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JP3756795B2 - 多重熱サイクルを受けた溶接熱影響部の靱性に優れた高張力鋼 - Google Patents

多重熱サイクルを受けた溶接熱影響部の靱性に優れた高張力鋼 Download PDF

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JP3756795B2 JP2001310285A JP2001310285A JP3756795B2 JP 3756795 B2 JP3756795 B2 JP 3756795B2 JP 2001310285 A JP2001310285 A JP 2001310285A JP 2001310285 A JP2001310285 A JP 2001310285A JP 3756795 B2 JP3756795 B2 JP 3756795B2
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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、溶接によって構造体を製造する上で必要な、溶接熱影響部の靱性に優れた高張力鋼に関し、詳しくは耐圧性能を要求される鋼管用鋼、容器用鋼、および土木、建築用高張力鋼、あるいは低温環境に曝される高強度構造体ないしは高強度耐圧構造体などに用いられる高張力鋼に関する。
【0002】
【従来の技術】
構造部材の強度を高めて構造体重量を低減したり、組立の際の工数を低減する技術開発は従来より盛んであり、これらを目的として600MPa超級の引張り強さを有する、いわゆる高張力鋼板が開発されてきた。
近年では特に、地球環境および資源保護の観点から、高効率のエネルギー採取、変換技術が注目されており、水素、天然ガスあるいは原油の高圧輸送、貯蔵システムや、それらを電気エネルギーに変換した後の貯蔵技術としての揚水発電に関する技術開発が進んでいる。なお、本発明で表記する「高張力鋼」とは、引張り強さが約750MPa を超える鋼であり、請求項あるいは以下の本発明においては全て750MPa 以上の引張り強さを有する鋼に関する。
【0003】
これらの技術を可能ならしめる重要な技術要素は、溶接構造で構成される構造体を形成する高張力鋼板の開発と実用化である。したがって、上記技術開発と並行して高張力鋼板の開発研究が進められてきた。
例えば特開昭63−266023号公報、特開平2−133521号公報および特開平2−141528号公報にはそれぞれ、直接焼入れあるいは調質処理によって、焼入れ性の高い化学組成を有する鋼板から目的とする高張力鋼板を製造する技術についての開示がある。また、特開昭61−56268号公報には高靱性高張力鋼を製造する方法に関する技術の開示がある。
【0004】
しかし、これらの技術はいずれも鋼板そのものの特性、すなわち溶接施工前の鋼板の製造方法に関する技術であって、製造された鋼板が溶接によって構造体となった場合に必要な、継手の特性を確保する技術に関しては記載が無く、またその特性に関しても詳細は明らかではなかった。
【0005】
これらの高張力鋼は鋼板の製造技術を改善して、強度靱性バランスを実現したとしても、その後に受ける溶接熱影響が鋼板の変態点を超える温度である場合、すなわち鋼板の溶接継手における熱影響部においては、鋼板素材で獲得した金属組織的特徴が全て失われる場合が多く、結果的に継手の強度靱性バランスは実現できない場合があることが、本発明者らの詳細な調査によって明らかとなった。
【0006】
引張り強さが750MPa以上と極めて高い強度を有する鋼板の溶接には、溶接金属および鋼板が予め焼入れ性高く設計されていることから、溶接後の冷却時に発生する溶接金属の収縮に起因した熱間割れ、あるいは水素誘起割れなどを回避するために比較的入熱の低い溶接を採用する傾向がある。その際には溶接パス数が必然的に多くなり、鋼板の厚みが増すと同時に溶接熱影響部が受ける熱サイクルは、複数回の変態点以上の温度への再加熱を受けることとなり、継手の金属組織は極めて複雑となる。その中でも、第一回目の溶接時に融点近傍まで加熱される、いわゆる溶接ボンド近傍では、鋼板母材の結晶粒が粗大となる場合があり、この部位がさらなる複雑な多重熱サイクルを受けた場合に靱性が安定しなくなる場合があることを見いだした。高強度部材の溶接継手靱性の不安定化、すなわち局部的な劣化は、たとえそれが局所的ではあっても、高張力鋼板を使用する構造体の使用目的を考慮すると、構造体そのものの実現性を危うくする可能性が大であり、極めて重要な知見かつ課題と認識することができる。
【0007】
なお、本発明において「多重熱サイクル」とは、上記のように第一回目に溶接ボンド近傍と同等の熱サイクル、具体的には最高加熱温度が1350〜1450℃であり、保持1秒以上の急速加熱冷却を伴う熱サイクルを受け、続いて上記以下の温度であってかつ材料のAc1 変態点以上の温度に少なくとも1回再熱される熱サイクルのことを意味するものとする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らはさらなる研究を進め、その靱性低下が多重熱サイクルによって微細化した結晶の局部的な焼入れ性と相関を有することを見いだした。また、この局部的な焼入れ性は母材鋼板の焼入れ性そのものを高める、間接的な手段では容易には向上できず、その制御には母材の一定値以上の焼入れ性の確保と、多重溶接熱サイクル時に結晶粒界からの再変態を遅延させる効果を有するBの高度有効利用技術が必要であることを見いだした。
【0009】
実質的にBを有効に利用し、多重溶接熱サイクル時の溶接熱影響部靱性を確保するには、一定の焼入れ性を確保する鋼成分、および熱サイクル時に粒界からの核生成を抑制するに十分な量の有効B量確保が同時に必要であり、本発明は該目的を達成するためになされたもので、その要旨は以下の通りである。
【0010】
[1]質量%で、
C :0.11〜0.20、
Si:0.01〜0.50、
Mn:0.50〜2.00、
Ni:1.00〜4.50、
Cr:0.10〜1.00、
Mo:0.10〜1.00、
Nb:0.003〜0.050、
V :0.010〜0.30、
Al:0.005〜0.080、
B :0.0005〜0.0050
を含有し、加えて
Ti:0.003〜0.050
を含有し、上記各種元素濃度と、実験的パラメータからなる以下の式の値が200以上であって、
PDH =D×(α×PFB +β) −−−−−−−−−−−−−−−−−−(1)
ただし、Dは理想臨界焼き入れ直径の値
PFB=(含有Bppm)−11/14([ 含有Nppm] −14/48[含有Tippm])
α=2、β=25
かつ
N<0.007
P<0.03
S<0.005
O<0.010 に制限し、
残部はFeおよびその他の不可避的不純物よりなることを特徴とする、板厚が25〜200mmである事を特徴とする、多重熱サイクルを受けた溶接熱影響部の靱性に優れる高張力鋼。
【0011】
2 1 に記載の鋼に、さらに質量%で、
Cu:0.05〜1.0%、
Co:0.05〜1.0%、
を含有することを特徴とする、多重熱サイクルを受けた溶接熱影響部の靱性に優れる高張力鋼。
【0012】
3 1 または 2 に記載の高張力鋼であって、圧延終了温度が800 ℃以下の場合に、第(1) 式に記載のパラメータPFB を、圧延条件である圧延開始温度と圧延終了温度の差
ΔTR=(圧延開始温度)−(圧延終了温度) (℃)
を用いた補正PFB値であるMFB値
MFB=PFB+ΔTR/5
をPFB値の代わりに用いる時、第(1) 式の計算値が200を超える事を特徴とする、多重熱サイクルを受けた溶接熱影響部の靱性に優れる高張力鋼。
【0013】
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明を実施するにあたって、鋼板の化学成分を請求項1および2に記載の範囲で限定し、一定値以上の焼入れ性を確保すると同時に、第(1) 式の値が200以上となるようにさらに化学成分を調整する必要がある。
最初に、本発明鋼の化学成分を請求項の範囲で決定した理由を詳細に述べる。
【0015】
Cは鋼材の金属組織制御に必要であって、焼入れ性を高める効果を通して引張り強さ、耐力を決定し、鋼板の靱性を決定するのに有用である。本発明を適用する鋼の強度、約600MPa以上の強度を獲得するには0.11%が必要であり0.20%超の添加では強度向上は果たすものの、構造物としての鋼板あるいは溶接継手の靱性を損なう場合があることから、0.11〜0.20%を添加範囲とした。
【0016】
Siは脱酸を目的として主に添加する。0.01%未満では鋼中酸素濃度が高くなって鋼板の靱性が低下する場合があり、また0.50%を超えて添加する場合にはCと同様に強度向上効果よりも脆化が顕著となり、鋼板の靱性を損なうため、0.01〜0.50%の範囲で添加することとした。
【0017】
Mnは焼入れ性および強度向上に重要な元素であって、特に低温変態を助長する効果があって鋼の組織微細化に有効である。0.50%以上の添加で効果が有効に発現し、2.00%超の添加では溶接割れが発生しやすくなり、施工性が低下することから、0.50〜2.00%の範囲で添加することとした。
【0018】
NiはMnと同様に低温変態を促進して鋼材の強度を向上させる。さらに、積層欠陥エネルギーに作用して靱性を向上させる効果を有する。1.00%未満の添加では低温変態促進効果が少なく、また多重サイクルの溶接熱影響部において、後述するように、有効Bによる靱性向上をより安定的に達成することができない場合があるため、下限値として1.00%を決定した。また、4.50%超の添加ではAr 1 変態点が低下しすぎるために熱処理が困難となり、製造性が低下することから上限を4.50%とした。
【0019】
Crは焼入れ性を最も高める元素であって、強度と靱性の向上に寄与する。0.10%未満では効果が少なく、1%を超えて添加する場合、Crを含有する炭化物の析出が増加し、鋼材が脆化する場合があるため、添加範囲を0.10〜1.00%と決定した。
【0020】
MoはCrと類似する効果を有するとともに、Feとの原子半径差が大きいことから固溶強化に有用である。0.10%未満では添加効果が発現せず、1.00%を超えて添加するとCrと同様に粗大炭化物を多数生成して鋼材が脆化する場合があるため、成分範囲を0.10〜1.00%に決定した。
【0021】
NbはNbCとして析出し、結晶粒界と相互作用を有する。すなわち、結晶粒と組織の制御に有効である。また、析出物そのものは微細でかつ基材との整合性が高いために析出強化能を有し、微量添加で強度向上を実現できる。0.003%未満の添加では効果が少なく、0.050%を超えて添加すると粗大な炭窒化物として析出し、かえって鋼材の靱性を劣化させる場合があるため、添加範囲を0.003〜0.050%に限定した。
【0022】
Vは炭化物として析出して、強度を析出強化を通じて高める。0.010%未満の添加では効果が少なく、0.30%超の添加では粗大な炭化物を形成し、鋼材の靱性を劣化させる場合があるため、その添加範囲を0.010〜0.30%に決定した。
【0023】
Alは主要な脱酸元素であって、主に製鋼工程の転炉吹錬後に添加して鋼中酸素濃度を効果的に低減する。0.005%の添加が、鋼中酸素濃度低減に必要であり、0.080%を超えて添加した場合にはAl 2 O 3 を主体とする酸化物クラスターを生成して鋼材の靱性を劣化させるので、添加範囲を0.005〜0.080%とした
【0024】
Bは本発明の技術の根幹をなす元素であって、その有効利用が多重溶接熱サイクルを受けた継手のボンド近傍における靱性を高めるのに必要である。同時にBは厚肉鋼板の板厚中心部までの焼入れ性を高める効果が高く、極微量の添加で板厚方向に均質な機械的特性を実現する。0.0005%未満の添加では殆ど効果が無く、0.0050%を超えて添加した場合には、鋼塊の最終凝固部位を中心に、粗大な炭硼化物を形成するために鋼材の靱性が劣化することから0.0005〜0.0050%に添加範囲を決定した。しかし、単純に請求項に記載した範囲のBを添加しても、その継手靱性を安定して確保することは困難であって、このBを有効に利用するためには、鋼中に含まれる窒素のうち、窒化物として析出していない固溶窒素を低減する事が重要である。固溶窒素低減はBとNの原子対形成を抑制、あるいはM23(BC)6型炭硼化物の生成抑制を通じて間接的に固溶B量増加に寄与する。多重熱サイクルを受けても窒素を固定する能力を有する工業的に有効な元素として、本発明ではTiを選択した。0.003%未満のTi添加では、窒素濃度が比較的高い場合に十分な効果を発揮せず、0.050%を超えて添加した場合にはTiN−TiCのクラスターを形成して鋼材の靱性を損なうことがあることから、添加量範囲は0.003%〜0.050%と決定してある。
【0025】
しかるに、Tiを上記の成分範囲で添加した場合でも、多重熱サイクルを受けた溶接継手の靱性を安定して確保することはできない。上記の有効Bを多重溶接熱サイクル下でも常に確保し続け、安定して継手靱性を高めるにはさらに諸成分の詳細設計が必要であって、本発明者らの多数の研究結果をもって経験的に決定した第(1) 式の多重熱サイクル溶接継手靱性評価パラメータPDH が200 以上の値になるように化学成分を厳密に制御する必要がある。すなわち、
PDH =D×(α×PFB +β) −−−−−−−−−−−−−−−−−−(1)
ただし、Dは理想臨界焼入れ直径の計算値であり、例えば以下のような計算式が考えられる。
D= 0.367(C%) 0.5×(1+0.7Si)(1+3.33Mn)(1+0.35Cu)(1+0.36Ni)(1+2.16Cr)(1+3Mo)×(1+1.75V)(1+1.77Al) −−−−−−−−−−−−(2)
また、他のパラメータは以下の通りである。
PFB=(含有Bppm)−11/14([ 含有Nppm] −14/48[含有Tippm])
α=2、β=25
【0026】
ここでαとβは実験結果に基ずく定数であり、それぞれに物理的な定数を含む一定値である。本発明鋼の請求項にある成分範囲において有効である。Dは一般に鋼材の焼入れ性を評価する際に多く用いられ、種々の実験式があるが、本発明では第(2) 式のものを計算に使用した。Dの値はαおよびβとともに、評価指標の値に直接影響を与えるが、鋼材の化学成分が決まれば各種の提案式の間でそれほど大きな差は生じず、計算値の変動は少ない。
上記(1) 式の制限下に、請求項に記載の鋼を設計する場合のみ、本発明が目的とする多重溶接熱サイクルを受けた溶接継手のボンド近傍組織の靱性を安定して高めることが初めて可能となる。
【0027】
第(1) 式およびしきい値は概略、以下に示す実験によって決定した。
請求項1および2に記載の範囲の成分を有する鋼を真空溶解炉を用いて100kgのインゴットに溶解、鋳造し、その後900〜1200℃に再加熱して70%以上の板厚減少を伴う圧下率で熱間圧延し、圧延終了と同時に水冷して直接焼き入れ組織とするか、あるいは圧延まま放冷した後に900〜1100℃に再加熱して水槽中に焼き入れ、マルテンサイト〜下部ベイナイトの組織を有する鋼板試験片を得た。板厚は25〜100mmとした。続いて、鋼板試験片は500〜700℃の各種温度で必要に応じて焼き戻し、強度を調整した後に12mm角の断面を有する熱サイクル試験片を採取し、これに溶接入熱10000〜50000J/cm相当の溶接熱サイクルを付加し、引き続いて900〜1300℃の範囲で種々の中間温度熱サイクルを1回以上付加して、靱性を調査した。このようにして得た試験片は全断面にわたって理想的に均質な組織を有しており、種々の組織が混じる実際の溶接継手に比較して因子抽出が容易ではあるが、同時に過酷な試験となる。この時、多重熱サイクルを受けた熱影響部相当の組織を有する試験片の−60℃におけるシャルピー吸収エネルギーを測定し、その値を溶接構造材料を仮定した場合の一般的な基準である47Jをしきい値と比較することで継手靱性を評価した。図1はPDH値と吸収エネルギーの関係の例を示したものである。PDH値が200を超えないと、化学成分範囲が本発明の請求項1および2に記載の範囲にあっても高い継手靱性を安定して得ることができないことが判る。
【0028】
また、上記パラメータは鋼板母材そのものの化学成分設計に負うところが大きいが、鋼の製造上、板厚が比較的厚い場合には、圧延後に生成する組織を積極的に制御して靱性を高める手法が有効である。すなわち、圧延終了後速やかに冷却する事で低温変態を促進し、上記NiあるいはMnを増加したのと同等な効果を金属組織に与えることが可能であり、かつ工業生産的な見地からは安定した特性を鋼材に与えることが可能となる。従って、本発明では多重溶接熱サイクルを受ける溶接継手ボンド近傍の靱性向上効果とは別に、本発明の技術を適用できる鋼板そのものの特性を確保すべく、適当な冷媒による圧延後加速冷却を施すことが可能であり、また本発明の効果を幅広く活用することが可能となる。
【0029】
また、Bの効果は溶接熱サイクル条件と密接に関係するが、急速加熱を伴う溶接熱サイクル時には、必ずしも第一回目の高温熱サイクルにおいて、圧延中あるいはその後の冷却時に析出した析出物は再固溶しない場合もある。最終的に多重溶接熱サイクル後の固溶Bを増加させるためには、溶接施工前にBが粗大かつ安定な炭硼化物を形成していては目的とする効果が得られない可能性があることもまた、本発明者らの研究によって明らかとなった。従って、鋼板の製造段階で予めBを完全に固溶状態におくか、あるいは微細な炭硼化物として鋼中に存在させておくことが望ましい。そのためには熱間圧延終了後に生じる、Bの再結晶時の粒界偏析は少ないほど良い。すなわち、非平衡偏析によって粒界にBが集まると、ここで粗大な炭硼化物が析出しやすくなるためである。圧延開始温度は鋼の化学成分および製造工程で決定するものであり、鋼種によっては選択の自由度が小さい。しかし、圧延終了温度は圧延装置の能力が十分に大きい場合に、これを比較的低くとることができて、再結晶後の粒界移動を小さくすることが可能となる。そこで、本発明では圧延開始から終了までの温度降下に着目して研究を重ねた結果、温度降下の大きさを指標にとって有効Bの効果に加算できることをもまた、初めて見いだした。すなわち、圧延終了時の温度が800 ℃以下となる場合には、第(1) 式で用いるパラメータPFB に代えて次式で示されるMFB 値
MFB=PFB+ΔTR/5
ここで ΔTR=(圧延開始温度)−(圧延終了温度) (℃)
を用いることが可能である。
【0030】
圧延終了温度が低すぎる場合には鋼板に加工歪みが多量に導入され、靱性が劣化する場合があった。また、圧延開始と終了温度差を小さくとる圧延条件では、結果的に圧延開始温度が低すぎ、板厚方向に均質な機械的特性を得難い場合があった。これらの実験結果をもとに、MFB 値の式の形態と係数を経験的に求めた。
【0031】
本発明の実施形態の骨子は以上述べたごとくであるが、化学成分の観点からは、NiあるいはMnと同様な効果を有するCuあるいはCoを単独に、あるいは併用して添加することができる。両元素とも0.005%未満では効果が全く無く、1.0%を超えて添加した場合、Cuでは粒界脆化、Coでは製造コストの著しい上昇を招くため、その添加範囲を0.005%〜1.0%ととした。
また、本発明鋼では不純物に相当するN、P、S、Oはそれぞれ含有上限を0.007%、0.03%、0.005%、0.010%に制限して、固溶B量確保による継手の靱性向上を図っている。
【0032】
なお、本発明鋼の適用可能板厚範囲は、圧延前のスラブから鋼板に至るまでの厚減比を2.3以上確保できる場合には、請求項1および2に記載の化学成分で決定される焼入れ性の指標を参考に、最大200mm、最小25mmとした。板厚が上限値を超える場合には板厚中心の焼入れ性を十分に確保できなくなるため、鋼材化学成分の再設計が必要となる。また、板厚が下限値を下回る場合にはより安価な化学成分で本発明の技術を実現可能であり、工業的に生産コストが高くなる。
【0033】
本発明の実施にあたっては、通常の高炉−転炉を経る製銑−製鋼工程が適用でき、また電気炉法など、種々の溶解−製錬工程を適用する事が可能である。また、鋳造は連続鋳造でも造塊法でも良く、その他の炭素鋼あるいは低合金鋼を造塊する方法は全て適用可能であって本発明の効果に何ら支障はない。さらにはこれら工程に使用する耐火物などにも特段の制限はない。
【0034】
本発明の効果発現に重要な工程は熱間圧延、あるいは鍛造であって、圧延前加熱温度、時間、冷却、圧延開始温度、終了温度は特段の制限はないが、溶接継手における有効Bの指標として重要なパラメータPDH は圧延仕上げ温度の違いによって異なったパラメータPFB あるいはMFB をとることに留意して製造する必要がある。製造に際して圧延後の直接焼入れ技術を採用することは好ましいが、必須の条件ではなく圧延、冷却後の再加熱による焼入れ、焼準し、あるいはそれらの併用ないしは繰り返しは何れも本発明の効果発現に支障を来さず、適用することができる。
【0035】
組織制御後に機械的特性調整のためのいわゆる焼鈍、あるいは応力除去などもまた本発明の効果に何ら支障を与えず、単独であるいは併用してまたは繰り返して適用することが可能であり、本発明技術の適用範囲を拡大することができる。
【0036】
また、請求項1〜3に記載の技術を適用して製造した鋼板は、その目的が結実する対象である構造物、すなわち高い応力が恒常的あるいは間欠的に負荷される溶接構造物、すなわち揚水発電用耐圧鋼管、石油、天然ガス、水素燃料の配管、パイプライン等に適用され、社会の発展に貢献するもので、これら本発明鋼を適用して製造した構造物もまた本発明の対象となる。
【0037】
【実施例】
請求項1および2に記載の鋼を真空溶解炉、および通常の製銑−製鋼工程を経て転炉出鋼し、必要な合金添加、脱ガス処理、2次精錬の後に100kgのインゴット、2ton〜300tonのスラブに鋳造し、その後900〜1200℃に再加熱して70%以上の板厚減少を伴う圧下率で熱間圧延し、圧延終了と同時に水冷して直接焼き入れ組織とするか、あるいは圧延まま放冷した後に900〜1100℃に再加熱して水槽中に焼き入れ、マルテンサイト〜下部ベイナイトの組織を有する鋼板試験片を得た。表1に化学成分とD、PFB、PDHの各計算値を示す。なお、圧延開始温度および圧延終了温度は非接触式の温度センサーで計測し、圧延終了温度が800 ℃以下となった場合には、その温度降下量を記録した。この時計算されたPFB代替パラメータMFBを表1に併記してある。続いて、鋼板試験片は500〜700℃の各種温度で必要に応じて焼き戻し、強度を調整して全て780MPa以上とした後に、1m以上の溶接開先(45度V開先)を有する試験片対を加工し、入熱10000〜50000J/cmの条件で通常のGTAWにて溶接継手試験片を作成した。この溶接継手試験片からは、溶接ままで板厚方向1/4厚み位置および1/2厚み位置から、ノッチ位置に溶接ボンドが一致するようにJIS4号2mmVノッチ衝撃試験片を採取し、靱性評価試験に供した。
【0038】
靱性は−60℃における吸収エネルギーの値をもって評価した。靱性値は1/4t位置と1/2t位置の平均値を示している。同値は表1に併記した。本発明鋼では、請求項1および2に記載の化学成分範囲にあって、かつ本発明に記載の技術思想を満たす場合、パラメータPDHはどの場合も200以上となり、溶接多重熱サイクルを受けた溶接継手の靱性値が高いことが明らかである。表においてDQとあるは、本発明の請求項3に記載の直接焼入れ工程を経て製造した鋼板であることを示し、RQとあるは、熱間圧延後一旦放冷して室温まで冷却し、しかる後に再度Ac 3 変態点以上の温度に再加熱して必要な時間保持し、後に水槽あるいは油槽中へ焼入れ、もしくは水、ないしは汽水を鋼板に噴射することで焼入れ処理した鋼板であることを示す。また、DQ+RQとあるは、両工程を併用した工程である。
【0039】
図2には、表1のPDHと−60℃におけるシャルピー吸収エネルギーの値の関係を示した。このように比較的低温で圧延を終了した鋼材については、多重サイクル溶接熱影響部においてBをより有効に使用できるBの固溶、あるいは分散状態が実現されており、高温圧延に比較してPDH の値は見かけ上高く計算することで、本発明の第(1) 式を有効な指標として拡大適用できることが判る。
【0040】
表2には従来技術に基づく設計思想のみで、あるいは擬似的な思想に基づいて本発明の範囲を外れた成分設計で製造した鋼板の溶接継手の評価結果を化学成分とともに示したものである。
23番鋼はTi含有量が低く、Bを有効利用できなかったことから溶接継手の靱性が劣化した例、24番鋼はTiを過剰に添加したため、粗大なTi系炭窒化物を多量に析出し、Bの有効活用は実現したものの、継手の靱性が確保できなかった例、25番鋼は窒素が過剰となり、Bによる継手靱性向上効果が得られなかった例、第26番鋼はBが2ppmしか添加されず、PDH が低下して継手靱性が確保できなかつた例、第27番鋼はBを過剰に添加したため、粒界に粗大炭硼化物が多量に析出し、溶接継手靱性が確保できなかった例、第28番鋼はCuを過剰添加したために析出脆化と粒界脆化が同時に生起し、継手の靱性が確保できなかった例、第29番鋼はNiの添加量が少なく、PDH が低下したために継手靱性が確保できなかった例、第30番鋼は、板厚が200mm を超え、板厚中心部まで低温変態組織を実現できなかったため、靱性が低下した例である。
【0041】
【0042】
【表1】
(本発明鋼)
Figure 0003756795
【0043】
【表2】
(比較鋼)
Figure 0003756795
【0044】
【発明の効果】
本発明は高張力鋼の多重溶接熱サイクルを受けた溶接継手の靱性を安定して向上させる鋼板に関し、その提供を工業的に可能ならしめるものである。また、当該鋼板を用いた溶接構造物の製造を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【図1】高張力鋼板の小入熱溶接によって多重熱サイクルを受けた溶接継手ボンド相当の組織を、熱サイクルシミュレーションで実験室的に再現した場合の−60℃でのシャルピー吸収エネルギーと、継手靱性評価パラメータPDH の関係を示す図表であって、図表中の点線は横線が吸収エネルギーのしきい値、縦線は高靱性確保に必要なPDH のしきい値である。
【図2】本発明に記載の技術を適用して製造した高張力鋼板の、小入熱溶接によって多重熱サイクルを受けた溶接継手ボンドにおける−60℃でのシャルピー吸収エネルギーと、継手靱性評価パラメータPDH の関係を示す図表である。

Claims (3)

  1. 質量%で、
    C :0.11〜0.20、
    Si:0.01〜0.50、
    Mn:0.50〜2.00、
    Ni:1.00〜4.50、
    Cr:0.10〜1.00、
    Mo:0.10〜1.00、
    Nb:0.003〜0.050、
    V :0.010〜0.30、
    Al:0.005〜0.080、
    B :0.0005〜0.0050
    を含有し、加えて
    Ti:0.003〜0.050
    を含有し、上記各種元素濃度と、実験的パラメータからなる以下の式の値が200以上であって、
    PDH =D×(α×PFB +β) −−−−−−−−−−−−−−−−−−(1)
    ただし、Dは理想臨界焼入れ直径の値(inch)
    PFB=(含有Bppm)−11/14([ 含有Nppm] −14/48[含有Tippm])
    α=2、β=25
    かつ
    N<0.007
    P<0.03
    S<0.005
    O<0.010 に制限し、
    残部はFeおよびその他の不可避的不純物よりなり、板厚が25〜200mmである事を特徴とする、多重熱サイクルを受けた溶接熱影響部の靱性に優れる高張力鋼。
  2. 請求項1に記載の鋼に、さらに質量%で、
    Cu:0.005〜1.0%、
    Co:0.005〜1.0%、
    を含有することを特徴とする、多重熱サイクルを受けた溶接熱影響部の靱性に優れる高張力鋼。
  3. 請求項1または2に記載の高張力厚鋼板であって、圧延終了温度が800 ℃以下の場合に、第(1) 式に記載のパラメータPFB を、圧延条件である圧延開始温度と圧延終了温度の差
    ΔTR=(圧延開始温度)−( 圧延終了温度) (℃)
    を用いた補正PFB値であるMFB値
    MFB=PFB+ΔTR/5
    をPFB値の代わりに用いる時、第(1) 式の計算値が200を超える事を特徴とする、多重熱サイクルを受けた溶接熱影響部の靱性に優れる高張力鋼。
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