第011話 継嗣会議
「なんで僕が参加することになってるんですかねぇ」
不思議であった。
俺まだ子どもなのに。
「直系はシャムちゃんしかいないんだから、しょうがないだろ」
「シャムちゃんは呼ばれてるんですか」
「呼ばれていないが、必要になったら呼ぶんだろう。ユーリは最初から呼んでおかなきゃすぐ来れないから呼んでおいたんじゃないか?」
「へえ」
それもそうだ。
必要になったら来いっていっても、携帯電話があるわけじゃないんだから、使いをやる往復分で考えたら半日以上かかる。
「着きました。こちらでございます」
着いたらしい。
侍女が大きな扉を開ける。
扉も大きかったが、中はもっと大きかった。
大きな長方形のテーブルが五台くらい横にして並べてあり、それでもなお広々としていた。
テーブルには、細やかな刺繍がなされた大きなテーブルクロスがかかっていた。
さすがに一枚では覆いきれず、三枚ほどに分かれてかかっているが、模様は揃いのものだ。
テーブルクロス一枚をとっても、普通の家庭が十年くらい生活できる金額になりそうだ。
当然のようにこんな布があるあたり、やっぱり物凄い名家なんだなと思う。
こんな大きなテーブルクロスは、普通の家では必要ないし、しかもそれが揃いの模様で三枚もあるのだ。
名家は名家でも、地方の名士程度の家ではこうはいかないだろう。
その大テーブルを囲むようにして、椅子が並んでおり、その椅子の大部分にはすでに来客が着席していた。
見渡してみると、お爺ちゃんばかりだった。
シャン人の寿命から考えると百歳を超える人もいるかもしれない。
さすがに、顔に皺が寄って貫禄がある。
このお爺ちゃんたちは、高齢で退役した騎士ということになるのだろう。
騎士家のしきたりでは、必ずしも最高齢者が家長を務める必要はなく、例えば体が衰えたら隠居という形で後続に家長の座を譲ってもいいらしい。
そうでないと、家長が戦場に出られなくなる場合があるからだ。
つまりは、この親族勢揃いの会議の場にジジイが雁首揃えているという現状は、最近の戦争で騎士が死にすぎて、ホウ家の騎士団は骨抜き状態だということを意味するのだろう。
まったく参ったね。
侍女がそのまま中に入って席に案内しはじめた。
どんどん奥のほうへ案内されてゆく。
あれ、これって結構上座じゃないん?
そうして、なんだか元気のない、顔色の悪い女の人の横まできた。
ここがあんたの席だと言わんばかりに、侍女はぺこりと頭を下げて去ってしまう。
ここは、もしかしないでも一番上座だ。
俺は、むしろ末席に座るものだと思っていた。
嫌な予感がするな。
ルークが前に出て、神妙な様子で女性にあいさつした。
「ご無沙汰しております、サツキお義姉様。この度は誠に……」
「よしてくださいな。お義姉様だなんて」
女性は困ったように軽く微笑んだ。
声に元気がない。
この女性が、つまりはゴウクの妻だったサツキ・ホウであろう。
憔悴したような顔色をしているので、一概に比べられないが、スズヤとさほど年齢が変わらないように見える。
だが、スズヤより十歳以上年上のはずだ。
シャン人は加齢による変化がゆるやかなため、十歳差程度では見分けがつかないことがある。
サツキはいかにも良家の奥様という感じの女性であった。
スズヤは家事などをこなす手前、わりとハツラツとしたイメージがあるが、サツキはしっとりと落ち着いた感じがする。
「なんだか、おもはゆいですわ。昔のようにサツキさんと呼んでくださいな」
「わかりました、サツキさん」
「そちらが息子さんかしら」
俺の方に目を向けてきた。
優しげな目だ。
「ええ、そうです。ほら、ご挨拶しなさい」
「伯母様、こんにちは。ユーリです」
ぺこりと頭を下げる。
伯母様でいいはずだよな。
「こんにちは。大きくなったわねぇ、昔見たときはほんの赤ん坊だったけれど……」
やはり初対面ではなかったようだ。
しかし、やはり赤ん坊のころから一度も会ってなかったのか。
普通、これだけ近い親戚だったら年に一回くらいは顔を合わせるのが普通だと思うんだけど。
さほど遠い場所に居を構えているわけでもなし。
「はい、自慢の息子です」
照れるぜ。
「そうでしょうねぇ。シャムが褒めるくらいですから」
サツキがそう言うと、ルークは「???」と困惑したような顔をしていた。
ルークはシャムと話したことがないのだろう。
まあ、ルークは、シャムとはあんまし話が合わなそうだ。
「あなたはあの子と話が合うみたいねぇ」
「あ、はい……。彼女は僕よりずっと頭が良いですよ」
「やだわ、もう」
事実なのだが。
俺は同じ年頃のとき、すぐに無くなるゲームボーイの単三電池を確保するのに四苦八苦していた。
俺が、高度な初等教育を与えられていてさえその有り様だったときに、シャムは自ら学び、素数について思考を巡らせるところまで辿り着いていた。
その差は測りがたいほどある。
「謙遜なさって。シャムから聞いて私も驚いたのよ。どこで習ったのかしらって」
「なにかの本で読みました」
そう言うと、なんだかサツキの目が鋭くなった。
まるで何かを探るような目つきだ。
「騎士院出のルークさんと農民出のスズヤさんの家にそんな学問書があるものかしらねぇ?」
やば。
頭のなかに備わっているソナーが警鐘を鳴らした。
だが言い訳は用意してあるのだ。
「父上の納品の都合で王都へ行くことが多いものですから」
「あら、連れて行ってもらっているのね」
「はい、社会勉強に」
「僕が用事を済ませている間、大図書館に置いていっているんですよ」
とルークが助け舟を出してくれた。ナイスアシスト。
うむ。
事実だからな。数学関連の本なんて一切読んでないけど。
「そうなの」
「はい。いろいろと勉強しています」
「偉いわね~」
サツキは俺の頭に手を置くと優しくなでた。
もう探るような目つきはない。
やべー、なんだこの人。
「さ、立ったままじゃなんだから、座って? あ、ルークさんはそちらね」
なにやら俺がサツキの隣の席に座るようだ。
もー、勘弁してよー。
俺はサツキとルークに挟まれる形になった。
「おばさん、ちょっと落ち込んでたけど、若い子のおかげで元気が出たわ。助かっちゃった」
「お役に立てたようで幸いです」
ルークが言った。
勝手なもんだ。
しかし、どうしたもんか。
俺は椅子を見ていた。
うーん、どうしたもんかなぁ。
「ユーリ、どうした、早く座れ」
椅子に座らず、その前で立ったままじっとしていると、ルークが急かしてきた。
俺だってできたらそうしとるわ。
「思い切って飛び乗っても良いのですが、盛大に椅子ごとすっ転げたら大恥を晒すことになるので、思案しているところです」
椅子には子どもの俺用に特段分厚い座布団が敷いてあり、即席の子供用椅子になっていたのだが、それが事態をややこしくしていた。
椅子の脚に横棒でもついていれば足掛けになるのだが、それもない。
「……座れないなら最初からそういいなさい」
ルークは俺の両脇を持って持ち上げてくれた。
人形のように座らされる。
他所様の前でそんなこと言うの恥ずかしいっての。
***
そのまま麦茶を飲みながらぼーっとしていると、会議が始まった。
「……ここにお集まり頂いた皆さん、ご存知のことと思いますが、わたくしの夫、ゴウク・ホウは先日、キルヒナ遠征軍団団長として勇壮に戦い、戦死致しました」
サツキがそう言うと、会場はしんと静まった。
「今頃は生死を共にした愛鷲と共に冥府の川を渡り、雲上からこの場を見ていることでありましょう。まずは、簡易ではありますが、遠い戦地に沈んだ戦士たちの霊に黙祷を捧げたいと思います」
一拍を置いて、
「それでは、黙祷」
と厳かな声で言った。
そして、静かな祈りが始まる。
そのまま、三十秒ほど経った時だった。
外から小さな鳥の鳴き声がわずかにするだけだった室内に、廊下からけたたましい足音が鳴り響き、バタンとドアが開け放たれた。
皆が何事かと、黙祷をやめて一つしか無いドアを見る。
「どういうことだ! この会議は!!」
なんだこいつ?
会議なんざどうでもいいような俺だが、さすがにイラっときた。
顔を見たこともない遠戚の葬式で黙祷を捧げているわけではないのだ。
ゴウクとは一夜とはいえ盤を囲った仲だ。
俺も何も感じず目をつむっていたわけではない。
「このラクーヌを抜きに何の会議をしておる!」
ああ、こいつがラクーヌか。
ラクーヌ・エクだ。
わからんかった。
よく見てみれば、ぎっしりと肉が詰まった体をしているし、年齢もそれほど年かさではない。
上等のあつらえっぽい服も着ているし。
「さて、招待状を送った覚えはないのですが……」
「招待状がどうこうという問題か! なぜ私が呼ばれていないのだ!!」
「ご自分の胸に手を当てて考えてみては?」
サツキの声は、激しているわけではないのによく通った。
隣に座っているサツキの顔を見ると、唇は薄く微笑みを作っているのに、目は笑っていない。
ラクーヌの怒りが赤く燃え盛る炎だとしたら、サツキの怒りは鉄をも焼き切る青く冴えた炎のように見える。
「やましいことなど何もない!」
「……まあ、どうでもよろしいことです。エク家を騎士団から一時的に除籍したことは、女王陛下に申し伝えを済ませており、その許可も頂いております。通達は行っているはずですが?」
初耳だった。
俺が初耳なのはおかしくないが、ここにいる参加者の耳には入っているのだろうか。
だが、そんなのアリなのだろうか。
サツキの口ぶりでは、エク家は一時的に除籍、つまり放逐に類する措置を取られたように思われる。
ゴウクは死んだのだから、その措置を誰が行ったのかというと、サツキであろう。
サツキはあくまでも臨時的な家長であって、早急に正当な家長を立てなければならない。
早急に、というより、可及的速やかに、といったほうがいいか。
というのは、将家の家長は男性、というのが、言わば女性が権力を握っているシャン人国家において、男性側の権利になっているからだ。
これは最優先に保護されるべき権利のはずだ。
これはバランスがどうこう以前の問題で、戦争に行くのは男性がやっているのだから、それでいて家長が女性では、男の方はやっていられない。
政治も女性、軍事もてっぺんは女性、一兵卒を始め実際に戦闘をして四肢を欠損したり死んだりするのは男。
それでは男は単なる奴隷になってしまう。
サツキが騎士号を取った、つまり戦士の一員であるのなら話は別かもしれないが、そうではないのだろう。
こういう場合は、臨時的にサツキが取り仕切るのは実務上しかたがないことだが、可及的速やかに次の家長を決定して、椅子を譲らなければならない。
そのために、この会議を開催した。
だが、王都からそういう決定が早速くだってきたということは、サツキが臨時的な家長としての権力を、得た先からさっそく行使したということになる。
そういう政治的工作は、サツキは頭の良い女性に見えるし、この国では女性が政治力を握っているのだから得意なのかもしれないが、果たしてやっていいことなのだろうか。
上手い言葉が見つからないが、会社で言ったらコンプライアンス違反みたいな行為のような気がする。
理想をいえば、サツキは政治的工作に類することは一切せず、ただただ事務的に会議を開催し、次の家長を選び、実権を渡すのが、立場から考えると推奨されるはずだ。
しかし、俺にはサツキがそんなことも理解できていないようには思えなかったし、無用の混乱をまねこうとしているようにも思えなかった。
やはり王鷲攻めに付き合わなかった件で怒っているのだろうか。
「もちろん、通達は見た。だが……」
「私は、エク家を家臣団から”一時的に”除籍したと言ったのよ。それを永遠にしたいのかしら?」
ラクーヌはぐっと息を呑んだ。
一時的というのはなんだろうか。
ほとぼりが冷めたら元通りにしてあげるという意味だろうか。
もしくはラクーヌが家長を離れたら元通りという意味か。
ルークの話によれば、王鷲攻めは表向き強制ではないものだから、いわゆる軍規違反ではない。
だから不名誉行為に対する罰則という意味で、そういう若干嫌がらせめいた処分をするものなのかもしれない。
「っ……」
「……まあ、エク家も取り潰しになったわけではありませんから、出て行けとは言いません。しかし発言は許しません。それでもよいのであれば、残りなさい」
サツキがそう言うと、ラクーヌは憤懣やるかたない様子で末席に座った。