第010話 お家騒動
本家にはルークと俺、シュンの三人で向かった。
通夜ではないのでスズヤは来る必要がない。
では何故俺が呼ばれたかというと、一応は分家の跡取り息子だからであろう。
この国のしきたりでは、必ずしも長子相続は適用されないので、これから息子か娘が生まれれば、そちらが家を継ぐ可能性はあるが、現状では俺が次期家長ということになる。
本家の敷居を再びまたぐと、出陣式とは打って変わってのお通夜ムードだった。
俺もだが、皆黒い喪服を着ている。
だが、今日は通夜ではない。
遺体が出てくる可能性があるので、葬式はまた後でやるそうだ。
たどり着くと、豪勢な客間の一つに通され、軽食を供された。
ルークと俺でぱくぱくと軽食を食べていると、シュンがやってきた。
「ルーク様、親族会議の参加人の一覧でございます」
「ありがとう」
羊皮紙の紙が渡されると、ルークはさっと目を通した。
眉をひそめる。
「待て、ラクーヌ殿がいないぞ」
「ラクーヌ殿は王鷲攻めを拒否しましたので、奥方様が参加者から外されました」
「なんだと? あれを拒否したからといって、騎士でなくなるわけではなかろう。生きているのなら……」
「奥方様が、主君を置いて逃げるような者は騎士とは呼べぬと」
この奥方サマというのはゴウクの妻だろう。
シャムの母親だ。
何かしら発言権があるのだろうな。
「……だが、ラクーヌ殿しかおらぬではないか」
口ぶりから察するに、ルークは最初からラクーヌとやらが次期家長だと思っていたようだ。
少なくとも、かなりの有望株だと思っていたのだろう。
俺もラクーヌという親戚は名前だけは知っていた。
エク家という分家の出で、エク家は江戸時代で例えれば代々家老を務めてきた家柄みたいなものと考えればわかりやすい。
つまりは、家臣団の中でも指折り数えられる立派な名家である。
祖父の代にホウ家から嫁をもらっているので、一応は遠い親戚に当たる。
親族会議に呼ばれていないのは、確かにおかしかった。
「ですが、事情が事情でございますから。奥方様は、ラクーヌ殿が当主に収まるくらいならば、婿養子を取るとおっしゃって」
「婿を取るのか」
ルークはちょっと虚を突かれたように言った。
婿養子という発想はなかったのだろう。
俺も、あのシャムに婿を取るという発想はなかった。
だが、考えてみれば、日本でも家系を保つために優秀な人間を養子に取るということは、大昔からやられているのだから、あって当たり前だ。
むしろ基本的な戦略といえるだろう。
逆に、血統にこだわって残り物のグズに家長を任せるより、よりどりみどりの男たちから選んだ優秀な男を連れてきたほうが、将来的には良いという考え方もある。
「だいたいわかった。ご苦労だったな」
「はい。それでは失礼いたします」
とシュンは部屋から出て行った。
「まあ、俺にはほとんど発言権なんてないからな、座っているだけだろ」
シュンが出て行くと、ルークは椅子にどっかりと座ったまま、気楽そうに言った。
俺に言っているのか、自分に言い聞かせているのか、曖昧な発言だ。
「そうですか? ゴウク伯父様の弟なのですから、筆頭格では」
「いや、ホウ家の当主は騎士号を持っていないとなれない。そういう決まりなんだ」
そうだった。
考えてみりゃ当然の話だ。
ルークは、ホウ家の家臣団の一員ではあるのだが、騎士号というのを持っていない。
騎士号は騎士院という学校を卒業することで得られるが、ルークは途中で嫌気がさし、中退してしまったのである。
騎士号というのは、日本で例えれば自衛隊幹部学校の卒業認定みたいなもんで、それがないと兵を率いる立場とは、一般に認められない。
つまり軍事の専門家ではないわけで、軍のイロハをなにもしらない一般人を頭領に据えるのは、さすがに無茶であろう。
ルークが当主になるという線はないということだ。
それはいいとして、先に聞いておかなければならないことがある。
「王鷲攻めってなんですか?」
この件だ。
「……そうだよな、ユーリには説明していなかった」
「はい。教えてください」
「……そうだなぁ、そろそろ教えてもいいかもしれん」
なにやら感慨深そうに言っておる。
なんなんだ。
「王鷲攻めっていうのは、王鷲に乗って戦うってことだ」
……??
空中戦をするってことか?
「空中で敵の王鷲乗りと戦うということですか?」
「違う」
違うのかよ。
まあ銃もなにもないんじゃ戦いようがないか。
物語ではそういう場面もないわけでもないが、槍で突いて回るというのは、かなり無理がある。
「戦うのは、もちろん地面にいる敵だ」
「地面にいる敵って」
騎馬兵じゃないんだから、鷲に乗ったまま戦うなんてのは不可能だ。
鷲が川中にいる魚をキャッチするように攻撃する、というのも、やはり難しい。
無理ではないが、リスクが多すぎて現実の戦闘で採用されているようには思えない。
空中から槍投げでもしてブッ殺すのか?
「そうだ。敵陣のまっただ中に突っ込んで、大将首を取るんだ」
「…………」
絶句。
なんだそりゃ。
要するに特攻ということか。
「俺が、お前にこれを教えなかったのは、俺はこれが嫌いだからだ」
「そんなの、成功する見込みがあるんですか?」
思わずそう言って、ゴウクが成功したというのを思い出した。
ゴウクは成功したのだ。
そして死んだ。
「まあ、低いな」
やっぱり低いらしい。
「やっぱり、そうですか」
「王鷲攻めをするには四つの難があると言われている」
ルークはそう前置きして、話し始めた。
「まず、前提として大将首の居場所を見つけること。これは難に含まれない。それを踏まえて、影の難、降の難、地の難、斗の難てのがある。影の難は影武者の難だ。せっかく大将首を取ったと思っても、そいつが影武者だったら意味はない。降の難は、降下の速度だ。俺がいつもやるみたいに、安全重視でゆっくり降りていたら、途中で気づかれて大将首は逃げてしまう。王鷲の足が折れるくらいの勢いで降りる必要がある。地の難は、特定の降下地点に降りる難しさだ。大将首から遠いところに降りても意味がないからな。斗の難は、降り立ってから血路を開いて大将首に接近し、討ち取るまでの難だ。これは、乗り手としての技量は関係ない」
なるほど。
いろいろあるが、どれも困難だ。
要は敵が密集している陣地のど真ん中に空挺降下して、敵将を暗殺するみたいな話らしい。
めちゃくちゃすぎる。
特に降の難と地の難を両立させるには、風向きと風の強さにもよるが、非常に高い技量が必要になるだろう。
その後の斗の難とやらが一番むずかしいのだろうが。
影の難は、実際はやれることはないのだろうが、あからさまな影武者陣地を見破るというのはあるのかもしれない。
要するに、最上級の操作技量・戦闘技量を両立させた天騎士が、一か八かで突っ込んで、敵将を討ち取って、結果そいつは影武者かもしれず、どのみち自分は討ち死に確定、という戦闘法だ。
これ考えたやつアホだろ。
「難しいですね」
「だが、兄上はやってのけたというのだから、すごい」
そう言いながらも、ルークは悲しそうな顔をしていた。
「そうですね」
やってのけたということは、ゴウクは一流の戦士だったのだろう。
実際にゴウクが敵将を斬り捨てたのかどうかは解らないが、ゴウクらがそれをやって敵軍が退いたというのは、事実なんだろうし。
「といっても、実際は複数でやるんだがな。複数の天騎士が明け方に飛び立って、敵将のいる天幕を奇襲するんだ。王鷲に踏み潰される将兵の中に大将が混ざっていれば一番いい」
「それはそうでしょうね」
つーか割りと真面目に戦術が練られているのが驚きだ。
なんだ、天騎士ってのは特攻隊員が使う代名詞かなにかか。
さすがに俺は特攻隊員にはなりたくない。
「天騎士になったら必ずそれに参加しなければならないのですか?」
「違うが……。王鷲攻めを為すというのは天騎士の誉れとされていてな」
「じゃあ、ラクーヌという人は」
「王鷲攻めというのは天騎士が自由意志でやるものだから、現場のどのような将も強制することはできない。集団でやる場合も、まあ、たまたま同時に各人の意思で行ったということになる」
「なるほど」
一般的な軍事行動ではないんだろうな。
そうじゃなかったら、誰も天騎士などにはなりたがらないだろう。
戦況が極まった状況ならともかく、なにもない平時のうちから特攻部隊に入りたいなんていうやつが居たら、そいつは自殺志願者と言われても仕方ない。
拒否権がなかったら、バカな指揮官が意味のないタイミングで仕掛ける命令を下しても、従わなければならないことになる。
命を散らすにしても、それは効果的な場面で、かつ有能で尊敬している指揮官の指令で行いたい、というのが人情だ。
そして、この国では、貴族制が敷かれており、貴族制というのは有能無能で指揮官が出世してゆく仕組みではない。
ただ、ゴウクの場合は、特攻の是非はともかく、場面的には恐らく適切な場面であったはずなので、ラクーヌが拒否したのは、表向きは問題ないにせよ、実際はやはり問題なのかもしれない。
***
そのうち、ドアをノックする音が聞こえ、女中が入ってきて、「参加者様方がお揃いになりましたので、ご案内いたします」と案内しにきた。
「いってらっしゃい」
と俺が笑顔で送り出そうとした。
が、ルークは、
「?? なにいってるんだ、早くこい」
などと言ってきた。
「は? 僕も出席するんですか?」
んな馬鹿な。
こんなガキを会議に参加させる意味がどこにある。
「当たり前だろ。なんで連れてきたと思ってる」
「てっきり、お供がいないと格好がつかないからかと」
「……違う。お前も呼ばれたからだ」
初耳であった。