少子高齢化がグローバルに進行し、それが著しく加速しているのが日本だ。気候変動や自然災害の激甚化といった要因も絡み合う中で、行政サービスは幾多の課題に直面している。打開の方向性や糸口とは? デジタルテクノロジーが果たし得る役割とは? そこに想いを巡らせることは公的機関のみならず民間企業にも多くの示唆を与えてくれることだろう。富士通の新井伸介氏(パブリック事業本部 デジタルビジネスデザイン統括部長)に、テクノロジー企業としての展望や責務について話を伺った。(聞き手:インプレス 編集主幹 田口 潤)
提供:富士通株式会社
──地方自治体や中央省庁など、いわゆるパブリックセクター(公的機関)を取り巻く状況をどのように見ていますか。
<プロフィール>
1992年富士通入社後、防災関係システム開発に従事。2001年e-Japan戦略以降、SEとして国の施策に基づくシステム開発のPMを勤める。現在は、公共部門のデジタル化を推進するためのデジタルビジネス戦略策定、サービス企画、プロモーションを担当
地域によって、また省庁によって状況は異なりますが、少子高齢化がもたらす様々な難しい課題に直面している点は共通します。例えば、少子化による人口減少は税収減を招きますし、地方自治体では労働力が不足して公共インフラの維持管理が困難になります。中央省庁はこの状況に対応する施策を求められますが、簡単ではありません(図1)。
拡大画像表示
人口減少と高齢化で公共サービスが危機に
──少子高齢化は今に始まったことではありません。それほど重大ですか。
そう確信しています。私は第2次ベビーブームの世代で、当時は年間で約200万人が誕生しました。その世代が第3次ベビーブームを作れなかったのです。平均して2.5人の子供を持ちたいと希望しながら、第3次ベビーブームが期待された2000年前後の出生率は1.5未満となり、以来、1.5を上回ることは一度もありませんでした。夫婦間の子供の数が1.5人では人口を維持できません(図2)。生まれてくる子供の数が減れば、労働人口は減少していきます。それに伴って住宅や耐久消費財、日用品などの需要が減少する。景気が悪くなって子供を持ちにくくなる。さらに人口が減る、という悪循環に陥る可能性があります。
拡大画像表示
高齢化については、まず「2025年問題」が到来します。2025年に65歳以上の人が人口の約30%になり、医療費や介護費の増大、社会保障制度の持続可能性の確保などが課題となるものです。次に「2040年問題」と称されますが、2040年に第2次ベビーブームの世代が65歳を迎え始め、毎年200万人が労働現場から退出することになります。労働力が現状より20%減少すると予測される中で、この20%を補うために労働時間を20%増やせるかというと、そうもいかないでしょう。テクノロジーで生産性を向上させる施策を打つことや、コンパクトシティなど、居住圏をある程度集約してインフラ維持の範囲を狭めるといった、いくつかの施策を組み合わせる必要があると考えています。
「未来は予測できない」と言われますが、人口構造は現状から計算できる確実な未来です。慢性的な人材不足の中で、民間の方が待遇面で上回るとなれば、公的機関で働く人を確保するのも難しくなってくるでしょうね。働き手の使命感や地元志向だけに頼るのは非現実的です。すでに大都市である横浜市においても市営バスの運転手が足りず、減便する事態になっており、大きな問題の片鱗が見え始めています。
──少子高齢化から離れますが、気候変動や自然災害の激甚化についてはどうでしょう。
私は気候変動の専門家ではないので、お話できることは多くありません。それでもパブリックセクターの責任が重く、また大きくなっていることは確かだと思います。ここ数年、強い台風や豪雨が頻発したり大きな地震が起きたりして、洪水や土砂崩れが各地で発生しています。例を挙げると、2024年1月の能登半島地震では土砂崩れが起きた先に行けない事態になり、地元に建設会社が少ないことに加えて建設業の人手不足からも復旧が大幅に遅れ、住民が孤立したり限界集落のようになってしまったりした所が数多くありました。9月には記録的な豪雨により、さらに被害が拡大しています。
あれだけの災害になると個人や集落単位ではどうしようもなく、国や自治体などパブリックセクターに頼らざるを得ませんが、被災者からすると多くのことが不十分でしょう。気象庁のデータを見ると平均気温の上昇は続いており(図3)、自然災害は激甚化し頻度も増えると見る専門家は少なくありません。ですから、これまでとは違った対応や体制、対策が求められていると思います。
拡大画像表示
課題に対処するには情報の整備と連携が不可欠
──パブリックセクターは重層的な課題を一つひとつ解きほぐしていかなければなりません。ところで富士通はテクノロジー企業であり、新井さんはパブリックセクターにおけるテクノロジーの導入や活用をリードする立場にあります。その新井さんから見て最初に解決するべきことは何だと捉えていますか。
現在は民間も含めたすべての情報を、その情報の持ち主である個々人がハブになって自ら集めるしかないことが大きな課題です。各所にある情報を自分で管理し、必要に応じて取り出して別の所に提出したり、何らかの対処をしたりするといったイメージです。少し抽象的で分かりにくいので具体例を挙げると、引っ越しに伴う様々な手続きがあります。
市区町村への転入・転出届け、電気・ガス・水道といったライフラインの手配、運転免許証・銀行口座・クレジットカードなどの住所変更の手続き…と多々ありますが、 これら全部を個人が逐一対処しなければなりません。ネット経由でできるケースも増えているとはいえ、それでも一つひとつをこなすのが前提です。そうした中、今は国が主導して引越し手続オンラインサービスの取り組みを進めているのは朗報ですね(図4)。転出・転入届やライフラインの手配をワンストップでできるようにするサービスです。このように少しずつ便利になっている領域があるものの、まだやるべきことは多いのが実情です。
拡大画像表示
中でも複雑なのは、肉親が死亡した場合の手続きでしょうか。埋葬するために役所へ必ず死亡届けを出すことになりますが、それで終わりではありません。年金の停止や、銀行・証券会社への連絡、死亡保険金の請求手続きなど、遺族はやることが山積みです。銀行預金や株、土地などの資産があれば相続手続きも必要です。本人が亡くなっていますから、簡単には情報を収集できません。いくつ保険に入っていたのかを調べるのは大変ですし、農地などはどこまでが所有地なのか登記簿を見ても分からなかったりします。
そのようなことから最近では、所有者不明の土地や家屋の問題もよく聞かれますね。周辺環境の悪化や犯罪に利用される恐れもあって放置するのは危険ですが、市区町村が強制執行して取り壊すのも限界があり、なかなか有効な手立てがありません。今日でさえ“多死社会”と言われますが、高齢化はさらに進むので間違いなくもっと大きな問題になります。
ともかく、お話したような問題は行政機関における縦割り組織を超えた連携や、民間企業との連携を可能にする仕組みを整備することで大きく改善できます。個人がハブになって自分の情報を動かしたり転記したりという状況から早く脱しなくてはなりません。
国主導の標準化への動きを追い風に
──そうしたデータ連携を推進するにはマイナンバーの利用はもちろん、セキュアにデータ連携する仕組みを整備することが欠かせません。その上で各種のサービスをワンストップで提供できるように全体設計をして必要な機能を実装するという、膨大な仕事を確実にこなす必要があります。うまくいくでしょうか?
デジタル庁が「デジタル社会推進標準ガイドライン」を整備しています。「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン」や「アジャイル開発実践ガイドブック」、「政府情報システムにおけるセキュリティ・バイ・デザインガイドライン」などに加え、バラバラなデータを共通化するなどして相互運用性を実現する「GIF(Government Interoperability Framework)」というデータモデルや関連ツール群に関する規定が盛り込まれた本格的なものです(図5)。これと並行して「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」が2021年9月に施行されました。
拡大画像表示
それらの詳細はともかく、全体としては標準化によって膨大な業務や仕事を省力化しようという方向です。地方自治が憲法で保障されている日本ではありますが、一部は法律としての強制で、一部はガイドラインに遵守してほしいという国からの助言によって標準化が進んでいくと期待できます。
さらに、医療や健康に関する情報で連携が進むと、重複診療や不正受給の防止、医療情報を元にした適切な診療などで、高齢化における医療費の拡大を抑えることにもつながります。
加えて、国は共通的なシステム機能をクラウドサービスとして利用できるよう整備を進めています。いわゆる「ガバメントクラウド」ですね。この利用が広がればシステムに関わる様々な事柄の標準化が進み、省庁や自治体を超えてサービスやデータの連携がしやすくなると考えられます。こうしたことは日本のパブリックセクターとして成功させてほしいですし、それを徹底サポートするのが我々のようなテクノロジー企業の責務だと思っています。
──標準化やガバメントクラウドの整備とは別に、多くの公的機関は既存のシステムを新しくするモダナイゼーションに踏み出す必要がありますね。それも職員や住民にとってもっと使いやすい機能や仕組みにするとか、様々な業務にAIを活用して自動化を進めるといったことを含めてです。この点についてはいかがでしょう。
ご指摘の通りです。システムのモダナイゼーションは別の機会に譲ることにして、AIについてお話すると、実際に大きな効果があります。簡単な例を挙げると、保育園と入園希望者のマッチング作業があります。この作業、実は膨大な組み合わせがあって以前は職員が行っていたので大変でした。さいたま市の事例では、職員が1500時間かけて約8000人、300施設への入所選考作業を行っていました。 それでも親御さんの納得感は今ひとつだったのです。AIを使うことで、この問題を大幅に緩和でき、双方の満足が得られました。
職員をやっかいな仕事から解放、本来の業務に
このほかにも自治体の役所では、例えば離婚後に戸籍をどうするかを選択することや養子縁組の場合の相続をどうするかなど、住民の個別事情を勘案して判断しないといけない難しい問題がたくさんあります。これまではベテラン職員の経験と知識に頼ってきたのですが、そのノウハウをAIに学習させれば職員は骨の折れるやっかいな仕事から解放されるはずです。
──今お話しされたこと、例えばベテラン職員の知恵を継承するのは大事だと思いますが、AIにそこまで委ねていいのか、現場職員の方々からの拒否反応のようなものはありませんか?
一昔前までのAIは、なかなか思い通りの性能を発揮してくれませんでしたし、間違えることも少なからずありました。今日のAIはそうではありません。性能は大きく向上し、大量のデータを瞬時に処理して結果を出します。AIについては別の機会に詳しくお伝えしますが、積極的に活用すべきです。そうすれば職員の方々は本来やるべき仕事に時間を使えるようになります。それは職員にとっても、住民にとっても、そして自治体にも、いいことです。反応については、皆さん興味津々で、動き始めると、とても喜んでいただきました。
──なるほど。職員の仕事を補助したり住民サービスを高度化したりするために、積極的に活用する技術としてはAI以外にも色々なものがありますよね? 例えばインフラの維持管理や災害時の対策ではIoTやドローン、そしてそれらが集めたデータを元に状況を可視化するデジタルツインのような技術です。
例えば公共の施設や設備の点検は今なお人に頼っています。しかも、相当の手がかかるので、今後は難しくなるのは明らかでしょう。ドローンで撮影した映像を解析すれば、どこを補修すべきかを判断できます。道路も同じで、ドライブレコーダーの映像を集めて解析すれば、白線が消えていたり、ひび割れや陥没があったり、道路標識が見えづらくなっていたりする箇所を洗い出すことができます。また、監視カメラなど多様なIoTのデータをリアルタイムに処理し、逆走などの異常を迅速に検知し道路管理者へ通報することもできます。画像認識技術やデータ連携はそこまで進化しています。
医療や教育の分野も期待値が大きいですね。一昔前のテクノロジーは性能や機能面で制約が厳しく、それを乗り越えようとすると高額の費用が必要だったりしましたが、今では高性能の機器やデバイスをリーズナブルな費用で入手できます。必要な機能もクラウドサービスとして安価に調達できます。我々から提案するのは当然ですが、パブリックセクターの方から「こんなことはできないか」とご相談いただければ、現実的な案をお出しできると思います(図6)。
拡大画像表示
──色々と伺ってきました。最後にパブリックセクターにおけるテクノロジー活用について、新井さんが考える課題があるとすれば何でしょう。
覚悟を持って踏み出すことが大事
一つ挙げるとすれば、やはりデータの利活用に関することですね。住民サービスや都市計画、防犯などどれをとってもデータ活用は重要ですが、今は法律や過去の慣行がそれを阻んでいます。出生や死亡、住所などのデータがあり、納税のデータもあり、通信キャリアの位置情報もありますが、今はそれらを連携させることはできません。「目的外利用」という指摘を受けそうなケースはたくさんあります。
マイナンバーを健康保険証として利用できるようにしたことに対しても、否定的な意見が多くありました。しかし従来の健康保険証は制度設計が甘く、不正やなりすましが横行していました。リアルタイムで本人確認を行うマイナンバーは不正を防ぐ仕組みでもあるのです。そういうメリットについての理解を促していく必要があります。
──電子政府先進国と言われる国々も、試行錯誤を経て今の姿になっています。台湾で初代のデジタル発展相を務め高い評価を受けたオードリー・タン氏は「デジタルテクノロジーに100点満点を求めるのは非現実的。不足する部分をどうサポートするかが重要です。大事なのは覚悟を持って踏み出すことです」と言っていました。
本当にそうですね。テクノロジーをうまく活用するには目的外利用をどう乗り越えるかも含めてルールの見直しが必要です。先を急ぎすぎると、政治問題にも発展しかねません。法律の改正も含めて時間がかかってしまうわけです。しかし少子高齢化の進展は待ってくれません。お話しした2040年はまだ先に思えますが、公的機関におけるシステム更改のサイクルを考えると、大きく変革できるチャンスは計算上2回です。2回のシステム更改で今ある山積みの問題をクリアできるシステムを構築しなければなりません。ですから覚悟を持って踏み出す必要があると思います。
今のままの制度や仕掛けが続くと、私自身も年金手続きのために年金事務所に並ばなければならなくなります(笑)。それまでに自宅のパソコンの画面に申請できるリストが表示されて、クリックするだけで全て片付くようになっていてほしいと思います。何よりも自分が高齢者になった時の手続きに子や孫の手を煩わせたくはありません。そのためにも当社が持つ人材やテクノロジーを最大限に生かし、パブリックセクターに寄り添ったサポートをしていきたいと考えています。
参考記事
▽[特集]社会を持続可能にする“GovTech”の実像 トップページへ▽
●お問い合わせ先
富士通株式会社
パブリック事業本部