JP5724197B2 - 被覆部材およびその製造方法 - Google Patents
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(1)本発明の被覆部材は、基材と、該基材の少なくとも一部を被覆し、ケイ素(Si)、水素(H)および残部である炭素(C)からなる非晶質炭素膜とを有し、該非晶質炭素膜により最表面が形成される被覆部材であって、前記非晶質炭素膜は、Si濃度が前記基材との界面に臨み該基材の最表面までの該非晶質炭素膜の領域である臨界部よりも、該臨界部から連なり該非晶質炭素膜の最表面までの領域である表面部の方が高く、Siが該臨界部から該表面部にわたって連続的に分布しており、該臨界部に該基材側から該表面部側にかけて該Si濃度が漸増すると共にCが漸減する傾斜部を有することを特徴とする。
ところで、本発明に係るDLC−Si膜がこのように優れた特性を発現するメカニズムは、必ずしも定かではない。現状では次のように考えられる。
すなわち本発明に係るDLC−Si膜は、そのSi濃度が、先ず、高温環境下に曝されたり、相手材と接触したりする基材の表面近傍(表面側)で相対的に高くなっている。これにより、DLC−Si膜の表面部分における耐酸化性や硬さが高まり、高温雰囲気下における被覆部材の耐久性または耐摩耗性等が向上したと考えられる。
いずれにしろ、そのようなDLC−Si膜で被覆された本発明の被覆部材は、高温環境下に曝されたり、高温環境下で使用されたり、さらには冷熱サイクルが繰り返し付与される場合でも、安定的に性能を発揮し得る。
上述した本発明の被覆部材またはDLC−Si膜の成膜方法は特に限定されないが、例えば次のような製造方法により得られる。すなわち、基材を載置した処理炉内を排気して真空状態とする排気工程と、該処理炉内へ少なくともSi、HおよびCを含有する原料ガスを導入して該基材の少なくとも一部に非晶質炭素膜を形成する成膜工程と、を備える被覆部材の製造方法であって、前記成膜工程は、前記処理炉内に導入する前記原料ガス中のSi濃度を該原料ガスの導入前期よりも該原料ガスの導入後期に高くする工程であることを特徴とする製造方法を用いると好適である。
特に断らない限り、本明細書でいう「x〜y」は、下限値xおよび上限値yを含む。また、本明細書に記載した種々の下限値または上限値は、任意に組合わされて「a〜b」のような範囲を構成し得る。さらに、本明細書に記載した範囲内に含まれる任意の数値を、数値範囲を設定するための上限値または下限値とすることができる。
2 ボール・オン・ディスク試験装置
10 チャンバー
11 載置台
12 ガス導入管
13 排気管
14 陽極板
15 基材
16 プラズマ直流電源
20 試験片
21 ボール
200 非晶質炭素膜(DLC−Si膜)
(1)臨界部と表面部
本発明に係る非晶質炭素膜(DLC−Si膜)の少なくとSi濃度(Si組成)は、界面側(基材側)で低く、表面側で高くなっている。この間のSi濃度変化は、界面近傍における局所的な変化でも、膜厚方向(基材界面から膜表面)に向かう緩やかな変化でもよい。もっともDLC−Si膜中のSi濃度変化は、通常、基材の界面近傍で大きく変化し、膜表面側(膜最表面側は必ずしも含まない。)でSi濃度はあまり変化せずに安定している。そこでDLC−Si膜は、通常、基材との界面に臨む臨界部と、この臨界部に連なり表面側へ延びる表面部とに分けて考えることができる。被覆部材の室温域および高温域における優れた特性は、そのDLC−Si膜の表面部が担う。一方、室温域は勿論のこと高温域でもDLC−Si膜を基材に安定して密着保持させるのは、その臨界部が担う。もっとも、臨界部から表面部にかけてSi濃度が過度に急激な変化をすると、使用中に応力集中などが生じて割れや剥離等を招来して好ましくない。そこで臨界部において、Si濃度は連続的に、滑らかに変化すると好ましい。具体的には、Si濃度が基材側から表面部側にかけて漸増する傾斜部を臨界部が有すると好ましい。
ちなみに本明細書では、表面部および臨界部を次のように定義する。その説明図を図5に示した。
(i)先ずDLC−Si膜の全体厚さ(t0=t1+t2)を光学顕微鏡等で確定する。
(ii)次に、そのDLC−Si膜をEPMA分析して得られたSi濃度分布を示す曲線(以下「Si濃度曲線」という。/図4参照)に基づいて、DLC−Si膜の最表面から起算してDLC−Si膜の全体厚さの10〜30%に相当する領域におけるSi濃度を、積分した平均値(平均濃度)を「表面部のSi濃度」と定義する。
(iii)Si濃度曲線中のSi濃度がその平均濃度の1/2となる点Eを求める。この点Eを表面部と臨界部との境界点とする。この境界点を通り、Si濃度曲線の横軸に垂直な線が表面部と臨界部との境界線となる。被覆部材として観れば、その境界点を通る基材表面に平行な面が両者の境界面となる。
(iv)以上を踏まえて本明細書では、その境界線(境界面)からDLC−Si膜の最表面までの領域を「表面部」と、その境界線(境界面)から基材の最表面までの領域を「臨界部」と定義する。
(v)なお本明細書で規定する「臨界部のSi濃度」の上限値は、Si濃度曲線上の境界点におけるSi濃度(平均濃度の1/2のSi濃度)とする。その下限値は、Si濃度曲線上で、基材の最表面から0.5μmだけ境界点側へ移動した点HにおけるSi濃度とする。
Siは、高温環境下におけるDLC−Si膜の耐酸化性、耐久性、硬さ、耐摩耗性などの有効な元素である。Si濃度が過小ではこれらの効果が十分に得られず、Si濃度が過大になると、DLC−Si膜の硬さは向上するが脆化し耐久性が低下し得る。また、Si濃度が過大になると、DLC−Si膜のヤング率も過大となり、DLC−Si膜に作用する応力も過大となって割れなども生じ易くなる。ちなみにDLC−Si膜のヤング率は、Si濃度が30原子%のとき190GPa、Si濃度が10原子%のとき100GPaとなり、Si濃度の増加と共にヤング率も増加する。
本発明に係るDLC−Si膜の膜厚は問わない。もっとも、耐久性等を確保する観点から、1〜50μmさらには3〜30μm程度であると好ましい。膜厚が過小では耐久性等に乏しく、過大になると割れや剥離を生じ易くなる。
本発明に係るDLC−Si膜の硬さも問わない。もっとも、耐摩耗性等を確保するため、DLC−Si膜の表面は、室温域でビッカース硬さがHv800〜3000であると好ましい。また高温環境下におけるDLC−Si膜の耐摩耗性や耐久性等を確保するために、400℃でHv600以上、500℃でHv500以上あると好ましい。
(1)DLC−Si膜により被覆される基材は、その材質、表面性状、形状、形態等はとわない。DLC−Si膜の成膜が可能である限り、基材は導電性材でも、非導電性材(絶縁材)さらには半導体等でもよい。例えば、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄、アルミニウム合金、チタン合金等の金属製基材、超鋼、アルミナ、窒化ケイ素等のセラミックス製基材等が対象となる。
また基材の表面に微細な凹凸が形成されていると、アンカー効果が生じてDLC−Si膜の密着性が高まる。このような基材の表面性状は、例えば、ガス窒化、塩浴窒化またはイオン窒化等の窒化処理、グロー放電またはイオンビーム等のイオン衝撃、研磨処理等などにより得られる。
(1)本発明に係るDLC−Si膜は、上述したようなSi濃度が得られる限り、いずれの方法で成膜されてもよい。例えば、化学蒸着法(CVD)や物理蒸着法(PVD)などを用いることができる。具体的には、プラズマ化学蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等により成膜できる。中でも、基材の形状にかかわらず、比較的安価に成膜できるプラズマ化学蒸着法(以下「プラズマCVD法」という。)が好ましい。
本発明の被覆部材は、その用途を問わないが、室温域は勿論のこと高温域でも、耐酸化性、耐食性、耐摩耗性、耐衝撃性、絶縁性等が要求される部材に使用できる。例えば、ブレーキ、クラッチ、工具、治具、金型、刃具、ポンプ部材、ベーン、ダイス、パンチ、高温環境下で使用される各種部材等である。
基材表面が非晶質炭素膜で被膜された供試材を以下のように製造した。
(1)直流プラズマCVD成膜装置
図1に示す直流プラズマCVDを行う成膜装置1を用いて、基材15に非晶質炭素膜を成膜した。成膜装置1は、円筒形の炉室をもつステンレス鋼製のチャンバー10と、このチャンバー10内に配置された載置台11と、チャンバー10の上方内に連通するガス導入管12と、チャンバー10の下方内に連通する排気管13とを備えてなる。
ガス導入管12には、マスフローコントローラ(MFC:図略)が設けてある。このMFCの上流側には、種々の原料ガスが個別に封入された複数のガスボンベ(図略)が接続されている。MFCにより、チャンバー10内へ導入するガスの種類、配合、流量等を制御できる。これにより、非晶質炭素膜の組成等が調整可能となる。
チャンバー10の内壁が陽極板14を兼ねる。この陽極板14と陰極側となる載置台11との間に、プラズマ直流電源16が直流電圧を印加する。なお、プラズマ直流電源16の正極および陽極板14は接地されている。
基材15の表面への成膜は、具体的には次のようにして行った。
先ず、チャンバー10内の載置台11上に基材15を載置した。この後、チャンバー10を密封し、排気管13から排気して、チャンバー10内の到達真空度を6.7×10−3Paにした(排気工程)。排気後のチャンバー10内へ、ガス導入管12から、水素ガスを15sccm(standard cc/min:以下単に「sccm」という。)の流量で導入し、チャンバー10内の圧力を約133Paとした。この後、陽極板14と載置台11との間に200Vの直流電圧を印加し、グロー放電を開始させた。こうして基材15の温度が500℃になるまでイオン衝撃による昇温を行った(予熱工程)。なお、基材15の表面温度は、チャンバー10の側面から炉外へ突出する透光窓(図略)を介して赤外線放射温度計(図略)により測定した(表面温度の測定は以下同様の方法で行った)。
上記の成膜を行う基材として、次の3種類を用意した。基材a:ステンレス(JIS SUS304C)からなるディスク(φ30x厚さ3:mm)、基材b:ステンレス製(JIS SUS440C)からなるボール(φ6:mm)、基材c:高速度鋼(JIS SKH51)からなる板片(13x13x5:mm)である。表1〜4の試験No.に付した添字は基材の種類を意味する。
各供試材の非晶質炭素膜中のC濃度、Si濃度おおびH濃度は次のように求めた。先ず、電子プローブ微小部分析法(EPMA)を用いた測定により、膜中に存在するCとSiの量比(原子比)を求める。次に、あらかじめ燃焼法で求めた膜中のH量と弾性反跳粒子検出法(ERDA)法で求めた電子線強度との関係から膜中に存在するHの原子割合(原子%)を求める。これらの結果に基づき、膜全体を100原子%として、膜中のC、SiおよびHの原子%を特定した。ちなみに、ERDAは、2MeVのヘリウムイオンビームを膜表面に照射して、膜からはじき出される水素イオンを半導体検出器により検出し、膜中の水素濃度を測定する方法である。
(1)耐酸化性(表1:試験No.1a〜C2a)
上記の基材aに非晶質炭素膜を設けた供試材の耐酸化性を調べた。具体的には、表1に示した各供試材を電気炉に入れ、350〜550℃x1時間の大気中に曝して酸化させた。この加熱前後の各供試材の重量(質量)変化を調べた。この結果を表1に示した。
上記の基材cに非晶質炭素膜を設けた供試材の高温硬さを調べた。具体的には表2に示した各供試材について、400℃および500℃の真空中における表面硬さを、ビッカース硬さ計を用いて荷重25gで測定した。この結果を表2に示した。ちなみに、これら各供試材の非晶質炭素膜の厚さは約12μmであった。
図2に示すボール・オン・ディスクタイプの試験装置(CSM INSTRUMENTS社製 高温摩擦試験機)2を用いて、各供試材の摩擦摺動特性を調べた。ボール・オン・ディスク試験装置2は、基材aからなるディスク20を回転させる回転装置(図略)と、基材bからなるボール21(相手材)のディスク20上への押付け荷重を付与する荷重装置(図略)を備える。この装置を用いて、ボール21の荷重1N、摺動速度0.2m/s、摺動距離600mの条件下で摩擦摩耗試験を行った。この際、ディスク20を300〜480℃に加熱した。
スクラッチ試験機(CSM INSTRUMENTS社製 AEセンサー付き自動スクラッチ試験機 REVETEST RST)を用いて、DLC−Si膜の密着性を調べた。DLC−Si膜の成膜直後の供試材と、DLCその成膜後に冷熱サイクルを与えた供試材についてそれぞれ、密着力を測定した。その結果を表5に示した。冷熱サイクルは、「成膜後の供試材を大気雰囲気の加熱炉内に入れて500℃で5分間保持した後、3℃冷却水に2分間浸漬し、その後500℃の前記炉内に戻す」という操作を50回繰り返しておこなった。表5の試験No.Saで用いた供試材は、TMS量を漸増させず導入当初から一定量をチャンバー10に供給して製造したものである。この点を除けば、表1に示した試験No.2aで用いた供試材と成膜方法は共通する。
(1)耐酸化性
表1に示す結果から解るように、DLC−Si膜で表面が被覆された供試材(No.1a、No.2a)では、高温加熱されてもその前後で重量変化がほとんどなかった。つまり350〜550℃という高温の大気中にあっても、非常に安定した耐酸化性を示すことが明らかとなった。
一方、Siを含有しないDLC膜で被覆された供試材(No.C1a)では、高温加熱すると供試材の重量が大きく変化した。特に、500℃で加熱すると酸化が激しくDLC膜が消失した。
この試験から、耐酸化性ひいては耐熱性の確保には、Siを含有したDLC−Si膜であることが必要であることがわかった。特に500℃以上の高温域でも耐え得るには、Siを少なくとも6原子%以上含有していることが必要であった。
表2に示す結果から解るように、DLC−Si膜で表面が被覆された供試材(No.1c、No.2c)は、500℃という高温加熱下でも、非常に大きな硬さを保持していた。一方、Siを含有しないDLC膜で被覆された供試材(No.C1c)は、高温加熱すると、400℃で硬さが急減し、500℃では測定すらできない状況であった。
ちなみに、基材c自体の硬さは、加熱前にHv1100、500℃でHv650となる。本発明に係るDLC−Si膜を設けると、基材自体よりも硬質になることがわかる。特に表面部のSi濃度が22%程度になると、500℃でも基材の常温硬さに相当する硬さをほぼ維持することもわかった。
先ず表3に示す結果から解るように、適量のSiを含むDLC−Si膜で表面被覆された供試材同士を摺接させた場合(No.2ab〜7ab)、摩擦係数は300〜480℃の高温域であまり変化せず、いずれも0.4以下で安定していた。
上述した優れた耐酸化性、高温硬さおよび高温摩擦摺動特性の発現に、DLC−Si膜の表面部が寄与していることは明らかであるが、そのDLC−Si膜を基材との界面近傍で支持する臨界部も、DLC−Si膜の耐熱性の向上に非常に大きく寄与している。
Claims (6)
- 基材と、
該基材の少なくとも一部を被覆し、ケイ素(Si)、水素(H)および残部である炭素(C)からなる非晶質炭素膜とを有し、該非晶質炭素膜により最表面が形成される被覆部材であって、
前記非晶質炭素膜は、Si濃度が前記基材との界面に臨み該基材の最表面までの該非晶質炭素膜の領域である臨界部よりも、該臨界部から連なり該非晶質炭素膜の最表面までの領域である表面部の方が高く、Siが該臨界部から該表面部にわたって連続的に分布しており、該臨界部に該基材側から該表面部側にかけて該Si濃度が漸増すると共にCが漸減する傾斜部を有することを特徴とする被覆部材。 - 前記表面部は、前記Si濃度が8〜30原子%である部分を有する請求項1に記載の被覆部材。
- 前記表面部は、H濃度が20〜40原子%である部分を有する請求項1または2に記載の被覆部材。
- 前記臨界部の厚さは、前記非晶質炭素膜全体の厚さに対して50%以下である請求項1に記載の被覆部材。
- さらに、前記基材と前記非晶質炭素膜との界面近傍に介在する中間層を有する請求項1〜4のいずれかに記載の被覆部材。
- 基材を載置した処理炉内を排気して真空状態とする排気工程と、
該処理炉内へ少なくともSi、HおよびCを含有する原料ガスを導入して該基材の少なくとも一部に非晶質炭素膜を形成する成膜工程と、
を備える被覆部材の製造方法であって、
前記成膜工程は、前記処理炉内に導入する前記原料ガス中のSi濃度を該原料ガスの導入初期から漸増させるSi濃度漸増工程を含み、
請求項1〜5に記載の被覆部材が得られることを特徴とする被覆部材の製造方法。
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