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[木内里美の是正勧告]

明治後期の出版物から、デジタル時代に必要なことを学ぶ

2024年5月7日(火)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

デジタル技術は人々のコミュニケーションを高めた半面、リアルな対面の機会を大きく減らしている。画面越しには伝わらない情報量の違いをだれもが経験している。マナーや作法、家族意識の希薄化など、デジタル化で薄れてしまったものが多い。今から120年前、明治後期の書籍『婦人宝典』を手にする機会があり、そこから学べることを記してみたい。

120年前の書籍『婦人宝典』に出会う

 古い商人街に別宅を持つ友人を訪ねた。そこには心地よい大人の空間があり、暖炉の火を見ながらワインをいただく。これこそが贅沢というものではないかと感じる時間と空間だった。その街並みに明治40年代まで醤油の醸造と販売をしていた商家があり、江戸後期に建てられた築170年を超える建物8棟が国有形文化財になっている。

 今の当主が友人とのことで、その商家を案内してもらった。重厚な木造建築で、店舗だったところも防火や防犯など様々な工夫が凝らされていて、江戸時代の建築物としても興味深い。店舗跡には明治時代のレジスターや蓄音機や掛け時計などが、当時のまま並んでいた。

写真1:『婦人宝典』(大日本女学会編、全5巻)

 その中に置かれていた『婦人寶典』(婦人宝典)という古書を見つけ、何気なく目を通して驚いた。1904(明治37)年に発刊された心得帳のようなもので、全5巻、総ページ数は1200ページを超える。「大日本女学会編」とあり、全巻を通じて女性向けの記事が多いが、当時の文化や社会哲学や倫理や人としての心得などが丁寧に書き込まれている。

 この古書から、デジタル時代の現社会で忘れられてしまった価値を振り返ってみたいと思った。ネットで検索し、1908(明治41)年刊行の第3版を入手することができた(写真1)。コンテンツが膨大なので拾い読みしながら読み解いて感想を書いてみたい。

失ってきた良き日本

 婦人宝典の発刊の辞として、外交官夫人の草分けでもある公爵夫人の鍋島榮子氏が編纂の思いを書いている。当時は教育が十分ではなく高等教育を受けられる人はごくわずか、まして女子は学ぶべきこと多くして学びの期間が短いから、自修の書として和漢洋のよいところを集めて一書にしたものと記されている。

 第1巻を開くと、最初に1890(明治23)年の「勅語」、続いて1885(明治18)年の「皇后宮令旨」が掲載されている。勅語にはユダヤ人が理想としながらも達成できないとする世界で唯一の君主と国民の関係が明確に示されている。皇后宮令旨には母たるものは家庭内で教育をする義務があると書かれている。現社会で家庭内の教育がきちんとできていると胸が張れるであろうか──。

 こうやって全巻を紹介すると長くなるので、「ChatGPTより賢い」と評価される米アンスロピック(Anthropic)の生成AI「Claude 3」に、5巻分の総括と失われた価値について尋ねてみた。その回答はこうだった。

 明治時代に刊行された「婦人宝典」は、当時の女性のための生活指南書として非常に貴重な資料です。全5巻に渡る内容は以下のように要約できます。

第1巻 - 家事全般に関する知識
第2巻 - 裁縫、刺繍、編み物の手作業
第3巻 - 料理と食事のマナー
第4巻 - 子育てと家庭教育
第5巻 - 礼儀作法、年中行事

 この宝典は、当時の女性に期待された役割や価値観を反映しています。家庭を守り、夫を助け、子どもを育てることが女性の務めとされていました。

 しかし、デジタル時代の到来により、次のような点で価値が失われつつあります。
- 家事労働の機械化により、手作業の技術が失われつつある
- 核家族化と共働き世帯が増え、伝統的な家庭像が変容した
- 情報化により、マナーや作法の重要性が薄れてきた
- 女性の社会進出で、家庭に閉じこもる生き方が選択肢の1つとなった
- ライフスタイルの多様化で、1つの生き方を押し付けられなくなった

 デジタル時代の変化の中で、この宝典に込められた知恵や価値観の一部は色あせつつありますが、根底にある家族への思いやりの心は普遍的な価値として残されるべきでしょう。

 失われた価値については的確な指摘であると思うし、聞いていない「普遍的な価値」に言及していることもすぐれている。生成AIの進化には本当に驚かされる。ただし、要約は残念ながらポイントを押さえているとは言えず、例えば第2巻には家事経済という項目で不動産など財産の管理について解説していたり、家計簿記を教えていたりしている。

 生成AIの利用はこれくらいにして、感想に戻ると「子女の教養」という項目には、次のような記述がある。

 「遊嬉:幼児の年齢満3年に至らば、幼稚園の設けある土地に住めるものは、成るべく之をして入園せしむるをよしとす。幼稚園保育法は、児童の心意発達の状況を察して、其の遊嬉娯楽の間に観念を開き、心力を練り、善良の習慣を養ひ、身体の健康を進むるに最も適当なる方法にして、保育を受くる児童は、知らず識らずの間に、この効果を収得すること」

 このように説明して、幼児期に遊びを通じて心身の発達を図り、将来に必要な諸種の能力開発はこの間に芽生えるのだと諭している。

 第4巻では法制大意という項目があり、「国家とは」「法とは」を説き、司法、行政、私権、商法などを解説している。全巻を通じて感じることは、リベラルアーツを通じて知識ばかりでなく道徳感や倫理観を養うようになっていることである。

●Next:デジタル時代になって希薄になったもの

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