JP2016075964A - 光学物品およびその製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】帯電防止性および耐久性の良好な第1の層を含む光学物品を安価に提供する。
【解決手段】光学物品10は、光学基材1の上に、直にまたは他の層を介して形成された第1の層32を含む。第1の層32の表層33は、TiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を含む。この光学物品10のサンプルは、従来のサンプルと比較し、シート抵抗が3桁〜6桁(103〜106)程度小さくなり、光吸収損失の大幅な増加もなく、優れた耐薬品性および耐湿性を備えている。
【選択図】図1
【解決手段】光学物品10は、光学基材1の上に、直にまたは他の層を介して形成された第1の層32を含む。第1の層32の表層33は、TiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を含む。この光学物品10のサンプルは、従来のサンプルと比較し、シート抵抗が3桁〜6桁(103〜106)程度小さくなり、光吸収損失の大幅な増加もなく、優れた耐薬品性および耐湿性を備えている。
【選択図】図1
Description
本発明は、眼鏡レンズなどのレンズ、その他の光学材料あるいは製品に用いられる光学物品およびその製造方法に関するものである。
眼鏡レンズなどの光学物品においては、光学基材の上に、種々の機能を備えた層(膜)が形成されているものが知られている。このような層としては、例えば、光学基材の耐久性を確保するためのハードコート層、ゴーストやちらつきを防止するための反射防止層などが公知である。
特許文献1には、低耐熱性基材に好適な帯電防止性能を有する光学要素の提供を目的とする技術が開示されている。具体的には、プラスチック製の光学基材上に複層構成の反射防止膜を備えた眼鏡レンズなどの光学要素において、反射防止膜が透明導電層を含み、該透明導電層をイオンアシスト真空蒸着により形成し、他の反射防止膜の構成層は、電子ビーム真空蒸着等により形成することが記載されている。導電層としては、インジウム、スズ、亜鉛等のいずれか、又は2種以上の複数を成分とする無機酸化物が挙げられており、特に、インジウム錫酸化物(ITO)が望ましいことが記載されている。
光学基材の上に形成される層に、帯電防止や電磁遮蔽などを目的として導電性を付与するため、ある程度の厚みをもつ導電層を形成することが公知である。導電層としては、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)層が一般に知られているが、ITOは比較的高価であり、製造コストを押し上げてしまうという問題がある。
また、多層構造の反射防止層など、所定の光学設計や膜設計にしたがって製造される膜あるいは層に対し、さらにある程度の膜厚の導電層を加える場合には、新規に光学設計や膜設計を行う必要が生じてくる。
本発明の一態様は、光学物品の製造方法であって、以下の工程を有する。
(1)光学基材の上に、直にまたは他の層を介して第1の層を形成すること。
(2)第1の層の表層にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させること。
(1)光学基材の上に、直にまたは他の層を介して第1の層を形成すること。
(2)第1の層の表層にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させること。
化学量論的に安定した二酸化チタン(TiO2)および二酸化ケイ素(SiO2)が混在している状態とは異なり、第1の層の表面(表層)に限定して、チタン(Ti)と、シリコン(Si)と、酸素(O)とをTiOxおよびSiOyという非化学量論的な割合で混在させることにより、第1の層の表面(表層)に限定して導電性を付与できることを本願の発明者らは見出した。したがって、第1の層の光学的な性質に殆ど影響を与えず、さらに、チタン、ケイ素(シリコン)および酸素という低コストの素材により、帯電防止や電磁遮蔽などを目的とする導電性を備えた光学物品を製造することができる。このため、新規に光学設計や膜設計を行わなくても、低コストで導電性を備えた光学物品を製造し、提供できる。
表層にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させる1つの方法は、TiO2を主成分とする第1の層に対してシリコンをイオンアシスト蒸着することである。この方法により、第1の層の表層にTiOxが形成される。アルゴンイオンなどを用い、イオンアシスト蒸着されたシリコンが一種の還元剤として働き、第1の層の表層のTiO2の一部をTiOxとし、シリコンはSiOyとなると考えられる。
この方法によれば、第1の層の表層に導電性を持たせることができ、第1の層のシート抵抗を下げることができる。光学物品が第1の層を含む多層あるいは積み重ねられた複数の膜を含む場合には、その多層(あるいは膜)のシート抵抗を下げることができる。
表層にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させる他の方法の1つは、TiO2を主成分とする第1の層の表面にシリコン膜を形成し、このシリコン膜に対してイオンビームを照射することである。
この方法においても、第1の層の表層にTiOx(0<x<2)を形成することができるため、光学物品に帯電防止や電磁遮蔽などを付与することが可能である。
表層にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させる、さらに異なる方法の1つは、第1の層の表面にTiO2の薄膜を形成することと、TiO2の薄膜に対してシリコンをイオンアシスト蒸着することとを含む方法である。
この方法によれば、第1の層の組成に関わらず、その層の表層にTiOx(0<x<2)を形成することができる。したがって、さらに多様な光学物品であって、帯電防止や電磁遮蔽などの機能を備えた光学物品を安価に製造し、提供できる。
表層にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させる、さらに異なる方法の1つは、第1の層の表面にTiO2の薄膜を形成することと、TiO2の薄膜の表面にシリコン膜を形成し、このシリコン膜に対してイオンビームを照射することとを含む方法である。
この方法においても、第1の層の組成に関わらず、その層の表層にTiOx(0<x<2)を形成することができる。これにより、光学物品に帯電防止や電磁遮蔽などを付与することができる。
本発明の他の態様の1つは、光学基材の上に、直にまたは他の層を介して形成された第1の層を含む、光学物品である。この光学物品の第1の層の表層は、TiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を含む。
この光学物品によれば、第1の層の表層の電気抵抗を下げ、導電性を向上できるので、帯電防止機能および/または電磁波遮蔽機能を付与できる。しかも、In(インジウム)を必要とするITO層を含んでいてもよいが、ITO層を形成しなくても導電性を付与できるので、帯電防止機能および/または電磁波遮蔽機能を備えた光学物品を低コストで提供できる。
TiOx(0<x<2)は、上記の製造方法により第1の層の表層にのみ形成することが可能であり、第1の層および/または第1の層を含む多層の光学的性質に殆ど影響を与えずに電気抵抗を低下できる。
第1の層の典型的なものは、光学基材の上に、ハードコート層、またはプライマー層およびハードコート層を介して形成された(積層された)、無機系または有機系の反射防止層に含まれるものである。すなわち、第1の層の一例は、無機系または有機系の反射防止層に含まれる1つの層である。光学物品が多層構造の反射防止層を有する場合、第1の層の一例は、多層構造の反射防止層に含まれる1つの層である。第1の層は、多層構造の反射防止層を構成する複数の層であってもよい。
これらの光学物品においては、第1の層の上に、直にまたは他の層を介して形成された防汚層をさらに含むようにしてもよい。防汚層は撥水性能を有するので、防汚層を有する光学物品表面は、空気中の水分を保持しにくく、帯電し易い。第1の層を含む光学物品であれば、防汚層を有する光学物品であっても、帯電を防止することができる。典型的な光学基材の一例は、プラスチックレンズ基材であり、光学物品の一例は、眼鏡レンズである。
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の眼鏡レンズと、眼鏡レンズが装着されたフレームとを有する眼鏡である。
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品であって、一方の面が外界に面した光学物品を有し、この光学物品を通して画像を透視するためのシステムである。このシステムの典型的なものは、時計、表示装置、および表示装置を有する端末などの情報処理装置である。上記の光学物品により、システムの表面の帯電性を抑制したり、電磁波遮蔽能力を高めることができる。
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を通して画像を投影させるための画像形成装置とを有するシステムである。このシステムの典型的なものはプロジェクターである。光学物品の典型的なものは、投射用のレンズ、ダイクロイックプリズム、カバーガラスなどである。上記の光学物品あるいはその技術を、画像形成装置の1つであるLCD(液晶デバイス)などのライトバルブあるいはそれらに含まれる素子に適用してもよい。
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を通して画像を取得するための撮像装置とを有するシステムである。このシステムの典型的なものはカメラである。光学物品の典型的なものは、結像用のレンズ、カバーガラスなどである。上記の光学物品あるいはその技術を、撮像装置の1つであるCCDなどに適用してもよい。
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を通してアクセスする媒体とを有するシステムである。このシステムの典型的なものは、記録媒体を内蔵し、表面の帯電性が低いことが要望されるDVDなどの情報記録装置、美的表現を発揮する媒体を内蔵した装飾品などである。
本発明の幾つかの実施形態を説明する。以下では、光学物品として眼鏡用のレンズを例示して説明するが、本発明を適用可能な光学物品はこれに限定されるものではない。
図1に、典型的なレンズの構成を、基材を中心とした一方の面の側の断面図により示している。レンズ(光学物品)10は、レンズ基材(光学基材)1と、レンズ基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成された透光性の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含む。
1. レンズの概要
1.1 レンズ基材
レンズ基材1は、特に限定されないが、(メタ)アクリル樹脂をはじめとして、スチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を例示することができる。レンズ基材1の屈折率は、例えば、1.64〜1.75程度である。レンズ基材1の屈折率は、これに限定されるものではなく、上記の範囲内でも、上記の範囲から上下に離れていてもよい。
1.1 レンズ基材
レンズ基材1は、特に限定されないが、(メタ)アクリル樹脂をはじめとして、スチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を例示することができる。レンズ基材1の屈折率は、例えば、1.64〜1.75程度である。レンズ基材1の屈折率は、これに限定されるものではなく、上記の範囲内でも、上記の範囲から上下に離れていてもよい。
1.2 ハードコート層(プライマー層)
ハードコート層2は、耐擦傷性を付与する、あるいは高めるためのものである。ハードコート層2に使用される材料(ハードコート層2のベースを形成するための樹脂)としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等を挙げることができる。
ハードコート層2は、耐擦傷性を付与する、あるいは高めるためのものである。ハードコート層2に使用される材料(ハードコート層2のベースを形成するための樹脂)としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等を挙げることができる。
ハードコート層2の一例は、シリコーン系樹脂である。ハードコート層2は、例えば、金属酸化物微粒子、シラン化合物を含むコーティング組成物を塗布して硬化させることにより、形成することができる。このコーティング組成物には、コロイダルシリカ、および多官能性エポキシ化合物等の成分が含まれていてもよい。
このコーティング組成物に含まれる金属酸化物微粒子の具体例は、SiO2、Al2O3、SnO2、Sb2O5、Ta2O5、CeO2、La2O3、Fe2O3、ZnO、WO3、ZrO2、In2O3、TiO2等の金属酸化物からなる微粒子または2種以上の金属の金属酸化物からなる複合微粒子である。これらの微粒子としては、分散媒、例えば水、アルコール系もしくはその他の有機溶媒にコロイド状に分散させたものを用いることができる。
レンズ基材1とハードコート層2との密着性を確保するために、レンズ基材1とハードコート層2との間にプライマー層を設けてもよい。プライマー層は、高屈折率レンズ基材の欠点である耐衝撃性を改善するためにも有効である。プライマー層に使用される材料(プライマー層のベースを形成するための樹脂)としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等が挙げられる。密着性を持たせるためのプライマー層としては、ウレタン系樹脂およびポリエステル系樹脂がよい。
ハードコート層2およびプライマー層の製造方法の典型的なものは、ディッピング法、スピンナー法、スプレー法、フロー法によりコーティング組成物を塗布し、その後、40〜200℃の温度で数時間加熱乾燥する方法である。
1.3 反射防止層
ハードコート層2の上に形成される反射防止層3の典型的なものは、無機系の反射防止層と有機系の反射防止層である。無機系の反射防止層は、典型的には多層膜で構成される。このような多層構造の反射防止層は、例えば、屈折率が1.3〜1.6である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.6である高屈折率層とを交互に積層して形成することができる。層数としては、5層あるいは7層程度が好ましい。
ハードコート層2の上に形成される反射防止層3の典型的なものは、無機系の反射防止層と有機系の反射防止層である。無機系の反射防止層は、典型的には多層膜で構成される。このような多層構造の反射防止層は、例えば、屈折率が1.3〜1.6である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.6である高屈折率層とを交互に積層して形成することができる。層数としては、5層あるいは7層程度が好ましい。
反射防止層を構成する各層に使用される無機物の例としては、SiO2、SiO、ZrO2、TiO2、TiO、Ti2O3、Ti2O5、Al2O3、TaO2、Ta2O5、NdO2、NbO、Nb2O3、NbO2、Nb2O5、CeO2、MgO、Y2O3、SnO2、MgF2、WO3、HfO2、Y2O3などが挙げられる。これらの無機物は、単独で用いるか、もしくは2種以上を混合して用いる。
無機系の反射防止層3を形成する方法(製造方法)としては、乾式法、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法などが挙げられる。真空蒸着法においては、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いてもよい。
有機系の反射防止層3を形成する方法(製造方法)の1つは湿式法である。有機系の反射防止層3は、例えば、内部空洞を有するシリカ系微粒子(以下、「中空シリカ系微粒子」ともいう)と、有機ケイ素化合物とを含んだ反射防止層形成用のコーティング組成物を、ハードコート層、プライマー層と同様の方法でコーティングして形成することもできる。反射防止層形成用のコーティング組成物に中空シリカ系微粒子を用いるのは、内部空洞内にシリカよりも屈折率が低い気体または溶媒が包含されているためであり、空洞のないシリカ系微粒子を用いた場合と比べてより屈折率が低減し、結果的に、優れた反射防止効果を付与できるからである。中空シリカ系微粒子は、例えば、特開2001−233611号公報に記載されている方法などで製造することができるが、平均粒子径が1〜150nmの範囲にあり、かつ屈折率が1.16〜1.39の範囲にあるものを使用することが望ましい。この有機系の反射防止層の層厚は、50〜150nmの範囲が好ましい。この範囲より厚すぎたり薄すぎたりすると、十分な反射防止効果が得られないおそれがある。
1.4 防汚層
反射防止層3の上に、撥水膜または親水性の防曇膜(防汚層)4を形成することが多い。防汚層4の一例は、光学物品(レンズ)10の表面の撥水撥油性能を向上させる目的で、反射防止層3の上に、フッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる層を形成したものである。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、特開2005−301208号公報や特開2006−126782号公報に記載されている含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。
反射防止層3の上に、撥水膜または親水性の防曇膜(防汚層)4を形成することが多い。防汚層4の一例は、光学物品(レンズ)10の表面の撥水撥油性能を向上させる目的で、反射防止層3の上に、フッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる層を形成したものである。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、特開2005−301208号公報や特開2006−126782号公報に記載されている含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。
含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)として用いることが好ましい。防汚層は、この撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を反射防止層上に塗布することにより形成することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法などを用いることができる。なお、撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて、防汚層を形成することも可能である。
上記のような撥水撥油性を有する防汚層4は、その層厚は特に限定されないが、0.001〜0.5μmが好ましい。より好ましくは0.001〜0.03μmである。防汚層4の層厚が薄すぎると撥水撥油効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので好ましくない。また、防汚層4の厚さが0.03μmより厚くなると反射防止効果が低下する可能性がある。
2. サンプルの製造(タイプA)
以下の条件でサンプルを製造した。各実施例および比較例の層構造を図3にまとめて示している。また、以下で説明する低抵抗化(導電化)の処理を図4にまとめて示している。
以下の条件でサンプルを製造した。各実施例および比較例の層構造を図3にまとめて示している。また、以下で説明する低抵抗化(導電化)の処理を図4にまとめて示している。
2.1 実施例1(サンプルS1)
2.1.1 レンズ基材の選択およびハードコート層の成膜
レンズ基材1としては、屈折率1.67の眼鏡用のプラスチックレンズ基材(商品名:セイコースーパーソブリン(SSV)(セイコーエプソン(株)製))を用いた。
2.1.1 レンズ基材の選択およびハードコート層の成膜
レンズ基材1としては、屈折率1.67の眼鏡用のプラスチックレンズ基材(商品名:セイコースーパーソブリン(SSV)(セイコーエプソン(株)製))を用いた。
ハードコート層2を形成するための塗布液(コーティング液)を次のように調製した。エポキシ樹脂−シリカハイブリッド(商品名:コンポセランE102(荒川化学工業(株)製))20重量部に、酸無水物系硬化剤(商品名:硬化剤液(C2)(荒川化学工業(株)製))4.46重量部を混合、攪拌して、塗布液(コーティング液、コーティング溶液)を得た。このコーティング溶液を、所定の厚さになるようにスピンコーターを用いてレンズ基材1の上に塗布した。塗布後のレンズ基材1を125℃で2時間焼成して、ハードコート層2を成膜した。
2.1.2 反射防止層の成膜
2.1.2.1 蒸着装置
次に、図2に示す蒸着装置100により、無機系の多層構造の反射防止層3を製造(成膜)した。例示した蒸着装置100は、電子ビーム蒸着装置であり、真空容器110と、排気装置120と、ガス供給装置130とを備えている。真空容器110は、ハードコート層2までが形成(成膜)されたレンズサンプル10が載置されるサンプル支持台115と、サンプル支持台115にセットされたレンズサンプル10を加熱するための基材加熱用ヒーター116と、熱電子を発生するフィラメント117とを備えている。基材加熱用ヒーター116は、例えば赤外線ランプであり、レンズサンプル10を加熱することによりガス出しあるいは水分とばしを行い、レンズサンプル10の表面に形成される層の密着性を確保する。
2.1.2.1 蒸着装置
次に、図2に示す蒸着装置100により、無機系の多層構造の反射防止層3を製造(成膜)した。例示した蒸着装置100は、電子ビーム蒸着装置であり、真空容器110と、排気装置120と、ガス供給装置130とを備えている。真空容器110は、ハードコート層2までが形成(成膜)されたレンズサンプル10が載置されるサンプル支持台115と、サンプル支持台115にセットされたレンズサンプル10を加熱するための基材加熱用ヒーター116と、熱電子を発生するフィラメント117とを備えている。基材加熱用ヒーター116は、例えば赤外線ランプであり、レンズサンプル10を加熱することによりガス出しあるいは水分とばしを行い、レンズサンプル10の表面に形成される層の密着性を確保する。
この蒸着装置100では、電子銃(不図示)により蒸発源(るつぼ)112および113にセットされた材料(蒸着材料)に熱電子114を照射し蒸発させて、レンズサンプル10に上記材料を蒸着する。
さらに、この蒸着装置100は、イオンアシスト蒸着を可能とするために、真空容器110の内部に導入したガスをイオン化して加速し、レンズサンプル10に照射するためのイオン銃118を備えている。また、真空容器110には、残留した水分を除去するためのコールドトラップや、層厚を管理するための装置等をさらに設けることができる。層厚を管理する装置としては、例えば、反射型の光学膜厚計や水晶振動子膜厚計などがある。
真空容器110の内部は、排気装置120に含まれるターボ分子ポンプまたはクライオポンプ121および圧力調節バルブ122により、高真空、例えば1×10-4Paに保持することができる。一方、真空容器110の内部は、ガス供給装置130により所定のガス雰囲気にすることも可能である。例えば、ガス供給装置130に含まれるガス容器131には、アルゴン(Ar)、窒素(N2)、酸素(O2)などが用意されている。ガスの流量は、流量制御装置132により制御でき、真空容器110の内圧は、圧力計135により制御できる。
したがって、この蒸着装置100における主な蒸着条件は、蒸着材料、電子銃の加速電圧および電流値、イオンアシストの有無である。イオンアシストを利用する場合の条件は、イオンの種類(真空容器110の雰囲気)と、イオン銃118の電圧値および電流値とにより与えられる。以下において、特に記載しない限り、電子銃の加速電圧は5〜10kVの範囲、電流値は50〜500mAの範囲の中で、成膜レートなどをもとに選択される。また、イオンアシストを利用する場合は、イオン銃118が電圧値200V〜1kVの範囲、電流値が100〜500mAの範囲で、成膜レートなどをもとに選択される。
2.1.2.2 低屈折率層および高屈折率層の成膜
以降では、各々の実施例のサンプルはサンプルS1と呼び、各々の実施例のサンプルを共通(総称)する場合についてはサンプル10と呼ぶ。実施例1のレンズサンプルS1の反射防止層3は、低屈折率層31と高屈折率層32とが交互に積層されてなる、無機系の7層構造の反射防止層である。このような反射防止層3を、以下のように形成(成膜)した。
以降では、各々の実施例のサンプルはサンプルS1と呼び、各々の実施例のサンプルを共通(総称)する場合についてはサンプル10と呼ぶ。実施例1のレンズサンプルS1の反射防止層3は、低屈折率層31と高屈折率層32とが交互に積層されてなる、無機系の7層構造の反射防止層である。このような反射防止層3を、以下のように形成(成膜)した。
ハードコート層2が形成されたレンズサンプル10をアセトンにて洗浄した。そして、真空容器110の内部にて約70℃の加熱処理を行い、レンズサンプル10に付着した水分を蒸発させた。次に、レンズサンプル10の表面にイオンクリーニングを実施した。具体的には、イオン銃118を用いて酸素イオンビームを数百eVのエネルギーでレンズサンプル10の表面に照射し、レンズサンプル10の表面に付着した有機物の除去を行った。この処理(方法)により、レンズサンプル10の表面に形成する層(膜)の付着力を強固なものとすることができる。なお、酸素イオンの代わりに、不活性ガス、例えばアルゴン(Ar)ガスやキセノン(Xe)ガス、あるいは、N2を用いて同様の処理を行っても
よい。また、酸素ラジカルや酸素プラズマを照射してもよい。
よい。また、酸素ラジカルや酸素プラズマを照射してもよい。
真空容器110の内部を十分に真空排気した後、電子ビーム真空蒸着法により、低屈折率層31および高屈折率層32を交互に積層して反射防止層3を製造した。
実施例1のレンズサンプルS1では、二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31として形成し、酸化チタン(TiO2)層を高屈折率層32として形成した。
図1に示すように、第1層、第3層、第5層および第7層が低屈折率層31であり、イオンアシストは行わず、真空蒸着によりSiO2層を成膜した。成膜レートは2.0nm/secとし、電子銃の加速電圧は7kV、電流は100mAとした。
第2層、第4層および第6層が高屈折率層32であり、酸素ガスを導入しながらイオンアシスト蒸着を行い、TiO2層を成膜した。成膜レートは0.4nm/secとし、電子銃の加速電圧は7kV、電流は360mAとした。イオンアシストの条件は、イオン種が酸素、イオンアシスト電圧は500eV、電流は150mAである。
第1〜第7層の膜厚は、44nm、10nm、57nm、36nm、25nm、36nm、101nmに管理した。この7層からなる層構造、すなわち、第1層、第3層、第5層および第7層がSiO2層、第2層、第4層および第6層がTiO2層である層構造を、タイプAの層構造と呼ぶことにする。
2.1.3 第6層(TiO2層)32の表面処理(低抵抗化)
第6層(TiO2層、TiO2を主成分とする第1の層に相当)32を成膜後、第7層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置(真空蒸着装置)100を用い、第6層32の表面にシリコン(Si、金属シリコン)を、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着した。これにより第6層の表層33にシリコンを添加し、低抵抗になるように改質した。
第6層(TiO2層、TiO2を主成分とする第1の層に相当)32を成膜後、第7層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置(真空蒸着装置)100を用い、第6層32の表面にシリコン(Si、金属シリコン)を、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着した。これにより第6層の表層33にシリコンを添加し、低抵抗になるように改質した。
イオンアシスト蒸着の条件は、イオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は600eV、電流は150mAであり、処理時間(蒸着時間)は30秒とした。そして、電子銃の加速電圧は7kV、電流は400mAとした。すなわち、この低抵抗化の表面処理(工程)においては、シリコンを蒸発させた状態で、アルゴンイオンビームを第6層の表面に向けて照射した。
7層構造で第6層32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着し、表層33を改質したタイプの層構造を、タイプA1と呼ぶことにする。この低抵抗化の処理(工程)により、以下に説明するように、第6層の表層33に、TiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)が形成され、表面抵抗が低下したと考えられる。
2.1.4 防汚層の成膜
反射防止層3を形成した後のレンズサンプル10に酸素プラズマ処理を施し、真空容器110内で、分子量の大きなフッ素含有有機ケイ素化合物を含む「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)を含有させたペレット材料を蒸着源として、約500℃で加熱し、KY−130を蒸発させて、反射防止層3の上(反射防止層3の第7層31の上)に防汚層4を成膜した。蒸着時間は、約3分間程度とした。酸素プラズマ処理を施すことにより最終のSiO2層(第7層)31の表面にシラノール基を生成できるので、反射防止層3と防汚層4との化学的密着性(化学結合)を高めることができる。
反射防止層3を形成した後のレンズサンプル10に酸素プラズマ処理を施し、真空容器110内で、分子量の大きなフッ素含有有機ケイ素化合物を含む「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)を含有させたペレット材料を蒸着源として、約500℃で加熱し、KY−130を蒸発させて、反射防止層3の上(反射防止層3の第7層31の上)に防汚層4を成膜した。蒸着時間は、約3分間程度とした。酸素プラズマ処理を施すことにより最終のSiO2層(第7層)31の表面にシラノール基を生成できるので、反射防止層3と防汚層4との化学的密着性(化学結合)を高めることができる。
蒸着終了後、真空蒸着装置100からレンズサンプル10を取り出し、反転して再び投入し、上記の2.1.2〜2.1.4の工程を同じ手順で繰り返し、反射防止層3の成膜(第6層32の表層33への処理を含む)、および防汚層4の成膜を行った。その後、レンズサンプル10を真空蒸着装置100から取り出した。これにより、レンズ基材1の両面に、ハードコート層2、タイプA1の反射防止層3、および防汚層4が形成された、実施例1のレンズサンプルS1が得られた。
2.2 実施例2(サンプルS2)
レンズ以外の光学物品の実施例として、光学基材1としてカバーガラスを用い、その上(表面)に、反射防止層3および防汚層4が形成されたサンプルS2を製造した。このサンプルS2では、光学基材1として、透明な白板ガラス(B270)を用いた。この光学基材1の上に、ハードコート層を成膜せず、直に反射防止層3を成膜した。成膜方法は、上記の2.1.2と同じである。さらに、上記の2.1.3と同様に、第6層32の表面にシリコンを、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着し、低抵抗化した。したがって、このサンプルS2は、タイプA1の反射防止層3を備えている。また、反射防止層3の上に防汚層4を形成した。
レンズ以外の光学物品の実施例として、光学基材1としてカバーガラスを用い、その上(表面)に、反射防止層3および防汚層4が形成されたサンプルS2を製造した。このサンプルS2では、光学基材1として、透明な白板ガラス(B270)を用いた。この光学基材1の上に、ハードコート層を成膜せず、直に反射防止層3を成膜した。成膜方法は、上記の2.1.2と同じである。さらに、上記の2.1.3と同様に、第6層32の表面にシリコンを、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着し、低抵抗化した。したがって、このサンプルS2は、タイプA1の反射防止層3を備えている。また、反射防止層3の上に防汚層4を形成した。
2.3 実施例3〜10(サンプルS3〜S10)
レンズサンプルS1と、カバーガラスのサンプル(ガラスサンプル)S2とについて、2.1.3の第6層32の表層33の処理条件を変えた幾つかのサンプルS3〜S10を製造した。
レンズサンプルS1と、カバーガラスのサンプル(ガラスサンプル)S2とについて、2.1.3の第6層32の表層33の処理条件を変えた幾つかのサンプルS3〜S10を製造した。
レンズサンプルS3およびガラスサンプルS4は、第6層32に対するシリコンのアルゴンイオンアシスト蒸着の条件を、イオンアシスト電圧を1000eV、電流を150mA、処理時間(蒸着時間)を10秒とした。
レンズサンプルS5およびガラスサンプルS6は、第6層32に対するシリコンのアルゴンイオンアシスト蒸着の条件を、イオンアシスト電圧を1000eV、電流を150mA、処理時間(蒸着時間)を5秒とした。
レンズサンプルS7およびガラスサンプルS8は、第6層32に対するシリコンのアルゴンイオンアシスト蒸着の条件を、イオンアシスト電圧を500eV、電流を150mA、処理時間(蒸着時間)を10秒とした。
レンズサンプルS9およびガラスサンプルS10は、第6層32に対するシリコンのイオンアシスト蒸着の条件を、イオンアシスト電圧を250eV、電流を150mA、処理時間(蒸着時間)を5秒とした。また、レンズサンプルS9およびガラスサンプルS10においては、イオン種として、アルゴンと酸素を1対1としたものを使用した。
2.4 比較例1、2(サンプルR1、R2)
上記の実施例により得られたレンズサンプルおよびガラスサンプルと比較するために、実施例1および実施例2と同様にレンズサンプルR1およびガラスサンプルR2を製造した。ただし、第6層32の表面処理(2.1.3)は行わなかった。すなわち、第6層32の表面に、シリコンを、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着しなかった。
上記の実施例により得られたレンズサンプルおよびガラスサンプルと比較するために、実施例1および実施例2と同様にレンズサンプルR1およびガラスサンプルR2を製造した。ただし、第6層32の表面処理(2.1.3)は行わなかった。すなわち、第6層32の表面に、シリコンを、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着しなかった。
すなわち、比較例1により製造されたレンズサンプルR1は、レンズ基材1と、ハードコート層2と、上述したタイプAの反射防止層3と、防汚層4とを含む。
同様に、比較例2により製造されたガラスサンプルR2は、ガラス基材1と、上記タイプAの反射防止層3と、防汚層4とを含む。
2.5 比較例3〜8(サンプルR3〜R8)
上記の実施例により得られたレンズサンプルと比較するために、透明な導電層としてITO(酸化インジウムスズ)層を備えたレンズサンプルR3〜R8を製造した。これらのレンズサンプルR3〜R8は、上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、ハードコート層2の上に、基本的な層構造は実施例1と同様の反射防止層3を成膜した(2.1.2参照)。
上記の実施例により得られたレンズサンプルと比較するために、透明な導電層としてITO(酸化インジウムスズ)層を備えたレンズサンプルR3〜R8を製造した。これらのレンズサンプルR3〜R8は、上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、ハードコート層2の上に、基本的な層構造は実施例1と同様の反射防止層3を成膜した(2.1.2参照)。
ただし、第6層(TiO2層)を成膜後、第7層(SiO2層)を成膜する前に、酸化インジウムスズ(ITO)をイオンアシスト真空蒸着により成膜した。ITO層の成膜の際は、電子銃の加速電圧を7kV、電流値を50mAとし、ITO膜の酸化を促進させるために真空容器内に毎分15ミリリットルの酸素ガスを導入し、酸素雰囲気とした。また、イオン銃へは毎分35ミリリットルの酸素ガスを導入し、加速電圧を500V、電流値を250mAとして酸素イオンビームを照射した。また、ITO層の成膜レートは0.1nm/secとした。ITO層の膜厚は、サンプルR3〜R8で、それぞれ、2.5nm、3.5nm、5nm、7nm、10nmおよび15nmと変えた。したがって、ITO層を含むと反射防止層3は8層構造になる。この8層構造で、ITO層を含むタイプの層構造をタイプA2と呼ぶことにする。
さらに、この比較例3〜8においては、膜厚の異なるITO層を挟むことにより、反射防止層3の膜設計が変わり、SiO2層およびTiO2層の膜厚が異なる。このため、これらをタイプA2−1〜A2−6と区別している。
サンプルR3〜R8の反射防止層3の層構造を、上述したサンプルS1〜S8、R1およびR2とともに図3に纏めて示している。なお、二酸化ケイ素(SiO2)からなる低屈折率層の波長550nmにおける屈折率nは1.462である。また、酸化チタン(TiO2)からなる高屈折率層の波長550nmにおける屈折率nは2.431である。ITO層の波長550nmにおける屈折率nは2.1である。
3. サンプルの評価
上記により製造されたサンプルS1〜S10およびR1〜R8について、シート抵抗、ごみの付着試験、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)をそれぞれ評価した。それらの評価結果を図4にまとめて示している。
上記により製造されたサンプルS1〜S10およびR1〜R8について、シート抵抗、ごみの付着試験、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)をそれぞれ評価した。それらの評価結果を図4にまとめて示している。
3.1 シート抵抗
図5(A)および(B)に、各サンプルのシート抵抗を測定する様子を示している。この例では、測定対象、例えば、レンズサンプル10の表面10Aにリングプローブ61を接触させて、レンズサンプル10の表面10Aのシート抵抗を測定した。測定装置60は、三菱化学(株)製高抵抗抵抗率計ハイレスタUP MCP−HT450型を使用した。使用したリングプローブ61は、URSタイプであり、2つの電極を有する。外側のリング電極61Aは、外径が18mm、内径が10mmであり、内側の円形電極61Bは、直径が7mmである。それらの電極間に1000V〜10Vの電圧を印加し、各サンプルのシート抵抗を計測した。
図5(A)および(B)に、各サンプルのシート抵抗を測定する様子を示している。この例では、測定対象、例えば、レンズサンプル10の表面10Aにリングプローブ61を接触させて、レンズサンプル10の表面10Aのシート抵抗を測定した。測定装置60は、三菱化学(株)製高抵抗抵抗率計ハイレスタUP MCP−HT450型を使用した。使用したリングプローブ61は、URSタイプであり、2つの電極を有する。外側のリング電極61Aは、外径が18mm、内径が10mmであり、内側の円形電極61Bは、直径が7mmである。それらの電極間に1000V〜10Vの電圧を印加し、各サンプルのシート抵抗を計測した。
図4に測定結果を示している。サンプルR1およびR2の測定結果が示すように、従来のレンズサンプルおよびガラスサンプルではシート抵抗は5×1013[Ω/□]であった。シート抵抗を低減するために反射防止層3にITO層を含めたレンズサンプルR3〜R8では、シート抵抗は、ITO層の厚みに依存するが、1.5×1011[Ω/□]〜2×1013[Ω/□]に低下した。
これに対し、反射防止層3のうちのTiO2を主成分とする1つの層(TiO2層)32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着したサンプルS1〜S10においては、シート抵抗が5×107[Ω/□]〜1×1010[Ω/□]となり、シート抵抗が従来のサンプルに比較し、3桁〜6桁(103〜106)程度小さくなった。すなわち、シート抵抗が1/103〜1/106になった。したがって、TiO2層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより大幅にシート抵抗を下げることができるということがわかった。
また、サンプルS1〜S10においては、反射防止層3を8層構造にしてITO層を含めたサンプルR3〜R8と比較しても、シート抵抗は1桁〜6桁(101〜106)程度小さくなり、シート抵抗が1/10〜1/106になった。したがって、ITO層を含めたサンプルよりも、反射防止層3のうちのTiO2層32の1つの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、大幅にシート抵抗を下げることができるということがわかった。そして、サンプルS1〜S10においては、1つのTiO2層32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着し、TiO2層32の表層33のみが導電性(低抵抗)に改質されるので、反射防止層3の膜設計を変える必要はない。
レンズ、カバーガラスなどの光学物品の表面抵抗(シート抵抗)を低減することにより、幾つかの効果が得られる。典型的な効果は、帯電防止、および電磁遮蔽である。眼鏡用のレンズにおける帯電防止性の有無の目安は、シート抵抗が1×1012[Ω/□]以下であるか否かであると考えられている。すなわち、シート抵抗が1×1012[Ω/□]以下であれば、帯電防止性があるといえる。
以下のごみの付着試験では、サンプルR1、R2およびR3(シート抵抗が5×1013[Ω/□]および2×1013[Ω/□])ではごみの付着が確認され、他のサンプルではごみの付着は確認されなかった。
さらに、使用上の安全性などを考慮すると、上記の測定方法で測定されたシート抵抗が1×1011[Ω/□]以下であることがいっそう好ましい。サンプルS1〜S10は、上記の測定方法で測定されたシート抵抗が1×1011[Ω/□]以下、さらに、1×1010[Ω/□]以下であり、使用上安全であって、しかも、非常に優れた帯電防止性を備えているといえる。
3.2 ごみの付着試験
ごみの付着試験は、プラスチックレンズの表面上で、眼鏡レンズ用拭き布を1kgの垂直荷重にて10往復こすりつけ、このときに発生した静電気によるごみの付着の有無を調べることで行った。ここで、ごみとしては、発泡スチロールを約5mmの大きさに砕いたものを使用した。判断基準は以下の通りである。
○:ごみの付着が認められなかった。
△:ごみが数個付着していることが認められた。
×:数多くのごみが付着していることが認められた。
ごみの付着試験は、プラスチックレンズの表面上で、眼鏡レンズ用拭き布を1kgの垂直荷重にて10往復こすりつけ、このときに発生した静電気によるごみの付着の有無を調べることで行った。ここで、ごみとしては、発泡スチロールを約5mmの大きさに砕いたものを使用した。判断基準は以下の通りである。
○:ごみの付着が認められなかった。
△:ごみが数個付着していることが認められた。
×:数多くのごみが付着していることが認められた。
ごみの付着がない場合は帯電防止効果に優れ、ごみの付着がある場合は帯電防止効果が劣っていると考えられる。図4に示すように反射防止層3のうちのTiO2層32の1つの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着したサンプルS1〜S10の評価はすべて○であり、帯電防止効果に優れていることがわかった。また、ITO層を形成した幾つかのサンプルR5〜R8は○であり、ある程度の帯電防止効果を示している。しかしながら、ITO層を形成したサンプルR4は△であり、ITO層を形成したサンプルR3および何も導電的な膜を形成していないサンプルR1およびR2はいずれも×であり、帯電防止効果が劣っていることがわかった。
3.3 吸収損失
光の吸収損失を測定した。光の吸収損失は、表面が湾曲していたりすると測定が難しい。このため、上記のサンプルS1〜S10のうち、平行平板ガラスサンプルS2、S4、S6、S8、およびS10について吸収損失を測定し、ガラスサンプルR2の吸収損失と比較した。
光の吸収損失を測定した。光の吸収損失は、表面が湾曲していたりすると測定が難しい。このため、上記のサンプルS1〜S10のうち、平行平板ガラスサンプルS2、S4、S6、S8、およびS10について吸収損失を測定し、ガラスサンプルR2の吸収損失と比較した。
光の吸収損失は、分光光度計を用いて反射率と透過率を測定し、(A)式にて吸収率を算出した。測定には、日立製分光光度計U−4100を使用した。
吸収率(吸収損失)=100%−透過率−反射率 ・・・・(A)
以下、吸収率は波長550nm付近の吸収率を記している。
吸収率(吸収損失)=100%−透過率−反射率 ・・・・(A)
以下、吸収率は波長550nm付近の吸収率を記している。
反射防止層3のTiO2層32の1つの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、若干吸収損失が上昇する傾向がみられた。しかしながら、最大でも3%程度であり、十分に透光性は高く、反射防止層3の透光性に大きな影響を与えるほど光吸収損失は増加していないと考えられる。したがって、表面にシリコンをイオンアシスト蒸着した層を含む層構造A1の反射防止層3は、眼鏡用のレンズとして十分に使用できると考えられる。
また、吸収損失が0.5%のサンプルS10程度でも十分にシート抵抗が小さく、帯電防止効果があるといえる。したがって反射防止層3のTiO2層32の1つの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、従来とほぼ同等の吸収損失で、透光性であり(透明であり)、帯電防止性能の優れた光学物品を提供できることが分かった。
3.4 剥がれの発生(耐薬品性)の評価
耐薬品性は、各サンプルの表面に傷をつけ、その後、薬液浸漬を行い、反射防止膜の剥がれの有無を観察することにより評価した。より具体的には、耐薬品性は、以下の擦傷工程および薬液浸漬工程を行い、評価した。
耐薬品性は、各サンプルの表面に傷をつけ、その後、薬液浸漬を行い、反射防止膜の剥がれの有無を観察することにより評価した。より具体的には、耐薬品性は、以下の擦傷工程および薬液浸漬工程を行い、評価した。
(1)擦傷工程
図6(A)に示す容器(ドラム)71の内壁に図6(B)に示すように評価用のサンプル10を4つ貼り付け、擦傷用として不織布73とオガクズ74を入れた。そして、蓋をした後、図7に示すようにドラム71を30rpmで30分間回転させた。
(2)薬液浸漬工程
人の汗を模した薬液(純水に乳酸を50g/L、塩を100g/L溶解した溶液)を用意した。(1)の擦傷工程を経たサンプル10を、50℃に保持した薬液に100時間浸漬した。
(3)評価
上記の工程を経たサンプルS1〜S10およびR3〜R8を従来のサンプルであるサンプルR1およびR2を基準に目視により評価した。判断基準は以下の通りである。
○:基準のサンプルと比較し、傷がほとんど見えず、同等の透明性がある。
△:基準のサンプルに対して傷が見え、透明性が劣る。
×:基準のサンプルに対して層の剥離および多数の傷が見え、透明性が著しく低下した。
図6(A)に示す容器(ドラム)71の内壁に図6(B)に示すように評価用のサンプル10を4つ貼り付け、擦傷用として不織布73とオガクズ74を入れた。そして、蓋をした後、図7に示すようにドラム71を30rpmで30分間回転させた。
(2)薬液浸漬工程
人の汗を模した薬液(純水に乳酸を50g/L、塩を100g/L溶解した溶液)を用意した。(1)の擦傷工程を経たサンプル10を、50℃に保持した薬液に100時間浸漬した。
(3)評価
上記の工程を経たサンプルS1〜S10およびR3〜R8を従来のサンプルであるサンプルR1およびR2を基準に目視により評価した。判断基準は以下の通りである。
○:基準のサンプルと比較し、傷がほとんど見えず、同等の透明性がある。
△:基準のサンプルに対して傷が見え、透明性が劣る。
×:基準のサンプルに対して層の剥離および多数の傷が見え、透明性が著しく低下した。
図4に示すように、反射防止層3のTiO2層の1つの層32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着したサンプルS1〜S10の評価はすべて○であった。したがって、これらのサンプルS1〜S10は、日常的に用いられる環境において、優れた耐薬品性を示すといえる。
一方、ITO層を成膜したサンプルR3〜R8の評価はすべて×であり、ITO層を成膜することによりサンプルの耐薬品性が低下していることが分かった。
3.5 むくみの発生(耐湿性)の評価
(1)恒温恒湿度環境試験
耐湿性は、作製した各サンプルを恒温恒湿度環境(60℃、98%RH)で8日間放置し、以下の判定を行うことにより評価した。
(2)むくみの判定方法
上記の恒温恒湿度環境試験を経た各サンプルの表面または裏面の表面反射光を観察し、むくみの有無を判断した。具体的には、図8に示すように、サンプル10の凸面10Aにおける蛍光灯75の反射光を観察した。図9(A)に示すように、蛍光灯75の反射光76の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「むくみ無し」と判定した。一方、図9(B)に示すように、蛍光灯75の反射光77の像の輪郭がぼやけている、またはかすれて観察されるときは「むくみ有り」と判定した。
(3)評価
図4に示すように、反射防止層3のTiO2層32の1つの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着したサンプルS1〜S10については、むくみの発生は観測されず、優れた耐湿性を示すことがわかった。
(1)恒温恒湿度環境試験
耐湿性は、作製した各サンプルを恒温恒湿度環境(60℃、98%RH)で8日間放置し、以下の判定を行うことにより評価した。
(2)むくみの判定方法
上記の恒温恒湿度環境試験を経た各サンプルの表面または裏面の表面反射光を観察し、むくみの有無を判断した。具体的には、図8に示すように、サンプル10の凸面10Aにおける蛍光灯75の反射光を観察した。図9(A)に示すように、蛍光灯75の反射光76の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「むくみ無し」と判定した。一方、図9(B)に示すように、蛍光灯75の反射光77の像の輪郭がぼやけている、またはかすれて観察されるときは「むくみ有り」と判定した。
(3)評価
図4に示すように、反射防止層3のTiO2層32の1つの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着したサンプルS1〜S10については、むくみの発生は観測されず、優れた耐湿性を示すことがわかった。
一方、ITO層を成膜したサンプルR3〜R8については、ITO層の膜厚が厚くなるとむくみの発生がみられた。これは、ITO層を成膜することによりサンプルの耐湿性が低下する可能性があることを示しているといえる。
3.6 総合評価
以上の各評価より、反射防止層3のうちのTiO2層32の1つの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着したサンプルS1〜S10については、シート抵抗が大幅に低下し、その一方で、耐薬品性および耐湿性の劣化はなく、帯電防止などの特性を持ち、さらに、耐久性の良い光学物品であることがわかった。反射防止層3のTiO2層32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、若干の吸収損失の増加が観測される。しかしながら、帯電防止および電磁波遮断などの目的に応じた適切な導電性が得られる程度にこのような処理を施すことにより、吸収損失の影響は光学物品としてほとんど無視できる程度のものを提供できる。このため、反射防止層3のTiO2層32のいずれかの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、良好な透光性と、さらに、優れた帯電防止性能および電磁波遮断性能とを備えた光学物品を提供できるといえる。
以上の各評価より、反射防止層3のうちのTiO2層32の1つの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着したサンプルS1〜S10については、シート抵抗が大幅に低下し、その一方で、耐薬品性および耐湿性の劣化はなく、帯電防止などの特性を持ち、さらに、耐久性の良い光学物品であることがわかった。反射防止層3のTiO2層32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、若干の吸収損失の増加が観測される。しかしながら、帯電防止および電磁波遮断などの目的に応じた適切な導電性が得られる程度にこのような処理を施すことにより、吸収損失の影響は光学物品としてほとんど無視できる程度のものを提供できる。このため、反射防止層3のTiO2層32のいずれかの層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、良好な透光性と、さらに、優れた帯電防止性能および電磁波遮断性能とを備えた光学物品を提供できるといえる。
複数のTiO2層32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することによりさらにシート抵抗を下げることが可能である。一方、1つのTiO2層32の表面を処理することにより帯電防止性能および/または電磁波遮断性能を得るためにはほぼ十分な導電性を備えた光学物品を製造できる。したがって、低コストで、帯電防止性能および/または電磁波遮断性能を備えた光学物品を製造し、提供できる。
図10(A)および(B)に、TiO2層32の表面32aにシリコン(Si)を、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着する様子を模式的に示している。図10(A)に示すように、TiO2層32の表面32aにSiを適当なエネルギーのアルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着することにより、図10(B)に示すように、TiO2層32の表面32aおよびTiO2層32の表面から若干、例えば、1nm前後程度あるいはそれ以上の部分(表層)33にSi原子が注入(添加)され、TiO2とミキシングされると考えられる。そして、TiO2層32にSi原子が叩き込まれ(打ち込まれ)、下地の材料であるTiO2と化学反応を起こし、表面の近傍(表層)33に導電性に寄与するTiOxが形成され、表層33が導電性を持った層に改質されたと考えられる。
TiOxが形成される過程の1つは、表層33にイオンアシスト蒸着されたシリコン原子(Si)が還元剤として働き、表層33に導入されたSiが酸化し、表層33のTiO2の一部がTiOxに還元されることであると推測される。すなわち、以下(B)式のような反応が表層33において進行すると考えられる。
TiO2+Si+Arイオン(数百eV)→TiOx+SiOy+Ar・・・・(B)
ただし、xおよびyはそれぞれ以下の通りである。
0<x<2、0<y<2
TiO2+Si+Arイオン(数百eV)→TiOx+SiOy+Ar・・・・(B)
ただし、xおよびyはそれぞれ以下の通りである。
0<x<2、0<y<2
低屈折層であるSiO2層31を成膜するために二酸化ケイ素を真空蒸着する処理(工程)とは異なり、TiO2層32の表面にシリコン原子(Si)をイオンアシスト蒸着することにより、TiO2層32の表層33には、酸素の量に対して、チタンおよびシリコンの量が過剰となり(チタンおよびシリコン量に対して酸素の量が不足し)、化学量論的に安定したTiO2およびSiO2の状態を維持できなくなる。その結果、表層33は、少なくとも部分的には、化学量論的に安定した二酸化チタン(TiO2)および二酸化ケイ素(SiO2)が混在している状態とは異なり、チタン(Ti)と、シリコン(Si)と、酸素(O)とがTiOxおよびSiOyという非化学量論的な割合で混在すると考えられる。そして、TiOxは導電性を呈するので、表層33の抵抗率を下げることができる。
さらに、この還元反応がおこる領域は、イオンアシスト蒸着することによりシリコン原子(Si)が侵入可能な表層33に限定される。このため、TiO2層32の表面(表層)33に限定して導電性を付与でき、TiO2層32の基本的な性質、特に光学的性質や機械的性質にほとんど影響を与えずにTiO2層32を実質的に低抵抗化できる。TiOxの層は、TiO2の層に比較し、密度が低下したり、充填率が低下しやすく、機械的性質および光学的性質はTiO2の層の方が優れている。したがって、上記の製造方法で製造された光学物品により、TiO2層の光学的性質および機械的性質をほとんど低下させずに、TiO2層に導電性を付与できる。
さらに、シリコン原子がイオンアシスト蒸着されたTiO2層32の表層33においては、高エネルギーのArによって化学反応促進、分子の結合の分解、原子のマイグレーションが起こると推測される。これにより、(Ti−O)結合は一部分解され、(Ti− )結合となり、遊離した酸素原子はシリコン原子と結合してSiOyとなるため(Ti− )結合のチタンが比較的安定した状態で残るとも考えられる。さらに、イオンアシスト蒸着により表層33にアルゴン原子(Ar)が注入され、表層33の一部に、格子歪の発生や格子欠陥を存在させるとも考えられる。
いずれの理由によっても、TiO2層32の表層33には、イオンアシスト蒸着されたシリコン原子(Si)より、TiOxとSiOyとが存在する状態となり、表層33は導電性を有するようになる。それにより、帯電防止機能および/または電磁波遮蔽機能を備えたレンズ(光学物品)10を提供できる。ここでArイオン(アルゴンイオン)はエネルギーを与えるための手段であり、イオンアシストに用いるガスはアルゴンガスを用いた本実施形態の他、窒素ガスや希ガスを用いても実施可能である。
図11に、X線光電子分光法(XPS、X-ray Photoelectron Spectroscopy)により分析するためのサンプル18aおよび18bの形成条件を纏めて示している。図12に、XPS分析用のサンプル18aおよび18bの構造を模式的に示している。XPS分析用のサンプル18aおよび18bは、シリコンウエハー(Si(100)ウエハー)を基材19とし、その上に、層厚20nmのTiO2層32を上記の実施例と同様の条件(2.1.2.2の高屈折率層の成膜条件)で成膜した。すなわち、成膜レートは0.4nm/secとし、電子銃の加速電圧は7kV、電流は360mAとし、酸素イオンビームエネルギー(イオンアシスト電圧)は500eV、電流は150mAとした。
一方のサンプル18aは、さらに、TiO2層32の表面にシリコンを、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着した。電子銃の加速電圧は7kV、電流は400mA、イオンアシスト電圧は600eV、電流は150mAであり、処理時間(蒸着時間)は30秒とした。したがって、サンプル18aのTiO2層32の表層33は、上記の実施例1のサンプルS1において、シリコンがイオンアシスト蒸着されたTiO2層32の表層33と共通する構造になっていると考えられる。
他方のサンプル18bは、TiO2層32の表面を処理しなかった。したがって、このサンプル18bは、比較例1のサンプルR1に対応するものである。これらのサンプル18aおよび18bをXPS分析した。
図13に、XPS分析での角度分解法による計測を模式的に示している。角度分析法では、表層(表面)と検出器とのなす角度(光電子の取り出し角度、以下、取り出し角度という)θが小さいほど表面に近い領域の情報が多く、θが大きいと表面から離れた位置(下層、深層)の情報が多くなる。
図14に、XPS分析から求めた原子数濃度を示している。図14には、取り出し角度θが、20°、45°、75°におけるO1s、Si2p、Ar2p、およびTi2pの光電子の強度分布より、酸素原子、シリコン原子、アルゴン原子、チタン原子の濃度分布(%)を求めている。
図14に示すように、実施例1のサンプルS1に対応するサンプル18aにおいてはシリコン原子(Si2p)がチタン原子(Ti2p)と同程度の濃度で存在することが確認された。これに対し、比較例1のサンプルR1に対応するサンプル18bにおいては、シリコン原子(Si2p)の存在は基本的には確認されなかった。したがって、TiO2層32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、TiO2層32の表層33には、シリコン原子の濃度がチタン原子の濃度より高い、または、シリコン原子とチタン原子とが同程度の濃度で存在する領域が形成されることが分かった。
図15は、実施例1に対応するサンプル18aのチタン原子からの光電子(Ti2p)のスペクトル(全スペクトル、実線で示す)と、TiO2の結合状態からの光電子の成分(TiO2成分、破線で示す)と、TiOxの結合状態からの光電子の成分(TiOx成分、一点鎖線で示す)とを示す図である。図15(a)はθ=20°の測定値、図15(b)はθ=45°の測定値、図15(c)はθ=75°の測定値を示しており、横軸は結合エネルギー(eV)、縦軸はカウントされた光電子の一秒当たり個数(c/s)を示している。図16は、図15(a)ないし(c)に示したTiO2成分とTiOx成分とにより、TiO2状態のTiと、TiOx状態のTiとの存在比を纏めて示している。
図15(a)ないし(c)に示すように、サンプル18aの光電子(Ti2p)のスペクトルは、2つの結合エネルギーが異なる状態のスペクトルの合成であると考えられ、457eV付近の結合エネルギーの低い方のピークを持つスペクトルが低価数状態、すなわち、TiOx(0<x<2)状態のTiから放出された光電子を示すと考えられる。そして、図16に示すように、サンプル18aには、θ=20°において9.5%、θ=45°において11.1%、θ=75°において16.6%の割合(濃度)で、TiOx(0<x<2)が存在することが確認された。したがって、実施例1のサンプルS1に対応するサンプル18aの表層33には、少なくとも数%から数10%のオーダでTiOxが存在すると考えられ、このTiOxの存在により導電性が得られていると考えられる。
図17(a)に、実施例1のサンプルS1に対応のサンプル18aのチタン原子からの光電子(Ti2p)のスペクトル(実線)と、比較例1のサンプルR1に対応するサンプル18bのチタン原子からの光電子(Ti2p)のスペクトル(破線)とを示している。図17(b)は、サンプル18aの酸素原子からの光電子(O1s)のスペクトル(実線)と、サンプル18bの酸素原子からの光電子(O1s)のスペクトル(破線)とを示している。
図17(a)に示すように、比較例のサンプル18bのTi2pスペクトルは、TiO2の結合エネルギーの位置にシャープなピークを有するのに対し、実施例のサンプル18aのTi2pスペクトルは、TiO2の結合エネルギーの位置のピークが若干緩くなり、TiO2の結合エネルギーよりも低い結合エネルギーの位置に肩(小さいピーク)を有する。したがって、比較例のサンプル18bに含まれるチタン原子は、TiO2の結合状態でほとんどが存在するのに対し、実施例のサンプル18aに含まれるチタン原子は、TiO2の結合状態と、TiO2の結合エネルギーよりも低い低価数状態のTiOx(0<x<2)の結合状態との両方の状態で存在していることが分かる。
また、図17(b)に示すように、比較例のサンプル18bのO1sスペクトルは、TiO2の結合エネルギーの位置にシャープなピークを有するのに対し、実施例のサンプル18aのO1sスペクトルは、SiOy(0<y<2)の結合エネルギーの位置と、TiOx(0<x<2)の結合エネルギーの位置との両方にピークを有する比較的ブロードなスペクトルとなっている。したがって、比較例のサンプル18bに含まれる酸素原子は、TiO2の結合状態でほとんどが存在するのに対し、実施例のサンプル18aに含まれる酸素原子は、SiOyの結合状態と、TiOxの結合状態との両方の状態で存在していることが分かる。価数xおよびyは同一であっても、同一でなくてもよく、それぞれ、0.5以上、または1以上であってもよく、1.8以下、1.5以下または1以下であってもよい。
これらのXPS分析の結果より、TiO2層32の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、TiO2層32の表層33にシリコン原子を注入でき、表層33にシリコン原子を存在させることができる。さらに、表層33には、二酸化チタン(TiO2)に加え、SiOy(0<y<2)とTiOx(0<x<2)とが存在することがわかった。これは、表層33にイオンアシスト蒸着されたシリコン原子が二酸化チタン(TiO2)に含まれる酸素原子の一部と結合(酸化)してSiOyが形成されるとともに、二酸化チタン(TiO2)の一部が還元されてTiOxが形成されるためと考えられる。
TiOxは、化学量論的に安定した二酸化チタン(TiO2)より低価数で導電性がある。このため、TiOxが存在する表層33は低抵抗になり、導電性が向上し、上記の表面処理により低抵抗の表層33を有するTiO2層32および、そのようなTiO2層32を含む多層構造の膜のシート抵抗を下げることができる。したがって、上記のような表面処理が施された層32を含む眼鏡レンズ10などの光学物品を製造することにより、優れた帯電防止性能および電磁波遮断性能を備えた光学物品を得ることができる。また、表層33に上記処理を施しても、吸収損失は、光学物品、たとえば、眼鏡レンズ10として良好に使用できる程度の損失で抑えることができる。
TiOxを積層することにより導電性を備えた層を形成することは可能である。しかしながら、成膜されたTiOx層そのものは、比較的密度が低く、光学的および機械的な性質はTiO2層32の方が優れている。上記のようなTiO2層32の表面にシリコンをイオン蒸着する方法で低抵抗化すれば、TiO2層32の光学的および機械的性質をほとんど変えることなく、実質的にTiO2層32に導電性を持たせることができる。このため、反射防止層3などのTiO2層32を含む膜設計(層設計)を変える必要もない。さらに、耐薬品性および耐湿性もTiO2層32と同等に良好な層構造を備えた光学物品であって、帯電防止性能および電磁波遮断性能を有する光学物品を提供できる。
さらに、TiO2層32にシリコンをイオンアシスト蒸着することにより、実質的にTiO2層32に導電性を付与できる。このため、レアメタルであるインジウムを含むITO層を形成するよりも安価に導電性を付与できるというメリットもある。また、ITO層などの新たな層を加える必要がないため、反射防止層3の膜設計を変える必要もない。
4. 異なる実施例
以下では、本発明に含まれる幾つかの異なる実施例を説明する。
以下では、本発明に含まれる幾つかの異なる実施例を説明する。
4.1 実施例11(サンプルS11)
4.1.1 サンプルS11の製造
上述したタイプAの層構造を備えた異なるサンプルS11を製造した。すなわち、上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、実施例1と同様の蒸着装置100を用いて同様の工程で反射防止層3を成膜した(2.1.2参照)。ただし、第6層(TiO2層)32の表層の処理の方法が以下に示すように、上記実施例1とは異なる。反射防止層3を形成した後、実施例1と同様に防汚層4を成膜した(2.1.4参照)。
4.1.1 サンプルS11の製造
上述したタイプAの層構造を備えた異なるサンプルS11を製造した。すなわち、上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、実施例1と同様の蒸着装置100を用いて同様の工程で反射防止層3を成膜した(2.1.2参照)。ただし、第6層(TiO2層)32の表層の処理の方法が以下に示すように、上記実施例1とは異なる。反射防止層3を形成した後、実施例1と同様に防汚層4を成膜した(2.1.4参照)。
4.1.2 第6層(TiO2層)32の表面処理(低抵抗化)
第6層(TiO2層、TiO2を主成分とする第1の層に相当)32を成膜後、第7層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置100を用い、第6層32の表面にシリコン膜を形成した。この際、電子銃の加速電圧は7kV、電流は400mAとし、ガスフローは行わなかった。その後、このシリコン膜に対して、アルゴンイオンビームを照射した。この際、イオンガンにアルゴンガスを20sccmで導入した。また、ビームエネルギーは600eV、電流は150mAで、30秒照射(処理)した。
第6層(TiO2層、TiO2を主成分とする第1の層に相当)32を成膜後、第7層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置100を用い、第6層32の表面にシリコン膜を形成した。この際、電子銃の加速電圧は7kV、電流は400mAとし、ガスフローは行わなかった。その後、このシリコン膜に対して、アルゴンイオンビームを照射した。この際、イオンガンにアルゴンガスを20sccmで導入した。また、ビームエネルギーは600eV、電流は150mAで、30秒照射(処理)した。
4.2 実施例12(サンプルS12)
実施例2と同様に光学基材1として透明な白板ガラス(B270)を用い、その表面にハードコート層を成膜せず、直に反射防止層3を成膜してサンプルS12を製造した。成膜方法は、上記の4.1と同じであり、上記の4.1.2と同様に第6層(TiO2層)32の表面処理を行った。また、反射防止層3の上に、防汚層4を形成した。
実施例2と同様に光学基材1として透明な白板ガラス(B270)を用い、その表面にハードコート層を成膜せず、直に反射防止層3を成膜してサンプルS12を製造した。成膜方法は、上記の4.1と同じであり、上記の4.1.2と同様に第6層(TiO2層)32の表面処理を行った。また、反射防止層3の上に、防汚層4を形成した。
4.3 サンプルの評価
上記3.と同様に、サンプルS11およびS12について、シート抵抗、ごみの付着試験、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)をそれぞれ評価した。それらの評価結果を図18にまとめて示している。
上記3.と同様に、サンプルS11およびS12について、シート抵抗、ごみの付着試験、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)をそれぞれ評価した。それらの評価結果を図18にまとめて示している。
サンプルS11およびS12のシート抵抗は、それぞれ、1×109[Ω/□]であった。すなわち、従来のサンプルR1およびR2に比較し、シート抵抗が1/104〜1/105になり、導電率が向上した。サンプルS11およびS12のシート抵抗は、上述した実施例1および2と同程度であり、第6層32の表面にシリコン膜を形成し、このシリコン膜に対してアルゴンイオンビームを照射する方法によっても、TiO2層32の表層33にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させることができると考えられる。そして、この方法により、優れた帯電防止性能および電磁波遮断性能を備えた光学物品を製造し、提供できる。
サンプルS12の吸収損失は1.3%と実施例1と同様に小さく、耐薬品性も良好であり、むくみの発生は観測されず、優れた耐湿性を示した。このように、TiO2層32の表面にシリコン膜を形成し、このシリコン膜に対してアルゴンイオンビームを照射することによっても、帯電防止性能および電磁波遮断性能を有し、透光性もあり、耐薬品性および耐湿性にも優れる、光学物品を得ることができる。
5. 異なるタイプの層構造を備えた実施形態
5.1 実施例13(サンプルS13)
5.1.1 サンプルS13の製造
上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、実施例1と同様の蒸着装置100を用いて同様の工程で反射防止層3を成膜した(2.1.2参照)。ただし、実施例13のサンプルレンズS13には、図19に示すように、二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31として形成し、酸化ジルコニウム(ZrO2)層を高屈折率層32として形成した。
5.1 実施例13(サンプルS13)
5.1.1 サンプルS13の製造
上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、実施例1と同様の蒸着装置100を用いて同様の工程で反射防止層3を成膜した(2.1.2参照)。ただし、実施例13のサンプルレンズS13には、図19に示すように、二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31として形成し、酸化ジルコニウム(ZrO2)層を高屈折率層32として形成した。
図19に示すように、第1層、第3層および第5層が低屈折率層31であり、イオンアシストは行わず、真空蒸着によりSiO2層を成膜した。成膜レートは2.0nm/secとした。第2層および第4層が高屈折率層32であり、タブレット状のZrO2焼結体材料を電子ビームで加熱蒸発させZrO2層として成膜した。成膜レートは0.8nm/secとした。第1〜第5層の膜厚は、150nm、30nm、21nm、55nm、85nmに管理した。この5層からなる層構造、すなわち、第1層、第3層および第5層がSiO2層、第2層および第4層がZrO2層の層構造をタイプBの層構造と呼ぶことにする。第4層(ZrO2層)32を成膜後、第5層(SiO2層)31を成膜する前に、第4層(ZrO2層)32の表層33に以下に示す処理を行った。また、反射防止層3を形成した後、実施例1と同様に防汚層4を成膜した(2.1.4参照)。
5.1.2 第4層(ZrO2層)32の表面処理(低抵抗化)
第4層(ZrO2層)32を成膜後、第5層(SiO2層)31を成膜する前に、第4層(ZrO2層)32の表面に、イオンアシストを実施しないで厚さ数ナノメートルに達するTiO2の薄膜を作成して下地処理した。その後、このTiO2の薄膜にシリコンをイオンアシスト蒸着した。イオンアシスト蒸着の条件は、イオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は500eV、電流は150mA、処理時間(イオンアシスト蒸着の時間)を10秒とした。
第4層(ZrO2層)32を成膜後、第5層(SiO2層)31を成膜する前に、第4層(ZrO2層)32の表面に、イオンアシストを実施しないで厚さ数ナノメートルに達するTiO2の薄膜を作成して下地処理した。その後、このTiO2の薄膜にシリコンをイオンアシスト蒸着した。イオンアシスト蒸着の条件は、イオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は500eV、電流は150mA、処理時間(イオンアシスト蒸着の時間)を10秒とした。
この処理により、高屈折率層である第4層(ZrO2層)32の表層33としてTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を含むTiO2層を形成した。
5.2 実施例14(サンプルS14)
実施例2と同様に光学基材1として透明な白板ガラス(B270)を用いその上にハードコート層を成膜せず、直に反射防止層3を成膜してサンプルS14を製造した。成膜方法は、上記の4.3.1と同じである。さらに、上記の5.1.2と同様に表層33に処理を行った。また、反射防止層3の上に、防汚層4を形成した。
実施例2と同様に光学基材1として透明な白板ガラス(B270)を用いその上にハードコート層を成膜せず、直に反射防止層3を成膜してサンプルS14を製造した。成膜方法は、上記の4.3.1と同じである。さらに、上記の5.1.2と同様に表層33に処理を行った。また、反射防止層3の上に、防汚層4を形成した。
5.3 比較例9〜11(サンプルR9〜R11)
上記の実施例により得られたレンズサンプルおよびガラスサンプルと比較するために、実施例14と同様にガラスサンプルR9を製造した。ただし、第4層(ZrO2層)32に表面処理(低抵抗化、5.1.2)は行わなかった。すなわち、比較例9により製造されたガラスサンプルR9は、ガラス基材1と、タイプB(表面処理されていないタイプ)の反射防止層3とを含む。
上記の実施例により得られたレンズサンプルおよびガラスサンプルと比較するために、実施例14と同様にガラスサンプルR9を製造した。ただし、第4層(ZrO2層)32に表面処理(低抵抗化、5.1.2)は行わなかった。すなわち、比較例9により製造されたガラスサンプルR9は、ガラス基材1と、タイプB(表面処理されていないタイプ)の反射防止層3とを含む。
比較例10においては、上記の実施例13と同様にレンズサンプルR10を製造した。ただし、上記の表面処理(5.1.2)は行わず、金属Siを、イオンアシストを用いずに3nmだけ蒸着した。すなわち、第4層(ZrO2層)を成膜後、第5層(SiO2層)を成膜する前に、金属シリコンを真空蒸着により成膜し、アモルファスシリコンの層を形成した。したがって、アモルファスシリコン層を含むと反射防止層3は6層構造になる。この6層構造で、アモルファスシリコン層を含むタイプの層構造をタイプB2と呼ぶことにする。比較例10により製造されたレンズサンプルR10は、プラスチックレンズ基材1と、ハードコート層2と、アモルファスシリコン層を含むタイプB2の反射防止層3と、防汚層4とを含む。
比較例11においては、上記の実施例13と同様にレンズサンプルR11を製造した。ただし、上記の表面処理(5.1.2)は行わず、比較例3〜8と同様にITO層を形成した。すなわち、第4層(ZrO2層)を成膜後、第5層(SiO2層)を成膜する前に、ITOをイオンアシスト真空蒸着により3nm成膜し、ITO層を形成した。したがって、ITO層を含むと反射防止層3は6層構造になる。この6層構造で、ITO層を含むタイプの層構造をタイプB3と呼ぶことにする。比較例11により製造されたレンズサンプルR11は、プラスチックレンズ基材1と、ハードコート層2と、ITO層を含むタイプB3の反射防止層3と、防汚層4とを含む。
これらのサンプルS13、S14、およびR9〜R11の層構造を図20に纏めて示している。なお、酸化ジルコニウム(ZrO2)からなる高屈折率層の波長550nmにおける屈折率nは2.05である。
5.4 サンプルの評価
上記3.と同様に、サンプルS13、S14、およびR9〜R11について、シート抵抗、ごみの付着試験、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)について評価した。それらの評価結果を図21にまとめて示している。
上記3.と同様に、サンプルS13、S14、およびR9〜R11について、シート抵抗、ごみの付着試験、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)について評価した。それらの評価結果を図21にまとめて示している。
シート抵抗については、サンプルR9の測定結果が示すように、従来のガラスサンプルではシート抵抗は5×1014[Ω/□]である。これに対し、反射防止層3の1つの高屈折率層32に上記の表面処理を施したサンプルS13およびS14においては、シート抵抗が2×109[Ω/□]となり、シート抵抗が従来のサンプルに比較し1/103〜1/105になり、導電率が向上した。
一方、反射防止層3にアモルファスシリコン層あるいはITO層を含めたレンズサンプルR10、R11では、シート抵抗は2×1012[Ω/□]〜9×1012[Ω/□]であり、良好な帯電防止性能が得られるというほど導電率は低下していない。
また、これらのサンプルS13およびS14は、シート抵抗が1×1012[Ω/□]以下であり、ごみの付着試験の結果も良好であり、さらに、吸収損失も1.2%程度と小さく、眼鏡用のレンズとしては十分な透光性を備えている。また、耐薬品性および耐湿性の評価も良好であった。
このように、二酸化チタン(TiO2)以外の組成により形成された高屈折率層32においても、その表面に二酸化チタン(TiO2)の薄膜を形成し、シリコンをイオンアシスト蒸着することにより、高屈折率層32の表層33にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させることができる。その結果、高屈折率層32および高屈折率層32を含む多層膜を実質的に低抵抗化でき、帯電防止などの特性を持ち、さらに、耐久性の良い光学物品を提供できる。
なお、実施例11の結果からもわかるように、上記表面処理の代わりに高屈折率層32の表面にTiO2の薄膜を形成し、さらに、TiO2の薄膜の表面にシリコン膜を形成し、このシリコン膜に対してアルゴンイオンビームを照射する処理を行っても、高屈折率層32およびその層を含む多層膜を低抵抗化することができる。
6. さらに異なるタイプの層構造を備えた実施形態
6.1 実施例15(サンプルS15)
6.1.1 サンプルS15の製造
図22に示すような有機系反射防止層35を備えたレンズサンプルS15を製造した。まず、上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。このハードコート層2の表面に有機系の層35により反射防止層3を形成した。有機系の反射防止層3は、以下のように成膜(形成)した。
6.1 実施例15(サンプルS15)
6.1.1 サンプルS15の製造
図22に示すような有機系反射防止層35を備えたレンズサンプルS15を製造した。まず、上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。このハードコート層2の表面に有機系の層35により反射防止層3を形成した。有機系の反射防止層3は、以下のように成膜(形成)した。
まず、以下のようにして、有機系反射防止層を形成するコーティング組成物を用意した。化学式 (CH3O)3Si−C2H4−C6F12−C2H4−Si(OCH3)3で表されるフッ素含有シラン化合物47.8重量部(0.08モル)に、有機溶剤としてメタノール312.4重量部、フッ素を含有しないシラン化合物であるγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン4.7重量部(0.02モル)加え、さらに0.1規定の塩酸水溶液36重量部を加えて混合した。その後、設定温度が25℃の恒温槽内で2時間攪拌して、固形分比率が10重量%のシリコーンレジンを得た。
このシリコーンレジンに、内部に空洞を有するシリカ微粒子として、中空シリカ−イソプロパノール分散ゾル(触媒化成工業(株)製、固形分比率:20重量%、平均粒子径:35nm、外殻厚み:8nm)を、シリコーンレジンと中空シリカの固形分比率が70:30となるように配合した。さらに、分散媒として、プロピレングリコールモノメチルエーテル935重量部を加えて希釈し、固形分が3重量%の組成物を得た。
そして、この組成物に、アルミニウム(Al(III))を中心金属とする金属錯塩として、アルミニウムのアセチルアセトン(Al(acac)3)を、最終組成物(有機系反射防止層を形成するコーティング組成物)に対する固形分比率が3重量%となるように加えた後、4時間攪拌した。これにより、有機系反射防止層を形成するコーティング組成物としての反射防止処理液を得た。
ハードコート層2が形成されたレンズサンプル10を、大気プラズマによりプラズマ処理した。その後、上記で得られた反射防止処理液を、ハードコート層2の表面に、乾燥膜厚が100nmとなるように、スピナー法を用いて塗布した。そして、温度125℃に保たれた恒温槽内に2時間投入して、塗布された反射防止処理液の硬化を行った。これにより、ハードコート層2の上に有機系反射防止層35を形成した。さらに、反射防止層35を形成した後、実施例1と同様に防汚層4を成膜した(2.1.3参照)。このようにして、プラスチック基材1、ハードコート層2、有機系の反射防止層35、防汚層4を含むレンズサンプルS15を得た。
6.1.2 有機系反射防止層35の表面処理(低抵抗化)
反射防止層35を成膜後、防汚層4を成膜する前に、有機系反射防止層35の表層36に、イオンアシストの実施をせず、厚さ2nm程度のTiO2の薄膜を作る下地処理を行った。このTiO2の薄膜の表面にシリコン膜を形成し、このシリコン膜に対してアルゴンイオンビームを照射した。シリコン膜を形成する条件およびアルゴンイオンビームを照射する条件は、上記のサンプル11と同じ(4.1.2参照)に設定した。
反射防止層35を成膜後、防汚層4を成膜する前に、有機系反射防止層35の表層36に、イオンアシストの実施をせず、厚さ2nm程度のTiO2の薄膜を作る下地処理を行った。このTiO2の薄膜の表面にシリコン膜を形成し、このシリコン膜に対してアルゴンイオンビームを照射した。シリコン膜を形成する条件およびアルゴンイオンビームを照射する条件は、上記のサンプル11と同じ(4.1.2参照)に設定した。
6.2 サンプルの評価
上記3.と同様に、サンプルS15について、シート抵抗、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)を評価した。シート抵抗は、1×1010[Ω/□]であり、優れた帯電防止性能が得られた。波長550nm付近の光の吸収損失は0.5%程度であり、眼鏡レンズとして問題のない値であった。すなわち、この実施例のサンプル15は、十分な透光性を備えているといえる。また、耐薬品性は○であり、日常的に用いられる環境において、優れた耐薬品性を示した。むくみの発生は観測されず、すぐれた耐湿性を示した。
上記3.と同様に、サンプルS15について、シート抵抗、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)を評価した。シート抵抗は、1×1010[Ω/□]であり、優れた帯電防止性能が得られた。波長550nm付近の光の吸収損失は0.5%程度であり、眼鏡レンズとして問題のない値であった。すなわち、この実施例のサンプル15は、十分な透光性を備えているといえる。また、耐薬品性は○であり、日常的に用いられる環境において、優れた耐薬品性を示した。むくみの発生は観測されず、すぐれた耐湿性を示した。
以上の各評価より、有機系の反射防止層35においても、その表面にTiO2の薄膜を形成し、シリコンをイオンアシスト蒸着したり、シリコン薄膜を形成した後にアルゴンイオンビームを照射することにより、反射防止層35の表層36にTiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を存在させることができる。その結果、有機系の反射防止層35であっても実質的に低抵抗化でき、帯電防止などの特性を持ち、さらに、耐久性の良い光学物品を提供できる。
7. まとめ
以上に説明したように、TiO2層の表面にシリコン(Si)をイオンアシスト蒸着したり、シリコン皮膜を施してアルゴンイオンビームを照射することによりTiO2層の表層にTiOxを導入し、表面の電気抵抗を低下できることが分かった。この現象は、シリコンの還元作用によるものと考えられ、XPS分析により、TiO2層の表層にTiOxとSiOyとが存在することが確認された。
以上に説明したように、TiO2層の表面にシリコン(Si)をイオンアシスト蒸着したり、シリコン皮膜を施してアルゴンイオンビームを照射することによりTiO2層の表層にTiOxを導入し、表面の電気抵抗を低下できることが分かった。この現象は、シリコンの還元作用によるものと考えられ、XPS分析により、TiO2層の表層にTiOxとSiOyとが存在することが確認された。
光学的な機能を果たす第1の層がTiO2層の場合は、その第1の層の表面にシリコンをイオンアシスト蒸着したり、シリコン皮膜を施してアルゴンイオンビームを照射することにより、低抵抗化、すなわち導電化することができる。光学的な機能を果たす第1の層がTiO2ではない場合は、その第1の層の表面にTiO2皮膜を形成した後に、シリコンをイオンアシスト蒸着したり、TiO2皮膜にシリコン皮膜を施してアルゴンイオンビームを照射することにより、低抵抗化、すなわち導電化することができる。
本明細書において開示した低抵抗化の処理(導電化の処理)は、光学的な機能を果たす第1の層にほとんど影響を与えない処理であり、さらに、新たに光学的に影響の大きな厚みの導電層を積み上げることも不要な処理である。たとえば、帯電防止性能を得るなどの目的で、耐薬品性および耐湿性の劣化の要因になるITO層を形成する必要はなく、反射防止層を形成するための多層膜の膜設計を変える必要もない。さらに、従来の反射防止層の構成、材料および蒸着プロセスをほとんど変えずに、表面抵抗を下げることができる。したがって、多種多様な光学物品に対し、低コストで、容易に適用できる低抵抗化の処理である。
上記の実施例で示した反射防止層の層構造は幾つかの例にすぎず、本発明がそれらの層構造に限定されることはない。例えば、3層以下、あるいは9層以上の反射防止層に適用することも可能であり、低抵抗化の処理を施す層は1つの層に限定されない。また、反射防止層の高屈折率層と低屈折率層との組み合わせは、TiO2/SiO2、ZrO2/SiO2に限定されることはなく、Ta2O5/SiO2、NdO2/SiO2、HfO2/SiO2、Al2O3/SiO2などであってもよく、それらの系のいずれかの層の表層を処理することが可能である。
図23に、上記の処理がなされた層を含む眼鏡レンズ10と、眼鏡レンズ10が装着されたフレーム201とを含む眼鏡200を示している。また、図24に、上記の処理がなされた層を含む投射レンズ211と、上記の処理がなされた層を含むカバーガラス212と、投射レンズ211およびカバーガラス212とを通して投影する光を生成する画像形成装置、例えばLCD213とを備えたプロジェクター210を示している。また、図25に、上記の処理がなされた層を含む撮像レンズ221と、上記の処理がなされた層を含むカバーガラス222と、撮像レンズ221およびカバーガラス222を通して画像を取得するための撮像装置、例えばCCD223とを備えたデジタルカメラ220を示している。また、図26に、上記の処理がなされた透過層231と、光学的な方法により記録を読み書きできる記録層232とを備えた記録媒体、例えばDVD230を示している。
本発明の光学物品は、これらのシステムの光学物品、例えば、レンズ、ガラス、プリズム、カバー層などとして、多種多様な用途を備えている。また、上記に示したシステムは例示にすぎず、当業者が本発明を利用しうる光学物品およびシステムは、本発明に含まれるものである。
1 レンズ基材、 2 ハードコート層、 3 反射防止層、 4 防汚層
10 レンズサンプル
10 レンズサンプル
Claims (11)
- 光学基材の上に、直にまたは他の層を介して形成された第1の層を含む、光学物品であって、
前記第1の層の表層は、TiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を含み、かつアルゴン原子を含む、光学物品。 - 前記第1の層の表層は、アルゴン原子の濃度が高いほどチタン原子の濃度が高い濃度分布を有する、請求項1に記載の光学物品。
- 光学基材の上に、直にまたは他の層を介して形成された第1の層を含む、光学物品であって、
光吸収損失が3%以下であり、かつ、
前記第1の層の表層は、TiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を含む、光学物品。 - 前記第1の層の表層にのみ、前記TiOx(0<x<2)が存在している、請求項1〜3のいずれか1項に記載の光学物品。
- 前記第1の層は、多層構造の反射防止層に含まれる1つの層である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の光学物品。
- 前記第1の層は、無機系または有機系の反射防止層に含まれる1つの層である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の光学物品。
- 前記第1の層は、TiO2を主成分とする層である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の光学物品。
- 前記第1の層の表層は、TiOx(0<x<2)およびSiOy(0<y<2)を含み導電性を有する、請求項1〜7のいずれか1項に記載の光学物品。
- 当該光学物品はレンズである、請求項1〜8のいずれか1項に記載の光学物品。
- 当該光学物品は眼鏡レンズである、請求項1〜9のいずれか1項に記載の光学物品。
- 前記第1の層側の表面において測定されるシート抵抗は、1×1010Ω/□以下である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の光学物品。
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