現代の農業に化学肥料や農薬は欠かせない。効率よく農畜産物を生産し、消費者のニーズに応えて供給するためにそれらは必須の要素である。しかし、消費者には化学肥料や化学農薬の安全性に対する懸念、つまりそれらが健康に及ぼす影響があることも間違いない。それらへの依存が進む中で、オーガニック農産物に対する取り組みがある。
日本の農業の化学肥料との農薬問題
植物は本来、土壌にあるバクテリアが生成する窒素やリン酸、カリなどを栄養素として光合成しながら育つ。それを得るために根を深く張り、葉を広げて吸収しようとする。化学肥料は窒素、リン酸、カリなどを強制的に与えて植物に吸収させる。確かに効率はよいが、植物は根を深く張ることをしなくなる。人体なら食からの吸収による栄養に頼らず、強制的に点滴しているようなものだろう。化学肥料の使用によって、土中の微生物は失われ生態系は崩れてしまうため、ますます化学肥料依存が進んでいく。
日本で化学肥料が使われ始めたのは明治の後半で、ほぼ同時期に国内での開発と生産が始まっている。背景には人口急増による食料確保の必要性があったからだ。現在では化学肥料などはほとんど輸入に依存しており、中国、カナダ、マレーシアなどから輸入され、大半が全農・農協を通じて農家に届けられている。
かつて小説家の有吉佐和子が長編小説『複合汚染』を書き、化学肥料や農薬など有害物質の人体蓄積による複合的な影響について警鐘を鳴らした。単行本の刊行が1975年なのでもう半世紀前のことだが、それは杞憂に終わらずに今も解消されていない。
それどころか、現在では農薬は防虫剤、防菌剤、除草剤、成長促進剤、発芽抑制剤などさまざま用途に広く使われている。形の整った野菜や果物が収穫でき、生産量が向上し、農作業に伴う肉体労働の軽減もできるといったメリットがあるからだ。
こうして日本は単位面積あたりに使用する農薬が多い国の1つになった。先進国では中国、韓国に次いで多く、米国の5倍以上を使っているようだ。加えて発がん性など人体に悪影響を及ぼすとして、EUや米国では使用中止の動きがあるグリホサートという成分を含む除草剤を、日本では逆に規制を緩和。「ラウンドアップ」という商品名でホームセンターでも売っている。
当然のことながら、農薬は人体には何らかの毒性を持つ。従って残留農薬については厳しく制限されているのが建前である。散布する農業従事者にも悪影響が出ることがある。農薬中毒問題は農業従事者につきまとっている問題でもある。
オーガニックとは何か?
化学肥料や化学農薬の影響を気にして、減農薬農産物やオーガニック農産物を求める消費者がいる。オーガニック(Organic)とは有機のことで、一般には有機栽培農産物を意味することが多い。これとは微妙に異なるが、無農薬栽培による農産物もある(写真1)。
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このうちオーガニック栽培は化学肥料を使わないが、化学農薬ではない許可された農薬は使われる。無農薬栽培は栽培期間中に農薬は一切使用されないものを言う。どちらも慣行栽培(一般的な農業による栽培)に比べれば安全性は高いと言える。
オーガニックは有機肥料を使うことによって、土中の微生物が有機物を分解して植物に栄養を与え、人間や動物がそれを食して食物連鎖を促す循環型の環境を作り出していくものであって、単純に化学肥料や農薬の問題を回避しようとするものではない。大切なのはオーガニックの持つ本来のコンセプトであって、消費者がそれを理解したうえで選択肢の1つとして受け止めるべきものではないかと思う。
有機食品であることをわかりやすくするために、有機食品の検査認証制度というものがあり、流通において農産物や畜産物、加工食品などに有機JASマークを付けて販売されている(図1)。
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この仕組みはIFOAM(国際有機農業運動連盟)の制度に基づいたもので、認証を受けるためには費用も手間もかかる。そのため規模の小さな農家では有機栽培をしていても認証を受けないことも多い。
IFOAMでは第三者認証ではない有機農業の参加型認証(PGS)という制度も進めている。PGSは地域に焦点を当てた品質保証システムと定義され、信頼、社会的なネットワーク、知識の交換の基盤の上に、関係者の積極的な参加活動に基づいて生産者を認証するもので、生産者と消費者が一緒になって構築すると考えてよい。
この思想に最も合致するのは、オーガニックの地産地消ではないだろうか? 地元の人たちは農家がどのような栽培をしているかをよく知っている。信頼の中で品質が保証され、有機農産物の大きな課題になっている流通の問題も解決しやすい。まずは地産地消で有機栽培を拡大し、やがて農地を持たない都市部の消費者に届ける段階的な取り組みがよさそうである。
農林水産省は2021年5月に掲げた「みどりの食料システム戦略」において、2050年までに化学農薬の使用量を50%に低減、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%に低減、一方で耕地面積に占める有機農業の面積割合を25%に拡大、などの数値目標を明示している(図2)。化学肥料や化学農薬に対する危惧が高いことがわかる。政策に大いに期待したいところである。
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