランケットBLがX方向の軸を有する柱面状に屈曲することから、剥離境界線PLはX方向に沿った単一の直線状となる。
図6(c)は図6(b)の状態における基板SBとブランケットBLとを上方から見た図であり、斜線を付した領域R1、R2およびR3はそれぞれ、ブランケットBLにおいて押圧部材321と当接する領域、ブランケットBLにおいて真空吸着溝314に供給される負圧により吸着される領域、および基板SBにおいてローラ521と当接する領域を示している。同図に示すように、剥離が始まった初期段階では、ブランケットBLの中央側(図において左側)から(+Y)側に向かって、有効領域ARの(+Y)側端部、ローラ521との当接領域R3、吸着される領域R2、剥離境界線PL、基板SBの(+Y)側端部、押圧部材321との当接領域R1がこの順番に並ぶ。
ローラ521と基板SBとの当接領域R3およびブランケットBLが吸着される領域R2よりも外側(図において右側)でブランケットBLが押圧されることで、ブランケットBLの変形が有効領域ARにまで及ぶことが防止される。また、ローラ521の当接位置が有効領域ARよりも外側となっていることで、有効領域AR内のパターンにローラ521からの局所的な押圧力が加わることが回避される。
図5に戻って、こうして押圧部材321の押し当てによりブランケットBLが下方へ屈曲する一方で基板SBが水平状態に戻ることで剥離境界線PLが形成されると、続いて基板SBの上面に当接している吸着パッド122に負圧を供給して基板SBを吸着保持させ、吸着パッド122の上昇を開始させる(ステップS105)。吸着パッド122の上昇と同期してローラ521を基板SB上面に当接させたまま、剥離済みの領域とは反対方向、つまり(−Y)方向へ移動させる(ステップS106)。吸着パッド122の上昇速度およびローラ521の移動速度はいずれも一定速度である。
図7(a)に示すように、吸着パッド122を上昇させると、吸着パッド122に吸着された基板SBの端部が持ち上げられ、ブランケットBLからの剥離が進む。つまり剥離境界線が(−Y)方向(図において左方向)に進行する。ローラ521を基板SBの上面に当接させることで、剥離境界線の進行はローラ521との当接位置までに限定される。ローラ521はX方向に延設されているから、剥離境界線もX方向に延びる直線状となっている。この実施形態では複数(図2では6個)の吸着パッド122をX方向に並設することで、高い吸着保持力を得ている。また、基板SBの端部にできるだけ近い位置で吸着することで、基板SBが確実に持ち上げられるようにしている。
この状態で吸着パッド122を上昇させつつローラ521を一定速度で(−Y)方向に移動させることで、剥離境界線は直線状態が維持されたまま一定速度で(−Y)方向に進行する。すなわち、(−Y)方向を剥離方向として剥離が進行する。有効領域ARよりも外側からローラ521の移動を開始しているので、有効領域AR上方を通過するローラ521の速度は一定となっており、有効領域AR内でパターンがローラ521から受ける押圧力は場所によらず均一である。
こうして吸着パッド122の上昇およびローラ521の移動を継続し、これらが基板SB全体について剥離が完了する終了位置に到達すると(ステップS107)、これらの移動を停止するとともに、ローラ521および押圧部材321を所定の退避位置に移動させる(ステップS108)。この状態で吸着パッド122の吸着が解除されると、ブランケットBLから剥離された基板SBの搬出が可能となる(ステップS109)。続いてステージ310による吸着が解除されると、ブランケットBLの搬出が可能となる(ステップS110)。これらが搬出されて、剥離処理は終了する。
上記した剥離処理の過程において、環状溝313は常時大気解放されている。ブランケットBLは環状溝313よりも外側に設けた真空吸着溝314によって真空吸着されているため、環状溝313が大気解放された状態でもブランケットBLの保持が失われることはない。一方、有効領域ARを取り囲むように設けられた環状溝313を大気解放状態とすることで、次のような利点が得られる。
図8は環状溝および真空吸着溝の作用を説明するための図である。ステージ310の上面(水平面部311)に設けられた真空吸着溝314によるブランケットBLの吸着においては、図8(a)に示すように、真空吸着溝314に供給される負圧により、ブランケットBLとステージ310との間の微小なギャップGに沿って気流Fが生じる。これによりギャップGが負圧となってブランケットBLがステージ310に吸着保持される。
ここで、ステージ310の上面に小さな窪みがある場合を仮定する。このような窪みは、ステージ310の摩耗や他の部材との接触による傷などで生じ得るものである。図8(b)は、ステージ310に大気解放された環状溝313を設けず真空吸着溝314のみを設けた比較例1を示している。この場合、同図に示すように、ブランケットBLとステージ310上面との間に生じる負圧によってステージ310上の窪みDに向かってブランケットBLが引き込まれて部分的に撓み、当該箇所においてブランケットBLと基板SBとの間に隙間ができてしまうことがある。すなわち、ブランケットBLと基板SBとの意図しない局所的な剥離が生じてしまう。図では基板SBとブランケットBLとの間に形成されたパターンPTが基板SB側に付着した例を示しているが、このように偶発的に発生する剥離においては、パターンPTが基板SB、ブランケットBLのいずれに付着するかは管理することができない。また剥離に伴ってパターンPTにせん断力が作用しパターンPTが破断することもあり得る。
これとは別に、ステージ310の上面が部分的に上向きに突出していたり、ステージ310とブランケットBLとの間に異物が挟まることもあり得る。このような場合でも、負圧によりブランケットBLがステージ310上面に倣わせられることで、ブランケットBLが撓んで局所的な剥離が生じたり、パターンPTに対して局所的に強い押圧力が加わることで、パターンPTを損傷することがある。
このように、もしステージ310の上面に例えば傷や異物の付着などの凹凸があった場合、真空吸着によってブランケットBLがステージ310上面に押し付けられると、ステージの凹凸に倣ってブランケットBLも撓んでしまうことがある。これにより、基板SBが撓んだり、基板SBとブランケットBLとの間に挟まれたパターンが歪んだりすることがある。いずれにしても基板SBにパターンを良好に転写するという目的からは好ましくない現象である。
これに対して、図8(c)に示す本実施形態では、ステージ310中央部(図において左側)から見て真空吸着溝314よりも内側に環状溝313が設けられている。環状溝313は例えばステージ310下面に設けられた開口319と接続されて、外部空間と連通している。したがって、ステージ310にブランケットBLが保持された状態であっても、ブランケットBLの下面と環状溝313の壁面との間に形成される間隙空間SPは開口319を介して常に外部空間に連通している。
このため、図において白抜き矢印で示すように、真空吸着溝314に供給される負圧に起因する気流は、外部空間から開口319を介して環状溝313に流入し、さらにブランケットBLとステージ310との隙間を通って真空吸着溝314に流入して排出される。つまり、外部空間から環状溝313に外気が流入することにより、環状溝313よりも内側(図において左側)では、ブランケットBLとステージ310との間に負圧が生じない。
その結果、たとえステージ310に窪みDがあったとしてもブランケットBLが強制的にそれに倣わされることはなく、ブランケットBLは水平姿勢を維持することができる。ステージ310の突出や付着した異物に対しても、それに倣わせるような力がブランケットBLに作用することはない。特に、パターンPTが有効に形成される有効領域ARを取り囲むように環状溝313が設けられることで、少なくとも有効領域AR内においてはパターンPTの損傷を防止することができる。なお、環状溝313よりも内側に吸着溝を設けることは、環状溝313の作用を滅却することになるので好ましくない。
このように、本実施形態では、環状溝313よりも内側の領域ではブランケットBLがステージ310の上面に強く押し付けられることがない。このため、ステージ上面に凹凸があったとしてもその影響が基板SBやパターンに及ぶことは回避される。すなわち、環状溝313は、真空吸着溝314に供給される負圧が有効領域ARまで伝搬するのを遮断する作用を有している。
なお、ブランケットBLの下面と環状溝313の壁面との間に形成される間隙空間SPの気圧については、外部空間の気圧すなわち大気圧と完全に一致することを要するものではない。環状溝313よりも内側のブランケットBLとステージ310との隙間に介在する空気が吸い出されるような大きな負圧が間隙空間SPに生じなければよい。この目的のために、開口319の開口面積および開口319から環状溝313に至る気体の流通経路の断面積については、間隙空間SPを略大気圧に維持するために十分な量の空気を環状溝313に供給することができるような設定とされることが好ましい。
また、この実施形態では、環状溝313が予め外部空間と連通していることから、真空吸着溝314に負圧が供給されるよりも前に、間隙空間SPに外気を導入するための経路が形成されている。負圧がいったん有効領域ARに伝搬すればブランケットBLと基板SBとの剥離が生じてしまうから、これを確実に回避するためには、負圧の供給開始前に気体の流入経路を確保しておく必要がある。
上記のようなブランケットBLから基板SBへのパターン転写においては、ブランケットBLに担持されたパターンを完全な形で基板SBに移行させるためには剥離境界線の進行速度、つまり剥離の進行速度(ここでは「剥離速度」と称する)が一定であることが求められる。特に微細なパターンの場合やパターン形成材料の性質によっては、剥離速度が変化するときにせん断力が加わってパターンが損壊することがあるからである。版からブランケットBLへのパターニングについても同様である。
上記した剥離処理では、予め直線状に形成した剥離境界線を一定速度で進行させることが可能であり、少なくとも有効領域AR内において剥離境界線の進行速度を一定とすることで、剥離速度の変化に起因するパターンの損壊を防止することが可能となっている。
図9は剥離境界線と剥離速度との関係を示す図である。剥離の初期段階で特に分離のきっかけを与えることなく基板SBとブランケットBLとを引き離した場合、図9(a)に比較例2として示すように、一般的には基板SBの両角部から剥離が始まり、剥離境界線PLは当初2箇所に形成された後にそれらが一体化し、最終的にはローラとの当接によって直線状となる。
また、前記した従来技術のようにブランケットを局所的に押し出したり剥離爪を挿入することによって分離のきっかけを与える構成では、図9(b)に比較例3として示すように、きっかけを与えられた部分で局所的に大きな剥離領域ができ、それが次第に広がることで最終的に剥離境界線PLがつながる。
これらの構成では、剥離の初期段階で生じる剥離境界線の形状が管理されておらず一定しない。このため基板とブランケットとの離間を一定速度で行ったとしても、局所的に生じた剥離境界線PLが一体化するときに進行速度の不連続な変動があるほか、うねった剥離境界線PLが直線状に変化する過程では局所的に見れば随所で速度変動が発生している(位置による速度差があるが故に剥離境界線の形状が変化する)。これがパターン損壊の原因となり得る。
これらの比較例でも、基板にローラを当接させることで最終的には剥離境界線を直線とすることは可能であるが、その効果を確実に得るためには、ローラとの当接位置まで剥離が進んだ時点でいったんその進行を止め、その後ローラを移動させながら剥離を行う必要がある。このときに速度変動が生じてしまうため、やはりパターン損壊の原因となる。予めローラを有効領域よりも外側で基板に当接させておけば有効領域内での損壊は防止できるが、ローラをどれだけ基板端部に近づけることができるかで有効領域のサイズが決まってしまい、構造上の制約から有効領域が狭まってしまう可能性がある。
これに対して、本実施形態の剥離処理では、図9(c)に示すように、剥離の初期段階で剥離方向に直交する直線状の剥離境界線PLを形成しており、処理が進行する過程でもその形状は変わることなく剥離方向に進行するのみである。このため、局所的にも剥離速度が終始一定に保たれ、パターンの損壊が防止される。
剥離の初期段階で剥離境界線PLを直線状とするための本実施形態における主たる構成は、ブランケットBLを基板SBから離間する方向に柱面状に屈曲させることであり、ローラ521を当接させることは剥離境界線PLを直線に保ちつつ一定速度で進行させるための構成要素である。この意味において、初期段階におけるローラ521の位置に関わらず、本実施形態では当初より直線状の剥離境界線を生じさせることが可能である。
以上のように、この実施形態では、基板SB(または版)とブランケットBLとがパターン等を介して密着されてなる積層体を、上面が水平面となったステージ310に載置する。そして、積層体の下側構成物に当たるブランケットBLをステージ310により真空吸着保持しながら、積層体の上側構成物に当たる基板SBを上方へ引き上げることにより、ブランケットBLと基板SBとを剥離させる。
このとき、基板SBおよびブランケットBLのパターン等が有効に形成された有効領域ARよりも外側でブランケットBLを吸着し、有効領域AR内では吸着を行わないことで、吸着溝の窪みに倣うブランケットBLの局所的な撓みおよびこれに起因する基板SBからの局所的な剥離を効果的に防止することができる。さらに、有効領域ARよりも外側で真空吸着溝314よりも内側に、外部空間と連通し大気解放された環状溝313を設けているので、真空吸着溝314に供給される負圧は環状溝313で遮断され、有効領域ARまで伝搬することがない。これにより、ステージ310の微小な凹凸や異物にブランケットBLが倣って撓むことに起因する局所的な剥離についても確実に防止することが可能となっている。
また、この実施形態では、剥離の初期段階において、剥離対象物である積層体の一方であるブランケットBLの一端部を他方の基板SBから離間する方向に柱面状に屈曲させることで、両者が密着する密着領域の端部に単一かつ直線状の剥離境界線PLを生じさせる。そして、剥離境界線PLを直線状に維持しつつ、これを一定速度で進行させて剥離を行うことで、剥離速度の変動に伴うパターン損壊を防止しながら良好に剥離を行うことが可能となっている。
ブランケットBLを柱面状に変形させるために、この実施形態では、直線状の稜線部Eを有するステージ310の水平面部311に積層体を載置し、稜線部Eから突出した部分のブランケットBLを押圧部材321で押圧する。このとき、押圧部材321は稜線方向と平行に延びる広い範囲で一様にブランケットBLを押圧する。これにより、ブランケットBLが局所的に撓んでしまうことが防止され、柱面状の変形を安定して確実に生じさせることができる。
以上説明したように、この実施形態では、剥離処理の対象物である積層体のうちブランケットBLが本発明の「第1板状体」に相当し、基板SB(または版)が本発明の「第2板状体」に相当する。したがって、本実施形態におけるステージ310が本発明の「第1保持手段」として、また吸着パッド122が本発明の「第2保持手段」としてそれぞれ機能している。また、吸着パッド122を上昇させる昇降機構123が本発明の「移動手段」として機能している。
また、上記実施形態においては、ステージ310の水平面部311が本発明の「当接平面」に相当しており、これに設けられた環状溝313および真空吸着溝314がそれぞれ本発明の「負圧遮断用凹部」および「吸着用凹部」として機能している。また、この実施形態では開口319およびこれから環状溝313に至る流路が本発明の「気体流入部」として機能している。
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて上述したもの以外に種々の変更を行うことが可能である。例えば、上記実施形態では、基板SBとブランケットBLとが重ね合わされた積層体が、ブランケットBLを下にして水平姿勢に載置される。しかしながら、基板およびブランケットの姿勢はこれに限定されるものではなく任意である。
また上記実施形態では、ステージ310の水平面部311のうち有効領域ARよりも大きな平面サイズの領域を取り囲むように環状溝313を設け、さらにこれを取り囲むように真空吸着溝314を設けているが、これに限定されるものではない。例えば次のような態様であってもよい。なお、本実施形態にかかるステージ形状のいくつかの変形例を以下に例示するが、これらの変形例の説明においては、上記実施形態と同一の構成については同一符号を付して説明を省略し、その特徴部分について主に説明する。
図10および図11はステージの変形例を示す図である。図10(a)に示す変形例のステージ310aでは、上記実施形態では環状に形成された真空吸着溝が2つの部分に分かれている。より具体的には、ステージ310aの水平面部311と傾斜面部312との間の稜線部Eと環状溝313との間に直線状の真空吸着溝314aが設けられ、環状溝313の他の3辺を取り囲むようにコの字型の真空吸着溝314bが設けられる。この変形例では、真空吸着溝314a,314bが一体として上記実施形態の真空吸着溝314と同様の機能を果たす。この場合、例えば真空吸着溝314a,314bへの負圧供給経路を互いに独立させておけば、剥離の初期段階で稜線部E近傍でブランケットBLがステージ水平面部311から浮き上がり真空吸着溝314aの真空が万一破壊されたとしても、他の真空吸着溝314bによる真空吸着が維持されるので、ブランケットBLの保持を維持することができる。同様の目的で、真空吸着溝を多条に設けてもよい。
また、図10(b)に示す変形例のステージ310cでは、上記変形例と同様に2つに区分された真空吸着溝314c,314dが設けられるとともに、環状溝313cの一部がステージ310cの周縁部に向かって延長されている。この延長部313dは、ステージ310cにブランケットBLが載置されたときのブランケットBLの端部よりも外側まで延びており、環状溝313cがブランケットBLに覆われた状態でも当該延長部313dは外部空間に露出している。このため、延長部313dを介して環状溝313cは外部空間に連通し、環状溝313cの内部は常時大気圧となる。したがって、この変形例では、延長部313dが上記実施形態における開口319に代わって本発明の「気体流入部」として機能し、環状溝と連通する開口を別途設ける必要はない。
また、図11(a)に示す変形例のステージ310eでは、上記実施形態と同様の環状溝313の周りに多数の真空吸着孔314eが環状溝313を取り囲むように配置されている。真空吸着孔314eは、ステージ310eにブランケットBLが載置されたときにブランケットBLにより覆われる位置に配置される。このような構成では、各真空吸着孔314eに負圧が供給されることでブランケットBLが吸着保持される。そして、環状溝313により、その内側の領域まで負圧が伝搬することが防止される。
また、図11(b)に示す変形例では、環状溝313が開口を通じて大気解放されるのに代えて、制御ユニットに設けられる気体供給部706から気体が環状溝313に供給される。例えば気体供給部706から環状溝313に至る気体の供給経路に圧力弁を設けて、間隙空間SP内の気圧が所定値よりも低下すると気体供給部706から気体が供給されて環状溝313に流入するような構成としてもよい。気体は空気または不活性気体(例えば窒素ガス)とすることができる。このような構成によっても、真空吸着溝314に供給される負圧が環状溝313よりも内側に伝搬することを防止して、ブランケットBLの変形に起因するパターン等の損壊を防止することができる。この場合、気体供給部706が本発明の「気体流入部」に相当することとなる。なお、外部空間に対して間隙空間SPが正圧になるとブランケットBLを介してパターンに押圧力が加わることになるので、間隙空間SPが大気圧と同程度となるように、気体の流入量が制御されることが好ましい。
また、上記実施形態では、基板SBおよびブランケットBLがそれぞれ真空吸着により保持されているが、基板SBの保持に関しては吸着によるもの限定されない。例えば基板の周縁部を機械爪で把持してブランケットBLから離間させる構成であってもよい。また上記実施形態では基板SBの一端部のみ真空吸着しているが、基板全体を吸着したり、吸着パッドを基板の各所に分散配置するようにしてもよい。